「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

100.X-day(2)

 


「―――それは随分と虫のいい話じゃないのか?」

 薄暗い室内に未だ幼い声が響いた。ところどころで明滅する光は青と赤の識別信号。すべてのシステムが

順調に動いている証。防衛隊のメインシステムと比べても遜色ない機械の数々に埋もれた人物は、眼前に佇

む影に呼びかける。

「協力する、それでどうなる? 見返りは?」

 口元に歪んだ笑みを刻み、黙ったままの相手へ鋭い視線を突きつける。

 真実を語れば、この予期せぬ来訪者の言葉は嬉しかった。まさかこんな日が来るとは数年前には予想だに

していなかった。更に笑みを深くし成長途中の腕を組んで問いかける。

「―――俺の力を借りたいか?」

『………要らぬ、とは、言えぬ』

 薄暗いローブをまとった姿は見慣れたもの。だが、中に存在する魂が『別物』ということは既に知れていた。

見破られたと知った瞬間、相手は、彼が見返りに何を要求してくるかも悟ったであろう。

『各地で同時ハッキングを実行するならお前の制御システムは必要不可欠だ。私ひとりでは世界の半分しか

操れない。………手を、貸してほしい』

「引き受けてやってもいいが―――報酬は?」

 世界を半分に遮断した仮想世界、現実世界のネットワークに繋がる起点を。

 魔術師の実力ならばここに築かれたトラップの数々を潜り抜けて支配下に置くことも可能だろう。だが何に

せよいまは時間が惜しいのだと彼は言った。「統治すべき仮想世界すら打ち滅ぼされたとしたら、王が潜伏し

たとて何の意味があるだろう」―――そう諭されれば流石に頷くしかなく。

『―――何を望む』

 ようよう引き出した言葉に、これまで叶えたくとも叶えられなかった願いを口にした。




「本物のお前に会わせろ、<スペルマスター>。さすればお前は力を得る。この、『騎士達の王』の力を」




 相手が口を開くまでの数秒間はやたら長く感じられた。








 その日の夜は不思議と穏やかだった。

 浮かれ騒ぐ町の灯もどこか不安げに揺らめき、曇天模様の空を見上げて明日は雪かとみなは呟いた。

 地上から遥か離れた空の基地では、モニタを埋め尽くす白い雲に忌々しげな顔をしながらもどこか浮かれて

いる敵方の大将がいた。背後に幹部を数名従えて見下ろす大地に優越感を抱く。広く冷たい室内で秀吉は少

しだけ居心地悪そうに問いかけた。

「………何をするつもりなんだ?」

 天回はすぐには答えなかった。底冷えのする笑みを浮かべていたが、ゆっくりと口を開く。

「これから地球人どもを一掃する。そのための同時攻撃だ」

「同時攻撃?」

 あざ笑うように少年は頬を歪めた。

「驚いたな………宇宙人連中は独立独歩もいいところだと思ってたのに。いつのまに協力できるようになった

んだ?」

「協力などしない、利用させてもらうだけだ。地上人は邪魔だが―――『奴ら』も等しく邪魔だからな」

 本来仲間に当たる者たちを邪魔の一言で片付けた男に眉を顰める。続いて語られた大まかな作戦内容に

目を見開いた。荒唐無稽もいいところ、本気でやるつもりなのか正気を疑う。

 苦々しげに吐き捨てた。




