追跡


 

 まったく詰まらない役目を仰せつかったものだ、なんてことをパトリックは考える。
 軍の無線を傍受して暗号を解読したまではよかったが肝心要のお宝には持ち主ごと逃げられてしまったときたものだ。飛行船から落ちたならもう命はないはずだと誰もが思ったが、スメラギ曰く、確実に生きているとの話だった。
「でなきゃお宝の意味がないでしょ? 頑張ってねー♪」
 そんな言葉と共に、不敵に笑った女は渓谷の離れた一軒家の前でふたりを下ろして行った。
 彼女が命じたのは地上の探索。『持ち主』の姿を実際に見ているアレルヤとハレルヤに任せとけばいいじゃないかと思うのに、いちいち駆り出されて非常に不満だ。目的の人物の写真はないし手掛かりとして伝えられているのは服装と髪の色ぐらい。これでどうやって探せと言うのだ、全く。
「ちっくしょう、オレはスペシャルだってのに………」
「あんまカリカリしない方がいいっすよ、パトリックさん。所詮オレらはしがない労働者っすから」
 のんびりとノビをしながらリヒティが笑った。
 目の前には年季の入ったボロい一軒家。ヒトが住んでいる証拠に煙突から煙が上がっている。こんなところで聞き込みしたって目ぼしい情報は得られないだろうと半ば以上諦めながらリヒティに裏に回るよう告げた。自身は目の前の古びた扉に手を伸ばす。
 と、開けるまでもなく向こうから開いた。飛び退いた傍らを小柄な影と大き目の影が擦り抜ける。
「おい、ちょっと待て!」
「なんだ」
 振り向いた少年は印象的な赤茶色の瞳をしている。
 いまひとりは頭に布を巻いた、やや大柄な短髪の女だった。布の隙間から覗く髪は漆黒。女にしてはガタイが良すぎる気もしたが、普通の男がこんなに豊かな腰周りをしているはずもない。
 ひとり納得するとパトリックは身振り手振りを交えて話し始めた。
「ヒトを捜してんだ。こんぐらいの背丈で………茶色い髪をした男だ。見かけなかったか?」
「男なら、昨日の夜に来た」
「そいつだ!」
「場末のオカマバーで『いまに見てろ!』と叫ぶばかりのジョシュアが」
「ち、っげ―――よ! ンな奴捜してねえよ!」
 とっとと行っちまえ! と手を振ると少年は無愛想に挨拶もなしに走り出した。その後を黒髪の女が追いかける。長い巻きスカートが足に絡まりそうになっているのはご愛嬌か。
 どうしようかと顎に手を当てるが、この辺りにある家はここだけだ。先に町に向かったグラハムと合流して炭鉱にでも回ろうかと真面目に考えてみる。
「パトリックさん!」
「なんだよ、急に」
 裏手に回っていたリヒティが駆け戻り、大慌てで両手を振る。握られているのは青い上着だ。
「これ、スメラギさんが言ってた奴の上着に間違いないっすよ! きっと変装してたんです!」
「なあにい!?」
 あの服装はダミーだったのか!?
 騙された自分に舌打ちしながら家の前の道を駆け走る。先刻の少年たちの姿は疾うに小さくなっているが、追いつけないほどではあるまい。
「よっしゃ、追うぜ!」
「いってらっしゃい! オレは先に船に戻ってるんで頑張ってくださいっす!」
「お前も来るんだよっっ!」
 オレは肉体派じゃないんすよ、と愚痴るリヒティの首根っこを引っ掴んで彼もまた走り出した。




