「戦え! ボクらのコロクンガー!!<外伝>」

03.encounter!(2)

 


 山から目的の街まで電車で約1時間ほど。しかし下山した五右衛門はまっすぐ目的地に向かったりはしなかっ

た。任務でもなければ下山はできないのだ、久々で都会に出られる機会を逃す手はない。さいわい軍資金も充

分あることだし、羽根を伸ばしても罰が当たろうはずがない、と彼は至極当然に考えた。

 手始めに電気街のはずれのジャンク屋によって機材の品定めをする。店番のじいさんが機械類の前でかがみ

こんだ五右衛門に眼をつけた。

「よっ、兄ちゃん、目が高いねぇ。そいつは504S型っつって、もう巷じゃ見られない珍しい機械だよ」

「んー、でもちょっとばかり古すぎねぇ?」

 電気版の上にコードが突き刺さり電極の端がただれている。明らかな配線ミスだ。それでも使われている機材

は一級品だし使い勝手もいいとはわかっているが、ここからが腕の見せ所。原価以上の値で買わされてなるも

のかと倹約家の思考回路が目まぐるしく回転する。

「大体、こんな中古品持ってたってなんの役にも立たねぇじゃん。邪魔になるだけだよ」

「そういうなよ、これで結構使える奴だぜ? ちょちょいっと細工してやれば電波妨害、回路侵入、カスタマイズ

次第でなんでもござれだ」

「そんなんできるのは専門職だけだよ。俺みてぇなシロートさんにはちょっとなあ……」

 改造すれば結構どころか、ものすごく役立つ機械であることを知っている。だからこそ多少気のある素振りを見

せながらも難点を挙げ連ねる。試しに値段を聞いてみて、法外だと思ったらすぐに身を引く。実際問題、こんなガ

ラクタをほしがる奴は少ない。だからこそ店の者はようやく見つけた買い手に引き取ってもらい少しでも利益を得

ようと焦るのだ。売るところに売ればこいつらが驚くほどの価格で取り引きされるのだが、わざわざ教えてやるほ

ど五右衛門は親切でも間抜けでもなかった。

(それに、売れるようにするためにはやっぱ修理と改造が必要なんだよな)

 内心でほくそえむ。

「ダメダメ、そんな値段じゃ買えないね。廃品処理してやるようなもんなんだぜ? 汚いし、使えないし……」

「じゃあこの工具もつけてやろう。それで1万円。どうだ?」

「こんなんに5桁も払う義理はねーよ。3千円」

「それじゃわしの生活が成り立たん」

「………4千円!」

 値切りきった五右衛門は目的の品を手に入れた。

 

 

 手直しすればいろんな悪巧みに使えそうな電気器具をリュックサックにしまいこみ当初の目的地に――向か

わずに図書館へと足を運んだ。山でもネットで情報検索はできるけれど、やはり活字の形でしっかり確認してお

きたい。前回下山したのはいつだったろうか。検索機でバックナンバーの所在と号数を確かめる。全て読み直し

ていたらとても間に合わない。興味を持った部分だけセレクトするべく、文字の羅列を鋭く見極めていく。

 

『WA製薬が新種の製品を開発。不治の病に光明が見えるか!?』

『対談、武田商事と上杉商会のTOPが大いに語る。これからの重化学工業の未来と展望』

『ベンチャー企業の令息(14)と教育機関の令嬢(14)が婚約発表。仕組まれた縁組に財界の反発』

『まさに神秘! 13歳で米国・博士号を取得した少年は経歴不明』

 

 更にページを繰ると松下産業のことも少しだけ載っていた。前期の中間報告で赤字決済が確定。融資先に提

携を持ち込まれ事実上の子会社と化す。返済は親会社へ行う、とそれだけがさりげなく記されていた。注意深く

読もうが読むまいがそれ以上の真実は探りようがない文面だ。

(……なるほどね。ちったぁ裏が読めてきたか?)

