「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

73.quovadis

 


「神を信じているか」と聞かれれば「信じていない」とはっきり答える。自分が困っている時に助けてくれ

なかったから、なんてガキな理由じゃない。すべての生き物を作り出したのは環境と成り行きと偶然の産

物に過ぎない。

 それと同時に「神の如きものが存在するはずだ」という考えにも納得が行く。でなければ説明できない

ようなこともこの世には多く溢れている。そこに神の慈悲を見るのか、悪魔の微笑を見るのかは個々人

の思想に委ねられるのだろう。




 信じてなどいない―――と、宣言したならば驚かれるか蔑まれるか哀れまれるか。

 どれも御免だが別にどう思われても構やしないのだ。




 山の中腹に至った秀吉は額の汗を拭って一息ついた。京都から電車とバスを乗り継いで比叡山に到

着したのが数十分前。一般観光客とは別ルートで登っているから道が険しくてならない。おまけに見咎

められないよう殊更に林の中を分け進んでいるから苦労も並大抵じゃない。

(ま、実際に延暦寺まで行くわけじゃないしな………)

 探し物はどちらかといえば叡山の麓にある。更に正確にいうと麓を入り口として伸びる地下道の奥に、

だ。地下道があるなんて聞いたことのない話だが、それこそ襲撃される危険のあった戦国時代に僧侶

たちが逃走経路としてこさえたのかもしれない。

 辺りを見回す。眼下に広まる町並みは大分ちいさく見えた。

 顔の前で印を組み、精神を集中する。額に熱い塊が生じるのを感じて不快になりながらも無言で周囲

の気配を探る。この瞬間に誰かが己の姿を見たならば「第三の目を持つ人間だ」と騒ぎ立てるのだろう

かと苦く笑う。

 左手前方に確かな手ごたえを感じて印を解いた。途端、額の熱も引いていく。宇宙人によって埋め込

まれた能力は優秀に違いないが、もともと備わっていたわけではない力は下手すれば自身の脳すら破

壊しかねないと知っている。

 それでも、使わざるを得ないのだ。

(使いすぎて………脳みそ、ぶっ壊れたらいっそ楽なのかもな)

