「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

34.I can't do it.

 


 午後6時30分30秒。

 窓の外は薄闇に染まっている。カタカタと微かに風が窓をゆする音。

 

 午後6時32分11秒。

 会議室の扉を開いて男が2人滑り込む。出迎えた側は周辺の荷物を片付けている最中だった。外れかけの

メガネをかけ直し、どうぞお座りくださいと椅子を勧める。

 

 出迎えた青年は自らを矢崎、と名乗った。数時間前に教授と一緒に当然のような顔をして防衛隊内に足を

踏み込んでくれた男である。随分と厚かましい、もとい堂々とした態度だと思ったがそれもそのはず、実は重

行博士の大学の後輩で、その頃から竹中家とは親交を結んでいるらしい。医者の道へ進んだ彼は現在、研

修生として特別に教授の面倒を見ている。

「あの後やはり倒れましてね。強制的に病院へ逆戻りですよ」

 基地に戻ってきた信長と五右衛門に淡々と語った。ポットから湯を注ぐ音が虚しく響く。

 きっかり1時間でコンピューターから教授を引っぺがした彼はその後、患者の代わりにPCを制御して一騎当

千の活躍ぶりだったらしい。同じく尋常ではない速さでデータを打ち込んでいた謙信が相変わらずの不敵な

笑みを浮かべて証言してくれた。

 お茶を差し出し、どうぞと勧める。

「これからが正念場、防衛隊の立場はますます辛くなるだろうと仰っていました」

「そんなん、言われなくたってわかってらぁ」

 信長が苦虫を噛み潰したような顔をする。

 味方が洗脳されたこと、捕虜を取り戻していないこと。おそらく今度ばかりは上層部から失態の責任を取れ

と圧力がかけられるだろう。これまで小六が割りと自由に振舞えていたのはなによりも実績が物を言っていた

からだ。それにキズがついたとなれば、足を引っ張ろうと手薬煉引いて待っているくだらない連中が調子付く

のは眼に見えていた。

 折りしも各国首脳を集めての国際会議は目前に迫っている―――そこが日本支部糾弾の場にならなけれ

ばよいのだが。政治が関係してくると未だ一介の学生にすぎない信長には荷が勝ちすぎる。とはいえ、心配

するまでもなく既に信秀や信玄たちが暗躍しているのだろう。

 矢崎が茶封筒から書類の束を取り出した。適当に分けて、2人に手渡す。

「どうぞ」

「………なんだ、これ?」

 ページをめくって五右衛門は首を傾げた。

「先ごろまでの特訓の成果を数値化したものです」

 青年は気軽にのたもうた。

 これを見れば自分たちの能力で何が不足しているのかわかるでしょう、だから、効率の良い訓練をしてほし

いのだと。時間がどんどん限られてきている。もし今回の事態が―――考えたくはないけれど―――国際会

議で、誰もが危惧している‘最悪の結論’に達してしまったならば。

 その時から状況は目まぐるしく変わる。とてもじゃないがのんびりと特訓している時間などないだろう。いま、

時間のある内に、少しでもできることはしておかなければならないのだ。個々人の記録を手渡されたが、内容

はホッチキスできちんと区別されている。これをメンバーに手渡せばいい。

「そのデータをどう役立てるかはあなた方次第です。どうか、有効に使ってください」

 お茶を一のみ。言われるまでもねぇよ、と返して信長は席を離れた。後ろから続いた五右衛門が最後にチラ

リと青年を振り向く。相手はなんら反応を返さなかったけれど………。

 

(―――イイ根性してるぜ)

 

 手渡された資料のラストを見て五右衛門が舌打ちする。他の書類とは明らかに異なる極秘情報が透かし文

字で記されている。おそらくこれこそが本来の理由。手渡す際に不自然に見えぬよう、防衛隊施設内ですら

盗聴と監視の可能性を気遣って。

 教授の指示? いや、あの男独自のアイデアか。

 どちらにせよ研究者とか医者ってぇのは好きになれそうもないと内心でぼやく。書かれている内容はそれだ

けで気を重くしてくれるような文面で、全く、これだけの情報を渡しておきながら。

 

 ―――どう役立てるかはあなた方次第です。

 

 よくいうぜ。これだけの情報を役立てられなかったら俺の存在意義はない。

 五右衛門は殊更静かに会議室の扉を閉めた。

 

 

 

 午後6時40分19秒。

 部屋に差し込む明かりはもはや天然のものではなく、窓から透かし見える街頭の白さが照り返るばかり。

 

 午後6時40分27秒。

 たびたび時計へと向ける首は痛み始めていて、かといってその場から動くこともできず、ひざの上で組んだ

手のひらばかりを強く握りこんだ。

 

