「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

96.murderer

 


 年末の人手で賑わう商店街、街頭のスピーカーからはジングルベルが流れて呼び込む人々の声が彩りを

添える。そんな中を浮かれながら歩いているのは小学生ながらも防衛隊の一員である松平竹千代だ。常の

隊員服の上にコートを羽織っただけの出で立ちではあるが足取りも軽い。一応、元司令官・蜂須賀小六の

側につく人間としてはもう少し出入りを控えるべきなのだろうが、どこぞの猫型ロボットよろしく、すぐ基地に

戻れるカードを手にした身とあっては注意力もかける。何より、すぐ後ろには年上の婚約者が控えているの

だからして。

「いやー、すごい人手やなぁ、加江姉ちゃんv」

「あまりはしゃがないで。目的は食料の調達なんですからね」

 相棒兼お目付け役を務める松下加江は相手ほど浮かれてはいなかった。むしろ渋い顔をして眼前で飛び

跳ねる子供を見つめている。数年前に彼女は五右衛門の誘いを受けて防衛隊に入った。そして、その直後

にどんな伝手をたどったのやら竹千代まで入隊してしまった。こんな幼い子を入隊させるなんて、と反対した

が結局は本人の熱意と五右衛門の「別にいいんじゃねぇ」という言葉と司令の頷きに後を押されていまに至

っている。

「そんなもん日吉姉ちゃんたちに任せておけばええやん。折角クリスマスも間近やのにー♪」

「向こうは向こう。こっちはこっち。きちんと仕事をしてからなら遊ぶのだって許してあげます」

「きっついな〜。ま、そんなカタイところも加江姉ちゃんのええとこやけど」

 相変わらずな軽口は無視で通して、もう一組の任務に思いを馳せる。中途半端な状態で放り出された現

基地は気付くと色んなものが足りない。日吉、信長、五右衛門の3人は「調達」という名目で、いまは機能停

止している旧基地にオリハルコンを捜しに行ったはずだ。今度司令が計画で利用する機械の調整に必要ら

しい。それは盗み出せということかと聞けば「借りるだけさ」と五右衛門は答えた。

 盗むだけなら五右衛門ひとりで充分。信長は基地への正当な立ち入りを希望しての参加。日吉は………

まぁ、『彼』のお目付け役といったところだろう。早朝に出立した彼らは疾うに任務を終えて帰路についてい

るに相違あるまい。

 ため息をついた彼女はとある店の前で足を止めると、気合を入れるようにコートの裾を捲り上げた。

「―――じゃあ、行ってくるわ。しばらく此処で待ってるのよ?」

 眼前に佇むは高級洋菓子店。クリスマス間近、歳末セール、10代の女性限定プレミアケーキ………普段

から混雑している店は様々な要因が絡まって、いままさに女同士のスバらしき地獄絵図と化していた。彼氏

のために美味いケーキを手にしたい年若い女性と家庭の財布を握る主婦層がくんずほぐれつショーケース

前にひしめき合ってトンでもない状況になっている。この現場を彼氏や家族に見られたならば一発で別れ話

が浮上することだろう。

 ちなみに、加江がここに突入せざるを得なくなったのは意外と甘い物好きな司令を喜ばせるためである。

ヒナタやヒカゲと話し合って決めたのだ、去年は負けたが今年こそ此処のケーキを手に基地へ凱旋してみ

せる。燃え上がったのは女の意地か度胸か根性か。爛々と闘志に目を輝かせ始めた加江を見て竹千代は

冷や汗まじりに後ずさるしかない。

(あんな中に突っ込んでったら圧死してまうがな!)

