火の勢いを示すかの如く頬に叩き付ける風すらも熱い。捕虜と別行動となってしまったことに舌打ちしながらもゲイリーは冷静に別の塔の階段を駆け上がっていた。先ずは奴の居場所を把握しなければならない。脳内に基地の見取り図を思い描く。あのロボットは奴を追って行った、ならば上へ逃げるより他に手はあるまい。
 飛び出した屋上、青年が上って行ったであろう北の塔を見てゲイリーは驚きに目を瞠った。澄み切った緑色の光が一直線に空を指している。
 思わず零れるのは歪んだ笑みだ。
「あの光の指す方向に『ガンダム』があるってことか………!」
 後をついてきた部下たちに指示をくだしてすぐさま方向を転換する。先ずは指示をくだしやすいように軍の回線を乗っ取らせてもらおう。グッドマンの命令など待ってられるかと男は低い笑い声を落とした。
 電話線を断ち切り回線を繋ぎ代え砲台の信管を抜くよう命じるのだ。あのロボット兵がどれほどの実力を有しているのか測るのに丁度いい。基地に設置された砲台だけで事足りるのか、飛行戦艦の力も借りなければならないのか、何をもってしても太刀打ちできないのか。

 ―――いずれすべては、己が手の内だ。

 


救出


 

 ゲイリーが軍の回線を遮断して砲台から攻撃を加えるよう指示している頃、北の塔に取り残されたロックオンは戸惑いも露に空を眺めていた。が、途方に暮れていたのはそれほど長い時間ではなかったろう。何故なら、背後に迫る物音に間もなく気がついたからだ。
 狭苦しい石の廊下と階段を抜けてきたロボットが足元をよろめかせながら立ち上がり、こちらへと手を伸ばす。反射的に身を引いてしまうが所詮は狭い塔の頂だ。壁に身を寄せたところで相手が近づいて来れば避けようもない。再び下へ逃げようにも階段はハロの真後ろだ。そして、この高さから飛び降りるのは幾らなんでも自殺行為である。
 ぐ、とロボットの手が伸びる。
「………!」
 捻り潰されるのか握り潰されるのか、どちらにせよここまで追い詰められてはどうしようもない。せめてとばかりに睨み付けるとハロは目を穏やかに点滅させた。
 胴体を掴まれたが意外なほど痛みは感じなかった。そっと、塔の先端の石段に乗せられる。大きさの関係でどうしたって見上げるしかなかった相手との身長差が塀の高さを借りた結果逆転する。煤ぼけたロボット兵の姿にロックオンは戸惑いを強める。周囲に被害を撒き散らした事実を持って思わず逃げ出してしまったが、外見だけならハロはむしろ愛らしい部類に入る。ましてや害意は見られない―――少なくとも、いま、この時においては。
 ハロが恭しくも片手を自らの身体に当てる。羽根の意匠がほんのりと光を帯びて、疑問を抱く間もなく青年が胸から下げたペンダントと淡い光で繋がった。
 自分はあなたの敵ではない、あなたに仕えるものです、あなたに危害は加えない、あなたを守るために目覚めたのです―――
 無言の呟きが聴こえるかの如く。
 迷いながらも考える。認めたくはなかったが、確かにあの赤毛の男が言ったように太陽石の目覚めと共にハロも再起動したのだ。すべてのきっかけが自らの記憶の底に眠っていた『おまじない』にあったのだと理解すれば眼前に広がる光景に眩暈さえ感じそうになる。
 だが、その場合罪に問われるのは目覚めの言葉を発したロックオンだけだ。ハロは呼ばれたから起きたに過ぎない。いにしえの言葉で『我を助けよ』と命じられたが故に忠実に行動したに過ぎない。条件反射か過剰反応か、防衛機能の暴走した結果として周囲に攻撃を繰り返しているのだとしたら。
 ならば。
 共に逃げられれば、それが、一番―――………。
「お前………」
 ロックオンが右手をハロに伸ばした瞬間。

