※某サイト様の絵チャで発生したネタです。なまぬるく見守れる方のみご覧ください。

※16歳刹那と24歳ニールです。

※リアルに「24歳」で想像するとあまりのヘタレっぷりに泣けてくるので、

そこはヒロイン補正をズズイとかけてやってください。

※端折っても問題なさそうな部分は割りと端折ってます。たぶん。

 

 

 

 雲の上に雲が連なる。
 星の上に星が重なる。
 夜の闇に支配された世界でも空の上には意外なほどの光が溢れている。重なり合う雲の海を風が吹き抜け、天から降り注ぐ月の光が辺りを満たす。
 何処までも続くかのような雲の連なりの中。
 大きく落ちた黒い影が果て無き空を突き進んでいく。飛行船特有の羽根の音を大々的に奏でながらやわらかな雲の峰を突き進む。
 そして―――飛行船を盗み見るように雲間を縫って飛来する小さな移動用の飛空挺があった。小回りが利くようにと改良が施されたそれはフラッグと呼ばれている。従来は純粋な移動を目的として開発されたはずの製品さえも今では見事に戦場へ舞い降りるための道具と貸していた。
 幾つものフラッグが徐々に包囲を狭めながら戦艦を取り囲む。
 それまでは各所に居る見張りが気付いた様子はなかったが、手近の雲に小粒ながらも黒い影が落ち始めるに至ってようやく見張りが慌しくなってきた。飛行船の真ん中に位置するパーティ会場では着飾った紳士・淑女が窓の外を指差しながら口々に何かを叫んでいる。
 大きく飛行船を飛び越えて、会場とは反対側の窓の傍へとフラッグが寄る。
 客室でのんびりと寛ぐ人々の姿が垣間見える中―――窓に身を寄せてじっとしている青年がいた。
 黒服の男が食事を片手に呼びかける。しかし、青い長袖の上着を纏った青年は何の反応も示さない。同室にいる赤毛の男が何事かを告げると黒服の男は黙って引き下がった。
 ふ、と。
 青年の瞳が、こちらを捉えた。
 ぼんやりとしていた翡翠の瞳が徐々に驚愕に彩られ、慌てて窓際の椅子から立ち上がる。黒服の男たちが急ぎ胸元から銃を抜き放つ。先陣を切って飛んでいたフラッグの乗り手はマフラーに覆われた口元に笑みを浮かべると、付き従う者たちに宛てて片手を振った。
『散開』
 ミッション・スタート。




