復活


 

 何処をどうやって帰って来たのかよく覚えていない。途中で街角で屯しているうらぶれた労働者崩れに絡まれかかった気もするし、幼い身で何をしているのかと駐在に声をかけられた気もする。けれどもすべてはひどく遠い出来事に過ぎず、現実味を伴って刹那に認識されることはなかった。
 ただ歩くのにあわせて時間は流れ景色は変わり見慣れた町並みが近付いて来ていた。
 炭鉱帰りの男たちが酒場で騒いでいる。家事の真っ最中の主婦が家の窓を開閉し、荷物を抱えた子供たちが細い路地裏を走り抜ける。
 そのうちの一角の扉が開いて、中から猫が飛び出してきた。口には鼠とも魚ともつかないものを咥えている。
「ああん! そんなもの食べちゃ駄目ですぅ!!」
 次いで飛び出してきたツインテールの女の子が慌てて猫に手を伸ばし、結局は届かず、猫が屋根に飛び上がるのを恨めしげに見上げた。どうしようかと辺りを見回した彼女と刹那の視線がかちあう。途端、少女は瞳を大きく瞠った。
 急ぎ、自宅の扉を開いて叫ぶ。
「ママ! 刹那さんですぅ! 刹那さんが帰って来たです!!」
 少しの間を置いてリンダが顔を覗かせた。
 気遣わしげな彼女たちの視線を受け止めることが出来ず、自然と刹那の視線は俯いた。
「刹那! 連絡がないから心配してたんだけど―――あのひとはどうしたの?」
「………」
 答えられない。
 返すべき言葉がない。
 思い起こされるのはあっさりと告げられた別れの言葉と、振り返ることなく扉の向こうに消えた背中と、掌に残る金貨の重みと。
「………んだ」
「え?」
 問い返してきたリンダの瞳を、一度だけ、きつくねめつけた。
「もう………いいんだ!!」
「刹那!?」
 制止の声を振り切って走り出す。後ろからリンダとミレイナの声が追い縋ってきたけれど、何も聞きたくないとばかりに必死で足を動かし続けた。途中で何人かとぶつかって罵声を浴びせられても立ち止まることはできない。
 走って、走って、走って、走って。
 灯りのともる町並みを抜けて炭鉱への入り口を横切って家へと続く細く長い一本道を駆け上がる。朝からの運動で酷使されていた足が悲鳴を上げて絡まった。無様に顔から地面に突っ込んで、同時、握り締めていた金貨が辺りに散らばる。
 薄く開いた瞼の向こう、地面に転がる金貨は星明りを受けてほのかに輝いてすらいるようで。
 それが、無性に。
「―――っ!!」
 腹立たしくて握り締めて叩き付けようと力を篭めて。

『いつかお前が、空を飛べるよう祈ってるよ』

 脳裏に甦った声と表情に、動きが止まった。
 ―――分からない。
 どうしても分からないのだ。
 彼が何故あんなことを言ったのか、本心からの台詞だったのか、ならば語り合った言葉のすべても偽りでしかなかったのか、そんなはずはないと思いたい―――思いたいのに。
「っ………」
 刹那は一瞬だけ泣き出しそうに表情を歪めた。
 腕は振り下ろされることなく地へ戻り、金貨は手の内に遺された。
 立ち上がり、汚れてしまった膝を軽く手で払う。俯いて肩を落としたままトボトボと家路を辿る。
 自宅はもう目の前だ。今日はもう何もしたくない。敷いたままのシーツに転がって眠ってしまおう。きっと夢も見ずに泥のように眠れる。明日になったらイアンたちにお礼を言いに行こう。全部終わったんだと報告に行こう。ああ、その前に鳩に餌をやらなければ。朝食はとっておきのハムを出そう。すべては明日だ。今日だけは何も考えずにシーツに包まって眠ってしまおう。そうすればきっと忘れられる。日常が日常に戻っただけだと受け入れられる。だから―――。
 ゆっくりと刹那の手がドアノブに伸びる。
 そして。

 バン!!

