「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

62.trespasser!(1)

 


 都内の一角に位置する木下家の朝は早い。それは夏休みの間といえども変わることはなかった。午前7時を

過ぎればカラカラと雨戸を開ける音がして、やがて台所で朝食を作る音が聞こえてくる。ゴミを出したり、布団を

干したり新聞を取ってきたりする小さな影。

 その影が2つに増えたのはここ最近のことである。

 同時に、朝早くから誰のものともつかない悲鳴が響き渡るようになったのも……。

 

 誰の悲鳴かというのはまあ――今更、断るまでもないだろう。

 

 

 午前7時。

「秀吉ー、起きてるかー?」

 コンコン.

 と。以前注意されたので幾度かドアをノックしながら、日吉は控え目に呼びかけた。返事がないということは

つまり、ドアの向こうの人物は眠りこけているということなのだろう。夏休みだからといって見逃してやる気はな

い。やらなければならない事はたくさんあるし、そもそも今日は防衛隊への出仕日なのだ。

 容赦なくドアを開けると眠っている秀吉の姿が目に入った。窓は網戸のくせに布団にくるまっている辺り、暑

いんだか寒いんだかよく分からない対応の仕方である。「起きろったら起きろーっ」と心なしか強めに呼びかけ

ながら身体をゆする。しかし秀吉は

「あ……あと5分……」

 とか何とか言いながらモゾモゾと布団の奥底へ引っ込もうとしている。夜の内に読破したのだろう、分厚いP

C解説書が枕もとに散乱していた。

「起きろよ、今日は防衛隊に行かなくちゃいけないんだぞ」

「あ〜……」

「サスケだって帰ってくるんだし。ちゃんと迎えに行ってやらないと……」

「う〜……」

 ――こりゃダメだ。

(どーして女の俺よりも秀吉の方が低血圧なんだろう……)

 いささか疑問を感じながらも日吉は最終手段の決行に踏み切った。「秀吉がなかなか起きてくれない」とぼや

いていたら、ヒカゲが教えてくれた取って置きのワザだ。

 そっと転がっている秀吉の肩に手を回し、耳元で甘えるかのように囁く。

 

「あ・な・たv ご飯ですよv」

 

 ――直後。

 凄まじい絶叫が響き渡った。

 

 声の主は目にも止まらぬ速さで飛び起きて飛び跳ねて、近くの本棚に激突して雑誌・単行本の山に埋もれて

しまった。スバらしい効果に日吉もやや呆然とする。

「なーっ、なっなっなっ………!」

「おはよう、秀吉」

 指をこちらに突きつけてフルフルと震えている秀吉に、何でもないことのように返事をした。

「おっ、おおおおお前………!」

 寝癖で髪の毛をピンシャン立たせながら秀吉が怒り(?)に打ち震えている。

「そんなんを何処で教わってきた――!? 俺ぁ教えた覚えはないぞっ!! 五右衛門とか隊長とかゆったら

家出してやるからなっっ!!」

「ううん、ヒカゲからだよ」

 なーんか、時々秀吉ってワケわかんないこと言うよなぁ。寝起きだからかな?

 などと実にのん気な思考回路の元、日吉はあっさりと首を横に振った。

「秀吉がなかなか起きないんだぁって言ったら、‘いい方法があるわよ’って。ホント効果覿面だったね」

 にっこり笑う日吉にがっくり項垂れる秀吉。

「頼む……明日からちゃんと起きるから、その方法だけはやめてくれ……っ!」

「えー、何でー?」

「いいからっ! やめろっつったらやめろっ!」

 秀吉は血の涙を流している。そんなにイヤな方法だったのかと若干の反省をしつつ、日吉はゆっくりと立ち上

がった。

「じゃ、まあ何か別の方法考えておくけど……早く着替えて起きといでよ。朝食、もうすぐだからさ」

 布団も干してからね、と付け足してから台所へと向かった。

 

 

 ――やられた。今日のは完全に不意打ちだった。

 着替えと洗顔と布団干しを終えた秀吉は、爽やかな朝に不似合いな苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 原因は勿論、今朝の‘あれ’である。日吉にあるまじき色気で(何だそりゃ)「あなたv」と囁くなんて反則もい

