高い鉄筋の上で互いに睨み合う。実力は―――おそらく、互角。走り回っていた自分の方が体力的には不利と言えるのかもしれないが、一般人ならともかく超兵にとってそんなのは微々たる差にしかならない。
 重要なのは瞬発力。動体視力。集中力。
 一瞬の油断が生死を分かつ。
 ハレルヤが短剣を眼前に掲げれば、赤毛の少年もナイフを逆手に握り締めた。背後の青年は黙って成り行きを眺めている。頼むから最後までそのまま手出しせずにじっとしていてくれよと願う。彼が出てくると簡単に済む話も簡単でなくなるのだ。
「っ!!」
 踏み込んできた切っ先を間一髪で避ける。身体を捻って上体を倒し、そのまま足元に手をついて蹴りを放つ。相手は蹴りを左手で受け止め、足を折ろうと体重をかけてくる。舌打ちと共に逆さまの視界のまま左手のみで体重を支えながら右手を振り払った。普通の人間ならば一撃くらうであろう速度の攻撃さえも読みきって、少年は軽々と身を翻して数メートル離れた場へと着地した。
 僅か十秒にも満たぬ攻防ではあるが本当に遣り辛い相手であることを再認識させられた。年恰好も体捌きも近く、戦いの癖すらも似通っている。それは即ち、互いの生活環境が―――育った環境が似ていたことを意味している。
 短剣の鞘とナイフがぶつかり陽の下でも明らかな火花を散らす。好む武器まで同じとは難儀なことだ。荒削りなアーミーナイフに押し負ける気はないが、鞘のままでは相手を切り刻むことは叶わない。あるいはそれこそが養い親たちの目的かと思いついて不敵に笑う。
 飛び飛びの鉄筋を乗り越えて斬り合う。刃先が前髪を掠め、こちらの蹴りが相手の頬に傷を作る。
 不安定な足場だ。一歩、踏み間違えたならそのまま奈落に落ちて行きそうな。
 移動し続ける視界の隅に手助けしようかと迷っているらしい青年の姿が映った。銃を手にはしているがそれ以上は動かないでくれと重ねて願う。彼が動かなければ少年が彼を人質に取ろうとすることもあるまい。手助けしないことこそが互いの身の安全を保証する。勿論、この少年がニールを盾にする可能性とて零ではない。しかし、それは本当に最後の手段だ。細かい理由などない。ただ己が実力のみで勝ちを得ようとする。『超兵』とはそういうものだ。
 只管に斬り合ってても埒があかない。何かきっかけでもあれば事態も動くのだろうが。
「―――おい、お前! 名前は!?」
「………」
「そっちはオレの名前を知ってんだろ。名乗ったってバチは当たらねーんじゃねえの!?」
「………」
 やはり、無言。
 乗ってくるはずもないかとハレルヤは密かに舌打ちした。
 切り結びながら、どちらも決め手に欠けると考えた瞬間、妙な予感に素早く仰け反った。
 間一髪、僅かに頬を掠めて細長い残光が消え去る。右頬に感じる僅かな痛み。鉄筋をひとつ蹴りつけて距離を置く。あらためて敵の構えを見て苦虫を噛み潰したような表情になった。
 右手と左手にアーミーナイフを一本ずつ。
 ―――そうだ。そもそもこいつは二刀流だった。
 僅かなズレを置いて右に左にと刃先が乱舞する。全てをギリギリの間合いで避けながらもジリジリと後退を余儀なくされる。片方の攻撃を短剣で防げたとてもう片方の攻撃は避けるしか術がない。徐々にではあるがハレルヤの腕に、頬に、足元に傷が増えつつあった。
 通常の剣術においても必ずしも一刀流が二刀流に劣るとは言わない。言わないが、不利なことは確かだ。刃の部分が長ければ同時に防ぐこともできたかもしれないが、生憎とこれは短剣で、勿論刃の長さなど高が知れている。
 せめて鞘を抜き放てば―――と、考えて。
 未だかけられたままの鍵を前に僅かに躊躇したのがまずかった。
 一歩、予想よりも深く踏み込まれる。かろうじて右手の攻撃を避けたが左手が避けきれない。体重の移動先を探す足が彷徨い。
「っ!」
 一瞬の空白。
 足が鉄筋を踏み外した。
 揺らぐ世界と視界を占める空と頭上に待つ大地。
「ちっ!!」
 超兵の反射能力を活かし、かろうじて身体を捻って左手の指先を鉄筋の端に引っ掛けた。重力に引っ張られた身は当然の如く最上部からぶら下がることとなり、今更のように感じる上空を吹き抜ける風が非常に厄介だと思った。
 拮抗する実力の者を相手に、この体勢は余りにも不利だ。
 案の定絶好の機会と見て取った敵が更に深く踏み込んでくる。アーミーナイフを左手に突き立てられるか、足で踏み躙られるか、頭に一撃を食らうか、いずれにせよ向こうが王手をかけた。片手に握り締めた短剣を捨て両手で鉄筋を掴むことを思い立ち、しかし、またしても「手放すのか」との僅かな躊躇が判断を鈍らせる。

