青天白日 ― 後編 ―


 

 人目につかぬ闇の中、陣を照らす篝火は殊更に避けて、遠くから響く足音に神経を張って。
 久しく経験していなかった緊張感に身が震える。見つかれば一巻の終わりだ―――弁解のしようもない、忍び込んでいるのは事実。
 もしもの時のための言い訳を幾つか考えながら秀吉は忙しく歩を運んだ。木下組の陣は当然ながら容易に抜けられる。用心しなければならないのはそこから先で、一応味方同士であるとはいえ出身が異なれば縄張り意識も強くなってくる。滝川と柴田の陣を遠目に睨みながら城の塀づたいに浅井の守護方面へと向かう。中途ですれ違う夜警は物陰に潜んでやり過ごした。一度ならず存在に気付かれそうになったがどうにか誤魔化すことができた。ただでさえ図体のでかい小六まで一緒にいるのだ、見つからずにすんでいるのは奇跡に近い。小一郎が裏道を知っているのも強味ではある。
「こっちだよ」
 暗闇に紛れ込んで小一郎が手招くのに無言で付き従った。裏山の勾配を上るような道で物音を立てずにいるのはかなりの苦行だ。眼下の篝火がかなり小さく見える位置まで来てから、案内人は急な坂道をそろそろと手探りで下り始めた。全く、よくこんな道をひとりで探索に出かけたものだと今更ながら弟の無謀に呆れ返る。目を凝らした先にようやく浅井の陣地を認めることが出来た。酒宴を行うとすれば一番奥まった本陣でだろう―――そこまで踏み込み、例え状況証拠を掴めたとしても現場に居ることの是非を問われそうだ。
 だがここまで来れば引くことも出来ない。遠くの喧騒に耳を澄ませた。
 随分と近づいた明かりと人々のざわめき、寝入っていておかしくない頃合に不釣合いな喧騒。時に響く密やかな笑い声と誰かを囃し立てるような声が飛び交い、打ち鳴らされる些細な鼓の音が殊更に耳を穿つ。互いに顔を見交わして「当たりだな」と頷きあう。
 この刻限にこの騒ぎ―――会議にしては華やかに過ぎる気配に小一郎の情報が誤りでなかったと確信を抱く。
(さて、どうするか)
 少しずつ騒ぎの中心ににじり寄りながらも対応に迷う。踏み込むには理由が足りず、見過ごすには興味が尽きず、待つには堪えが無さすぎる。しかし躊躇い過ぎて機を逃せば夜が明けた途端に自らの愚挙を咎められることとなろう。
 このまま留まることは危険を意味する。いい加減「悪ふざけはやめておこう」と自らが切り出すべきなのかもしれなかった。いまならまだ間に合うのだ、いまなら。
 しかし秀吉が考え込むより前に事態は動き出した。眼前の喧騒が俄かに殺気を帯びてきたのである。
「………っろ! そっちだ!」
「―――って来い、早くっ」
「殿は!?」
 篝火の前を幾度となく往復する黒い影。剣呑な空気と忙しなく飛び交う科白が空間を突き抜ける。
 ―――いましかない。
 秀吉は決断を下した。即座に立ち上がり、振り返りもせずに告げる。
「行くぞ、ふたりとも!」
「え?」
 疑問を差し挟む隙を与えずに一歩、敵陣に踏み込んだ。草陰から飛び出した姿を見咎める者は、さいわいにしてこの時点ではいなかった。闇夜のおかげで鎧も顔の判別も付け難いことが味方して、足早に本陣への道をたどれば惑う兵士もあれど呼びかけられるまでには至らない。堂々と、いかにも急な用件があるとの風情で乗り込めば雑兵は気圧される。弟たちが僅かな間を置いて着いてくる気配を感じながら大きく陣の垂れ幕を振り払った。
「如何なされた!!」
 第一声は勢いよく、気遣わしげに。驚きに目を見開く浅井の部下は無視して素早く周囲の状況に目を光らせた。
 乱雑に置かれた杯に徳利、漂う仄かな酒と肴の匂い、そこかしこに掛けられた女物らしき内掛けと琵琶に琴。状況証拠としては申し分ない。騒ぎの中心はと見て取れば、酔って暴れたと思しき男がひとり、仲間に捕らえられて奥へと引きずられていく処であった。口汚く何か罵っていたのを遮られて、男は暴れるが所詮多勢に無勢、拘束されて連れ去られる。
 近習のひとりが血相変えて秀吉に突っ掛かった。―――当然の反応だ。
「これは―――木下殿、何故にこのような場所へ」