「やはり、お前に用があったようだな」
「ああ」
 町まで続く細道を全速力で走りながら刹那とニールは言葉を交わす。全速力、と言っても青年は腰に二重、三重に布を巻きつけているものだから随分と動きが鈍かったのだが。
 先刻、少年が「脱げ」と言ってきた理由がこれだ。つまりは変装しろ、と。だったら素直にそう告げてくれればいいのにどうして端的に「脱げ」なんだよと青年は非常に泣きたい気持ちにさせられた。完璧を望むならズボンも脱ぎ捨てて来るべきだったのだけれども。
「………そういや、布も一枚で許してくれたしなあ」
「なんの話だ」
「服装。おんなのヒトってもっとふくよかな体型してるもんじゃないのか?」
「問題ない」
 真っ直ぐ前を見詰めたまま少年はしれっと切り返した。
「お前の腰は随分と肉感的だ。安心しろ。オレが保証する」
「はっ!?」
 何故、そーなるっ!!
 叫びだしそうになったところでつい先刻、少年を下敷きにしてしまった記憶が甦る。つまり彼はあの時にきちんとこちらの体型を余すところなく―――。
「セッ………セクハラだああああ!!」
「うるさい。走れ」
 少年の言葉が正論に過ぎてやっぱりちょっとばかり泣きたくなった。
 正面に町並みが見えてきたところで、後ろを振り向いた刹那が舌打ちする。
「気付かれたか。急げ!」
「お、おう!!」
 縺れそうになる足を必死で回転させながら青年は案内人の後に続いた。家々の合間を駆け抜け曲がりくねった路地を潜り抜けた先、玄関口で話し込んでいる人影が見えた。
 ひとりは炭鉱で働いているらしい初老の眼鏡をかけた男性。
 いまひとりは金髪の青年。外見だけならどこの王子様だ、という感じの。
 明らかに浮いてるなあ、怪しいなあ、と意識が逸れたのがまずかったのか。ニールは道に転がっていた石に躓いて足をつんのめらせた。
「う………わっ!」
 危うく転倒することは免れたものの、頭に巻いていたターバンが解けて茶色い髪が覗く。至近距離に迫っていた眼鏡の男性と金髪の青年が揃って目を見開いた。しかも背後からは「待て、この野郎!」との罵声が迫ってくる。
「急げ!」
 刹那に手を引っ張られ、眼鏡の男性の後ろに身を寄せるように押し込まれた。そうか、このヒトが仕事先の親方かと今更認識しつつ。
 驚きを露にしていた男性も、敵が誰かを見定めたのか強い視線で正面の青年を睨みつける。不敵な笑みで出迎える青年の傍らには、先刻、出会ったばかりのお調子者っぽい赤毛の青年とヒトの良さそうな栗毛の青年が並び立った。なんともチグハグな光景だ。
 親方が右手の中指で眼鏡を押し上げる。
「なんだテメェら。単なる聞き込みかと思ってたら悪党か?」
「フラッグファイターだ!」
「スペシャル様だ!」
「トレミー一家っすよ………」
 最後にこっそりと呟いた栗毛の青年の主張が正しいのだろう。たぶん。
 徐々に野次馬たちが集まって垣根を作り始める。どうしたものかと困り果てるニールの横でツインテールの幼子がぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「うわあい、海賊ですか!? ミレイナも見るですぅ―――あっ」
 見守っていたニールも幼子と一緒に室内に引きずり込まれて蹈鞴を踏んだ。振り向いた先、眼鏡をかけたおっとり美人がにこやかに微笑んでいる。今一度、扉を開けた眼鏡の女性はズルズルと刹那のことも室内に引きずり込んだ。
「ふたりとも。早く裏口から逃げなさい」
「そんな、相手は海賊ですよ!?」
 言っちゃ難だが結構イイ年齢になってそうな親方が勝てるとは到底思えない。言い募ると、彼女はにっこりと微笑んで手元のチェーンソーを唸らせた。
 ………。
 ………。
 ………チェーンソー?
「あの………それは一体………」
「あら。鉱山の女たるもの、このぐらい扱えなくてどうします?」
 何だか聞き覚えのあるセリフですよ、奥さん。
 などと意外と優柔不断な向きもある青年に突っ込めるはずもなく、果たして、こういった状況に慣れ切っているだろう少年が一歩前に踏み出した。
「オレも戦う」
「いいえ、先に行きなさい」
 扉の向こうからは言い争っている声が聞こえてくる。自分がトラブルの種を蒔いたのだと考えると居た堪れない。のだ、が。
「悪いな、ここからはわしのターンだ! この『レッド・アイズ』の炎を食らえ!!」
「ならば私はここでトラップカード『エルフの谷』を発動! 以降はドラゴン族がフィールドに召還されるごとに自動的にカードが引ける!!」
 ―――意外と楽しそうに思えるのは気のせいか。気のせいなんだな。っつーか何やってるんだ、おやっさん!
 全てを理解しているらしい妻がそっと視線を青年へ流し、次いで隣に立つ少年へと移した。
「ふふ。見るからに危なっかそうな方ね。守っておあげなさいな」
「わかった」
「ま、待て待て待て待てえええ! 危なっかしいってなんですか! オレのがずっと年上………!」
「行くぞ」
 喚く青年の腕を引っ掴んで少年がズルズルと裏口へと向かう。
 確かに、自分が他から見てどう思われてるかなんて今は関係なかったから、青年もまた観念して口を噤んだ。




