「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

76.The genius isn't working(2)

 


 クルリ、とイスを半回転させて教授が2人の正面に向き直る。ズリ落ちてきた眼鏡を指でおしあげた。

「心当たり………ないこともないんですが、大したことはしてないんですよねぇ。ただ―――」

 心底困ったような顔をして、教授は深いため息をついた。

 

「ただちょっと、マザーコンピューターの破壊を……」

 

「………は?」

「いえ、だからマザーコンピューターを破壊」

「どこの?」

「大学の、と言うか、より正確に言うならば各国防衛庁のメインシステムを」

 痛い沈黙があたりを支配した。

 数瞬の間をおいて信長がイスを投げ飛ばす。

 

「アホか―――っっ!! 思いっきりヤベェことしてるんじゃねぇ!!」

 

「ぎゃーっ! と、殿っ! 暴れないでください! ここ狭いんですからぁぁっっ!!!」

 ブチきれ隊長をどうにか静めて話を促したところによると、ことの発端は以下の通りだったらしい。

 

 当初、教授が母国へ帰ることに大学側は難色を示していた。世界でも少ない時空間論理学の天才を手

放すことに承知しないのは当然だ。竹中教授は常に沈思黙考、一般でいうところの‘研究’も全くせず、

会合にもほとんど出席せず、他の教授陣にも示しがつかないことから退任の要求もあったが時に出す論

文の素晴らしさにそれは見送られてきていた。そうまでして保護してきた人物に勝手に帰国されては困

る。彼らはこれまでの研究成果を全てメモリに保存し、手渡すよう要求した。教授はメモや下書きやノート

類をなにひとつ残そうとしなかったからである。向こう側の要求は至極当然とも思われたが、やり方はそ

うは言えなかった。

 

「完璧、軟禁状態ですよ」

 教授は苦笑する。

 

 銃で取り囲まれ、情報の開示を求められたこともある。が、向こうの目的が自らの頭脳にある以上殺す

ことはできない――死後の脳から情報を引き出す技術は未だ確立されていない――ために、教授も意地

を張り通すことができた。しかしこのままでは埒があかない。母国には帰れない。最終的には教授が折

れる形で情報の提供に同意した。彼らの眼前で情報をメモリに落とし、彼らもそれがきちんと引き出せる

ことを確認した。

 

「その時点で身柄は解放された――はず、だったんですけどねぇ」

「あまいんだよ。フツー、逃がすわけねぇだろ? んな機密情報をしこたま持った奴をよ」

 信長の予想どおり教授は解放されず、どこへ行くにも監視の目が光っていた。

 そんなこんなで怒った彼は先ほどと同じく、バイオPCを使いとんずらこいた。それでもメモリが彼らの手

にある限り、追っ手は来なかったかもしれない。だが教授はある‘細工’をメモリに施していた。

「な……なに、したんですか?」

 非常に嫌な予感を胸に日吉が問い掛けると、教授は何気ない口調で答えた。

「まあ……単純に言っちゃえばコンピューターウイルスなんですけどねぇ」

 

