「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

91.secret base

 


 車に乗っていたのはさほど長い時間ではなかっただろう。けれど、日差し避けに薄黒くぬられた窓越しに

外を眺めながらの道行きはあまり気持ちのいいものではなかった。通りすがりの人々が疾走する政府の車

に一体何事かと訝しげな目線を投げかける。内側に閉じ込められた自分達の姿までは見えていないだろう

が気が滅入る。隣に信長が居てくれて本当によかったと日吉は感じた。

「―――着いたぞ」

 三十分も走らない内に車は停車した。促されて車外に出て視線を上げれば黒と茶を基調とした建物に出

迎えられる。門柱には政府の名が記され、警備員が数名と番犬が常駐している。扉までの両脇を固める木

々の合間にはセンサーやら何やらが仕込まれているのだろうと考えるとため息が出た。此処がどういった

施設かは知らないが余分なところに予算を割く前に国民の利になることをすればいいのに。まぁ、コロクン

ガーだってある意味で国庫の無駄遣いだったかもしれないから大きなことは言えないけれど………。

 重い扉が開かれて奥へと案内される。受付の人間にも感情らしき感情は見えず、おまけに品定めするよ

うな目で眺められて甚だ気分を害した。中には蔑みまで篭められているようで、それは日吉にあまりにも容

易に義父の視線を思い起こさせた。彼らがどんな用件があって前触れもなく校門に横付けしたかは知らな

いが、ろくでもない要求だったらすぐに突っぱねてやろうと決意を固める。

 廊下を幾度か折れ曲がり、応接間の向こうの一際大きな黒い扉の前で案内人たちは足を止めた。

 クルリと振り返って信長の前に手をかざす。

「ここから先は木下藤子さんお一人でお越し頂きたい」

「んだとぉ?」

「失礼ですが我々はあなたを招待した覚えはありません。ここまで案内しただけでも破格の扱いと思って頂

きたい」

 信長が眉根を寄せても男はグラサンの向こうで素知らぬ風を装っている。しかし彼の言葉は尤もで、無言

でちゃっかり車に同乗してきたのは信長の独断である。ここから先は当事者のみ入室可、この控え室で待

てと言われれば引き下がるしか能がない。逆らえば更に後ろに控える大柄な付き人の鉄拳が落ちてくるに

相違あるまい。

 いま争うのは得策でないと踏んだのか、チッと舌打ちして信長は一歩引き下がった。応接間に用意された

黒革のソファにどっかと座り込む。そっぽを向いたまま呟いた。

「………何かあったら、呼べ」

「――――――はい」

 その言葉だけで自然と口元に笑みが浮かんだ。

(大丈夫。何かあったって、扉を開ければ………)

 おかしな話だ。いま自分達を招いているのは政府の人間なのだから、そんなに緊張する必要はないはず

なのに。例え司令を解任したとて地球サイドの面々であることに変わりはないはずだ。

 なのに、何故、こんなにも不安になるのだろう?

 ぐっと唇をかみ締めて日吉は扉をくぐった。








 室内は薄暗かった。天井にはほのかな白い蛍光灯、真ん中に漆塗りの机が置かれてソファは黒光りして

いる。机上のレースが蛍光灯のもとでは妙に青ざめて見えた。窓にはブラインドがかかり隅の方に植物が

お情け程度に飾られている。

 息苦しかった。テレビで見た取調室に似ている気がした。

 扉に近い方へ日吉が腰掛け、正面に男女の案内人が座る。ただの案内人だと思っていたがどうやら説

明役も兼ねているらしい。そういえば警備員たちも彼らに対しては丁寧だった。

 男の方が改めて、と口を切り出す。

「挨拶が遅れましたね。私どもはこの施設の責任者でして、普段は諜報活動のようなことを行っております」

「諜報?」

 そんな黒ずくめの服装じゃあ自分から正体ばらしてるようなモンだろうと日吉は思った。

「大半は政府機関と民間企業の橋渡しですよ。表立って協力が要請できなくとも、やはり手を借りたい分野

というのはあるものですから」

 政府の要求を飲んでくれる企業を探し出し、交渉し、活用するのだという。ひょっとしたら政財界の癒着も

ここいらに起因しているのではと勘繰りたくなったが、いまは咎められるような立場にない。探索は企業や

材料だけに留まらず人材にまで及び、竹中教授をお招きしようとした時は断られて難儀しましたがねと、こ

れは本当に余談だという物言い。

 日吉は眉を顰めた。

(教授を招いた時―――って………?)