いところだ。しかも吐息が首筋直撃でかなりピンチだった(何が?)日吉は男性の朝の生理現象を知らないの

だろうか(知ってても困るが……)。

 別に秀吉は低血圧ではない。今日だって6時半頃には目が覚めていた。それでも布団の中でグズグズして

いた最大の理由は、「起こしにきてもらいたいから」とゆー今時の中学生にあるまじき甘ったれた願いのためで

ある。繰り返し言うようだが、施設育ちが長く、日野家に引き取られてからも幸薄かった彼は、「家族」という存

在にかなり飢えている。日吉と同居するようになった次の日、珍しく寝過ごした自分を起こしに来てくれた時は

胸中に風速50メートル級の感動の嵐が吹き荒れたものである。

 以来、その経験に味をしめて日吉に起こしてもらう習慣がついてしまっている。おかげで低血圧だと思われて

しまっているが、それぐらいの不都合には目をつぶるべきだろう。

 しかし。

 

(ヒカゲの奴っっ!)

 

 ガン!! と燃えるゴミ専用のポリバケツを地面に叩きつける。

 あのアマ(※ヒカゲ)は絶対に、秀吉の考えを見抜いていて、あんな事を教え込んだに違いない。今頃、朝食

を取りながらうっすらと微笑んでいるのだ、きっと。ヒナタ相手に「今日もいい天気ね」とか何とか言いながら。

 新聞を回収して部屋に戻ると、台所から朝食のいい香りがしてきていた。それに少しだけ機嫌を直して、テレ

ビのスイッチを入れた上で新聞を開く。

 

『NBK(日本暴走協会)大河ドラマ、『犬と待つ』絶好調!』

 

 との見出しが目に入った。視覚障害者の主人公が、謎の疾走を遂げた妻を盲導犬のラブと一緒に捜しに行く

という、サスペンスタッチの青春大河ドラマである。毎回ゲスト出演する犬達のカワイさも話題を呼んでいる。チ

ワワにセントバーナードに日本スピッツにダルメシアン、この間はヴェルシュ・コーギーだった。次回は柴犬らし

いので日吉と2人で密かに期待している。

 他の記事で目をひいたのは隕石落下についてだった。数日前、割りと大きな地震があったのだが、どうやら

原因はコイツだったらしい。かなりでかいサイズで残っているので研究員たちが調査に乗り出すという。宇宙の

生成の秘密に迫れるだろうか? と記事は結んであった。

「あ、ねぇ、秀吉!」

「ん?」

「ニュース見てごらんよ。司令が登場してるよっ」

「お、ホントだ」

 ニュースではオペレーターズに囲まれて忙しそうに立ち回る司令の姿が映し出されていた。今年の秋、地球

連邦の国際会議があるため、それについての意見調整などを各界の首脳と行っている最中らしい。こうしてテ

レビで見ている限りは、確かにエライ人物なんだと思えるのだが――。

「現実に見ちまうとなぁ……」

「ちょっとね……」

 聞いて天国、来て見て地獄。いや、違う……‘人は見かけによらない’、か?

 少しだけため息をついてから新聞を横に置き、用意された朝食に「いただきます」の礼をした。

 

 

 防衛隊の基地は都心からやや離れたところにある。司令の性格を考えるに、本当はネオ・東京タワーとか国

会議事堂とか、そこいらの有名建築物に内蔵したかったのだろうが、さすがに反対されたのだろう。騒音公害

にもなる。何しろコロクンガーが出陣する度に大音量でテーマソングがかかるのだ。敵にも基地の場所がバレ

バレだと思うのだが、別にいいのだろうか。

 基地の前までやってくると反対側の道路にヒナタとヒカゲの姿が見えた。日吉が大きく手を振る。

「おーいっ、二人共ーっ」

「あ、ヒヨシ! 秀吉!」

 駆け足でヒナタがやって来て日吉と軽く手を打ち合わせた。「おはよー」と言葉を交わしている、年下コンビの

挨拶はとても爽やかでいい、が。

「よー、ヒカゲ。今日も元気そうだな」

「あら秀吉、おはよう。今日もいい朝だったでしょう?」

「ああ、これ以上はないくらい素晴らしい朝だったとも」

「ほほほv」

「ははは」

 年上コンビの方は澄み切った青空を背景に暗雲が漂っているような気がしてならない。それに全く気付かな

い日吉とヒナタは鈍いというか大物だというか……。

 水面下の争いに終止符を打ったのは日吉の一言だった。

「あ、殿と犬千代さんだ」

 さすがに2人とも隊長たちの前でまで不毛な争いを繰り広げるつもりはない。

 

(いつかシメる!)