「浅井が正体もつかぬ暴徒に付け狙われている折でございますからな、自主的に夜回りをさせて頂いておりました。してみれば何やら騒ぎのあったご様子、ちと気になったが故に参上仕りました。全てこちらの一存で決めたこと、咎めだてされるは重々承知、されど我らが貴殿らを心配していたという想いだけは酌んでくださらぬか」
「い、いや、しかし」
 一気にまくし立てて相手の反論を断ち、こちらの無礼など付け入る隙も与えぬ。
「されど妙ですな、騒ぎからして我々は長政公の身に何やら危険が及んだのではと危惧しておったのですが無用な心配でございましたな。このような酒と舞いの余韻―――はは、まさか武勇の誉れ高き浅井の一族が戦場間近にして酒の一献などという愚かな真似は致しますまい」
「それは、だから、その」
「おお、あそこに見えるは長政公ではあるまいか。ご無事で何より。一目無事な姿を拝ませて頂きたい」
 心にもない言葉を並べ立てて硬直している部下の脇をすり抜けた。小一郎は僅かに礼をして、小六はすまんと一声掛けて秀吉に続く。
 本陣の奥、篝火のさして届かぬ闇の中に浅井長政はいた。鎧をまとってはいるものの多少軽めの印象を受けるそれは明らかに戦向きではない。そして何より、すぐ側に佇む人物が秀吉の苛立ちと「してやったり」という思いを強くした。薄紅の衣を被り深く面を覆ってはいるものの、線の細さと立ち居振る舞い、手にした扇からすぐさま遊女と知れる。
 本陣に身元も分からぬ女を連れ込む―――明白な失態だ。
 これを上に報告するのに誰の異論があるだろう。
 ようやく秀吉の存在に気付いた長政は疲労の色が濃い顔をきつく引き締めた。問い掛けようとした女を背後に庇い、おだやかな笑みで三人を出迎える。
「これはこれは、秀吉殿。………夜分に何の御用ですかな」
「夜回りをしていた際に騒ぎを聞きつけましてな、御身に何かあったのではないかと駆けつけてみればこの事態。如何に釈明なさいますか」
 刺々しい口調は演技ではなくて地だ。
 無性に腹が立ってならない。信長に招かれておきながらその信頼を裏切るような行い、戦を目前に控えて宴を開くと言う余裕、何処からか女を連れてくる手際の良さ―――どうもこの貴公子然とした人物とは反りが合いそうにない。信長の義弟と名乗って差し支えない彼の立場が妬ましくて羨ましくて憎らしくてならない。
 己は如何に努力したところで「部下」にしかなれないのだ―――自分は、不在の弟とは、違う。
 言い訳を期待してみればあっさりと頷き返すから腹立ちが募る。
「公も存じておられるでしょう。見えぬ敵によって我が軍の士気は著しく低下―――慰めてやりたくとも手の施しようもなく、せめて酒でも酌み交わして互いの労をねぎらおうとした次第。さすれば一部の兵が度を外れて騒いでしまい、貴殿にまで迷惑をかけたことを心より謝罪いたします」
「謝罪など何ほどのものでもないのです。ただ、これを信長様に如何に申し開きなさるおつもりか」
 真っ直ぐ生きていそうなこの青年が苦手なのは確か―――だ、が。
 ほんの僅か、素直に心配する気持ちも………ない訳ではない。本気で心底憎むには淡白すぎる相手なのだ。これが柴田ならば本人に会うより先に信長に密告して処罰を願い出ている。罰せられれば諸手を上げて喜ぶ。だが、浅井長政が同じ目に遭った時には多少の同情を禁じえないだろう。
 憎ませてくれないのはこいつの人徳か。
 本当に申し訳なさそうにして長政は平に謝罪する。背後のふたりはすっかり絆されているようだが己だけは同じ轍を踏むまいとへそを曲げる。かなり本気でしかめっ面をした秀吉はあくまでも冷静に冷徹に素っ気無く規律を口にする。
「しかし、未だ犯人も捕らえられぬ内に宴とは―――間もなく期日の夜が明けます。私はこのまま信長様のもとへ報告へ上がりますが異論はございませんな」
 断定的口調で言い放てば背後の部下は動揺し、かばわれた女が物言いたげに肩を揺らめかせた。連れ込んだ民間人には口を出させまいとするかのように長政は一層奥へ女を追いやって、仕方なしの苦笑を浮かべてみせた。
「異論も何も―――不甲斐ないのは私ですからな、秀吉殿は己が使命を果たされるがよい」
「言われずとも」
 きつい一瞥を残して秀吉は即座に踵を返した。