 まさかあの空港や東京タワーでの一件だろうか。謎の団体が追跡してきた上に格闘までする羽目になっ

た。確かあの時は防衛隊の介入で事無きを得たのだけれど、きっとあれは外国からの追っ手だろうと思っ

ていたのだろうけれど、もしかしたら、もしかして。

 ―――この国の面子も関わっていたのだろうか?

 確かめるには難儀しそうな疑問。

(まさか)

 どうにか疑惑を頭から追いやった。眼前の人物は日吉の態度など気付かぬ様子で話を続けている。

「相談なのですがね。キミに………協力して頂きたいのですよ」

「協力?」

 てのひらを強く握り締めた。

「何を協力すると言うんですか。出来ることなんて高が知れてますよ」

 自分の所属は防衛隊実働部隊にある。だから、命令ならば防衛隊から直接くだされるはずだ。たとえ蜂

須賀司令が職を解かれて現状の上司が不在であろうとも命令系統は残っているはずなのだ。ここが政府

内でどんな立場にあるか想像もつかないが横から口出しされる謂れはないと思う。

「個人で出来ることなどあまりない。実働部隊に直接依頼するというのなら然るべき方面から打診するのが

常識でしょう」

「常識も緊急時には無効化される………ま、そう焦らずに話を最後まで聞いてください」

 男は苦笑しながらゆったりと机上のカップを手に取った。女性の案内人が用意してくれたコーヒーではあ

るが、飲む気にはなれなかった。

「………どこまで存じ上げているかは分かりかねますがね、宇宙人連中との戦いはかなり際どいところまで

来ている。そろそろ決着をつけなければならない」

 いつ果てるとも知れない戦いは国力も人心も疲弊させる。何もこの国に限ったことじゃない。

(知ってる。だから、司令は一斉攻撃を仕掛けたかったんじゃないか)

 志を同じくする司令を罷免しておいて何を言う。表情を硬くしたまま日吉は無言を通した。いっそのこと最

後まで無言を貫いて、応とも諾とも否とも言わなければ意地のひとつも示したことになるだろうか、と考え始

めた時だった。




「キミには―――双子の兄がいるそうですね」




 息が、止まるかと思った。

 何故いまそれを此処で? 此処で聞いてくる意味は? 背中を汗が伝う。

 動揺を悟られてなるものかと唾を飲み込むことすらせずに毅然と頭を掲げて相手を見返した。

「それが、何か?」

 双子の兄がいることは単なる事実だ。恐れることも恥じることもない。

「何か関係あるんですか」

「大有りですよ」

 言いながら男はまたコーヒーを一口飲んだ。連れの女性はさっきから一言も喋ろうとはしない。ことの展

開は全て相方に任せているのだろう。今頃、応接間に遺された信長はどうなっているだろうとふと考えた。

「双子はシンクロする………と、よく言いますがね」

 男の笑みに不吉なものを感じながらも返す言葉がない。確かに、離れていても双子はお互いのことが分

かるとよく言われるけれど、自分と秀吉の間でそんな感覚は―――。

(あった………か、も?)