 激しい爆音と共に切り立った崖に寄せて車が止まる。いまの時代にはまだまだ珍しいオートモービル。助手席に腰掛けた女性は長い髪を靡かせながら双眼鏡を覗き込んだ。
 映るのはやや寂れた炭鉱の町並み。中心付近で妙な人だかりができている。その中に見慣れた金髪と赤毛と栗毛を見い出して女性は眉を顰めた。どうにも彼らは任務をまともに達成できた験しがない。リヒティだけではストッパーにならなかったと言う事か。
「ま、その程度のことならお見通しよ」
 双眼鏡を騒動の中心から家屋を挟んで裏手の渓谷へと向ける。チマチマとしたふたつの動く影を見い出してにんまりと微笑んだ。
 ぱしり、と運転席の肩を叩く。
「見つけたわ。ラッセ、突っ込んで!」
「了解!」
 黒髪を短く刈り込んだ青年が勢いよくハンドルを切った。
 崖の急傾斜を駆け下りて町並みの狭い道路に無理矢理に割り込む。道端に置かれていたごみ箱や箒が吹っ飛ぼうとイヌネコが驚いて逃げようとお構いなしである。
「なんだ、あれ!」
「オートモービル!?」
 逃げ惑う町民たちを他所に騒ぎの中心に突っ込むと、彼女は手にした短銃に弾を詰め込んだ。
 何事かと硬直していた青年たちが動きを取り戻す。
「おお、スメラギ女史! こんなところまでどうしたのかね!」
「どうしたのかじゃないわよ、グラハム。あの子たち逃げちゃったじゃない!」
「へ? いや、でも奴らはあの家の中に………」
 スメラギの言葉に、脇から傍観していたパトリックがきょとんとなる。扉に視線を向ければ穏やかな眼鏡美人がチェーンソー片手に微笑みかけて、思わず彼もまた微笑み返し―――ってのは別によくて。関係なくて。
「とっくに裏から脱出したわ。追うわよ!」
「え、ちょ、ちょっと待っ―――!」
 動き出した車に瞬間的に反応したグラハムが乗り込む。リヒティはラッセに拾われる。誰の手も借りられなかったパトリックは大急ぎで車の後部座席にしがみついた。
 カードを握り締めた親方が大声で叫ぶ。
「おい、こら! 負けてた奴が逃げるんじゃねえ!」
「ははははは、すまないな! どうやら『ブルーアイズ』は未だ私のもとに留まりたいようだ!」
「抜かせ!」
 金髪の青年が浮かべた実にイイ笑みに腹が立ったのか遠くからスコップが飛んでくる。観戦していた町民たちも騒ぎに乗じてかベランダやら鉢植えやら洗濯物やらを投げてきて。
 眼前に大きなシーツが落ちてくるに至って、スメラギが堪えきれないように大声を上げた。
「しつこいわねっ!!」
 振り向き様に短銃を放つ。
 数メートル後ろの地面に着弾した弾から煙幕が吹き出し、町民たちが激しく咳き込んだ。追撃の手を止めてその場に蹲る影が多数。
 親方も漏れなく煙幕に引っ掛かり、
「こらああ―――っ! 待っ………げっほげほげほげほ!!」
 と叫ぶのみ。
 実にありきたりな叫びを後にして海賊たちはまんまとトンズラこいたのだった。