 まったく、こうも見事に開き直られると叩きつける言葉もなくて困る。来た時とは反対に堂々と正面から浅井の陣を抜けた。長政本人は黙ってこちらを見送り、部下も手を出そうとはしない。いささか慌てた小一郎と無言の小六が彼の後ろに続いた。
 暗い夜道も幾らかの明るさを取り戻しつつある―――そう、朝まで僅か数刻。未だ大地の黒さと自らの影の濃さの見分けがつかずとも時刻は着実に進みつつあるのだ。
「に、兄さん」
 細い道を辿り木下組の陣地へ戻る途中、どこか慌てた様子で弟は言い募る。忍び込もうと言い出したのは自分だというのに今更ながら事の重大さに驚いているらしい。このまま秀吉が信長に告げに行くことは―――順調に行っている織田と浅井の間に溝を生じさせる元ともなりかねないものだから。
「本当にすぐに報告に行っちゃうの?」
「そうだな」
 浅井の陣から充分離れたところでようやく秀吉は立ち止まった。位置としては浅井と木下の陣の丁度中間あたりになるだろう。思案げに秀吉は前髪をかきあげる。
「行ってもいいし、行かなくてもいい………浅井長政が何の弁明もしないのならばいずれにせよ奴は終わりなんだ」
 やたらあっさりと失態を認めた様子が気になると言えば気になる。もう少しそれらしい釈明をすることも誤魔化すことも、彼にはできたはずなのに。最低でも侵入してきた秀吉の行為を咎め、報告に上がるのを阻止することはできたというのに、それをしなかったのは何か他に理由があったとしか思えない。
 信長に現状を知られるよりも隠しておきたい、何らかの事情が。
「どうすんだ秀吉。俺ぁ個人的にはもうちょい待ってもいいと思ってるんだがな」
 控えめながら小六が自らの考えを口にする。小一郎の訴えるような目線にも射抜かれて、再度秀吉は眉をひそめて考え込んだ。正直にいえば秀吉自身もそれほど急いで密告に行かなくても………と感じている。同時に、「なに皆して庇おうとしてるんだよ」という子供じみた嫉妬も。
 ―――このまま、信長様のもとへ行く。
 そう秀吉が結論付けようとした時だった。
 木下組の方向から誰かが息せき切ってやってくる姿が望めたのは。
 最初に人影を認めたのは背の飛び出た小六で、彼が指し示すのに小一郎が気付き、秀吉が振り向いたのは一番最後だった。そして見い出した姿に多少の驚きと何故か呆れと不可解の念を覚えて戸惑いも露に問い掛ける
「―――半兵衛、どうしたんだ、こんな処で」
「………っ、秀吉殿」
 急ぎ駆けつけたらしき彼は息も絶え絶えにひざに両手をついて呼吸を整えている。こんなのは初めてだ。
 何が初めてかというと、この軍師様が焦って走る様も初めてであれば、薄い内掛けしか身につけていないことも、髪が乱れている―――長い髪をすっかりほどいていた―――ことも、全て初めてのことであった。
 流石に互いの顔を見合わせて相手の出方を窺ってしまう。やっとのことで正常な呼吸に戻った半兵衛は小脇に抱えた何かの荷物も他所に突然として言葉を切り出した。
「秀吉殿、浅井長政の一件についてこれから報告に上がられるつもりなのですか」
「あー、いや、まあ………そうといえばそうなんだが」
 まさか浅井の陣地に忍び込んだことを見抜かれたかと内心で冷や汗が流れる。場所が物凄く微妙だ、この軍師に迂闊な行動を責められても弁解の余地がない。後ろの弟とふたりそろって密やかに怯えたと言うのに軍師は「問題はそこではない」というように彼らの罪をあっさりと見過ごして結論だけを告げた。
「おやめください」
「………あ?」
「おやめください。報告する必要などございませぬ」
 当初の狼狽がなくなればむしろ軍師の不自然さに目が行く。何を焦っているのか―――いまの軍師は、ひどく。
 ひどく、必死。
 では、ないか?
「何故だ」
 段々と不信感が募ってきて秀吉の眉が不機嫌そうに釣りあがる。
 常ならばその変化に敏感に反応するだろう軍師は、しかしこの時ばかりは他に気を取られているのか全くの無関心であった。
「浅井長政は何も失態など犯していないからです」
「何故そういえる」
 ひとつ、半兵衛が息を吸い込んだ。
「宴も偽りであれば下手人を捕らえていないこともまやかし、真実彼の手の内には此度の首謀者が捕らえられており間もなく尋問が始まろうかと言う頃合です。ですからこれから貴方が報告したとしてもそれは無実の人間に罪を着せるようなもの、無論長政は弁解も釈明もせずに淡々と信長公の要求に従うでしょうが戦を控えたこの時期に彼らが消えるのは何としても避けたいはず。ならば我々が取るべき手段は例え一時の不実を働くとも今後の利を考慮して此度の出来事を胸に秘めておくことではありますまいか。そもそもからして彼は責められるべき咎を持しておらぬのですから我々の報告が虚偽と判断され結果信長公の」
「―――って、ちょ、っと待て、ちょっと待て!」
 立て板に水と語られて慌てて秀吉は軍師の言葉を制した。腕を前に突き出して牽制するとやっとのことで相手の言葉が途切れる。はた、と見合った瞳が無言で切実な願いを訴えてくる。
 後ろでは弟と部下がやっぱり混乱した風情でこちらを見つめているし、正面では軍師がひしと見据えているし、何だかもうどうしたものだか。
 けれど彼の主張やその内容に取り掛かる前に最も関心を惹かれたのは本当に些細な疑問であった。
 少しの不審と、少しの興味。
 心底不思議そうに秀吉は呟いた。
「半兵衛―――お前、どうしてそんなに………?」
 珍しく半兵衛が答えに詰まる。咄嗟の言い訳が思いつかないのか視線を俯かせ、抱え込んだ荷物に力を篭めてどうしたものかと眉根を寄せる。
「………それは―――」
 数度の瞬き、深いため息、躊躇いの吐息。
 やがて意を決したのか彼は面を上げた。
 しかし結局決定的な言葉が発せられるより前にまたしても予期せぬ来訪者を受け入れねばならなくなった。
「待ってください………っ!!」
 今しがた去ってきたばかりの方向より近づく足音を耳に捕らえる。振り向けば駆け寄る人影に疑念を表して、さては今更釈明をしに来たのかと眉を吊り上げれば同じく息を切らした青年は膝に手をついて呼吸を整える。
 はぁ、と大きく息をついて浅井長政は秀吉を見た。
「申し訳ございませんが―――少し待ってはくださらぬか」
「何を」
「いや、別に言い訳ではなく………ああ、もう。失礼!」
 僅かに苛立ちを滲ませると長政はあっさりと三人の横をすり抜けた。何だ何だ、と見送れば浅井家当主は木下組軍師の前に突っ立つと深呼吸をひとつ、思い切り叫んだ。

