「戦え! ボクらのコロクンガー!!<外伝>」

04.encounter!(3)

 


「本当にあの子には悪いことをしたと思っている……全てはわたしの至らなさ故なのだ」

 さんざ寄り道をした挙句にたどりついた松下産業の本社では、加江の父親がすっかり憔悴しきった様子で項垂

れていた。話は服部から聞いているよ、と社長はすぐに受け入れて社長室に案内してくれて、一応そんな感じの

表札がついてはいるが、革張りのイスも漆塗りのテーブルもいささかハゲてきてて凋落振りを窺わせる。穴のあい

たソファに腰掛けた長則はドヨドヨと暗雲を周囲に漂わせていた。

「わたしがちょーっとボケていたばかりにあっさりと契約を改竄されてしまって………情けない。加江をあんな奴の

嫁にやるぐらいなら、わたしはっ、わたしはっっ」

(感情の起伏の激しいおっさんだなー。ま、興奮状態だから仕方ないか)

 出された三番煎じの茶をすすりながら五右衛門は冷静に相手を観察する。

 

「加江を殺してわしも死ぬっっ!!!」

 

「あー……まぁまぁ落ち着いて落ち着いて」

 狂人に刃物は禁物ねー、とペーパーナイフを振り回しはじめた彼を諌める。今日が休業日でよかった。こんな状

態の社長を見られたらただでさえ少ない社員がますます減ってしまう。冷静に冷静に〜、肩でももみますか〜、お

客さん痛いところはありますか〜? とツボをつきコリをほぐしてやる。鍼灸員の資格が妙なところで役立っている

ものだ。これから数日間は社内に住まわせてもらう予定だし多少のゴマスリも仕方がないか。

「ま、一家心中なんて羽目にならんために俺が来てるんだから任せといてチョーダイよ。でもってちょっと聞いてお

きたいことがあるんだけどさ」

「君………」

「契約書ってどんな感じのモノ? 現物に近いのぐらいあんだろ、できればそいつを―――」

「もーこうなったら君でもいい――っっ!! 加江をもらってやってくれ! 人妻になってしまえば幾ら今川が好色

マロ助でも手は出せないさぁぁ―――っっ!!」

「人の話聞いてんのかっっ!!」

 

 ゲシッ!!

 

 依頼人の頭を蹴り飛ばした。3年前の彼はまだまだ修行が足りない。

 

 取り乱しまくっている社長を相手に五右衛門が契約書を目にすることができたのは30分も経ってからのことだっ

た。未使用の契約書には当然、誰の名前も記されてはいない。「もしかして摩り替えてくるのかね?」と長則は期

待に目を輝かせたが、そんな真似はしない。してもいいけど、そこまで面倒なことをする義理はないと思う。……

ボランティアなんだし。

「確認とらせてもらいたいけど、あんた、借金を返すつもりはあるんだな? たとえそれが不正にかせられたものだ

ったとしても」

「……借りたものは借りたものだ。不正だろうと不正でなかろうとこちらは真っ向から付き返す。それが企業の良

心というものだ」

 床にへたり込んだままではあるが、そう宣言した彼の姿はそれなりに凛々しく見えた。

 なるほど? たしかにあんたは加江さまの父親だよ、との思いに自然と頬がゆるむ。

「俺に任せとけよ、おっさん。どうにかしてやるからさ」

「君………」

 フラリ、と立ち上がり、五右衛門を見やった長則の目にじんわりと涙が浮かび上がった。

「君、加江と結婚して松下産業を継がないか――っっ!!? いますぐにっ!!!」

「俺は未成年だっつの!」

 再び五右衛門の回し蹴りが炸裂した。

 

 ………一応、依頼人は大切に………。

 

 

 大量の書類の束を抱えて彼女はため息をついた。右肩上がりの企業の社長秘書ともなれば仕事も重責も格段

に増す。そう覚悟はしていたが、社長にちょっかいだされるなんて話は聞いてなかった。ルックスにもプロポーショ

ンにも人一倍自信を持っている。だから男が食いついてきたことは嬉しいが、こちらにも好みがあるというのだ。今

川義元も社長ではあるが所詮、中小の成り上がり。10年後はどうなっているか知れたものではない。そんな男に

買われるより、もっと見た目も身分も上の男に射止めてもらいたいものだ。たとえば、武田信玄とか上杉謙信とか

……そうはいっても上杉の会長は女嫌いに加えて宗教家なのでたぶん無理だろうけど。

 そんな空想とも妄想ともつかない考えを巡らしながらパソコンの電源をいれた直後、パシッ! という妙な音がし

て起動しかかっていた画面が消し飛んだ。

「え? 嘘、なにが起きたの!?」

 慌ててマウスを動かしてみるがなにも起こらない。もしかして壊れてしまったのだろうか――何度かスイッチの入

れ替えをしてチェックした結果、どうやら配線コードが故障したらしいと理解した。邸内のLANは正常に作動してい

る。である以上、故障の原因は外部に求めるしかない。即座にかかりつけの電気会社に電話をすると数回のコー

ル音の後でやたら若々しい声が答えた。

「はい、こちらハイパー電力会社………」

「今川です。うちにネット配線してるコードが壊れたみたいなんだけど、すぐに修理してくださらない?」

「はい。承りました。そちらの故障の状況は――」

 質疑応答を終えた後に「10分ほどで電気技師が参ります」との返事を得て彼女は電話を切った。

 ネットはしばらく使えなくなってしまったが、その間に他の業務を片付けなければならない。今日はとても大切な

お客さまがお見えになるのだから……。

 長い髪を後ろに跳ね上げてヒールの音を高らかに響かせた。

 

