「つまるところ、我々精霊を始めとした魔力を有する存在の根源には科学が関わっているというのが我が友ビリーの推論なのだよ!!」
「主張するのはいいけど根拠はあるのか。実際に現実で主流になってるのは魔力だぞ」
「証拠などない。だが、なければ見つけ出すのが証拠というものだ!!」
「………捏造や曲解だけはすんなよ」
「無論だとも。君の気遣いに感謝する!」
 別に気遣っての発言ではないのだが、と、先刻から金髪の青年の言葉に耳を傾けつつこっそりとニールは溜息をついた。
 雪原は歩けども歩けども白一色で、森や山は未だ遠くに望むままである。一歩ごとに深い雪に埋もれる足の動きは鈍く、旅慣れたおとな二名の行程とは言え然程の距離を稼ぐには至っていなかった。
 歩くことで身体の熱は保てるが疲れは溜まる。ともなれば会話を続けることで疲労を紛らわすのは自然な流れと言えた。ニールは個人名を出さない範囲で仲間のことを語り、思い出を語り、グラハムはグラハムで自らの夢や友人のことを語った。いまは、共に空を飛ぼうとした「ビリー」が話題に上っていた。
「けどなあ、ドラゴンとかベリアルとかガルーダとかキメラとかニンフとか、全部が科学の産物だって言われちまうと夢も希望もないじゃないか」
「私とて全ての生物が故意に創り上げられたものだとは言わん。だが、考えてもみたまえ。本当に彼らが我々の祖先と同時代に生きていたとしたならば、いまより遥かに魔力に乏しかったであろう我々はなにゆえに滅びずに済んだのか? 優秀な武器があったのか、弱点を知っていたのか、いずれにせよモンスターという脅威から逃れるための術を知っていたに違いあるまい」
「単に逃げるのが上手かっただけって可能性は? 少なくともモンスターの出現記録はここ数百年は途切れることなく続いている。人類と精霊とモンスターの出現時期の前後なんて気にしたこともないね」
「面白い問題提起ではないか」
 率先して雪原に足跡を刻みながら男が笑う。背後を振り返れば延々と続くふたり分の轍。吹き抜ける風の冷たさに首を竦め、軽く、肩の銃を背負い直した。
 グラハムたちの考えは面白いとは思う。確かに、遥か昔からモンスターが猛威を振るっていたならば人類や精霊の祖先が生き残ることは難しかったに違いない。故に、ちょっと穿った見方をすれば「人類が文明を築いたのちにモンスターが現れたのだ」となる。要するに、文明を発達させた人類がモンスターを創り出し、結果、自らが生み出したものたちによって覇権を追われたのだと。
 実際のところ、それで説明がつく部分は多いのかもしれない。自分とて世界を旅する中で様々な遺跡を見聞きして、魔力のみが源とは思われない複雑なカラクリを目にして来たのだ。
 それでも尚、素直に同意を示すことができないのは。

「………『人間』こそが一番だという考え方は好かん」

 ぼそりとした呟きは風の止んだ雪原で妙に響いた。
 しばらく歩いても何も反応がないので、もしや気分を害してしまったかと顔を上げれば。
「―――なんだよ」
 妙にキラキラした眼差しに出迎えられた。満面の笑みで相手が両腕を広げる。
「君は本当に好ましい人物だ!! 抱き締めたいな!!」
「あほな真似は止せ!!」
 本気で抱きつこうとしてきた相手の突進を慌てて避けた。
「何故、逃げる!?」
「何故、逃げないと思う!?」
 笑いながら突撃されたら勿論逃げるに決まってる、と頬を引き攣らせながら逃げ惑えば、向こうはますます面白がって手を伸ばしてくる。
「いいから待ちたまえ!」
「待ってたまるか!!」
 更に幾度かの無意味な攻防が繰り広げられたのち、グラハムの右手がニールの左腕を捕らえた。あ、まずい、捕まったと嫌悪より先に子供っぽい悔しさが脳裏を掠めた瞬間。
「―――っ!!」
 揃って身を強張らせ、同じ方向を振り返った。
 捕らえた手も捕らえられた腕もそのままだ。が、いまは、ふざけて抱きつく様子も振り払う気配も見られない。自然と満ちてくる緊張とも高揚とも思える不気味な静寂。
 先刻までとはまた違った笑みをグラハムが閃かせた。
「流石は名高いハンター殿だ。この気配を感じ取るとは」
「ひとり旅をする人間がこれに気付かなかったら問題ありまくりだろ。………まずいな、うっかりテリトリーに入り込んじまったか?」
「そのつもりはなかったと主張しても向こうは聞く耳もつまいな」
「人語は解せるって説がある」
「しかして我々は彼らの言語を話せない。交渉は不成立だ」
 見詰める先はただの平らな雪原―――、だった、のだ。
 ついさっきまでは。
 もとより此処は魔力不干渉地帯。半端なレベルの精霊やモンスターは能力を封じられる。
 だが、半端ではないレベルの―――即ち、高位レベルの存在なら。
 背を冷や汗が流れ落ちる。びりびりと肌に感じる気配は仲間と共に旅をするようになって久しく味わっていなかったものだ。なんだかんだ言いつつも『ヴェーダ』を有してからは安全なルートを選択することも多く、皆に守られてばかりで前線に立つ機会が減っていた。
 なればこそ久しぶりの緊迫感に掌に汗が滲んだ。
 隣ではグラハムがにこやかに微笑んでいる。言動も行動も多分に奇特な人物ではあるが、こうなると非常に頼もしく思えてくるのだから不思議なものだ。

