「―――やあ、久しぶりだね。そうだよ、私だよ。いまはアザディスタンに来ているんだ。勿論、君ならばその程度のことは知っているだろうけどね」

「相変わらずこの国はきな臭い匂いで溢れている。人々の怨嗟の声に満ちた大地を見下ろす気分は格別だ。おそらくそれは、より高い場所に居る者ほど感じ取れる愉悦なのだろう」

「今日はようやく彼とディナーをとることができたよ。………そう。君の傍にいる『彼』の身内だ」

「彼は『彼』のために家族さえも撃ち殺せるらしい。とはいえ、その頃既に彼の身内はひとりも残っていなかったはずだからね。すぐにバレる嘘をつくのは彼らの癖かな?」

「彼はまた外にいるのか。余程地上を眺めるのが好きらしい」

「………また面白いことがあったなら報告しよう。できれば君も、時間を割いて私のもとに舞い降りてもらいたいものだ。ふふ、贅沢な願いとわかってはいるけどね」

「―――君に会える日をこころから待ち望んでいるよ。私のエンジェル………」




 アザディスタン国内の太陽光受信施設は町から少し離れた場所にある。工事を開始してから随分経つのに未だに完成しないのは、この国が内乱の連続で疲弊している以外にも、欧米列強の指示に従うことを厭う派閥が存在するからだ。
 皇女であるマリナ・イスマイールが国家のシンボルとして掲げられたのは、彼女が王族の血を引いていたからに他ならない。彼女が建設に賛成していると表明することで保守派と推進派の和解を図ったのだが、いまのところその作戦は功を奏していない。もとよりこの国では女性の地位が低く、彼女自身が平和の象徴足り得ても実行力には乏しく、また、政財界での支持基盤も弱い。
「だったら、最初っからもっとお偉いさんの娘でも連れて来ればよかったじゃねーか」
「重要なのは王族の血だ。青い血の伝説なんてえのに信憑性は乏しくとも国民に対して一定の説得力は持つ。彼女自身に戦う意志はあるのかと問われると困っちまうんだが、なにせクルジスとの戦いで王家の血はほとんど絶えて、いまとなっちゃ彼女ひとりを残すだけだしなあ」
 彼女を支えてくれる有力な政治家がいれば話は簡単なんだが、とニールは呟いた。
 居たところで問題が解決するとは思えねえけどな、と言葉を返してハレルヤは空を見上げた。
 建設途中の施設内では重機を動かす音が絶え間なく響いている。護衛の対象たる国連大使は高官から施設の説明を受けている最中だ。護衛役たる自分たちは遠慮させていただいたが、みんな揃ってヘルメットをつけている姿が面白いと言えば面白い。
 建設現場の人間の視線が時折こちらに寄越されるのを感じる。彼らからすれば自分たちなど胡散臭い侵入者以外の何者でもないだろう。
 礼儀正しくスーツを纏ったニールと、薄汚れた軍服を着倒している自分が歩く通路の両脇には鉄筋の骨組みが聳え立っている。高さは二十メートルほどもあるだろうか、そこかしこから工事に伴う金属音が響いていて、左の建物から右の建物へ、右の建物から左の建物へとロープが渡されているから何かと思ったら、滑車を使って資材を運んだり、鳶職らしき人間がひょいひょいとその上を歩いて行くのだ。ロープの両側がしっかり固定されているとも思えないし、口の片方でも緩んだならばまっ逆さまに転落することは間違いない。命綱は身に着けているとしても文字通り『綱渡り』の仕事という訳だ。
 そこかしこにかけられた梯子とロープをあらためて確認するまでもなく、ここはなんと襲撃に向いていることか。道は複雑に入り組み、視界は悪く、武器を隠す場所ならゴマンとあり、簡単に逃げることもできそうにない。それすらも見越して尚、アレハンドロ・コーナーがここへ出向いたのだとすれば、かなり無謀な人間だと評価せざるを得ない。
「国連の代表が逃げる訳には行かないからな。生き残りさえすればあのひとの勝ちだ」
「殺されたら?」
「漏れなくソレスタルビーイングが糾弾される。オレたちの存在を疎ましく思っている連中だってゴマンといるし、弾劾のネタには事欠かない。………勿論、<聖典の使徒>だって」
 この国はもとより、国連の重役の間にも紛れ込んでるに決まってんだからさと応えながら、狙撃手は抜かりなく辺りの様子を窺っている。
 ハレルヤも気を配ってはいるのだが、如何せん工事現場では人数が多すぎる。たとえば昨日より作業員が数名増えていたとして、そいつが実は<聖典の使徒>だったとして、正体を見破ることは非常に難しい。潜在的に不満を抱いていた人間が、のこのことやって来た『国連の手先』を前にして突如として殺意を抱かないとも限らない。
「ま、考え始めたらキリがねえけどな」
 苦笑と共に青年が肩を竦めた。
 鉄筋の合間から太陽が覗く。剥き出しの地に伸びた影は長く、人物のそれと人工物のそれが絡み合い複雑な模様を描いていた。金属を叩く甲高い音がやたらと耳障りだ。狭い場所は苦手だ。空が見えない場所は嫌いだ。むかしっから。
 保護用の眼鏡をかけ直してニールが首を傾げる。
「そーいや、ハレルヤ。確かお前、襲撃犯の中に―――」
 ふ、と彼の表情が翳った。それは実際に雲が太陽を隠したのかも知れず、鉄筋の合間で光が遮られたのかも知れず。
 だが、瞬間に過ぎった戦慄は間違いない殺気。
「っっ!」
 ふたり同時、護衛対象に視線を転じ。