 最初のデータ打ち込みの段階でひそかにウイルスプログラムを紛れ込ませていたのだ。それは最初の

確認の時点では発動しない。2回目に閲覧しようと――情報を引き出そうとした途端にプログラムが解放

されシステムを破壊しはじめる。手始めに自分自身のデータを壊し、閲覧に使っていたPCのメモリを破壊

し、強力な防壁すら突破できるウイルスを併用し、使っていたPCと連結されていた全ての機械類の機能

を完膚なきまでに叩きのめす。プログラム名『インドラの矢』はその名のとおり殺人的ウイルスだった。

 教授の情報は国家に手渡されていた。従って、破壊されたのも国家のマザーコンピューターである。そ

してそれと連結していた機械類というのもやはり他国の中枢機械の数々なわけで―――。

 主要各国のメインコンピューターがたったひとつのウイルスによって取り返しのつかない程のダメージを

蒙ってしまったのだ。

「………ってことはなにか? もしかして―――」

 信長が眉をよせて、閃いたのか教授のネクタイを思い切り引っ張り上げた。

「数日前の株価の急落は貴様の所為か――――っっ!!?」

「うーん、あるいはそうかもしれませんねぇ」

「そうかもしれないじゃないでしょっ、教授っっ!!」

 日吉も泣いた。危うく世界恐慌に陥りかけたというのに、なにのん気なことを言っているのか。

「でもアクセスしていたのは主要5カ国だけですから、日本に直接的被害はなかったはずですよ? そう

考えると停滞国家という立場もなかなかいいもんですね」

 バブル期のツケを払いきれなかった日本は先進7カ国から脱落して、中流国家としての立場を維持して

いる。それをもどかしく思う人も多いようだが、もともと生産性も低く、肥沃で広大な土地を所有しているわ

けでもない国にとっては丁度いい身分なのではないかと司令は語っていた。無論、強硬派もいるので所

内ではオフレコである。

「それに2日後には自己回復プログラムが働くよう設定しておきましたから被害自体はさして大きくなかっ

たはずですよ。勿論、わたしのデータは残らず消去させていただきましたが」

 自らの自由が束縛されただけでそこまでするとは―――。

「てめぇ、かなりの性悪だな」

「お褒めに預かり光栄です」

 互いに笑って言葉を交わした。

 聞いただけならただの妄想話と決め付けたいところだが、信長も日吉も教授の技術を目の当たりにして

いる。そうである以上、相手の話を単なるでっちあげと決め付けることはできなかった。

 しかし、と日吉は思う。

 何故教授はそうまでして日本に帰りたかったのだろう。望郷の念にかられたと言われればそれでお終

いだが、監視されるほどの厳しい妨害にあったら普通は諦めるんじゃなかろうか。それとも教授は障害が

多いほど燃え上がるタイプだとか? ……ありそうな話ではある。

 教授の顔を盗み見るように視線を上げた時、カメラ映像のひとつが目に入った。

「―――あ」

「なんだ、サル。どうした?」

「あ、そのっ、一番右下のやつにっっ」

 日吉が指差した先を2人の視線が追う。右下の画像には先ほどまで、どう見ても回し者みたいな連中

がたむろしていた。しかし既にそれらの影は消えており、変わりに見慣れた人物がひとり登場していた。

あろうことか彼はこちらを見上げて笑顔と共に緩やかに手を振っている。どうやらカメラの位置を熟知して

いるようだ。

 信長がイスを回転させた。

「スッパが来てるってことは――もう外に出てもいいってことなんだろうな?」

「ええ、おそらくは。他の映像にも怪しげな人物は映ってませんしね」

 幾度かカメラを切り替えて教授が断言した。室内映像に転じてみれば信長が昏倒させた3人も姿を消し

ている。こちらが話に熱中している間に‘回収’が完了したのだろう。

 

 

