「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

75.The genius isn't working(1)

 


 透明なガラスの向こう側で真夏の日差しがアスファルトを焦がしている。あまりのまぶしさに長時間見

ていることも叶わない。地球の温暖化だなんだという事情はわかっていても、文明の利器にひたりきりた

くなってしまう気温ではある。

 

「……どう考えてもおかしい」

「なにがですか?」

 

 むすったれた顔でロビーのいすに腰掛けている信長に、やや遠慮がちに日吉は問い掛けた。

 新成田の空港ロビーは行楽地に向かう人であふれ返っている。出迎えらしき人々も接待役の平社員と

か家族を待っているらしい女性とか、昔の映画に出てきそうな黒服の団体さんなど千差万別だ。そんな

待合室のソファのひとつに陣取って信長は苛立ちをあらわにしているのである。もうちょい殺気をおさえて

いただけませんか……と日吉は泣きたい気分になった。

「大学辞めて帰ってきた奴のことをなんだって俺たちが迎えてやんなきゃなんねーんだよ」

「それは……その、向こうのたっての願いということですし」

 時空間論理学を提唱した稀代の天才。幼少時に渡米して以来、各国を渡り歩き有名大学には軒並み

訪れている。将来はノーゲル物理化学賞も確実視されているこの人物の顔すらわからないということも、

信長のふてくされる原因のひとつなのだろう。向こうはこちらを知っているというのに、こちらは向こうを知

らないのは不公平にもほどがあるではないか。

「そこがおかしいっつってんだ。いいか、よく聞けよ?」

 若干、声をおさえると日吉の耳元でささやいた。

「単に大学辞めて日本に来るってーんなら、防衛隊が迎えに行くいわれはねぇだろ。そいつを引き抜きた

い大学とか企業が来るんならまだしもよ」

「故郷が懐かしくなっただけじゃない、と?」

「防衛隊が出張る理由なんてひとつしかねぇだろ。司令はなんもいわねぇけどな」

 日吉も少しだけ眉をひそめた。信長の言わんとしたところがわかったからだ。

 つまり、今回の教授の帰国は単なる帰省ではなく、政府に引き抜かれた結果ではないか……と。しか

も防衛隊関連の用事で。でなければ自分たちが派遣される理由がわからない。

 

 しかし―――。

 

 飛行機が到着したとのアナウンスがはいった。ロビーがざわめき、みなの視線が搭乗口に集中する。

三々五々、現れる人々に出迎えの歓声があがる。こちらは相手の顔を知らないのだから黙って待ってい

るしかない。だが、ゾロゾロと続く人波が途切れがちになってもまだ声をかけてくる人物は現れない。待

合室の人影はどんどん少なくなっていく。

「なんだよ、来ねぇじゃねぇか」

「お、おかしいな……確かにこの飛行機に乗ってるはずなのに」

 慌てて日吉は手の中のメモを確認した。飛行機の番号も時間も場所も間違ってはいない。早いトコどう

にかしないと同伴者の怒りがこちらに向きそうだ。

 はぁ、とため息をついて視線をさまよわせる。視界の隅をなにかがかすめた。

「………ん?」

「どうした?」

「いま、なにか光ったような………?」

 もう一度光を感じた方へ目をこらす。間違いない、灯台のように一定の間隔で僅かなきらめきが自分た

ちの顔に向けられている。追跡をはじめた日吉のあとを信長も追う。待合室から出て免税店の横をすり

抜けて、「動く歩道」の脇へとそれる。いくつかの角を曲がり、救急電話の横にきてようやく鏡を利用した

合図がおさまった。代わりに、こっそりと角から手が出てこちらを招く。いよいよ疑念を深めながら近寄る

と低い押し殺したような声が聞こえた。

 

「山」

 

「―――か……か、川?」

 

 取り合えずそれっぽい返事をしておく。一呼吸おいて、のっそりと壁の後ろから人があらわれた。

「ふふふ……やはり気づいてくださいましたね」

「なんだ、てめぇは?」

 問いかけに不信さが滲んでしまうのは仕方が無かった。そこから現れたのはいまどき珍しいグルグル

眼鏡に目元を覆い尽くすボサボサの髪。くたびれたワイシャツとほどけかけたネクタイに灰色の背広を着

た―――どこから見ても‘しがないサラリーマン’としか思えない人物だったのである。年の頃30ほどの

男性は照れたように頭をかいた。

「えー? やだなぁ、出迎え頼んだじゃないですか〜。はい、ID確認」

 日吉のリングに片手をかざす。ピッ、という音と共に「認証」の意の青色が点灯した。生体組織を元に

本人か否かを判別するこのシステムの一致率はほぼ100%を誇る。

 思わず信長と顔を見合わせた。じゃあもしかして、このどこから見てもくたびれたサラリーマンとしか思

えない人物が、世界的に有名な―――。

 