 ………ゴゴゴゴゴ………

 響く、地鳴り。
 揺れる視界と大地。
 少しずつ少しずつ後退り、不意打ちだけは免れるようにと視線は前方の雪原へと注ぎながら。
 銃は用意していたが、訪れる「モノ」が想像通りであったならこんなものただの豆鉄砲に過ぎない。仲間に託された銃弾を使えばある程度の効果は得られようが、それも魔力の封じられた不干渉地帯では意味を成さないものだ。
「来るぞ!」
 グラハムが鋭い声を発した瞬間。

 ゴォオッッ!!!

 眼前の一帯が弾け飛び、吹き飛ばされた雪が上空から雪崩と化して襲い掛かってきた。
「ちっ!!」
 即座に後方へ飛び退り事なきを得る。下手すれば雪に埋もれて身動き取れなくなっていたところだ。雪に足を取られてもたつき、太陽を遮る広い翼に舌打ちした。
 優雅な白い翼、長い首、赤く光る瞳、力強い鉤爪と牙。

「ホワイトドラゴン………!!」

 遠くから見る分には美しさに感嘆の息を吐いていれば済むものの、身近にあるとなっては途端に羽ばたきひとつですらも脅威となる。
 高位レベル・モンスターの筆頭に上げられる存在だ。
 巨体を悠々と宙に舞い上がらせた白竜を見てグラハムが目を輝かせる。
「素晴らしい………ドラゴンなど久々に見たぞ! 相対するとあらばせめてレベル『シックス』は欲しいところだな!!」
 偶々生息地に踏み込んでしまったがために威嚇されたのか、威嚇を通り越して怒りを買っているのか。いずれにせよこちらは碌な武器を持っていない人間と力の封じられた精霊ひとり。まかり間違って戦う羽目に陥ったなら勝率は目を逸らしたくなる程に低い。
 翼から生じる激しい風に身体が浮きそうになる。背を向けぬままに後退することで距離を測りながらグラハムがぽつりと呟いた。
「至高の名を頂くに相応しい姿だ………! もしあの尊き生物の背を借りることができたならどれほどに世界が広がるだろうか」
「あほなこと言ってんじゃねえよ、高位モンスターは人語も解するんだぞ!」
 逆鱗に触れたらどーすんだ! と眉を顰めてから改めてニールは上空を見遣る。太陽を背に旋回する姿は文句なしに美しい。見惚れてしまう。
 ―――と。
 紅玉の如き瞳がグルリと動き、下界に佇むふたりを睨め付ける。
 大きく開いた口から赤い舌が覗く。喉の奥に銀色の光が眩く明滅する。白銀の世界で頂点に立つ存在、彼らの爪と牙と心臓を求めた密猟者たちを悉く返り討ちにしてきたのは―――。

 ………ブリザード・ブレス!