 下におりることは実に簡単だった。入った時と同じように、年少者2人が先に出て教授が後片付けをす

る。あとは男子トイレから何食わぬ顔で出て行くだけだ。もっとも、日吉だけはトイレに誰もいないか確認

する必要があったけれど。

 タワーの下のベンチに腰掛けている仲間に日吉は駆け寄った。

「五右衛門、迎えに来てくれたんだ!」

「命令でね。俺は一足先に来たけど、多分もうちょっとすれば司令も来るぜー」

 嬉しそうに走りよって来るのがカワイイなあv とでも言うように五右衛門は日吉の頭をなでた。少々出

遅れた信長が現場に到着する頃には手を離している辺り、さすがである。

 初対面の人間に五右衛門は軽く礼をした。

「どーも、お噂はかねがね。あんたが教授?」

「一応肩書きではそうなってます。よろしくお願いします」

 教授も深々と礼を返す。

「もうすぐうちの司令がクルマ運転してくるからよ、近くの公園に移動してくんねぇ?」

 五右衛門があご先で方向を示した。夏の空が微妙な青さを保ったまま夕暮れ時を迎えようとしている。

 歩いているうちに自然と間隔が開いて、先頭を五右衛門と信長が、その後ろを教授と日吉が追う形に

なった。後ろの2人はまたしても名所旧跡の話で盛り上がっているが、信長が先を歩いているのは歩調

の関係だけではない。防衛隊イチの情報通に確かめたいことがあったからだ。

「おい、スッパ」

 殊更に日陰を選んで歩いている人物に呼びかける。

「あいつ、本当に教授なんだろうな? てめぇは素顔ぐらい知ってんだろ?」

「知ってるけど知らねぇんだよ、俺もな」

 どこか冷ややかな笑みを見せて五右衛門が答えた。後ろに聞こえないよう一定の距離を保つ。

「色々とワケありなんだよ。……ま、この先で司令に会えばちったぁ教授の驚く面が見れて気が晴れるか

もしれないぜ?」

「どういう意味だ」

 珍しく迷うような様子を見せてから、五右衛門は言葉を口にした。

「あんたが疑う気持ちもわかるがな―――‘あれ’は少なくともホンモノの教授だよ」

 意外なほど強い口調で断言する。道路上の小石が靴先で蹴られて、数メートル先まではね飛んで行っ

た。

「さっき、タワーの管制室から防衛隊のシステムに直通でメッセージ送っただろ」

「ああ……そういやぁそんなこと言ってたな」

 あまりにあっさりと行われてしまったため気にもとめなかった。

「やってくれるよな、これでも防衛隊のコンピューターにはそれなりの防御システムが組み込まれてるん

だぜ? なのにそれを堂々と‘正面’から壊して‘正面’から出ていきやがった」

 僅かに先を歩いていた五右衛門が振り向いておかしそうに笑う。

 防衛隊とてウイルスやハッカー対策をしていないわけではない、どころか厳重に完備されている方だ。

なのにそれらの防壁を軽々と――……。開発責任者はしばらくの間ショックのあまり食事も喉を通らない

だろう。才能の差と言うのは時に残酷だ。

「しかも司令のコンピューターにアクセスした後は、壊した防壁を全部‘回復’してから出ていきやがった。

ふざけてるにも程があると思わねぇ?」

「鍵を壊して侵入した泥棒が、出てく時に鍵を修理してくようなもんか」

 他人事に近い信長にはまだ「大したものだ」と笑う余裕がある。五右衛門とて、特に苛立ちを感じている

わけではない。

 

 ただ、思ってたよりもずっとふざけた野郎だと―――背後の人間への認識を改めるのみだ。

 

 都心でも若干緑の残された公園へと足を踏み入れると少しだけ湿り気を帯びた風が木々の下をすり抜

けていった。はす向かいのベンチに司令が腰掛けているのが見える。車は側のパーキングにとめてある

らしく、フェンス越しに見慣れた車体がかすかに覗いていた。そこまではよかったのだが――司令の横の

人物に日吉の歩調が弱まった。変わらず前進を続ける信長に遅れぬよう付き従ったが、どう見ても初対

面の人間だ。

「あの……殿の知り合いってことは?」

「いや、それはねぇ」

 信長は腕を組んで立ち止まった。五右衛門と司令が軽く手を上げて合図を交わす横を通り抜け、初対

面の人物が2人の前に立った。こざっぱりとしたスーツを着込んだ30ちょい前ぐらいの男性だ。どこか苛

立ち憔悴したような顔をしているものの、造り自体はかなりいい。もう少し気楽な格好と雰囲気を身につ

ければお嬢さん方にモテるのではなかろうか。それに興味のなさそうなところもまた、この男性独特の気

配ではあったが。

 なにを思ったのか男性は2人に向かって深々と頭を下げた。

「初めてお目にかかります。織田信長さんと木下藤子さんですね? わたしはこういう者です。本日は弟

が大変世話になりまして……」

 言いながらわずかに装飾の施された品のよい名刺を信長に手渡した。わきから日吉も覗き込むと、とあ

る有名大学の医学博士の肩書きと共に『竹中重行』と記してあるのが見て取れた。

「と、いうことは教授の―――」

 

「‘兄’です」

 

(………ん?)

