「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

8.never give up!

 


 映し出されたモノに誰もが硬直してしまっていた。どこからどう見ても――漆黒のコロクンガー。一体敵はなに

を考えているのか。自分の顔をモデルにした小六の趣味も理解に苦しむところだが、敵司令官の顔を採用する

に至っては最早理解の範疇にはない。「計画無しに作り上げるからああなるんだ」と軽口を叩きながらも、真実

浮かれている者はひとりもいなかった。

「オペレーター、敵の情報を収集! 第一、二班は民間人の救出に当たれ。実働部隊はいますぐ出動だ!」

「はい!」

 司令の言葉に応接間から駆けつけた3人と、慌てて飛び込んできた五右衛門と秀吉が頷く。共にいた加江

は救出部隊に加わった。

 コロクンガーが格納されている部屋までひた走る。ああ、こんなときアニメやゲームみたいな抜け道(専用通

路)があったなら……トンネルみたいなそこをすり抜けて機体に到達、何故か衣装まで早変わりという技が使

えるというのに。そこまでいかずとも消防署みたいに2階から1階へ直通できるようなっていればいいものを、

肝心なところで不便な防衛隊施設であった。

 地上までの搬出口で信長が皆を見回す。

「いいか、今回はオレが突っ込む。てめぇらは救出に回れ」

「で、でも殿っ……なんかアイツやばそうですよ。ひとりで行くなんて危険すぎます」

「だからって烏合の衆で行ったってしゃあねぇだろ」

 脇の白銀のロボットを見上げて彼は舌打ちする。実働部隊は5人。とはいえ、機体を操れるのはその内ひと

りだけである。5人が一斉にコロクンガーを動かそうとしたら電子頭脳が混乱してややこしいとの事情はあるだ

ろう。操縦者がひとりしかいない場合の負担やリスクも大きすぎる。だが……本当にその間、他の4人は成す

術もなく佇んでいるしかないのか。民間人の救護に回ろうにもひとり目が再起不能になったならば即座に代役

として出撃せねばならない。どうにももどかしい立場に置かれている実働部隊なのであった。

 地上への出入り口が開く。流れ込んでくる風に煽られながらそれぞれが歯を食いしばった。眩さによる一瞬

の躊躇いの後、耳に届くのは家屋が倒れる音と逃げ惑う人々の悲鳴。透かし見た彼方に黒い機体が蠢いて

いる。漆黒の腕が振り上げられ、打ち落とされた瞬間にコンクリートが大破する。インパクトの瞬間に明滅する

緑色の光が目障りだ。

「行け!」

 隊長の合図に各自、担当区域へと散らばった。

 新たに出現したロボットの存在に気が付いたのか、黒い機体が軋む音を鳴り響かせながらこちらを振り向く。

目の赤い灯火が妖しく揺れた。真っ直ぐに突っ込んでくる影の下で車がひしゃげ、壁が打ち壊され、歩道が跳

ね除けられる。歩くたびに道路に甚大な被害を与える敵を舌打ちしながら待ち受ける。

(重量は同等、制御で負けるとは思わねぇ……あとは)

 

 あとは。

 機体の性能と材質―――か?

 

 黒光りする敵の体がただの鉄製だとは思えない。唸りを上げて飛んできた相手の拳を難なく受け止め、くい

止めた足が地面にめり込む。重量級のロボット2体の激突は周囲の建造物をことごとく打ち砕いた。

 内部から鳴動する機械の鼓動が聞こえる。叫びとも嘆きとも聞こえる音声は耳に痛い。黒と白のロボットが両

の手を組み合わせ押し合ったまま、いっかな動こうとしない。敵ロボットの目が赤光を強めるのに合わせて手

足の節々で緑色の螺旋が渦巻いた。

 途端、コロクンガーの身体が大きく揺らぐ。バランスを取れずに片膝をつく形になり、その膝さえも力に耐え切

れず徐々に地面に食い込んでゆく。

「くっ……! 押されんじゃねえ、立ち上がれ!!」

 信長の命に反応したコロクンガーが低い声を発しながら何とか立ち上がろうと腕に力を込める。ギシギシと唸

る関節が内部の精密機械の限界を窺わせる。かといって、ここで動きを弱めたりしたら地面に埋められたまま

2度と立ち上がれまい。

 

『―――ォォォォ………ッッ……!』

 

 盛り返したコロクンガーに押されて敵機の腕が一瞬、遠くへ離れた。

「いまだ、狙え!!」

 

 ゴガッ!!!