「軌道衛星上の基地を、各国の首都めがけて<落とす>だと………? そんなこと」




「出来ない、というのか? だが、わしには出来る」

 言い捨てた後で天回の視線は再び眼前の地上へと向けられる。白と青と茶色で染められた大陸を、やがて

赤い炎が埋め尽くす。その様を早く見たいと彼は笑った。








 年も末になれば寒さも身に染みる。都会の夜空は星がなくてイヤだよなぁ、と上を向いていた犬千代は突如

襲った寒気にくしゃみを三連続でかました。前方に座り込んでいた信長がこちらを振り向いて尋ねる。

「なんだ、風邪か?」

「いや、違いますよ。でもさすがに寒いっすね」

「ばかやろー、今日は貫徹だぞ。甘えてんじゃねぇ」

「わかってますって」

 笑って誤魔化しながら腹にしこんだホッカイロを探る。吐く息の白さが凍てつく空気を象徴していた。この場

で一番薄着なのは五右衛門に違いあるまい。いつもの制服姿で平然と夜空を見上げている。

 実働部隊は旧防衛隊基地の屋上へ集合、と命じられたのはつい先刻。司令の召集を受けてみながビックリ

ドッキリの説明をされた直後だった。何か知らないが敵さんはとんでもないことを企んでいるらしい。それを阻

止するために出来るだけのことをしておかなければならないのだった。

 いつでも出動可能な状態にしたコロクンガーと共に薄暗い屋上で一晩を明かす。トラックが時々行き過ぎる

だけの寂しい郊外。

 かじかんだ手に息を吹きかけながらぼんやりと問いかけた。

「そういやぁ、日吉はどうしたんです? 一緒の任務じゃなかったんですか?」




 ―――そこで。

 生じた微妙な間の悪さをどう喩えればいいのだろう。




 信長は前を向いたままで、五右衛門は空を見上げたままで。

 ようやっとリーダーが答えを返した。

「あいつは、今日は、別行動だ」

「………そうっすか」

 納得いかないものを感じながらも犬千代は頷きを返した。明るく笑う。

「外は寒いですからね。やっぱ女の子にはつらいですよ」

 気づかないフリをすることが出来る。

 それが犬千代のやさしさなのかもしれなかった。








 彼は苛立たしげに机を指で叩きながら眼前の人物を眺めていた。より正確に言うならば壁の液晶内に映っ

た人物を―――で、ある。その男は先ほどから流暢な母国語でとうとうと正道を語ってくれる。自動的にこちら

の言語に変換されているようなのだが、口調やトーンは本人そのまんまと言う辺りが嫌味に感じられた。どれ

だけ優秀な翻訳機をつけていると言うのだろう。

 仏頂面を隠しもせずに彼は断言する。

「残念だがその申し出は受けられない―――蜂須賀小六」

『ほう………何故だ?』

 画面内の男はまるでこちらが悪いというような言い方をする。馬鹿にするな。コイツのとんでもなく荒唐無稽

な話など誰が信じられるものか。自分は一国の軍事を任された最高責任者のひとりである。かたや彼は、先

日国連を追放されたばかりの無法者ではないか。同じテーブルに就くことすらおかしい間柄である。

 通信している間に逆探知して日本政府に密告してやろうと思うのに、アクセスは跳ね除けられるばかりで一

向に位置が把握できない。こちらの中央システムはあっさりと侵犯されたというのに!