 松下産業を陥れたのが(株)今川単体だけならことは楽でいいのだが、おそらくそうではあるまい。裏で何者か

が手を引いている。そいつを突き止めるのは任務の範疇ではなかったが判明したなら報告する義務はある。鍵

はこのおっさんだ、と画面に映し出された旧華族的な顔をうんざりと睨みつける。(株)今川の社長、義元。腕は

確かだが女グセも悪い。このおっさんが加江さまに手出ししなけりゃこんなメンドい任務だって命じられずにすん

だんだ、どうしてくれる。お前が残業手当て払ってくれるのか? と思わず恨み言のひとつも出ようというものだ。

 その他、幾つかの情報を流し読みして図書館を後にした。もっと詳しい情報を得たいのならば本格的に‘ダイ

ヴ’しなければならないだろう。腕時計で時刻を確認して、まだ早いと判断をくだした彼は手近な衣料店に足を

運んだ。これでも外見を気にするお年頃。いっつも忍び装束を着ていては、いざ下山したときにファッションセンス

が他から浮きすぎてヤバイではないか。自然に人波に溶け込むためにも流行りの服を見知っておく必要がある

のだ。

(……でも、こんなハデな衣装はちょっとなあ)

 苦笑まじりにマネキンの身体に巻きついている洋服を眺める。黄色と紫の補色関係が眩しいスーツだとか、赤

に金銀が施された不必要にケバケバしいドレスだとか、緑と青紫のジャケットはともかくとしてピンクと水色のズ

ボンだけはどうにかしてもらいたい。絵柄もハニワだったり鍵爪だったりム○クの叫びだったり、かぶいていると

いえば聞こえはいいが、ちょっとばかり常人の感覚とは離れすぎているような。

 思わず引いたそのメーカーを愛好している人間がいて、しかもその男が将来、自分の隊長になるのだとは露に

も知らぬ五右衛門であった。

 

 

 普通の地味な服を買い込んで僅かに重くなったリュックを背負いなおす。時刻は昼。ちょうどいい頃合だろう。

 どこになにがあるのか町内地図は脳みそにインプット済みだ。地味な繁華街の中心点で、やたら繁盛している

店へ入り込む。耳鳴りのような電子音と機械の駆動音、床下に這ったコードが仕切られた室内にうごめく。慣れ

ていない人間はこれだけで引いてしまうだろう。普通は受付で登録をして順番待ちなのだが、こういうときに優

待カードを持っていると得をする。さして待たされることもなく機械をあてがってもらえるのだ。

「ご利用時間は如何いたしますか?」

「とりあえず2時間。その後は未定」

「延長なさる場合は30分ごとの追加料金となりますがよろしいでしょうか?」

「かまわねーよ」

「はい。……登録いたしました。ごゆっくりどうぞ」

 受付の姉ちゃんの一礼を受けて悠々と角部屋へ向かう。扉の向こうにはゆったりとした一人がけのソファが待

ち構えていた。ただ普通のソファと異なっているのは、妙なヘルメットもどきをかぶる仕掛けになっていることだっ

た。メットから出たコードの数々が床下の機材に配線され、腕を置く位置にも幾つかの‘挿入用’コードが設置さ

れている。

 ヴァーチャル・リアリティ・ボックス――略してVRボックス。精神ごとネットにダイヴできるその装置は新世紀の

到来に相応しい機械として持て囃されていた。その一方で精神がもぐったまま返って来ないケースも多く見受け

られるようになり、水面下では規制推進が進んでいるらしい。

 だがいまはそんなこと関係なく、ネットを楽しもう。危険性は承知しているがこれも娯楽のひとつなのだ。役に

立つことも本当だ。それに……おそらく、誰もなにもいわないけれど確実に感じているはずだ。‘ダイヴ’の瞬間

に感じる恐れと期待と体中を水がすり抜けていくようなシビレは――‘あの’感覚と酷似している。

(新世紀もつづく出生率低下、それに一役買っているのは簡単に快楽を提供する機械のおかげ……ってか?)

 皮肉そうな笑みをメットの下に隠して五右衛門の精神も深いネットの中に染み出していった。

 

 

(さーって、どこに行くかねぇ?)