 少なくとも秀吉は自分の危機にはいの一番に駆けつけてくれていた。悪い予感がしたんだと笑いながら。

「誰かがやらねばならないことなんですよ」

 彼は深く、深く頷いた。

「敵陣深くに侵入し、基地を破壊する―――もしくは首謀者を捕らえ、始末するという役目をね」

 誰かが果たさなければならないと言う。

 機会を得たならば躊躇せずに行うべきことだと言う。

 勿論、世界的に攻撃のタイミングを揃えて各国の上空に漂う基地に乗り込めたならばこれ以上の僥倖は

ないけれど。敵に連携する暇を与えず、こちらが奴らの補給路を分断して各個撃破できたならば―――だ

が、現実にはそんなこと不可能に近い。時差や軍事力の違いだけに留まらず、なによりもいまの世界には

突入の音頭を取れるだけの指揮官がいない。

 低く、問い返した。

「………俺に、乗り込めと?」

「キミ自身が乗り込む必要はない」

 話が繋がっているようで繋がっていない。関連があるようでない。いや、何故こんな話になっているのか

本当は理解しているのに、理解したくないだけだ。兄の存在を示唆された瞬間にもう先の展開は読めてい

たのだ。

「聞けばお兄さんは町から姿を消して久しいそうじゃないか。近所の人達も心配していたよ、何かあったの

かとね」

「………」

「彼が姿を消したのと時を同じくして妙な目撃証言が相次いでいる。石油コンビナートの爆破、蜂須賀村の

騒動、先だっての琵琶湖での一件。小柄な制服姿の少年を見かけたという現地スタッフは多いのだよ」

「………」

「だが今までこれらは不問に処されていた。どこの誰からも彼の居場所に関する情報は聞かれなかった。

清廉潔白を好む蜂須賀司令も、直属の部下のためなら情報も握りつぶすということかな?」

 言い返すことはできなかった。事実と認めるのも業腹だが妄想と言い張れるほど強くもない。

 わかっている。自分は、守られていた。司令の手で、他の隊員の目や、記者連中や、国家権力から。

 秀吉の裏切りが知られればどんな処罰がくだされるか分からない。仲間にも迷惑をかけるだろうし、世間

的な防衛隊の心象も悪くなるだろう。自身に与えられる誹謗中傷なら甘んじて受けるけれど周囲への影響

を考えると隠し通すしかなかった。急に姿を消した実働部隊のメンバーに疑問を抱く輩がいたっておかしく

ない。これまでは司令の采配で取り沙汰されずに済んでいただけだ。

 グッと男が身体を机の上に突き出した。

「キミの兄は宇宙人基地にいる―――そうだろう?」

「違います」

 否定の言葉は思ったよりもすんなりと出た。

「あいつは実家に帰っています」

「不在は確認済みだよ。ネタは割れているんだ、白状したまえ」

 取調室みたいな部屋だと思っていたが、本当に取調室だったらしい。ますます不機嫌そうに日吉は眉根

を寄せて強くてのひらを握り締めた。

「どう主張しようとも日野秀吉の身柄を確保できていないのは事実だ。なぁに、キミたちを裁こうと言っている

訳じゃない………むしろ好都合だ」

 黒眼鏡の奥底にタチの悪い笑みが閃いて消えた。何かを企んでいるような笑みは信長だって五右衛門だ

ってよく浮かべていたけれど、こんなにいけ好かない笑みじゃなかったぞと胸中で貶す。

「仰っている意味がよく分かりませんが?」

「言っただろう。双子は同調するのだと」

 トン、と彼は机の淵を指先で叩いた。

 日野秀吉が敵陣にあるのならば丁度よい、計画を実行するに支障はないと。




「キミを通じて、彼を操ればいい」




「―――無理です」

 跳ね返す声は小さく響いた。何処かで予期していた答えではあったが、改めて口にされると非現実さが浮

き彫りになる。幾ら双子が同調するとて、性格も身体もまったくの別存在だ。それを操ろうだなんて夢の見

すぎだ、勉強を一からやり直した方がいい。ましてや自分と秀吉の距離は地表と成層圏、遠隔操作するに

も程がある。

「同調なんてするはずもない。あいつが操られるはずもない」

「オリハルコンの力を駆使すれば同調可能とマウスで実験済みだ」

「マウスと人間は違う」

 むしろ「実験なんかするな」だろうか。吐き気がするほど趣味の悪い実験だ―――人を、操ろうだなんて。

この調子では互いの命の保障もなさそうだ。操る方も操られる方もきっとただでは済まない。長期間精神を

同調させて、おまけにどちらかがどちらかの行動までも支配するだなんて正気の沙汰ではない。更に言え

ば操ったことを敵に勘付かれないで済む証拠はあるのか。

 男もその点には気付いていたのだろう。

「長時間同調させた場合の結果はまだ芳しくないが、出来ないほどじゃない。リスクがあるとすれば『乗っ取

り』を発見された際の彼の身柄と、キミの精神崩壊ぐらいだろうけどね」

 実に何気ない口調でさり気なく人格を否定してくれる。どちらの安全も確保できない手法をよくも自信あり

気に語ってくれたものだ、見抜いた敵が一気に攻撃を仕掛けてくる可能性を考えはしないのか。

 絶対に承諾しない、言い捨てようとした瞬間だった。




「―――キミたちのおかげでどれだけの迷惑を被ったと思っている」




「………っ」

 そんなの、あんたに言われる筋合いはないだろ!