「グラハム!」
 叫びながら相手に飛びつく。
 上空から放たれた竜の吐息が視界を白く覆い尽くした。直撃を避けて尚、肌に突き刺さる冷気と痺れるような痛みに呻く。
 もんどりうって倒れこむが、最早触れる雪の冷たさなど感じている暇はなかった。いまは、より直接的で攻撃的な冷気が周囲を取り巻こうとしている。ニールの突撃を食らって雪原に倒れ込んだ軍人は漸く我に返ったように首を横に何回か振った。
「すまない、どうやら彼女のあまりの優雅さに目を奪われてしまったようだ」
「彼女って、あのホワイトドラゴンのことかよ。男だったらどーすんだ」
「男であろうと女であろうと、淑女のように扱うことが私の信条だ!!」
「勝手にしてくれ!」
 叫びながら再び襲ってきた冷気を避ける。走り続けたところで相手は上空、幾ら距離を稼いでもすぐに追いつかれる。
 焦るニールを余所に立ち止まったグラハムは両腕を広げて空を、竜を、見詰め続けている。
「やはり美しい! 決めたぞ、私はいつか彼女を手に入れる! 天を舞うものこそが私の翼だ!!」
「いいから早く避けろって!!」
 正面切って突っ込んでくる竜の姿に回避を促しても相手は微動だにしない。舌打ちしつつ腰に手を回して強引に運び去ろうとしたのに全く動いてくれないのだ。これだから鍛え上げてある軍人てのはイヤなんだ! この距離で冷気を浴びせられたら本気で氷の彫像になる、流石に御免被りたい。
 逃げるにも逃げられず、有効な対抗策も見つからず、唇を噛み締めた瞬間。
 グラハムの腰に回していた手の上に、そっと、相手が手を重ねてきた。訝しげに見つめれば彼の視線は正面を向いたままで。
「此処で使えば後で私が責を問われよう。だが―――許せ、ビリー! いまこそこれを使う時だ!!」
 彼が胸元に隠していたらしい『何か』をいじった。
 ドラゴンが口を開く。
 絶対零度の吐息が全身を包む寸前―――。

「吹けよ、風!!」

 突如として巻き起こった風がふたりを囲い、冷気の直撃を防ぐ。
 更にグラハムはもう片方の手を地につき、叫ぶ。

「行け!!」

 水へと変化した雪が怒涛の如く竜に襲い掛かった。優雅なる天の覇者は大きな身体を捻らせて直撃を避ける。身体スレスレを飛び去ったドラゴンの起こした風に煽られる形でニールは後ろへ大きく仰け反った。
 相手の腰から腕が離れる。と、逆にその手を引っ張られ、疑問符で頭が埋め尽くされている間に。
「な!?」
 しっかりと腰を抱き締められ終には身体が微妙に宙に浮かんだ。
 身体を包む風と行き過ぎる光景に息を呑む。
 グラハムはふたり分の体重を支えたまま『飛んで』いた。咄嗟に走らせた視線で確認したのは彼の「両手」に光る文様。

 クラス『ダブル』の『水』と『風』。

「掴まっていたまえ!」
 振り向き様にグラハムが右手を振るえば巻き起こった風がドラゴンの羽ばたきとかち合って雪を爆煙のように吹き飛ばす。降り注ぐ雪の礫が身体に触れては融け、太陽の光を反射して輝く。相対しているのが竜でさえなければ綺麗だと素直に感心できていたろうに。
 驚きが口をつく。
「あんた、魔力使えんじゃねえか!!」
「ビリーのお陰でな! だが、万能ではないのだよ!!」
 時間も能力の及ぶ範囲も限られているのでな、と応えるグラハムはひどく嬉しそうだ。ドラゴンが間近を掠めていくのを恍惚とした眼差しで見詰める姿にもしや本気で戦う気かと背筋が冷えた。
 戦いたいなら戦えばいい。止めやしない。
 だが―――今は。
「ちょっと待て、このままドラゴンと決闘する気か!?」
「私は彼女の翼を得ると宣言したはずだ!!」
「あほか! 竜殺しの名誉を得たいならせめて仲間の無事を確認してからにしろ!!」
 はっとした表情でグラハムが至近距離で振り向いた。腰を抱く・抱かれるの位置関係でいるために互いの眼差しは逃れようも逃しようもないほどに近い。
 何となくニールは目を逸らした。うっかり不干渉地帯に踏み込んでしまった自分たちとは異なり、彼らは最初から魔力を使わずに不干渉地帯を越える研究と、いざという時に魔力を発動させるための実験を行っていたのかもしれないと今更ながらに思い至ったのだ。きっとグラハムはひとりだけならば早々に魔力を解放して仲間と合流していたはずだ。
 ひどく、悔しくなる。事実、自分はただの人間で、純粋な能力では遥かに精霊に劣っているが、「守られて当然」の立場に甘んじる気にはなれなかった。
「―――能力の及ぶ範囲が限られてるっつったな。あんたを中心としてどれぐらいだ」
「半径五メートルが限界と言ったところか。私から離れるほどに効き目も弱くなる。しかし、何をするつもりだ」
「決まってんだろ」
 肩に担いでいた銃を下ろす。ドラゴンのブレスをかわす金髪の青年の動きにあわせ、装填したのは仲間に託された、赤い光を先端に宿した銃弾のひとつ。
「こっから離脱する! そのためにもドラゴンから逃げ遂せる!」
「本気か!?」
「翼が欲しいとか叫んでた口でよく言うぜ。―――ひとりなら逃げられたんだろ? だが、それをしないってんなら、」
 一応は民間人の括りに入る自分を抱えているために動きも攻撃も次の選択肢までもが制限されてしまうと言うのなら。
 せめて。
「―――オレが代わりを務めてやるさ!」
 引鉄に力を篭める。
 銃口から飛び出した赤い光は突っ込んでくる竜の顔面すれすれの地面に着弾した。