 

 カフェテリアで飲むコーヒーは慣れない所為か苦味しか感じられなかった。手にした携帯の電源をOFFにして、

テーブル上の妙な配線装置を見つめた彼はにんまりと笑みを頬に刻み込む。

 

「……けっこー役立つじゃん、504S型♪」

 

 

 今川義元の邸宅は静岡県の一等地に存在している。自社の権威を誇るような仰々しい門構えと金ぴかの塔が

嫌でも目に付くようになっている。塔の中になにがあるかは知らないが、ロンドン塔と同じく幽閉施設だとか人体

実験でもしてるんじゃないかとか、あの部屋で秘書とイイコトしてるんだとか、およそいい噂が流されたことはなか

った。いまもって中になにがあるのかは不明である。秘書は当然知っているが1階にしか訪れたことがない。重要

書類がそこに格納されているので、正味3階建てぐらいの塔の天辺には財産でも隠してあるのだろうと推測でき

るのみだった。

 邸内では家政婦やガードマンが忙しく出入りし、庭ではシェパードが牙を光らせている。窓は防弾ガラス、塀に

は電流、夜間は赤外線レーザーがともされて全ての侵入者をシャットアウトする。

 内線電話で呼び出された秘書はすぐに玄関ホールに迎えに行って、驚きに立ち尽くす羽目になってしまった。た

しかに「一流の技師を派遣してくれ」と要求したのに、眼前にいるのはどう見ても10代の少年だったからである。

外見だけで判断するのは愚かなことだが、証明書代わりに電気技師のライセンスを見せられても尚、半信半疑だ

った。探るような目をしたまま側で見学させてもらっていいかというと、どうぞご自由に、と返された。少しでもミスを

したり、また、なにか怪しげな素振りを見せるようだったら即刻ガードマンを呼ぶつもりでいる。ポケットのベルの存

在を確認した。

「拝見させてもらいますよ……ああ、ここのコードが接触不良を起こしてるようですね」

 問題の部屋の壁を探っていた技師はしたり顔で頷いた。持ってきた工具一式、片手に次々と配線を変えていく。

彼女も配線に関しては人並み以上の知識を有していたが、それでも少年の手際はうなるほどに見事だった。

「ためしに起動してみましょうか。パソコンを見せてください」

 最初疑っていたのが嘘のように秘書は素直にパソコンを手渡した。美しい、とすらいえる少年の技術力にすっか

り魅了されていたともいえる。だから彼が目深にかぶった電力会社の帽子の下で注意深く監視カメラの位置を確

認していたことにも、故障原因の究明が幾らなんでも早すぎるということにも気づきはしなかった。

「……すごいわね。あっという間に復旧したじゃないの」

「そりゃーまあ、自分で起こした障害で手間取ってたらシャレんなんない♪」

「え?」

 顔をあげた瞬間、真っ向から少年の目に射すくめられる。

 黒い、深い、底の知れない深い闇―――。急に身体が重くなり、意識が混濁の淵へと落ち込んだ。

 半覚醒の夢遊病のような感覚で誰かと誰かが会話しているのをわずかに聞きとがめる。

 

(書類は、どこにある――……)

(……塔の中に……でも、塔には邸内から伝っていかないと………)

(その中に松下産業に関するものはあるか?)

(あるわ……金庫のダイヤルは24891………)

 

 なにかとてつもなくマズイことを喋らされている。警報が頭の片隅で鳴り響いたけれど間近にある黒瞳に絡めと

られて動けない。この人のいうことを聞くのが気持ちいい、命じられているのが嬉しい、ああ、なんでもかんでも洗

いざらい喋ってしまおう。だって話せばこの人が喜んでくれて、わたしだってこの人が喜んでくれるとどうしようもな

く嬉しくてたまらないのだから―――。

 

 パンッ!!

 

 打ち鳴らされた手の音にハッと我に返る。2、3回かぶりを振るとわずかに眩暈がして、辺りを見回せば工具をし

まっている少年と目が合った。

「はい。修理終わりましたよ。……どうかしましたか?」

「い、いえ――別に……」

 こめかみを抑えて考え込む。さっきまでこの人物と言葉をかわしていたような気がしたのだが、自分はイスに腰

掛けているし、相手は壁際で仕事中だったし、2人の距離から考えても間近で会話しているはずがなかった。

(気のせいよね、きっと)

 少しだけ胸中に渦巻く不安を彼女はどうにか押し殺した。謝礼を払い込むべき銀行の口座番号を聞いてから玄

関まで送り届ける。出入り口のところでまた少年が振り返った。

「いろいろお世話になりました。おかげで助かりましたよ」

「? 別に、なにも助けになるようなことは……」

「だから、あんたに迷惑がかからないよう最後の暗示だ。―――全てを忘れろ」

 一瞬、闇よりも暗い瞳が妖しくかげったようだった。途端、彼女の瞳から知性の輝きが失われ、口が半開きにな

り、腕がだらしなく脇に垂れ下がる。自らの行為の成果を確認すると彼は低く笑い、そっと片手をあげて玄関の戸

を閉めた。

 数10秒ほど経過してから我を取り戻した秘書は自らがどうしてこんな玄関口に立っているのかを思い出そうとし

て……全て徒労に終わった。右手にはわけのわからぬ数字の書かれたメモを手にしている。それが電気技師か

ら教えられた偽りの口座番号だと知ることもなく、先ほど回線に支障が起きていたことも、それを直すべく若すぎる

技師が派遣されてきたことも、すっかり忘れ去ってしまった彼女は機敏に身をひるがえした。

 時刻を確認して唖然となる。こんな時間までいったい自分はなにをしていたのだろうか。早く書類を整理してスケ

ジュールの作成に勤しまなければ。

 今夜来るお客様を出迎えるために。

 