「逃げろ――――――っっ!!」

 ニールが叫び銃を手に空を撃つ。
 遠くに響く悲鳴を鼓膜に残しハレルヤが走る。
 驚愕に振り向く人々の顔、銃声、悲鳴。金属が銃弾を跳ね返す音、怒号、足音。
 驟雨の如く降り注ぐ銃弾の中を駆け走り、アレハンドロ・コーナーの腕を引っ掴むと手近な鉄筋の下に滑り込んだ。他のSP達も即座に頭上からの攻撃を防げる場に移動したようだったが、振り向いた先では何人かが倒れ伏していた。地面にどろりと滲み出た黒いものは血か。やってくれるじゃないか。
 肝心の護衛対象の様子を伺えば、無理矢理に引きずり倒したためにスーツこそ泥まみれではあるものの傷は負っていないようだった。どころか不適な笑みを浮かべていて、喚かれたり叫ばれたりするよりは余程やり易いなとハレルヤは妙な部分で感心した。
 置き去りにしたニールは、と言えば。
「―――っ………!!」
 遠くから響く見知らぬ人間の苦悶の声。
 次いで、どさり、と地に落ちた重い物体。
 逆光もものともしない狙撃手に撃ち抜かれた遺体が地面にゴロリと転がった。
 そう。『遺体』、だ。
 もし仮に彼が撃った瞬間は未だ死しておらずとも、建物の上部から落下したならば全身骨折、悪けりゃ即死だ。幾らなんでもこの状況で手加減はできない。あの能天気な皇女相手に宣言した通り、相手の命まで考慮できるのは敵の捕獲自体が任務である場合か、実力差が充分以上にある場合に限られる。『いま』は違う。余裕などない。
 絶え間なく続く銃声に舌打ちし、ハレルヤは背後の国連大使を見遣った。彼の護衛は自分たち以外にもいるのだから問題ないだろうと判断する。
「此処に隠れていてくれますか」
「流石に銃弾の雨の中を走るほど無謀ではないよ」
 幾ら防弾チョッキに包まれているとは言え、ね。
 ―――尤も。
「君たちはその『無謀』を信条としているようだが?」
 口角を上げた相手に釣られるように性質の悪い笑みを浮かべ、ハレルヤは鉄筋の影から飛び出した。姿は見えずとも、やや後方から聞き慣れた声が響く。
「ハレルヤ!」
 合間に響くは銃声、周囲に降り注ぐは敵の銃弾、彼が倒した<聖典の使徒>たちの血肉。
 他者を傷つけている事実を憂える影もなく、青年の声が高らかに響いた。