 

 間を置かず放たれた拳が敵の顔面にクリティカル・ヒットした。黒い機体がひどく緩慢な仕草で倒壊した家屋

の中に沈んでいく。その隙に素早くこちらの様子を見やれば、腕と足の関節がそれぞれショートしたのか、細

かな白い電光を放ち始めていた。これまで幾度、敵ロボットと相対しても最低限の修理しか必要としなかったコ

ロクンガーである。それを僅かな間、組み合っただけでここまで痛めつけるとは………。

(ちと、まずいか?)

 いつにない不吉な予想を信長が思い描いたのは、このときが初めてであった。

 

 

 少し離れた高台から戦いを眺めやり五右衛門は僅かに眉をしかめた。

「マッズイなあ……保つのかよ?」

 信長の腕を信用していないわけじゃない。技術面では五右衛門に劣りこそすれ、単純な力比べなら譲るもの

ではない。敵が相手だってただではやられない、我らが隊長は随分とふてぶてしい精神をお持ちの方だ。

 しかし最初からハンデを背負わされているのなら事情は異なる。実働部隊の他の面々はともかくとして、内

情に詳しい自分にはあの黒光りする機体はゴッド・オリハルコン製だろうと予測がついてしまう。研究途中で奪

われてしまった謎の鉱石。こちらから横取りしてったものを敵が使用しているのかと考えると腹立たしい。腸が

煮え繰り返るどころか、冷え切って凍傷おこしそうなくらいだ。本当に怒っているとき恐ろしいほど人は冷たくな

るものである。

「おっさんの部下ども皆殺しにして、か? フザケやがって………」

 眼前で殴りあう黒白の機体を睨みつけながら。

 逃げ惑う人々の悲鳴と倒壊する家屋、何処かから発生した火の手で燃え上がる空の色。それら全てが忌ま

わしい。かつての己を思い出させるこれらの風景が厭わしい。

 冷たい視線をひとつ投げかけて。

 これ以上ひどくならないようにと、五右衛門は火の手を食い止めるべく発生源に走った。

 

 

 悲鳴と怒号が飛び交う中、努めて冷静を装いながら拡声器もなしに市民を誘導する。

「前の人を押さないで! 退路は確保されていますから安心してください。負傷者、子供、老人の方を優先して

ください!」

 犬千代が手を振るのに従って不安げな面持ちをした人々が流れる。先頭は加江や竹千代らも含めた救出部

隊がきっちり保護しているはずである。長い列の途中で誰かがはみ出していないか、迷っていないか、行き倒

れの負傷者がいないか注意する。災害時こそ人間の本性が現れるものである。普段は‘いい人’の仮面を被

っていても途端に化けの皮がはがれる。自分だけ安全区域に逃れようと他人を押し退けたり、友人や恋人を

置き去りにしたり……そんな光景なんて見たくないから、できるだけ‘人間らしく’いられるよう皆を守護する。

 しんがりを勤める秀吉と日吉は倒壊した建物内部や道路の陥没地帯を探り、逃げ遅れた人がいないか最終

確認をしていた。視線を上げれば凄まじい殴り合いに突入したコロクンガーと敵ロボットの姿が目に入る。まる

で等身大の特撮現場。しかし紛れもない現実だ。打ち合う度に轟く音と揺れる大地は恐怖と不安を煽り、よく

一般人がパニックに陥らないでいられるものだと感心する。災害に慣れたのか、慣らされたのか、微妙なところ

ではあったけれど。

「日吉、そっちはどうだ?」

「うん。もう誰もいないみたい……ここは封鎖しよう」

「そうだな」

 軽く言葉を交わしながら自分たちも安全圏へと移動していく。ザッと見たところでは火の手があがったり建築

物が倒壊していたりするものの、被害区域はさして広くはないようだった。不幸中のさいわいというべきか、敵

は妙なところで鈍く、バランスが悪い。複数の人間で一度に動かそうとしたらああなるのだろうな、という印象を

受ける。そしてそれはおそらく正しいのだろう。

 限られた範囲で戦おうとコロクンガーが苦労しているのがわかる。被害を拡大しないためにひとつ所でやろう

としているけれど、敵の力に押されて徐々に後退しつつある。

(なんだろう……すごく、悪い予感がする)

 日吉は妙に早まっている自らの鼓動を感じた。

 

 あの、ロボットは、危険、だ。

 あいつが、連れて、行く。連れて、行って、しまう。

 

 ………誰を?