 凍りついたかのように応接室のソファに1時間半。

 日吉はただ色のない瞳を窓の向こうへと注いでいた。気を抜いてしまえば思い出したくない光景ばかりが繰

り返し脳裏に閃くので、故意に視線と思考を他へ逸らしていなければ耐えられそうになかったのだ。

 動けばいい、そう思う。

 座り込んでいないで何かすればいいと思う。自らが招いた失態を償うためでもいい、状況を改善するためで

もいい、静止した時間を過ごすぐらないなら訓練所で刀でも振るっていた方がまだマシだ。

 室内の明かりを点けに行く気にもならない。周囲が己を慮っている為か、最悪の事態の到来に誰もが忙しく

駆けずり回っている為か、先刻からこの応接間には誰も入ってこない。人の出入りがあれば否が応でも時間

を意識しなければならなかったろうに、それすらないからただひたすらこの場に留まり続けてしまう。通常なら

6時退室の部屋の隅で時折り視界に映る長針と短針の動きに鈍く反応するだけだ。

 そういえばサスケ―――どうしたんだっけ?

 ああ、そうだ。確かあいつも少し傷を負っていたから……犬千代さんが医務室へ連れて行ってくれたんだ。

そうしたら「ちょっと様子を見た方がいいだろう」と言われて、だから、いま俺は、本当に一人きりで。

 うちに帰ればやらなければならないことも沢山あるだろう。

 けれど、頭がそこから先に進むことを拒否してしまっている。

 

 だって。

 帰れば。

 帰れば、嫌でも、俺は―――。

 

 俺は。

 

 カチッ.

 照明の入る音に日吉はハッと顔を上げた。暗闇に慣れていた目を瞬かせて、扉へとどうにか体を上向ける。

スイッチを入れた人物は少しだけ意外そうな表情でソファに埋もれる日吉をとらえていた。

「………なんだよ。まだ残ってたのか?」

「―――殿」

 信長はそのまま日吉の横を素通りすると、正面の机の上に書類を投げ出した。『結果報告書』、そんな単語

が紙面に踊っていたけれども日吉の気を引くことはなかった。灯された明かりにも、動き回る人の足音にも、

結局はなんら反応を示さずに呆然と目の前を眺めていた。眺めるでもなく眺めているのだから、一体自分の

前にどんな書類が置かれているのかも現時点では全く意味を成していなかった。

 水道のコックをひねる音と食器の触れ合う音にようやっと少しだけ瞳に生気が戻る。棚から湯飲みを取り出

す信長の姿に慌てた。

「あ………殿、お茶飲みたいんなら、俺が―――」

「いい。黙って座ってろ」

「でも………」

 手元が危なっかしい。茶葉がどこにあるのかすら分かってないんじゃなかろうか、この人は。ポットの使い方

ぐらいは心得ていてくれるといいんだけど。

 随分と失礼な感想を抱いているが、実際、信長の動きは手馴れた人間には見ていられない程たどたどしか

った。見つけ出した茶葉を適当にティーポットに放り込んでいるけれど、少し離れたところにある急須には気

づかなかったのだろうか。ティーポットのでかさもなんのその、とてつもなくいい加減な手つきで湯を注ぐ。はね

散った湯がシンクに広まれども布巾で拭うような心意気を彼に期待してはいけないのだろう。

「ほらよ、飲め」

「どうも………」

 と、いうわけで出されたお茶はやはり味が薄くて風味は熱すぎるお湯に消されていて、茶漉しがなかったも

のだから茶葉が幾らか浮いてさえいた。隣に信長が腰掛けた重みで少し視界が揺れる。口につけたお茶は

ただの湯も同然だったけれど―――普段なら滅多に無い信長の好意に慄いていたかもしれないけれど。

 生憎といまはなにも感じられなかった。

 カチ、カチ、と秒針の音だけが静かに響き渡る。

 投げ出した書類を取りまとめる様子も見せず、信長がボソッと呟いた。

 

「―――なんで帰らねぇんだ」

 

 僅かに日吉が顔を上げる。笑みを浮かべようとして―――少し、失敗した。硬く強張った頬を隠すように再

度、手元の湯飲みを見つめた。

「………帰って、どうするんです」

「あ?」

「俺が―――何処に帰れるっていうんですか」

 

 だって。

 帰れば。

 帰れば、嫌でも………。

 

「あいつがいないのに―――あいつが来るのを、待たなくちゃいけないのに………」

 

 玄関を開けたって、夕食を2人分作ったって、明日の用意をしておいたところで。

 どうせ帰って来ない。

 帰って来ない、だから、待っていなければならないのに。

 

 自分は―――こんな処で何をしているのだろう?