 ネット空間はまるで海の底のようだ。口元からブクブクと泡が出ているのは空気の表現なのだろうが、それと

て五右衛門の意識が生み出したイメージに過ぎない。‘ダイヴ’経験者は多けれど‘ガイド’にたどりつくまでの

景色は千差万別という。五右衛門の場合は広い広い水底が果てなく広がっている。その奥にかろうじて見える

光点が目的地を示してくれるVRボックス内のシステム――‘ガイド’なのだ。泳ぎ着いたところで‘ガイド’の壁

一面に飾られたチャンネルの数々を見渡した。そこには「臨時集会、若人よ来たれ!」とか「恋人募集中v 出会

い系サイトvv」というチャットのお誘いにはじまって「ボクとダイヴ友達になりませんか?」とゆー伝言メッセージま

で浮かんでいる。画面に触れた先から更なるネットの世界へと移動できるのだ。

(久しぶりだからな……いるとは限らねぇ。ま、でも一番確実だ)

 手を伸ばして「動物の憩いの森 〜 あなたもかわいいメルヘン気分♪ 〜」なる画面に手を触れた。途端、内

部に引きずりこまれるような感触がして、一瞬の後には視界が闇に転じ、再度眼を開けたときには周囲の状況

は一変していた。取り巻いていた水も眼前に立ちはだかっていた壁も存在しない。あるのは緑の草原と青い空、

奥深い森、澄み切った湖。歩く面子はうさぎやクマ、サル、鳥、鹿、イヌなど様々だ。彼らはペットではないし登

場キャラクターでもない。このチャンネルに世界中から参加している生の人間たちなのだ。ここでは誰もが動物に

なりきって会話を楽しむことができる。風景だってよくよく見れば絵本のようにデフォルメされていて、まるでクレ

ヨン描きのようだ。

(どーもこの雰囲気は苦手なんだよなあ……)