 少しだけ視線を細めた彼は勢いよく前方に足を踏み出した。








「時間軸のズレ―――なんて言われてもよう分からんやろうし、実際ワテも分からんのですけど」

 一頻り五右衛門と車に関する話題に花を咲かせた後で青年はそう切り出した。

「ただ、それがえらい大変なことやっちゅーのは分かります。具体的にどんなことが起こると思いまっか

?」

 かなりのスピードで飛ばしているので下手すると声も途切れ途切れだ。それでも何とか後部座席の日

吉は質問に対する答えをひねり出す。

「えぇっと、もしかして過去が入れ替わっちゃったりとか、未来が変わっちゃったりするんですか?」

「時間軸と時間軸が激突すんだろ。互いの世界が入り混じるんじゃねーのか」

「過去と未来における<原因>と<結果>が逆転したりすんのかね?」

 日吉、信長、五右衛門ともに三者三様の答えを返す。しかし根幹は同じだ。ハンドルを右に切りながら

黒田がニンマリと笑う。デキのいい生徒に対して浮かべる教師の笑い方だ。

「ご明察! みなさん勘がよろしくてらっしゃる。ワテも説明が省けて楽ですわ」

 しいて付け足すなら、と続けて。

「過去や未来が捏造されたり時間の前後関係や相互作用が逆転するのは勿論のこと、余計なオプショ

ンまで付いとります。信長はんが仰ったみたいなモンですな、本来<こっち>にはなかったハズのモン

が突如として歴史上に登場したりするんどす」

 それは余りにも自然に<元の歴史>に紛れ込むため大抵の人間は気付かない。気付くのは偶々時

間軸がズレる<現場>に居合わせたものか、居るか居ないか分からないけれど、時間を渡れる力を持

つ者になら手に取るように分かるのだろう。

 あるいはそれを明かすような<物的証拠>だって何処かにあるのかもしれなかった。

「ワテが教授に説明受けた限りではオリハルコンも<時震>の産物やないかゆーてましたわ」

「え? あれって10年前に発見された新しい鉱物ってことでいいんじゃないのかよ」

 五右衛門が疑問を差し挟んだ。

「せやけど登場があまりにも突然なんどす。分析しても<この地球上には>ない物質らしーことぐらいし

か分からんし、ましてや発見された年代がなぁ………」

「宇宙人襲来の時期と重なってるのが問題なんですか?」

「そのとーりや、藤子はんっ。10年前のデータはあんまし残っとらへんのやけど、やっぱり<時震>が

頻繁に起こっとったんやないかっちゅー調査結果があります。そしていまも<時震>が頻発して、またし

ても宇宙人が来とります。なーんか怪しいと思いまへんか?」




 確かに怪しいといえば怪しい。

 何故こうも計ったように宇宙人の襲来と時間軸のズレが重なるのか。




「でもって今度は<ゴッド・オリハルコン>の出現。あれは隕石落下時の副産物やもしれへんけど、そも

そも<こっち>の世界に在ったから現れるべくして現れたのかワテは少々疑問に思っとるんどす」

「テメェの考えだと全てがクロだな。点と線で都合よく繋げるんならいいけどよ」

「物事は疑うことからでっせー、信長はん」

 深刻になりかかった場の雰囲気を吹き飛ばすかのようにカラカラと笑った。

 行儀悪くふんぞり返っていた信長だが、しかし、急に姿勢を改めるように腕を組み直す。

「―――確認、しておくぞ」

「なんでっか?」

「今回、俺たちが探索してるのはBBと同じ時空波動を出している<何か>だ。そのBBは<蜂須賀村>

にあった。そこは<10年前>に宇宙人の襲撃を受けたところだ」

 視線を鋭くする。




「そして向かっている先は<10年前>に宇宙人の襲撃を受けた<琵琶湖>近くの叡山だ―――これ

も偶然か?」




 エンジンの鳴り響く音だけがやたら耳に残る。側をすり抜ける町並みはいつもどおりの色を見せている

というのに、急に息を潜めたように感じられた。

 正面を向いたまま青年が返す。

「―――確かに、いわゆる三大悲劇においては時空波動が確認されちょります。叡山と琵琶湖も無関係

ではないかもしれまへん………ワテも嫌な予感はしますがな」

 信長の意見を否定する訳ではないが、肯定しようにも確定要素が少なすぎて答えられないのだろう。

「疑いだしたらキリがおまへん」

「疑うことから始めろっつったのはテメェだろ」

 黙って耳を傾けていた日吉もまた、そっと瞳を閉じた。「琵琶湖」という単語に未だに過剰反応しがちな

己が情けなくなる。10年前、母親と大型遊覧船に乗っていた自分は宇宙人の襲撃を受けた。結果、船

は大破し、多くの犠牲者が出た。あまりにもむかしで、あまりにも幼くて、あまりにも恐ろしい体験だった

ためか記憶には厳重な蓋がされてしまっている。




 ―――ただ。

 そこで、自分と秀吉の運命が分かたれてしまったのは事実だ。




(でも俺と母さんは………あれ―――?)