「撃て――――――っっ!!」

 耳に届かぬ合図と共に、ごく近くの砲台から発射された一撃がハロに直撃した。
「うあっっ!!?」
 至近距離に居た青年は弾き飛ばされ、石壁に叩きつけられたのちに倒れ伏す。攻撃をくらったハロはしばし踏み止まるべく軋んだ音を立ててから、ゆっくり、ゆっくりと、映画のスローモーションの如く後ろに倒れ込んだ。長く伸びた腕が、腕の隙間から生えた羽根が、力なく波打って投げ出される。
 爆風に煽られたペンダントが塔の遥か下へと落ちて行ったが、気絶してしまった青年も、動きを止めたロボットも、当然気付くことはなかった。
 ………しばしの沈黙。
 恐る恐る近くの砲台から兵士たちが顔を覗かせる。遠くの管制室に潜んでいた者たちも重たい鉄製の扉を開いてじっと北の塔を見つめた。
 動きは、ない。
 反撃も、ない。
 幾許かの間を置いて辺りに響いたのは―――軍人たちの勝鬨であった。
「―――やった! やったぞ! バケモノを倒したぞ!」
「へへ、ざまぁみやがれ! 人間サマに逆らうからだ!」
「見に行こうぜ!!」
 我先にと塔の頂上へと駆け寄り停止したロボット兵を覗き込む。最初は遠巻きに、少し間を置いてからは堂々と。丸い球体の一部がへこんで無残な傷口を晒している。中の構造や機械部品が覗くことこそなかったが、つるんとした不思議な物質で作られた表面がぶすぶすと僅かに鈍い熱を放っていた。
 いよいよもって自軍の勝利を確信した人間たちは手にした長銃の先端でロボットを小突き、あるいは手近な石を投げつけ、相手が「動かない」と知った上で踏みつけ、踏み躙る。唾を吐きかける。自身の絶対的優位を確信した時ほど己が本性が覗くものだとは果たして誰の言葉だったか。
 仕留めた獲物の検分にばかり夢中になっていた兵士たちは漸くもうひとつの任務があったことを思い出した。攻撃のタイミングを決めたゲイリーから命じられていたのだ。ロボット兵に追い詰められている青年を保護しろ、と。
 要塞に一般人がいることを知るのは一部の兵だけだったし、彼の存在を知っていても保護されている理由まで知っている者はほんの一握りだ。重要性は認識し得ないが命令とあらば従わなければならない。くだんの人物はロボットからやや離れた塀際に無様に打ち捨てられていた。服は煤け、髪も手足も汚れ、動く様子もない。なんだ、まさか死んだのか、死んでいたなら面倒だ、確かゲイリーは「傷つけるな」と命じていた。
 横柄な態度で兵士のひとりが青年の髪を掴んで強引に持ち上げると、のけぞった首から低い苦鳴が漏れた。
「気絶してやがる」
「抱えて運ぶなんてめんどくさいぜ。なあに、頬のひとつもはたけばすぐ起きるだろ。歩かせよう」
「それもそうだな」
 担架を持ってくるとか数名で抱えて運ぶなどの選択肢は端から浮かばない。所詮は捕虜。生かすも殺すもこちらの自由なのだからどれほどぞんざいに扱おうとも問題はない。身寄りもない、引き取り手もない、後ろ盾もない、権力者でもないただのしがない一般市民。逆らったところで銃で脅してやればすぐにおとなしくなる部類だ。
 傲慢な笑い声を上げながら数名が寄って集って青年を蹴り飛ばす。
「ほら、なにやってんだ、起きろよ」
「オレたちの手を煩わせんな」
「立て!!」
 立つんだよ! と、青年の首を締め上げて。