「………竹中教授?」

 

「はい、よろしくお願いいたします」

 日吉の問いに男性は実にほがらかな笑みを浮かべた。

 

 

 返事ができないでいる2人をよそに教授はさっさと出口に向かって歩き出した。どうやら持ち物はボロ

ボロの黒い鞄ひとつきりのようだ。

「いやぁ〜、本当に迎えに来てくれるとは思わなかったなぁ。一方的に頼んでしまったもので……はは、

ちょっとしたファンでしてねぇ。今度コロクンガーの背中に乗せていただけますか?」

「え? い、いえそれは………」

「ダメに決まってんだろうが、ボケが」

 やや険のある口調で信長が要求を却下した。‘世界的に有名な人物’だからもーちょっと威厳のある奴

だろうと彼は考えていたのである。それがこんな単なるオヤジでは期待はずれもいいところで、態度もそ

っけなくなってしまうというものだ。大体こいつ、本当にホンモノなんだろうな?

 ―――という疑問を抱いていることが表情からありありと窺えた。日吉は冷や汗を禁じえない。

「きょ、教授っっ。早く防衛隊に向かいましょう! ねっ?」

「ええっ? なに言ってるんですかぁ。東京見物につきあってくれるんでしょ?」

「………は?」

「なんだそりゃ?」

 信長と日吉の声が重なった。2人の眼前に教授がピラリ、と手紙を広げる。そこには司令の手書きと思

しき文字、

 

『東京見物にこの2人をつきあわせてくださって結構。存分に楽しんできてください』

 

 に添えて2人の顔写真が貼ってあった。ご丁寧に文末には防衛隊の捺印まで押してある。

「なに考えてんだ、あのクソオヤジは―――っっ!!」

 

 バリバリバリッッ!!

 

「ああ〜……折角の承諾書がぁぁ………」

 無残に引き裂かれ散らばる文書を教授は呆然と見送った。ビシィッ! と信長が相手を指差す。

「いいか! てめぇが何のために日本に来たのか知らねぇがな、外国と同じようにワガママがまかり通る

と思うなよっ!!」

「別に教授がワガママなんて誰も………」

「やかましいっ!」

 強烈な一撃が日吉の脳天に落とされた。

「貴重な夏休みを費やしてまで中年親父の観光旅行につきあってやる暇はないんだよっ! とっとと防

衛隊に向かえ!」

「じゃあそこでコロクンガーの背中………」

「乗せないっつってんだろっ!!」

「お、落ち着いてくださいよ、殿っっ!!」

 往来で教授につかみかからんばかりの信長を何とか制した。本当は今日、彼は犬千代たちと一緒に

テーマパークに行くつもりだったと聞いている。途中で強制的にサルもかっさらってくる予定だった――と

は、信長だけの秘密計画なので勿論日吉は知らないが。

 その予定をつぶして来てみれば、こんなボケオヤジしか出てこなかったのだから気持ちは痛いほどわ

かる。わかるが、教授に罪があるわけでもない。

「そんなこと言ったらかわいそうじゃないですかっ。教授だって日本は久しぶりなんでしょ?」

「そうですねー、10年ぐらい経ってますねー」

「だから、ほらっ! せめて東京タワーぐらいのぼらせてあげても………!」

 日吉の必死の懇願に信長は考え込んだ。確かに、ここまで取り合わないのはちょっとばかり大人気な

いかもしれない。それに高いところにのぼるのは結構好きだった。

 そっぽを向いて、できる限り仕方がなさそうに宣言してやる。

「………ふん。まぁ、それぐらいなら付き合ってやってもいいぜ。ただし入場料はお前が払えよ」

「は、はいっ! ありがとうございます!!」

 手を組んで感謝の念をいっぱいにあらわす日吉に、どうも照れているようにしか見えない信長。

 

 この2人はデートコースでも決めているのだろうか―――。

 

 とは、のちに明らかになった教授の感想であった。

 

 