 

 できるだけ月のない夜を選んで行動するのが基本だとしても、期間が1週間である限り完全な新月など望むべく

もない。昼間着ていた電力会社の地味な服――先日、街の衣料店で買ったもの――の金額を「必要経費」の欄

に書き込みながら五右衛門はチラリと目線を横に流した。身に付けたのは黒いジャケットと黒いジーンズ。近くの

梢から今川邸を見下ろすと嫌でもうろついている犬が目に入る。

 あのオネーサンには、ちょっと悪いことしちゃったかな。でもまあ暗示の後遺症なんて出ないだろうし。

 前日の内に細工をしておいてケーブルに故障を発生させてから、電話線をハックして電力会社のふりをした。後

は自らが現場に乗り込めば万事OK、である。一応偽造した社員証明書も持っていたがバレる可能性は充分にあ

った。しかし見たところこの屋敷は現在やたらと出入りが激しいようだし、普段はキツイ検閲も多少はゆるんでいる

かと思われた。勝率は五分ほどだったがかろうじて勝利。内部工作を施して帰還するのに成功した。ダウンロード

した邸内の配置図は既に脳内にインプットされている。

(チャンスは一度。3秒間だけ赤外線探知機の電源が切れる。その間に――)

 3秒以上の細工をするのは危険だと判断した。その一瞬のうちに今川家に忍び込んで、例の塔へ移動しなけれ

ばならない。思ったよりキツイかもしれないが、あくまでも五右衛門の表情に見られるのは笑顔のみだった。口笛

吹きそうな風情でのん気に屋敷を覗き込んでいる。ここ数日、見ていたときより警備が厳しそうなのが不安の種だ

が、なぁに、見つからなければそれでいいのだ。

 闇に溶け込み姿もわからぬ影がそっと地上に降り立った。狂いのない秒針を確認して目線鋭く屋敷を射抜く。

(5……4……3……2……)

 たとえ時を示すものがなくとも正確に時刻をはかれるように。教え込まれた感覚はどんなときでも揺るぎない支

えとなる。

 

 ―――0!

 

 なんの躊躇も惑いもなく彼の身体は塀を軽々と乗り越えた。発動しなかった電流の仕掛けに仕掛けの成功を知

る。飛び越えた勢いそのままに犬が吠えるより早く庭を横断し、人気のない廊下に滑り込んだ瞬間、体内時計は

ジャスト3秒を伝えていた。立ち止まらずに昼間、下見をすませていた天井に取り付いてわずかな隙間から内にも

ぐりこむ。幾ら警戒の行き届いた家屋で大勢の見張りがいようとも天井裏は案外盲点だ。どこに赤外線が配置し

てあるかも記憶済みだ。口元にはお決まりの不敵な笑みを閃かせ、最新の注意を払いつつ目的地へと忍び寄っ

た。

 秘書のネーチャンが教えてくれたとおりの道筋をたどって塔へ侵入する。監視カメラの配置とカメラ自体の切り替

わり速度と仕事にかかる所要時間を即座に計算してから金庫の前に飛び降りる。やはりここでもほんの少しの間

だけ、カメラ映像が「繰り返し」になるよう設定されている。多少の時間稼ぎにはなるだろうが邸内で目を皿のよう

にしている見張り番に発見されてしまったら意味はない。その瞬間にレーザー光線が発射されて、当たり所が悪

ければあっという間にあの世行き、である。

 黒の皮手袋をした手で金庫の番号を解除する。暗証番号を入力して南京錠をあけて数式入力に答えて……網

膜検査はニセモノで乗り切った。今川義元も爪が甘い。どこかの眼科で治療を受けたが最後、必ず網膜組織の写

しを取られるに決まっているのに。

 これらの作業をものの10秒で片付けた五右衛門は金庫から手早く目的の書類を選び出した。秘書の情報は正

確で、たしかに3番目の棚の、右端の箱の、上から5枚目に置いてあった。感謝感謝♪ と内心で呟きつつポケッ

トからスポイト入りの液体を取り出す。期限を示す欄には「○月まで」と記されているが液体をたらした途端、文字

は綺麗さっぱり消えうせた。あとは五右衛門の技術次第、取り出したペン先で義元の筆跡を真似る。

 期限は……そうだな、10年後ってことにしておくか。

 ニセガキは得意中の得意なのだ。結局すりかえた方が早いかもしれないが、そうなると紙質とか保存状態とか

さまざまな問題が絡んでくる。それよりはちょっと細工をするだけの方が安全、かつ確実だ。来る手間は同じでも

その後の危険度がはるかに違う。これぐらいの細工なら改竄に気づいた今川が鑑識に提出したところでバレる可

能性はまずないだろう。

 残り10秒。

 氷のような冷たさと正確さで書類を戻し鍵を戻し検査設定をクリアして己の痕跡を完璧に消去する。

 時間きっかりに監視カメラは正常な働きを取り戻し、五右衛門は再び闇の中へと消えていた。

 

 

 本当はそのまま帰るつもりだった。比較的順調に計画が進んだとはいえ敵陣に居続けるのは賢いことではなか

ったし、2回目の細工が発動するまであまり時間もなかったから。

 しかし奥の応接間らしきところの上を通過しようとしたのが運の尽き。耳に飛び込んできた会話に聞き入ってし

まうのは忍びとして鍛えられた者の悲しい性か。慎重に、慎重に天井の板をずらして誰と誰が話しているのかを

盗み見る。一方は当然、この屋敷の主である義元だ。いまひとりは――……。

 

(………武田信玄!?)