 日吉は眉をひそめた。脳裏に浮かんだのはかつての琵琶湖と、浮かぶ船と、乗り込んでいく人々の列

と、自分を呼ぶ母の声と………。




 あの時。

 そういえば、父や姉は何故いなかったのだろうか。




 弟はまだ生まれていなかった、この頃はまだ元気だった父は仕事で来ることができなかった、姉は学

校に行っていた。だから遊覧船に乗ったのは自分と母と秀吉の3人のはずなのだが―――。

 何かが違っている気がした。明確にこれだと指し示せないほどの微かな違和感。

 日吉は少し首を傾げてとりあえずの疑問を脇に押し退けた。

 気付けば他の面子の話題は世界情勢や各国の勢力図や戦法に移ってしまっている。いつの間に、と

思ったが、自分がそれほどにぼぉっとしていたと言うことなのだろう。臨席の五右衛門がこちらを伺い見

たのに微笑むと、ひざの上のタンサくんを抱え直した。

 更に10分ほど走った後に黒田が車をバスの停留所近くに止める。

「さーて、着きましたで。こっからは歩いて行ってもらいまひょ」

「叡山までまだ少しあるぞ?」

「時空波動が検出され始めたのはここら辺からどす。お手数やけど逐一探索してってくらはい」

 鬼が出るか蛇が出るか、あまりけったいなモンは見つけんといてくれるとこちらの調査も楽で助かるん

ですけど。などと言いながら黒田は手際よく3人を車から追い出してタンサくんに手を載せた。

「さーって、タンサくん。きちんと仕事して来るんやでー?」

「あの………でも、俺たちはコレの使い方をよく知らないんですが………」

 中身は精密機械らしいが表面上はどこから見ても緑色の巨大ゴムマリだ。

「心配せんでも大丈夫どす。この真ん中の赤いセンサー。ここだけに注目してれば万事OK、センサーの

点滅が早くなればなるほど目標に近づいとるっちゅーことになります」

「はあ………」

 日吉は曖昧に頷き返した。

「ワテはこれからこっちの支社に顔出しせなアカンので悪いけど席を外させてもらいますわ。あ、五右衛

門はん。ワテの携帯番号わかりまっか?」

「前のと一緒か?」

「変わってません」

「ならいいぜ。きちっと記録残してる」

 パカッと携帯の液晶を見せて五右衛門がニンマリと笑った。それと同系統の笑みを見せながら黒田は

自身の車に飛び乗る。エンジンを入れ直して、何気ない表情をしつつ言葉を口にした。

「じゃあワテは行きまっけど―――なんかあったらすぐに連絡いれたって下さい。ワテでも、他の職員で

も、できる限りのことはしますさかい」

「何だよ。関東モンは気に食わねぇんじゃないのか?」

 フン、と信長が笑えば黒田がわざとらしく視線を逸らした。

「時と場合と相手によります。関西モンはケチやてみな言いますけど―――義理人情には厚いでっせ。

期待しといてくれやす」

 強く、アクセルを踏み込まれてエンジンが唸りをあげた。

 あっという間に見えなくなる姿に遅ればせながら日吉が手を振る。なんだかんだ言いつつも悪い人じゃ

なかったなぁと思いながら。

 背後で信長がひとつ伸びをする。

「ったく………スピードはいいがシートはいまいちだったな、あの車」

「なにゆってんの、あのレトロな感じがたまんないんでショ」

 普段からリムジンシートに慣れすぎ、馬鹿野郎、俺ぁ自転車通学だ、と男連中は罵りあいながら歩を進

める。ちょっとだけ後ろを着いてくる日吉に隊長が振り返って指示を出した。

「叡山に向かうぞ、サル。センサーから目を離すなよ」

「は、はいっ」

 抱え込んだタンサくんをもう一度強く抱きしめて先を行く2人に追いついた。








 闇が広がる。

 瞬く星は遥か遠く、届く光は幾億年も前に放たれたものに過ぎず、捉えているのはその星の残骸。こう

して光は遠く離れた姿を伝えるから、あるいは<過去の姿>を見ることもできるのではないかとの学説

もあったろうか。

 そんなことは関係ない。光の速度もパラドックスも関係ない。現在の人類が理解しきれない範疇に属す

る技術、ありえないことを現実化する物質、嘘のような本当の話が実際に目の前で起きている。

 いや、起こしてみせる。そのために己は幾度も実験を繰り返しているのだから。

 成層圏よりも上空の奥まった基地の中、天回はひとり笑みを濃くした。

 彼がいま居るのは基地の中核そのものであり、特設された隠し部屋そのものである。此処には本当に

限られた面子しか入れない。ザコズはもとより、資材の調達や基地の制御に関わっている人間どもも立

入禁止だ。宇宙人と言えども各国対応の面子は分かれており、自身はあくまで「日本支部」を担当して

いるに過ぎない。だからこそ『これ』に関わる人間は制限せざるを得ないのだ。