 

「―――日吉……日吉! どうしたんだ、オイ!」

 耳元で名前を呼ばれてハッと我に返った。辺りを見回すまでもなく、すぐ側にいるのは双子の兄だけで。

「どうした? 火事の熱にでも当てられたか?」

「ううん。別に……そんなワケじゃないんだけど」

 もう一度例のロボットを見上げてみるけれど、先程感じたような焦燥感はすっかりなりを潜めてしまっていて、

なにをそんなに不安がっていたのかと首を傾げる。勿論、いまでも不安なことは不安なのだ。明らかに疲弊し

始めているコロクンガーと、操縦を担当している信長の身の安全が―――。

 誘われるように一歩、足を踏み出した。

「………ごめん、秀吉。オレ、ちょっと信長さまんところ行って来る」

「へ? っておい、もうすぐこの道封鎖されるんだぞ?」

「別の道から非難するよ。大丈夫! 殿の様子みてくるだけだから!!」

 兄の制止する声も聞かずに駆け出した。咄嗟に後を追おうとした秀吉だったが、突如崩れ落ちてきたコンクリ

ート壁に行く手を阻まれる。一瞬の遅れの後で日吉の姿を視界に捉えるのは既に不可能となっていた。悪態を

ついたものの、一応自分はしんがりを勤める立場にある。2人そろっていなくなってしまうのは一般市民に余計

な心配をさせることになるかと思われた。

「ったくアイツ……自分が防衛隊だって自覚あんのか?」

 まあ、通常任務をサボリまくっている自分がいえた義理ではないのだが。

 逃げ遅れた人間が他にいないか改めて確認してから秀吉は今一度、遠くの機体を振り仰いだ。まさか双子

の妹が同様の感覚に捕らわれていたとは知らずに首をひねる。

 

 なぜあのロボットを見ていると、誰かから引き離されてしまいそうな不安を感じるのかと。

 

 

 自らの顎を押さえた直立不動の姿勢で小六は眼前の巨大スクリーンを眺めていた。オペレーターからの情報

がひっきりなしに管制室内を飛び交っている。

「住民の避難、完了しました! 六番街への入り口を封鎖します!」

「コロクンガー、上腕部破損! 胸部にも相当のダメージを負っています! 退避させますか?」

「なにいってるんだ、バカ。いま退避させたら住民に危険が及ぶだろう!?」

 しまいにはオペレーター間で険悪な言葉が交わされる始末である。唯一の司令官である小六だが、戦ってい

る当の本人である信長の判断を優先したいとも思うのだ。だが状況は明らかに不利――そして今更退こうにも

退けなかった。

「司令、敵ロボットの分析結果です」

 ヒカゲから手渡された資料にざっと目を通して瞳の色を険しくする。あれがなにから作られているのか、画像

データとコロクンガーから伝達される戦闘データをもとに割り出したものである。結果は予想通りだった。

「やられたな……」

 我知らず低い言葉が漏れ出す。データは明らかに敵がゴッド・オリハルコンから作られていることを示してい

た。詳しく調査する暇こそなかったが、これがオリハルコンを上回る強度を有していることだけは確認済みだ。

盗まれたときに感じた危惧が現実のものとなってしまった。

 意を決して小六は傍らの通信機を取り上げた。

 

 

 こちらに倒れこんできた電柱を慌てて避ける。やたらのんびり地面へと傾いでいくそれが埋もれるべき場所も

とうに瓦礫に占拠されている。時間が経つごとに破壊され、悪化していく足場に信長は手を焼いていた。

(これじゃいつオレ自身が潰されちまうかわかんねぇな)