 船内は大混乱に陥っていた。それはそうだ。誰だってまさか海賊に襲われるだなんて考えもしない。船に立派な大砲が備えてあったって、そんなのはただの「お飾り」で実用性は重視されていないし、砲撃手だっていない。付けておけば一応は安心できるという単なるお守りに過ぎないのだ。
 遠くから銃声が聞こえてくる。罵りあう声、ドアが蹴破られる音。与えられた個室の眼前で行われている銃撃戦を前にして青年は声もなく固まっていた。
 ドアの前で海賊と撃ち合っていた赤毛の男が舌打ちと共に戻って来る。
 瞬間、視線が交錯して。
「てめえは奥で毛布でもひっかぶってな」
 なんの感情もない言葉を掛けられた。
 そのまま男は部屋の隅のトランクケースを開けて通信機を取り出した。救援を要請するのだろう。もとより連中の狙いははっきりしている。海賊は「お宝」を狙うものだ。
 そうとも、あれは―――あれはきっと。
 家から持ち出してはいけないものだったのだ………。
 きつく唇を噛み締めて辺りを見回すと視界の隅に転がった酒瓶が映った。赤毛の男は通信機で連絡を取ることに集中している。誰にも気付かれないよう注意を払いながら酒瓶を握り締める。
 できるだろうか。
 戦ったことなんてない。反撃されたら抵抗できない。
 でも。
 ここで。
 やるしか。
 自分がやらないともっとひどいことが、関係ない人々が、騒動が―――!
「―――っ!!」
 眼を閉じて、勢いよく酒瓶を赤毛の男の頭に振り下ろした。
 鈍い音が響いて男が昏倒する。
 酒瓶に血はついていない。死んではいない。死んではいない、はずだ。
 遠かったはずの銃撃音が明らかに近くなっている。慌てて男に駆け寄り―――気絶しているかは相手の足を踏んづけて確認した―――胸元を探った。確かここに仕舞っていたはずだ。この男は自分以外の誰のことも信用していない。そんな奴が、大切な「お宝」を他に預けるはずがないのだ。
 懐から取り出した緑色の宝石のついたペンダント。宝石には翼の意匠が掘り込まれている。
 取り戻せたことにほっと息をつく暇もなく、廊下の奥で一際大きい爆発音が聞こえた。
 まずい。
 ペンダントを首から提げて窓を開ける。退路はない。廊下もパーティ会場も海賊が制圧してしまったはずだ。どうにかしてやり過ごさなければならない。
 何処まで?
 どうやって?
 内なる疑問に答えもせずに青年は我が身を窓の外に躍らせた。飛行船の外壁に存在する僅かな凹凸を頼りに隣の部屋まで伝い歩く。指が震え、吹き付ける強風に栗色の長めの髪が激しく靡いた。
 最後の扉が蹴破られた音がする。幾つもの足音が踏み込んできた。
「ちくしょう、いねえ!」
「何処かに逃げたんだよ」
「おいこら、テメェは知らねえのか! 持ってねぇのか!?」
 海賊どもは赤毛の男を叩き起こそうとしているのだろう。やめておけ。そいつは狡猾で容赦がなくてずる賢くて強い男だ。下手に手を出したら返り討ちにあう。自分が奴を気絶させられたのは運が良かったに過ぎない―――と、どちらの味方なのか分からないことを考えながら。
 ジリジリと、手を伸ばすものの。
 隣室の窓の縁には届きそうで届かない。
 このまま連中があの部屋の探索を諦めてくれるなら、いっそ元の部屋に戻って―――。
 しかし、青年の希望は敢え無く打ち砕かれた。
 海賊のひとりが窓の外を覗き込み、外壁にへばり付いた青年の姿を見つけたのである。
「アレルヤ! 外だ! 野郎、外に逃げてやがったんだ! スメラギに連絡しろ!」
「もう行ってるって!!」
 敵方の声を聞きながら青年は必死の思いで隣室の窓枠に指先をかけた。中を覗き込めば部屋の主が驚いた表情でこちらを見詰めている。
 助けてくれ、と、声を上げようとしたのと。
 盛大な音を立てて扉がぶち壊されたのはほぼ同時だった。青いパイロット服に身を包んだ女が笑みを深めてこちらに手を伸ばす。
 まずい、捕まる!!
 途端。
 外壁に引っ掛かっていた指が力を失った。

「あああああぁぁぁ――――――っっ………!!」

 女の手も間に合わない。留めるもののなくなった身体は落ちる。
 窓から身を乗り出した女が舌打ちと共に毒づいた。
「しまった、太陽石が………!!」
 叫んだところで青年の身体が船に戻るはずもなく。
 ペンダントを携えた青年は仄白い明るさを湛えた雲の海に飲み込まれて消えて行った。

 


空から降ってきた少女青年


 