 10年前、宇宙人の来襲によって世界の名だたる名所・旧跡は破壊された。立ち並ぶ高層ビル郡など

格好の標的である。いわゆる‘世界経済の象徴’はことごとく消え去り荒野のみが残され、日本でも文化

遺産のほとんどが破壊された。「お願いだからこれだけはやめてぇぇっ!」とゆーところばかり敵は壊して

いくものである。

 東京タワーもそうして消え去った名所のひとつであった。その後、更なる最新設備を備えて復活したの

がネオ東京タワーである。最も、一般にはいまでも‘東京タワー’の名前で親しまれている。外見も高さも

以前となんら変わりはないが強度だけが飛躍的に増した。電波の中継地点としても活躍し、展望室の上

に位置するVIP用特別展望室にはどえらいシステムが使われているともっぱらの噂だ。

「おおお〜っ! すごいなぁ、あれは新宿御苑ですね!? うっすらと富士山も見えてますよっっ」

 展望室にとりつけられた望遠鏡を覗き込んで教授はご満悦だ。ほらほら、覗いてみませんかっ? との

誘いにつられて日吉も望遠鏡を覗き込む。青く澄んだ空が目に痛い。

 結局、入場料は教授が払った。つきあわせてるのはこちらなのだから、ということである。最初は遠慮

した日吉だったが最終的に好意に甘えることにした。そうなると逆に自腹を切りたくなるのが信長なのだ

が………。

「藤子さん(※日吉の本名)に奢ってもらうのはいいのに、わたしに奢ってもらうのはダメなんですか?」

「たりめーだっ! サルは部下だからいいんだよ!!」

 との会話は日吉に涙させたという。しかし信長も教授の好意に押し切られた。

 その信長は、というと土産物売り場で物をあさっていた。なんだかんだでこいつが一番楽しんでいるの

かもしれない。日吉たちが売り場に行くと彼は‘東京タワー名物’なる品々とにらめっこの真っ最中であっ

た。タワーを象ったキーホルダーとか、ミニ目覚まし時計などが最近の売れ筋らしい。

「殿、なにやってんすか?」

「売れ筋を調べてんに決まってんだろ。……こんなちゃちいもんがなんだって売れるんだ?」

「織田連合の仕事とは方向性が違うんじゃないですか……?」

 いまのところ織田連合は重化学工業を主としている。

「ベンチャー企業だからな、うちは。そのうち全ジャンルを制覇してやるぜ」

 不敵に笑う信長の姿には自信があふれていた。どんなに突拍子のないセリフでも、それなりに根拠が

ありそうに見えるから大したものだと思う。

 へにゃへにゃの鞄を抱えなおして教授が朗らかに言った。

「色々と考えてるんですねぇ。ところで、どうです? そこの店でお茶ぐらい奢りますよー」

 それまで奢ってもらったら悪い――と日吉は断ろうとしたのだが。

「よし、じゃあ行くか」

 との信長のセリフであっけなく行動は決定されてしまった。奢られなれている人間は行動が早い。信長

は目下の者や同級生相手にはワリカンすることが多いし、自腹をきることもあるが、相手が明らかに年上

だったり経歴が上の場合は黙って奢られることが多かった。織田連合の関係でいろんな人たちと付き合

っている間に自然と身についたことなのだろう。先刻、奢られたことで教授に対するヘンな意地も消えた

ようだ。

 しかし、どうして自分には奢らせようとするのか。年下だし、部下なんだから奢ってくれたっていいじゃな

いか………。

 というのが日吉のひそかな嘆きである。奢ってもらった経験も皆無ではないけれど。

 展望室の中に設置された喫茶店の一角に陣取ってコーヒーと紅茶を注文する。いささか薄いアメリカン

にアールグレイの紅茶。こんなんで単品400円だなんてサギだぼったくりだ政治家はなにしてるんだ、と

日吉は叫びだしたい衝動にかられる。こんな食事を続けていたら1ヵ月で貯金が枯渇する。

「………って、殿! なんでそんなに砂糖を入れるんですか!」

「アホ、砂糖は5杯が基本だろうが!?」

「糖尿病になってもしりませんよっっ?」

 日吉の脳天に鉄拳が落とされた。

 5杯どころか、何杯か数えるのも嫌になるぐらい信長は砂糖を入れている。とったエネルギー分は動い

ていると思われるので、信長が肥満体型になるとか糖尿病になることはないだろうが………見ていてか

なりツラい。のんびり紅茶をすすりながら「いやぁ、豪快ですねぇ〜」などとのたもうている教授もある意味

ツワモノだ。

 新旧の東京の名所なんかを口頭で説明しつつ飲み物を3回ほどおかわりし――無論、のみ放題であ

る――最終的にケーキまでいただいてしまった。申し訳ないと思う一方で、久しぶりに食べるケーキの美

味さに涙が出た。

(あとで秀吉にも買ってってやろー♪)