「っ!!?」
 何故か『中』から扉が開き、伸びてきた腕に問答無用で引きずり込まれた。回転する視界に驚く間もなく身体にロープが回されて柱に括りつけられた。なんていう手際の良さだ。部屋が明るい。食事の匂い。覚えのない人の声。馬鹿か自分は。少なくとも自分の家がばれている以上、ロックオンの所在を掴もうと思った連中が次に目をつけるのは―――!
 手近な椅子に腰掛けた長髪の女が酒瓶片手に笑いかける。
「はあーい。お邪魔してるわよー」
「………出て行け!!」
 テーブルの上にありったけの食料と酒を並べた海賊どもに吠え掛かった。
「此処はオレの家だ! 出て行け!!」
「知ってるわよ。ただちょっとお邪魔してるだけじゃないの」
 刹那を柱にくくりつけた金眼の男がズボンのポケットを探ってヒュウ♪ と口笛を吹く。
「はっ! この野郎、金貨なんぞ持ってやがるぜ!!」
「あらあ」
 ぐい、と豪快にグラスから酒を一気に煽った女海賊が剣呑な眼差しでこちらを見遣る。
「いやあね、もう。あの子をお金で売ったのね」
「違う!!」
 そんな真似たのまれたって御免だと義憤をこめて叫ぶ。欲しくてもらった金ではない、こちらから要求した訳でもない、ただ、それは。
「あいつが―――! ………あいつが、そう、しろと………」
「ふうーん。で、いじけてのこのこ帰って来たって訳ね」
 徐々に尻すぼみになる刹那の態度をわざとらしくも鼻で笑って、空になったグラスにまたしても酒をなみなみと注ぐ。
 部屋の奥では見覚えのある金髪の青年や、金眼の青年と同じ顔立ちをした銀眼の青年や赤毛の青年が図々しくもパンや肉を食い散らかしている。黒髪の青年と茶髪の青年は聊か気まずそうにしてはいたが彼らとて海賊、仲間の行いを止める気配はなく、自分たちもしっかりとハムを乗せた皿を膝に抱え込んでいた。
 グイ、とグラスを呷った女海賊がビシリ! とこちらを指差した。
「あなた、それでも男なの?」
「―――うるさい! お前らこそあいつを狙ってたじゃないか!」
「当たり前じゃない! 海賊が財宝を狙って何が悪いの」
 海賊が民衆を守ったり、海賊が犬猫を介抱したり、海賊が炭鉱で働いてたりしたら明らかにおかしいじゃないのと彼女は笑う。それは確かにその通りで、悪党に向かってどうして悪党なのかと問うたところで理由などあるはずがない。最初から『そういうもの』だからこそ『そう』呼ばれているに過ぎない。
 むしろ、ね、と女は長い髪をかきあげた。
「おかしいのはあいつらよ。どうしてこそこそあの子を攫ったりするわけ? 政府だか軍隊だか知らないけど、やってることときたらあたし達以上の押しかけ強盗じゃない!」
「………」
 柱に縛られたまま答えられずにいる刹那の顔を下から覗き込むようにして、膝に肘をつき、己が顎の下で両手を組んだ女が笑う。