 家屋裏手の土手を駆け下りて、渓谷の間に続く木製の陸橋を伝っていく。折りよくやって来た貨物列車の運転手は見慣れた顔だ。丁度いいとばかりに刹那は大きく手を振った。
 答えを待つまでもなく了承の意を得たと勝手に判断し、後ろから続く青年に声を掛ける。
「乗るぞ」
「わかった」
 それなりの速度で走っている列車の連結部分に足をかけて飛び乗った。青年も無事に乗り込んだことを確認して若干の安堵の息をつく。
 運転席の初老の男性がこちらを振り向いてにんまりと笑った。
「よう、刹那。仕事さぼってデートかあ?」
「違うぞ、モレノ。これは―――」
 電車のカタコトという音に混じり、遠くからオートモービルの爆音が響いてくる。
「………あれだ」
 つい、と刹那は渓谷すれすれを疾走する車を指差した。いつもかけてるサングラスを押し上げてモレノがにやりと笑う。
「海賊ってか!?」
「フラッグファイターでスペシャルなトレミー一家らしい。こいつを追っている。隣町まで乗せてくれ。警察に行く」
「ほお?」
 モレノが後ろを覗き込むように首を伸ばす。列車の窓から身を乗り出していた青年も応えるように振り返り、実にすまなそうな笑みを浮かべた。どうせ笑うならもっと嬉しそうにすればいいのに。今朝、自分の家で見せたような。
 そんなことを考えている合間にも車はズンズンと迫ってくる。舌打ちと共にスコップを持ち上げてかまたきを開始した。それでも敵との距離は縮まるばかりだ。
「モレノ! もっとスピードは上がらないのか!?」
「と〜しよりだからなあ」
 無理はできないんだよー、と軽口叩く。
 傾斜を駆け下ってきたオートモービルは線路に乗り上げ、追走してくる。連中の通った後の橋はボロボロと崩れ落ちる。木片を地上へと撒き散らすわ、線路の切り替えスイッチまで短銃で破壊して迫ってくるわ、もう無茶苦茶だ。この陸橋を作るのにどれだけ苦労したと思っている。
 手にしたスコップを青年へと託す。
「ロックオン、かまたきを!」
「了解!」
 山積みの石炭を釜へ放り込むごとに列車は勢いを増す。しかし、車の方が速い。
 刹那は先頭車両と貨物車の連結部分に手をかけた。ここで切り離せば連中もそうそう追っては来れないはずだ。金具を引き上げ、腕を先頭車両のヘリに引っ掛けると両足で勢いよく貨物部分を押し退けた。
 なだらかな傾斜のついた線路をゆっくりと貨物部がくだって行く。数にして四列ほどはあるそれがオートモービルの先端にぶつかり、瞬間的に奴らの動きが止まる。
 やった! と思ったのも束の間。

「まーけーるーかあああああ!!」

 女海賊の掛け声にあわせて勢いを増した車が後部列車に激突、そのまま豪快にも先頭車両に『連結』した。
「くっ!」
 車にもド根性ってあったのか!?
 からくも車両の挟み撃ちになる運命を逃れた刹那は、次いで貨物列車の先端についているハンドルに手をかけた。こうなったらブレーキをかけてやる。
 ゴォッ!! と耳切る轟音と共に列車がトンネルに突入する。手元なんてほとんど見えない。
「よっしゃー! そこで待ってろよ!」
 貨物部分を挟んだ遠く、車の上で赤毛の男が叫ぶ。
 死に物狂いでハンドル回してる姿を嘲笑うように、向こうはハードルの要領で列車の仕切りを飛び越えてくる。まずい。
「っっし! 覚悟しろ、クソガキ―――!!」
 敵の手が刹那を捉える、直前。