 ―――ッ!!

 ナイフが風切る音。
 流石に無傷ではいられまいと、せめて落ちないようにと左手の握力を強めた直後だった。

「ハレルヤ!!」

 銃声。
 弾丸が跳ね返る金属音。
 攻撃を仕掛けようとしていた少年の動きが止まり、ゆっくりと背後を振り返る。彼は、間違いなく対象を見定めた。己が行動を足止めするために銃でふたりの間に割って入った青年のことを。
 銃を片手にこちらを睨みつけているニールの姿が鉄筋ごしにも見て取れた。
「ばっ………!!」
 馬鹿か、あんたは!!
 実際に声に出して叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
 彼が戦いに手出ししてこないからこそどちらも存在を無視していた。駆け引きに使うことがなかった。よくよく考えれば律儀な性格の敵だが、それはあくまでも「邪魔しない限り」という前提条件がつく。
 攻撃を仕掛けて来た以上は―――反撃の対象と成り得るのだ。
「………」
 ヴン! と勢いよく少年が右手を前に掲げ直した。表情は伺えずとも鋭い眼光が『敵』を射抜いているだろうことは、対する青年が表情を険しくしたことからも察せられた。少年と青年の間にはかなりの距離がある。だとしても、運動能力が飛躍的に増している超兵にとっては然程の距離ではない。
 再び。
 ニールが銃を撃つ。少年が避ける。
 銃口の向きさえ把握していれば弾丸を避けることだって可能になる。すべては超兵であるが故の動体視力や反射神経等の向上がもたらした作用だ。常ならばそれは自分にとってこの上もない武器となる。仲間を守ることもできる。だが、ひとたび敵が同じ能力を持ちえたならば―――。
 少年の意識が逸れた隙に逆上がりの要領で腕に力を篭めて立ち戻る。迷っている暇などない。馬鹿か、自分は。最初からこうすればよかったのに!
 指先が確信を持って短剣の表面に触れれば、違うことなく、『それ』は反応した。
「ニール!!」
 ひとつしかない銃身で二本のナイフを受け止める無茶を仕出かそうとしている相手に。
 大きく振りかぶった。
「受け取れ!!」
 その言葉に驚いたのは青年ではなく、むしろ少年の方で。
 僅かに歩調が緩まった隙に全力で右手の中の物を投げつけた。放物線を描く甘っちょろい投げ方なんざしない。真っ直ぐに、避ける暇も逃げる隙もない程に力強く。
 少年の傍らをすり抜けた『鞘』が刹那の差をもって青年の手に握られる。銃身を持つ右手、受け止めた左手。間近に迫った刃を各々の手で受け止めながらも突っ込んできた勢いに押されて青年の身体が傾ぐ。だが、充分だ。ほんの数秒の猶予を得られたならそれだけで………!
 抜き放った『抜き身の短剣』を手に背後から少年へと迫った。
「てめぇの相手は―――」
「!」
「オレだああああ!!!」
 渾身の力を篭めて大上段から切りつける。少年は超兵の名を関するに相応しい反射神経で振り返り、ハレルヤの一撃を受け止めた。が。

 パキ………ン………!