 ―――ロボットの瞳が輝き、辺りを熱線が駆け巡った。




 既にして夜は明けつつある。スメラギが盗み聞いた通信では夜明けと共に出発すると連中は言っていた。色づきつつある周囲の景色を見てフラッグの上で逸るこころを抑えている刹那だったが、ふと、空の一角がまるで夕焼けのように赤く染まっていることに気が付いた。
 朝焼けではない。太陽の昇る方向でもない。
 自分たちの行き先の空が燃えていると知って同乗している女海賊が訝しげな声を上げた。
「なにあれ。まるで戦争じゃない!」
「行こう、スメラギ!」
「船長と呼びなさい!」
 言い様、操縦桿を大きく動かされて危うく転倒しそうになる。絶対わざとだなと思いはしたが文句を言える立場ではない。後ろに続く海賊仲間と共に前後左右にばらけながら只管に突き進む。未だ軍隊に接近を気取られてはいないが、向こうとて周囲への警戒を強めているはずだ―――普通なら。
 あの燃えるような空は何事かと思えば、果たして、岩の要塞が燃えていた。消火活動など追いつかないほどの業火。半日ほど前まで居た場所の変わりように思わず息を呑む。かなりの距離があっても分かるぐらいに敷地内が激しい炎に巻かれ、兵士たちが右往左往しているのが見て取れた。
 横合いにフラッグを寄せてきた金髪の男が叫ぶ。
「ジンクスが動き出したぞ!」
「まずいわね。もう出発するつもりかしら………このままじゃあいつの弾幕に突っ込んじゃう」
 悩ましげに彼女は口元に手を当てる。軍隊ほどではないにせよ「小隊」を率いる者としては悩みどころだろう。航行を開始したとあらば既に青年は戦艦に移されてしまったのかもしれない。機動性においてはフラッグに一日の長があるとはいえ飛行戦艦相手では幾らなんでも火力に違いがあり過ぎる。辺り構わずデカい一発を落とされれば途端にこちらが不利になる。
 数瞬後には指導者がくだすであろう判断を先読みしながら刹那は必死に目を凝らした。燃える要塞、赤い空、逃げ惑う兵士たち、盛んに放たれる砲弾。彼らは何と戦っているのか。敵は何処にいるのか。空か。陸か。海か。あるいはここから望むことのできない敷地内に潜んでいるのか。
 直後、要塞の一角から放たれた熱線が遠くの時計塔を直撃し、
(そこか!?)
 ―――攻撃の軌跡を追いかけた少年は。
「仕方ないわね。一旦引き上げて………!」
「待て!」
「刹那?」
 突然の叫びに女海賊が眉根を寄せる。薄く色のついたゴーグルを外し、吹き付ける強風に目を細めながらも彼の答えは曲がらなかった。
「このまま飛んでくれ! ロックオンは小さな塔の真上にいる!!」
「なんですって!?」
 慌ててスメラギも正面の光景に視界を転じ、北方の小さな塔に着目した。
 砲台はいずれも北の塔に向けて攻撃を行っている。逆に、北の塔の天辺から鋭い熱線が放たれる毎に周囲の砲台が爆破されていく。火の色に混じって判別がつきづらいが、オレンジ色の見たこともない物体が蠢いているのが分かる。丸い。でかい。ヒトとは思われないが自立稼動しているならば―――噂に聞くロボット、というものか。そして、オレンジ色の物体にしがみつくようにしている人物もまた、視界に捉えられた。
 刹那はロボットの傍にいる人間こそ彼だと判じた。目には自信がある。が、例え視力がいまよりずっと悪かったとしても刹那はあれをロックオンと断じたろう。理屈ではない。誰もが逃げ惑う中、ただひとりロボット兵の傍に止まり攻撃の方向を制限するのに躍起になっている―――ように見える―――愚か者など彼ぐらいしかいないからだ。何らかの理由でロボットに捕まっているのかもしれなかったが、いずれにせよ目的はひとつである。
 スメラギの決断は早かった。ひとつ舌打ちをしたのみで彼女は操縦桿を握る手に力を篭める。
「此処まで来ちゃったら仕方がないわね。女は度胸よ! みんな、援護して!!」
「了解!」
「承った!!」
「任せときな!」
 各々が勇ましい声を返しながら別方向へと飛んでいく。目的は要塞の上空に位置する大物だ。
 速度を上げて塔に接近すればいよいよ相手も鮮明になってくる。辺り一帯は火の海。あらゆるところが崩れ落ちて瓦礫と化している。あの塔から脱出するにはもはや飛び降りるぐらいしか手はないという状況だ。
 ロックオンは必死にオレンジ色のでかい球体にすがり付いていた。よくよく見れば煤ぼけているのは青年だけでなく、ロボット兵もそこかしこが凹み、歪み、壊れかかっているようだった。共に火に飲まれてしまいそうな姿に必死になって手を伸ばす。
「ロックオン!!!」
「………刹那っ!?」
 かなりの距離があったが、ロックオンが弾かれたように顔を上げた。 違うことなくこちらを振り向いた表情が驚きを浮かべ、ついで怒りを表すように僅かに眉根を寄せ、強く唇を引き結んだ。
 ―――ああ、いまにも泣きそうだ。
 幾つも年上の相手を捕まえて刹那はそんなことを思う。本音を語れば、僅かな不安があったことは否めない。忘れろと言われた。日常に戻れと言われた。スメラギの言葉に背を押されて家を飛び出して来てしまったが当然彼は刹那の訪れなど喜びはしないだろう。
 だが、喩え彼に嫌われたとしても来てよかった。
 来てよかったのだ。
 あんな泣きそうな顔をしている彼をひとりになんてできない。忘れるなんて無理だ。
「ロックオン、いま行く! ―――スメラギ、もっと寄せてくれ!!」
「熱風に煽られんのよ!」
 近づきたくても近づけないのだと操縦者が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。ぎりぎりまでフラッグを塔に寄せようとしても下手すれば羽根が引っかかる。羽根の先端が岩壁を掠めてバランスを崩し、近づいては遠ざかることを繰り返す。じれったくてならない。あともう少しで手が届くのに! いっそこちらから飛び移った方が早いかと焦り、でもそれでは脱出できないとすぐに考え直す。
 どうにも近寄れずにいるこちらの状況を見て取ったのか、ロックオンが崩れかけた塀の上によじ登る。すると、「危険だからやめろ」と主張するようにロボット兵が身体を掴んで押し留めた。「離せ!」と叫ぶ彼をゆったりとした恭しい態度でロボットはいま少し足場の安定した塀の上に移動させる。
 なんだろう。あれは。
 まるで、御伽噺の騎士や英雄が傅くような………。
 刹那がロックオンの『本名』の由来を思い出し、ロボット兵が己が手を己が胸元に当てんとした時。