「この―――この、馬鹿が!!」

 突然の罵声に秀吉も吃驚、小六も小一郎も石のように固まった。まさかあの軍師様を「馬鹿」呼ばわりできる人間がいるだなどと………少なくとも秀吉は自分以外の人間が半兵衛を「馬鹿」と貶すのを聞いた例がない。はっきりいって「馬鹿」といわれた当人が一番驚いていない。
 怒りに頬を染めて長政は足を踏み鳴らす。
「一体何を考えてるんだ、お前は! 馬鹿もここまで来れば立派過ぎて呆れてものも言えんぞ。姿を消したと思えば先走りやがって、俺の苦労を無にする気か!」
「馬鹿はどっちだ。いまの言葉で全てばれたぞ」
 珍しく半兵衛も不機嫌そうに眉間にしわを寄せて言い返す。引かぬ長政は更に一歩踏み込んだ。
「何を言うか、全てばらすつもりだったのはお前だろう? いい加減にしろ、お前は過保護すぎるんだ。浅井の事情など放っておけば良かったのだ!」
「お人好しなのも過保護なのもお前だ。何処まで私を庇えば気が済むんだ婦女子じゃあるまいし」
「お前が泥をかぶる必要はないと言っているんだ、俺がどんな思いであの時に!」
「ならば最初からこの手を取るな!」
 半兵衛が悔しそうに歯噛みする。拳を握り締め、頬を歪めて相手を睨めば流石の長政も口を閉じた。
「あの時! 最初にお前を助けた時! 拒絶しなかったのは誰だ!? 最初から断ればよかったのだ! 援けなど借りず独力でやればよかったのに何故お前は助力を求めた? 言え。言ってみろ!!」
 論理も理性もない感情だけの非難は初めてのこと。
 呆気に取られる面子の前で頓着しないふたりは当事者間だけで話を進めていく。気圧されたように口を噤んでいた長政はようやく言葉を搾り出した。

「………俺がお前の立場なら、同じことをしたからだ」

 怒りに唇を引き結んでいた半兵衛が視線をやわらげて静かに俯く。声はかろうじて聞こえるぐらいにか細かった。
「だったら、もう、言うな」
「………ああ」
 長政も同様に地に目を縫い付けたまま穏やかに呟いた。
 置いていかれたのは残された面々である。何が何だか、事情も展開も結末もさっぱり見当がつかないし対処のしようがない。
 戸惑いも露に小六が呆然と問い掛けた。