 開いた口から言葉は流れず、また静かに噤まれてしまう。負い目を感じながらも開き直るには聊か日吉

の立場は弱すぎた。

「攻撃の際にも苦労するんだよ。例の司令が邪魔してくれたしね………いい加減、見限ったっていいと思う

だろう? どんな事情があろうとも彼は地球人を傷つけた、それだけが厳然たる事実だ」

「―――あいつは」

「キミの仲間だって彼の所為で怪我をしたそうじゃないか。石川五右衛門、だったっけ? 司令の故郷であ

る蜂須賀村も破壊された。それでもまだ彼を庇うというのならキミも同罪だ」




「あいつは裏切ってなんかいない!!」




 叫びは室内に虚しく響いた。

「アンタに何がわかる! 何も知らないクセに勝手に偉そうなことばっかり抜かすな!」

 泣きそうだった。

 取り乱すな、冷静になれ、これじゃ秀吉が敵基地にいると自分から白状しているようなものだ、全部が自

分を同様させるために仕組まれた罠だ、承諾するものか、受諾するものか、作戦に協力などしてやるもの

か………。

 唇をかみ締めて耐え忍ぶ。これ以上ないくらいに握り締めたてのひらは蒼白になっていた。

 ふぅ、と男のわざとらしいため息。

「正直―――こちらもねぇ」

 低い声音、机を叩く定期的なリズム、暗い目線。

「死んででも償ってもらわなきゃあ納得いかないって、ねぇ………? そう思ってる奴は防衛隊内にも結構

多いんだヨ」

 室内に設置された換気扇がカタリ、と音を立てた。








 ―――同時刻。夕暮れ迫る町並みを背後に。

 門前。どうやって追尾したのか手段は知らず。

 警備兵やセンサーの隙間を掻い潜り、これが違法行為に繋がるだろうと知りながら。

「―――行きますか」

「行きましょう」

「―――連絡は」

「つきましたから」

 互いに言葉を交わして燃える髪をした少年と長髪の少女は己が手にそれぞれの武器を携えた。








 俯いて耐えるしか術がなかった。言い返したいのに言い返せないのは、自分のこころが弱い所為だ。

(裏切って、なんかっ………)

 秀吉は裏切ってなんかいない。洗脳なんてされてない。乗っ取られていることは額の第三の目を見れば

明らかなのに、まだ自分は一縷の望みを抱いている。一益には自分で殺すと言っておきながらもずっと悩

んでいた。だって、絶対、自分には、秀吉を殺すことなんて出来ない。決心を固めても本人を前にしたら躊

躇してしまうだろう。そんな風にグラついているところをこの男は揺さぶってくれたのだ。

 悔しさに歯噛みする。

「死ぬ、ことで償えるのなら………それでもいいとは、思ってる………」

 ようやっと日吉は言葉を搾り出した。いまにも泣き出しそうな顔をしながら眼前のふたりを睨みつける。

「―――でも」

 ―――償え、と。

 借りを返せと言われたならば出来る限りのことをしよう。けれどそれはあくまでも自分自身に関してのこと

であって、秀吉まで巻き込むつもりは毛頭ない。だってそうだろう? 秀吉が洗脳されたのは彼の所為では

ない。もとはといえばひとりで抜け駆けした自分が悪かったのだ。仲間に断りもせずに敵の誘いに乗った己

が愚かだったのだ。代わりに洗脳された秀吉には何の罪もない。

「償うのは………お前たち相手じゃないっ………!!」

 勢いよくソファから立ち上がった。

 と、同時。




 ―――ドガッ!!




「―――!?」

 突如蹴破られたドアに3人が振り返る。粉微塵と化した扉の向こうで仁王の如き表情になった信長が突っ

立っていた。足元には例のガタイのいい男がぶっ倒れていて、信長のカウンターを食らった証拠が彼の頭

に足跡としてクッキリと刻まれていた。

 キッと室内を睨みつけ大音量でがなりたてる。

「おらぁ!! ナニやってやがんだ、サルっ!! とっとと行くぞ!!」

「はっ、はいっ!」

 条件反射で背筋を伸ばし、慌てて彼のもとに駆け寄る。

 いきなりの来訪者に呆気に取られていた案内人たちも急いで立ち上がった。

「ま、待て、話はまだ」

「黙りやがれ、この不燃物どもが!!」

 バン!!