 ゴオァッッ!!

 舞い上がった真紅の炎に竜が叫んだ。羽ばたきに伴って起きる熱風は、すぐさま雪に触れて溶け合い水と化す。なるほど、確かにグラハムから離れて5メートル程度が限度らしいと着弾点を見極めながら再び銃に弾を込める。
 ドラゴンには当てず、かつ、魔力の有効範囲内に続けざまに着弾させる。周囲を覆い尽くす水蒸気の中で自らを掴んでいるグラハムの手を叩いた。
「いまのうちだ!」
「君は―――」
「質問は後回しだ。それとも、本気でこのままドラゴンと遣り合うつもりか!?」
 じっと睨みつけてやれば、きょとんとしていた金髪の青年が、やがて不敵な笑みを浮かべた。
「………よかろう。覚悟しておきたまえ」
 先刻まで竜に向けられていたものと同種の眼差しを注がれるのは実に落ち着かないが、背に腹は変えられない。僅か二名、ましてや能力に制限がかけられている状態でドラゴンと戦おうだなんて無謀にも程がある。
 ならば早く行こう、早く逃げ切ろう。
 グラハムの気が変わらぬ内にと殊更にニールは相手を急かした。




「うわっ!!?」
 突然のビリーの悲鳴に四人同時に振り向いた。雪原の行軍ともなれば旅慣れていない研究者はどうしても遅れがちになる。あえて先を行くことでライルたちは道慣らしを行っていたのだ、が。
 案内役を務めていた青年の抱え込んだ探索機が激しく明滅している。
「グラハム………っ! あれだけ注意しろって言ったのに!!」
「どうしたんだ? 相手が近くにいるから反応してるのか?」
「これは異常すぎるよ! きっとあれを―――ええと、まだ名前はつけてないんだけど、とにかく、不干渉地帯の効力を軽減するアンチアンチシステム搭載のペンダントを持たせておいたんだよ!!」
 そっちについても実験はしたかったけどなんで前触れもなく使ってるんだ! と長髪の青年は泣き声に似た悲鳴を上げる。
 状況は理解できないが事態は逼迫しているらしい。
 頼むから落ち着いてくれ、と、相手の肩を叩きながらライルが口を開く。
「とにかく、あんたの精霊仲間が魔力を使えるようにするための道具を発動させた。つまり、そんなのを発動させるほどの緊急事態が起きてる可能性が高いってことか?」
「………そうなるね」
 まだ彼の居場所を突き止められていないってのにと青年は歯噛みする。
 だが、諦めるにはまだ早い。森は抜けたし、少しずつであっても相手に近づいているはずだ。ましてや相手がビリーが驚くほどの魔力を解放しているとあらば。
 四人で互いに視線を交わし、ティエリアが刹那を睨む。
「君の方が身軽だ!」
「了解した」
 軽く頷き返した刹那が来た道を引き返す。五人でぞろぞろと踏み固めた跡ならば雪道でも多少は走りやすい。充分に距離をとった刹那が真っ直ぐこちらに突っ込んでくる。呆気に取られているビリーの眼前を凄まじい速さで行き過ぎて。
 ライルとアレルヤが手を組んで跪く。
「刹那!」
「頼んだよ!」
 刹那の足が手の上に乗る。瞬間的な痛みに耐えて小柄な身体を思い切り上へと投げ飛ばした。
 高く、高く、宙に舞い上がった少年が器用にも上空で一回転する。
 重力に従って雪原に着地するまで僅か数秒、落下の衝撃で雪に下半身を埋めてしまった彼を再びアレルヤと協力して助け起こしながら。
「見えたか?」
 尋ねる。
 此処からは見えなくとも、高い場所からならば何か見えたのではないかと。
 赤茶色の目を見開いた刹那が「みつけた」と返す。更に「あいつも一緒のようだ」と続いたことに、各自が喜びと疑問の色を浮かべる。
 それらを遮るように少年は「ただし」と付け足した。