 下克上。そう呼ぶなら呼ぶがいい。

 東海の島国担当と侮っている隙にすべてを覆してくれる。




「<時震>よ―――もっと激しく時間軸を揺らせ。取り返しがつかなくなるほどこの世界の<根底>を破

壊するがいい………!」




 時間は拡散し事象は入り乱れ過去と未来が交錯する。

 ああ、そして。

 他の時間軸を巻き取りながら倒れこんだ<それ>は新たなる世界の柱となる。




 己の手の内に『これ』がある限り、夢が途絶えることはない………。

 空に浮かぶ基地の中枢部。

 見上げるほどの漆黒の岩石を前に彼は独り笑った。








 踏みしめた足元から草の匂いが立ち上る。都会のコンクリじゃ感じようもない「自然」の匂いだ。耳を澄

ませば鳥の鳴き声や虫の羽音すら聞こえるのだろう、そんなにも喧騒から隔絶された山中だ。

 しかし意外と麓に近い。もっと上がらなければならないかと半ば覚悟していたのに。

 刻一刻と増してくる圧力を前に秀吉は慎重に歩を進めた。精神を集中している額が痛む。背中を冷や

汗が滑り落ちる。

 ―――らしくねえ………緊張してんのか? 俺が。

 大体の察しはついている。宙象がわざと命を下したことも自分の考えを裏付けてくれた。

 この山にブラック・ボックスはない。

 幾ら時空波動が検出されていても、それはまったく別の『物体』から放たれているものだ。まだ目覚め

かけの『それ』は眠りを貪り、生命活動を行なっていない無機物に等しく思えるだろう。もう一度なんらか

のキッカケを受ければ動き出すかもしれないが………。




<時震>をもとにして紛れ込んだ『異物』をどう処理するかは決めていない。




(持ち帰る―――には大きすぎるよな、多分。発見して報告しとけばそのうち連中が回収しにくんのか。

そしたら手駒が増えてラッキーかもな)

 最も防衛隊も探索に乗り出しているのだからどちらが先に入手できるかは五分五分だろう。

 自身の責任は目標を発見し、発見場所を報告するまでだ。たとえその後で防衛隊が同じものを見つけ

出しても、先に回収して研究に使っても、秀吉にとってはどうでもいいことだ。「手を抜いた」と周囲が非

難するならば「自分で取りに行けばいい」と揶揄してやることもできる。




 だって、『持ち帰れ』とは言われていない―――『探し出せ』とは言われたが。




 奥深い繁みの更に奥、暗く落ち窪んだ箇所を見つけて秀吉は視線を鋭くした。先ほどから感じる頭痛

もますますひどくなってきている。ゆっくりと足音をたてないように近づいた彼は頭だけを中へ突っ込んで

呟いた。

「―――ビンゴ」

 そのまま中へ滑り落ちると暗く湿った空気が肌を撫でさすった。ところどころ飛び出した岩にこびりつい

た苔がぬめり、微かに響く水音は地下水によるものか、入り口さえすり抜けてしまえば驚くほどに中は広

い。




 すっくと立ち上がり、見上げる―――先人の『遺産』を。




 まさかこれ程とはと感嘆の息をついた。

(持ち帰る? 無理だな、こりゃあ―――カンペキに)

 空洞を埋め尽くすほどの巨体だ。表面は薄い氷のような幕で覆われていて洞窟内の僅かな光を反射し

ている。透けて見えるのは白く尖った毛並みと首にかけられた金属製のプレートで、もしかしたらコイツ

は『飼われていた』ことがあるのかもしれないと思えば案の定、すぐ側に煤ぼけた石版が鎮座していた。

彫られた文字はかすれて蔦が表面を覆っている。指先で汚れをこそぎ落としてどうにか読めないかと頭

をひねる。

 現物が無理ならせめてこの石版だけでも持ち帰ろうか。分析すれば刻まれている文字も読み取れるに

違いない。

 古代文字………本で知った様々な文字形態のどれにも該当しない。

(日本語じゃねぇよなあ、少なくとも。かといって中東や欧米式にしては―――いや、待てよ。ひょっとして

………)

 石版の前に座り込んで考え込む。

(幾ら<時震>が何でも運べるっつったって本当に関係ないものなら運びたくても運べやしない、とする

と、少なくともこの石版と『コイツ』は時間移動ができる物体だってことになる)

(過去の産物―――生物。もしかしたら俺たちとは異なる時間軸に存在した………刻まれたのが所謂

『文字』ではなく何らかの『意志』を込めた文様だとしたら………)

(『コイツ』を創った何者かが受け渡すべき相手に己の言葉でしか文字を書かないのか。空間移動しかし

ないってワケでもないだろう。『連中』は時間移動をこそ主とし、互いの時間軸に『転送』させるなら説明

書がわりの石版には)

(過去や未来や場所に関係ない『文字』で記されなければならないはずだ。誰もが、読めるように)

(だとすると)