 それが世の男性たちの偽らざる本音であろう。都心部の朝の通勤ラッシュよりも激しい混み具合に誰が

好き好んで乗り込むものか。

「ほ………ほな、頑張ってやー」

 小さくひらひらと手を振って人だかりに突っ込んでいく加江の背中を見送った。バーゲンセールに燃える

女の心境だけは生涯わかりそうにもないなあと思う竹千代、8歳の冬。








 あまり離れないようにしようと竹千代は通りの向こう側へと渡る。ここも変わらず混んではいたが先ほどの

店先よりはずっとマシだ。街頭募金を呼びかける裏側に回り、ショーウィンドウに手を付くとほっと息をつい

た。しかし加江が買い物を終えるまでは暇そのもの、ペットショップでもあれば見てて飽きないのだけれど、

と辺りを見渡したところで足元を這う存在に気付いた。

「―――あれ?」

 黒い、うねうねとした尻尾が見える。つややかな毛並みに煌々と輝く両の目。

「猫………?」

 雑踏に猫がいたっておかしくはないが、毛並みがいいわりに首輪をしとらんなあと首を傾げる。迷い猫と

判断するのは早計だ。彼らはいつだって自由に町を練り歩いているのである。少なくとも、竹千代はそう感

じている。いつだったか飼っていた猫が脱走したと思い込んで随分泣き喚いたが、3日後の晩にひょっこり

帰ってきて驚いたことがある。どこかで事故にあってやしないと気をもみながらも、家に閉じ込めておくだけ

じゃ可愛そうに思えてしまう。無類の動物好きである竹千代は自宅に猫と犬と鷹と蛇とゴマダラカミキリムシ

とツチノコを飼っていた。一部、謎の生物が混入しているようだが深く考えてはイケナイ。

 とにかく、動物に弱いことが彼の長所であり短所であるかもしれなかった。目の前にフラフラしている動物

がいると近寄らずにいられなくなってしまうのである。

「なんやろなー、あのコ………こんなトコいたら踏まれてまうがな」

 ノラ猫に手を触れちゃいけません。そんなの、小さい頃から散々聞かされていたけれど。

「―――ちょっとぐらいなら問題ないやろな。うん」

 自己肯定した竹千代は追跡を開始した。

 スルスルと器用に人並みをかき分けて進んでいく。あの猫、飼い主はいるだろうか。いるんなら今度遊び

に行ってもいいか聞いてみよう、いないんだったら連れて帰ってみたいけどさすがに誇り高い生物にそんな

無体はできない。いま、ちょっと遊べたらそれでいいから………。

 いつの間にか先ほどの店から随分離れてしまっていた。建物と建物の間の路地、都市の空隙。コンクリを

突き破って生えてきた雑草がちらほらと見える中を竹千代はひたすら黒い影を追って進んで行く。ようやく

追いつけそうだと笑いながら細い通路に入り込む。猫は目をしばたかせてこちらを見上げていた。

「ほーら………ちょい来てみー? なでさせてくれたらそれでええから………」

 グッと指先を伸ばして、通路の奥の奥、とんでもなく細い排水溝上に陣取った小動物へ手を伸ばす。ここ

までしつこく追跡されたのは初めてだったのか、相手は少し戸惑っているように見えた。

 よし! もうちょっと! もうちょっとやで!!