 拳がぶち当たって壁がひび割れる。

「てめーら………なめた真似してくれやがってっ………!!」

 信長のこめかみが怒りでヒクヒクと震えている。ああ、こりゃーかなりキテるなー、と冷や汗かきながら日

吉は半歩下がった。

「いきなりナニ提案してくるかと思ったら口出し無用だの出て行けだの殺されたいかだの! 挙句の果てに

は『父親に迷惑はかけたくないだろう』だぁ!? 馬鹿にしてんじゃねーよっ、俺が身内を引き合いに出され

ただけでビビるとでも思ってやがんのか!!」

 信長は信長で大層、不快な思いをしていたようだ。

 しかしここでブチ切れて相手に踵落としを食らわせる辺りが日吉との違いである。

「あの親父がてめーらみてぇなカスどもにやられるタマか!! 談合でも上場停止でも国家反逆罪でも何で

も吹っかけてみろってんだ! てめぇらが背中に気をつけて歩くようになるだけだゼ!!」

 それになぁ、と凄みをきかせて彼は笑った。

「弱み握ってんのがてめぇらだけだと思うなよ? そっちの弱みぐらいこっちも握ってんだ………!!」

「くっ」

 案内人たちが始めて顔色を変えた。どうやら心当たりが腐るほどあるらしい。バシ! と背中を叩かれて

日吉はよろめいた。

「サル! てめぇも何か言ってやれ!!」

「え? え〜っと………」

 言いたいことは全部言われてしまった気がするのだが………自分以上に激昂している人物がいると冷

静になってしまうものである。

(でも、俺だって)

 ムカついたことは確かなんだから言い切ってやる。誰に何と言われようと引けないものは引けないのだ。

後のことなんかいまは知らない。両足をぐぃっと引き伸ばして行儀悪くびしっと相手を指差して叫んだ。

「お前らなんて、大っっ嫌いだぁぁ――――――っっ!!!」

「それかよ!」

 ビシッ! と信長の裏拳が日吉の後頭部に炸裂した。

 しかしこんなところで漫才かましている暇はない。信長が政府関係者をぶっ飛ばし、日吉が依頼を断った

のは事実。後でとやかく言われようともとっととトンズラこくのが正道である。

 最初は慌てていた案内人達もさすがに落ち着きを取り戻しつつある。まだ館内に指示を下していないいま

がチャンスだ。席を立った男が険しい顔つきをしてふたりを止めにかかる。

「待ちたまえ! このまま行くのならばキミたちを逮捕………」




 ウゥゥゥゥ―――ッ!!




「今度は何だ!」

 突如鳴り響いたサイレンに男の言葉が遮られる。傍らの女が慌てて壁のインターホンを押し、状況確認の

ために喋っているがどうせ緊急事態に変わりはない。逃げる側が利用しない手はなかった。

「行くぞ、サル!」

「はいっ!」

 後ろから男の怒号が追ってきたが待てと言われて待つ馬鹿はいない。ムギュと大柄な男が目覚めぬよう

再度踏みつけてとどめを刺し、近くにあった花瓶を投げつけて相手を牽制した。

「ああ、これで俺も立派な器物損壊罪………っ!!」

「ばーか、今更ナニ言ってやがる。コロクンガー操ったことがある時点でてめぇは公共物破壊してらぁ」

「そりゃそうですけどっ」

 やっぱり俺は一般人として生活したかったんだーっ! と叫びながら疾走する信長の後に続く。

 角を折れ曲がった瞬間に出くわした黒服には信長が蹴りを一発、怯んだところで更に回し蹴りを謙譲。お

のれ! と慌てる向こうの面子は日吉が傍の額縁を外して迎撃。飛び散ったガラスの破片が靴裏に踏み砕

かれて硬質な音色を奏でる。

 出会い頭に相手に拳をくれてやった信長が振り返りざまに叫ぶ。

「気をつけろ! どうやらここの奴ら見境ないらしいからな! きっとそのうち………」

 パン!!

 乾いた音が床を穿ち、正面を見ればひとりが手に銃を構えていた。足元を狙っていた軌道をそのまま頭

部へと変えてくる。

「やべぇ!」

 日吉の首根っこを引っ掴んですぐさま信長は十字路の角に身を潜めた。続けざまに放たれた弾丸が壁を

削っていく。

「これ、ぜってぇ麻酔弾じゃねぇ!」

「実弾!? 実弾っすか!? マジで!!」

 なんでーっ、どうしてーっ! と焦る日吉に対して信長は生け捕りできればいいんだろ、とひどく冷徹だ。も

っとも、引き攣った笑いを浮かべている辺り、どこまで正気なのかは分からなかったが。鞄も何も置いてき

てしまったことを少しだけ信長は後悔した。こちらには武器がひとつもないのだ、立ち往生している間に後

ろに回り込まれて袋の鼠と化してしまう。

「参ったな………ん?」

 黙りこんだ信長にならい日吉も耳を澄ます。ちょっと前から襲撃の声が変化しているのに気付いたのだ。

こちらに向かってくるものではなく、何か、別方向に攻撃を仕掛けているような………。




 ドガッ!! バキ!! ガスッ!!