 そんなことを思いながら最後のひとかけらを口に入れた。教授がカップを下ろして、辺りを見回す。

「え〜っと……ちょっと手洗いに行ってきたいんですが、どこでしょうかね?」

「あっちの端だな。矢印が出てる」

 信長が展望室の奥まったところを指差した。それに頷きを返し、教授が日吉のひざにポン、と鞄を置く。

「ちょっと見ていてください。すぐ戻ってきますんでー」

 どこか頼りない足取りで教授が席を立った。ある程度まで見送ってから視線を戻す。信長がケーキを食

べ終えて満足そうにフォークをおろすところだった。

「なんか……教授って肩書きに似合わず、ずいぶんサバけた人でしたね」

「サバけたぁ? 単にやぼったいだけじゃねぇのか?」

 最初の失望もあってか信長の採点は手厳しい。が、タワーの見物にコーヒーとケーキでほだされたの

か表情は穏やかだった。

「まあ、たしかに……あれで時空間論理学の天才だなんて、あまり信じてもらえないでしょうね」

「ああ。それに、なんかおかしいと思わねぇか?」

「なにがです?」

「なにがってワケじゃないが、どうもあの野郎の言動は30過ぎたオヤジというよりは―――」

 心なしか声をひそめるようにした信長が、ふと眉をひそめた。視線を鋭くし、呟く。

 

「おい………囲まれてるぞ」

 

「えっ?」

 とっさに周囲を見渡しそうになるのをこらえる。

「売店と望遠鏡の前にひとりずつ。あと、2つ離れたテーブルで新聞読んでる奴だ。見覚えあるか?」

 言われた方向をそれとなくさぐる。どれも黒い服を着込んだ、どこから見ても‘怪しげ’な男たちだ。あま

りにも整った服装が記憶を刺激する。

「あの人たち……空港の待合室にいませんでした?」

「狙いは俺たち――というより教授か? さっき似たような連中が化粧室の方へ向かってったな」

 かすかに舌打ちをして信長が席を立った。

「出るぞ。ここじゃやりづれぇ」

「え? で、でも代金っっ………」

「俺が払う! 後であんにゃろーに請求してやるから安心しろ」

 安心……って、それ、ちょっと違うんじゃ。

 日吉の疑問を知ってか知らずか、信長は大またで喫茶室を横切っていく。それを慌てて追いかけた。

人気のない店の裏手に回りこんで耳をすますと複数の足音が追いかけてくるのがわかった。足音が角を

曲がりかけた瞬間―――。

 

 バキッッ!!

 

 問答無用で信長の鉄拳が炸裂した。黒服の男が弾き飛ばされて壁に激突する。つづく2人目、3人目

も同様にしとめる。

「ちょ、ちょっとぉ―――っ!? 人違いだったらどうするんですかっ!?」

「うるせぇ! ビンゴだったんだからいいだろうが! 違ってたら‘すまん’というさ」

「そぉゆう問題じゃないでしょっっ!!」

 信長にとってはそういう問題らしい。

 これで相手が黒服どもではなかったり、あるいはこいつらが単なる一般市民だとしたらとてつもなくマズ

イんでは、との危機感が若干、日吉にはあるわけだが隊長は違うらしい。

(ごめんなさい、司令………また始末書を書かせる羽目になるかもしれません)

 日吉がたそがれている横で信長は3人を人目のつかない廊下の隅に追いやってしまった。誰かが見

つけても知らぬ存ぜぬで通すつもりなのだろう。

「サル! なにやってんだ、とっとと行くぞ。あんにゃろーの身柄を確保だ!」

「はいっ!」

 返事はしたものの、「そういや教授の行く先って男子トイレだったよな……?」と内心迷いながら付き従

う。

 空港で見かけた黒服は5人。少なくとも残り2人が教授のもとに向かっているはずである。無事だろう

かと心配したが、予想に反して教授はのんびりと男子トイレから姿をあらわした。走ってきた2人に気づい

て軽く手を上げる。

「やぁ、どうしたんです? お2人もトイレですか?」

「そうじゃねぇ……ってあんた、誰ともなんともなかったのか?」

「誰かとは会いましたけど、なんともありませんでしたよ」

 微妙な物言いに信長が怪訝そうな表情を浮かべる。手を伸ばし、トイレのドアを開けた。日吉も脇から

覗き込んでみるが誰もいない。信長は更に足を踏み込むと、掃除用具入れの手前で立ち止まった。たて

つけの悪い戸をギシギシいわせながらどうにかこじ開ける。

 と、そこには。

 