 

 の決心と共に秀吉は視線をヒカゲから逸らした。

 犬千代相手に何やら話している隊長はいつにもまして不機嫌そうだ。きっと、「何でこんな暑いのに外出しな

きゃなんねぇんだ」とか「敵も出てこないしストレス溜まる一方だぜ」とか、他人にとってはどーしよーもない愚痴

をたれているに違いない。

「てめーら、玄関で何のん気にくっちゃべってんだ?」

「おはようございます、殿」

「返事になってねーだろーが、このサルっ!」

 げしっ! と日吉の頭が蹴られるのは既に朝の日課である。この場合、挨拶もなしに急に語りだす信長の方

が問題だと思うのだが――それこそ今更、か。

「おはようって言っただけじゃないですか〜っ!」

「うっせぇ、ここじゃ俺が法律だ!」

「はは……まあ落ち着いて落ち着いて」

 毎度毎度、止めに入る犬千代もご苦労なことだと思う。

 

 ――そこまではいつも通りだったのだ。

 

 玄関を潜り抜けてすぐのホールで、‘それ’は目に入ってきた。

「……何やってんだ、あのスッパは?」

 信長の言葉通り、五右衛門が角に座り込んで廊下の向こう側を覗き込んでいた。6人のザワついた雰囲気

に気付いてこちらを振り返り、慌てて手を掲げる。

「あっ、こらっ! ホールに入るな!」

「へ?」

 時既に遅し。6人は見事ホールに足を踏み入れてしまっていた。五右衛門の叫びに一瞬驚いたものの、特に

変わったことがあるようにも思えない。

「あーあ、入っちまったか……」

「どうしたってんだよ?」

 顔に手を当ててやれやれとため息をつく五右衛門に近付く。チラリ、と6人を見上げた彼は、右手の親指で軽

く今入ってきたばかりの玄関を指差した。

「ちゃーんと‘只今取り込み中’って張り紙しておいただろ? 読んでくれよなー」

「張り紙?」

 通り過ぎてきた出入口を見れば、確かに何やら紙がはっつけてある。気付かなかったのは注意散漫な故か

張り紙が目立たなかった故か――多分、前者だけど。

 しかし素直にそれを認めるのは信長の性格上できそうにもなかった。

「何だよ、今日は出仕日だろうが。遅刻してきた方が良かったってのかよ?」

「そーじゃないそーじゃない、ただ、突発的緊急事態ってやつぅ? 俺も困ってんのよね」

 五右衛門は床に手をついたままの体勢でいる。

「何でぇ、その突発的緊急事態ってのは」

「百聞は一見に如かずって感じかな。試しに、外出てみ?」

「あ? 何言ってんだ、てめぇ」

「やってみりゃわかるって」

 訝しげな顔をしながら信長が玄関まで戻る。そのまま外に出ようとして―――

 

 バチィッッ!!

 