「何故も何もないだろう。君の情報源は危うすぎる。たかが一通のメールごときで我々軍部が動けると思うの

かね?」

『歴史を動かすのは常に他愛もない一言だ。大国の指導者ほどそれを痛感していると思っていたのだがな』

「どうとでも言え。軍は動かない。反逆者たる君が何かをしたいというのなら独力でするがいい」

『犠牲にあうのは国民だぞ』

 元日本支部司令官は瞳を鋭くする。

 だが、その手には乗らない。こんな男の口車に乗せられて軍を動かしてみろ、たちまち自分の立場が危うく

なる。

『考え直せ、もしものことを考えるんだ! そちらにも多少文面を変えたメールが送信されたことは分かってい

るんだ。アンタはこれを読んで何も感じなかったというのか?』

 何故それを、と背中を冷や汗が滑り落ちた。

 小六にメールの本文を見せられたときに内心でかなり驚いていた。数日前にこの国に送信されたメールとあ

まりにも酷似していたからだ。しかしそれは単なるいたずらに過ぎないだろうと政府も軍部も判断し、忘れ去っ

ていたのだ。まさか日本にも送信されていたとは………とすると、他にも類似したメールを受信した国がある

のかもしれなかった。

「くどいな。話はこれで終了だよ」

 回線切断のボタンへと手を伸ばす。眼前の男は尚も挫けずこちらを真っ直ぐに見つめていた。

『そうか………だがわたしは、ここで多くの者たちに訴える』

 妙に自信たっぷりな科白だ。宣言したとて聞き手がいなければどうしようもあるまいに。

『こころある者は立ち上がれ! 危険が迫っている! 例えその結果が煽られただけに過ぎなくとも、人々の

ために行動したことをわたしは無意味とは思わない。むしろ動かずにいることこそが屈辱であり、何よりも恥

ずべきことだ。国民を守るために存在するのが軍部だ、それを忘れれば我々はただ危険な玩具を振り回す愚

か者の集団に過ぎなくなる!』

「黙れ! 君の話はもう聞き飽きた!」




 ブツン………




 耳障りな音を残して画面が消去された。僅かばかりの残像に目を閉じて、深く椅子に腰掛けるとため息がも

れた。やれやれ、全くもって無駄な時間を取らされたものだ。

 内線を通じてコーヒーを持って来させる。意外にも部屋に訪れたのは秘書ではなく、目をかけてやった将校

だった。彼はカップを置いた横で直立不動し、敬礼したまま立ち去る気配がない。訝しげに何だと問いかけれ

ばしっかりとした声で反駁した。

「恐れながら、司令官。わたくしは動くべきかと思います」

「………何の話だね?」

 突如として持ち出された話に胸がざわめく。馬鹿な。此処での話は絶対に外にもれないはずなのに。

「わたくしは思い出しました。軍部に入ろうと誓ったあの日のことを。10年前、連中によって焼かれた故郷を

前にして二度とこんな悲劇は起こすまいと………動いた結果が外れだったとしても何を恥じる必要があるで

しょう。我々は、国民を守るために、進んで前線に立つのであります!」

「将校。君は盗聴でもしていたのかね? 口を慎みたまえ!」

「盗聴などしておりません」

 反論する部下は更に驚くべき事実を告げた。なんと、先ほどまでの会話はすべて軍内部に筒抜けだったと

いう。突如動き出したスピーカーと、どこかに仕掛けられたらしい監視カメラが対話するふたりの姿を余すこと

なく伝えていたのだ。声は軍内部に留まらず、庭で教練中だった者たちや、任務で外出していた者たちの通

信機にまで割り込んできた。そこで彼らのほとんどが、初めて警告文の存在を知ったのである。

「既に一部の者たちは動き出しております。間もなく一軍が敵の攻撃予測地点に到達いたします」

「なにを勝手なことをやっているのだ! すぐに呼び戻したまえ」

「しかしながら司令官、勝手なのはどちらでしょうか。何の考えもなしに他者からの警告を無視することは勝手

とは呼ばないのでしょうか」

「あれは虚偽だ。デッチ上げだ。取り上げるだけの価値もない」

「しかと吟味したのでありますか? 信ずるに足りない内容だとしても警備を増やすぐらいの策は取られるべ

きではないのでしょうか。敵は何をしてくるか分からないのです」

「将校! 君は何様のつもりだ!!」

 机を叩いた衝撃でコーヒーカップが倒れた。黒い液体が書類の上に染みとなって広がっていく。

 青い目をした将校は沈痛な面持ちで俯いた。

「ご理解頂けず………残念であります。わたくしもそろそろ行かねばなりません」

「なに?」