 ナイフは甲高い音と共にひび割れた。折れた切っ先が放物線を描いて鉄筋の合間を転がり、隙間をすり抜け階下へと転がり落ちていく。相手の金色の瞳が動揺に彩られるのを、ハレルヤは、これまでになく近い距離で見た。
 大した短剣だ。何で出来てるのか知らないが護身用として託されただけはある。
 相手の驚愕を隙として今度はこちらから深く踏み込む。
 一閃。
 少年の左手に残ったナイフが再び砕け散る。
 武器をなくして無防備になった腹に容赦なく蹴りを叩き込んだ。次いで、肩口に二発。体重のさして変わらない身体が吹っ飛んで鉄筋の上を転がる。辿り着いた先から転げ落ちそうになった彼は咄嗟に支柱の端に捕まった。並の人間ならあのまま転落していたろうに流石の反射神経だ、褒めてやる。
 形勢逆転。
 今度はこちらが圧倒的優位となった。
 深呼吸ひとつ。一気に駆け寄って短剣を大きく振りかぶる。
 彼の出自は気になった。テロリストを捉えて洗いざらい白状させるのが『軍人』の役目とも知っている。だが、奴はこの場で仕留めるべきだと感じた。裏に隠された事実を暴くよりも闇に葬り去るべきだと思った。今更に『施設』のことなど解明されたくもない、取り沙汰されたくもない、あんな忌まわしいモノ、忌まわしい過去、誰も知らぬままに歴史の闇に消え去ればよいのだ。そうすれば。
 そうすればきっと―――二度と、誰も、あんな実験を繰り返そう等と。
 少年の金色の目が不気味な静けさを湛えている。その色に何らかの意志を感じ取る前に。
 ―――終わる! 終わらせる!!

 ダーン………!!!

「っ!!」
 切り裂くような銃声に動きが止まった。短剣は、少年の眉間に突き立てられる寸前で静止する。
 何故だ。
 何故、自分は止まった。
 鳴り響いた銃声如きに動きを止められるとはどういうことだ。殺気など微塵も感じなかったし、この場に居る面子など限られている。だから誰が撃ったのかは明白で、しかし、何の意図で撃たれたのかが分からない。
 いつでも少年にとどめをさせる距離は失わないままにハレルヤは後ろを振り返った。
 腹立たしい。邪魔をした青年の行動そのものにではない。彼の行動に反応して咄嗟に動きを止めてしまった自分自身が。
「………どういうつもりだ。ニール」
 放った言葉は我ながらドスが利いていたと思う。けれども、超兵の迫力ある眼差しを向けられた相手は何も気にしてない顔で、空へ向けて弾を放った銃を胸元に引き寄せてさらりと笑った。
「そりゃー、こっちの台詞だ。ハレルヤ。全員殺しちまったら実態の掴みようもないだろうが」
「こいつはオレの敵だ」
「見てれば分かるっつーの。………動きとか、目の色とか、な」
 ほんの少しだけ青年は視線を俯けて一度だけ瞬いた。次にこちらを向いた瞳には迷いも弱さも存在せず、だからこそハレルヤも自身の中にあるどうしようもない苛立ちを抑えざるを得なくなる。子供の我侭だけを理由に相手を殺すことが許されるのは―――許されたのは―――それこそ、あの『施設』に居た時だけなのだから。
 お前が傍にいんなら問題ないだろと、絶対的な信頼を寄せる言葉を無意識に零して青年が歩み寄る。懐から取り出したソレスタルビーイング製の手錠を、未だ鉄筋にぶら下がったままの少年の両手に取り付けた。相手の身体を上へと引っ張り上げて、暢気とすら言える態度で彼は相手の顔を覗きこむ。
「―――さっき、ハレルヤが尋ねてたけど結局応えてくれなかったな。なあ、お前さんの名前は?」
「………」
「教えてくれなきゃお前さんのことを『罪人108号』とでも呼ばなきゃなんねえ。そいつぁあんまりにも酷な話じゃないか」
「やめとけよ」
 何歳児に語りかけてる心算だと、短剣を握り締めた腕を下ろしながらハレルヤは舌打ちする。
「何をしても応えない奴だってのは分かってんだろ。『オレ』と同じなんだぜ」
「けど、お前たちはセルゲイさんに懐いてるじゃないか。基地の皆とコミュニケーションも取れてるし」
「懐いてねえ!!」
「ははっ!! ―――ま、それはともかく、だ」
 今一度彼は相手に笑いかけた。実にのんびりとした空気を纏いながら鉄筋の上に胡坐をかいて座り込んだ姿に、敵と相対している状況が理解できてんのかと問い詰めたくなる。
「いずれにせよオレはお前さんの名前が知りたい。ナナシのままじゃ話をすんのも一苦労だ」
「………」
「っと、悪い、まだこっちが名乗ってなかったな! オレの名はニール・ディランディだ」
「………」
「こいつの名前はハレルヤで、ああ、でもハレルヤの名前は知ってるんだったな。ますますもって遣り辛いじゃないか。名乗りあいは相互理解の第一歩だってのに」
「………る」
「ん?」
 根負けしたのか、面倒くさくなったのか、呆れたのか、あるいはそれら全てが理由なのか。
 手錠付きの腕を膝の上に投げ出した少年が疑い深い眼差しで至近距離の青年を睨みつける。この距離なら、その気になれば文字通り青年の喉笛を噛み切ることだって可能だろう。しかし、現時点で殺気の類は感じられない。
「聞いて、どうする。所詮は敵の名前だ」
「そうだな。お前は<聖典の使徒>で、オレたちは軍人だ」
「此処で私を捕らえたとて私がお前たちを―――そこの男を狙うことに代わりはない。改心を望む心算ならば諦めろ。いずれ必ず敵となる」
 意外と丁寧な言葉遣いに驚くと同時に、思ったよりも多弁だったらしい相手に純粋に驚いた。
「別に、お前さんがハレルヤを殺しにやって来たって構わないさ。こいつはそんな簡単にやられるタマじゃねえし。それに、だ。もしもハレルヤがお前さんにやられたら」
 信頼してくれてるのか無責任なのか分からない台詞を吐いた後で、青年は穏やかに笑みを深めた。