「どわっ!!」

「殿!」

「隊長!」

 弾き飛ばされた信長に日吉と秀吉が駆け寄る。別に大した被害も受けなかったらしい。1、2度頭を振って勢

いよく信長は立ち上がった。

「だーっ! 何だってんだこの扉は――っ!!?」

「バリアーさ」

 やはり立ち上がった五右衛門がしれっとした顔で答えた。犬千代が不思議そうに問い掛ける。

「バリアーって……普通、敵からの攻撃を防ぐもんじゃないのか?」

「そ、だからゆーなればこれは‘逆バリアー’ってやつ?」

 ちっちっちっ、と指を振りながら語る五右衛門は何となくエラそうだ。

「もともと防衛隊開発班が、敵捕獲用として作ったシロモンでさ。まだ試作段階だからどうとも言えねーけど、使

い方によっちゃぁかなり有効だぜー? なんせ、中に閉じ込めたら絶対に逃がさないからなっ♪」

「え? でも、これってつまり……わたし達が閉じ込められちゃってる――んじゃ、ないの?」

「はーい、その通りっっ! ご名答♪」

 ヒナタの科白に五右衛門は指を鳴らした。そんなお気楽な話なのだろうか……。

 呆気に取られている全員をよそに、ゴソゴソと胸からくないを取り出し、廊下へと向き直る。

「それだけじゃない。更に面白いことにだな――」

 放たれたくないが廊下に突き刺さり、次の瞬間、

 

 ―――ドーン……!!

 

 ……破裂した。

 

 といっても破裂したのは床の方である。オリハルコン製のくないは曲線を描いて元通り五右衛門の手の中に

収まった。舞い上がった白煙が目に痛い。

「――と、まあこのように廊下にも爆発物が仕掛けてあって危険極まりないので……」

「誰だ――っっ! こんなことしたのはぁぁっっ!!?」

 日吉が血の涙を流しながら叫ぶ。

「これまた開発中の液体型爆弾。渇くと見分けがつかなくってよー、ご丁寧にも廊下全体に巻いてくれたらしく

って、どーやって避けたもんか考えてんの」

 角で蹲っていたのはその為だったらしい。しばしあごに手を当てて考え込んでいた秀吉は素っ気無く問い質

した。

「司令の仕業――じゃ、ないよな?」

 あの人物は時々とんでもないことをやらかしてくれる。この間は「体力強化だ」とかいって突然闘牛と戦わさ

れたりもした。しかし。

「こんなんやっても仕方ないじゃん? それに、司令じゃないって証拠なら他にもあるぜ」

 そう言って五右衛門は胸ポケットから数葉の写真を取り出し、近付いてきた皆に見やすいように広げた。

「って、おい、これ……!」

「だから司令じゃないっつってんの」

 信長の唸るような声にも飄々としている。他の面子は驚いて写真に見入っているのみで。

 写真の中では勝三郎と万千代が制御室で昏倒していたり、ひとり取り残されたらしい一益が倉庫で四苦八

苦していたり、その他諸々のスタッフメンバーが軒並みやられていたりした。

 確かに司令がここまでする必要はないだろう。

 

「侵入者がいるってことか……?」

 