 

 相手から見えもしないのに身体を低くした。まさかこんなところにわざわざ大企業の社長が自ら出向いてくるとは

――最近のTOPは違うのかね、と驚くと同時にVR世界で得た情報のたしかさに舌を巻く。どうもあのキツネの予

言は的中率が高すぎてイヤんなる。

 さして考えるまでもなく浮かんだもうひとつの企てにため息をついた。

(なるほど……ボランティアなんてアンタらしくないと思ったぜ)

 勿論、旧友を助けたいとの思いもあったのだろう。しかしどちらかといえばそれは単なるきっかけ、本来の目的

は別にある。五右衛門がいつ侵入するかということも月の満ち欠けを見ていれば大体予測がつく。後は目的の人

物がその日その場所に来るか来ないか、侵入する時刻にうまいこと合致するか、賭けに出たのだろう。

 いま行われている会話の内容を盗み聞いてくること――それこそが半蔵の目的だったに違いない。いいように

乗せられ操られるのは腹が立つが折角の機会だ、聞いていかない手はない。

 それに。

(命令されたわけじゃないからなあ……あんたにこの情報は渡さないぜ、師匠)

 目を細めて会見の場に見入る。

 武田商事の社長が手にした書類を机の上に投げ出した。

「――なるほど、有益な情報ではある……だがしかし、当の2人には接触できていないのだろう? それでどのよ

うな利益を得ろと」

「いつもいつも撒かれてはいるが、それはまだこちらが本気を出していないだけのこと……肉体の居場所さえ掴ん

でしまえばもはや逆らう気も起きまい」

「たしかにこの情報化社会において優秀なハッカーやプログラマーは必要だ。が、‘彼ら’の計画はいささか荒唐

無稽すぎて乗り切れん」

 弱気とも思える言葉に今川が失笑する。

「これはこれは、当代を代表する企業、武田商事の社長とも思えぬお言葉ですな。‘奴ら’に出し抜かれてもいい

と仰られるのか。わたしどもがわざわざ情報を提供した意味――それをお察しいただきたい」

(……なんか、ようわからん会話だな)

 時刻を気にしながら五右衛門は眉をひそめた。会話が長引くようなら残念だが途中で打ち切って脱出を最優先

せねばならない。聞き入った挙句にとっ捕まるなんてばかな真似だけはしたくないし。

「ご厚意は感謝する。だが武田の理念に反することはできん」

「協力はできないと仰られるのか。もしそうであるならば――」

 早まるな、というように信玄の右手が正面に掲げられる。垣間見えた鋭い笑みはまるで猛禽のようだった。

 

「‘彼ら’が<ロード>と<スペルマスター>の正体を突き止める。そうしたらもう一度相談に乗ろうじゃないか」

 

(………!)

 声を上げそうになって咄嗟に口を抑えた。途端、信玄の視線がちょうど五右衛門のいる辺りを射抜く。反射的に

その場を飛び退ると一目散に逃げ出した。

 急に視線を上向けた商談相手に義元が訝しげに眉をひそめる。

「如何なされた?」

「――いえ、別に」

 なんでもないことのように笑う。

「大したことではありませんよ」

 それが密談終了の合図だった。

 

 

 天井の端まで移動した五右衛門は乱れかかった息を整えると面白そうに頬を歪めた。師匠が企んでたんだかな

んだか知らないが、楽しそうな情報を見せてくれたものだ。いよいよ雌雄を決するというネット界の重鎮2人、その

2人を狙う企業、‘彼ら’もしくは‘奴ら’と称される連中の存在。

 

 ――あの2人の争いは単なる諍いから来てるんじゃねぇ。

 

 あるいはそれすらもフェイクかもしれない。いま自分の足元にいる社長たちはやがてネット上で起きるだろう争い

のことを察知しているのか否か。知らないのなら、<ロード>と<スペルマスター>の争いは彼らに関わりないこ

とで、優秀な技能を持った人間を確保したいという至極単純な理由から求めているだけになる。あの2人が企業

の支援を受けてしょっちゅう代理戦争を行っていたというなら仲の悪さも説明がつくけれど、そうではないと五右衛

門の勘が告げていた。

(むしろネット世界からコイツらを追い出すための自作自演か……どこまで破壊するつもりなんかね)

 楽しみが増えたな、と。

 少しばかり覗けた裏の世界に密やかな喜びを感じるのだった。

 

 