「狙い撃つぜええええ―――っっ!!」

 威勢のいい啖呵と共にすっ飛んできた石炭が「カキーン!」と男の額に当たった。
「………」
 哀れ、頭上に星を飛ばしながら男が昏倒する。
 その間にしっかとブレーキを利かせ、刹那は先頭車両へと飛び乗った。急停車した貨物部分が連中の行く手を遮る。背後から置き去りにされた海賊たちの罵声が響いてきたが意に介さない。
 バックミラーで様子を窺っていたモレノが上機嫌に笑い声をあげた。
「はっはあ! やったじゃねーか、刹那!」
 機関士への言葉は返さず、ただ頷きのみを返す。
 かまたきに精を出している青年の背後から呼びかけた。
「―――ありがとう。助かった」
「なあに。あんぐらいお安い御用だって」
 カラカラと笑うロックオンも随分楽しそうだ。知らず、自身も表情を緩めて片手を差し出した。
 かまたき役を交代するつもりだったのだが、「いいからやらせろよ」と笑顔で拒否される。確かに、体力だけなら考える余地もなく彼の方が上だろう。それでも、無骨なスコップなんて似合わないと思えるのは偏に青年の肌が白いからだろうか。
 肩から提げていたザックの中を探って無言で手袋を差し出した。自分にはまだ大きい、親が残した片身のひとつではあるが―――。
「使え」
「え?」
「使え」
「………サンキュ」
 にへら、と照れたように、恥ずかしそうに笑う彼の。
 戸惑いながらも受け取った手袋を身につけて笑いかけてくれる彼の、身体の一部だけでも保護できるのなら、それで充分に感じられた。
 このまま進めば数分と待たずに隣町に着く。そうしたら警察に駆け込んで、事情を説明して。
(それから)
 身柄を保護してもらって、遠くに住んでいるようなら飛行船か車で送ってもらって。
(それから―――)
 それから?
 ………どうもしない。
 いつもの日常に戻るだけだ。炭鉱で働き、いつか空を飛ぶことを夢見る毎日。隣で鼻歌うたってる彼とは、ただの行きずりの相手として互いに記憶に留まるだけの関係となる。
 それは。
 それは、ひどく―――。

 ボォォォ―――ッ………!

「!」
 やたら近くで鳴り響いた汽笛にハッとなる。
 窓から首を突き出すと、ゴツい外装をした列車が真正面からやって来るところだった。
「軍隊のおでましたあ、珍しいな」
 モレノが訝しげにしながらもブレーキをかけた。貨物部をすべて切り離してしまった通常の列車と装甲列車では重厚さも迫力も何もかもが違う。ギリギリと音をたてて両方の車両が止まる。互いの間隔は10メートル前後と言ったところか。
「おい、悪いがこいつらを保護してやってくれないか! 悪漢に追われてるんだ」
 モレノが声を張り上げた。
 装甲列車は軍の物だ。故に、乗っている人員も軍・政府の関係者か余程の犯罪者に限られる。バラバラと降りてきた影は一様に軍の迷彩服を纏っていて、それ以外の人物も仕立てのいい黒服と黒眼鏡を身につけていた。
 彼らの姿を刹那は何とも思わず見詰めていた、が。
 黒服の連中に続いて装甲列車から降りてきた男に眼が留まった。
 赤い。
 赤い髪をしている。
 先刻追いかけてきた海賊の一味にも赤毛の男がいたが、それよりも更に毒々しい、血のような赤だ。背が高く、スーツを着込んだ姿も様になっている。黒眼鏡の連中に会釈されながら線路に足をつけた男はこちらを見て。

 ―――背筋が凍るような笑みを浮かべた。

「………っ!」
「ロックオン?」
 真後ろで青年が硬直していた。表情は青褪め、ただでさえ白い顔が更に白くなっている。
 彼はきつく、唇を噛み締めて。
「………元気でなっ!!」
 一目散に駆け出した。
「ロックオン!?」
「逃げたぞ!!」
「っ!!」
 脇を擦り抜けようとした黒服に咄嗟に足を掛けて転倒させた。そのまま青年の後を追って駆け出す。
 罵声と共に黒服たちが立ち上がり、刹那の後を追いかけようとする。
「そりゃっ!!」
 掛け声ひとつ、モレノがロープを引くと大量の水蒸気が辺りに噴き出した。視界を塞がれて線路上が一時騒然となる。
 その間に刹那は徐々に、しかし確実に青年との距離を詰めつつあった。コンパスの長さなら向こうが有利だが、彼は長い巻きスカートに足を取られている。追いつけないはずがない。
「ロックオン、どうしたんだ!」
「来るんじゃねえええええ!!」
 聞く耳もたないとはこのことか。線路上を疾走する影を追って苦虫を噛み潰したような顔になる。
 足の回転を速めた少年の視界に懲りずに追ってきたオートモービルが映る。こんな時にややこしい真似を………! 相変わらず線路を粉微塵に吹き飛ばしながら突っ込んでくる。
 ヒトの足が車に敵うはずがない。あっという間に距離を詰められて。
「撃て―――っ!!」
 折悪しく、海賊を狙った装甲列車の一撃が陸橋を揺らした。
「くっ!!」
「うわっ!?」
 間近に迫ったオートモービルを交わし様、眼前に青年の腰にタックルかけて飛び降りた。
 寸でのところで片手を枕木の端に引っ掛けた真上を装甲列車の爆撃と、突き当りの壁に正面衝突したらしいオートモービルの破片が襲う。
「っ………!」
 腕が、痛い。
 千切れそうだ。
 意地を頼りにしがみ付く枕木の端は徐々にふたり分の重みで垂れ下がり、パラパラと崩れかける木片が頭や腕に降りかかる。
 下を見てはいけない。
 見たら、最後だ。
「せっ………つ、な………!」
 右手首を握られた青年が動揺も露に見上げてくる。
 だが、いまの刹那にはそれが見えない。見ている余裕がないからだ。
 青年は空いている左手を無理に伸ばして、あろうことか刹那の手を解こうと必死に巻きつけてくる。
「刹那、手を離せっ………お前、まで、落ちちまうっ………!!」
 うるさい、黙れ。
 ごちゃごちゃ言わずにおとなしくしていろ。お前の言うことなんて聞かない。この手は離さない。
 歯軋りをしながら。
 強い意志を篭めて睨みつけると僅かに相手は怯んだようだった。