 夜の帳がすっかり降りてしまっても町は未だに眠らない。
 深く切り立った渓谷。鉱山の傍らに位置する炭鉱の町はざわめきに包まれている。煤だらけの頬で商売に精を出す男たち、店を営む女たち、仕事帰りの労働者たちを出迎える居酒屋。かつてはいま以上に栄えていたこの町も最近は取れる鉱石が少なくなったために賑やかさに欠けて来ている。それでも尚、今しばらくはこの喧騒が続くと思われた。
 人波を擦り抜けて飲食店のカウンターに肘をついた小柄な少年が、携えていた水筒を差し出した。
「肉団子をふたつ」
「あら、刹那。まだ仕事なの?」
「夜勤だ」
 顔見知りの女性の問い掛けに少年はややぶっきら棒に応えた。不機嫌な訳ではない。これが標準装備なだけだ。経験からそうと知っている相手はやわらかく笑ったのみで代金分にちょっとだけプラスしたスープを注いでやる。
「大変ね。頑張りなさいな」
「ああ。ありがとう、シーリン」
 軽い会釈と共に店から離れて、人通りの多い表から炭鉱へ続く裏通りへと回り込む。細く、長く、曲がりくねった道は只管に遠くの鉱山まで続いていた。買い出しを命じられてから何分ぐらい経ったろうか。急いで戻らねばならない。
 自然と早足になる少年の目が、進行方向の夜空に何かの光を捉えた。
「………?」
 ほんのりと緑色に煌きながらゆっくりと降りてくる。足を速め、視線を固定して光の落ちる方向、即ち自身が勤める炭鉱へと向かう。
 星、ではない。
 飛行船や戦艦の光でもない。かといって虫の光にしては大きいし―――。
「………ひとだ!」
 はっきりと視認できるに至って刹那は慌てた。このままでは竪坑に墜落してしまう。
 疾走して到着するや否や巻き上げ機の支柱に足をかけてよじ登る。間違いない。人間だ。青年、だろうか。先端の足場まで行けばどうにか手が届きそうだ。抱えていた水筒を脇に押し退けて降りてくる光に手を伸ばす。
 大きく広げた両腕で受け止めた。
 まじまじと相手の顔を見詰める。瞼をおろしているため瞳の色こそ分からなかったが、栗色のやわらかそうな髪と白い肌をしている。ゆったりとした長袖の衣装を纏った身体はてのひらに当たって僅かに跳ね返る。胸元の緑色のペンダントが穏やかな光を放つ。
 ペンダントが光を弱めていくと共に、ふわふわと不安定に浮いていた青年の身体が沈み込み。
 やがて。
「消えた………」
 持ち主の安全を確認したかのように光が消え失せる。
 途端。
 ―――とんでもない重量が両手にかかった。
「うっっ!!」
 ガクン、としゃがみ込む寸前で辛うじて踏み止まる。ふたり分の体重を受けた足場がギシギシと軋む。
 きつく歯を食い縛りながらヨロヨロと後退し、板の上に青年を寝かせることに成功した。
 危なかった。
 普段から炭鉱で鍛えていなかったら青年の体重を支えきれず、確実に揃って目の前の炉に突っ込んでいた。………洒落にならない。
「刹那―――!! 帰ってんのか!? メシはどうした!」
 眼下から響いた親方の声にはっとなる。
 そうだ。ほっとしている場合ではなかった。とにもかくにも人間が降って来たんだし気絶してるんだし色々と怪しげなんだし。
 支柱の合間から顔を覗かせて叫ぶ。
「イアン! 空からおとこが!」

 ブシュ――――――ッッ!!

 炭鉱内の炉が派手な音と共に水蒸気を噴き出した。イアンはそちらへ向かってしまう。
 まずは壊れかけのボイラーをどうにかせねばなるまい。気休めにもなるまいが、首に巻いていた赤いマフラーを解いて青年の上にかけておいた。
 水筒片手に支柱を滑り降りてイアンに駆け寄る。技工士は破裂した管の修復に追われていた。
「イアン! 空からおとこ―――」

 ブヒィ――――――ッッ!!

 甲高い音と共に更なる蒸気圧が噴き出した。イアンが舌打ちする。
「このオンボロが! 刹那、二番のバルブを閉めてくれ!!」
「わかった」
 分厚い軍手を壁から奪い去り、足元のバルブをねじる。それから脚立を使って天井付近のバルブを更に捻る。蒸気を噴き出していた管が動きを止めた。
「刹那、ペンチを寄越してくれ」
「ああ」
 直後。
 カン! カン! カン!
 トロッコの帰還を告げる鐘がなる。コード類の奥に手を突っ込んでいたイアンは不機嫌も露に奥の操縦桿を顎でしゃぐった。
「手が離せねえ。刹那、お前がやれ!」
「いいのか!?」
「下の連中を待たせる訳にはいかん。落ち着いてやれば大丈夫だ、やれ!」
「………わかった!」
 トロッコを乗せたレールの運転を任されるのは初めてのことだ。手にしたペンチをイアンに投げ渡して席に着く。
 大丈夫。イアンと同じようにやればいい。いつも見ていたはずだと自分を励ましながら右手と左手にそれぞれハンドルを握り締めた。ゆっくりと押し倒すと巻き上げ機の発する稼動音が大きくなった。
 ガラガラと響く音に自然と視線が上に向く。
 青年の足がちらりと見える。平気だろうか。巻き上げ機の震動はかなり強い。巻き上げ機自体もそんなに頑丈なものではないし、ネジが一本でも飛んだなら支柱が崩れてあの青年は―――。
「刹那!! ブレーキ―――――――――!!!」
「っっ!!」
 イアンの叫びに慌てて操縦桿を両手とも引く。激しい摩擦音が響き、やがて炭鉱へと続く鉄製の扉が開いた。煤けた頬をした男たちがドヤドヤとトロッコを押して歩いてくる。
 よかった。最悪の事態は避けられたらしい。
 ほっと息をつく刹那の横では仲間たちが状況について話し込んでいる。
「どうだ?」
「駄目でさあ。金どころか錫のひとつも出やがらねえ」
「もっと東へ進めばいいんじゃないか?」
「あっちはむかしの穴ばかりだ。採れたもんじゃねえ」
 虫眼鏡を手に鉱石の値踏みをしていた老人が深い溜息をついた。
「仕方あるまい。みんな、今日はもうあがっていいぞ」
 その言葉に仲間たちがバラバラと散らばって行く。各自の家に戻って疲れた身体を癒すのだろう。夜勤と聞いていたが、この分では―――。
 ぽん、と肩を叩かれる。
「イアン」
「見ての通り、今日はヤンピらしい。ボイラーの火を落とせ。残業はなしだ。オンボロに油さしとけよ」
 刹那から水筒を受け取った彼は通路の灯りのみを消して行ってしまう。
 なんとはなしに物悲しい気分になりながら少年は溜息をついた。本当に、もう、この鉱山は駄目なのだろうか。そういえば―――あの青年のことだって結局相談していない。自分の体格と、いまは上で寝ている青年の体格を考えて、またちょっとだけ溜息をついた。
 帰る時は廃棄予定のトロッコでも借りて行くべきかもしれない。