 かといってこれ以上距離を取ってしまうとコロクンガーの制御能力に支障が出る。遠くなればなるほど効きが

悪くなるのはリモコンと同じだ。本来、機体の背中に張り付いた姿勢で制御するのがカッコ悪いながらも一番

効果的な搭乗方法なのである。が、敵が同等の大きさと力を誇る今回は、背中に引っ付いていようものなら間

違いなく振り落とされるし、攻撃を受けた瞬間に内臓破裂で即死するだろう。数10メートル離れた現在地でさ

え攻撃の余波で崩れる建物から逃げ回るのに必死こいているのだ。戦闘の渦中にいたら僅か数秒であの世

行きのタクシーに拾われてしまうに違いない。

 味方の機体に目をやれば腕や胸部の割れ目から配線コードが飛び出して見るも無惨な有り様である。どうに

か稼動しているが次に強烈な一撃をくらったらどうなるか分からない。

 どうするか……と思案する信長の手首で呼び出し音が鳴った。応えるより前に声が響く。

『信長か? オレだ』

「ああ? 小六かよ、一体どうしたってんだ――っと!!」

 飛んできた瓦礫を器用に避けながら会話をする。

『いますぐそこから退避しろ。これは命令だ』

「逃げるだあ!? なにいってやがんだ、オレがここでコイツを抑えてるから……! 勝負だってまだ決してねぇ

んだ、オレぁ従わねぇぞ!!」

『戦略的撤退だ、受け入れろ! いいかよく聞け。その敵機に使われているのはゴッド・オリハルコンといって

な、オリハルコンより遥かに強度が上なんだ。つまり、どうあってもコロクンガーはやられる。負けるんだ。いま

はお前達の身の安全の確保が先だ。急げ!』

 躊躇なく語られた言葉にほんの一瞬、信長の思考が真っ白になる。普段寡黙な司令官の流暢な喋りに圧倒

された訳じゃない。なにか、いま、とんでもない科白を聞いたような気がする。

 舞い上がるコンクリート片の煙に咳き込みながら呆然と繰り返した。

 

「負ける……?」

 

 ―――ォォォォッッ!!

 

 僅かに動きを停止したコロクンガーの足に蹴りが炸裂し、鈍い叫びが辺りに響き渡った。黒い上腕部が勢い

を増し、揺らいだ体に何度も何度も衝撃が送り込まれる。

 

「――冗談じゃねぇっ………」

 

 どうあってもやられる? 負ける? そんな言葉を――……。

 

「なに考えてんだよ、バカ野郎っ………!」

 

 ――アンタの口から、聞きたくなんかなかった。

 

 先程蹴られた個所が割れ、亀裂から電流が迸る。ショートした回路が他に伝染し連鎖反応を起こし体内を破

滅へ向けて加速させる。関節が捩れる醜い音を立てながらコロクンガーが崩れ落ちていく。敵がその足を引っ

つかみ、力任せにねじ切った。眩いほどの残光を後に砕けた金属の欠片が雪のように舞い落ちる。

 これまで幾度もの戦いに勝利してきたロボット、対宇宙人用武器の最後の切り札、この国の化学力の粋を集

めた機体―――それが、地響きを立てて、瓦礫に埋没するのを。

 

 人々は避難先の公園で。

 防衛隊は施設のスクリーンで。

 五右衛門は高台で。

 犬千代と秀吉は街中で。

 信長は数メートルしか離れていない至近距離で――……。

 

 それぞれに、見つめていた。

 

 慄く白銀の機体が重々しく地に倒れ伏す。衝撃で側の鉄塔が揺らぎ、信長の方へと雪崩れ込む。

「しまっ……!」

 我に返ったときには眼前に迫っていた。

 ケガは承知で切り伏せるか!? 覚悟して刀を抜き放ったその直後。

 

「殿! 危ないっっ!!」

 

 聞き慣れた声と共に横から加えられた衝撃に身体が吹っ飛んだ。いままで信長が突っ立っていたその位置

に骨組みが矢の如く降り注ぐ。すぐさま跳ね起き、崩れた鉄塔の中を覗き込んだ。

 

「―――サル!!」

 