「あなた―――あいつらが、あのままあの子を生かしておくと思ってるの?」

「………!!」
 思わず、身体が震えた。
 言われるまでも、なく。連中の無茶は散々見せ付けられて来ている。自分たちの利を通すためなら他など省みない態度ばかり。『ガンダム』の存在が秘中の秘であることは一般市民である自分の目から見ても確かなことで、ならば、その秘密の間近に立つロックオンがどう扱われるかなんて火を見るよりも明らかで。
 グラスを回して氷の音色を奏でながら女が椅子に深く背を預ける。
「あの子がそうしろって言ったあ? 馬鹿ね。あなたを助けるために脅されてたに決まってるじゃないの。大切なひとを助けるためのつれない仕草………泣かせるじゃないの! いいこと皆、あなたたちもお嫁さんにするならああいう子にしなさい」
「は?」
「こっちも向こうも男なんすけど」
「僕にはマリーがいるので」
 女の言葉に反応したのは黒髪と茶髪と銀眼の男で、他は食料確保に余念がないようだった。
 場に落ちかけた微妙な静寂を突き破るように、けたたましいベルが鳴る。
「来た!」
 女はグラスを投げ捨て、食料の合間に紛れ込んでいたコードを引く。次いで現れたのは電話だか受信機だかよく分からない四角い機械で、勢い任せに宙を舞うコードに釣られて食料の幾つかが吹っ飛んだが、事を引き起こした当人はまるで頓着しない。
 勿体無いことしないでよスメラギさん、と言いながら銀眼の青年がパンやハムを拾い上げる傍らで女はヘッドフォン片手に真剣に耳を澄ましている。僅かに漏れ聞こえてくる音は甲高い一定の通信音だ。にやりと女が口角を上げる。
「ふふん。暗号なんてとっくにクリスが解読済みよv」
 豊満な胸元から取り出したメモをパラパラとめくり、紙の上を視線が上下左右する。
 ふと、眉間に皺が寄り真剣な声で呟いた。
「奴ら―――飛行戦艦(ジンクス)を呼び寄せたわね」
 飛行戦艦。
 名前だけなら聞いたことはあるが実際に目の当たりにしたことはない。ただ、以前に都会で見かけたと自慢げに語っていた知り合いの言葉に寄れば「物凄く巨大で重装備な戦艦」であるらしい。おそらく、自分たちを捕らえに来た際に使っていた飛行機など相手にならないぐらいの大きさなのだろう。
 そんな国家レベルの戦艦が動くとなれば目的はひとつ。『ガンダム』への航行に他ならない。ヤワな戦闘機では旅程に支障が出るやも知れず、ましてや目の前に居る海賊たちのような横槍が入る可能性も考慮するならば、武器を装備しておいてし過ぎるということはなかった。
 女はすっくと立ち上がり、椅子にかけていた上着を羽織る。
「あの子を連れて出発する気だわ。皆、行くわよ!」
「おうよ!」
「はい!!」
 号令にあわせて海賊たちが散り散りに行動を始める。刹那は慌てた。柱に括られたままであること以上に、このままではいけないと思った。
「待て! お前らの目的はロックオンなのか!?」
「男は要らねえ。目的は太陽石さ」
 赤毛の男がにやりと笑って、手元の銃をくるりと回して腰に収める。
 そんなことは分かっている。こいつらの目的がお人好しの青年ではなく、不可思議な力を持った石にあることぐらい疾うに分かっているのだ。
 だからこそ、―――受け入れられる余地があるはずだ。
「石だけでは駄目だ! あの石はロックオンが持たないと働かない」
「今更なあに? あの子を守れなかったのはあなた自身の責任でしょ」
「そうだ! ………オレが馬鹿じゃなくて、力があれば―――守ってやれた」
 ぐ、と刹那は唇を噛み締めた。
 自分にもっと力があったなら、年齢を重ねていたなら、腕力があったなら、彼に庇われることなく自力で牢から脱走し、ふたりで逃げ出すことも出来ただろうに。
 なのに、現実はどうだ。
 彼のお蔭で牢から出られて、彼のお蔭で危害を加えられることなく解放されて、誤魔化しのためとは言え滅多に手にすることができない金貨まで握らされて。
 歯痒い。
 何もできない自分が、何もできなかった自分が、もどかしい。
 俯いていた顔を上げて正面から女海賊を見据える。意外にも相手は真っ向からこちらの視線を受け止めた。深い色をした瞳が室内ランプの明かりを受けて僅かに揺らめいている。
「『ガンダム』に眠る宝など興味はない。頼む、連れて行ってくれ。もう一度あいつに会いたい!」
 背後で海賊のひとりが「泣かせるねえ」と茶化したようだった。が、そんなものは意に介さずにじっと相手を見詰め続ける。
 一歩、女がこちらに歩を寄せた。
「二度と此処へは帰れなくなるわよ」
「ああ」
「覚悟の上ね」
「無論だ」
 逃げることなく、瞬きすることなく即答する。
 じっとこちらを睨みつけていた女は、
「―――その方が、あの子が言うこと聞くかもしれないわね」
 と、急に不敵な笑顔を浮かべて腰からナイフを抜き放った。そのまま刹那の腕を捕らえていたロープを切り落とす。
「すぐに出発するわ。四十秒で仕度しなさい」
「わかった、スメラギ」
「船長と呼びなさい!」
 会話の端から掴んだ名前を呼べば、ナマ言ってんじゃないわよと頭を小突かれた。
 出立の準備を進める海賊たちに混じって自室に駆け戻り、闇夜の中で眠っている鳩たちの小屋を開け放ち「元気でな」と一言告げた。もう此処には戻れないのだと、何を持って行けばいいのか瞬間的に迷うが、もとより大したものを持たない生活である。伸びた腕は迷うことなく机の上の飛行用ゴーグルを握り締めた。すぐに家の裏手へと回る。
 空を舞うための機械が既に準備万端の体でいる。スメラギの隣に乗り込んだ刹那は、手渡された命綱をベルトへと引っ掛けた。
「あいつらは夜明けと共に出発する心算よ。急ぎなさい! ―――あなたたちは船で待ってて」
 黒髪と茶髪の男に声をかけ、女海賊が大きく手を振った。
 襲い来る浮遊感と頬を叩く風。行く先は暗く夜明けはまだ遠くとも目的を見失うことはない。思い描くのは、僅か一日で忘れられない記憶と想いを残して行った青年のことだ。
「待っていろ………!」
 刹那は強く拳を握り締めた。