 ―――何だか粗雑な音が響いているように思えるのは気のせいだろうか。

 注意深く奥を覗き込んだ信長が舌打ちして日吉を招き寄せた。

「………いらん手伝いが来たようだぜ」

「え?」

 仲間の後ろから通路の向こうを見て驚きの声を上げた。銃を手にしていた連中が全員例外なくのびてい

る。見るも痛々しい打撲傷に、腕や足に突き立った矢。何故こんなところに昔日の飛び道具が、と疑問を抱

いたのもほんの束の間。更に奥に佇む人影に呆気に取られた。

 なんだって、こんなところに。




「み、光秀様!? 濃姫様まで、どうして此処にっ………?」




 黒服連中をのしたのが生徒会仲間と知って日吉は脱力した。嗚呼、何だって彼らはこんなところに居るの

か。敵さん連中の打撲傷は光秀の木刀によって、矢傷は濃姫の弓矢によって、とは素直に推測がついた。

木刀はまだしも弓道用の弓矢なんて室内じゃ使いにくいことこの上なかったんじゃないかと思う。廊下に散

らばった黒服どもを蹴飛ばしながら信長が光秀に詰め寄った。

「なーんだってこんなところに居るんだよ、キンカン頭!」

「ふん。来たくて来た訳じゃないさ。………が、校門前で拉致まがいのことをされては学校の沽券に関わる

だろう?」

 だから迎えに来たのだという。

 じゃあこうしてたったふたりで乗り込んでくるのは体面上ヤバくないんでしょーかと日吉は問いたい。確か

に、正義感の強い光秀ならば突入してきそうではある。濃姫まで一緒にいるのは意外だったけれど。

「あの………濃姫様はどうして此処に?」

「ふふ、光秀様が報告にいらっしゃいましたので、どうせならご一緒にと思いまして。どうやら殿も巻き込ま

れていたみたいですし?」

「余計な心配してんじゃねーよ、そこまで落ちちゃいねぇぞ俺は」

 返す信長は何処か満足そうだ。彼は度胸の据わった女が大好きなのだ。ましてや、濃姫とは許婚の間柄

………将来このふたりが結婚したら最強タッグが出来そうでいまから密かに心配している日吉である。

 またしても弓に矢を番えながら彼女は日吉たちを促した。

「さ! おふたりは早く脱出してしまってくださいな。このまま真っ直ぐ行けば大丈夫ですから」

 途中の警備員たちは全員気絶させてあります、とさり気なく恐ろしい事実を告げてくれる。

「お前らはどうするんだ?」

「ご心配なく。こっちだって逃げる段取りはきちんとしてありますから。それよりも―――殿!」

「何だよ」

 不安な素振りのひとつもなく信長は日吉の首根っこを引っ掴んで歩き出す。傍らの光秀に「しっかり守れ

よ!」と檄を飛ばしつつ。視線が交錯した一瞬だけ濃姫は真面目な顔をしていたけれど、すぐその表情は

朗らかな笑みに取って代わられた。

「しっかり藤子さんのこと守ってくださいませね。何かあったらタダでは置きませんわよ?」

「脅してんのか、コラ」

 ムスったれた信長の表情も間もなく苦笑へと変化して、ああ、なんか信頼しあってていいなーと引きずら

れたままの体勢で日吉は感服した。そんな彼女の腕を引っ張って光秀が注意を促す。

「正面玄関を突破したらすぐ左方向へ走れ。そこに彼が待っているはずだ」

「彼?」

「出掛けに連絡を取っただけだから到着しているかどうかは分からんが………きっと、居るはずだ」

 だから、『彼』って誰なんですか。

 問いかける前に襟元を引きずられてキュゥッと情けない声を上げた。話の途中であろうとなかろうとお構い

なしに信長は日吉を引っ立てる。

「おら! とっとと行くぞ、サル!!」

「ちょっ………待ってくださいよっ。光秀様! 濃姫様!!」

「私たちなら大丈夫よ。向こうだって『一般人』扱いの私たちには手荒な真似は出来ませんからね」

「早く行くといい」

 互いの武器を手にして光秀と濃姫は向きを転じた。背後では騒ぎに集まってきたらしい連中の影が覗い

ている。何か言葉をかけたかったのに、角を曲がった途端彼らの姿は見えなくなってしまった。加勢しよう

にも武器のひとつもない自分達は足手まといでしかない。ましてや、仮にも連中の目的が日吉の身柄の確

保にあるならば逃げることが最優先事項にならざるを得なかった。

(…守られてるだけなんてっ………)