 

「あいつ、意地っ張りなクセに寂しがりやで、なにか、お帰りとか、そういう挨拶がないと結構すねるんです。だ

から帰るでしょ? でも、今度はいつ帰ってくるかわからないでしょ? いつだって俺は一番に言葉をかけてや

らなくちゃならないから―――」

 訥々と語る言葉は理屈が通っているようで通っていない。前後関係がわかるようで全然わからない。それで

も信長は辛抱強く耳を傾けた。

「だから俺は家にいなくちゃいけないんです。あいつがいつ帰ってきてもいいように―――もしかしたらもう帰

ってて、俺のこと待ってるかもしれないのに……でももしまだだったら、俺、待つあまりに外出できなくなっちゃ

うんじゃないかなぁとか」

 そこでようやく。

 ようやく日吉は、いまにも泣き出しそうな笑みを覗かせた。

 

「なのに俺………こんな処でなにやってるんだろ………バカみたいだ」

 

 憮然としていた信長は握り締めた湯飲みを叩きつけるように机に置いた。額に癇癪筋を浮かべて、こんなん

俺の柄じゃねぇのにとぼやいている。

「サル―――この世で一番バカなのは誰か知ってるか?」

「………?」

 腹立たしげに信長は腕を組み合わせた。

 

「‘こうなるだろう’って知りながら何も手を打たない奴のことさ。………俺も含めてな」

 

 数度、日吉が瞬きをした。なんだか世にも珍しいセリフを聞いてしまった気がする。

「え………だって、殿は」

「ほんとバカばっかでイヤんなるぜ、全く。いっつも忠告が遅れてるおエライさんとか敵に捕まるあほんだらと

か、余計な意地張って助けに来るのが遅れる奴とかな」

 いってて虚しくなってきたのか彼は舌打ちをする。

「テメェは誰が悪いとか自分が悪いとかで終わんのかよ。バカみたいだって思うんなら自分で動けよ。―――

甘ったれてんじゃねぇ」

 グ、と日吉が拳を握り締めた。

「責任の所在が欲しいかよ? 処罰が欲しいなら1週間の自宅謹慎でもなんでも自由にすりゃいいだろ。誰も

止めやしねぇ、勝手に落ち込んで勝手に悲劇にひたってろ」

「誰が悪いかなんて、責任の在り処なんて求めたりしてませんよ、俺だって。でも―――それじゃ、だってそれ

じゃ俺は、落ち込んだり反省したり………寂しがったり。それすらしちゃいけないんですか?」

「見えないところでやれ。此処ですんな」

「そんな勝手………」

「勝手だとも。だから、てめぇが、これからすることも勝手だ」

 ―――なんだそれ。

 と、思う間もなく信長に力いっぱい脳天を叩かれた。冗談じゃなく眼前に星が飛ぶ。いつも腹いせがわりに

殴られてたりするけれど、今回は本当に容赦が無い。抗議の声をあげる前に再び殴られて、我知らず目じり

に涙が滲む。

 そして、泣きそうな日吉を前にして信長が口にした言葉といえば。

 

「痛いか?」

 

 ―――だったりするのだ。

 ああ全く、無神経すぎて泣けてくる!

「痛いに決まってるじゃないですかっ、なにを今更………!!」

「そうか。なら泣け」

「―――はい?」

 殴られた部分を押さえていた手が思わず緩む。きっといまの自分はかなり間の抜けた表情をしているに違

いない。

 痛いからって泣くわけじゃない、そう思うのに。

「痛いだろ? なら、泣け。とっとと泣け」

「な………け、って言われて、泣けるもんでは………」

「だからそれはテメェの勝手なんだ。俺がしてることだが、お前が‘勝手に’泣くんだ。俺が止めてやる義理は

ねぇ。泣きやがれ」

「………」

 

 ―――困るなぁ。

 