「―――オレが仇をとるまでだ」

「………」
「だからさ。復讐相手の名前ぐらい分かってないと、狙い撃つ時に困るだろ?」
 おいおい何いってんだ、と。
 茶化すのを憚られるような空気で。
 それが証拠に、青年の表情を正面から見詰めた少年が息を呑んだ。金色の瞳を傍目にも明らかな動揺に染め、何を思ったのか何を感じたのか、両のてのひらを強く握り締めて。
 しばしの沈黙ののち。
 実に控えめな、囁くような声が響いた。
「………ブリング。ブリング・スタビティだ」
「ブリング、か。―――いい名前だな。覚えておくよ」
 忘れたりしねえと頷き返す青年の声に、ハレルヤは深呼吸をして何故か腹に蟠っていた緊張を解いたのだった。




 アザディスタン王国の瑣末な空港には相応しくない大型の戦闘機が離陸を控えている。飛行場を渡る風が頬に暑い。
 結局のところ生き残った反乱軍はブリングひとりきりだった。彼は名前を名乗った後はだんまりに戻ってしまったから未だに詳細は掴めていないが、少年を捉えてからの動きはかなり慌しかった。一旦王宮に戻ってアレハンドロ・コーナーの無事を確認し、怪我人を救護し、死傷者の数を把握し、残党がいないかを確認し、アザディスタン王宮とソレスタルビーイングの上層部に連絡し………等等、思い出しただけで頭が痛くなってくる。
 眼前の戦闘機はアポロニウスに向かうために用意された機体だ。AEUの基地アポロニウスには罪人収容所がある。ブリングはそこに収容されて取調べを受けるのだ。下される刑罰が執行猶予つきの服役なのか死刑なのかは分からないが、直接に相対した自分達が関われるのは此処までで、以降の彼の命運は完全に法廷と軍の上層部に委ねられてしまった。
 だとすれば、もうオレには金輪際かかわりのない話なのかとハレルヤは少し考える。隣に並んだ青年が急に口を開いた。
「悪かったなあ、ハレルヤ」
「あ?」
「もし本当にブリングの出身地が『施設』だったら、またお前さんたちが取調べを受けるかもしれないんだよな。すまん」
「今更じゃねえか」
 少なくとも軍人の行動としては間違っちゃいなかったはずだとハレルヤは口元を歪める。
 確かに、同じ『施設』の出身ともなれば、普段はセルゲイの庇護のもと上層部の追求をいいように逃れている自分たちにまで捜査の手が及ぶかもしれない。『アローズ』のしつこさは骨身に染みている。だが、あまり踏み込んだ調査は行われないかもしれないし、この先のことを考えたところで意味はなかった。
「悪いと思うンならてめぇの無鉄砲さを少しは反省しろよ。超兵同士の戦いに割り込むなんざ正気の沙汰じゃねーぜ」
「………了解」
 共に離陸準備中の戦闘機を眺めながら、ニールが困ったように笑った。
 ―――のちに、判明したことではあるが。
 ブリングは確かに『施設』の出身者ではあった。だが、彼はハレルヤたちとは異なり、研究員に引き取られて家族同然の暮らしをしていたのだ。『家族』というのが単なる建前のものだったのか、真実あたたかな家庭を築いていたのかまでは明らかではない。だが、研究者たちは偶然と必然のどちらかの理由によりブリングを集団から引き離して育てたのだ。結果、育て親に当たる研究員がハレルヤの手で殺された後も、彼は命を繋ぐことができた。
 此処から先は予測に過ぎないが、彼は『親』が出かけた後もしばらくは自宅で待機していたのではあるまいか。だからハレルヤたちと巡り合うことも、調査に来たセルゲイに出会うこともなかった。帰りの遅い『親』を心配して捜しに行った彼は、そこで初めて『施設』を襲った惨劇に気付いたに違いない。当時は状況が飲み込めずとも地道な調査を続けていけば『施設』で虐殺事件があったことも、ソレスタルビーイングの調査が入ったことも、引き取られた子供がいたことも、実行犯と思しき子供の名前が『ハプティズム』であったことも分かったはずだ。
 してみると、あれは奴にとって正当な『復讐』だったのかと事情を知ったハレルヤは不思議と感慨深くなったのだが、それは、いまよりもう少し先の出来事となる。
 アザディスタンの太陽は相変わらず強く、戦いの最中にサングラスを壊してしまったらしい青年は実に眩しそうに目を細めた。
「そういや、お前さ」
「なんだ」
「本当はもっと早く短剣のパスワードに気付いてたんだろ。どうして躊躇ったりしたんだ」
 早めに解除しとけば危機に陥ることもなかったろうにと不思議がる相手に言葉が返せない。くだんの短剣は鞘も返してもらい、いまはきっちりとハレルヤの懐に収まっている。指摘されるまでもない。なんの躊躇もなくパスワードを解除していればもっと早く決着がついたとは自分だって思う。ブリングとの身体能力がほぼ互角であった以上は武器の性能がモノを言ったのだから。
 しかし。
 しかし、だ。
 グ、と唇を噛み締めてハレルヤはそっぽを向いた。途端に室内で涼しさを満喫している国連大使の姿が目に入ってしまい実に嫌な気分になる。いつまで此処に居るつもりだ、用件は終わったくせに。さっさと迎えの飛行機に乗って何処へなりと行ってしまえ忌々しい。
「しらねーよ。なんとなくだ」
「なんとなく?」
「そうだ」
「そうか」
 隣から苦笑が聴こえて、伸びてきたてのひらがゆっくりと頭の上に置かれる。