 ため息をつく五右衛門の外見もクロネコ(二足歩行)に摩り替わっている。どの動物になるか選べるのがせめ

てもの救いといえば救いだった。

 こんなところはさっさと出ようと決心して目的の人物を探し始めた。さして時間も要さず、相手はすぐに発見でき

た。数ヶ月前に見かけた場所におんなじように座り込んでいたのである。この時間帯は湖の木陰でのんびり会

話、というスタイルはいまだ変じていないようだった。

「よっ、お二人さん。元気かーい?」

「なんだクロネコ、てめぇかよ」

 ガラの悪いタヌキがけっとそっぽを向く。

「ああ……お久しぶりです」

 のん気な面したキツネがへらへらと笑った。この空間にはタヌキもキツネも数多く存在しているが、一応、固体

識別は可能になっている。けれど名前は知らない。このメルヘンなムードを壊さないために本名は名乗らないこ

とがルールなのだ。

「クロネコさんはいま来たばかりですか? ボクもね、今日、久しぶりに来たんです。タヌキさんもそうらしいです

よ。偶然って重なるもんですねぇ」

「そっか、そりゃツイてたな。ところで情報通のお前さんに聞きたいんだが……」

「おい、てめぇら」

 不機嫌そうにタヌキが口を挟んだ。

「声がでかすぎるんだよ。家ん中でしゃべれ」

「それもそうですね」

 キツネが素直に頷いて手を叩く。途端、足元からズリズリッと赤ずきんちゃんが住んでいそうな家がせり出して

きた。もとから地面に埋まっていてそれを掘り出したんならご苦労様、であるが実際はキツネが‘設定’したに過

ぎない。つくりあげた家屋には鍵を持つ人間しか入れないから内々の話をするにはもってこいというわけだ。

 キツネ、タヌキ、クロネコの順番でゾロゾロと戸をくぐる。中にあるのが西洋風のテーブルではなく卓袱台なの

は単なるキツネの趣味だろう。出されたお茶を飲み干せば味も香りも喉が潤った感じもするが、実際はなにも摂

取していないのだと考えると混乱しそうになる。‘こちら’で受ける感覚があまりにも現実的すぎるため五感が狂

うこともしばしばだ。‘ダイヴ’したまま帰って来れなくなる連中はそれが極端だったのかもなと考える。

「で、お聞きしたいことというのは?」

「んー? まあなんでもいいから知ってること教えてくれって感じなんだけど」

 このキツネはなぜかは知らないが世界中で起きている出来事のほとんどを熟知している。余程の暇人なのか

ネット達人なのか純粋な野次馬根性か。情報源がなんであれ、結果、間違いだったことは一度もない。

「ったく、そんな聞き方じゃあ答える方も困るに決まってんだろ? これだから性悪のネコってのはよー」

「ちょっとタヌキさん、ここでタバコを吸わないでください! 追い出しますよ?」

 メルヘェンな外見をしたタヌキが不良座りをしてタバコを吸っている様は明らかに異常だ。異常といえばキツネ

が厳しい目つきで睨みつけた途端、床からせり出した板がタヌキを外へ追い出しはじめたのも異常であるが、こ

の世界ではままあることだ。プログラミング技術が人並み以上ならば容易く行える。ちなみにタヌキが手にしたも

のもタバコではなく、似た症状を感じさせる脳内分泌液の象徴に過ぎない。

「床に灰のひとかけでも落としてごらんなさい。……首しめますよ?」

 にっこり笑ったキツネは笑っているが瞳は真剣だ。不承不承、タヌキもタバコを空間に紛れさせてテーブルにつ

く。なんだかんだで彼も情報には興味があるらしい。改めて五右衛門は話題を切り出した。

「たとえばそうだな、この間、米国で博士号取得したガキのこと。正体不明ってなんなんだ?」

「そんなん聞かれても……ただ、あれって米国じゃあ全然報道されてませんよ。本人が情報を消去したみたいで

すけど。クチコミで日本に伝わったんでしょうねえ、でも、向こうは10代で大学に上がる天才も少なくないですし

珍しい話でもないでしょう」

「あ、そ。それでさあ」

 前座を終えて本題を持ち出す。

 

「(株)今川と手を組むとしたら――どこだと思う?」

 

 さすがに剣呑な話題にキツネが眉をひそめる。政治的話題を幾つか議論したことはあるけれど、今回はまた随

分と局地的な分野を聞いてきたものだ。

「今川が……茶葉の生産と中小の取りまとめに満足してるなら問題ないんでしょうけどね」

「組むとしたら武田か上杉じゃねぇの?」

「して、その心は?」

 割り込んできたタヌキの言葉に五右衛門(外見はクロネコ)が振り返る。切り株型のイスをキィキィいわせなが

ら相手は不敵に笑う。

「武田が動けば上杉が動く。上杉が動けば武田が動く。老舗同士ってことで我ぁ張り合って見てらんないぜ。笑

えてくらあ」

「でもその2つだけとは限んないんじゃねぇ? 北条とかDATEコミュニティとか、組むんなら他にもでかい企業は

あるだろーよ。あえて手を組むメリットなんてあるのか?」

「今川は今川で押されてますから」

 キツネが神妙な顔をして頷く。

「ご存知ですか? 最近、急成長を遂げてる織田連合っていうベンチャー企業。しかもそこの令息と、斎藤家の

令嬢が婚約して……今後はこの2社が協力して今川をつぶしにかかるでしょう。新進気鋭の会社とむかしなが

らの地盤を持つ教育機関、敵にするには厄介です」

 中学生の段階で婚約させるなんて政略結婚もいいところだと周囲はいってますが、あれで結構、本人たちは

満足してるんですよ。とキツネは付け加えた。なんでもとある新年会の会場に2人が居合わせて、一緒に会場を

荒らしまくったことで意気投合したらしい。それを見ていた両家の親が勝手に縁談を取りまとめてしまったという

わけだ。

「ふーん。でも今川はそれでいいとして、武田や上杉にメリットはあんのか?」

「知ってどーすんだよ、ネコ風情が」

「やかましい、俺はキツネさんに話を聞いてるの。キ・ツ・ネ・に!」

 腹立ちまぎれに耳を引っ張ってやればヒゲを引っ張り返された。かなり痛い。なにすんだこの野郎、やるっての

か? やらいでか! と喧嘩腰になっている2人を前にキツネはのんびりとお茶を啜っている。

「……上杉と武田、どちらが来るかといわれたら武田でしょう。彼は静岡近辺である人物との接触をはかってい

ると専らの噂ですし」

「‘ある人物’?」

「政財界の重鎮となるには程遠い、けれど、数年後には必ず政府機関の一員になっていそうな人物……らしい

ですよ?」

 