 ―――轟音と閃光が天頂から飛来した。

 地鳴りのような衝撃。
 砕かれた岩壁が降り注ぐ。突風に煽られた刹那は遥か上空にいるジンクスがロボット兵めがけて一撃を放ったことを知った。飛行戦艦に取り付けられた不気味な砲台が地上を見下ろし、夜明け間近の空に白煙を広げている。揺れる視界の先、塔の上、ロックオンは無事なようだったが直撃を食らった方はそうはいかなかった。
 頭頂部から腹を撃ち抜かれたロボット兵がバチバチと鈍い金属音を奏でつつ内部から炎を上げる。周囲の赤よりも更に鮮烈な色を纏わせて小規模爆発を繰り返す。内側から焦がされているのか、身体の隙間から、腕の合間から、確かな黒煙を上げながらも『彼』はロックオンに手を伸ばす。
 我に返った青年がその手を握り返す。だが、どうしようもない。どう、しようも。
 突如、フラッグが動きを停止した。
 羽ばたきをとめた機械は自然界の摂理に従って落下し始める。ジンクスの一撃の影響で機体に損傷が出たのかと思ったが事態はより深刻だった。
 損なったのは機械ではない―――人間、だ。
「スメラギ!?」
 倒れ込んできた身体を支える。覗き込めば、ゴーグルが割れて額から血が流れていた。飛来した岩の一撃をくらったのか。操り手を失ったフラッグはみるみる内に高度を下げて塔から遠ざかる。見えなくなる。手が届かない。届きようもない距離へ遠ざかる。
 窮地を悟った青年が右手を伸ばしかけ、さりとて今際の際のロボット兵から離れることもできず、泣き出しそうに歪んだ瞳と共に切実な叫び声だけが響いた。

「刹那あああ――――――………っっ!! ………!」

 気絶したスメラギを支えながら必死に操縦桿に手を伸ばす。互いの身体はベルトでしばってあるから飛ばされることこそないがこのまま行けば同じことだ。回転する視界では上下左右の判断も儘ならない。熱風に煽られて予想外の方向に流されていく。
 要塞に接する海、の真上、まで流されたところで漸く片手が操縦桿の端を掴む。

 ヴン!!

 すれすれで動力を取り戻したフラッグが水面を疾走する。羽根に巻かれた水飛沫が舞い上がる。
 だが、駄目だ。片手だけでは動力しか得られない。思うような方向転換ができない。鉱山でトロッコを操ったことを思い出し、基本原理は同じはずだと言い聞かせながら操縦桿を引く。切り立った岩壁が眼前に迫る。直撃すれば冗談ではなく死ぬ。
 歯を食い縛り、ぎりぎりと操縦桿を握る右手に力を篭めて。
 叫んだ。