 ―――俺にだって、読める可能性は。

 ………………ある。




 根拠は情けないほどに少なくても妙な確信が内側に眠る。

 かなりの重さがある石版を地面から持ち上げてひざに抱え込んだ。黒い石―――もしかしたら黒曜石

なのか?―――に刻まれた文字。チラリと閉じ込められた物体に目を流す。




 白い毛並みに尖った牙、閉じられた瞳、外見だけでいえば、そう、「狼」だ。

 しろくておおきなケモノ。




 首にかけられた金属板の文字だけは不思議と見てとることができた。

「ク、オ、ヴァディス………『QUOVADIS』か。何を思ってつけたんだかね」

 鼻先で笑う。

 飼い狼につける名前としては随分とまた意味深な。事実、『コイツ』は『連中』に置いて行かれたにも等

しいのだから。

 さてと一声、改めて文字の解析に移る。あまり時間はかけられない、下手したら防衛隊と鉢合わせだ。

 文様は何行かに渡り段落分けが成されている。冒頭についている同じマークが章の切り替わりを示す

なら、定期的に出現する小文字は句読点か。でもまさかシャンポリオンじゃあるまいし短期間でそんなも

のマスターできっこない。

 ただ、救いがあるのは。

(刻んだのは『連中』だろ? 時間軸の問題だ………精神感応………教授はすぐにマスターしそうだな)

 発作で倒れるたびに『狭間』に迷い込んでいたらしいから。

 時間のズレと同調できるなら同調できるだけ理解しやすい。刻まれた文字自体が空間の歪みと直結し

ているために。

 ス、と文字盤に手を翳して意識を集中する。文字のパターン、形状、意図に囚われてはならない。ここ

で注目すべきは文字ひとつひとつに込められた『意思』なのだ。同じ言葉であっても時と場合によって全

く意味をたがえるように、込められた意思を読み解けるかどうかは自分次第だ。

 しばらく黙って見つめていた秀吉はやがてゆっくりと頬を歪めた。

「フン………なるほどな」

 幾つかの文字がほのかに発光する。列を飛び、行をたがえ、交互に。

 章ごとの区切りがあろうとも読み解くべきはその順序だ。

「―――『我』………『制御』、『する』………『力』………」

 小声で呟きながら単語を紡いでいった秀吉は気になる一文を見つけ出して急に口を噤んだ。以降はた

だひたすら目で文字を追い、内容を理解しようと必死で脳を回転させる。

 粗方の内容を読み取ったところで苦りきった舌打ちをした。




 ―――マジかよ、これ。

 こんなの………制御どころか持ち帰るのもヤバイ。身の危険を感じるどころじゃない。

 もしかして宙象の奴、ここまで知ってやがったのか?




 強く唇を噛み締める。

 何にせよ、この事実を知ったからには黙って引き下がる訳には行かなくなった。できればこの場で『ク

オヴァディス』を始末していきたいが、BKも手頃な武器も弾薬もないし、宇宙人サイドから授けられた力

だけでは心許ない。

 一旦ひいて対策を練るか、と決めたとき。




 ォ………ン!!