 正門から出入りすることはない。自分がこちらに出てきていることなど知られてはならない。今川からさまざまな

情報を仕入れた信玄ではあるが、代わりに示した情報や計画などないに等しかった。有利なカードが出揃うまで

は戦いを控え、機が熟したと見れば即座に仕掛ける。それがこの世界で生き抜くための極意というものだ。

「源助、車をこの辺りで止めろ」

「は? しかしまだ今川邸からさほど離れておりません。ここに停車しては勘繰られる恐れが――」

「構わん。止めろ」

 黒塗りのベンツから降りると後続車からもボディガードがわりの部下たちがゾロゾロとつづいた。塀の間際で円

陣を組ませ、やがて邸内から出てくるであろう人物を待つ。

 信玄が睨みつける虚空から突如、そいつは出現した。電流が流れているはずの塀を軽々と乗り越えて、黒い、

小柄な影が静かに着地する。前触れもなく登場した不審人物に部下たちが色めき立つのを片手で制した。ゆっく

りと面を上げ、顔を隠そうとすらしない相手に少しだけ感心した。これだけの人数を前にしても動じない彼の不敵さ

に、である。想像したより随分若かったことも意外だった。上下とも黒で取り揃えた服の合間から見える身体は未

だ幼く、髪も瞳も漆黒に染まった少年の印象はしなやかな黒豹を連想させる。

「……待ち伏せを受けたことには驚かないようだな」

「俺があんたらのとこに来てやったんだ。待ち伏せを受けたわけじゃない」

 ニヤついた笑みを少年は浮かべる。

「あそこでなにをしていた?」

「素直に答えると思ってんの? あんたこそなにやってたんだ、わざわざこんなとこまで出向いてさ」

「わたしにも答える義理はないな。もっとも――ある程度は察しているのだろうがな」

 かすかに手を閃かせて合図をすると部下たちが円陣を少しずつ狭めていく。源助が身構えたのがわかった。

「さて……ここでお前を捕まえて今川に引き渡したらどうなるかな?」

「どうもなんないよ。だって、俺は捕まらないからね」

「とらえて絞り上げたらさぞかし有益な情報をもたらしてくれるのだろうな」

「さあ? そいつはどうだろう。絞り上げるだけの自信ある?」

 両手をひらひらと振って無邪気に笑う。暗い、底知れぬ黒瞳の中に喜びの色が垣間見える。信玄は問い掛けを

変えた。

「では質問を変えよう。―――お前を雇うにはどうしたらいい?」

「へぇ?」

 あくまでも笑みは絶やさぬままに少年が軽く驚きの声を上げた。徐々に狭まる円陣に追い詰められた彼の背中

はあと数センチで壁に触れようとしている。

「なんだよ、あんたって実はお客様? ……でもだめだね、俺はまだフリーじゃない」

「どこに属している」

「それぐらい探り出してみせたらどうだよ――俺の雇い主になりたいってんならさ」

 少年の目が伏せられたのと、部下が彼を捕まえようと殺到したのはほとんど同時だった。しかし彼らの手が少年

を捕らえることはなく、あっさり空を切ると、代わりに信玄は自らの首筋に突きつけられた冷ややかな感触を意識し

た。対象を見失った源助が慌てて振り返り、主人の置かれた立場に絶句する。

「しゃ、社長……!」

「慌てるな。俺は死なん」

 わずか数ミリ先に位置している刃物を恐れもせずに彼は言い切った。背中から含み笑いが聞こえてくる。

「ふぅん……わざと背後をとらせるなんて余裕じゃん? なんでだ?」

「俺は死なんからだ」

 根拠もない言葉を堂々と述べる信玄に一刹那、背後の気配が静まり返る。やがて響いた低い笑い声と共に喉

元から凶器が遠ざけられたのを知った。腕組みをしたまま振り向くと、ちょうど少年は武器をふところへしまい込む

ところだった。からかうような目線をこちらに送り。

「――政財界の重鎮となるには程遠い、けれど、数年後には必ず政府機関の一員になっていそうな人物……そ

いつを見つけたら尋ねてみなよ」

「………貴様、なにを知っている?」

「この世界で隠し事なんて無意味だからさ。あんたなら、そうだなあ……少しは安くしておくよ」

「………」

「見つけてみろよ、俺を雇いたいっていうんならな。………ただし」

 確実に信玄から間をはかりながら、左手中指を突き上げる実に礼儀のなってない仕草を添えて、ジャケットのは

だけた内に覗く、白い素肌すら闇に溶け込ませ。

 壊したくなるほど綺麗な笑みをのせて歌うように呟いた。

 

「俺は高いぜ――誰よりもな」

 

 呆気なく少年の姿は闇に紛れて消えうせた。まるでキツネかタヌキに化かされたような顔をして部下たちは周囲

を見回している。風に揺らされた木々から舞い落ちる葉を跳ね除けて信玄は薄っすらと笑みを浮かべた。

「‘見つけてみろ’………か。己の立場も知らんで豪語してくれたものだな」

 どこに所属していようとも誰の部下であろうとも、この非礼に詫びを入れさせるまでは忘れたりなどするものか。

軽い気持ちで怒らせた相手の執念深さを知って後悔するがいい。

 主人が久々に活気に満ちた顔をしているのを嬉しく思うと同時に、補佐しきれるかと不安にかられている源助の

横で信玄は宣言した。

「面白い、やってやろうじゃないか。すぐに、な」

 

 のちに五右衛門は信玄のもとでしばらく働く羽目となるのだが………。

 この時点の彼はそんなこと夢にも思わず、ただひたすら松下家への道程を急いでいるのだった。

 

 