 悔しさに歯噛みする日吉の頭に軽く信長の手が置かれた。

「?」

「―――あいつらとはまた会える。謝るんでも借りを返すんでも次の機会にしろ」

「………っ、はい………!」

 俯いたまま必死に足だけを動かした。前へ、前へと。








 転がる黒服たちを避けながら正面出口へ向かってひた走る。飛び出したところで犬に吠え立てられたが、

首輪を地面に矢じりで縫い付けられているらしく襲いかかられるには至らなかった。門を抜け到着時に利

用した車に突き当たり、光秀の言葉どおり左方面へ足を向ける。行く手は薄暗い森の中だった。

「ったくキンカン頭のやろー、誰が待ってるってんだ?」

 不服そうに呟く信長の声も途切れがちだ。大勢を蹴散らしながらの行程はかなり体力を消耗させていた。

既に陽もくれかかったこの時間帯では足元も確認しづらい。

 かなり先に行ったところで信長が動きを止めた。軽く息をついて呼吸を整えながら、最初にもれたのは舌

打ちだ。眼前に広がっているのは切り立った崖ばかり、ザァザァと川の流れる音が辺りに木霊している。

「行き止まりじゃねぇかよ………!」

 もしかして道を間違えたか? との疑問に日吉は否定で答えた。幾ら辺りが薄暗くなっていたとはいえ間

違えるとは思えない。考えられるとしたら、光秀の言う『彼』がまだ到着していなくて、自分達が行き過ぎてし

まった可能性ぐらいなのだが………。

 改めて耳を澄まし、異質な音に気がついた。信長の腕を掴んで注意を促す。

「殿! ―――下です!!」

「あ?」

 揃って下を覗き込む。吹き付ける風が激しいモーターの音を鳴り響かせた。




 ―――グアッ!!