 ―――黒服の2人組みがあえなく昏倒していた。

 

 信長と日吉が見事にかたまる。

「ね、なんともなかったでしょ?」

「なんともなくねーだろーがぁぁっっ!!」

 信長が礼儀もなにもわきまえず、首をしめんばかりの勢いで教授につかみかかる。

「おもいっきり怪しい奴らじゃねぇか! どこがなんともねぇんだよ、ああ!? しかもそいつらをのしてる

テメェは一体なんなんだ―――っ! 研究職のクセして余計な体術身に付けてるんじゃねぇっっ!!」

「ああっ、殿! なんだか言ってることが微妙に理不尽……っていうか、その前に脱出とか連絡とかしま

しょうよ―――っっ!」

 至極マトモな日吉の意見に信長が攻撃の手を緩める。首は相変わらず締め上げたままだが。ズレた

眼鏡を直している教授に日吉はおそるおそる問い掛けた。

「あの………本当に、どうやって倒したんですか?」

 開放されたネクタイを締めなおしながら、回答者はニンマリと口をひん曲げた。

「ふふふ………知りたいですか?」

「いえ、やっぱり結構です」

 激しく首を横にふって遠慮した。それよりも連絡連絡、とリングを操作しようとしたのを教授が遮る。

「あ、それ、ダメですよ。たぶん使えません」

「え? な、なんでっ?」

「連中、5人だけじゃなかったみたいですねー。空港からついてきてたのは黒服だけですけど、あれは仲

間内の目印でもあるんですよ。追跡しやすいでしょ? わたしたちがここにいることを外部に知らせて…

このまま外に出たらたぶん多勢に無勢でつかまっちゃいますねー」

 流暢な説明に信長が少しだけ感心したような顔をした。少なくとも、追跡者の存在にはこのどんくさそう

な男もきちんと気づいていたわけだ。

「ごくごく微量ながら妨害電波を流しています。軽い混線状態ですね」

「じゃあ、どうするんです?」

「さすがに彼らも公共用電波は妨害できませんからね、立場的に。ですからそちらをわたしたちが乗っ取

りましょう」

「………はい?」

 ピキッ、と日吉がまたしても凍りついた。逆に信長は面白そうに頬を歪める。

「放送ジャックかぁ? おもしれぇじゃねぇか。どうやって実行すんだ?」

「特別展望室にのぼりましょう。あれの奥にあるんですよ。知ってました?」

 教授もものすごく楽しそうに笑う。

 ああ……そんな嬉しそうでいいのかな、と。日吉は眩暈を感じないわけにはいかなかった。

「おっと、持たせっぱなしで失礼」

 鞄を日吉から受け取って教授は男子トイレの一番奥の扉をあけた。胸ポケットから名刺サイズの、黒光

りするカードを取り出す。最新式の‘バイオコンピューター’だ。このサイズでスーパーコンピューター並み

の働きをする。ただ、使用するには、あまりにも高度な技術を要するため実用化には程遠いという話を聞

いた覚えがある。

 超ハイテク機械の先端を奥の壁にピタリとつけると、触れた先が幾筋かに分裂し壁に食い込んでいく。

ナノテクノロジーの産物がどうとかこうとか……聞いたことはあっても理解はできない論理の応用なのだ

ろう。鼻歌でもうたいそうな雰囲気で教授は傍目にはよくわからない操作を繰り返す。

「大体、構造上に問題があるんですよね、ここは。男子トイレと女子トイレの幅はほぼ同一………しかし

その間には1メートルほど余分な隙間がある」

「かなり空いてるじゃねぇか。よくバレねーな」

「死角と錯覚の応用ですよ。鏡の配置なんかでも結構、ごまかせますしね。案外レトロな方法のほうが

相手の目を逃れられるモンです」

 タン! と教授がカードを叩いた途端、わずかな金属音と共に壁がズレた。軽く蹴りをいれて押しやると

奥には螺旋階段が続いていた。

「わたしはちょっと後片付けしますんで。さぁ、先に入ってください」

 促されてまず信長と日吉が階段をのぼりはじめる。扉を閉めたあと、教授はまたしてもカードを操ってい

たが、今度はわずか10秒ほどで終わった。

 

(回路に侵入して暗証番号を盗み出したのかな……?)