「申し上げたはずです。既に動き出している者たちがいると。これから動く者も後を絶たないでしょう―――こ

のままでは軍が分裂しかねません。どうか司令官、ご決断を」

「………」

「ご命令を! 司令官!!」

 青ざめた顔をして佇む軍部の最高司令官に、下っ端に過ぎない将校が詰め寄る。

 背後の壁の更に向こう側では、若手を中心とした軍人たちが武器を手にして飛び出してゆく鬨の声が溢れ

かえっていた。








 地上よりはるか離れた空にいれば天の動きは容易く見える。浮かび上がった水平線上に黄金の光があふ

れれば夜明けの合図だ。未だ地上にいる者たちからすれば、薄っすらと空が明るくなったぐらいにしか感じら

れない光。

「―――天回様」

 そっと背後から呼びかけられる。幻夜が跪いてこうべを垂れていた。更に奥に他の面々が控えている。

「地上の一部で動きがあった模様です。如何なさいますか?」

「ふん? 例によって防衛隊が何か始めたか………まあよい、大勢は変わらん」

 笑いながら右手にある扉へ向かって歩を進めた。心眼と宙象、幻夜は招いたことがある部屋だが新米に過

ぎない秀吉にとっては初めて訪れる場所になる。彼は黙って列の一番最後を付いてきていた。基地の最深部

へと続く階段を降りると、中で待っていた『もの』の前に秀吉を招いた。この男にはこれから色々と役立っても

らわねばならない。本来なら機密事項であるものを明かすのはそのためだ。

「これが何かわかるか?」

「………ただの岩、じゃないのか?」

 回答者はただ眉をひそめた。

 天井から吊り下げた訳でもないのに中空に浮いて固定されている黒い岩石。直径10m近いそれがゆった

りと回転を続けている姿は異様であった。

「ただの岩ではない。『連中』が残していった、歴史の根幹に関わる重要アイテムだ」

「連中?」

「―――<トキヨミ>だ」

 天回は笑みを深くする。

「時空を操り、歴史を作り、世界を変革した神にも等しい連中だ。いまは姿を消して久しいが時代の節目ごと

に現れては重要な役割を果たして去っていく。その遺産は世界中に散らばっていたが、こうして我々が回収す

ることに成功した。いまこそこれを使うべき時だ」

「………何故」

「いまこそは乱世、世界を変革する力はわしが使うに相応しい」

 聞き手は興味ないといった風情でそっぽを向いた。間をおかずに頭上に展開されたモニタに視線を移す。世

界五大陸、先進七カ国プラス日本の様子が映し出されていた。時差の関係上、一番明るいのが日本、地球の

裏側に至っては未だ夕闇に染まる直前である。

 単なる状況確認だと思っていただろう秀吉の目が驚きに見開かれたのは、モニタの視線が地上から空へと

向けられてからであった。軌道衛星上の基地―――つまりは、『仲間』である者たちの居場所が中核に据え

られたからだ。

 陶酔しきった様子で天回は呟く。

「逆らう者は、邪魔だ。難を言えば操作を容易くするブラック・ボックスを入手しておきたかったが、多くは望む

まい。この『遺産』だけでもシンクロさせて異常を発生させるには充分すぎる」

「アンタ、まさか」

「滅びるがいい」

 秀吉が罵りの言葉を口にした。

「まさか、他基地の連中に何も知らせていないのか? 落下部分にはまだ人がたくさん入ってるんだろう!」

 踏み出そうとした一歩は宙象の腕によって阻まれる。黙ってみていろ、と無言で睨まれて、唇をかみ締めた

秀吉の表情は既にいつもの冷静さを取り戻していた。




「さあ、宴の始まりだ!」




 天回が腕を掲げると共に岩石が回転を増し、鈍い稲光を放ちだす。耳障りな甲高い鳴き声と回転音と光を

放ちながら岩が『唸る』。

 画面上に映し出された各国の基地に変化が現れたのは間もなくのことだった。








 嫌な予感と耳鳴りに信長は伏せていた顔を上空へと向けた。冬の寒空の中、毛布一枚で耐え忍んでいた身

体はすっかり冷え切っている。地平線の彼方に覗く薄い青が夜明けが間近だと予感させる。

 眼前に広がるのは大都市の光の洪水。常よりも静かに感じられるのは光のもとにいる人間の数が例年より

少ないからに他ならない。密かな防衛隊の呼びかけに答えた者、直感で逃げ出した者、様々なパターンがあ

るが都心の人影はかなり減っていた。それでも尚、蠢く光があるのは何も知らない者たちが夜を楽しみ、潜伏

した防衛隊が警備を行っているからだ。

 ―――日本時間、午後9時頃。元司令官蜂須賀小六の名において軍部の放送がジャックされた。