 信長と日吉は顔を見合わせた。心なしか戸惑いの感情を滲ませながら信長が問い掛ける。

「悪いが―――てめぇ、トシはいくつだ?」

「年齢……ですか? 27ですが、それがなにか」

 男性が訝しげに眉をひそめる。その視線が信長と日吉の間で行き来し、突如停止した。視線はまっすぐ

に2人の後ろ、公園の出入り口辺りを見据えている。釣られて日吉たちも振り向くと、あろうことか教授が

コソコソと公園から出て行こうとしているところだった。

「教授、どこ行くんですか? おにい―――」

 さんですよ、と。

 日吉が言い終える前に真横を突風の如く医学博士が突き抜けた。

 

「しぃぃ―――げぇぇ―――はぁぁ―――るぅぅ――――っっっ!!!」

「ひょえ――っ!!?」

 

 凄まじい勢いで肉迫してきた兄(?)に教授が悲鳴をあげる。逃げようとして足がもつれたところにタック

ルをかけられ地面にすっ転ぶ。博士はすぐさまその首根っこをつかみ上げ一歩背負いをかますと、ツイス

トをかけながらギリギリと首まで締め上げた。

「貴様、空港についたらこの兄に連絡を取れと言っただろうが、この兄に! ああっ? 誰が一足飛びに

防衛隊に連絡しろと言った! しかも観光なんぞに出かけおって、そんな悠長なことが許されていいと思

っているのか! この兄不幸者が兄不幸者が兄不幸者が―――っっ!!」

 パン! パン! パン! パン! という小気味よい音にあわせて教授の顔がはたかれる。おお、これ

ぞまさしく往復ビンタ……。

 呆然としていた日吉はやや遅れて我に返った。

「……あれ……さっき名刺渡してくれた人―――ですよ、ね?」

「………他に誰がいるってんだよ……」

 答える信長も停止してしまっている。とてもじゃないが先ほど名刺を手渡してくれた紳士然とした人と、

いま眼前で弟(?)をはたき倒している男が同一人物とは思えない。二重人格とか言われたら素直に納

得してしまいそうだ。2人の横に五右衛門と司令が並び立ち、五右衛門は信長をチラリと見て、「な? 面

白いことんなるっつっただろ?」と笑った。信長も唸るしかない。

(……確かに面白いといやぁ面白い、んだが)

 衝撃が強すぎて感覚が追いつかないでいる。

「な、なんにしても止めさせましょうよっ」

 思い出したように日吉が駆け出したのに他の面子もバラバラと走り出した。

 気が済むまで相手をしばき倒して満足したのか、竹中(兄)は実に清々しい笑顔でみなを出迎えた。

「ああ、皆さん。これはこれは見苦しいところを……」

「あの……教授―――生きてるんですか?」

「え?」

 日吉のさりげないながらも的確な言葉に青年がさっと青ざめる。後ろで伸びている弟の体を抱え起こし

ワナワナと体を震わせた。

「あ……ああっ! わたしはまたやってしまったのか! すまん重治! つい心配のあまり拳が止まらず

ストレートパンチをかましてしまった! 蹴りもくわらせたなぁ! いや、ラリアットか? 医学部出身のくせ

に体術に長けているわたしを許してくれ!!」

 

 いや、ほんとーに心配ならストレートパンチかましたりするなよ。

 

 とは誰もが抱いたひそやかな感想であろう。にしても感情の起伏の激しい人物である。

 ため息をつきながら司令が一歩前に出て、座り込んで懊悩している青年の手を引いて立たせた。咳払

いをひとつして、仕切りなおしとする。

「改めて紹介しよう。脳外科医の権威として知られている竹中重行博士だ。教授の兄に当たるな」

「って、ちょっと待てよ、司令」

 信長が口を挟んだ。

「博士は27なんだろ? 俺たちが一緒にいた奴はどう見たって30代だったぜ?」

 隣の日吉も頷く。落ち着きを取り戻したかに見えていた博士の顔がまた暗くくもった。

「ふふ……30代ですか? そうですかそうですかそぉーですかっ。あいつはまたやったんですね……」

 ブツブツと俯いたまま呟いている姿は冗談じゃなく、とてもコワイ。博士は背後で野垂れ死んでいる弟

の服の襟を引き上げると、激しい音を立てて相手の髪と眼鏡を引っぺがした。

「よく見てください。これが30過ぎに見えますか?」

 野良猫でも突き出すように博士が手を掲げた。

「うぇっ!?」

「てめぇは……!」

 日吉と信長が驚きの声をあげて動きを止める。ぶん殴られた衝撃からやっとのことで意識を取り戻した

らしい人物は、くたびれたスーツとだらしのないネクタイのままちょっと困ったような笑みを浮かべた。

 