 石の椅子に座り続けた身体はすっかり冷え切っている。外から差し込む光は月の光から星の光へ、星の光から陽の光へと僅かずつ変化しているようではあったが、未だ暗い夜空に明け方の気配を感じ取ることは難しい。
 要塞の中枢から遠く離れたこの塔では喧騒も一際遠い。ただ、激しい轟音と共に巨大な影が過ぎったことから戦艦の到着を知った。おそらくはそれに乗って目的地へ出発することになるのだろう、ともなれば自らへの尋問も激しさを増すだろうと予測はできても、疲れきった精神に現実味は遠い。
 ロックオンはぼんやりと窓の外を見詰めた。空は本当に少しずつ色を変えつつある。深く、深い、空を眺めながら薄っすらとむかしのことを思い出していた。
 あれは、いつだったか―――。
 まだ家族みんなが一緒に暮らしていて、自分は片言しか喋れないような子供で、泣きながら黄金の穂で満ちた原を歩いていたことを覚えている。何故かひどく哀しかった、何かを失って途方に暮れていた、泣いた理由はライルと喧嘩をしたからだったか転んで怪我をしたことだったかエイミーから貰った小さな押し花をなくしてしまったためだったか、細かなことまでは覚えていなくとも。
 家に戻った自分は祖父の膝に取り縋った。
 厳格な顔つきをした彼はいつもいつでも堅苦しかったが、一方で妙に孫たちには優しかった。延々と泣き続ける幼児の頭を撫で、モノクルをかけ直しながら相手の意味を成さない言葉と嘆きにひとつひとつ頷きを返す。
『そうか、それは困ったな』
『うん………』
『―――ニール。お前にいいことを教えてやろう。困った時のおまじないだ』
『………おまじない?』
 ああ、そういえば。
 祖父だけは何故かいつも自分のことを「本名」で呼んでいたな、と、取り止めのないことを考えながら。
 思い出がゆっくりと記憶の糸を紡ぐ。
 祖父が重々しい口調で言葉を諳んじた。
『リーテ・ラドバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリーム』
『りー、て………あ?』
『我を助けよ。光よ甦れ、という意味だ。いいか、ゆっくりでいいから繰り返してご覧。リーテ・ラドバリタ・ウルス―――』
 祖父の言葉と幼い自分の声が重なる。
 おまじない。
 困った時のおまじない。
 祖父が教えてくれた言葉………。
 いつしか、「現実」にいるロックオンもかつての言葉を唇に乗せていた。

「リーテ・ラドバリタ・ウルス………アリアロス・バル・ネトリーム」

 そして。
 <力ある言葉>を受けた太陽石は一瞬の静けさの後に、爆発にも等しい光を放った。




 世界を認識する。
 視界が赤く明滅する。
 ギシギシと関節が軋む。歯車の回転。稼動する発条。悲鳴を上げる螺旋。
 此処は何処だ。知らない、知らない、知らない場所だ。少なくとも彼の城ではない。地下。深い。地下。冷たい。
 現在地など関係ない。
 呼ばれた。
 <主>が自分を呼んだ。
 ならば行かねばなるまい。
 その身を守ることが使命、傍に控えることが至上、其を救い其を守り『本来の居場所』まで保護することこそが絶対的な目的。
 腕に絡んでいた鎖を引き千切り、錆び付いた足を動かし、集積回路が命じるままに視界を巡らす。