 電波は混乱し、ことが済んだ後には小六は書類送検程度では勘弁してもらえないだろう。それどころか稀代

のテロリストとして名を馳せてしまう可能性も高い。

 だが、それでも、彼のこれまで成してきたことを信じた者たちは呼びかけに応じて動き始めた。電波ジャック

時に生中継されていた政府機関との対話において、上の連中が如何に国民や部下を顧みていないのかを痛

感させられた所為もあるだろう。




『我々が動く訳には行かない。軍部は迂闊には動かないのが定石だ』

『そんなことを言っている場合なのか? 強制的であれ何であれ避難勧告を出すべきだ』

『結果、何も起こらなかったならどうする。誰がその際の責任を取るというのだ。軽々しく動いてはイザという時

の<重み>がなくなる。そう簡単に動く訳にはいかぬのだよ』

『責任を取る取らない、動く動かないの問題じゃないだろう! 守りたいのはぬくぬくとした権力の座と体面だ

けか? 対外的なプライドや沽券に関わるとでも言うつもりか。被害が出てからでは遅い。10年前の悲劇をま

た繰り返すつもりなのか!』

『裏切り者の言葉は聞かん』




 勿論、小六に同意したからといってすぐに行動するかといえばそうではない。あまりに急な話だし、信じがた

いし、もとより夜明けまで半日を切った状態で出来ることなど限られていた。

 可能な限り、民間人の退避を。無理ならばそれを防衛隊が補佐するまで。

 そうやって夜を乗り越えてきた。

 いま、空を見上げて突拍子もない敵の行動に目を見張る。

「犬千代! スッパ! ―――上だ!!」

「! あれは………!」

 眠りこけていた犬千代も広がった光景に目を見張る。隣では吹き付ける北風に吹かれながら五右衛門が笑

っていた。




「なぁるほど………『神の雷』―――ね」




 雲の切れ間から、見えたのは。

 いつもより遥かに低い高度で低空飛行を続ける敵の基地。完全な円形であるはずのその基地は、中心線を

境に上と下とに分断されようとしていた。黄金の光を放ちながら零れ落ちる破片が町へと降り注ぐ。

 丸い球の下半分だけをそっくり取り除くような。

 切り離しの際に生じる機械連結部の光が雲間に照り返されて稲妻の如く夜空を彩る。

 連中にとっても基地の半分を切り離すなど、まともな策ではないだろう。正気の沙汰とは思えない―――確

かに地球人に手痛いダメージを与えられるだろうが、奴らの機能も低下する。

 しかしいまは敵の真意を推察している場合ではなかった。倒壊を始めた基地の下部が外れ、数キロに渡る

鉄塊が高層ビル群に激突しかかっている。

 信長が右腕を高く掲げた。




「コロクンガー!! 出動!!」




 ブン! と瞳に光を宿したコロクンガーが身を起こす。背中につけたエンジンはもとより、全身が<言霊>を

刻み込んだ呪符で覆われている。オリハルコンとシンクロできる者たちで編み上げた世界最軽量の鎧だ。リ

ングに力を込める信長の傍に犬千代が並び立つ。複数名の力を合わせることでコロクンガーの能力も上が

る。

「発進!!」

 唸り声を上げてコロクンガーが落下しつつある建造物へと向かう。五右衛門がトランシーバーに向けて叫ん

だ。




「いまだ、ヒカゲ! バリアーを発動しろ!!」

『了解!』




 遠方の基地でオペレーターズがシステムを操る。

 途端、都心部の四方から光の柱が立ち上がった。天空へ向けて放たれた光は途中で折れ曲がり、互いに

交錯して光の網を織り上げる。都心内部にはかつて、蜂須賀村で秀吉を捕らえる際に使われたバリアーの改

良版が配備されていた。それぞれの光の柱の足元では一益が、万千代が、勝三郎が、ヒナタとヒカゲが、操

作のために敢えて留まっている。どれだけ危険な目に遭おうともギリギリまで結界を張り続けるために。上空

の異変に気付いた民間人が安全圏に逃れるだけの時間を稼ぐために。実働部隊でそれを知っているのは五

右衛門だけだったけれど。

 知れば躊躇いが生じる。柱を守ることよりも、敵基地の落下地点を逸らすことに集中させるようにという小六

の独断だった。

 都心部に光の結界が作り上げられたのを確認し、五右衛門もすぐさま信長たちの援護に回る。腕を揃えて

前方に突き出し、意志ある言葉を唱えつつコロクンガーを操縦する。基地の底辺にたどり着いた機械は落下

速度を弱め、少しでも着地点を逸らそうと赤く燃え盛る。操縦者達の身体に汗が噴き出し、握り締めたてのひ

らに血が滲んだ。コロクンガーに加えられた重圧の何分の一かはシンクロしている人間にも逆流する、本来