「――でしょうね」

 信長の呟きに秀吉がひとつ、頷いた。防衛隊にあるまじき真面目な雰囲気が(失礼)辺りを押し包む。

 と、その時。

「ところで五右衛門、少し聞いてみたいのだけれど……」

「あ?」

 ヒカゲが真剣な面持ちで相手を見据えた。

「何でこんな写真を撮ることができたのかしら? 監視センターには入室できなかったんでしょ?」

「ああ、俺特製の隠し撮りカメラが随所に仕掛けられてるからさー♪」

 法律違反で逮捕されるぞ……。いや、そもそも質問が本題に関係ない話のような気が――。

「どうしてそんなものを仕掛けているのかしら?」

「そりゃあ勿論……」

 フッ、と笑みをもらした五右衛門は素晴らしく優しい仕草で日吉の手を取った。

「余すとこなく愛しい相手のベストショットを撮るために決まってんじゃーん♪ なあ、日吉v」

「へ?」

 日吉が目をしばたかせた。

「何がベストショットだ―――っっ!!」

「手を放さんか、この変態覗き魔がっっ!!」

 すかさず信長の蹴りと秀吉の拳が宙を飛ぶ。目標対象物は身軽にそれをかわすと若干遠めの位置に、音も

なく着地した。

「あーもー、これだから外野は……俺自身はこんなにも平和主義だってのにっ」

「たわけたことを言うなっ!!」

 尚も怒りがおさまらないらしい2人をよそに、五右衛門は壁に手をついて不敵に笑った。

「つーわけで、今からちょいと司令室まで行ってくるわ。ついでに侵入者も倒してくっから、お前らはここでのん

びり待ってなー♪」

 軽い掛け声ひとつ、壁を蹴り上げ、天井にピタリと両足を張り付かせた。

 日吉とヒナタが目を輝かせる。

「すっ、すごい、五右衛門っ! 俺もやりたいっ!」

「どうやってるのっっ!?」

「靴の裏に接着剤つけてるだけだろーが、ドアホ」

 ビキビキと血管を浮き出させたまま信長がツッコミを入れる。逆さ釣りの五右衛門はやや不満げな声を漏らし

た。

「心外だなぁ、隊長。体内の気を足の裏に集中させてバランスを保つ、由緒正しき忍者の技よ? 『ハッ○リく

ん』読んだことない?」

 言った途端、足が天井から離れかけて、五右衛門は口を噤んだ。体勢を立て直してから歩を進める。

「やっべー、やっべー。あんまり壁歩きは得意じゃないんだよなあ……さっさと行ってくるわ。じゃあなー♪」

「二度と帰ってくんな、内跳ね逆立ち男っっ!」

 とことん容赦のない信長であった。

 

 

 五右衛門が去ってからしばらく経った。どうにも出来ず足止めされたままの状況で、もともとあまり‘ある’とは

言えない信長の我慢の限界は確実に近付いていた。入ってすぐのホールにはイスやテーブルが設置してある

ぐらいで、これといった暇潰しの道具もない。応接間風に置かれたそこに皆で陣取っていたのだが――。

 ガッターン! とイスを蹴倒しついに信長が立ち上がった。

「だーっ! 暇だ! いつまでこうしてりゃいーんだこん畜生!!」

「仕方ないじゃないすか、出入りできないんですから」

「やかましい! 俺は意味もなく待たされるのが一番嫌いなんだ!」

「意味ならあるじゃないですか……」

 秀吉の冷静なツッコミもどこ吹く風、肩で風を切りながら信長は廊下との境目ギリギリに突っ立った。

「殿、危ないですよ」

 ヒナタとおしゃべりをしていた日吉が慌てて後を追う。並んで廊下に佇みながら、ここから先、一歩でも踏み出

せば爆発してしまうのか、と日吉は内心で十字を切った。

「……サル」

「はい?」

 突如、がしっ! と日吉の肩に信長の手が掛けられた。そしてそのまま力が込められる。

 

「許す、行け!!」

 

「う、うわぁぁぁっっ!!!?」

 勢いに乗って廊下に突っ伏しかけ――危ういところで踏み止まる。本当に危うかった、あと1ミリでも進んでい

れば爆発圏内だった。

「いきなり何考えてるんですかぁーっ!?」

「うるさい! 爆発しちまえばただの廊下に早がわりだろうが! とっとと突っ込んで防衛隊らしく華と散れっっ

!!」

「勝手なコトばっかり言わんでくださいっ! つーか俺の人権は!?」

「隊長命令の前にはそんなもんゴミだ―――っっ!!」

 極悪な科白を吐いた信長の腕を今度はまた別の人物が捕らえた。誰かと確かめる必要もない、こーんな時

はとても頼りになる‘おにーちゃん’こと秀吉の登場である。背後に暗雲……もとい雷雲が湧き起こっているよう

に見えるのは気のせいではあるまい。

 断っておくが、秀吉はちゃんと信長のことを尊敬している。だが、それとこれとは話が別なのである。

「隊長……」

 顔はどうにか笑みを保っているが、目が笑っていない。

 しばし押し黙った後、堰を切ったように喋り始めた。

「一体、何考えてるんだアンタは―――っっ! カノー・ゲンヤの時といい今回といい! 隊員犠牲にする前に

アンタが犠牲んなれ、アンタが!」

「ああ!? TOPを守るのがてめぇらの役目だろうがっ! 大体、犠牲になろうとしないのはてめぇも同じじゃね

えか!!」

 売り言葉に買い言葉。こうなると最早誰にも止められない。

「初っ端から隊員使おうとするからやる気がなくなるんだろがっっ! 隊長が特攻しかけるのが戦隊モノのセオ

リーだってのにアンタ、そんな真似したことあるか!?」

「定石を俺に押し付けんじゃねぇ! 隊長が特攻するなんて誰が決めたよ!? 俺に守らせる気を起こさせな

い、てめぇらも悪い!!」

「アンタなんか只の隊長のくせに―――!!」

「うるせぇ、下っ端!!」

 どんどん悪化していく口喧嘩(手が出ないだけマシか?)に、側の日吉はオロオロするばかりだ。ヒカゲは静

観を決め込んでいるし、ヒナタと犬千代は言い争いの激しさに近付く事もできない。

(こ、ここは俺が何とかせねばっっ!)