 

 あくまでも推測ではあったが、おそらくそうなのだろう。そして‘後片付け’で侵入経路を改竄したに違い

ない。見た目によらずとんでもない人物かもしれない。‘とんでもない’という意味では信長も負けず劣ら

ずすごい――どころか全然上だと思うのだが、先刻の会話からもわかるようにこの人物はどえらい発言

をサラリと口にしてくれるようなのだ。どちらかマシなのか知れたものではない。

 階段をのぼりきると白い扉があり、またしてもこれを教授は数秒で解除した。薄暗い無人のコンピュー

タールーム内で計器類が明滅している。正面には監視カメラの映像がズラリと表示され、先ほど信長が

昏倒させた連中も隅の画面に映っていた。まだ誰にも発見されていないらしい。

「うーん、やっぱりいますねぇ」

 当然のようにコントロール席に座りながら教授が右上の映像を指差した。外部カメラには、さりげないな

がらもどこか挙動不審の男たちが数名映し出されている。

「で、どうする? 連絡とれんのか? とれねぇんなら強制スクランブルかけるぞ」

「ここは平和主義でいきませんと。コロクンガーの出陣は見てみたいんですけどねぇ。再建したばかりの

東京タワーを戦場にするというのもちょっと……司令に連絡をつけて外圧で引き下がらせるのが一番い

いでしょう。―――失礼」

 言うが早いか教授は目にもとまらぬ速度でパネル操作をはじめた。画面が次々と切り替わり意味不明

の数字と記号の羅列が続く。ところどころで‘アクセス完了’、‘データ消去’、‘コード変換’などの英単語

をわずかに読み取ることができた。

「音声解析されるとめんどいので、ホットラインに直でつなぎます。‘救援もとむ’……と。まぁ、これで気

づいてくれると思いますけど」

 キー操作を終えると同時に画面も通常の状態に戻った。後は教授の言葉を信用して待つしかない。手

近のイスをガラガラと引いてきて信長が腰掛けた。日吉も同様に側のイスに腰を落ち着ける。

「おい、てめぇ。いま‘外圧’っていったよな? 奴らがなんか知ってんのか?」

「彼らはわたしが勤めていた各国、主要大学の提携先ですよ。いまどき裏とつながっていない企業なん

て皆無ですから。……っと、一部例外はありますけど」

 信長が企業経営者の息子であることを思い出したのか、そっと教授は付け加えた。

「気にすんな。事情ぐらい俺だって知ってらぁ。……で? 巻き込んだからには全部白状しろよ」

「提携先の人々なんですが……まだ素人なのが幸いしましたねぇ。わたしのこともよく知らなかったよう

ですし。おそらく目的はわたしを捕まえてもっかい海外へ連れ出すことだったんでしょう。いやぁ、申し訳

ない」

「あの……教授は、狙われていることに関して心当たりはあるんですか?」

 深々と頭を下げる相手になんとなくすまない気持ちになりながら日吉は問い掛けた。大学側も一度は

納得して教授の帰国を認めたはずである。なのに、なぜ後になって追跡したりするのだろう。

 その視線を受け止めて教授は微苦笑をもらし、変わらぬおおらかな口調で語り始めた。

 

 追われなければならない、とてもわかりやすく、かつ複雑な事情を。

 

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ああっ、本当は今回で終わるハズだったのに! ← この叫び、いったい何度目だ?

地味な内容なのに無駄に長くなってしまいました。別に闘ってるわけでも登場人物が多いわけでも

場面の切り替えが激しいわけでもないのになぁ……どうしてだろー。反省☆

 

つーわけで「働かない天才」は竹中教授でした〜。あまり原作に出てない人は出したくなかったんですが、

どぉーしても話の都合上、こういった職業の人が必要でして……。ちなみに竹中家は三兄弟です。

今回出てきた教授の下の名前は明らかになっておりません。

はたして誰なんでしょうね。ふふふ……(バレバレだっつぅの)。

 

時空間論理がうんぬんとかPCの最先端技術がどうとかは、あまりつっこまないでくらはい。

所詮わたしもドシロート。イメージだけで扱っております(笑)。

 

次回で教授の悪行(?)が判明。この人意外とキレてます。

………将来的マッド? ← 禁句

 

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