 小さい身体で精一杯手を伸ばし―――。

 ………何に届くこともなく動きを止めた。猫は突然の出来事に慌てて逃げ去ってしまう。嗚呼、折角ここま

で来たのにと愚痴りたい気分にかられながら笑顔を凍てつかせる。

 非常にマズイ。考えつかなかった自分が愚かなのか、加江と離れたのは早急に過ぎたか。

 小学生にしては冷静な思考回路で冷や汗をかきつつ状況を分析する。まさかこんなところでこんな人物に

会うなんてことは誰も予想していなかっただろうに。




「―――ひさしぶり、やな。元気してたか?」

「おかげさまで」




 そう、相手は笑う。

 竹千代の背後に突っ立ったまま。




 獲物の首にひどく冷たいものを突きつけながら、『裏切り者』日野秀吉は笑っていた。








 緊急時はどうすりゃ良かったっけと竹千代は混乱しかけた頭で必死に考える。生憎とここは路地裏、通行

人の目も届かない。まさかあの猫すら自分を誘い込むための囮だったのかと思ったが。

「言っておくがあの猫は俺が用意したものじゃないぜ? どうやって近づこうかと考えてたらお前が都合よく

動き出してくれた………それだけだ」

 迂闊な行動を取ってしまったらしいと今更ながらに竹千代は反省した。保護者たる加江が一緒にいたなら

ば秀吉も手出しはしてこなかったろうに。

 敵の手に握られているのは常の日本刀ではなかった。外見は白い小さな箱のようで、てのひらサイズで

収まるその先端に銀色の銃口が覗いている。銃、ではなさそうだが何らかの殺傷能力を備えた武器には相

違ないだろう。

「ひ、秀吉兄ちゃんは僕になんの用事があるんかなー? 悪いけど僕、あんまり企業秘密とか知らんさかい

ご要望にはお応えできまへんよって」

「用があるのはお前じゃない。まぁ………『海老で鯛を釣る』ってところかな? お前は防衛隊の一員だけど

殺すには格が足りないよ」

 明らかに侮られているのだが言葉の返しようもない。確かに竹千代は下っ端だ。実働部隊たる信長や日

吉、裏の情報網を持つ五右衛門と比べれば重要度は劣るだろう。だからって命の価値が変わるわけじゃあ

らへんでーと内心にて不平を述べて、表立っては緊張のあまり身動き一つ取れなかった。

「ど………どう、するつもり、や?」

「ガキを脅すのはカッコ悪ぃからあんましたくねーんだけどよ。取り敢えず、餌になってもらおうか?」

 グッと秀吉が竹千代の首ねっこを捕らえた。

 その時。




 ガゥ………ン!!