 あたたかな日の光が差し込む。ふわふわとやわらかいシーツ、毛布。今日も晴れだな。早く起きてヤクたちの世話をしなければ。きっと、お腹を空かせている。
 それにしても、先刻から聴こえてくる曲はなんだろう。鳥の声でもヤクたちの鳴き声でもない、勿論人声であるはずもない、何らかの楽器の音色。
「………」
 幾度かの瞬きの後で目を開く。視界に入ったのはこじんまりとした印象の強い質素な部屋だ。家具だって必要最低限のものしか置いてない。床の隅に寄せられたシーツ、テーブル、テーブルの上のポット、壁際のコンロ、食器入れ。
「………?」
 此処は―――何処だろう。
 前後の記憶が曖昧で妙に現実味に欠けている。おずおずとベッドから足を下ろして、きちんと揃えられていた自分の靴を履く。脱いだ覚えはないから誰かが脱がせてくれたのだろう。たぶん。
 戸惑いながらも青年は立ち上がって辺りをもう一度見回した。陽光が差し込んでいた窓の外を白い鳩たちが過ぎる。部屋の真ん中には梯子が伸びていて、天井を突き抜けて外まで続いている。あの音色も上から響いているようだ。
 躊躇いがちに手を伸ばし、足をかけ、梯子を上る。顔を外に覗かせた瞬間。
「うわっ!!?」
 鳩の大群が押し寄せて慌てて首を引っ込めた。
 行き過ぎた頃を見計らって改めて上を向く。屋根、だな、確実に。キョロキョロと辺りを見回して―――屋根の先頭に突っ立っている人物とばっちり目が合った。
 黒い髪。赤茶色の瞳。赤いマフラー。手にはトランペット。無表情。
 ………。
 ………………誰?
 こちらの戸惑いを余所に、屋根を伝い降りてきた少年は真っ直ぐこちらを見詰めてくる。なんとはなしに流れに乗って彼の手を借りて屋根の上によじ登った。
「気分はどうだ」
「え、あ、―――うん」
「オレの名は刹那だ。………演奏が終わったらやる決まりだ」
 ポケットから取り出したパンくずを握らされた。
 やるって何をだよ、と問い返すより早く再び鳩の大群に飛びかかられる。
「おわっ!!?」
 クルック、クルック、と声を上げながら突っ込んでくる鳥たちの羽根が頬に当たる。嘴がちょんちょんとてのひらを突付く。
 くすぐったい。
「っ………は、ははは! ははははははっっ!!」
 ひとなつっこい鳩たちだ。少年が飼っているからか? 笑いながら振り向くと、やたら穏やかに微笑まれて却って慌てた。無表情だと思ってたのに不意打ちもいいところだ。
「どうやら、普通の人間らしいな」
「あー………」
 そう、か。身元を疑われていた訳か。そりゃあそうだろう、互いに初対面なんだし。
「助けてもらったみたいだな。ありがとう。オレの名はロックオンだ」
「………変わった名前だな」
「よく言われるよ」
 本当に人名なのかと問い返さなかっただけ大したものだと青年―――ロックオンは笑った。本当の『名前』は他にあるのだけれど、流石にまだそれを伝えることはできなかった。
 同じようにポケットから取り出したパンくずを少年が屋根の上に巻く。青年の手にあった餌をあらかた食べつくした鳩たちは、その場を離れて他のパンくずを啄ばみに行った。
「―――驚いたぞ。突然空から降りてくるんだからな」
「え?」
「本当だ」
 少年の言葉に、あらためて青年は考え込む。
 空から降りてくる。
 降りてくる―――落ちて来る? そうだ。確かに落ちた。落ちた記憶はある、のだ、が。
「どうして助かったんだ、オレ………飛行船から落ちたってのに」
「覚えていないのか」
「ああ」
 説明できないことを詫びるように瞼を伏せると、少年は無表情ながらも首を傾げてちょっとだけ対応に困ったようだった。
 刹那はちらりとロックオンの胸元にあるペンダントに目を転じて。
「それは?」
「これか? うちの家に古くから伝わるものなんだ」
「見せてくれるか」
「―――いいぜ」
 迷ったのはほんの一瞬だった。ペンダントを奪いに来た連中のことを考えると多少の不安がないでもなかったが、刹那に悪意があるようには見えない。そもそも、石の奪取だけが目的ならば気絶している自分など放置してペンダントだけ持ち去ればいいのだから。
 首から外して手渡したが少年はチェーンを止めることができないらしい。見かねて手伝うと何だか嬉しそうな気配が伝わってきた。
 くるりと振り向いた少年はこちらにトランペットを押し付け、屋根の端ギリギリに立ちて曰く、
「見ていろ」
 そして。
 ひょい、っと空中に一歩足を踏み出して。