「………お前はいい子だよ。ハレルヤ」

 なんだその結論はと文句を言いたくなったが、頭を撫でられる感触もこの時ばかりは気にならなかったので今しばらく享受することにした。
 それでも若干の照れは隠しきれずに、微妙に歪んだへんてこりんな口元のままでハレルヤは相手をねめつける。
「それより、パスワードはちゃんと解除したんだ。もうこの短剣は名実共にオレのものってことでいいんだよな?」
「ああ、そうだな。確かにそいつはお前のモンだよ」
 設定もリセットして新しいものを設定すればいい。いちいちあんな長いパスワード打ち込んでたんじゃ一苦労だろうと笑う。
 尤もだと頷き返しながらも、ふと、いまの設定のままじゃ駄目なんだろうかとも思った。
 最初から設定されていたパスワード。
 ニール・ディランディの入力した解除の言葉。
 ソレスタルビーイングの理念、最終的な目標、天に住まう支配者を、『成層圏を狙い撃つ』言葉。

 ―――『ロックオン・ストラトス』。
 そのままでは、駄目なのかと。

「駄目に決まってるだろ」
 穏やかでありながらも反論を許さない強さで、やたら朗らかに彼が笑った。
 誰がなんと言おうとその短剣はお前のもので、お前が好きにして良くて、お前がどう扱ったところで誰も何も言いやしないし言える権利もないけれど。
 だとしても、だからこそ『それ』だけは。

 


NOT YOURS


 


「お前のモノにはならないよ―――ハレルヤ」

 

(7)←

※WEB拍手再録


 

え、これで終わり? って感じですけど、ハレルヤサイドはここで終了。

この話の後日談が刹那サイドの1エピソードに当たります〜。

あまり後味のいい内容じゃないけどね………。

 

パスワードに自分のコードネームを設定しちゃう兄貴は単なるアホです(苦笑)

物は試しと入力してみただけで、すぐに解除する予定だったのにハレルヤが興味

もっちゃったから、内心「やっべぇぇえええ! 馬鹿やっちまったああああ!!」と

焦りまくってたに違いないですYO!!

 

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女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理