 小さいながらも明確な銃声が辺りに響き渡った。

 僅かに表情を歪めて秀吉はのろのろと振り返り、捕らえられたまま竹千代は歓喜に顔を輝かせた。先の

一発は威嚇だろう、右手に構えられた銃は空高く天を仰いでいる。咄嗟に駆け寄ろうとして成らず、竹千代

はジタバタと宙で足を回転させた。

「加江姉ちゃんっ!」

「………その子を放しなさい」

 きつく相手を睨みつけたまま加江は銃を構え直した。こんな町中で使える銃など高が知れた護身用。戦う

には不十分だが傷つけることは出来る。人質を取られた状態でどこまでやれるか、と彼女は唇をかみ締め

る。予想外の乱入者を迎えたはずの人間はひどくゆっくりとこちらに振り返った。そしてまたひとつ、笑みを

深くする。

「意外と早かったなぁ。店で梃子摺ってたんじゃないのか?」

「嫌な予感がしたから早めに抜けてきたのよ。目的のケーキは買えなかったけど―――」

 グ、と一段構えを深くして銃口を真っ直ぐ秀吉の額へと向ける。

「おかげで、間に合ったわ………!!」

「姉ちゃん………!」

 竹千代の目が感激で潤むのを無感動に秀吉は見つめていた。肩をすくめて低く鼻先で笑う。完全に馬鹿

にしきったその様子に、加江は怒鳴り散らしたくなるのをどうにか堪えなければならなかった。指を引き金に

かけて言葉を重ねる。

「さぁ、早くその子を放しなさい! さっき連絡させてもらったから仲間だってすぐに駆けつける。貴方に逃げ

場などないのよ」

「そうか、それは困ったな」

 さして困っていない口調で秀吉は人質を自らの眼前に吊るし上げた。首が締め付けられて竹千代が呻く

が意に介した様子もない。

 人質を盾にされるだろうとは予測していた。相手の急所の前に竹千代を押し出されてしまえば攻撃の糸口

などないように思える、が、ここで引き下がることは出来なかった。さいわいにして竹千代は小さい。秀吉の

天辺から足先まで全部カバーしてしまっている訳ではない。足元のひとつも狙えば充分だろう。

 それに―――秀吉を、殺してしまっては。




 ―――日吉が。




「………無駄よ。私の腕なら貴方の額を打ち抜くぐらい造作もない………!」

「だろうな。アンタの腕前は聞いてるよ」

 言いながら秀吉は左手に握り締めたものを軽く頭上に掲げた。一体何をするつもりかと眉をひそめる加江

の前で悠然と語る。

「―――俺は、血が出るのが嫌いでね」

 手にしたのは白い箱のようなもの。血に濡れれば、容易く真紅に塗り替えられそうな、それ。

「だから今回は血が出ない武器を用意してもらった。レーザー銃みたいなもんになるのかなぁ。殺傷能力は

充分でも傷口から血は出ないですむんだよ」

「それがどうしたというの………!?」

「アンタは血を見ないで済む。それが救いだ」

 俺にとっての救いじゃないけどね、と薄く笑いながら秀吉は腕を下ろした。

 銃口を、竹千代の後頭部に突きつけるために。

「………っ」

 ひんやりとした感触に竹千代の顔から血の気が引いていく。さすがにこの状況下ではいつもの減らず口も

叩きようがなかった。思わず息を呑んだ加江の前で少年は慌てることなく言葉を紡ぐ。

「確かに、アンタの銃の腕は一流だ。そっから人質の盾をすり抜けて俺の急所を撃ち抜くことも出来るだろ

う。でもな、俺がその間黙って大人しくしてると思うのか? ただ撃ち合うだけなら相打ちも有り得る―――

でも、俺は負けたくないんだヨ」

「卑怯者っ」

 意図を察した加江が罵るが、罵詈雑言を浴びせかけられた側は何も気にしていない。ただ、人質の頭に

突きつける銃口の力を強くした。

「アンタが俺を殺すより先に、俺はコイツの頭を撃ち抜くことができる。試してみるか? 俺は別に困らない

んだ、人質なんてまた捜せばいいだけだしな………」

「くっ」

 ほんの一瞬、加江が隙を見せた。即座に秀吉は何事かを口中で呟く。はっとなった竹千代が面を上げて

叫んだ。

「危ない、加江姉ちゃん! 逃げてぇな!!」

「えっ………!?」