 木刀の素振りばかりしていたら手の皮が厚くなってしまった。以前はもうちょいやわらかなてのひらをしていたと

思うのだが、これも修行の成果なのだと思えば苦でもない。練習の合間に木陰で小休止をとっている加江に半蔵

も満足そうに頷いた。

「だいぶ腕前が上がったようですな」

「いいえ、まだまだです。……それより」

 すっくと立ち上がると彼女はこのところの懸念を口にした。

「五右衛門は本当に帰ってくるんですか? 今日でちょうど1週間ですよ」

 彼が優秀な密偵だと知ってはいるが、なにをやっているのかという内容まで聞けるわけがないから、問い質すこ

ともできなくて腹が立つ。期日である今日をすぎても帰らなかったらあの約束破りめ、締め上げてやるから、と考え

ても当たる対象がないのだからひたすら空しい。それに万が一ではあるが、帰りたいのに帰れない状況に陥って

いるのだとしたら――待っているだけ時間の無駄なのだ。

 自分が彼に勝利するためには五体満足で帰ってきてもらわなければならない。

 そんなこんなで、ここ数日、外見はともかく内心ではかなり苛立っている加江だったのだが、半蔵はゆっくりキセ

ルをくゆらせて笑うのみだった。

「心配することなどありますまい。ほら―――噂をすればなんとやら、だ」

 あごで示された先を振り返る。そこには山のふもとから徐々に近づいてくる黒い、小柄な影が目に付いた。加江

と半蔵の存在に気づいて大きく両手を振っている。「ただいまー」との叫びに加江は微妙な笑みを返した。

 ―――が。

 ………五右衛門が戻ってきたのはいい、無事だったのもいい、仕事を終えたんならめでたいことだ。

 しかし。なぜ。どうして。

 

 ―――なんだってここに父親が来ているのだ!?

 

 遅ればせながら彼女は五右衛門の仕事の内容がなんだったかを察したのである。

 疲労困憊の体だった父親が加江を見て喜びを全身で表しながら駆けつける。

「加江! 無事だったか!」

「父上、なぜここに?」

「五右衛門くんに案内してもらったに決まってるじゃないかっ。さあ、父さんと一緒に街に帰ろう!」

 そのままギューッと抱きつこうとした父親をヒラリとよけて、加江は五右衛門に詰め寄った。後ろで長則が大木に

激突したがそんなん構っている暇はない。

「ちょっと五右衛門、これはどういうことなのかしら?」

「へ? どういうことって………」

「とぼけないで頂戴! わたしと決闘するのがイヤだからってこんな手段をとるとは見損なったわ!」

 なんだそりゃー、ひどい誤解だー、とわめく五右衛門の襟首を締め上げる。

「だって加江さま、親になんもいわずに出てきたんだろ? そりゃ心配されるって。だから俺としては場所ぐらい教

えておくべきかなーと」

「余計なお世話! わたしは独力で強くなってあの今川義元を………!」

「いやだから、その借金のことなら話がついたんだよ、加江」

 旧友に助け起こされた父親はつぶれた鼻を抑えながらそういった。加江の瞳が驚きに見開かれ、五右衛門の首

を締め上げていた手の対象が今度は実父のそれに代わる。

「どういうこと?」

「契約書の改竄はなかったことにされたんだ。ただそのことで色々もめていてね……今川傘下の会社が集まって

協議することになったんだ。加江、お前に戻ってきてもらいたい。わたしだけじゃ心もとないからな」

「でもわたしは………」

 彼に勝つという目標も、まだ、達していないのに―――。

 このままなし崩し的に弟子入りの話もなかったことにされてしまうのか。それではなんの為に自分はこんな山奥

で1ヶ月近くも木刀を振りつづけてきたというのだろう。実家の窮状を救ってくれたらしいことは素直に感謝する。感

謝するが、個人としては到底納得できそうになかった。

 歯を食いしばって握り締めた木刀を五右衛門へと突きつけた。

「――わたしはこのままでは下山しません! 五右衛門、勝負なさい! 手加減は無用よ!!」

「………やるの?」

 彼はちょっとだけ師匠へと目線をズラす。加江の背後で半蔵が頷きを返し、ため息まじりに少年は足元に転がる

手近な棒を拾い上げた。薪がわりに集められていたそれは充分な太さがあり、重そうに見えたが、彼はそれをな

んの苦もなく操ってみせた。

 荷物をおろした少年と着物を泥で煤けさせた少女がある程度の距離を置いて睨みあう。反射的に割り込もうとし

た父親の行動は旧友が背中を踏みつけたために阻止された。

 風が走り抜け草木がざわめき、行雲流水、空間の広がりを感じるでもなしに。

 対峙していた時間は然程でもなく、しかも勝負は一瞬でついた。

 加江が振りかぶった木刀をただの一撃で相手が跳ね返したのである。「手加減は無用」―――その言葉どおり

に。

 足元に転がる木刀を視界の隅にとらえ、手首に鈍い痛みを感じながらも、驚くほどに加江の表情は晴れやかだ

った。にっこりと笑みまで浮かべて対戦相手を振り返る。

「やっぱり負けちゃったわね……まあ、仕方がないか」

「いや」

 使っていた棒をもとどおり薪の山に投げ返して、ちょっとばかり彼は肩をすくめてみせた。

「この勝負に関しては俺の負け。―――そうだろう、師匠?」

「そうだな」

 なぜか堅苦しいことで知られる半蔵まで素直に頷いてみせたのだった。訝しげに眉をひそめる加江の側で五右

衛門は嬉しそうに笑い、ヒョイッと両てのひらを掲げてみせた。

「だって俺、両手使っちゃったもん♪」

「でも勝負にはあなたが」

「俺がここで何年修行してたと思ってんの? その俺に1ヶ月でどれぐらい追いつけるかが本当の課題で……両

手使わせたんだから、加江さまの勝ちv」

 五右衛門はこんな感じで使っちゃったのよ、と棒を振る仕草を繰り返す。師匠が立ち会ってたんだから不正なん

てしようもありません、と鹿爪らしく敬礼なども交えて。

 目をしばたかせながら加江は視線を半蔵の方へと転じた。山にこもってから一度も見たことがないような優しい

表情でこの山の主が微笑んでいる。

「ま、当分は二番弟子ですが……入山の資格は充分に示した。今後、山にこもりたくなったらいつでも訪ねて来る

といい」

「………」

「しかしいまは戻られることだ。地上のゴタゴタが片付くまでは」

 呆気に取られていた加江の顔が徐々に照れの混じった笑顔に代わり、はにかみながらもしっかりと返事をかえ

した。

「はい、師匠!!」

 