 見事に。
 ―――落ちた。

 聞くに耐えない激しい音に鳩たちが吃驚して一斉に飛び立った。急ぎ屋根の下を見てみると、崩れた煉瓦の隙間に細っこい手足が覗いていた。
 きちんと足場を見繕ってから飛び降りて、今度は自分から少年に手を伸ばす。
「何をやってるんだ、お前は」
「………これのお蔭ではなかったようだな」
 刹那がペンダントをこちらに放る、と同時、崩れかかっていた煉瓦が完璧に崩壊して少年の姿は闇へと消えた。
「せっ、刹那ぁ!?」
 咄嗟に受け取ったペンダントを握り締め、ぽっかりと空いた穴を覗き込んだところで。
「うわっ!?」
 手を突いていた煉瓦が剥がれて自分も落下した―――狙い済ましたかのように、刹那の真上に。
 ………ひどく哀れな音が響いた。
「わ、わわわ悪い、刹那! 大丈夫か!?」
 自分の下で伸びている少年を慌てて助け起こす。なんかもう、見ているだけで痛そうだ。刹那は片手でロックオンの腰を押し退けながら、もう片方の手で自らの顔面を抑えている。直撃したのかもしれない。何がとは言わないが。
「や。ほんと………悪い。なあ、しっかりしてくれよ」
「―――問題ない。オレの頭はイアンの石頭よりも固い」
 やたら真面目くさった態度で宣言するものだから、加害者の立場も忘れて思わず笑ってしまった。釣られたように相手も口元を綻ばせて、そういう表情すると可愛らしいのに、とロックオンは内心で非常に残念がった。
 ガラガラと煉瓦の山を押し退けて刹那が立ち上がる。
「顔を洗って来い。洗面所はそこだ。タオルもある」
「ああ。ありがとう」
 部屋の奥の扉を押して少年が出て行く。
 どうやらここは物置も兼ねているようだ。器材や木材が所狭しと転がり、机の上には設計図が置かれている。組み立て途中の小型の鳥形飛行機―――オーソニプターと言ったか。空を飛ぶための道具が将来の夢を感じさせた。
 洗面台に向かう途中でロックオンは足を止める。
 壁にかけられた一枚の写真。大きく引き伸ばされたそれは随分と古く、そこかしこが黄ばんでいる。雲間に隠れる巨大な城。写真の下に書き込まれたタイトルは。