 しかし、時既に遅く。

 銃を構えたままだった秀吉の額に第三の目が発現した。




「―――<念>!!」




「きゃあぁぁっ!!」

 大地を伝わった電撃に加江の身体が弾け飛ぶ。コンクリートの壁に強く叩きつけられ、ほんの僅かな呻き

声をもらした後、首を項垂れて動かなくなった。

「ね………姉ちゃん! 加江姉ちゃん!!」

 竹千代が必死に呼びかける。腕を伸ばそうと足を動かそうと、一向に近づくことのない体が恨めしい。涙を

滝のように溢れさせながら彼は敵を睨み上げた。

「………なんでやぁっ!!」

 首を掴まれたまま、悔しさに拳を震わせて。

「なんで、なんでや! アンタいままでコンビナート壊したり蜂須賀村つっこんだり散々してくれはったけど、

ギリギリのところで手加減してたやないか! なのになんだってここで術まで使うねん!! 駆け寄って峰

打ちって手もアンタなら出来たやろ!? 電撃あびせるなんてアンタは女の敵か―――っ!!」

「―――少し、黙れ」

「黙らへんで! 僕は間違ってない!!」

「………」

 完全に頭に血が昇ってしまった子供に、仕方なさそうに秀吉はため息をつく。人質を吊り下げているのと

は逆の手で懐から光るリングを取り出した。馬鹿! 鬼畜! トーヘンボク! という悪口に耳も貸さず<ゲ

ート>を開く。『転移』の瞬間に少しだけ倒れ伏した少女に視線を合わせて。

 呟く。




「………まない」




 あまりに小さすぎるその声は傍らの子供にさえ届くことなく、開かれた異界への扉に飲み込まれた。








 暗く重い音を響かせて眼前の物体は回転を続けている。発見した当初は僅かな動きでしかなかったもの

が、最近では速度を増し、少しずつではあるが唸り声を発しつつある。計画は順調だ、と基地の中核にある

一室で天回は薄っすらと笑んだ。




 見上げる漆黒の巨大な岩石。これこそが世界を動かす『鍵』となる。




「―――天回様」

 ス、と音もなく狩野幻夜が背後に現れた。一時期、『コピー』を撃破されて眠りについていた彼女も復帰し

て久しい。深く一礼して報告を続けた。

「北米大陸、およびユーラシア大陸にて震源地を把握いたしました。間もなく五大陸すべての準備が整うで

しょう」

「地球人どもの動きは?」

「未だ単なる地震と捉えているようです。<タイム・クエイク>と察している者はほんの一握りですわ」

 嘲りをのせた笑みが女の口元から漏れる。何ひとつ気付かずにいまの生活を謳歌している連中が愚かし

くてならないのだ。自分たちが立っている地表の奥底でどんなエネルギーが渦巻き、機を狙っているのかな

ど考えもしないだろう。あるいは大地の動向に勘付いたとて、次の一撃は空から降り注ぐ。盲目の羊の群れ

に至高天がくだしたイカヅチの如く。

「ご報告に上がりました」

 追って、宙象と心眼が後ろに並び立つ。彼らも揃って膝をつき深くこうべを垂れた。

「北欧支部より待機命令が発せられております。南米支部からはしばし日本支部の攻撃活動を自粛するよ

う通達が」

「………力の源………! 気付いた様子は、ございませんが、な………! ヒヒ!!」

 報告の数々に天回はひとつずつ頷きを返していく。作戦は順調に進行しており、こちらの動きに他の宇宙

人連中も気付いて牽制し始めている。

 だが、もう遅い。

 奴らが手出しをしてくる前にこちらから仕掛けてやろう。無論、地球人どもは打ち滅ぼすがまず先に従わ

ない身内を撃滅せねばならぬ。目の前に力があって、使えるだけの能力や道具があって、使えば世界を変

革できるかもしれないと知れば―――何故、試さずにいられようか。愚考とも横暴とも浅慮とも何とでも語

れ。絶対的な力の前では全てが意味を失くす。




「ワシこそが使いこなしてみせようぞ………この、<トキヨミ>の遺産を………!!」




 暗い室内に天回の声が響き渡るその前で。

 中空に浮かんだ岩石は重い唸り声を上げて回り続けている。








 ………様! ―――江様!!