 ―――いい顔をするようになったな、加江。

 

 娘の成長ぶりを目の当たりにして長則はちょっぴり感動の涙を流していた。

 早いとこ背中からこの足をどけてほしいものだと願いながら………。

 

 

「わしの手助けはここまでだ。後はしっかりやれよ」

「うむ。加江という優秀な秘書がついているからな。大丈夫だ」

 再会を約しながら握手をかわす旧友同士の光景はうるわしい。ちなみに、片方の背中に草履の足跡がついてい

るのも痛々しい。

 加江の荷造りを手伝ってやりながら五右衛門は土産代わりにさまざまなものを持たせてやった。

「あ、これが薬草な。でもってこっちが魚の燻製。小川で汲んだ清水は美味いぜ―――v それからなあ………」

「ちょっと、そんなに持てるわけないでしょ」

 ある程度までは受け取ったもののけっきょく、大半を小屋の中へ置き去りにしてしまった。

「なにがどうなったか報告ぐらいにはまた来るもの。そのときに持ち帰らせてもらうわ」

 そうか、と笑いあいながら振り仰いだ少年少女の先で大人どもはまだ手を握り締めて語り合っていた。

「あああーっ、半蔵! ほんとーに、ほんとーにありがとう! やはり持つべきものは友だよなあ!!」

「そうか」

「半蔵………」

「なんだ」

「わしゃ決めた―――っっ!! お前、加江の夫になってうちに来い―――っっ!!」

「年齢差がありすぎるからやめておこう」

「加江をお前にやろうじゃないかぁぁっっ!!」

 長則にとびつかれて半蔵はものすごく迷惑そうにしている。ここ1週間でさんざ聞かされた覚えあるセリフに心持

ち顔をひきつらせながら五右衛門はポツリと呟いた。

「まさかとは思うけど………あのセリフ、今川に金貸してもらったときも」

「勿論、いってたわよ」

 間髪いれずに返ってきた答えにさいですか、と力ない声を返した。加江の表情にはもはや諦めの色が見えてい

る。じゃあ、もしかしたら今川の要求はさほど突飛なものではなかったのかもしれないと、眼前でまだ騒ぎまくって

いるオジサン連中を前に五右衛門は深いため息をつくのであった。

 

 

 加江が山に戻ってきたのはそれから半月ほどしてからだった。入山の許可を得ている今回はもはや袴姿などで

はなく、普通のシャツにジーンズを着てすっかり登山客といった感じである。普段着姿の彼女を見たことのない五

右衛門はちょっとばかり不思議そうな顔をして出迎えた。生憎と師匠は小用で出かけていたのでひとりで応対す

る。修行の手を休めていつか話した小川のほとりで竹筒入りの清水を差し出したが、それだけでは芸がないよう

な気がしてきたので小屋からコーヒーセットを持ってきて湯をわかす。並んで石に腰掛けて報告を聞いた。

「あの後、今川傘下の中小企業の大集会があってね……借金の契約期限が大幅に伸ばされてたのに義元は随

分驚いてたけど、そんなのどうしようもないわよね」

 まさか書き直されているとは露しらず、彼は公衆の面前で堂々と読み上げてしまったのだ――借金の期限は10

年だと。その瞬間、義元は時がとまったかのように動かなくなってしまったという。青ざめたその様に被害者であ

る自分の立場も忘れてちょっとばかり加江は同情してしまった。

「他にもいろいろあったけど、今川からの借金は松下と松平で半分ずつ受け持つことになったの。これから先、こ

の2社が協力してくってことの証文みたいなものね」

「ふーん」

「でもってまあ、その結果として、なんだけど」

 できたてのコーヒーを小さなマグカップに移し変えて手渡す。やっぱりコーヒーは苦いよなーとぼやきながら口を

つけた瞬間、

 

「わたし、また婚約したから」

 

「ぶっ!!」

 耳に届いた言葉に恥も外聞もなく噴き出した。その反応をとっくに予測していたのか、むせ返る五右衛門の背中

をさすってくれる加江の態度は落ち着いたものだ。あまり露骨に驚いたりしないのが信条の彼ではあるが、今回

ばかりは一言いわせてもらいたい。そもそもことの発端は加江が今川の愛人にされかかってるということで、それ

を拒否するために頑張っていたというのに、なぜまたしても婚約などという羽目に陥っているのか。話の流れから

察するに相手は松平の息子なのだろうが………。

「あそこってかなり政略結婚すすめてるからな………相手が決まってない息子っていったら松平竹千代ぐらいなん

じゃないか? そいつ、まだ5歳児だぞ!?」

「そう。だから話を受けたのよ」

 クスクスと笑う加江は全く気にしていないようだ。

「年齢差が幾つあると思ってるの? その子が18歳になる頃にはこんな年上のオバサン嫌になるに決まってるで

しょ。ううん、それよりもかなり前の段階で婚約解消してくれると踏んだわね」

「………にしたって、青春時代がオジャンだぜ?」

 婚約してるというだけで男は引くから、うるさい男どもを追っ払うには丁度いい飾りなのかもしれない。でも「障害

があるほどに燃える!」という奇特な人物がいないとも限らないし、第一、加江に本当に好きな相手ができたとき

に後悔しないのだろうか。おそらく彼女がとことん考えて決めただろうことにヤボなツッコミを入れる気など五右衛

門にはなかったが。

「すぐに嫌われるよう努力してみせるわ」

 向こうから破棄を言い渡されたんなら借金云々は関係ないもの。

 平然としている彼女に、「もし相手が年増好みの偏屈なガキだったらどうするのか」と―――決定的な危惧を伝

えるのは自粛しておいた。

 