 それが日吉の偽らざる本音で。

 落ち込むなといわれて、寂しがるなといわれて、なのに「泣いていい」なんて許可を与えられて。

 優しく、されたくはないのだ。

 せめて今日一日ぐらいは愚かしい自分にどっぷり反省させてほしいのだ。ただでさえ防衛隊の皆は優しす

ぎて、明らかな失態を犯した自分にすら声高な糾弾はなくて。確かに自分が逆の立場だったなら同様にした

と思っても、いっそ責められたならば素直に泣けただろうに。

「やだ………なぁ、殿。そう言われて―――泣く奴なんて、いませんから」

「そうか」

「泣いたからって、どうにも、ならないでしょ? こればっかりは………」

「そうだな」

 頭上に伸ばされた腕は、拳を振り下ろす代わりにそっと髪をなでさする。幼い子にするようなその仕草が遠

く懐かしい記憶を思い起こさせる。「誰かを優しく扱うことには慣れてない」、おっかなびっくり撫ぜてくるあたた

かな手のひらがそう語る。

 頼り切りそうになった心を振り払い、日吉は勢いよく立ち上がった。呆気に取られる信長をよそに流しまで

駆け寄ると最大限ひねった蛇口の水を頭にぶっかけた。

「おいっ!?」

「なんでもありませんから!!」

 ザァザァと。

 耳の側の水流で相手の言葉が掻き消えて己の声ばかりが大きく響く。後頭部から伝い落ちる水はやがて膨

大な流れとなって顔と首を濡らした。

「殴られたところ冷やしてるだけですから! 気にしないでください!」

 流れ落ちる冷水の最中、頬を熱いなにかが伝っている気がするのは―――全くの、勘違いだから。

 そんなことであなたが気遣う必要はどこにもないのだから。

 腫れ物を扱うような態度を見せないでほしい。せめて、あなたが倒れなければ自分はまた前を向いて歩いて

ゆけるから。

「ったく………このバカが。タオル持ってくるから少し待ってろ!」

 そういってすり抜けた背後の学生服の端っこを僅かな気後れと共に小指に引っ掛けた。振り向いてくれたこ

とが気配でわかる。未だ流れ落ちる水の中、やっとの思いで一言だけを声にした。

 

「………………ありがとう、ございました」

 

 カチ、カチ。

 秒針が時を刻む。ボソボソと聞こえない返事がかえされて、引っ掛けた指を不思議と丁寧に外された。「そこ

で待ってろよ」、と釘を刺されて。

 水浸しの頭と水浸しの思考回路。

 どうか瞳から流れる未練がましいものが消えうせるまで、信長が戻ってこないようにと願った。

 

 

 

 窓の外には明けることのない夜空。大気を通さない分だけ星も近くに思えるのは単なる錯覚か。これから生

活することになる基地なのだがこれといった感慨はわかず、どこに何があるのかという機能的な面だけを抑

えておいた。間もなく上役たるボケかかった老人に面通りするそうだが興味もわかない。ただ、これから下げ

渡されるであろう漆黒の機体にだけは少し関心を持っていたが。

「………不思議だな………」

 貼り付けた手のひらに真空の冷たさ。

 特殊ガラスごしに見る青い星。確か数時間前までは、己はこの星を護る立場にいたのだ。いまでは逆転し

て攻撃する側となってしまったけれど、実は目的は星の侵略にあるのではないと、同じ立場になってみればよ

くわかった。

 目的は‘支配’じゃない―――都合のいいように、全てを‘操作’したいだけ。

 あまりの愚かしさに笑いたくなってもとどのつまりは興味がない。どうでもいいから自分は彼らに味方する。

いわれたことを実行して物を破壊して人を倒すだけ。

「………なんだろうな」

 誰かに呼ばれているような気がしてならない。空耳にしてはやたらこころに響く。

 

 でもきっと、俺にはもう、関係ない。

 誰が呼んでいても、誰かが俺を捜していても、俺の為に泣いていても。

 なんの繋がりもない俺は自由。

 身軽で気楽で刹那的な生き方ができる―――俺はなにひとつ、この‘世界’と関わりがないのだから。

 

 廊下の端からバタバタと駆け寄ってくるボールのような影があった。

『秀吉さま〜、顔合わせするからって天回さまがお呼びです〜う』

「わかった」

 外界に一瞥をくれてから秀吉は踵を返した。間もなく出撃命令が下されるだろう日本に、少しばかりの敬意

を表して。

 

 

 