 自然、ひとりの名を唇が選び取る。

 信長自身は肩を強打した以外かすり傷ひとつ負っていない。本当にあの声は日吉のものだったのか? 確

証はないながらも複雑に組み合わされた骨組みをくぐり、声を大にして叫ぶ。

「サル!! 何処だ!? 何処にいる!!」

 ひん曲がった鉄塔の骨組みが衝突時の破壊力を物語り、地面に突き刺さり抜ける気配もないそれらに唇を

噛み締める。こんなのに直撃されていたら幾らなんでも命はない。

「無事なら返事しやがれ!! 黙ってやがるとブン殴るぞ、あほんだら――っ!!」

「………と、の?」

 恥も外聞もなく叫びまくっていた信長の耳に、消えそうに微かな声が届いた。慌てて方向を確かめ、鉄の枠

組みを乗り越えていく。絡み合った桟を幾度もすり抜けた後で、ようやく遥か下方に求める者の姿を見出した。

やや呆然とした感の日吉がぼんやりとこちらを見上げている。ほっと安堵のため息をついたのに、何故か出て

くるのは悪口ばかりだ。

「この……バカ! あほ、マヌケ、考え無し! なんだって此処にいるんだよ!? 市民を非難させろっつっただ

ろうが、命令違反は厳罰もんだぞテメェ!!」

「せっ、折角やって来たのにそれですかーっ!?」

 日吉が両手をブンブンと振って泣き喚く。笑みをこぼした信長は周辺の骨組みの強さを確認した。どうやら、

いますぐ崩れ落ちてくるほどヤワではないようだ。

「サル!」

「はい!」

「ケガはしてねぇんだな?」

「はい!」

「此処まで上がって来れるか? 隙間が狭くてオレじゃすり抜けられねぇ」

「やってみます!」

(……にしてもコイツ、強運だな)

 チマチマと上ってくる日吉を見ながら信長は舌を巻いた。あんな巨大な鉄塔が崩れ落ちてきたというのに、大

したケガもなく済んでいるとは。普通あれだけ雨のように鉄くずが降り注いだならば腕や足に重症を負っていて

もおかしくないと思うのだ。が、そうなっていたら冷静でいられる自信がなかったので、あえて考えないことにす

る。彼自身も数本の鉄筋を伝い降りて日吉へ手を伸ばす。

 指先が触れ合う――手を伸ばし、小さな掌を握り締めると一気に引き上げた。宙に浮く形になった日吉が慌

てて付近の鉄筋にすがりつく。ふぅっと安堵のため息をついて満面の笑みを覗かせた。

「信長さま! ご無事でなによ―――」

 

 バキッ!!

 