「―――で、結局何なんだ?」

 それは他のふたりにとっても共通の想いであった。
 すっかり内輪の話にのめり込んでいた長政と半兵衛はふと気まずそうに互いの顔を見つめると、長政がこちらに向き直り、半兵衛はついとそっぽを向いた。
 今更のように青年は咳払いをして崩れてしまった言葉を整え直す。
「申し訳ございません、皆様方。随分とご無礼を働いてしまいました」
「状況が分からないんだが………何だ? 結局今回の犯人をきちっと捕まえてあるってことなのか?」
 やや混乱気味の秀吉の言葉遣いはさばけたものに戻ってしまっている。が、それを咎めるような人間もこの場にはいないのであっさりと見過ごされた。
 長政は照れを含んだ苦笑いと共に簡単な事の流れを説明する。
「ええ、まぁ、はい―――捕らえております。あの宴は敵をおびき寄せる為のもので、敵もまたそれに引っかかってくれたのでどうにか捕らえる事ができました。丁度貴方がたがいらした時に喚いていた男がいたでしょう? 彼が今回の黒幕です」
「あいつが?」
「全然気付かなかった………」
 小一郎が呆然と呟く。とはいえ、あの状況下で騒いでいる人間が張本人だなどと気付ける方が凄すぎる。それにしても何故に半兵衛が、と惑う皆を前に何気ないことのように長政は続けた。
「私と半兵衛は以前会ったことがございましてな、その時の誼で彼は手を貸してくれた次第。なぁに、手を貸すといってもそこらの雑兵にでもできるような他愛なきこと、拘る必要もございますまい」
 ―――『そこらの雑兵にでもできること』なら本当に雑兵にやらせれば済む話じゃないか。
 秀吉はそう突っ込みたくなるのをかなりの努力で抑え込まなければならなかった。
 兄と違って素直な弟はほっと安堵の息をついた。
「じゃあ別に報告に行かなくてもいいんですね?」
「手間取ったことは事実ですからな、報告されたとしても致し方ない。出来れば内々で済ませたいと咄嗟とはいえ虚偽を述べたことも事実なれば」
「まぁ堅いことを言いなさんな。うちも好き好んで身内を告発したい訳じゃねぇ」
 下手したらあんただけじゃなくこっちまで雷が落ちてくるからな、と。
 軽く小六が肩を竦めてみせれば長政も気の置けない笑みを覗かせた。その場に満ちる親しげな気配にどうにも秀吉は溶け込めずにいる。
 こちらから更に真偽を問い質す前に折りよく長政は背を向けた。
「ここから先は浅井の領分です。関わらせておきながら難ですがこれより先は他言無用に願います」
 下手人の狙いだとか、何を聞きだすつもりかとか、処分をどうするのかだとか。
 すべては当主たる己に課せられるべき責務であり、そこには同盟者たれど義兄たれど立ち入らせるつもりはないと背中が語る。ふと、それまであらぬ方を見つめていた半兵衛がゆっくりと気遣わしげに声を発した。
「長政」
「お前は駄目だ、半兵衛」
 完全に背を向けていた姿勢をほんの僅か、友へと向け直して彼は微笑む。
「誰かを拷問にかけるなど―――お前には無理だ」
 決して口出しするな、これはお前には関係ないことだからと。
 告げる建前の向こう側に友人に非道な行いをさせたくないとの思いが透けて見える。
 それ以上半兵衛は問い掛けることをせず、立ち去る長政を黙って見送った。辺りはしばし沈黙に包まれて朝の到来を示すように山の淵がぼんやりと薄明るくなってくる。
 何かを発すれば非難の言葉になるのかもしれない。納得いく答えが得られなければ問答無用で斬り捨てるのかもしれない。そう考えながらもそうならないと半ば確信している己の心持ちが秀吉自身、不思議でもあった。
 思っているより自分は―――お人好しなのか、彼らを気に入っているのか、ただの諦めか。
 遠い目をして闇夜の林を見渡す軍師にため息交じりで問い掛けた。
「―――半兵衛」
「はい」
 いつもより抑揚もなく、控えめな口調。さすがに反省しているのだろうか―――単独で動いたことを。
 どことなく打ちひしがれた気がしているのは眼前でらしくない軍師殿の慌てっぷりを見せられたからかもしれない。ああ、あれほどに取り乱されてしまうと、何だかもう。
「………簡単でいい。事の起こりと流れと結論を適当に話せ」
 寛大と言えば寛大な言葉にやっと半兵衛が三人へと振り向いた。その眼差しはすっかりいつもの落ち着き払ったものに戻っていて、先ほどまで垣間見せていた必死な様子など何処にも見い出せない。
 抱え込んだ荷物もそのままにそうですね、と半兵衛は切り出した。
「長政の説明で全てなのですが―――以前私は彼と会いまして、その時に少し世話になったのです。その義理もあって今回は手を貸したというそれだけのこと」
「情報操作に意味はあったのか? 混乱したのは俺たちだけだったじゃないか」
「混乱する必要はなかったんです。あの噂はどれも真実でしたから」
 半兵衛が軽く肩をすくめる。
 異なる場所で流された異なる噂は悩むほどのものではない。いずれも事実であり、どの『事実』に相手が引っかかってくるのかを確かめたかっただけなのだから。
「結果、下手人は浅井の近辺に忍び込んでいると確認が取れました。考えてみれば当然かもしれません、木下組みは面子が少ないから不審者の存在はばれやすく、滝川や柴田の陣は浅井にちょっかいを出すには聊か遠すぎる。まして郷里の訛りが自覚なくとも存在している可能性を考慮するならば足元に潜むのが確実といえば確実」