「ドラゴンも一緒だ」
「………………え?」

 仲間の発見と無事を喜べばいいのか、高位レベル・モンスターと遭遇したらしい彼らの不遇を嘆けばいいのか、どうして巻き込まれてるんだと呆れればいいのか。
 五人が五人とも、虚しくもしばしその場に無言で佇んだのだった。




「面白い武器を使うな、君は!」
「仲間に貰ったんだよ!!」
 グラハムの力で攻撃を避けながら注意深くもニールは銃を構える。本気で竜と事を構える気はない。逃げられればいいのだが、向こうも相当に興奮しているらしくなかなか撒くことができずにいる。
 ザックの中の残弾数を数えて思案した。刹那たちが護身用にと託してくれた弾丸は早速とばかりに役立った。襲ってくる敵の中には精霊だっているだろう。なのに対抗手段がただの銃だけでは心許ないと、ティエリアが考案して手先の器用なライルが術式を調整して各々が銃弾の先端に魔力を篭めた。敵に向かって撃てば各エレメントの力が発動されるとの触れ込みで。
 ―――此処まで上手く発動するとは、良かったのか悪かったのか。
 グラハムは片手でニールの腰を抱え込んだまま、もう片方の手を顎に当てて考え込む。
「何処かの文献では魔法銃なるものの存在が記されていたな。てっきり銃身自体に細工が施されているのだと踏んでいたが、なるほど、銃弾がポイントだったかもしれんな」
「余所見すんなって!」
 声を荒げることで注意を促しながらも彼の発言にひやりとする。
 グラハムは両の手にエレメントを携えている。ライルと同様に知識レベルだけは『フォース』に匹敵するということは、『ヴェーダ』についても―――。
「っ!」
 凍て付く吐息をグラハムが風で薙ぎ払い、ニールが炎の銃弾で霧へと変える。凍りつかずに済んではいるが埒が明かない。だから早めに退散したいのに、流石軍人と言うべきかこれだから軍人はと言うべきか、金髪の青年は子供のように目を輝かせたまま退く気配を見せない。
「我々のコンビネーションはなかなかのものだな! このままドラゴン・スレイヤーになれる気がしてくるぞ!」
「名声を得たいならひとりでやってくれ! オレは生物界の頂点に立つ存在に喧嘩を売る心算はない」
「ならばこれは何だ! いまの君の行動とて充分に攻撃的だ!」
「敵意はないんだよ………説得力もないけどなっ!!」
 鋭い牙が頬を掠めるのをかろうじてかわし、グルグルと回る視界に酔いそうになりながらも銃口の向きだけは過たない。陰りを見せ始めた太陽の描く影が頭上に存在し、さかさまになっているのだと感覚で理解はするが慣れていないからひどくつらい。くらくらする。
「………二度と空なんか飛ばねえ!」
「そう言わないでくれたまえ。いつか私が素晴らしい空の旅へと君をエスコートしよう!」
 要らないっつってんだと舌打ちしながら次の銃弾を用意する。
 すると。

 ―――! ―――、―――!!………

 人間の耳には聞き取れないほどの甲高い声でドラゴンが鳴いた。何事かと動きを止めたニールの傍らで軍人が楽しそうに囁く。
「久方ぶりに聴くな、あの声は」
「竜言語が分かるのかよ」
「経験の賜物だ。どうやら彼女は相当に腹を立てているらしい。仲間を呼んだな」
 さらり、と。
 金髪の青年はとんでもないことを告げてくれた。
 一体でも苦労しているというのに、この上仲間が来るだなんて冗談ではない。未だ姿は見えないが、肌に感じる風が不穏な空気を運んで来ている。そして、先刻まで突っかかってばかりいたドラゴンが少し離れたところでこちらの様子を窺っている。天空の覇者に仲間を呼ぶほどの力量を認めてもらえたと取るか、単純にそれほどに腹が立ったのだと思えばいいのか―――たぶんに後者だろうが。
 ふわり、と、距離を開けてグラハムが舞い降りる。
 雪原についた足が埋もれて僅かに蹈鞴を踏んだ。ハンターであっても君は民間人だ、下がっていたまえとグラハムがエレメントを宿した両手を横に広げて。
 じっと正面の竜と蒼穹を見据えたままに。
「ドラゴンとまみえる機会など早々あるまい。相手にとって不足なし! 光の騎士の名にかけて仕留めてみせよう!」
「待て、グラハム! あんたの能力には時間制限があるんじゃないのか!」
 魔力を解放してからどれぐらい経ったかよく分からないが、持続性には疑問が残る。金髪の青年は「確かに」と頷いて残り時間が僅かなことを認めながらも退く様子がない。
「君を飛んで逃げようにも隠れられる場所が見当たらん。ならば倒すまでのこと!」
「そっちの方が余程無茶な作戦だろ! ざけんな、オレだって………!」
 前に出ようとしたところで両肩を掴まれて揉み合いになる。銃身を間に挟んでの押し合い圧し合いだ。これこそ「そんなことやってる場合か!」な構図ではあるが、生憎とニールもグラハムも妙に我が強いために一歩も譲らない。
「君は民間人だと言ったはずだ!」
「民間人でもハンターだ! ………困るんだよ。仲間探しにはあんたが、―――っ、の、魔道具が必要なんだよ!!」
「言うことを聞きたまえ! 気絶させられたいかね!?」
「やれるもんならやってみろ!!」
 怒り心頭したニールが拳を握った瞬間。