「走れ! 援護する!」
「そう来なくっちゃなあ!!」

 止まれと言われても止まるつもりはない、やめろと命じられても戻れと懇願されても、走り出した以上は行けるところまで行くしかない。
 クツリと低い笑いをひとつ零してハレルヤは鉄筋の柱を勢い任せに駆け上る。
 横たわる支柱のひとつに手をかけて、上に至る中間の足場に舞い降りれば周囲の人間がぎょっとした表情で振り向いた。階段も梯子もロープも使わずに駆け上がってくるとは思ってもみなかったのだろう。銃を構えた連中が呆気に取られている間に距離を詰めて蹴り飛ばす。他の仲間に当たるのを憂慮してか、銃を撃つでなく銃身で殴りかかってきた相手の拳を交わして顎に一撃。体格で劣っていようとも肉弾戦で負けるつもりはない。吹っ飛ばした敵の身体が鉄筋の上から転げて消えた。
 足元で呻いている連中の服装を確認して苦虫を噛み潰したような顔になる。どう見ても下働きの男たちだ。昨日襲ってきた<聖典の使徒>の仲間と思われるが、全くもって本当に、この地域にはどれだけの反乱分子が潜んでるんだと嫌になってくる。地上に住まう人間に支配されるぐらいなら天上人の統制を受ける方がマシだと言うのか。理解できない。
(どっちも等しく嫌に決まってんじゃねーか)
 身につけていた端末から声が流れ出す。
『こちらBチーム、合流しました! 引き続き護衛を続行します!』
『退避ルートを確保。Aチームは王宮までの道程を………』
 国連大使の身柄は問題なさそうだ。ならば、ここで成すべきは敵の殲滅。地上から銃声がひとつ響く毎に誰かしらの悲鳴が続く。きっと、ニールもまだ此処に残っているのだ。彼の援護がある以上は、敵から攻撃がある以上は進む。鉄筋と鉄筋の間の渡し板を驚異的な速度で駆け抜けながら、眼前に現れた敵を悉くぶちのめす。銃弾が頬を掠めて前髪を散らす。関係ない。この距離でも自らの動体視力がありさえすれば致命傷を負うことはない。
 どう見ても近隣の住民としか思えない者たちを叩きのめす傍ら、ひとつだけ懸念があった。
(―――奴が、いねえ)
 金色の目をした赤毛の子供。
 奴が出てきたら流石に少しは梃子摺るだろう。そして、梃子摺っているところを数だけは勝る<聖典の使徒>に取り囲まれたりしたら厳しいかもしれない。奴が自分に向けた強烈な視線を思い起こせば、単独で国連大使を襲撃に行ったり、ニールを倒しに行ったりはしないだろうが―――と、思う。思っていたい。如何にあの青年が優れた狙撃手であろうとも接近戦は不利だ。
 錆びた梯子を上り終えたところで急に視界が開けた。青い空と白い雲に一瞬だけ視界が眩む。
 ―――最上部だ。
 周囲には壁も窓もなく、金属剥き出しの吹き曝しの最上階。
「っ!!」
 直後、飛んできた銃弾に慌てて身を屈める。再び身体を鉄筋の闇の中に戻してハレルヤは考えをまとめた。瞬間的に垣間見えた最上部に居た影は五つ。そいつらが絶え間なく銃撃を仕掛けてきているのだ、ソレスタルビーイング製の防弾チョッキを身につけていても、策もなく飛び出せば蜂の巣になることは目に見えていた。
 だが、連中はサングラスはつけていてもマスクはつけていなかったし、足場の関係か、全員がほぼ同じ位置に立っていた。ならば、と内ポケットの催涙弾へと手を伸ばす。どれほどに科学が発達しようとも肉弾戦で用いられる武器などいまもむかしも大差ない。とは言え、この手の物体は本来は密閉した空間で用いるものだ。屋上よろしく吹きっ曝しの建物の最上階、風もあるこんな場所で使ったところでほとんど効果はない。