 何より今回の標的である浅井長政の動向を逐一見張ることが出来る。
 三日で相手の動向を探れるかはかなり際どいところだった―――複数犯であれば所在も掴めずに終わっていたかもしれない。だがさいわいにして此度は単独犯であり、こちらの誘いに乗ってくれるある意味間抜けな下手人でもあったのだ。
 秀吉は腕を組んで少し考え込んだ。
「………宴にはお前も参加してたんだろ? 宴の必然性はあったのか」
「ええ、少しだけ参加してました。宴には息抜きの意味も少しだけ。それに犯人が狙うとすればやはり標的が油断したところでしょう? 人が気を抜くのは食事、睡眠、情事の最中。私が女役として―――」
 そこでぱきりと秀吉が固まった。慌てて問い掛ける。
「まさかてめぇ―――『寝た』のか!?」
「はい」
 あっさりと半兵衛は頷いて。
「無論、狸寝入りでしたけど。酒を煽って騒ぎに騒いで疲れて雑魚寝しているように装ったのです。おかげで肩が痛いったら」
 見事に互いが互いの意味を取り違えたまま話が進んだ。
「そ、そうか」
 しまったしまった、気にするな、というように秀吉の方が頬を赤らめる。何か反省したらしい。
 大人しく耳を傾けていた弟がふと疑問を呈した。
「でも先生、一体宴の最中の何処に居たんです? 女役って言ったって………」
 あそこにいたのは素人さんだけだったしと首をひねる。
 そんな薄着で出歩いている上に髪もほどいているのだから自分たちが気付いても良さそうなものなのに。飛び込んできた知り合いに驚いて身を隠すとしてもあの場は姿を遮るものなど何もなかったのだ。
 軽く笑い、彼は答えを示した。
「白拍子役として場に居ましたから。偽りの宴に民間人を巻き込んで怪我でもさせたら目も当てられないでしょう? だから」
 こんな風にして、と半兵衛は手にした荷を広げて頭上にかずいた。
 ゆるりと解かれた薄紅の内掛けが彼の全身を覆い隠して正体不明にさせる。そのまま半兵衛は彼らに背を向けると僅かに首を傾げて腰を落としてみせた。すると不思議なもので、ただ姿勢を僅かに変えただけだというのに、その後ろ姿はまるで憂いを含んだ遊女のものとなる。篝火のもとへ立てば肩にかかる長い髪と整えられた唇だけで大抵の人間は女と見紛うであろう。ここにも嵌められた人間が三人いるという訳だ。
 浅井の人間にも分かりにくくする為にはこうして面を隠しておく必要があった。戦場に素人の女を連れ込むのを長政が渋る限りには。
 外した衣を丁寧にまとめて半兵衛は苦笑している。
 大まかな流れは理解できたがつまるところ何処までが軍師の差し金でどこからが長政の考えなのか判断がつかなかった。例えば真実の噂を複数流すにしてもどのような内容にすべきだとか、その間隔だとか、宴をするにしても敵を誘い込む為に酒を用意したり密やかに集う面子を限定したり、本当に一部だけ狙い撃ちするような噂を流したり。どちらかが考え出した案かもしれず討論の末にくだされた結論かもしれず、秀吉は消化不良の念を禁じえない。
 態となのか天然なのか、一旦言葉を区切った軍師は手にした荷物を返してくるからと改めて背を向けた。
「この衣は奥方からの借り物らしいですよ」
 ―――私と思って持って行ってくださいな。
 妻に頼まれた夫はその願いに従いかさばるにも関わらず彼女の着物を同伴させた。まさかこんな使い方をされるとは妻も思ってなかっただろうが、役に立てたことには胸を張るに相違ない。
「すぐに戻りますから先に陣に戻っていてください」
「半兵衛」
 立ち去ろうとする背中に呼びかける。静かに歩が止まった。
 明け方近い薄明かり、組んだ腕をどうにか解いて秀吉は問いかけた。
「今回のことは―――どう考えても明白な裏切りに繋がる。何故、言わなかった。その上で浅井と協力すればこんなややこしい事態にはならなかったんだ」
「はい」
「弁解は」
「ございません」
 僅かに秀吉が視線を厳しくする。
「どうして黙っていた。どうして隠そうとした。なのに最後の最後でばらしたのは何故だ。お前には理由があるんだろう? 堂々と弁明でも釈明でも何でもすればいいじゃないか」
「黙っていたことに違いはございませんから」
 敢えて背を向けたままで無礼と取られてもいいように振り向くことはない。
 本気で何も語らないつもりらしい―――秀吉が、彼と浅井の関わりを知りたがっていると悟りながら、堅く口を噤んでひたすら押し黙るつもりらしい。
 どうしてこんなに意固地なんだ、話せばいいだろうに減るもんじゃなしと思いながら秀吉はひとつため息をついた。
「………いいさ」
 与えるのは許容。
 自分が関われるのは『これから』であり、過去の人付き合いにまで口出しできるはずがない。
「秀吉殿?」
 不思議そうに半兵衛が振り向く。もっと非難されると思い込んでいたのだろう。
 だが、生憎だ。
 自分はそこまで物分りの悪い上司になる予定はない。
 それでも即座に言い切ることは意地もあってか躊躇われて、口をひん曲げたような感じになりながらも言葉を紡いだ。
「見逃してやるからさっさと行け。―――友達なんだろ」
 仕方ないさ。
 俺にはそうやって庇いあえるような存在がいるかどうかも分からないけれど。
 ひとりの人間として認めている奴が『友人』と称するのであれば、その繋がりを保つのに吝かではない。