なら3人程度では耐えようもない圧力に歯を食いしばって立ち向かう。

 天空から降り注ぐ岩石のひとつが、結界の隙間を通り抜けてビルを潰した。








「ふぁっはっはっは………! 天の怒りとは凄まじいものだな! 古代叙事詩に見られる<インドラの矢>と

はまさにこのようなものだったのだろうよ!!」

 天回の笑い声が鳴り響く。

 暗かった室内は、いまやモニタからもたらされる光によって黄金と真紅に染められていた。世界各国で基地

が落下を始め、混乱を引き起こしている。天を見上げて逃げ惑う人々、頭上から降り注ぐ壊れた機械部品の

数々、阻止しようと空を舞う空軍のジェット機にロボットの姿。攻撃しようとした戦車の台座が落下物で跡形も

なく押し潰されて炎上した。




 それは、まさに、地獄もかくやという。




「くくっ………! 自らの基地も使わねば同調落下させられぬのが難点といえば難点だったが、まあよい。こ

れだけ連中と地球人どもに被害を与えられれば―――もはや逆らう者など無きに等しい」

 画面の中で、悲鳴。

 必死に落下を押し留めていたロボットたちも押し潰され、世界でも有数の高層ビル群が基地の下敷きとなっ

て粉塵と化す。時に舞う黒い影は建造物の破片か、基地の一部か、逃げ遅れた人々の成れの果てか。

「―――」

 黙ってモニタを見つめていた秀吉は踵を返して小走りに部屋を出て行った。黄金の炎と漆黒の煙に彩られ

た光景に夢中で誰もそれに気付かない。急ぎ駆け上がったそのままの勢いで非常扉の鍵を開けた。




 ゴォ………ッッ!!




「!!」

 吹き込んできた風に身体を煽られながら、尚も縁にしがみ付いて目を凝らす。画面越しで眺めるより一層鮮

烈な光と熱の世界が眼下に広がっていた。

 地上の建造物と落下物のぶつかり合う音、光の結界が甲高い摩擦音を上げて落下物の進入を拒む、同時

に生じる熱と光が熱波となって襲い掛かる。よろめいて膝をついた。頬が焼けるように熱い。結界の隙間を通

り抜けた建造物の一部が逃げ惑う人々を押し潰すのが見えた。遥か下方でコロクンガーが悲鳴を上げながら

基地を動かし、空軍パイロットが決死の覚悟でミサイルを放ち、少しでも落下物のサイズを小さくしようと懸命

な努力を続けている。

「………は」

 乾いた笑いがもれた。

「はっ………はは………ははははは………!!」

 すがるように扉の縁に手を引っ掛けて、膝をついて風に煽られる身体を支えながら、ひとしきり彼は笑った。

舞い上がる火の粉が服の端を焦がす、それすらも構わずに。

「―――生きてるはずがねぇ………これで、生き残れるはずがねぇっ………!!」

 震えた声音は泣いているのか笑っているのか、絶望とも歓喜ともつかぬ表情ですべてを見下ろす。

 急に笑みを止めると今度はぼんやりと前方を眺めやった。漆黒の瞳を真紅の炎が照り返す。

 ―――結局。

「結局………俺の、したことと言えば―――」

 伸ばした腕の一部が崩れかかった機械部品を掴む。繋がったコードで引っ張られたそれは、手の中に僅か

な部品だけを残して地上へと落ちた。




 ―――俺のしたことと言えば。

 津波の前に崩れ去る砂山を、無理矢理とどめ置こうとしたようなもの。




 上昇気流にのって悲鳴と喚き声が伝わる。激しい音色はいつまでも彼の鼓膜を叩いていた。








 腕が震える、膝が悲鳴を上げる、食いしばった唇の端から血がにじみ出る。手を伸ばせば届くんじゃないか

と思えるぐらいにひしゃげてしまった光の結界、間近に押し迫った敵基地は膨大な圧力を加えてくる。一体の

ロボットごときが果たしてどれほどの影響を与えられているのかと絶望しそうなぐらいに。

「ぐっ………!」

 隣の犬千代が脂汗を滲ませながら地に膝をついた。両腕は天空へ掲げたままだが、左手首のリングから血

が滴っている。もう限界なのかもしれない。かく言う信長も、後ろに控えた五右衛門も、同様に腕を血まみれに

していたのだけれど。

(ちくしょうっ、『言霊』で威力を増してもこれかよ!!)

 『言霊』がなければ歯向かうことすら出来なかったが。

 遥か頭上、のしかかってくる建造物の向こう側にいるだろう人物を思う。自らの肉親を手にかけてまで上空

に留まった人間が何を考えているのかと思う。




「―――の野郎ぉぉぉっ!! 根性、見せろ――――――っっ!!!」




「信長………?」

 五右衛門が訝しげに眉をひそめるのが分かった。




 ―――ォォォォォオッッ!!




