「………っ!」 激しい頭痛に目を覚まし、飛び起きようとして襲ってきた頭痛にまたしても頭を抱えた。 一体何がどうなっているのか。視界は暗闇。吹き込む風が冷たい。腕は頼りなく辺りを彷徨い、誰の存在も捕らえられないことに焦燥が増した。 まさか、いない。 ―――いないのか。 「ロッ………」 名前を呼ぶ途中でまたしても襲ってきた頭の痛みに刹那は呻いた。まったく、容赦なく殴ってくれたものだ。自分が石頭でなかったら確実に昏倒したまま数日間は起きれなかったに違いない。 ―――いや、数日間経ってないという保証が何処にある? もしかしたら疾うに何日も過ぎ去っているのではないか? 少なくとも数時間は経過しているに違いないと、今度こそ頭の痛みも物ともせずに刹那は跳ね起きた。こんな場所でのんびり寝転がっている暇はない。自分たちは軍に追い詰められていたのだ、その軍からあいつは逃げようとしていたのだ、何がどうなっているのか状況を把握しなければ。 ようやく暗闇に慣れ始めた目で周囲の様子を窺う。 足元に続くのも、手探りで触れる壁も石造りの壁だ。天井は遥か遠く、辺りを照らすのは僅か数センチの隙間から差し込む太陽―――あるいは月―――の光だけ。どう考えても見事な岩牢である。しかも、成り行きから考えるなら政府の管理する軍部直轄の。脳裏に近隣の地図を思い描き、海辺近くに要塞があったことを思い出す。そこまで連行されてしまったのだろうか。 いずれにせよ、此処にロックオンはいない。 奴らが太陽石を目的としている限り無事であるとは思うが苛立ちが募る。 手探りで壁を辿る内に明らかな金属の感触を得た。四角く抉れた一帯………間違いない、扉だ。 「開けろ! おい、開けろ!!」 扉を拳で叩きながら叫んでも返事はない。向こうにヒトがいるのかどうかすら定かではないし、居たとしても囚人の意向を汲む者など居はしないだろう。 思い切り体当たりしても跳ね返される小柄な身体が恨めしい。力ずくで開けることは諦めて、やや高めの位置にある明り取りへ狙いを定める。狭い部屋の中でどうにか助走をつけて飛びついた。細い窓だ。腕の一本も出やしない。それでも何かを掴めないかと奥を必死に覗き込んでみたが、しがみ付いていた足が滑って、再び石の床に全身を強打する結果となった。 痛い。 痛いが、躊躇している暇などあるものか。 「………ロックオン」 悔しさに歯噛みする。地上へ出た時に助かったと思った。助けられたと思った。なのに、現実はどうだ。結局は追い詰められて無様にも牢の中で醜態を晒している。 無事で、いてくれ。 呟く彼の耳に地上からの軍靴が響いた。 |
失意
海に面した窓の外はどんよりと曇り空の青さも窺えない。時刻は夕刻と言うにはまだ早く、天気もさして良くないとなればあまり気分は冴えない。 とはいえ、頑強な要塞に篭もった軍人にとって外の天候などさしたる問題はない。雨が降ろうと槍が降ろうと鋼鉄の壁で厳重に守られている。手足となって動く部下も山のようにいる。だから晴れだの曇りだの雨だのといった天候の違いが彼の機嫌に与える影響はごくごく少ない。 しかしていま、彼―――アーサー・グッドマン総督閣下の眉間には見事な皺が刻まれていた。眉間の皺、もとい不機嫌の原因は会議室のテーブルの真向かいに座る赤髪の男がもたらしたものである。 グッドマンは皮肉げに口元を歪め、居並ぶ部下の前で威厳を失ってはならないと、わざとゆったりとした動きで豪奢な椅子に腰を沈めた。 「―――太陽石が手に入ったそうだな。よかったではないか」 「そうですね。あの青年の身柄も拘束できましたし」 さらりと答える態度が実に憎たらしい。 