 だが、まあ。
(連中の気が逸れれば―――)
 いける。
 五人程度なら確実に。
 伏兵が潜んでいる可能性もあったが、遠くの銃声が移動しつつあることを鑑みて問題ないと判断した。あの青年は地上での任務に慣れている。「援護する」と宣言した以上、彼もまた、手近な敵を片付けつつこちらに向かっているに違いないのだ。
 口元を厚めのマフラーで覆い、ゴーグルを着用する。視界の一部が遮られるのは苦手だが致し方あるまい。空を見上げ、雲の流れる速度と吹き抜けるビル風から計算する。周囲を流れる風が催涙弾の効果を消すまで二十………十五秒程度の余裕はあるはずだ。ならば十五秒で勝負をつける。大きく息を吸い、呼吸を止めた。
 催涙弾の栓を抜き、銃声の只中へと投げつける。
「なんだっ!!?」
 驚愕の声が響いた直後、催涙弾が炸裂した。途端に辺りは白煙と刺激臭に包まれる。
 即座に最上部へ舞い戻ったハレルヤは白煙の中にも確かな五つの影を捉えた。一般人には認識が難しくとも金色の目はこういう時に役に立つ。
 躊躇なくひとり目を鉄筋の枠外へと蹴り飛ばし―――またしても舌打ちした。蹴った時の反動が予想よりも強い。おそらく、この場にいる連中は下に居た奴らとは違って何らかの防護服を身に纏っている。と、なれば例えニールが追いついたところで致命傷を与えるのは難しいだろう。額をぶち抜けば別だけどな―――と思って。
「………それはオレの役目だけどなあっ!!」
 歪んだ笑みと共にふたり目の顔面を殴りつけた。歯が砕け、頬が裂け、眼が腫れ上がる。後頭部に追加の一撃をお見舞いして血反吐を吐かせる。
 五秒。
 三人目との距離を詰め、銃を握る右手の甲を蹴りで粉砕した。苦悶の声が上がるのを無視して首に手刀を叩き込む。
 八秒。
 晴れ始めた視界と共に状況を把握した残りの敵が怒りも露に銃をこちらに向ける。不敵に笑んだまま銃弾を避け、四人目に肉薄した。どうせ防護服きてんだろ? と手加減なしに腹部へ全力の掌底。仰け反った額に頭突きを食らわせて地面に沈める。最後のひとりに足払いをかけ転倒した腹に肘鉄、呻いた相手の脚を持ち上げて場外へ突き落とした。悲鳴。
 ―――十五秒。
 白煙は流れ去り視界が明確になる。眼と鼻を襲う刺激臭は粗方失せた。止めていた呼吸を解放し、他に動く影がないことを確認し、ゴーグルを取ろうとした瞬間、―――背後から大急ぎで駆け上がってくる足音を聞いた。
 振り向いた先、自分と同じ道を辿ってきたらしいスーツ姿の青年が飛び込んで。
「ハレルヤ!!」
「なんだ、あん………」
「跳べ!!」
「は? ―――ぐはっっ!!」
 いきなり無茶苦茶な要求をかましてきたニールが、走ってきた勢いそのままにハレルヤにタックルをかます。
 腹にラリアット食らわせんじゃねえ! と叫ぶより早く荷物の如く横抱きにされ、必死の形相の青年は隣の建物と繋がるロープに手を伸ばした。荷物の運搬に使っていたそれは、片方の口をほどけば単純明快な振り子となる。一体なんだってんだと聊か混乱したが、目の前に現れた物体に全てを察した。技術さえあれば可能な限り無音で飛ぶことができ、尚且つ武器さえも搭載できる―――。