 押し寄せた風に吹き飛ばされそうになりながら必死で大地に足を踏みしめる。咄嗟に閉じた瞳を開けたあ

と、出迎えたのは友の姿だった。

 夕闇に紛れ込みそうな灰色の塗装で覆われた機体に、不釣合いなほど大きなモーター音を鳴り響かせる

プロペラ。非常用ハッチをこじ開けてこちらに縄梯子を投げて寄越すのは。

「ふたりとも! 早く掴まれ、撤収すっぞ!!」

「五右衛門?」

 なるほど光秀は彼に連絡したのかと納得した直後、首を引っ掴まれて我に返る。

「おら! とっとと掴まれ、サル!!」

「は、はいっ!!」

 気付けば既に信長は縄梯子を引き寄せていて、あとは日吉がしがみ付くのを待つばかりだった。慌てて

梯子に足をかければすぐに身体が宙に浮く。回収しきる前に離陸するなんて危ないだろうとか、崖下に潜ん

でるなんて危険極まりないとか、これって絶対相手方にもバレてるだろうとか問い質したいことはたくさんあ

ったのだが―――這い上がるのに必死でそんな思考も飛んでしまった。

 どうにかこうにか内部に乗り込んだ時にはもう息も絶え絶えで、宙ぶらりんのままヘリに回収されるのは

これきりにしてほしいと誰ともなく願ってしまった。やたら修羅場慣れしている信長は平然とした顔で五右衛

門と話しこんでいる。

「まさかてめぇが来るたぁな。随分と手際がよかったじゃねーか。仕事中じゃなかったのかよ?」

「別方面から戻れって忠告うけたばかりでね。さすがに明智の旦那から相談の電話があるとは思わなかっ

たケドよ」

 とりあえずこのヘリは大丈夫。保護色を塗ってあるし、やかましい音も水平飛行に移ればやむからね、と

笑いながら説明する。胸ポケットから携帯を取り出して何やら言葉を交わす。ほんの10秒程度で会話を終

わらせるとこちらに向かってグッと親指を突き出してみせた。

「よーっし順調、順調!」

「何がだよ」

「いま犬千代から連絡が入った。姫さんたちも無事回収し終えたってよ。よかったなぁ、日吉」

「え? う、うん」

 正直、ことの展開の速さに付いていけてなかったのだが、ふたりが無事と訊いてようやく安堵のため息を

ついた。へたりこんでいた床から立ち上がって席に着く。信長なんかとっくに後部座席にふんぞり返って座

っていた。ここらで一杯やりたいねぇとでも言い出しそうな雰囲気で足をくんで上体をそらしている。

「で? 何処に向かってんだ、スッパ」

「都心は危ないからナ、山間部の第二基地―――と言いたいところだけど」

 ちゃっかり日吉の隣に座り込んだ五右衛門はニンマリと笑みを深くした。

「それは建前。いい加減向こうにも連中の手ぇ回っちゃってるだろーし? こんなコトになってまで上下関係

がどーの企業秘密がどーの言ってらんないし」

「五右衛門?」

 瞬間、黙り込んで。

 瞳に浮かべたのは暗い真摯な色だ。




「案内するよ―――俺たちの秘密基地に」




 ちょっとだけ目を瞬かせて日吉は不思議そうに首を傾げた。秘密基地、と彼は言うけれど。

「俺たちがいままで使ってたところも秘密基地だろ? それとは違うの?」

「あー………ありゃあ政府機関が統括してる施設じゃん? そういう意味じゃあ秘密じゃなかったし」

 おどけてみせる五右衛門に隊長が鼻先で笑ってみせた。そういうことかと呟いて。向かい合った座席、真

正面の忍びに剣呑な光を湛えた眼差しを注ぎながら。

「なるほどな、てめぇらはこの事態を想定してたって訳だ」

 視線を受け止めた五右衛門も表情を変えない。

「あそこはあくまでも政府が作り上げた、いわば政府の支配下にある施設だ。だからてめぇらはイザ解雇さ

れても何らかの手を打てるように全く別の場所に施設機能を移転しておいた。………違うか?」

「うーん、どうだろね」

「しらばっくれんなよ。大方、移転作業に従事してたのは例のいけ好かない教授だろーが。本国への召還

がそれに起因するものかまでは知らねぇけどな、夏以降、奴がしょっちゅう姿を消してたのは基地のメンテ

ナンスに借り出されてたからだろ」

 え、と日吉は言葉を詰まらせた。確かに教授が都心部の施設内にいる日は少なかったけど………まさか

そんな。

 突貫工事で地方に基地を作っていたと?

 隣の五右衛門は笑いながら一旦顔を俯かせると、正面の信長を見て更に気持ち良さそうに笑った。

「………バレてた?」

「たりめーだ、この野郎」

 反対に信長は苦虫を噛み潰したような顔になり、不機嫌そのものの顔でそっぽを向いた。

「黙ってたことは悪かったと思ってるんだぜ? でもやっぱ機密事項に関することを話すにゃあ色々と制限

が多すぎたのよ」

「馬鹿にしてんじゃねー、結局ノケモンにしてたことに変わりはないだろーが」

「ま、ね」

 チラリと五右衛門は視線を横に転じて、「怒ってる?」と日吉に語りかけた。

 怒るも何も、そんな深い事態が進行してたなんていままで知りもしなかったし、自分ひとりが仲間はずれ

にされていたのなら悲しくもなるけれど。

「………誰にも話してなかったの?」

「中枢に関わってたのは俺と司令と教授ぐらいのモンだよ。あとの面子にはここ数日の間にちょっとずつ話

しておいた。こっちに協力してくれそうな顔ぶれだけ揃えてね」

 光秀たちを安全地帯まで送り届けたあとで犬千代も秘密基地に向かうはずだが、彼とて詳細を知らされ

ぬまま行動している。主要な人間が集まったところで胸襟を開いて話をしよう。それが前司令官、蜂須賀小

六の考えだった。

「こっから先は誰にもなんにも隠す必要がない。強制的に運命共同体だ………何でも話すよ」




 ―――奴らの考え出した、いけ好かない計画の詳細だって。




 五右衛門の呟きだけが響き渡り。

 窓から差し込む落日の残光が消え去るまで機内は沈黙に包まれていた。

 

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な、なんか怒涛の展開で終わらせちゃったヨ! もっとミッチーたちを活躍させるはずだったのに(滝汗)。

無事いぬちーに回収されてしまった彼らの登場はもはやないでしょう(待て)。

とりあえず今回の展開でわかったのは日吉と秀吉を使った計画が進行中というそれだけでしょーか。

これだけ引っ張っといて大した作戦じゃないんだよな………どうしましょう(汗)。 ← 知りません。

 

今回はなんとなく日吉が精神的に弱め。秀吉のことを突かれるといまの彼女はヒジョーに弱いです。

殿が乱入しなかったらどーなってたかな〜。自己犠牲精神が強すぎるキャラだしな。

自分のことで怒ってるように見える信長ですが、実は最初っから大男をノシておいて扉の傍で

聞き耳たててたんじゃないかと思います。でもって危ういと見るや否や乱入してきた、と(笑)。

会社云々を持ち出されたのは本当でしょうけどね。金や権力や身内をたてに強請ってくる人間が

信長は大嫌いです(好きになるヒトのが少ないだろーが)。

 

そしていい加減、次回で作戦内容を明かそうと硬くこころに誓う管理人なのでした☆

(予定ズレまくりですよ・涙)

 

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