 瞬間。
 手が、滑った。

「――――――っっっ!!」

 遠くの悲鳴。違う。自分の悲鳴か。いや、傍で見ていた連中の。
 陸橋が、列車が、空が遠のく。
 見えなくなる。意識が消えかかる。空気が、頬を切る風が、冷え込んだ背筋が手が足が宙に伸ばされた手が。
 掴んでいた相手の右腕を必死になって手繰り寄せる。
 その時。
「………?」
 自分たちがあたたかな緑色の光に包まれていることに気付いた。
 目を瞬いても光は消えない。現実に、溢れている光。
 風がゆるみ勢いが弱まり寒さが遠のいて。
 ニールの胸元から覗いたペンダントが慈愛に満ちた緑色の光を周囲へと棚引かせている。青年が呻くような声を上げた。

「太陽石………っ!」

 ―――太陽。
 そうか、これは太陽の光なのか。
 真夏のような強さは持たず、ただ只管に春の木漏れ日を思わせるようなあたたかな光。
 己を取り巻く環境を改めて確認して、絶句した。
 浮いている。
 少しずつ下降しつつはあるが、確かに浮いている。飛んでいる。ゆらりと風に靡く髪も、服も、近付いてくる地上も遠ざかりつつある陸橋も。

「飛んでいる………っ!」

 すごい。
 本当に。
 本当に本当に浮いているのか、空を飛んでいるのか―――自分は!
「う、―――わあっ! 馬鹿! 手を離すな!!」
 興奮のあまり解け掛かったてのひらに慌てて青年が取り縋る。しっかと両手で握り締めてきた彼の姿に、何とはなしに文句が零れた。
「手を離せと言ったり、離すなと言ったり、勝手な奴だ」
「う―――」
 青年自身、思うところがあったのだろう。ぐうの音もでずに面を俯けてしまう。
 眼下に広がるのは深く暗い竪穴だ。かつての炭鉱の名残に自分達は差し掛かっている。無理に方向転換したとて逃げ回る場所は限られている。
 ならば、いっそ。
「………大丈夫だ。このまま底まで行くぞ」
「あ、ああ」
 ふうわりと茶色の髪を揺らめかせながら青年が困惑と共に頷き返した。戸惑っている相手を励ますように、力づけるように、刹那は強くてのひらを握り返した。
 上からは軍の装甲列車が攻撃を開始した音が響いてくる。
 海賊を追い払っているのか。丁度いい。その間にこちらは安全圏まで逃げ延びさせてもらうとしよう。何処に行けばいいのかなんて実のところ少年にも全く分からなかったのだけれど。

 ―――ひとりじゃなければ、何処までだって行けるさ。

 そう、思った。

 

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配役

親方一家:イアン一家

運転士さん:モレノさん

イアンさんとグラハムさんでガチバトルさせたら絶対にイアンさんが負けるので(苦笑)誤魔化しましたとさ。

って、いま気付いたけどティエさんとかクリスとかフェルトとかの配役を忘れたヨ!!

 

今回の「原作にはあったけど省きましたコーナー」。

原作「あれが飛行石の力だよ! 〜(略)〜 すごい! 欲しい!!」

主人公視点だと見えてないシーンなんだもんよ………。

 

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女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理