 容赦なくグーで殴られて彼女はその場に撃沈した。まだ両腕だけで体重を支えている危険な体勢だというの

に、殴る力に手加減の影も見えないのが信長たる所以か。助けに来たのに怒鳴られて、喜んでみれば殴られ

て……あんまりといえばあんまりな仕打ちに日吉は涙ぐんだ。

「なっ、なにもこんな時まで殴らなくったっていいじゃないですか!」

「うっせぇ。バカにはこれで充分だ」

「さっきから人のことをバカバカとぉっ……」

 再度、信長の手が伸ばされる。また殴られるのかと日吉は目を瞑ったが、予想に反して感じたのはあたたか

な掌の感触であった。頭をなでられているのだと理解するまでにはしばしの時間が必要とされた。

「救いようのねぇバカだ。本当に」

「………信長さま?」

「バカみてぇ………だ、な。オレも―――」

 低く呟いて顔を俯ける。

 ――小六のいったことは正しいのだと、冷静になったいまなら理解できる。頭に血がのぼって、ありえない事

態に我を忘れて、咄嗟の行動に迷いが生じて。危うく自分ばかりか他の隊員の命までも喪うところだった。

 年齢を鑑みれば仕方のないこととはいえ、隊長としてはいささか軽率であった。優先すべきは目先の勝利や

壊れかけた機体などではなく、己も含めた人命全てだったのに。

 日吉がなにか言い募ろうと口を開きかけたときだった。

 背後で響いた轟音にハッと振り向く。崩された家屋と鉄筋の向こうから赤い瞳がこちらを見つめていた。眼前

に叩き付けられた白銀の機体を押しつぶし、ちぎり取った相手の足を引きずって、明らかな敵意と共にこちらへ

と進んでくる。一歩ごとに地面に食い込む足音が死へのカウントダウンだ。

「ちっ!」

 手にした刀を構え直せばよじ登ってきた日吉が口を挟んだ。

「と、殿! 刀だけで対抗しようなんて無理ですよ! あいつすっごく固いんですよ!?」

「だからって見逃してくれるような相手だと思うのかよ!」

「思いませんけど、でもっ……!」

 チラリと敵を盗み見る。あの腕が振り下ろされただけで辺り一帯が吹き飛び、自分たちなんて粉微塵にされ

てしまうだろう。

 足場の悪い鉄塔から飛び降りて薄く引き延ばされた大地に立つ。こうして見上げてみると嫌でも敵の巨大さ

が感じられる。大きさのわりには素早い動きでこちらへ接近してきている。逃げ出そうにも周囲を瓦礫に囲まれ

てそれもままならない。日吉を自分の背後へ追いやって、激しく睨みつけてやった。ロボットの目を通して観察

しているだろう宇宙人連中に負けてなるものかと思う。

「来るなら来やがれってんだ!」

 声に触発されたように敵機の腕が振りかぶられる。握り締めていたオリハルコンの塊を地に投げ出して、新

たな獲物を仕留めようと腕に力が込められる。インパクトの瞬間にいつも閃いていた緑色の複雑な文様が関節

各所で明滅する。最大級の力と共に振り下ろされる金属の塊。

 

 ―――だが。

 2人の頭上に襲い掛かるはずのそれは、何故か空中で動きを止めた。

 

 

「どうした!! 何故攻撃しない!?」

 スクリーンで様子を見ていた天回は予期せぬ出来事にがなりたてた。あともう少しで、あの小憎たらしい防衛

隊のガキどもを捻り潰せるところだったのに……!

 助手のザコズが駆け寄る。

『だっ、ダメです天回さまーっ! 皆さんダウンしてらっしゃいます。もぉ限界です! これ以上は動かせませー

ん!!』

 曼荼羅の上、螺旋を描いて黒い機体を制御していた面子は誰もがその場に倒れ伏していた。大半の作業員

が青ざめた顔でもがき苦しんでいる。最後の意地とばかりに言霊を詠唱してみても、最早、機体を操るまでに

は至らない。中には血を吹いて痙攣を起こしている者もいた。

 これで制御しろというのは無理――さすがに事を急きすぎたか。

 天回は苦々しげに舌打ちした。画面の中では、突如停止した相手に訝しげな表情を浮かべた少年と少女が

こちらをマジマジと見つめている。どれだけ打ちのめしても諦めようとしない、これだけの目に遭わせているの

に絶望しない、ムカついてならない色がどちらの瞳にも刻まれていた。

「………まあ、いい」

 半ば自らを説得するような形で呟いた。

「今日はこれで引いてやる。だが、次はない。次こそは本来の目的を遂げる…! いいな、心眼! 宙象!」

「はっ!」

「御意」

 振り向いた天回の視線の先で怪しげな2人の男が跪いた。

 

 

 青い空はどこまでも高い。眼前の光景を気にしなければ、いつもとなんら変わらぬ穏やかな秋の午後。足の

裏に壊れたガラスの破片を感じながら小六は腕を組み、空を見上げていた。

 

 危機は、去った。………取り合えず。敵の突然の退避という幸運によって。

 

 もしあのまま暴れつづけられていたら今頃この街は壊滅し、何年ぶりかで非常事態宣言がなされていたこと

だろう。倒れた鉄塔や壊れた家屋、ひしゃげた車やバイクなどは修理すれば事足りる。本当の問題はもっと深

刻なものであった。

 

 ―――もう、防衛隊は‘無敵’ではいられない。失った信頼の回復が。

 

 あわやというところで危機を脱した信長と日吉はめげることなく救助活動に当たっている。壊されたコロクンガ

ーの部品は修理班が回収している。五右衛門や犬千代、それに秀吉も、先程顔を見せに来たから無事だとは

わかっていた。

 さて、これからどうするか――……。煙草を吸おうにもライターがないな、と。傍目には呆然としているようにも

見える司令官はゆっくりと考えを取りまとめていた。

 

 ジャリ…….