(―――げ)

 

 なんだか思い当たる節があって硬直したてのひらがタヌキの耳を放した。体勢を崩した相手がイスから転げ落

ちるが助けてやる義理はないのでほっておく。どうもこのキツネの仕入れてくる情報は真実味がありすぎて心臓

に悪い。更に二、三、機密事項と思われる出来事を聞いて五右衛門の用件は終わった。

 中身の消え去った湯飲みを机に埋め込んでキツネが席を立つ。

「ボク、ちょっと用事があるんでこの辺りで失礼しますけど。ここ、どうします?」

「あー……後で片付けておくよ。サンキュな」

「どういたしまして」

 ペコッとお辞儀をしてキツネがドアへと歩み寄る。途中、頭から床にめり込んだままのタヌキを助け起こしてや

ってから。ふと思い出したように立ち止まって後ろを振り向いた。

「そういえば、ね。まだこちらは噂の噂もいいところなんですが……」

「なんだ?」

「<ロード・オブ・ザ・ナイツ>と<スペルマスター>がいよいよ雌雄を決するそうですよ。もし本当にそのときが

来たら――どちらに味方します?」

 告げられた内容に思わずネコとタヌキが顔を見合わせた。

 

 <ロード・オブ・ザ・ナイツ>、『騎士達の王』。

 <スペルマスター>、『魔道の覇者』。

 