 ―――そうして、『彼』は眼を覚ました。




「な………んだ、これっ………!!」
 持ち主であるはずの自分すら吹き飛ばしかねない程の勢いで光を放つ太陽石を、どうすることもできずにロックオンは指先で掲げた。
 室内は暴風が吹き荒れ卓上の書類やカーテンやシーツの類が激しく煽られる。立ち尽くす己すらも下手すればよろめきそうで、只管に両足を突っ張っることが精一杯だ。
 先刻呟いた言葉が何かしらの契機となったことは間違いがない。が、逆に己はこの事態を治める言葉を何も知らない―――祖父は数多くのまじないを教えてくれはしたが『元に戻れ』と願うようなものはなかったと記憶している。
 うろたえる青年を余所に扉が開いた。
 折り良くと言おうか、折悪しくと言おうか、目映い光を放つ太陽石を目の当たりにしたゲイリーは顔面に喜色を浮かべた。
「こいつあすげえ………古文書にあった通りだ! 聖なる光ってヤツだぜ!」
「聖なる光?」
 なんだそれは、と青年は呟いた。同時、妙な違和感とも疑問ともつかないものが胸中を過ぎる。なんだろう。この男は、何かおかしい。何かが変だ―――他の政府関係の人間とは違うものを感じる。
 訝しむ彼の手元に男が手を伸ばした。ロックオンが制止の声を上げるより先に、

 バギィンッッ!!

 激しい音と共にゲイリーの手が弾かれた。瞬間に男の瞳が苛立ちと憎悪に染まるが、今回とてロックオンは何もしていない。まさか己の感情を石が代弁してくれた訳ではあるまい。ただ、この「聖なる光」とやらが赤毛の男を拒絶しただけだ。
 対峙した相手の瞳に滲む確かな狂気と執着に、押されるようにジリジリと後ろに引き下がる。
「―――どんな呪文だ」
 背中はすぐに部屋の壁へと突き当たる。逃げられない。容赦ない力で左手首を掴まれた。骨も折れんばかりの力に強く歯を食い縛り、
「石を発動させる言葉があったはずだ。教えろ、その言葉を!」
「知らねえよっ!!!」
 かろうじて拒絶の意を示す。
 舌打ちした相手はそのまま青年を力任せに部屋の外へと引きずり出した。太陽石も幾分か落ち着きを取り戻し、内にたゆたう炎を抱え込むに留まっている。扉の外には黒服の男たちが待機していたが、なんだか周囲が妙に騒がしい気がする。戦艦の出立が近いとか、太陽石の異変を察した以外の要因で喧騒に包まれているような。おまけにやたらと明るいし暑い。先刻まではこうではなかったのだろう、同じ様に眉を顰めたゲイリーが傍らの男に声をかける。
「どうした。何があった」
「あれを………!」
 黒眼鏡の男が動揺も露に廊下の先を指し示した。
 木製の渡り廊下だ、下は吹き抜けになっている。地下へ向かう昇降機を使う際にもあの橋を渡った。しかし、いまはどうだ。渡り廊下は赤々とした光に照らし出されているのだ。
 腕を引きずられてロックオンは通路の上にまろび出た。ゲイリーと揃って階下に視線を転じ、思わず息を呑む。

 火の海だ。

 遥か下方の石畳の床が炎で覆い尽くされている。兵士たちは傍らの階段を駆け上がることに必死で、奥から迫り来る影に抗する術もない。中二階に運び込まれた砲台が眼下めがけて銃撃を開始する。しかし、通常の人間相手ならばそれで簡単にカタがつくはずなのに、今回はそうはならなかった。
 ―――敵が、『人間』ではなかったから。
 オレンジ色の巨大な球体がのそのそと床を這いずっている。その瞳が赤く輝く度に爆発が起き、悲鳴が上がる。銃撃など物ともせず、階段に手をかけた『彼』はゆっくりと両の足で立ちあがると、外見だけならば愛らしいと表現できる姿を毒々しい炎の赤に染めながらこちらを見上げた。
「ハロ!?」
 間違いなくそれは要塞の中で見せられたロボット兵で。
 動かないし動けないはずだったんじゃないのかと混乱するロックオンの隣で、敵の動きを眼で追っていたゲイリーが舌打ちをした。
「ここへ来る気か!?」
 並の武器では歯が立たないと判断した兵士たちが慌てて地下と中二階を防御壁で区切る。壁からせり出してきた分厚い木製の扉が水平に視界を塞いで行く。このまま行けばハロは地下に閉じ込められ、総員退避が完了した後に然るべき処置が取られることになるだろう。
 だが。
 扉が締め切られる直前、僅かに残された隙間からハロの眼が輝くのが、―――見え、て。
 何かがひしゃげる轟音。
 締め切られた扉の中央が赤く、熱く燃え滾り、堪えきれぬ様に盛り上がると。