 ちょっとだけ火傷した舌先のしびれを我慢して、余計な忠告の代わりに懐から取り出したメモを差し出した。記さ

れていた名前も住所も電話番号も当然のことながら見知らぬものだったので加江は首を傾げる。

「なに、これ?」

「もし加江さまがまだ強くなりたいなーとか、なんか人のために働いてみたいなーとか、そういうこと思ったら」

 トン、と手渡したメモを指差す。

「ここに連絡とってみな。………話聞くぐらいなら害はないし」

「誰なの?」

「俺の相棒v」

 ニッと笑った子供らしい表情に、ほんの一瞬、加江が見とれる。そしてそれがとてつもなく不本意だったというよ

うに頬を膨らませて抗議した。

「あのね、そんな説明でわかるわけないでしょう? なに悪巧みしてるの」

「悪巧みなんて人聞きの悪い……えらく遠大な計画なんだぜ、これ? 俺もこいつも人脈を得るのにひどく苦労し

てる。加江さまがメンバーに加わってくれりゃあ嬉しいんだけどな」

 つまり、自分を他の企業との‘つなぎ’にしたいのかと。

 問い詰めるのは子供っぽいように思えて口をつぐんでしまった。単純に自分が仲間になるのを望んでいるのか、

加江の背後の権力を期待しているのか、眼前の少年の笑みからはなにも読み取ることができなかった。

 でも最終的に結論を下すのは自分自身だ。行きたくないのなら、平穏無事に暮らしていたいのなら連絡を取らず

にぼんやりと過ごしていればいだけである。

 メモをかばんにしまい込んで加江は人の悪そうな笑みを閃かせた。

「なにを期待してるか知らないけど、あなたの思い通りにはならないからね」

「そりゃー勿論。加江さまはとっくに俺の仲間だもん♪」

 ヘラヘラと笑う相手にアッパーくらわしてやりたい願望を加江はどうにか堪えたのだった。

 

 その他幾つかの世間話に花を咲かせ、ふもとの登山道まで五右衛門は見送りに足を向けた。別れの際にはい

つものように拳と拳の先を突きつけて、不敵な笑みを互いに頬へ貼り付けて。

「あなたが早いとこ師匠を倒して下山できるよう………祈っといたげるわ」

「サンキュ♪」

 あえて手は振らずに五右衛門は遠ざかっていく背中を黙って見つめていた。

 先に連なる街の薄い色合いに瞳を凝らし、近い内に必ずあそこへ舞い戻ってやるのだと……かたい誓いをたて

ながら。

 

 

 そして。

 彼が師匠の頭を漬物石で殴りつけて下山することになるのは―――。

 

 

 これより1ヵ月のちのことであった。

 

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終わった……これで無駄に長くつづいた外伝にもよーやく終わりが見えてきましたヨ(笑)。

いうまでもなく‘政財界の重鎮となるには程遠い、けれど、数年後には必ず政府機関の一員になっていそうな

人物’(長い!)は某司令のこと(笑)。ゴエの「相棒」もおんなじです。隊創設期の彼らは苦労しているのです。

「幾らなんでもこんな大雑把な侵入の仕方じゃあ、ゴエは発見されてしかるべきなんじゃないの?」とか

「どうしてあの程度の細工で上手くいくわけ?」とかお思いになるでしょうが、

その辺りの矛盾はあっさり明後日の方向に流してやっておくんなましv(どこの方言じゃい)

 

なんだか加江さまのお父さん、長則さんが奇妙な性格になってしまいました。彼は感謝の意を表するのに

「うちの娘を嫁にもらってくれーっ!!」

と叫ぶのが癖のようです。その所為で余計なトラブルまで招いていると思われますが改善の兆しはありません。

苦労するよな加江さま……たしかにこれじゃあ婚約しておいた方が安全かもしれない(苦笑)。

とゆーわけで「68.特派員」で加江さまと竹千代が一緒に映っていた理由が判明したかと思いますが、

まさかこんなにディープな関係だったなんてアタシも思ってなかったヨ!(責任取れや)

 

前半部分では信玄さまも登場。えらくカッコつけてますなあ、この頃は(笑)。一応、下山した後でゴエは数ヶ月間

彼のもとで働いてたらしいですよ? でもってそのときにヒカゲちゃんとも知り合って一悶着あるんですが、それはまた

別の話ですナ。ちなみにこれを読んだ後で「39.人質」を見ると信玄さまの凋落のひどさに泣けてきます(笑)。

だってバイトしてるとの設定はあったけど、まさかこんなとこでスカウトしてたなんて話は全然

考えてなかっ………(瞬殺)。――い、いえ、勿論最初っから考えてありましたよ? ヤだなーっ、後から

テキトーにこじつけただなんて、そんなことあるわけないじゃないですかあv は、はははv(ドキドキ)

 

とにかくそろそろ本編に戻りたい昨今。

あと少しだけ外伝にお付き合いください♪

 

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