「あ、がれえええええ――――――っっ!!」

 直後。
 不意に左腕が軽くなり頭を抑え込まれた。目の前に茶色の長い髪が翻る。
「………スメラギっ!?」
「ふん。やるじゃないの、刹那!!」
 少年が右の操縦桿を、目覚めた女海賊が左の操縦桿を同時に力一杯引き倒す。先端を跳ね上げたフラッグは岩壁に生える植物の葉を掠めながらも再び空高く舞い上がった。炎の海と化した要塞を背中に見るほどに。
 額に流れ落ちてきた血を乱暴に片手で拭い取り、スメラギがフラッグを急旋回させた。
 目まぐるしく視界が変わる。が、今度の目標は過たない。未だ塔の天辺でロボット兵の傍らに佇む者を見失うことはない。鉄の破壊者を倒した軍人たちが塔に集結しつつある。その中に赤毛の男の姿を見い出して刹那は眼光を鋭くした。
「いい!? 最後のチャンスよ。すり抜けながら掻っ攫いなさい!!」
「わかった!」
 ザックから取り出したロープをフラッグの手摺りに結びつける。自分たちの体格差では簡単に持ち上げることなどできない。彼自身にロープに飛び移ってもらった上でこちらが補佐するしかあるまい。タイミングが鍵だ、すれ違うほんの一瞬、彼がロープを掴み損ねれば、自分が彼を掴み損ねれば、その瞬間に救出の機会は失われる。
 空の一角は赤や青の煙幕で覆われていた。他の海賊仲間がジンクスの視界を埋め尽くすことで行動を制限しているのだ。彼方から銃声が聞こえてくる。飛行戦艦備え付けの機関銃で追われながらもフラッグは器用に攻撃をすり抜けてこちらを援護している。誰もが必死だ。失敗は許されない。
 否。
 失敗などしない。
 角度と速度を調整したスメラギへと合図を送る。
「行こう!」
「覚悟決めなさい!!」
 固定したロープを脇から垂らし、刹那自身も両足をフラッグの縁に引っ掛けてぶら下がる。天地が逆転した世界、炎の赤を頭上に、空の青を下に見る世界。行き先に待つ青年の姿だけが明確だ。
 意図を察した相手がロボット兵の傍らから離れて手近な壁によじ登る。彼はほんの一瞬だけ、名残惜しそうに頂上で眠る『彼』の姿を見た。
 だが、次の瞬間には緑色の瞳を真っ直ぐ向けて。
「刹那―――っっ!!」
「ロックオン!!」
 限界まで速度を上げての急降下。ぎりぎりで向きを変更しての滑空。
 塔に立つ影とフラッグがすれ違った瞬間、ロープが強く引き絞られると共に刹那は両手に確かな重みを感じた。フラッグが僅かに揺らいで衝撃に耐える。
 落とすまいと、離すまいと、彼の上体を精一杯広げた両手で抱き締めた。激しく吹き抜ける風の勢いと遠くから聴こえてくる罵声と怒声、やわらいでいく熱気に少しずつ息を吐く。幾度かの瞬きの後で青年を見下ろす―――と、表現するのもおかしな体勢だったが―――と、やはり彼は何処か泣きそうな表情を浮かべているのだった。
 姿を現した太陽の光に目を細めながらロックオンが悔しそうに口を開く。
「………刹那」
「ああ」
「この、馬鹿。関わるなっつったろーが」
 聞いてなかったのかよ、と、零された苦言には素直に「すまない」と謝った。関わるなと言われたのは事実で、でも、関わるなと言ったのはロックオンの勝手で、今更思案するまでもなく彼の勝手に自分が付き合う道理などないから反省などするつもりもない。
 どうやって体勢を戻すべきか躊躇していると、ロープを使って先に這い上がった青年に手を貸された。あらためて青年と正面から向き合った刹那は言葉を続ける。
「だがオレは、オレの選択を間違っていたとは思わない」
「馬鹿。なんでだよ。こんな面倒に巻き込まれちまって………」
「お前が泣くのが一番の面倒だ」
 だからこれでよかったんだと告げれば、呆気に取られた青年は怒りとも悲しみとも喜びともつかない複雑な色を瞳に滲ませた後で。

 ―――やはり何処か、泣きそうに微かな笑みを浮かべた。

 

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※WEB拍手更新


 

今回も何箇所か敢えてカットしてる場面があります。

ロボット兵にしがみついて「もうやめて!」ってしーたが叫ぶシーンを入れてもよかったんだけど、

一応兄貴は24歳だしなー(苦笑)

まあ、代わりに本編にはないシーンも追加しちゃったしプラマイゼロってことで☆

 

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