 どこか遠くで自分を呼ぶ声に、意識が戻ってきたのはしばらく経ってからだった。痛む頭を掌で押さえ、沸

き起こる吐き気と眩暈に耐える。そうやって現実を取り戻してみれば、ずっと遠くにあると思っていた声の主

は案外すぐ傍に居た。

 五右衛門が心配そうにこちらを覗き込んでいる。

「だーいじょうぶかよ、加江様っ! こんなとこで寝てたら風邪ひくからーっ!」

「五右衛門………それ、ちょっと違う………」

「ほっとけ、サル。スッパなりの動揺の表れだ」

 徐々に周囲の音声も耳に届き始める。聴覚に次いで視覚も復活してきた加江は、ゆっくりと辺りを見渡し

た。狭い路地裏に自分も含めて4人もの人間がひしめき合い、はっきりいって狭苦しい。すぐ隣にいる五右

衛門、後ろで心配そうにしている日吉、落ち着き払っている信長、と認めたところで先刻までの記憶が突如

としてよみがえった。




「―――竹千代!!」




 叫んだ瞬間、ガン! と激痛が後頭部に走って蹲る。脇の五右衛門が呆れ返った声を出した。

「起きたのはいいけどさー、無理しない方がいいと思うぞ? 何だか手ひどくやられたみたいだし」

「―――そのようね」

 未だジンジンと痺れる身体が、受けた衝撃の強さを物語っている。敵の攻撃手段は銃しかなかろうと思っ

ていた己の油断だ。歯噛みする加江の体調を気遣う色を見せながらも信長が一歩前に踏み出して問いか

けた。

「何があった」

「………」

 チラリ、と視線を彼より後ろの日吉へと流す。それだけで何かを察したのか彼女の表情が見る見るうちに

青ざめていく。

 答えたくはない、が、答えないことは許されない。ましてやいまは人質を取られている。出来る限り平静を

装って加江は声を絞り出した。

「―――竹千代が攫われたわ。行き先は知らない。攫ったのは………日野、秀吉」

「そうか」

 本当か? とも、嘘だろ、とも言わなかった。信長は単なる頷きを返した。

「手がかりになりそうなことを言ってたか」

「何も。ただ………人質なんてまた捜せばいいって言ってたから、目的はきっと他にあるんでしょうね」

「―――加江様」

 小さい呼びかけに振り向いた。奥の方で少女が悲しげな顔をして佇んでいる。そっと服の裾から移動手段

であるカードを取り出し、眼前に掲げた。

「ごめんなさい、加江様。………ごめん、なさい」

「日吉?」

「殿、此処に居てください。五右衛門、加江様を看ててあげて。俺は―――行きます」

「ま、待ちなさい、日吉!!」

 加江の制止も間に合わない。カードがコンクリ壁に貼り付けられ、周囲から滲み出した黒い穴が壁を侵食

していく。何を言うでもなく日吉は飛び込み、それを待っていたかのように穴は消滅した。

「ちっ! あの馬鹿が!!」

 怒筋を浮かべた信長が同じくカードを壁に貼り付ける。基地と町の移動手段として渡された品物ではある

が、案外その用途は広い。行き先をある程度思い描ければ目的地付近まで移動できるのだ。無論、時空間

を介しての『転移』となるため安全が保障されている訳ではない。1回ごとにかなりの危険に晒されている訳

だが躊躇している暇はなかった。いまならまだ、直前に開かれた『穴』の軌跡をたどって追いつくことが出来

る。

「スッパ! 後から追って来い!!」

「りょーかいっ」

 信長の姿が壁に飲み込まれて消える。何も事情を知らない人間が見たら目を疑う光景だ。

 自分を医療班へ送ろうとする五右衛門の腕を慌てて加江は押し留めた。

「五右衛門、貴方も早く追いかけなさい!」

「加江様?」

「私は自力で歩けます。それよりも早く日吉を追って! 嫌な予感がするの!!」

 珍しく強く言い募る相手に五右衛門が不審の目を向けた。しかし日吉の行き先が気になっているだろうこ

とは先ほどからの慌しい気配でわかる。

 彼は日吉の元へ行きたいが、その日吉に頼まれたこともあって加江の傍に留まっている。

 加江は五右衛門の手を借りることを潔しとしない。自らが後を追うのは無理だとわかっているが、嫌な予

感がするので彼に日吉を止めてもらいたいと思っている。

 だったら―――選択肢なんて、最初からひとつしかない。

 女の勘はよく当たるっていうしねぇ、と五右衛門は苦笑を浮かべ、右手にくだんのカードを掲げた。

「本当に大丈夫なんだな?」

「心配無用よ。それより、早くなさいな」

「はいはい。………ったく相変わらずだなぁ、加江様は」

 笑い声を残して五右衛門もまた壁の中へと沈んでいった。

 残された加江はどうにかこうにか自力で立ち上がると、壁を支えにしながらフラフラと歩き始めた。早く、報

告しないと………医療班へ行くのは後でいい。それよりも、早く、司令に伝えなければ。

 歯を食いしばって見上げた空は憎たらしくなるほどに清々しい青。

 頼むから単なる杞憂であってくれと、間もなく二千何回目かの誕生日を迎える聖人の名を呟いてみた。








 暗い暗い時空回廊を駆け抜ける。つんのめりそうになりながらも懸命に足を回転させる。真っ直ぐ、出口

まで続いている僅かな光の道。ここを一歩でも踏み外したならば時空の狭間に放り出されて永遠に帰還す

ることが叶わなくなる。だからこそ移動は慎重に、足運びは確実に、そう考えながらも気持ちが急いて心臓

は早鐘のように鳴る。

(畜生………っ)

 胸中の罵りはあまりにも弱かった。いつか、いつかこんな事態が起こるだろうと覚悟していたのに。

(俺が………っ)

 阻止しようと思っていた、殺してでも。でも現実には実の兄を手にかけるなど絵空事でしかなく。

(俺が………っ!)

 目的は分かっている。彼が殺したいのは実働部隊の『誰か』。決して決して、加江や竹千代なんかではな

い。もしも自分が彼の立場でもきっと同じことをした。ある程度名の知れた防衛隊隊員を捕まえて、後から

本命である実働部隊を引き寄せる。罠と知りながらも突っかかってくるであろう相手を待っている。

 ならば―――そこで愚かしくも最初に突っ込んでいくのは自分でなければならない。

 それがせめてもの。




 血を分けた肉親としての………務め、だ。




 光の出口に飛び込んだ日吉は急に感触を取り戻した大地に足を取られながらも、危うく転倒することを免

れた。辺りを確認し、目標地点に到達したことを確認する。カードは万能ではないから着地点がズレれば予

期せぬ場所に投げ出されることだってあるのだ。見慣れた壁、見慣れた正門、見慣れた校舎に取り敢えず

安堵の息をつく。

 蝮学園。日吉が、信長や秀吉と共に通っていたところ。

 『彼』ならばきっと此処に来るだろうと踏んでいた。

 期末試験を終えて間もない時期、学校は午前中で締め切られて人影は見られない。裏に回り込めば想像

通り鍵が壊されていて、やはり間違いはなかったと気を引き締める。本校舎の1階から屋上まで続く階段を

駆け上がっていく。

 そういえば武器のひとつも持ってこなかったと思い出したのは数段後。

 でも行くしかないと覚悟を決めたのは更に数段後。




 ―――会いたい。

 会いたいんだ、すごく。

 会ってお前の考えを、本心を聞きたいんだ。




 ………………秀吉。




 バン!!