「………っっ、地震………!?」

 慌てて周辺の岩にしがみ付いた。天井部からパラパラと細かな石が降ってくる。下手したら出入り口が

塞がれてしまうかもしれない―――石版を右手に抱え込んだまま侵入経路を急ぎ駆け上がり、狭い穴を

通り抜けると空の見えるところまで退避した。

 鳴動は数分も続いていただろうか。

 落ち着きを取り戻した梢の揺れと草の動きにほっと安堵のため息をつく。

「ったく、最近マジで地震が多いからたまんねぇんだよな」

 それもこれも時間軸が不安定になっている所為なのだろうが。

 眉をひそめた直後。




 ォォ………………ン………




 鳴り止んだはずの音が、再び、響いたことに。

 その音の出所が、自身のすぐ近くであったことに。

 気付かざるを得ない地震とは異なる確かな震動と獣の唸り声とパキパキと乾いた音を立てて剥がれ落

ちているであろう封印の前に。




 知らず凍りついた身体を叱咤して自らのみならず周辺の安全を確保できないかと埒のあかないことを

考えて。

 途方に暮れたいのに呆けさせてくれないほどに時間がないのだと。




 ―――秀吉は、最悪の展開になったことを悟った。








 手を翳して前方を見据える。全く、今回の任務は自分にとっては面白くないことこの上ない。なにせ中

心になって動くべきが己ではないのだから。

 それでも未知なるものを捜すこと自体は面白く、信長は背後の部下どもを振り返った。

「おい、サル。何か反応はあったか?」

「うーん、いまのところありませんねぇ………」

 日吉の抱え込んたタンサくんセンサーには今のところ何の変化も見られない。ただ一定の強さで赤く

光っているだけで強くも弱くもならないのだ。そんなこんなで練り歩いているうちに住宅地を離れ、山をグ

ルリと一周するように進んできてしまっている。

 信長はもう一度辺りの景色に目をやった。

「しかし意外だな。叡山付近はもうちっと開発されてると思ってたんだがな」

 土産物売り場やら何やらでもっと込み合っていると思ったのに、さえない田んぼと単調なコンクリの道

ばかりが続いて人家も疎らだ。しんがりの五右衛門は道端の雑草を引き抜いて虫かごを編んでいる。

「まぁ仕方ないんでない? 10年前の戦いからこっち、ここいらは再開発禁止地域に指定されちゃった

かんね」

「景観を損ねる恐れがあるからどうのこうのってヤツか?」

「それもあるし、どーも地盤が緩んじゃったみたいで開発には適さないって判断されたみたいだぜ。だか

ら叡山を取り囲むように円形の過疎地が出来上がってる。観光地なのに切ないったらないよなー」

 土産物を買うには随分遠くまで行かなきゃなんないんだぜ、商売あがったりなんじゃないの、と余計な

ことを口走りながら。

 到着したときは中天にあった太陽もいまは大分西に傾いてきている。適当なところで切り上げて引き返

さないと近くにはバスの停留所もなさそうだ。あるいは黒田を携帯で呼び寄せて迎えに来てもらうのもい

いかもしれない。

 ほのぼのとした風景になんとなく皆がのどかな空気を味わっていたときだった。




 ォ………ン!!




「うぉっ!?」

「うわっ!」

「地震か!?」

 突如襲った揺れに躓きそうになりながら何とか踏み止まる。電柱やガードレールを頼りに身を支え、揺

れがおさまるのを待つ。

 数分もそうしていただろうか、用心深く3人は辺りを見渡した。電線はまだ揺らめいているが特に周辺

に変化は見られない。震源地はどこか分からずとも、まったく、本当に最近は地震が多くて困る。

「どうも………頻繁に過ぎるよな」

 信長が呟いた直後。

「うわっ!!?」

 悲鳴と共に日吉が手元のタンサくんを放り投げた。ポンポン、と地面を転がったタンサくんは排水溝の

側で危うく止まる。

「おい、なにやってんだテメェ!」

「す、すいません―――っ! でもなんかタンサくんが急に震えだしてっ………!」

「うっせぇ! 備品を壊したらテメェの自腹だかんなっっ!!」

 両手を合わせて日吉は弁解する。余程驚いたのだろう。

 タンサくんを取りにいった五右衛門はそこにあったものに僅かながら表情を詳しくした。

「隊長、隊長。もしかしなくても痴話喧嘩してる場合じゃないかもヨ」

「誰と誰が痴話喧嘩だ―――っっ!!」

「だってほら、コレ。コレが黒田のゆってた反応そのものなんでないの?」

 差し出された腕に乗るタンサくんは激しく明滅していた。クルクルと警報のように赤い光をばらまきなが

ら警戒音を発している。つい先刻までとはエライ違いだ。思わず信長も押し黙る。

 できる限り上に掲げ持ち、どの方角に反応するのかを探る。360度回転したところで五右衛門は方向

を見定めた。

「―――あっちみたいだな」

 そろって3人が叡山の麓を見た途端。




 ォォ………………ン!!




 鈍い唸りと共に山の一角が崩れ落ちた。

 呆気にとられる間もなく激しい砂煙が空に立ち上る。此処からさほど離れていない―――まさか近くに

誰か居やしないだろうか。

「―――行くぞ、走れ!!」

 信長が先頭きって走り出す。遅れて日吉が、五右衛門が駆け出した。

 舞い上がる煙はおさまりそうにもない。きっとすぐに地域住民も騒ぎ出すだろう。

(そうなる前に周辺地域を封鎖するか!? いや、まずは民間人に被害がないか確認して………)

 この後の手順を信長は脳裏で計算する。単なる山崩れにしては妙だと勘が告げていた。地震は終わ

ったはずなのに未だ伝わる僅かな振動の発信源は眼前の煙と同じに違いなく、低く響く獣の唸り声らし

き音が気にかかった。

 大きく角を左に曲がる。10メートルほど前の交差点を白煙が覆い空すら見えない。突っ込もうとしたと

ころで前方の人影に気がついた。




 誰かが、こちらに駆けてくる………。




 日吉を後ろに下がらせて五右衛門と2人で並び立った。チラリと視線を交わす。

「………民間人だと思うか?」

「どーだろね」

 何が出てきてもいいように腰の刀に手をやり目を凝らす。

 そして。




 ザッ………!!