「あ………ども。改めまして、竹中重治でーす………な、なんて、ね?」

 

 テレ笑いをしながらうかがうような上目遣いをしたのは―――信長と同年齢ぐらいの‘少年’であった。

 

 

 少年は色素の薄い長髪に青白い肌と、兄と似た雰囲気のきれいな顔立ちをしていた。前者の造形が

‘凛々しさ’に通じるならば、こちらは‘儚さ’とか‘可憐さ’と形容しても差し支えはないかと思われた。で

も多分、男がそんなコト言われたって全然嬉しくないだろう。

「きょっ……きょきょきょ教授ぅぅ〜〜〜っっ!?」

「てめぇ、変装してやがったのか!?」

 未だ兄につるし上げをくったままの首を更に信長が締め上げる。全てを知っていたのか側では五右衛

門がニヤニヤと笑っていた。

 あはは〜、と苦笑いを頬に刻んで教授が軽く信長の肩を叩く。

「いや、ほらなんというか、いっつも命狙われてる状況にいたら変装が得意になっちゃいまして。声色変え

るのも上手いんですよー。芸人としても生きていけると思いません?」

「言うことはそれだけかっっ!!」

「ええい貴様は! 反省の念がないのかこの痴れ者がぁぁ!!」

 信長の拳が決まる前に博士の裏投げが炸裂した。どうも先ほどから見ている限り、竹中博士は柔道の

使い手のようである。しかし今度は弟もただでは投げ飛ばされず、両手で地に手をついて勢いを弱めると

後ろまわりの要領で兄の腕から逃れ出た。土まみれになったスーツの埃をはらう。

「兄さん、相変わらず容赦ないなあ」

「文句を言える立場か? 直でわたしの大学に来ると行っていたのに来ないお前が悪い。しかもなんだ、

東京タワーなんぞに行って! わたしも行きたかったんだぞ!?」

「追っ手が来てたし。兄さんのところにスパイを引き連れて行けと? そりゃあ……先に東京タワーに行っ

ちゃったのは悪かったけどさ」

「ふん、一般人を巻き込む方が大学首脳陣を巻き込むよりもマシと考えたか? 随分とまたスれた思考を

するようになったものだ」

 両者の言い争いが段々険悪なものになってくるのを日吉はハラハラとした気持ちで見守った。とりあえ

ず、周囲の人間に兄弟喧嘩をとめるつもりはないらしい。‘そっち’方面で経験豊かな信長なんかも興味

深そうにコトの成り行きを観察している。

「留学した先でいったいなにを学んできたんだ。全く、こいつは………」

「勘違いしないでほしいな、単に僕は―――……」

 言い返そうとした教授の言葉尻が口中に消えた。前触れもなく上体が傾ぎ、ストン.と実に呆気なくそ

の場に尻餅をつく。

「………あれ?」

「どうした?」

 傍観者をつとめていた信長が問うと、苦笑まじりに教授は髪をかきあげた。

「………腰、抜けちゃったみたいです」

「はぁ?」

「さっき兄さんに散々投げ飛ばされたりしましたからー、あはは……は?」

 気の抜けた笑い声が、額につけられた手によって閉ざされた。弟の前に並ぶように膝をついた博士が

真剣な面持ちで相手を見つめている。ひどく真面目な様子に誰もが口をつぐむ。冷たく、淡々とした調子

で額の熱をはかりおえると続いて喉、こめかみ、目などを触診し、それらを終えてから初めて博士は舌打

ちの中に感情をのぞかせた。

「―――だからすぐに来いと言ったんだ」

「……すいません」

 素直に謝罪した弟の体をなれた手つきで背負うと、状況がつかめないままでいる日吉たちを振り向い

て軽く会釈をした。

「どうも、こんな姿勢で失礼ですが、お先に失礼させていただきます。弟を病院に連れて行きたいので」

「わかっています。どうかお気をつけて。運転は?」

「大丈夫です。お心遣い感謝いたします」

 司令に再度、会釈をしてから博士は揺るぎない足取りで駐車場へと向かっていった。背負われたまま