 なんだって俺が。どうして俺が。こともあろうに俺が。

 向いていない役目を押し付けられて、結果もあまり芳しいとはいえなくて、自分でもあからさま過ぎたかと反

省して戻ってきてみれば迷いの対象はソファで眠りこけていた。僅かに目の端を赤く染めて、ハンカチだけで

は不十分だった髪はまだ水滴をたらしている。コイツ、せめて俺の帰りを待ってたらどうなんだとタオルで手荒

に頭をかきまぜてやっても意地のように起きない。

 柄じゃない。こんなん絶対俺のキャラじゃない。

 胸中で叫んだところで打開策は現れないから、一先ずソファに寝かしつけて寒くないように上着をかけてや

る。どうして俺が? とボヤきながらソイツの靴まで脱がしてやる辺り本当にどうかしている。

 意味もなく誰かを甘やかしてみたくなる感情。

 それを人がどう呼ぶのか、意固地な信長は気づいたとしても感情にフタをした上で地中深くに埋めたことだ

ろう。

 ソファに放りっぱなしにしておくのは危険かもしれないが、己が不寝番をすればいいだけの話だ。どうせ今

日は司令やオペレーターとの打ち合わせで眠らないつもりでいたのだから。応接間の扉を閉めた彼は、つづ

く執務室にいた人物に思いっきり嫌そうに顔をしかめた。

「よっ、隊長。お疲れさん♪」

「うるせぇ、この役立たずのスッパが」

「ははっ、まあまあv 部下の管理は隊長の管轄でしょー? それにねぇ」

 腰掛けた椅子をギシギシと揺らして、五右衛門はあくまで暢気そうにしている。秀吉がいなくなった直後は呆

然としていたものの、案外早く復活すると手早く事後処理に移っていた。先ほどまで一緒に矢崎という男と面

談していたのだが、その後、オペレーターに会いに行った信長とは別行動を取っていた。しばらくして舞い戻

ってきたかと思うといきなり信長を応接室の前まで引きずってきて、

「後は任せた」

 と立ち去ってしまったのだ。中を覗き込めば薄暗い部屋の中で日吉がひとり俯いていて―――。

 だから一体、これを俺にどうしろと!?

 訳もなく信長がわめきたくなったとしても誰が責められよう。

 そんな事情もあって睨みつけている信長をまるで無視して相手はフ、と呟いた。‘それにねぇ’。

 

「………俺じゃ無理なんだよ」

 

「―――は?」

「あ、それはそれとしてさ。いいニュースと悪いニュースが1つずつあるんだぜー♪ 聞いてくれよ」

 信長の疑問には答えぬままに、クルリと椅子を回転させて部下は嬉しそうに人差し指を立てた。

「1つ。オペレーターズが発見された。五体満足。これといって精神操作された様子もなし」

「―――マジか?」

「ああ、朗報だろ? これがいいニュースな。んでもってもうひとつ、悪いニュースってのは………」

 ピ、と中指を立てて腕を正面に突き出した。

 

 ………6時59分25秒。

 

「2人を解放したのは秀吉だった。ヒカゲが言うにはきっちり‘返事’をしたそうだぜ。俺らと戦ったときみたく、

意識が半分飛んでるんじゃなくてな」

 信長の視線が鋭くなる。

 自分たちと戦ったときはまだ‘操られている’だけだった秀吉が、自らの意思で動き始めた。

 ―――つまり。

「‘敵’としての宣戦布告………か」

「そ。洗脳は完了した。もう生半可な手段じゃ取り返せないだろーよ」

 

 ―――7時00分00秒。

 

 黙り込んだ2人の間で時報が鈍く鳴り響く。

 いままでより残酷で凄惨で深刻な戦いの開幕ベルにしては、あまりにも迫力の無い音色だった。

 

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タイトルは直訳すれば「俺にはできない」でしょうか。言うまでもなく今回のゴエのセリフから

来ています。メインキャストじゃないクセにタイトルかっぱらってったよ………(笑)。

 

取り敢えずらしくない殿にらしくない日吉。見たこともないぐらい落ち込んでいる日吉に何故か殿まで

錯乱気味に(笑)。一体この人はなにがやりたかったのか、書いてるこっちもドキドキでしたよ!(え?)

まぁ結局は「泣きたいときには泣いておけ」ってことだったらしいです。わかりづらいよ信長さま………。

泣くことで精神的に楽んなることだって多いからね。ただ、楽になれるとわかってるからこそ日吉は

泣きたくなかったんでしょうが。根がマジメな人間って浮上までに時間がかかるもんさね(苦笑)。

にしても水道の蛇口に頭つっこむひよピンはどうかと思った。うん。自分でも思った………ははは(汗)。

 

秀吉の表現が微妙ですがあんま深く考えなくてOKです。彼はここ半年間の防衛隊での記憶を

持つには持っています(でなきゃヒナヒカとあんな会話できない)。だけどそれは単なる‘記憶’であって、

感情を伴った‘思い出’ではないのです。単に「○○日に○○と○○した」とゆー

事象系列が並んでるだけ。これじゃ感慨も感想も湧きやしません。感情と理性がカンペキ分断

されちゃってるから精神に訴えようとしてもきっと無駄なのよネ。

多分、日吉が目の前で泣いてもいまの彼はなにも思いませんよ。うーん、まさに鬼!(※作者が)

 

次回からは多分―――小六さんのつらい立場、になるのだろーか?(笑)

 

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