 風が吹き付けて白煙を瞬間的に巻き上げる。覗いた光景に息を呑んだ。

 嗚呼それは勿論、それは勿論、必死に走って逃げているのが見知った顔立ちで、というよりも元・仲間

で。

 新幹線で相席だった秀吉と再会するなんて奇遇、よりは必然、との驚きもあったけれど。




「………!! ダメだ! 早く逃げろ――――――っっ!!」




 こちらの存在に気付いて呼びかける声音が常になく真剣そのものだったとか。

 何より、その、後ろから追いかけてくるものが。





 一戸建て並みにデカい白いケモノだってことが目に焼きついた。




 混乱一歩手前の会話が飛び交う。

「ちょっ………待て―――い! あれもブラック・ボックスの一形態とかゆうんじゃねぇぞっ!!」

「幾らなんでもそりゃないでしょ、隊長!!」

「信長さま! 五右衛門! 早く隠れて下さいっ、このままじゃ確実に踏み潰されて………っ!!?」

 日吉の忠告が耳に遠く。

 あっという間に秀吉と更にその背後から追いすがる白狼が間近に迫り。




 ド………ン!!




 信じられないくらいデカい前足が道路をぶち抜く。口が裂けて鋭い牙が覗いた。

 首に下がった金属板に目が止まって―――。




 ―――逃げ切れねぇっ………!!




 鼻先に迫った獣の前足に踏み潰される直前、妙に浮遊した足場が先に重力に従った法則を示す。

 不快な轟音の連続、閉ざされる視界、遠ざかる地上の光。

 連続して踏み抜かれたコンクリの大地は見事な裂け目を生じて深みにはまった。




 叫ぶ―――獣が。




 もがく前足が手近な壁を引き倒して新たに粉塵と成さしめた。








 舞い上がる白煙が辺りを覆い尽くして何も見れなくする。ただ砕かれた道路と壁と電信柱と、そこにあ

った不運な車の成れの果てと、投げ捨てられたかの如く大地に伏す人影と、黒い石版と。

 そして、大地に亀裂を生じさせた白い影と、その白い影によって。








 ―――割れ目に飲み込まれた者たちは影も形も見当たらなかった。

 

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だから無駄に長すぎるんだよ、お富さん(謎)。

結局どう話が進んだかってゆーとあまり進んでない気もするのよネ(汗)。とりあえず関西出張の目的のブツが

見つかって(「ブツ」ゆーな)、見つけたはいいけれど何だか厄介なシロモノで、逃げ出そうとした秀吉は逃げそびれて、

安全圏にいたはずの防衛隊の面々は自ら危険地帯に飛び込んできたとゆーことなのネ………。

叡山の周りを勝手に過疎地にしてしまってごめんなさい。今後の展開において、あまり民間人の

被害がないようにしよーと思ったらこうなっちゃったですよ☆ 平伏。

 

叡山の地下に眠っていたのは白い狼、名前は「クオバディス(仮)」。キリスト教では有名なお話ですナ。

 

聖ペトロが迫害にあってローマを脱出しようとしたとき、明け方にイエスが彼の前に現れた。

ペトロが「主よ、どこへ行かれるのですか?」と訊くと

イエスは「あなたが私の民を捨てるなら、私は、ローマへ行ってもう一度十字架につこう」と答えた。

そしてローマへ引き返すことを決意したペトロは進んで逆十字に磔られて殉教した。

このときのペトロの「どこへ、行かれるのですか」という言葉が「クォ・ヴァディス」。

 

―――って話じゃなかったですかね、確か。本とか映画にもなってるっぽいけど未確認。はっはっは。

 

そんな無関係エピソードを根底に引きつつもゲスト敵キャラである狼くんのモデルは『北欧神話』の

フェンリルです(笑)。

こちらも興味あったら調べてみてくださいね〜♪(つまりは説明が面倒になったらしい)

 

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