 どちらもこのVR空間では名の知れた‘使い手’だ。この世界ではなによりもプログラミング能力とコントロール

の正確性、反射神経などが物をいう。外界では名のあるプログラマーやハッカーたちがこの空間を住処にしてい

るのは周知の事実。中でもこの2人の能力は抜きん出ていた。そして、彼らの仲が冗談でも‘良好’といえる関

係にはないことも。これまでは細かな小競り合いですんでいた。いつかは正面きって戦う羽目になると予感して

いたけれど、とうとう来るときが来たのだろうか。

 へれっ、と笑ってクロネコは宣言した。

「俺、中立だな」

「俺も」

 タヌキも同意を示して手を上げた。それは随分と曖昧な答えなのに、不思議と満足そうな笑みを浮かべたキツ

ネは静かにドアの向こうへ姿を消した。なんとなく無言で背中を見送ってしまった二人だったが、ふと顔を見合わ

せると互いに不機嫌そうに眉をひそめた。

「……なんだぁ、てめぇまだなにか用でもあるのかよ?」

 タヌキはとてつもなく態度が悪い。キツネを間に挟んだクロネコとタヌキの仲は‘まあ普通’だが、キツネが立ち

去ると途端に‘一触即発’になってしまうのだった。互いに相手のことを「得体の知れない奴」と思っているからか

もしれない。得体の知れなさでいったらキツネの方が上なのだが、生憎二人とも頓着していない。

 ニンマリとうかがうような笑みを浮かべた五右衛門は出来る限り優しい声音で問い掛けた。ああ、これが本当

の猫なで声。

「な〜あ……ちょっとばかり頼みたいことがあんだけど♪」

「却下」

「……まだなにもいってねぇぞ、オイ」

「てめぇの用件はいつもいつもくだらねぇんだよ」

 さっさと席を立つとタヌキは家の外に出た。内側に五右衛門を閉じ込めたまま扉の打ち付けを開始する。

「こらっ! 俺をいれたまま圧縮かけるなっ!!」

 危うくプログラムデータのひとつとして処理されかかった五右衛門はやや焦りを見せて家から飛び出した。無

愛想な面をしたタヌキがそのまま家屋の解体作業を進める。手をかざしただけで家屋がみるみると収縮し、ての

ひらサイズになり、豆粒のようになり、やがて空中に霧散して消えていく。まるで手品だ。

「っておい、ちょっと待てよ」

 立ち去ろうとしたタヌキの尻尾を捕まえる。

「却下っつったろ」

「まあ話ぐらい聞けって。俺は今川家の見取り図が欲しい。できれば配電図とか下水道の出入り口なんかも」

 タヌキの眉が釣りあがる。五右衛門の要求はひどく虫のいいものだといえた。見取り図が欲しいといったって、

別にタヌキが今川の関係者なわけではない。要はハッキングしろといっているのである。ここから今川のコンピュ

ーターにアクセスしてデータを探し出してダウンロードして……危険極まりない行為だ。

「ハッキングくらいてめぇでやれ。悪人の片棒を担ぐ気なんざ俺にはないんだ」

「悪用するっていついったよ? もしかしたら人助けに使うのかもしれねーじゃん。俺は‘足跡(アクセス)’を残し

たくない。お前の方が確実だ、だから頼んでる」

「………」

「これでも俺ってばお前の情報信じて仕事してんだぜ。なあ……いいだろ?」

 重ねての要求にもタヌキは顔を背けたまま答えなかった。が、突如目の前の空間を十字に切って腕を突っ込

むと白い紙束を取り出した。つっけんどんにクロネコに手渡してとっとと出口へ向かう。木のウロに飛び込む直前

少しだけ視線をこちらへ流した。

「……データを下ろすのは1回きりにしておけ。それ以上は気づかれる恐れがあるからな」

「さんきゅv ああ、それとさ」

「なんだ?」

 急に変化した口調にタヌキが振り返る。腕を組んだネコはしごく真面目な顔つきをしていた。

 

「もし噂が本当だとしたら……お前、どっちにつく?」

 

 互いが探り合うような目線を送る。自分たちのスキルはかなりの腕前だと自負しているからこその問い掛け。

もしキツネのいったことが本当で、ネット界の重鎮2人が争うのならば巻き込まれる可能性は非情に高い。その

際、どちらの側につくのか。ネット界を二分することになるだろう戦いにおいて互いの行動原理は微塵も読み取

れない。

 ふ、と気を緩めるようにタヌキが笑った。

「<ロード>は紳士的で仲間も多い。尊大な発言は嫌いじゃないし確かにあいつは‘王様’だよ。<スペルマス

ター>は孤高もいいところ、少しは仲間を作れってんだ。無言でネット設定の粗を直していくなんて偽善者ぶって

んだか心底イイモンなのかわかりゃしねぇ。読めない奴は嫌いだよ」

「じゃあ、お前は」

「だから俺は読めない奴につく。孤独な<スペルマスター>? いいね。どさくさ紛れに正体暴いてやったら楽し

いだろうよ」

 お前は? と問い掛けるようにタヌキが首を僅かに傾げる。なんとなく似通った考えをしている相手に五右衛門

は苦い笑みをみせた。

「――奇遇だな。できることなら中立、でもどっちかっていわれたら……ひとりで躍起になってる奴の揚げ足取り

をしてやりたいね」

 視線が交錯し本音を垣間見せたのは一瞬。見過ごしそうなほど微かな表情の移り変わりの中に僅かな笑み

を閃かせ。

「くそったれ」

 はっきり聞こえる悪態を最後にタヌキの姿は木のウロに飲み込まれて見えなくなった。五右衛門は手にした白

い紙束を折りたたみ上空に掲げる。と、白い鳥に変じたそれは真っ直ぐ青い空を切り裂いて光点となり掻き消え

た。今頃は取り付けられたプリンターが印刷を始めているはずである。

(さて……じゃあ、俺も帰るかね)

 ジャスト2時間。

 計算通りの邂逅は予定通りの成果を上げての帰還となった。

 

 