 昇降口の扉を開け放ったところで、吹き付けた強い風に一瞬怯む。反射的に閉じてしまった瞳をこじ開け

て前方を見据える。学期中であれば混みあう屋上でさえ、いまは閑散として静まり返っている。常と異なる

静寂と、無言で吹き付けるやたら強い風と。




 ………この上の時計台にのぼったことがあった。

 公舎内を案内するついでに、信長を見つけようとのぼったことがあった。

 ふざけた告白をされた。

 すぐに信長がやって来て発言は有耶無耶の内に流されてしまったけれど、あれは一体なんだったんだろう

なぁと時に思い出すことがある。気にするな、ただの冗談だから、と彼は笑っていたけれど。




 正面奥に目的の人物を見つけた日吉はほっと息をついた。竹千代は無造作に柵に括りつけられていたけ

れど、この距離で見る限りこれといった外傷はなさそうだ。傍に誘拐犯の姿が見当たらないのが気にかか

るが助け出さなければ始まらない。

「竹千代様………っ!」

 日吉の声にビクリと竹千代が全身を震わせた。

 紙のように白くなった顔を引き攣らせ、声を大にして叫ぶ。

「日吉姉ちゃん………!」

「いま、助けますからっ」

「来たらアカン! 罠や!!」

「………え?」

 直後。




 ―――ィィィインッッ!!




 竹千代の間近に落ちた稲光に目を覆う。何処か馴染みのある振動と音に、これは<ゲート>転送の合図

だと記憶を掘り起こす。蜂須賀村のあの時も、彼はこうして光の柱の中へ消えていったのだ。

 その時とは逆に見慣れた黒い学生服が光の柱から立ち上がる。日吉が射程距離に入ったのを見計らっ

て別地点からの<ゲート>による『転送』。同じ『転移』でも貼り付ける壁がなければ意味のないカードより

も使い勝手で遥かに優る。

 ほのかに立ち上がる目映い柱、光点を纏いながら佇む左手に白い凶器。

 着地の衝撃と屋上の風に髪を靡かせながら敵は正確に日吉の急所を指し示す。




「―――悪いな、俺は狙いを外さない」




 再会を果たした兄妹は『殺す側』と『殺される側』として存在していた。

 

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実に中途半端なところで終わらせてみました☆(鬼)ラスト近くの竹千代と秀吉のセリフは

予告編にて登場済みだったりしますんで、お暇な方はご確認くださいませ〜。

あ、そういや今回初めて明確に『トキヨミ』の名前が出てきたのかな? うーん、未確認(調べろヨ)。

 

「時計台にのぼって」云々のエピソードは遥か昔、前期シリーズに登場しております。さすがに話数が

すぐには思い出せないですよ………いや、まさかあのエピソードを此処で引用する羽目になろうとは

管理人だって想像してなかった事態につき(待て)。

この時秀吉が言ったセリフは「結婚しよう」だったかな?? ………本気だったかどうかは不明です(笑)。

 

加江様と竹千代が意外と目立った回になりましたが、今後このふたりはあまりメインストーリーに絡んで

こないと思いますんで、これが見納めということにしておきましょう。最後の花道かもネ。 ← ひでぇ。

ここで微妙な立場に陥っているのが五右衛門。彼は加江様のことが気に入っているので、うっちゃってくのはつらいのですね。

故に後押ししてもらわないと日吉を追いに行くことが出来ないのです。ちなみにもっと微妙なのは加江様。

かなり年下の男と許婚にされちゃってるアナタの心境を、わたしは聞きたい………(自分で設定したんだが)。

 

次回は漫画にしようかなーと画策中。しかし画力が追いつかないんだよなぁと悩み中です………

ふ、ふふふ(遠い目)。

 

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