重たい腹を抱える割には機敏な動作で立ち上がり身を乗り出した。威圧するようにテーブルを叩く。 「あまり調子に乗らん方がいいぞ、ゲイリー! 最初から我々が動いていれば海賊ども如きに抜け駆けされずに済んだのだ!!」 こればかりは反論できまい! と意気込むグッドマン。 それを軽く受け流し、赤髪の男は何処か呆れたような笑みを薄っすらと浮かべる。 「閣下が不用意に打たれた暗号を解読されたのです」 「―――」 だから海賊があんな場所に現れて、飛空艇を襲撃され、太陽石を探すのに余計な手間を必要とするようになったのですよ、と。 咄嗟に言い返すことができず口ごもってしまった相手を他所に男が立ち上がる。彼は彼で直属の部下を何名か引き連れていた。いずれも帽子を目深に被り、サングラスをかけている。生粋の軍人も裸足で逃げ出す人相と風体の怪しさだ。 失礼と言い置いて扉を潜ろうとする背中に向かって叫んだ。 「………っ! ゲイリー! あくまでも軍部の指揮権はこの私にあることを忘れるなよ!」 「勿論。できれば閣下も、私が政府の特命を受けていることを忘れないでいただきたいものですね」 何処までも食えない言葉を残して扉が閉ざされる。再び椅子に腰を下ろしたグッドマンは苛立ちも露に毒づいた。 「特務の青二才が………!」 窓から見える景色は実に殺風景だ。眼下では軍隊が訓練に勤しみ、数多く備えられた厳つい砲台の傍には見張りの兵たちが屯している。高い壁の向こうには海原と共に町へ続くのだろう道が細々と覗いていた。 いずれにせよ気分は最悪だ。体調だけなら普通と言えなくもないが、殴られこそしなくとも引きずるようにプロペラ機に叩き込まれ、ペンダントまで毟り取られたとあっては気分も悪くなって当然だ。太陽石を手にした瞬間の連中の表情を思い出しただけで腹が立つ。 そして、何より。 (刹那………) 知り合ったばかりの少年のことを思い出してロックオンは唇を噛み締めた。窓の傍の粗末な石造りの椅子に腰掛けて、ガラスに額を押し付ける。 殴られた彼は昏倒し、別のプロペラ機で此処に運ばれた。だが、要塞についてからは姿を確認することもできず、何処に居るのかも分からない。せめて手当てをと思えども、軍部の威圧的な態度を見る限り望み薄か。 扉の鍵が開く音にハッと面を上げる。 が、次いで覗いた人物の顔に隠すことなく嫌な表情を浮かべた。いま一番お呼びでない人物が来てくれたものだ。相手はこちらの心境を慮ることなく薄ら笑いを浮かべている。毒々しい赤い髪をした男。 「ひでぇ面だ」 誰の所為だ、と文句をつける代わりに問いを発した。 「刹那はどうした」 「食事をとってないのか。折角の料理なんだから食わなきゃ損だぜ」 見事に話が噛み合っていない。 確かに、小部屋の中央のテーブルには食事が用意されていたが、こんな状況下で食欲がわいてくるはずもない。 故にもう一度、ロックオンは男に問い掛けた。 「刹那に会わせろ」 「―――安心しな。あのガキの石頭はオレ以上だ」 薄ら笑いを明らかな嘲笑へと変えて、ゲイリーは皿の中の肉を摘む。行儀悪くも指で直に食事をする姿はマトモな軍人上がりとも思えない。一方で、飛行船の中では優雅なテーブルマナーを披露していたことも思い出し、時と場合によって態度や振る舞いを豹変させる奴なのだとの思いを新たにした。 にぃ、と笑みを深めた男が顎で指示をくだす。 「ついて来な。見せたいものがある」 質問に応えていないとか付き合う義理はないとか文句だけなら幾らでも言うことができる。だが、その結果として立場が悪くなるのは自分ではない。