 一瞬ののちに大破した。

 木を焼き尽くし石を焦がし鋼鉄を溶かし、どろどろと溶岩のように流れていく扉の名残の中をハロが確かな足取りで昇ってくる。もはや遮断壁代わりの扉は存在しない。存在していても『彼』の前では意味を成さない。
「すげえ!」
 赤毛の男の声には歓喜の色が滲んでいるようであった。
 やや呆然としていたロックオンは、腕を掴む力が強まったことで我に返る。唇を噛み締めながら視線を転ずれば、声と同様に喜びの色を湛えた男が歪んだ笑みを浮かべていた。
「その光だ」
「―――っ」
「聖なる光でロボットの封印がとけたんだ………! 『ガンダム』への道は開かれた。行くぞ!」
「離せ!!」
 必死の思いで掴まれた腕を解く。
 ふたりの間を赤い光が過ぎった。
 僅かな間を置いて、
「えっ………?」
 グラリ、と傾いだ足元に、慌てて青年は後ろに蹈鞴を踏む。ゲイリーは切り離された反対側の廊下へと飛び退る。
 何だ。
 何が起きた。
 どうして急に廊下が真っ二つに裂けたんだ。どうして。
 背筋を走った悪寒に従い下を覗き込めば真っ直ぐなハロの視線とぶつかる。『彼』の瞳が点滅し続けていることで事態を察した。
 ―――通路を両断して、ふたりを引き離したのは、あいつだ。
 頭頂部近くから生えた両の腕をハロが伸ばすと、針金のようなものが方々から突き出し、その間を薄い膜が覆った。
「飛ぶ気か!?」
 ゲイリーの舌打ちが聴こえる。
 二度、三度の羽ばたき。
 背中の部分でロケットらしきものが噴射を始めるのが見えた。
 ―――突っ込んで来る!
 下を覗き込むことをやめた青年の目と鼻の先をハロが通過し、天井へめり込んだ。石造りの頑丈な壁をへこませて、しかしその程度で勢いが止まるでもなく、ふらふらと取り戻せない平衡感覚のままにハロはゲイリーたちの居た廊下側へと突っ込んだ。
 入り口が長方形である通路に球形の身体で突入できるはずもなく、壁にしがみ付いてうろうろと目標を見定めていた『彼』の視線が、こちらと合わさって止まった。
 瞳が点滅する。
 ―――来る気だ。
(冗談じゃないっ………!)
 ゲイリーの手から逃げられたのは『彼』のお蔭だとしても、力の加減を思い出せていないらしいロボットに正面から突っ込まれたら問答無用で死んでしまう。
 逃げ場所を探すが、ここへ至る通路は先の渡り廊下ひとつだったのか、奥は行き止まりとなっている。例え階下へ続く道があったとて、あの惨状では床の上をまともに歩けるのかすら怪しい。
 他に行き先もなく、追い詰められたロックオンは上へと向かう階段を駆け上った。背後でハロが壁に突っ込んできた轟音が響いても、ひとびとの悲鳴や銃撃音が響いても、どうすることもできず只管に足を動かす。
 やがて、外に出た。
 冷たい風の吹き荒ぶ、夜明け間近の小さな塔の天辺だ。
 差し込む光の目映さに、嗚呼、夜明けが近いのだと光の出所へ振り返りながら目を細めた。闇を撃ち払う太陽が地平線の果てに確かな姿を現しつつある。
 そして、外に出ることを待ち侘びていたかの如く。
 胸元で静かな炎を湛えていた太陽石は、光を凝縮した一本の線を照射したのだ。
 真っ直ぐ伸びた光線が太陽の左脇へと進む………。

「空を………指している………」

 髪を風に煽られながら、兵士たちの悲鳴を何処か遠くに聞きながら、青年は茫洋とした声で呟いた。

 

(4)←    →(6)

※WEB拍手再録


 

ゲイリーさんの表記は本当は「ゲーリー」だと以前にコメントをいただいたのですが

今更直すのもめんどくさいのでこのまま(ry

 

今回の特別ゲスト

しーたのおばあちゃん : イオリア・シュヘンベルグ

 

いや………だって他に使えるイメージが;

復活の呪文(?)は思いっきり空耳アワードなので、違ってたらごめんなさいです。

 

今回は幾つか意図的に端折ってたり、他で説明しちゃってる部分があります。

アニメなら数秒の場面転換でも気にならないんだけど、文章では細切れに

なり過ぎちゃってアレかなあと(アレって何だ)

 

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女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理