 

 小石を踏みしめる音に振り向く。そこに佇んでいた人物はゆるやかに微笑むと、実にのん気な足取りで小六

の横に陣取った。どれだけのことが起きたのか確かめるように首を周囲に巡らせて。

「随分ハデにやられましたね……やれやれ、復興作業に手間取りそうだ」

「いま着いたところか?」

「出張先から駆けつけたんですが――間に合いませんでしたね。なにが起きたのか、詳細は通信で教えても

らいましたけれど」

 特殊な任務を帯びて席を外していた年若い教授は静かに返答した。

「敵のデータも送信してもらったので解析はほとんど済ませてあります。後はあなたの決断ひとつですよ」

「そうか」

「まさか、諦める……などとは仰らないでしょうね?」

 軽く笑いをもらした少年の背中を多少、力を込めてぶっ叩いてやる。小六の口元にも笑みが刻まれていた。

「誰が諦めるって? 人を見て物をいえ」

 味方に向かって「逃げろ」ということも、冷静に判断して「負ける」と告げることもある。だが、決して「諦めろ」と

はいわない。そんな根性無しの科白など故郷を出る際に全て捨て去った。

 気分よく腕を組みなおして視線を正面へ向ける。

「各界の有力者たちに協力を要請しよう。緊急呼び出しを食らわせてやる」

 背中を叩かれた弾みで地面に突っ伏していた教授は埃を払いのけ満足そうに微笑んだ。

「連絡のほど、よろしくお願いいたします。わたしはもう少しデータの解析を進めておくことにしますから」

 軽く手を振って教授が防衛隊施設へ向かうのを見送る。多少やせ細った感のある、不治の病にかかった少

年。全く……稀有な人物ばかり早く連れ去ろうとカミサマは画策してくださるものである。

 青空の向こう、漆黒の暗闇に存在するだろう敵に向かって宣言する。

 

 やりたいのならやれ、壊したいのなら壊せ、笑いたければ笑え。こちらが黙ってやられたままでいると思うな

よ。必ず、この借りは返す。

 

 たとえお前達がどれほどの化学力と技術とを持ち、幾度人類を破滅の淵へ追いやろうとも、決して自分たち

は亡びなどしない。‘力’しか持たないお前達にやられるものか。いい気になって笑っていればいい。いまは地

に倒れ伏し、絶対的不利に立たされているとしても。

 どんなに踏まれても潰されても消されても。

 

 

 ―――ひとは、何度でも立ち上がってくるものなのだから。

 

7←    →9


よーやくシリアスらしくなってきたよオメデトウ♪ でもやっぱり戦闘シーンは苦手だな。苦。

そしてひそかに予言が成就。ふはははは、的中率が上がってきたぞ! ……え? どの科白がそうだった

のかわからない? ひ、ひどいわお客さんっ。この頁を見ていらっしって!! ← 誰やねん。

 

最後の方がこっ恥ずかしい展開になってしまいましたが、基本は人情モノだから仕方ないやネ(そうなの?)

とりあえず司令は「敵前逃亡も敗北宣言もするけれどギブアップだけはせぇへんぞ」とゆーことで。

……すっげぇ性悪ってことかいな?(汗)

 

今回、珍しく日吉と殿が仲良しでしたねぇ。「よっしゃ、そこだー! いっそのこと抱きしめてまえ!」

とも思ったんですが、「敵がすぐ側にいるのになにやってんだ?」という内なるツッコミと

シリアスシーンにラブを混ぜ込むことへの抵抗感からあえなく削除されました☆

折角、お兄ちゃん(秀吉)も宿敵(五右衛門)もいなかったのに……残念だったな、信長!

「んな巨大な鉄塔が街中にあるわけないじゃん」とか要らんツッコミはせんでください(笑)。

どーでもいいけどうちの日吉って小説でも何でも信長を吹っ飛ばしてばかりやね……。

 

次回からはラストで登場した少年が暴走予定。ほら、このひと本性マッドだから。 ← 関係ない。

 

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