「お前、長政のことが好きなんだろ」

 純粋な驚き。
 耳にした言の葉に咄嗟の頷きも返せず、少しだけ目を見開いた軍師はやがて徐々に表情をやわらげて、振り向いたままの姿勢で頬を染め。
 本当に、本当に少しずつ少しずつ。

 ―――これいじょうないくらいしあわせそうにほほえんだ。

「………っ」
 瞬間、言葉を重ねることができなくて秀吉は危うく舌を噛むところだった。照れまじりに俯いた軍師は問い掛ける隙を与えずにくるりと向きを変えて闇の中に走り去る。
 後に残された面子がひたすら呆然と佇んだ。
 かなりの間を置いた後でやっと小六が呟く。
「―――先生でも、あんな風に笑えるんだな」
「なんか可愛かったですね」
 褒めてるんだか何だかわからない感想を勝手に述べ合っている。
「………ふん」
 我知らず鼻をならして秀吉は踵を返した。どうのこうのと揉めている間にすっかり夜明けが近づいてきてしまっている。早いとこ陣に戻らねば側近たちが騒ぎ出すことだろう。自ら進んで半兵衛の背を押したくせに最後の笑顔で途端に腹立たしくなってきた―――なかなかに複雑な心境で「早くしろ」と秀吉は小一郎たちを急かす。
「何だよ兄さん、なに急に怒ってんだよ」
「やかましい。今しがた俺は部下の無礼を見過ごすと言う非常に寛大な措置を示したばかりなんだぞ。ちったぁ敬え」
「自分で言われてもなー」
「黙れ。大体なぁ、俺になんにも言わないあいつが悪いんだよ、あいつがっ。言えばいいじゃねぇかあの馬鹿が!」
「でもなぁ」
 今度は小六が口を挟んできた。
「俺が先生の立場だったらやっぱりお前には言えないと思うぞ」
「うん。俺も言えない」
「何でだよ!」
 先を進んでいた秀吉が苛立ちも露に振り向いた。しかし陣へ向けての歩みはあくまでも止めない。「だってなぁ」とふたりだけで分かっている男どもは顔を見合わせて頷いた。小一郎が申し訳なさそうに眉を下げる。

「だって、兄さんは信長様に嘘がつけないだろ?」

「―――何だそりゃ?」
 返された言葉が理解できなくて秀吉は立ち止まった。
 確かに自分は信長に対して嘘をつけない、というよりはつかない。しかし、それとこれに何の関係が。
「信長様が先生と浅井の繋がりを知ったら絶対気分悪くするよ。下手したら兄さんが上司を介さずに浅井と個人的関係を持とうとしていたと疑われたっておかしくないもの」
「殿がそんな些事に拘るものか」
「そうだろうなぁとは思うんだけど………ごめん。俺は兄さんほど信長様に心酔できてないみたいだ」
 異論を唱えない辺り小六も同意見なのだろう。
 分が悪くなった秀吉は特にそれに対する自己の見解を示さずにまた歩き始めた。
 信長がかなり勘繰る性質であることは確かで、短気で執念深いことだって有名だし、部下が勝手な行動を取ると火がついたかの如く怒りまくるのは真実だ。下手したら切腹ものだから上司の首を案じた軍師が言い出せなかったのもなるほど理解できなくはない。
 ―――だが。
 未だ腹の虫が納まらないのは事実なので相変わらず秀吉は軍師の悪口に終始する。
「ったく、あいつは秘密主義すぎるんだよ。もうちょっと過去を打ち明けたって何の問題もないじゃないか。俺も語ってないが―――って、それはともかくっ。いい歳した男が女物の衣かぶって平然としてるのも変だし! 立案したのがどっちが知らないが友人に白拍子やらせて疑問を抱いてない浅井も変だ! それに幾ら闇夜でもなあ、なってない舞いをしてたんじゃ下手人にもすぐにバレるだろーが」
「え? そうかなぁ、結構似合うと思うけど」
 暢気に弟は微笑んだ。
「先生は舞いが得意だしなー、なんだろ、『伊勢』でもやったのかな?」
「『青海波』とか『杜若』かもしれんぞ」
「でも着物が薄紅だったでしょ? 扇もって舞うんだったら………」
 和気藹々と話していたふたりだったがふと前方の沈黙に気付いて会話が差し止められた。
 相変わらず秀吉は前を向いて歩いているのだが―――何だろう。
 微妙に、空気が、重たい気がする。
 とてつもなく嫌な予感に小一郎は冷や汗を流した。もしかして、とも思ったし当然かな、とも思った。一先ず確認を取らねば始まるまいと意を決して問い掛ける。
「あの、さ、兄さん………もしかして」
 沈黙。
 とてつもなく空気が―――冷たいし重たいし何だか張り詰めてるし。
 でも改めて。

「もしかして―――先生が舞ってるところ、見たことない。と、か………?」

「………」
「だ、だって、暇さえあれば先生なにか踊ってるじゃあないか。庵とか庭先とかでさぁ、気分がいい時は皆の要望に応えてくれたりさあ………」
 言葉は段々と先細りして口中に呟きと化して消えた。懸命にも小一郎も小六もそれ以上無駄な言葉を吐こうとはしなかった。
 眼前の上司の機嫌が凄まじい勢いで急降下していくのが分かったからである。