刹那だ。少なくとも彼がこの要塞に囚われていて、彼が刹那の行き先を知っているだろうことは確かだった。初めからこちらに選択権はない。 せめて態度ばかりは渋々と腰を上げれば、軽く鼻で笑われた。 「ちゃんと着替えておけよ。すげえ格好だ」 「………オレの勝手だ」 舌打ちと共に拒否の意を示す。 新しい服なら食事と一緒に用意されていた。坑道を長時間移動していた自分の姿はお世辞にも『綺麗』とは言い難い、が、腰に巻いた布やターバンは刹那に借りたものであり、汚れてしまっていても彼に返すのが礼儀であると思われた。着替えたが最後、こんなボロボロの―――もとからあまり質がいいとは言えない―――服なんて、問答無用で捨てられてしまうだろうから。 男はあからさまな嘲笑を浮かべながらも「こっちだ」と手招きをした。 扉の外には衛兵が見張りについていた。敬礼される姿から見ても、こいつはかなりの地位にいるらしい。薄暗い廊下の隅に取り付けられた昇降機に乗り込む。不意をつけば飛空艇の時のように脱走できるんじゃないかと考えたが、やっぱり、刹那の存在を思い出して断念した。いずれにせよ彼の安否を確認しない限り自由はないのである。そこまで考えて刹那を一緒に連れて来たのだとしたら。 (―――食えねぇ野郎だ) ロックオンは苦虫を噛み潰したような表情になった。 要塞の最下層と思われる場所で昇降機が止まる。正面には不寝番と共に、やたら頑丈そうな鋼鉄の扉が控えていた。周囲の警戒具合からして、扉の向こうには何か危険なものが保管されているらしいことと、それこそが自分に見せたいものなのだろうことが想像できた。 ゲイリーが暗証番号を入力して扉を開ける。 「入りな」 表情を強張らせたまま何歩か進んだところで、再び扉が固く閉ざされる音が響いた。暗い室内には何があるのかよく分からない。 ゲイリーが壁のスイッチを押して灯りをつける。と。 「―――っ!」 目の前に現れたものに息を呑んだ。 「素直に従っておいた方が身のためだ。―――『ニール・トエル・ウル・シュヘンベルグ』」 「! なんで、その名前っ………!」 「………お前はシュヘンベルグ家の正当なる王位継承権者。ニール皇子だ」 そんなの。 ――――――嘘だ。 ―――行ってしまった。 急に静かになった刹那の態度に満足したのか、ゲイリーが手を離す。 三枚の金貨。 周囲の音が遠ざかり、視界が真っ暗になるのを感じた。 ………その後のことは、よく、覚えていない。 「………っ!!」 グ、と拳を握り締めるとてのひらの中で金貨が擦れ合う音を立てた。確かな痛みを伝えてくるそれを仕舞うでも投げ捨てるでもなく、勢いをつけて走り出す。 「………これでよかったんだ」 嘆くこころを握り潰すかのように、青年はきつく瞳を閉じた。 |
※WEB拍手再録
今回の配役
閣下:アーサー・グッドマン
ロボット兵:ハロさん
今回のボツ台詞
アリー:「流行の釣り人ルックはお嫌いですか?」
いそいそと着込んじゃうから勿論アウト。
アリー:「お前はシュヘンベルグ家の正当なる王位継承権者。ニール王女だ」
言わせてみたかったけど………やっぱり、その(苦笑)
余談ですが、大昔の『アニ○ージュ』に付録していた
「シュミレーションゲームブック・天空の城○ピュタ」なるものがウチにあったりします。
選択肢によってエンディングが色々と変わるのですが―――坑道で徹底抗戦を続けると
「一生犯罪者として逃亡エンド」とか、要塞でしーたと別れたままだと「世界はむすかに
征服されました」エンドとかあったりするのでコイツはなかなか侮れません☆