 ドゴッ!!!

 目の前を黒い風が過ぎって、グラハムが遥か後方に吹っ飛んだ。
「へ………?」
 ドラゴン。
 に、しては、小さいし到着が早すぎるし何だか見覚えがあるし。
 思考回路が停止したままのニールを黒い風が振り返り、見詰めてくる。間違えようのない赤茶色の瞳が物憂げに沈んでいた。此処にいるはずのない人物。

「………刹那?」

 接近に気付かないなど本当にどうかしている。
「無事か」
「え、あ、ああ。オレに怪我はないんだが―――」
 漸く、ニールが危害を加えられそうになっていると誤解した刹那がグラハムを殴り飛ばしたのだ、と理解した直後。
 前触れもなく刹那の身体が誰かに蹴り飛ばされた。
「せっ………!!」
「やってくれるではないか、少年!!」
 大人気なくも体格で劣るこどもを蹴り飛ばしたのはグラハムで。
 頬に一発くらった証が赤々と刻まれていても、手を出したのは刹那が先だとしても、年甲斐もなくこどもを蹴り飛ばしてどうするんだと思う。
 慌ててふたりの間に割って入った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、グラハム! こいつはオレの仲間で………!」
「残念だが君の言葉は聞けん。幾ら竜を目の前にしたとは言え予期せぬ一撃を食らったまま反撃もしなかったとあらば騎士の名折れ。おとなであろうとこどもであろうと一人前の戦士として扱うことが私の信条だ!!」
「こども相手に本気になることの情けなさを自覚しろ!」
「………オレはこどもではない」
「見ろ! 彼自身がそう言っている!!」
「だーかーらあああ!!」
 もしかしなくてもこいつら同類かとニールは天を仰ぎたくなる。未だドラゴンに動きはない。だが、それは見逃してくれたことと同義ではなく。
 遥か遠くを掠め見た彼の視界に確かな黒点が映った。
 ―――間違いない。竜の援軍だ。
 刹那もグラハムも動こうとしないがどうすればいいと言うのか。強制的に引き離すにも事情を説明するにも時間が足りない、もう間もなく連中は此処へ到着するのに。
 唇を噛み締めた青年の耳に福音が響く。
「兄さん!!」
「………ライル!」
 先行した刹那に遅れてライルとティエリアとアレルヤが駆け寄ってくるのが見えた。あと一名、見知らぬ長髪の青年が含まれているけれど、そちらについては
「ビリー! 無事だったか!!」
 グラハムが叫んだので凡そ見当がついた。互いが互いの仲間と合流していたとはどんな偶然か因縁か。いずれにせよ気にしている余裕もない。
「ライル!」
 今一度、弟の名を呼んで手招く。
 間近に迫った弟が眉を顰めながらも手を伸ばす。既にしてドラゴンの影は近い、二体、いや、三体か。複数のドラゴン相手に遣り合うだなんて御免だ。微かに指先が触れ合った段階で叫んだ。

「飛べ!!」
「………!!」

 束の間、ライルは目を瞠って。
 すぐさま視線を鋭くすると右手で兄の手を握り返し、左手で臨戦態勢をとっていた刹那の首根っこを掴む。
 ニールはもう片方の手でグラハムの手を掴む。
 駆け寄ってきたティエリアが慌ててライルの背負った荷物の端に掴まる。
 ティエリアの肩に左手を置いたアレルヤは、息せき切って駆けてきた長髪の青年の腕を捕らえ―――思い切り、グラハムに向かって投げ飛ばした。
 慌てて友人を受け止めたグラハムは僅かに体勢を崩し、背後にドラゴンたちの影が迫る。
 上手く行ってくれよ、とニールは願いながら『ヴェーダ』の力を発動させた。
 体内を駆け巡る<力>の奔流に叫びそうになりながらも『風』のエレメントを有する弟にすべてを託す。グラハムの力は借りない、自分たちだけではせいぜい『フィフス』レベルが限界だが、それでも、「逃げる」ことならば。
 各々が数珠繋ぎになった状態でライルが叫んだ。