 胸の前で拳を握り締め、注意深く2人に呼びかけた。

「あ、あの……今は喧嘩なんかしてる場合じゃ―――」

 

「「お前は黙ってろっっ!!」」

 

 ハモった信長と秀吉が日吉を突き飛ばし―――。

 

「……へ?」

 

 思考回路停止。

 ―――で。

 

 ズカーン! ドカーン! ドーン………!

 

「のわ――――っっ!!?」

 廊下に突っ込んだ日吉の悲鳴が辺りに木魂する。しかも勢いがついて、廊下の上をスケーティングするような

形になってしまったらしい。徐々に爆発音が遠ざかって行く。

「日吉!」

「サル!」

 さすがに喧嘩も打ち切って、慌てて2人が白煙と黒煙の中に突っ込んでいく。残りのメンバーも後に従った。

 プシュ〜、と音を立てながら煤まみれになった日吉が廊下の端に転がっていた。タッチの差で、秀吉が日吉

を助け起こす。

「おい、しっかりしろ!」

「う〜………」

 日吉は目を回したままである。その肩に手を置いて、神妙な面持ちで信長は呟いた。

「よし、サル。よくやった。てめぇの死は無駄にはしないから安心しろ」

 死んでませんけど……。

 まあ、彼なりの謝罪の言葉なのだろう(何処が?)

「い、いてて………」

 日吉の意識が回復する。その顔を秀吉が覗き込んだ。

「大丈夫か?」

「大丈夫……だけ、ど………」

 自分の身体を見回して、じんわりと大きめの瞳に涙が浮かぶ。

「うっ……うわぁぁぁん!!」

 ガシィッ! と目の前の秀吉の胸にしがみ付いた。

「このブラウス、おろしたてだったのに―――っっ!!」

 そっちかい!(びしっ) ← ツッコミ

「泣くなよ、日吉。どーせ3枚1000円とかで買ってきたシロモノじゃないか」

 よしよしと日吉の頭をなでる秀吉は、隊長のひきつる顔のことは故意に無視している。日吉が見ていないの

をいいことに、正面から堂々と隊長にアカンベーを……ってアンタ、全然無視してないやんけ。

「違うもんっ、今日のはちゃんと1枚1000円で買ったんだもん!!」

「必要経費で落としてくれるんじゃないか?」

「あーもー、いちいち泣いてんじゃねぇよ、鬱陶しい!!」

 凄まじく不機嫌な顔をしながら信長が兄妹の会話に割り込んだ。ワザとではなかったにしろ日吉を突き飛ば

してしまったことに違いはないので、彼なりに負い目は感じているようだ。

「ブラウスの1枚や2枚が何だ! 弁償しろっつーんならしてやるよ! ブランドものでも何でも買ってやろうじゃ

ねぇか!」

「殿にはこの間夕食おごってもらったじゃないですかーっ! そんな恐れ多い真似はできませーん!」

 そうだったんですか……。まあ、その話は追い追い――。

 黙って聞いていたヒカゲがひとつため息をついて、日吉の側にしゃがみ込んだ。

「お取り込み中のところ悪いけれど、ちょっといいかしら?」

「何でぇ、オペレーターその2」

「だって、おかしいとは思わないの?」

 そう言いながら煤けたブラウスの裾を引っ張る。

「あれだけの爆発をすり抜けたのにブラウスの繊維すら切れていない……五右衛門がくないを投げた時は廊

下が砕けたっていうのに。本来なら、日吉なんて肉片も残っていないはずよ」

 密かに恐ろしいことを言っている。

「つまり、防衛隊開発の爆弾は音と煙しか出ないただのハッタリ爆弾。最初のアレだけが特別だったってコトに

なるわ」

「でもヒカゲちゃん、何でそんな仕掛けになってたの? よくわかんないよ」

 皆で顔を見合わせる。犬千代がピッと指を立てた。

「足止めなんじゃないすか? 最初の爆発が凄ければ用心しますからね」

「普通に考えればそうだろうが――スッパがそれを見抜けなかったってのか? あの野郎、随分丹念に調べて

たじゃないか」

 何だかんだ言いつつ、信長も五右衛門の腕は信頼している。防衛隊でのキャリアという点で言えば五右衛門

は此処にいる誰よりも上なのだ。

 なんとなーく全員が察知していて、敢えて避けていただろう言葉を秀吉が口にした。

 