 周囲にうずたかく積み上げられた本の山が部屋の主の知識量を過不足なく伝えている。所狭しと置かれたコ

ンピューター、その向こう側の窓には某国の象徴である女神像が灯火を掲げて堂々と佇んでいた。7年前――

正確にいえば8年前の宇宙人襲来で壊された建造物のひとつ。新しく立て直されたそれには‘自由の女神PAR

T2’という正式名称がつけられていたが、そんなダサイ名前で呼ぶ奴は誰もいない。

 部屋の中央に設置されたVRボックスに腰掛けていた少年は、ため息と共にかぶっていたメットを外した。腕に

突き立ったままのコードがスルスルと抜けて不快な感触が骨の髄に響く。背後で扉の開く音がしたのに保護者

が部屋に戻ってきたのを知る。いまだVRボックスに腰掛けたまま黙り込んでいる彼の顔を相手が覗き込んだ。

「おかえり。……予定より少し遅かったか?」

「うん。ちょっと、情報収集してたから」

 熱をはかろうと額に伸ばされた腕を苦笑まじりに押し返す。

「大丈夫だよ、兄さん。別にこれぐらいで熱は出たりしないって」

「……いっとくけど俺は反対なんだ。VRボックスなんて、こんな脳神経系に多大な負担をかけるような物体」

 兄は思い切り不満そうな顔をして持ってきた本の山を机の上に勢いよく積み上げた。次いでふところから出し

た封筒を弟の前に突き出す。

「手紙来てたぞ。浅井くんからだ。この間、開発された新薬のレポートと一緒に送られてきてた。メールの方が早

いのにな」

「手書きが好きなんだよ、彼は」

 受け取って嬉しそうに笑う。普段から落ち着いていて表情に乏しいとすらいえる弟の目に喜びの色が浮かぶの

を見て、兄は先ほどまでの不満を水に流すことにした。紅茶でもいれようかと棚の上からファースト・フラッシュの

箱を取り出し何気ない風を装って聞く。

「それで? ――相手はどういってる?」

「<ロード・オブ・ザ・ナイツ>は僕の誘いに乗った。数ヵ月後には‘擬似戦争’を引き起こして、どさくさ紛れにメ

インの設定を全て消去することに承諾したよ」

 荒っぽい手段とわかっているが他にどうしようもない。最近多発しているVRボックスによる事故。それを悪用し

て精神制御を行おうとしている連中の存在に気づいたのはいつ頃だったろうか? 奴らの正体は自分も<ロー

ド>もつかんでいない。彼、もしくは彼女と話し合い、ネット設定の全てを破壊することが奴らの野望阻止に繋が

るだろうと結論付けた。自分たちは互いの正体を知らない。それどころか事あるごとにネット上で対立してきた間

柄である。自分は彼を敵とは考えていないが向こうは違う……どうやら目障りな奴だと考えているらしい。

 ―――だから。

「闘い自体は演技だけれど……きっと彼は本気で向かってくる。だから、僕も本気で戦わなくちゃ」

「協力者もなしにか?」

「なくてもいい。頑張れるよ」

 それに、と内心だけで付け足す。

(あの2人は少なくとも敵にはならないでくれるんだから……)

 本名も出身地も性別すらもわからない。だが彼らは確かにネット上で唯一の友人で、いい人たちで、争いに巻

き込みたくもないし敵にしたくもなかった。らしくもなく警告をこめた噂を与えて、これで彼らがしばらくの間でもV

Rボックスに近寄らないでいてくれたらと願う。

 たぶん、無理だけど。

「紅茶飲めよ。折角いれたんだから」

「うん……ありがとう」

 手渡されたカップのぬくもりを感じながら色素の薄い瞳を窓の外へと向けた。

 

 ネット上での対戦……大戦。VRボックスが製造禁止となる直接的原因である<the end of God's age>、

通称『終末の神話』が<ロード・オブ・ザ・ナイツ>と<スペルマスター>という2人の使い手によって起こされた

のは、これより3ヶ月のちのことであった。

 

 

 薄暗い一室で眼を覚ます。‘浮上’してきたばかりの脳髄に外界の刺激は強すぎるから感覚が平常に戻るま

で眼を瞑り言葉を封じる。隣では同様に‘ダイヴ’したままの人間が低く何事かを呟いていた。それは帰還不能

になる兆候だが、どうかしてやる義理など持ち合わせていない。

 自分のような小学生でも受け付けてくれる裏町の一画、違法も甚だしい裏社会一歩手前の状態で一流の設

備など望むべくもない。帰れるか帰れないか、いつもギリギリの線でネットの世界を泳ぎまわっている。もし戻れ

なくなったなら自分の精神は自由にネットという海の中を飛びつづけることができるのだろうか?