「―――<転移>!!」

 周囲が緑色の風に包まれる。
 光が広まり、弾け飛ぶ。
 直後に襲い掛かったドラゴンたちのブレスが辺りを氷の山と成さしめても―――人間と精霊たちの姿は既に消え失せていた。




 殴られた頬がひりひりと痛む。憮然とした表情で雪に埋もれていたグラハムは、勢いよく上体を起こした。辺りを見回してみるが、思った通り、ドラゴンの姿もなければ、ニールの姿もニールの仲間らしき者たちの姿もない。胸元を探る。魔力を一時的に解放するためのペンダントが粉々に砕けていた。それでもぼんやりと己が手のエレメントが光ることから、少なくとも魔力不干渉地帯の外側に『飛ばされた』らしいと理解する。
 唯一、同じ場所に飛ばされて来ていた友人に手を伸ばして助け起こす。
「大丈夫かね、ビリー」
「っ………ててて。ああもう、ほんと………僕にはついていけないよ………」
 色んな意味で、とぼやきながらビリーはグラハムの手を借りて起き上がる。彼もまた周囲をきょろきょろと見回して現状の確認に余念がない。
「すまない、ビリー。君から借りていた道具を壊してしまった。そもそも船が大破した瞬間に私が魔力を解放していればこんな苦労はしなかったはずだ」
「いや、構わないよ」
 お陰で色々なデータが集まったし、貴重な経験もできたしね、と友人は苦笑する。
 既に日が傾いてきた空を見上げてビリーが呟いた。
「にしても、彼らは一体なんだったんだろうね。君の傍に居た人物は僕と一緒に行動していたパーティの仲間だったようだけど、物凄い偶然だね」
 事情がありそうだったけど想像はつくかいと尋ねられて、しばしグラハムは考え込む。
 互いの仲間が互いの身内と行動を共にしていたのは本当に全くの偶然だと思われる。少なくとも、雪原に埋もれていたニールに近づいたのはこちらが先なのだ。彼がグラハムを「軍人」と知って近づいた可能性は限りなく低い。
「生憎と私にも分からん。だが―――彼らは何かしら秘密を抱えていることは確かだな」
 ニールが「飛べ」と叫んだ直後。
 巨大な力の奔流が彼の体内を駆け巡るのを掌ごしに感じた。それまでクラス『ダブル』程度と思われていた茶髪の青年―――顔がそっくりだったし、彼が双子の兄弟なのだろう―――の能力が飛躍的に増した。故にこそ自分たちはドラゴンのテリトリーから逃れ去り、且つ、彼らとは異なる場所へと転移させられたのだ。
 青年がハンターとしての活動を休息させていた時期、『ヴェーダ』が奪われた時期などを鑑みて、グラハムは笑みを深くする。
「ひょっとしたら………彼らのうちの誰かが『ヴェーダ』を持っているのかもしれんな」
「どうしてそう思うんだい?」
「勘だ! ―――と、いうことに加えてだ。一般には知られていないが『ヴェーダ』は多くの精霊の力を統合する能力があるのだよ。知識レベルが『フォース』相当にならないと得ることのできない内容ではあるがね。あるいは彼らのうちの誰かが『ヴェーダ』本人か………」
「流石に発想が突拍子もない気がするけどねえ」
 精霊の知識共有形態ってのがいまいち理解できないとぼやきながらビリーは眼鏡をかけ直す。
「いまの私の知識レベルを持ってしても『ヴェーダ』の正体は掴みきれずにいる。ならばこそ姿なきものを指すのかもしれんと推理するのみだ。『ヴェーダ』の正体が一子相伝の血の如きものかもしれんと考えたこともあるぐらいだ」
「だったら、それこそアザディスタン王家の青い血に伝わってると考えた方がまだ伝承通りだよ」
「違いない」
 並んで歩きながらグラハムは殴られた頬をなぞる。未だじりじりと痛む傷は否応なしに赤茶けた瞳の少年を想起させた。幾ら他に気を取られていたとは言え光の騎士たる自分を殴り飛ばすとは実に将来有望な少年だ。
 黒い髪、赤茶色の瞳、濃い目の肌、ぐるぐると首に巻いたスカーフ。
 すべてがアザディスタン地方に住まう人間や精霊の特徴を示していた。グラハムが密やかに獰猛な色を瞳に閃かせる。
「いずれにせよ―――我が国がアザディスタンに宣戦布告する日が楽しみになったな」
「本決まりではないよ。前々から思っていたが、君は血の気が多すぎる。まだ戦争が始まった訳じゃないんだし少しは自重したまえ」
「忠告、痛み入る。だが、私は純粋に戦える場を望むまでだ!」
 他国に攻め入る理由も信義も本音の部分では関係ない。かつてユニオンとの契約条件に示した如く、気持ちよく戦えればそれでいいのだ。いつか空で果てることができたなら一番良いと思っているだけだ。
 アザディスタンに進軍すればきっとあの少年に会えるだろう。ニールにも再会できるかもしれない。そうしたら、青年を名指しでからかい混じりに『ヴェーダ』とでも呼んでみようか。「姫」と呼ばれるのを嫌う彼は、正体も知れぬ魔道具の名で呼ばれるのをやはり嫌がるに違いない………。