「ヘリか!!」

 催涙弾の影響を軽減すべく、マフラーとゴーグルで耳と視界を覆っていたのが徒となったか。
 鋼鉄の物体が機関銃をこちらへ向けるのと、ニールがロープをしっかりと掴んで隣の建物へダイヴしたのはほぼ同時だった。耳の傍を空気が走り、急激に遠ざかるいままでいた建物と自身との間を赤い閃光が掠めていく。
 繋いだだけのロープで行き先の制御も何もあったものではない。
 隣の建造物も鉄筋の骨組みしかないのは幸いだった。窓を突き破ったり壁に激突したりすることなく両名の身体は境界をすり抜けた。
 そしてまた、鉄筋の骨組みしかないのは災難だった。遠心力に振り切られて思わずロープから手を離したニール、と、抱えられたままのハレルヤは見事に鉄筋の支柱に背中からぶつかった。
「―――っ、はっ!!」
 全身から一気に空気を叩き出されたような衝撃。
 だ、が、骨は折れていない。折れていないはずだ。痛む身体を抑えながらハレルヤは傍らを見遣る。
「………ヘリなんて、どっから………!」
「さあ、な。建物ン中に潜めてたか、資材運び用に準備されてたのを乗っ取ったんだ、ろ」
「大使は」
「問題ない。見たところ、ヘリはあの一機だけだ。追えやしねえ」
「そりゃー良かっ―――」
 荒い息をついてはいるが向こうもまた大きな怪我はないようだと半ば安堵していたハレルヤは、しかし、次の瞬間には言葉を失った。考えてみれば当然か。幾ら手袋で保護していても手袋自体が鋼鉄製の訳もなく、野晒しで毛羽立ったロープを握って、ふたり分の体重を支えた上に勢いよく振り回されたならどうなるか。
 ニールの左てのひらからは大量の血が滲んでいた。………皮が破けたのだ。
「おい、それ!」
「ん? ああ」
 視線に気付いた青年が苦笑と共にひらひらと左手を振る。
「だーいじょうぶだって。利き手じゃないからなあ」
「あほか! 狙撃手が命の次に大事なモンに傷つけてどーすんだよ!!」
「命の次に大事なもんだから、命を優先したに決まってんだろ」
 屁理屈だ、馬鹿じゃないのかあんたは、なんのためにオレがいると思ってんだ、超兵の肉体ならあの程度のロープを握り締めたところで傷つくはずもないしふたり分の体重を支えられないはずもない、あんたがオレを抱えるんじゃなくてオレがあんたを抱えて跳べばよかったんだホントなに考えてんだ馬鹿じゃねーの!!
 ―――と。
 聊か混乱したハレルヤの考えが実際に言葉となることはなかった。
 プロペラ音と共に巨大な影が頭上から落ちかかる。弾かれたように駆け出したふたりの背後を銃弾が連続で追って来る。ハレルヤは右手の鉄筋の上を、ニールは左手の鉄筋の上を、僅かに異なる歩幅で走ることで的をずらしながら駆け続ける。
 が、どうやら音は徐々に遠のいているようだ。現場に残った護衛ふたりよりも、あのヘリで避難中の大使の車に追いついて爆撃でもするつもりか。まさか二機目をどっかに用意してやしないだろうなと、僅かに歩調を緩めた傍らを青年が全速力で通り抜ける。
「逃がすかよっ!!」
「おいっ!?」
 なんでそんなに必死なんだ。
 相手と同じ鉄筋の上に乗り移り後を追いかける。
「どうするつもりだ? 二丁拳銃だろーがなんだろーが、その銃の射程じゃヘリなんて―――」
「銃ならある!」
 梯子を伝って再び最上部に踊り出たニールは、己がズボンの裾を捲り上げた。両足にテーピングで止めてある黒光りする銃身。それを剥ぎ取り、目にも止まらぬ速さで組み立てて長距離射程を誇るライフルへと切り替える。
 あんな重たいの身につけながらよく走ってたもんだ、ま、一応は軍人だからなと感心しつつも疑問が拭えない。
「………流石に、狙撃したらヘリの連中は即死だぜ?」
 できる限り殺したくないんじゃなかったのかと揶揄すると、不意に、澄み切った翡翠の瞳に見つめ返された。
 色のない、感情のない、無垢と評してもいいぐらいの透明さで。
「あいつら―――仲間ごとオレを撃ち殺そうとしやがった」
 それが答えだ、と。
 躊躇いもなく言い切って。
 左てのひらから滲む赤い血が眼に痛い。あんな手で長い銃身を支えきれるのかよと思っていたら、滅多に見せない性質の悪い笑みと共に軽く手招きをされた。
「ハレルヤ、肩貸せ!」
「あ?」
 更に笑みの色を深めて、

「お前が左手の代わりだ」

「―――」
 あまりにもあっさりと告げられた内容に、刹那、答えを失う。
 けれども近付いてきたプロペラの回転音に我に返り、何処か引き攣った笑みを返した。
「………いいぜ」
 使いたいなら使えばいい。盾として、壁として、台として。
 好きにすればいい。仲間すらも見捨てる。それが『組織』として正しい姿なのだとしても、ソレスタルビーイングも取り得る作戦だと知りつつも、尚も許すことができない己が正義のためだけに。
 耳は塞いどけよ、サイレンサーをつけてても衝撃の全ては防げないとの忠告に従い、右耳をてのひらで覆う。
 その右肩に、ライフルの重みがずっしりとかかる。
 決して揺らがぬよう、逸らさぬよう、震えぬよう、息さえも潜めて前方を見詰めた。牽制の意味を込めてか、再びヘリから放たれる銃撃を避ける様子も見せずに引鉄に指をかける。
「逃げんなよ」
「ンな訳ねーだろ」
 銃弾が周辺の鉄筋に跳ね返り甲高い音を奏でる。弾丸が頬を掠め足元を掠め兆弾が彼の手と腕を傷つける。首元に下げていたゴーグルが砕かれマフラーの切れ端が舞う。それでも視線を逸らさず、目標に狙いを定めたまま動くことなく。
 動かぬ相手よりも獲物を追うのが先決と判断したのか、僅かに機関銃の方向を逸らして機体を旋回させ始めた瞬間。
 肩へ伝わる僅かな震動。