「――‘調べて’たんじゃなく、‘仕掛けて’たんなら話は別ですがね」

 

 未だ胸にしがみついたままの日吉が僅かに目を見開く。

「くないを投げたのも壁歩きも、全て演出だとしたら――写真の入手経路にしたって謎のままですし。侵入者が

どんな人物かは分かりませんが、開発中の爆弾やバリアーを簡単に盗まれるほど防衛隊も甘くないでしょう」

 面白そうに頬を歪めた。

「……内部犯なら、全然問題はありませんし?」

 同様に信長も笑みを返した。眼光を鋭くして廊下の端を見据える。

 

「‘侵入者=石川五右衛門’、もしくは内通している……ってことか」

 

 沈黙が辺りを支配した。

 思ってもみなかった事の成り行きに日吉が慌てる。

「ま、待ってくださいよ! 何もそう決まったわけじゃあ……憶測だけで判断しちゃマズイですよっ」

「わかってらぁ、あくまでも可能性のひとつだっつってんだろ」

 ス、と立ち上がり全員の顔を見渡してから、改めて廊下の先に視線を送る。

 

「行ってみりゃあハッキリするだろ――この先にな」

 

 全員が何となく押し黙ってしまう。

「……ところで、お前ら」

 何処か険のある口調で信長が日吉と秀吉を見下ろした。

「いつまで抱き合ってるつもりだ……? ああ!?」

「「―――あ゛」」

 

 

 天井からの着地に成功したものの、痛む頭に少しだけ五右衛門は眉をしかめた。昔っからこの技は苦手なの

だ。失敗する度に地面に頭を打ち付けてかなり痛い思いをしてきた。それを見越した上での細工だとしたら、相

手はとてつもない根性悪である。

 爆発物だらけの廊下をすり抜け、やってきたのはこれまた広いエレベーターホールだった。飾りとして置かれ

た観葉植物の側に目を止める。

 気配は感じない――けれど、絶対、そこに居る。

「……こんなん寄越さなくてもさあ、呼んでくれればいつでも駆けつけたってのに」

 日吉たちに見せていた写真を近くのソファの上に投げ出す。散らばる音を合図としたかのように、観葉植物の

側に人が出現した。意識していないと消えてしまいそうなほど存在感がない。

(さすがにプロ、ってことかね)

 あまり認めたくはないが認めてやろう。

 少しずつ近付いてくる人物に、それを気取らせないようにしつつ。

 

「さーて……お望みは何ですかね? ―――マスター……!」

 

 影に向かって、不敵に笑いかけた。

 

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※今回のパロディポイント

大河『犬と待つ』 → 『犬とまつ』 → 『犬千代とまつ』 → 『利家とまつ』

NBK(日本暴走協会)とNMK(日本妄想協会)。どちらにしようか迷いました。

……わきの設定にこってどーするのだ、私(笑)。

 

読んでのとおり、今シリーズの中心はゴエです。決して「双子のマイ・ライフ」ではありませんたらありませんてば(説得力ゼロ)。

本当は今回で一区切りつくハズだったんですが、予想外に長くなってしまったので2回に分けてみました。

すると次も小説か……?(汗)今回よりは短くなるだろうケド。イラストや漫画にするとまーた回数食っちゃうもんなー。

関係ありませんが、「マスター」とゆー科白を使うと『Five ○tar Stories』を思い出してなりません。

「マイ・マスター!」とか「イエス・マイ・ロード!」とか……ピ○ミンに通じる自らを顧みぬ奉仕精神よ(笑)。

 

さーて、ゴエの科白は言葉通りの意味なんでしょうかねぇ……。そんなところで待て、次回!

 

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