「ガンダム………」

 ひくりとロックオンの喉が鳴った。
 しばらく硬直していると、やがてトントントン、と階段を下りてくる音が聴こえてきた。あまりに遅いから訝しがられたのだろう。再び扉の向こうから姿を現した刹那が不思議そうに目を瞬かせる。
「何をしている」
「これ………」
「―――ガンダムか」
 表情を幾らか和らげて少年が青年の隣に並んだ。
「オレの父親が撮ったものだ」
「刹那の?」
「そうだ。ガンダムは空に浮いている島だ。伝説といわれていたが、飛行船のパイロットだったオレの父は、<龍の巣>と呼ばれる雲の渦の中で実際に見た」
「空に………」
 す、とロックオンが翡翠色の瞳を細める。
 僅かに俯いた刹那は写真の前を去り、机の上の小さな模型飛行機を手に取った。
「父はそのことを発表した。だが―――誰も信じなかった」
 信じるはずもない。
 他の誰も見たことがないのだから。
 <龍の巣>は危険すぎる、飛び込んだなんて嘘に決まっている、写真だって合成したものに違いないと笑われ、非難され、虚仮にされて。
 模型飛行機が主の手を離れてパタパタと飛び、壁にぶつかって。
 落ちた。
「父は………詐欺師扱いされたまま死んでしまった」
「刹那―――」
 答えようがなくてロックオンは声を潜める。
 それを振り切るように刹那が大きめの声を出した。模型飛行機を拾い上げ、自作のオーソニプターに手をかけた。
「―――だが、オレは信じている。父は嘘つきなどではない。いま、もっと本格的なものを作っている。きっといつか、オレがガンダムを見つけ出してみせる!」
 高らかな宣言にゆっくりとロックオンの表情が凪いだ。見詰め返した刹那も穏やかに笑っている。
 ―――が。
 刹那の後ろの窓、の向こうに。
 古ぼけたオープンカーが二台とまったのを見て青年は顔色を変えた。一台はそのまま走り去る。もう一台からはふたりの男が降りて、どうも、こちらに向かって来るようだ。見覚えのある姿。
 少年もまた窓から外の様子を伺い見て眉を顰めた。
「オートモービルだ。珍しいな」
「あいつら………海賊だ」
「飛行船を襲った?」
 こくり、とロックオンは頷き返す。うっかりしていた。こんなところでのんびしていられるような立場ではなかったのだ自分は。とにかく早く何とかしなければならない。少年を巻き込む訳には行かない。
「色々と世話になったな。オレは行く。元気でな」
「待て。この辺りに来たことはあるのか? 町への行き方は? 町から出る方法は? そもそも、何処へ行くつもりだ」
「何処だっていいさ。外に出れば何か乗り物ぐらいあるだろ」
「―――空から降ってきた土地勘ゼロの人間が何をほざく」
 いや、確かにそれはそうなんだけどね、と青年が困り果てるのを余所に、少年は相手の腕をむんずと掴まえた。周囲に散らばっていた布を手繰り寄せた彼は顔色ひとつ変えないで堂々と命じる。
「脱げ」
「………………はい?」
 どうしてそうなるんですか、刹那さん。
 ぽかーんとしている青年に呆れたのかじれったくなったのか目的の遂行に忠実なだけなのか。
 少年が無言のまま上着の裾に手をかけてくるから、大慌てで青年は自ら服を脱ぎ捨てなければならなかった。その後の少年の行動で何をさせたかったのかはよく分かったのだけれど、だったら最初に前置きしてくれよと非常に泣きたい気分にさせられた。そして、頼むからズボンだけは勘弁してくれと恥も外聞もなく願ったのだった。

 

→(2)

 


 

配役

らぴゅた:ガンダム ← 笑うところ

ロボット兵:ハロ ← 出てないけどやっぱり笑うところ

ひこうせき:CBのマークが彫られてたりします

ぱずー:刹那 しーた:ロックオン(ニール) むすか:アリーさん

どーら一家:スメラギさん、アレルヤ、ハレルヤ、リヒティ、ラッセ、ハムさん、ビリー(※技師)、コーラさん

 

うん。一家が全然「一家」じゃない☆

ムスカ役はドロさんのが適役かと思ったのですが、ラストの展開の都合でアリーさんにしてみました。

ちなみに、タイトルはサントラからのパクリです。

 

今回の「原作にはあったけど省きましたコーナー」。

原作「驚いたよ、空から急に降りてくるんだもの。天使かとおもっちゃった!!」

………。

24歳成人男性つかまえて「天使」はねえべ………。 ← 管理人のぎりぎりの理性。

 

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