 ―――だが。
 事態はグラハムの思い通りには進まなかった。

 これより一月ののち。
 ユニオンが宣戦布告するより早く、アザディスタンは何者かの手によって滅ぼされたからである。




「………みんな、無事か………」
「なんとかな」
「大丈夫です」
「まったく、荒っぽい飛ばし方だ」
「………」
 各自の声をしっかと耳で捉えて、雪に埋まった体勢ながらもニールは安堵の笑みを浮かべた。三々五々に散らばってはいるがきちんと声の届く範囲にいる。何処に誰を飛ばすかはライルに丸投げしてしまったが、こちらの意図をしっかりと読み取ってくれたようで嬉しくなる。
「―――楽しそうだな」
「あ? そりゃ………みんな無事に再会できたからな」
 真横で不貞腐れるように並んで転がっていた弟に睨みつけられても全然怖くない。
「兄さん、連中の正体に心当たりがあるのか」
「軍人、とは言ってたな」
「大丈夫なのか」
 何が、と、問い返すことはしなかった。
 ゆっくりと身体を起こして膝に両腕を預けながら穏やかに微笑む。
 確かにグラハムは勘が良かったし、咄嗟に『ヴェーダ』の力を使ってしまったから色々と気付かれていないとも限らない。けれども、気付かれていないかもしれないし、気付かれていたとしても隠し通すまでのことだ。
 お前らのお陰で幾分か楽天的になったんだぜと伝えれば弟はどんな表情をするのやら。
 こっそりと考えていることが筒抜けだったのかは分からないが、同じように起き上がったライルは深い溜息をついた。
「兄さん」
「なんだ」
「今度は手を離すなよ」
「………」
 それに、答えを返すことはなく。
 ただ密やかに笑みを深め、服についた雪の粉を払って立ち上がる。
「さーて、と。刹那ぁ! お前、さっき蹴り飛ばされてたろ! 大丈夫か?」
「ああ」
「そうは言うけどなあ………」
 年下の精霊の頭を撫でていると、傍によってきたティエリアが「あなたは自分の立場が分かっているんですか!」と説教を始めた。アレルヤはアレルヤで笑っているけれど、やっぱり多少は怒っているに違いない。目が怖いし。
 未だ離れた場所に座り込んだままこちらをじっと睨んでいる弟を見て苦笑した。
 ―――分かってる。
 分かってるさ、手を離しちゃいけないってことぐらい。
 それでもやっぱり自分は刹那やティエリアやアレルヤや、何よりもライルに危険が及ぶとなれば後先考えずに行動するに違いない。結果的に自らの行動が彼らをより嘆かせるのだとしても、二十歳を幾つも過ぎたいまとなっては矯正することすら侭ならない性質なのだから。

「諦めてくれよ」
「黙れ、バカ兄貴」

 舌打ちする弟を見詰めて、ニールは軽やかに笑うのだった。


 

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※WEB拍手再録


 

続きを書く予定はなかったはずなのですが何となく気が向いたので書いてみましたv(おい)

ハムさん遭遇編とスメラギさん遭遇編のどっちを先にするかでちょっと迷ったものの、

時系列を考慮した結果、こっちが先に。

微妙にライルさんの性格がテレビ版から劇場版に進化してる気がします。

先を考えているようで考えていない行き当たりばったりなシリーズだから今後はどうなるか………

まさか「科学」云々が出てくるとは思わなかったもんよー。 ← あのなあ。

 

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