 ゆっくりと身を起こした彼はVRボックスから飛び出すと代金を払って外へ出た。ビルに挟まれた細長い道をさ

かのぼって大通りに直結し、眼を転じれば遠くに遊覧船が浮かんでいるのが見えた。再開発された新・神戸港

はようやく戦後の傷跡を回復しておだやかな時間の流れを楽しんでいるようであった。引きずるように持っていた

ランドセルを背負いなおす。通信学校制度が整ったおかげで小学生が昼間からうろついていても怪しまれること

はない。宛てもなく道をたどりながら彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。

(やっぱり、協力なんてしなけりゃよかったぜ)

 奴がなんの目的でなにをしているのか知らないが「人助け」なんて軽い言葉が信じられるものか。大体いまま

での頼み事からして、どこそこの見取り図が欲しいとか、ある会社に障害を引き起こしてほしいとか、プログラミ

ングを代わりにしてくれとかロクなものではなかった。腕前で言えばキツネの方が上なのに向こうに頼まないの

はキツネがごくごく真っ当な奴に見えるからだろうか。

 いいように利用されている。万が一コトが露見したときに逮捕されるのは実行犯である自分だけなのだから。

側で見ていただけの彼奴を共犯に仕立て上げられるだけの証拠もない。証文もなければ録音テープもない、口

約束にすぎない行いの責任を誰が取るというのだろう。

 なのになんだかんだで手を貸してしまうのは他の奴らよりは随分マシだと思ってしまうからだ。そう、てんでわ

かっちゃいない同級生の連中とか平和ボケしている養父母に比べれば、よっぽど。

 歩くとショーウインドウに映った自らの姿も水平に移動していく。映し出された自画像には嫌悪の念を抱くだけ

だ。伸びない背丈も人より大きめの耳も、自分でいうのもなんだが常に誰かを威嚇してるような目つきも、なにも

かもが気に入らない。でもこれしかない。自分には身一つしか存在しない。どれだけなにかを求めても望んでも

願っても、本当の意味で手に入れられるときなんて永遠に来やしないのだ。

 港に立って遠くを見れば水平線が薄ぼんやりと広まっていた。浅い潮風が鼻先を叩いて初夏の香りに溶け込

んでいく。ポケットから取り出した、養母によって「H・H」のイニシャルが刻まれたタオル――彼はそれをあらん

限りの力で引き裂いて、一片たりとも残さず海に投げ捨てた。濁った水がタオルを深い闇に染め上げて、いずれ

自重に負けて水底へと紛れ込む。

 ――タオルを手渡したときのあの女の表情、態度、言葉、仕草。「これだけしてやっているのだから、少しはい

い子になりなさい。わたしを愛しなさい」とでもいいたげに彷徨う瞳。

 思い出しただけで吐き気がしてくる記憶に動きもしない足元のコンクリートを蹴り上げた。

 

「……消えっちまえ、なにもかも」

 

 憎々しげな言葉と裏腹に少年の目には悲しみの色が深く残されていた。

 

02←    →04


しまったーっ、終わらなかった――っっ!!(絶叫) ← 何度目だよ。

おかしいなー、おかしいなーっ。たしか今回で事件は解決して、残り2回で後日談をやる予定だったのにーっ。

予想外にネットの描写で手間取っちゃったなあ……五右衛門もうろつきまくるし(苦笑)。

 

今回も色々と伏線あり。伏線というより、設定かな?

要所要所でいつもの面子が顔出してますんで暇だったらチェックしてみてくださいv 名前だけって人も多いけどねー(笑)。

ちなみにひよピンだけは全然登場してません。3年前の時点で彼女は平々凡々すぎる生活を送っていたようです。

ところで。

ネットに登場したキツネとタヌキの正体、もちろんお分かりですよね?(笑)もしわかんないなーって人がいたら

掲示板とかで聞いてくれてもいいですけど、本編読み直せばわかると思います。「狐と狸の化かしあい」って感じの

TOPイラストを描いたこともありますしね♪(笑)ってゆーかタヌキ……あんた荒みすぎだよ……(涙)。

 

次回こそ、次回こそ終わらせる。五右衛門、とっとと今川家に潜入してくれ。でないと話が進まない。

潜入した後だってあれがああなってそこでそうなって、予定は寸詰まりなんだからな(笑)。

 

 

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