 数年前―――冬。
 舞う、白雪。
 滅多に人の訪れぬ山に重装備をした人物が一歩一歩、道を踏みしめて登ってくる。目指す先は閑散とした庵であり、より正確にいうならば其処に留まっているであろう青年にあった。
 降りしきる雪と滑る足元に難儀しながらもようやく彼は庵にたどり着き、中を覗き込むが予想に反してそこには誰もいなかった。寒々とした空気が無人であることを物語り、土間にあるべき草鞋や他の家財なども見つけることができず、途方に暮れて左右を見渡したところを呼び止められた。
 いつ来たのだろう―――この庵の主に仕える忍びが背後に佇んでいた。
「―――あの方は山を下りられました。此処にはおられませぬ」
「山を、下りた? あいつがか」
 呆然と呟いた。目的の人物がいないなどと考えてもいなかったのだ。
 元より山に篭もるのは仕えるべき主を捜す為だったはず。ならば、彼は主君を見い出したのか。部下が留まっているから、きっとそれはまだ数日前の出来事なのだろう。ほんの僅かな訪れの差で目的の人物は自らの手をすり抜けていってしまった。
「そうか………ようやくあいつを迎える準備が整ったんだがな」
 諦めきれぬ苦笑をもらす、これが己らの運命かと。
 どうしても共には歩めぬ。どちらからか離れて行くように定められているのやも知れない。
「まぁ仕方あるまい。いずれ縁があれば会うこともあるだろう。………誰に仕えるのかぐらいは聞かせてくれるか?」
「織田の配下、木下藤吉郎秀吉殿に組すると決められたようでございます」
「織田か! ならば当面の敵ではない」
 すぐに刃を交えることにはならずに済みそうだと笑う。帰路を辿る彼に部下は気遣わしげに問い掛けた。
「少し休まれては如何ですか。あの方も間もなく戻っておいでになるでしょう、そこで話せば、あるいは」
「いや。有り難いがその申し出を受けることはできぬ。ましてやあいつが一度決めたことを翻すなどまずもってないだろう?」
「………」
「上司と部下にはなれぬ。だから対等な友人のままでいろと天が定めているらしい」
 そういって、北近江の大名浅井長政は明るく笑った。
 この僅か数日のずれが、友との道を永遠に分かつことになるとも知らぬままに。
 空は変わらず―――舞う粉雪と、果てに春を思わせる青の気配。




 朝から目に痛いほどの青空が広がっていた。ここ数日の曇り空が嘘のように晴れ渡り、地面を照らす光は少々きつい。
 一連の騒動の間ほとんど寝ずに過ごしていた半兵衛は目映さに目を細めた。午前から午後は将軍のもとで、一時陣に戻って深夜には浅井のもとへなどという無茶な生活は幾ら彼がふたり分の精神を所有しているとはいえ聊か強行に過ぎた。
『半兵衛〜、眠いなら代わるぞ〜』
(ん………いや、大丈夫だ。お前こそ疲れているだろう?)
『そうでもないさ………』
 眼前にざわめくのは鎧甲冑に身を包んだ兵士たち。間もなく城から信長が現れて出立の合図を取るのだろう。六角との交渉は決裂し、後は敵を切り分けて京都まで一直線の行軍だ。されば木下組みもある程度の働きは見せねばならぬ。先のほうで秀吉が陣頭指揮を取っていた。
 しんがりを務めるようにかなり下がったところで半兵衛は馬に揺られていた。
 兵士たちのざわめきに出立の近さを知る。
 間もなく、間もなくだ。間もなく城門が開き信長が出てくる………。
 と、その時半兵衛は背を叩かれて振り向いた。そこに友の姿を見い出して呆れ返る。
「こんなところで何をしている。早く陣に戻らねばまずいだろう」
「わかっている。でもまあ、昨日の尋問の結果でこれだけは伝えておかないとと思ってな」
 歓声が上がった。目端に信長の甲冑を認めて半兵衛は舌打ちする。本当にこんなところを見咎められでもしたら、浅井にとっても木下にとっても目出度くない事態になる。
 暢気に笑っていた長政はふと気を引き締めて相手の耳元で囁いた。
 歓声に飲まれぬように明瞭に、他にもれぬよう控えめに。

「―――お前のかつての主が京の都で待っている。油断するな………!」

 息を呑んだ。声が口をつく。
 咄嗟に閃くのは美濃ですごした頃の記憶と、屈辱と、裏切りと。
 最後に見たのは憎しみに歪んだ瞳をした。

「斉藤―――龍興………!!」




 雲ひとつない青天白日、行く手遮る影は何もなし、ただただ広がる世界は切り開かれるのを待っている。進め果てまでもと呼びかける。
 信長が高々と手を掲げた。

「出立――――――っっ!!」

 号令、鬨の声。蠢きだす鎧姿と陽光に鈍く光る槍の穂先。
 将軍足利義昭を擁した織田信長はこうして京への進軍を開始した。

 

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※青天白日 : 晴れ渡った真昼、晴朗な人物のこと。無実の罪が晴れること。

転じてここでは浅井長政のことを表しています。
『きつねつき』シリーズは外伝と最終回を除いてタイトルが誰かのことを暗喩しているので、
結構わかりやすいかも?

時期的には真夏の9月目前。「いい加減京都に着けよお前ら」と言いたくなるよーな展開の遅さです☆
でもって次回は斉藤龍興が登場するからまた無意味に長くなるんだよな。
ちなみに前編で名前だけ登場した「恵瓊」ってのも歴史上の有名人物だったりするから
また話がややこしくなるんだよな………ふふふ(遠い目)

今回無意味にジャレついてる人々がいましたが書いててなんだか面白かったですv
長政のための弁明をするとき何故か進行方向から半兵衛がやってきましたが、あれは勢い余って
秀吉たちを追い越してしまったからと思われます。なに激走してんだか(苦笑)

どうにも半兵衛はブラコンの気があるので(え?)兄貴風を吹かせるタイプに弱いようです。
だから光秀とか下手したら小六にも弱いかもしれない。
秀吉はダメ。あれはどー見たって「弟」ですから(笑)
最初は秀吉の立場ももっと強かったのになー。まぁその内に半兵衛の嫉妬話(?)も出てくるからいいか………。

 

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