の教授の方は顔をふせたまま身動きひとつしない。彼の調子がおかしいということは、ここまでくれば誰

の目にも明らかだった。

「………どうしたのかな?」

「仕方ねぇよ。教授は病人だからな」

 日吉の呟きに憮然として五右衛門が言葉を返した。視線は変わらず、兄弟の行く先を見つめたままだ。

「伝染性のあるヤツじゃねぇけど、難病らしくってな。……体調管理には気をつけないといけないんだと」

 思いもしなかった言葉に日吉は目を見開き、信長は視線を鋭くした。すぐに信じられる言葉ではない。

黒服の男たちを倒したりコンピューターを軽々と扱ったり、つい先刻まで技の掛け合いをしていた人が病

気だなんて。

「……治るの?」

 

「‘治したい’みたいだぜ、博士は」

 

 どうとも答えようのない返事に日吉が項垂れる。

 しかし、どうしてもつっこんでおきたいことがひとつだけあった。

 

「そんな病弱な弟に技ふっかけてたんだね、あの人は………」

 

 ―――確かに。

 フォローする気があるのかないのか、五右衛門はクルリと信長の方に向き直った。

「………ま、それもこれも全て愛情の裏返しとすりゃあ理解できなくもねぇけど? なあ、隊長♪」

「俺に話をふるンじゃねぇ、スッパっっ!!」

 斬りつけた信長の刀を五右衛門は軽々と避けて笑った。

 

 

 都心の渋滞に巻き込まれはしたものの、日吉と信長はそれぞれの家に司令の車で無事送り届けられ

た。

 ちなみに日吉の家では帰宅予定時刻を大分過ぎてしまった妹におにーちゃんがひどくムクれており、つ

いでにお土産のケーキを買ってくることも忘れていて、機嫌を直すのにかなり苦労したという。

「どうして時間通り帰ってこねぇんだよ。しかも東京タワーまで行って……俺だって行きたかったのに!」

 と何処かで聞いたようなセリフを繰り返す秀吉を前に、「でも俺の兄弟は殴りかかってこないからまだマ

シだよな」、などと、ものすごーく些細でささやかなしあわせを実感してみる日吉だった。

 

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今回はバトルもなくておとなしめ〜。なのに長いのは何故……?

ってゆーか竹中兄弟目立ちすぎだヨ!(汗)あんなに出張る予定なかったのに!

ちょいと出てそれで終わりのハズだったのに! 何故だ! 何故なんだ!?

 

それとゆーのもこの先の展開で科学者が必要だからなんすよね……。

竹中(兄)は医学博士、竹中(弟)は論理学教授。どちらも重要な役割を担っております。

三男坊まで出てくるかは定かじゃありませんが。 ← 名前は出てくるけど。

 

「博士」と表記したら重行のこと、「教授」と記したら重治のことを指しています。実にややこしい(笑)。

重治を示すのに「半兵衛」って呼称が使いたいけど考え中です。あだ名にするのも変な気しません?

この兄弟が出てきたら「設定解説編」に突入っす。『コロクンガー』の世界観をなしている

科学理論を語らせるためにわざわざ登場させたのだ。存分にうんちくを垂れていただきましょう(笑)。

 

『インドラの矢』は古代叙事詩『ラーマヤーナ』に出てきます。すっげぇ強力な武器と思ってくださればOK。

 

彼らは原作で外見がはっきりと描写されてない(兄に至っては名前すら出ていない)ので、

イラスト関連ではほっとんど出演不可能です。故に、この兄弟が登場する回は必然的に

小説にならざるをえないんだな……なんてメンドくさい連中だ。 ← そうしたのはわたしだが。

 

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