※この小話は、単行本5巻、巻末オマケ漫画をベースにしています。

 


084.刹那の理解者


 

 鉄筋作りの暗い螺旋階段を駆け上がる。眼下に望む町並み、吹き降ろしてくるビル風、響く足音、忙しなく響く自らの鼓動。それら全てを振り払うようにして皆本は屋上に飛び出した。
 柵の上に悠々と立ち、町を見下ろしている背中に銃を振りかざして。

「―――兵部!!」

 苛立ちと敵意と若干の戸惑いが入り混じった声に相手は笑みを浮かべて振り返る。
 風に学生服の裾を翻し、余裕の表情で。

「まさか追いついてくるとはね。意外と早かったじゃないか。『女王』に何か言われたかい?」
「うるさい、質問に答えろ!」

 銃の照準は真っ直ぐに相手の額に合わされている。
 だが、そんなものは何の意味もないと互いに承知している。その気になれば念動力だの瞬間移動能力だのを駆使して即座に逃げることが出来る相手だ。いままでの経験がそれを証明している。
 同じ学生服に身を包んだ皆本は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「何故………助けた」
「助けた?」
「落下地点をズラしたのはお前だろうっつってるんだ! とぼけるんじゃない!!」

 BABELの予知システムのもとに駆けつけた『事故現場』。タンクローリーとバスの衝突事故を、確かに自分たちは回避させた。しかし訪れたのは、後続トラックの追突という予想外のアクシデント。
 あのまま行けば自分は飛んできた積荷に押し潰されて、よくて重症、悪ければ死んでいたはずだ。
 けれど、不自然にはねた積荷。皆本の居場所だけを避けるように。
 周囲は幸運を喜んだ。だが、見つけてしまったのだ。
 影に紛れて消えようとする不審人物の後を半ば諦めながら追った。呼び止める仲間の声を振り切って、相棒すらもその場に置いて………もとより、追いつけるなんて思ってやしなかった。なのに、意外にも相手は立ち去らず姿を残したままに。
 外見だけやたら若作りな『少年』は肩をすくめておどけてみせる。

「単なる気紛れ、じゃ意味ないかい?」

 意味深なセリフを薄い笑いに乗せたまま。

「………お前がただの気紛れで『ノーマル』を救うはずがない。何を考えている」
「誰が『ノーマル』だって?」

 無駄と知りつつ引き金に指をかけたことを、口元に手を当てて嘲笑うようにしながら。

「キミは『エスパー』じゃないか」

「!」

 動揺に肩が震えた。
 何故、この男がそれを知っている? 数年前まで自分がBABELの特務エスパーとして働いていた事実を知る者なんて―――。

「かなり無茶をやらかしたらしいじゃないか? 色々と、ね」

 とんとん、と兵部が己の額を人差し指で叩く。
 いまは前髪に隠れて見えないが、皆本の額には消すことの出来ない傷跡が刻まれている。取り返しがつかない事故を引き起こした苦い思い出が脳裏を駆け巡る。微かな舌打ちで感傷的な想いを断ち切りながら。

「あれ以来、超能力は使えなくなったんだっけ?」
「………そうだ。今の僕は、『ノーマル』と同じだ!」

 強く、手の中の銃を握り締める。
 精一杯の努力で睨みつけていると言うのに相手は一向に堪えた様子が無い。

「僕は超能力を持たない一般人として―――」
「だが、『ノーマル』はキミを差別する」

 サラリと真実を突きつけられて、迂闊にも呼吸が止まった。

「かつてそうだったと言うだけで無害なはずのキミを敵視する。どれだけ主張したところで、余所から見ればキミは『エスパー』の仲間だ。そして、」

 す、と右手を差し伸べて。
 口角を吊り上げたまま少年は笑う。

「PANDRAはキミを差別しない。今がどうであろうと、ね。さて―――どうする?」

 兵部は石のように動かなくなってしまった相手を見つめると、やがて頬を緩めて静かに腕を下ろした。吹き上げるビル風に乗るように僅かに身体を柵から浮かせて。

「気が向いたら『女王』と一緒に来るといい。PANDRAはいつでもキミたちを歓迎する」

 瞬間、強く吹きつけた風に閉じてしまった目を開けた時には、もう少年の姿は消えていた。
 相変わらず逃げ足が速いと舌打ちしながら、反論できなかった自身の不甲斐なさに歯噛みする。

「………くそっ」

 どうせ奴の目的は『女王』にある。教官たる自分をPANDRAに引き入れることで、彼女が仲間になることを期待しているのだ。そんな見え透いた作戦に乗ってやる謂れなどない。
 ―――けれど。

 あの時、一瞬でもうろたえてしまったのは。
 誰にも話したことがなかった密かなる孤独を、指摘されてしまったからだろうか。

 元『エスパー』である自分は決して『ノーマル』から仲間と看做されることはない。
 今現在、何も能力を持たないがために『エスパー』と言い切ることも出来ない。

 自分はどちらにも属していない―――何処にも、属せない。

 噛み締めていた唇を大きな息を吐くことで振りほどいて、銃を懐にしまい込む。
 早く、戻ろう。今頃、説明なしで置いてけ堀にされたあの子が怒り狂っているはずだから。
 螺旋階段へ向かう足をほんの少しだけ止めて、見知った影の掻き消えた夜空を見上げながら思った。今まで想像すらしていなかったが―――もしかしたら奴も『エスパー』であるが故に、飛びぬけた能力を有するが故に。

 時に、言い知れぬ孤独を感じることがあるのだろうかと。

 

※WEB拍手再録


 

だって、原作者様が「何かの妄想の足しにしてください」ってゆってるから(笑)。

少佐がエスパーには差別しないんなら、元エスパーである皆本のことを

迎えに来たっていいじゃない! みたいな?

「どっちの立場から見ても仲間はずれな皆本」のお話は随所で見かけますね。

この場合の『女王』(相棒)は落書きにあったツインテールちゃんでヨロシク☆

 

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