「―――狙い撃つ!!」

 裂帛の気合いと、それに相反するような微かな揺れ。しかしハレルヤの耳はてのひら越しにも炸裂音を捉え、明瞭な視界は銃身から放たれた弾丸が薄い軌跡を残して突き進むのを補足し。
 何事もなかったように空を舞うヘリの姿に迷いを覚えそうになった。
 直後。

 ―――ッ、ォォォォ………!!

 プロペラが砕け、煙を放ち、烈しい爆発音と共に制御を失ったヘリが堕ちていく。待つほどもなく、さして遠くない地面に激突したヘリは一際烈しい音を立てて炎上した。あれでは生存者など到底望めまい。周囲に民間人の姿が見当たらなかったのが不幸中の幸いか。
 右肩が軽くなったことで、彼がライフルを退けたことを知る。
 静かに仰ぎ見た青年の瞳は落ち着き払っていたが、同時に冷たく冴え渡っていて―――ひどく。
 つまらなく思えた。
 顔色ひとつ変えずにライフルを己が右肩に担ぎ上げた彼が、端末の受信状況を確認している。相変わらず血が滲んだままの左手で端末を操作する様に、ひょっとしたらオレが支えなくても撃ち落せたんじゃないか? もしかしてオレが心配してたからわざと肩を借りたのか? と疑ったが、その辺は確認しない方がいい気がした。なんとなく。
 国連大使の行方を確認していたらしい青年はようやく少しだけ表情を緩める。
「アレハンドロ・コーナーは王宮に到着したとさ。最低限の任務だけは果たせたみてーだな」
「で? オレたちはどうする」
「そうだな。車を回してもらうか、あるいは面倒だが歩きで王宮まで―――」
 彼が思案げに顎に手を当てた瞬間。
 煌くものが視界を掠り、咄嗟に彼の手を掴んで引き倒した。
「うおわっ!!?」
 情けない悲鳴を上げる彼のすぐ傍らを貫いたもの。
 鉄筋に薄く筋をつけるほどの勢いで投げつけられたナイフは、しかし、真実ニールを狙って放たれたものではない。
 空気を裂く音。
 反射的に引き抜いた短剣の鞘で第ニ撃を弾き返し、ハレルヤは右手後方へと視界を転じた。向こうとてこんなもので仕留められるとは思っていないはず。それが証拠に、ナイフを投げた張本人は堂々と最上部に姿を現していた。仲間が全員やられたから出てきたのか、あるいは全員やられたからこそ出てきたのか。いずれにせよ彼の中では<聖典の使徒>としての任務よりも、ソレスタルビーイングの―――いや、『施設』の出身者と渡り合うことの方が重要視されたようだ。
 まったくふてぶてしい奴だと自らを棚に上げてハレルヤは笑う。引き倒されたままの青年が何かを問いたそうにしているが、敢えて無視。先回は彼の援護がなかったことに不満を抱いたが、よくよく考えれば事の因果は自らのみに報いればいいのだ。『これ』に彼は関係ないし、関係させてもいけない。

 ―――こいつは、オレの相手だ。

「よう。………待ってたぜ」

 来るのがおせーんだよ、と。
 金色の瞳を持つ赤毛の少年を見て頬を歪めた。

 

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※WEB拍手再録


 

今回のシーンはひどく何かに影響されてる気がしてならなかったんですが、あれだ。

銃を撃つために肩を貸すシーンは『絶チル』の皆本と賢木センセのシーンで、

ヘリとドンパチやるのは『してぃーはんたー』OP映像のイメージなんだ………(懐かしい)

あの番組ではしょっちゅうヘリを撃ち落してますが(笑)『Angel Voice』のヤツが格好よくてですねーv

キーが高くて歌うにはつらいけど、歌詞も好きなんですぜ。全抜粋は勿論できないけど、

 

♪最初に好きになったのは声 それから背中と ととのえられた指先

ときどき黙りがちになるクセ どこかへ行ってしまう こころとメロディ

 

―――とかな! とかなvvv ちくしょう、かっこいーぜサエバさん!!!vvv ← 落ち着け。

 

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女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理