 同調したコロクンガーの身体が真紅に輝き、取り付けられた符の数々が曼荼羅を描く。両腕が黄金色に染

められると、僅かに落下途中だった基地に変化が生じた。それは本当に微々たる―――でも、確実な違い。

落下予測地点は都心高層ビル群から少しずつ的を変じつつあった。かつての仲間が敵方のロボットと共に燃

やし尽くした、石油コンビナートの跡地へと。

「犬千代!」

「おう、わかってらぁ!!」

 五右衛門の声に促されて跪いたままだった犬千代が顔を上げる。絶え間なく降り注ぐ機械の破片にそこか

しこを殴打されながら、仲間の働きに導かれて飽くことなく天空へと伸ばされる。明らかに『それ』は動いた。

重力に逆らい、海へ。

「よし! このまま海まで運ぶぞ!」

 自らの腕から滴り落ちる鮮血で制服を染め上げながら信長が叫んだ。








 各国の拠点に次々と都市の欠片が降り注ぐ。地上を炎と熱で染め上げながら、毒々しい赤と黄金に埋め尽

くされた世界は豪勢な美しさを誇っていた。その中で、陥落していないのはただひとつ。

 足元に浮かび上がる百万都市。

「………天回様」

 部下に促されるまでもない。上官は高々と掲げていた腕を簡単に振り下ろした。

 奴らの努力はすべて無駄なのだと突きつけるかのように。




「―――打ち砕け」








 ゴォンッ………!!




 鳴り響いた雷鳴に誰もが顔を上げた。逃げ惑う者も、立ち向かう者も、離れた地より見守る者も、等しく。

 頭上にのしかかっていた黒い影に亀裂が走り、砕ける。砕けた大半は機械たちに支えられたまま海へと雪

崩れ込み、他の破片はそれぞれが結界に激しく叩きつけられた。これまでの防御で疲弊していた光の結び目

が悲鳴を上げてほどけてゆく。さらされた地上へ打ち砕かれた基地の破片は食い込んでいった。




「しまった………!」




 叫びをもらしたのはどの地にいた者だろう。

 屋上にいた操縦者たちに容赦なく巨大な岩石と化した機械類が降り注ぐ。打ち抜かれて地に倒れ伏す影、

威力に耐え切れず倒壊する基地の残像。操り手を失った機械が光を失い降下する。

 光の柱の下で結界を維持していた一益は危機を悟った。これ以上結界を保つことは叶わぬと枯れんばかり

の声を張り上げる。




「総員、退避――――――っ!!」




 だが、もう、遅すぎた。

 都市を守護する者たち目掛けて天から雷と岩石が打ち落とされる。機材を壊し、人を壊し、支えを失くした結

界が鳴き声を上げながら光の結い紐をほどくまで。

 崩れた塀に足をとられたヒナタは必死に首を上げ、そして、見た。

 目映い光と共に訪れる空中都市。重力に引かれて落ちるそれは光と炎と熱を纏いながら無慈悲に地上へ

降り注ぐ。




(落ちてくる………!)




 両手で顔を覆う暇もなかった。視界が熱と光で埋め尽くされる。

 あとに残されるものは何もない―――何も。




 意識を失う直前。

 身体に覆いかぶさる暗い影を捉えたような気が、した。









 ………この星を知る者はいまこそ目を見張れ。

 大地を取り巻く炎と光の渦、八箇所から立ち上る炎熱の柱が悲鳴を飲み込み焼き尽くす。

 神話の時代に立ち返らんとばかり、世の滅亡や崩壊は久しく語られずとも歴史は繰り返す。




 ―――judgement day.




 それは、人類が滅びの審判を下される日。

 幸運にも命永らえた者に、永久の恐怖を刻み込む日。

 

←99


ようやく終わった………!!(満足のため息)

いやいやいや、皆様長い間ありがとうございました。『コロクンガー』後期シリーズ、これをもって円満終了と

させて頂きます! 日吉は死に、秀吉は裏切り、天回以外の宇宙人連中もダメージ食らったっぽいけど

それ以上に地球側の被害が甚大で、巻き込まれた信長たち実働部隊の生死も不明―――

実に清々しいラストであります! 人類滅んで終わっちゃったヨ!!

すごいネ! いかすネ! こんな戦隊モノがいままであったかい!? いや、ない!(反語)

 

―――とかいって。

このまま終わったらそれはそれでスゴイのかもしんない………(苦笑)。勿論まだ続きますよ〜♪

後期シリーズ、まさか100回もかかるとは思わなかったなぁ。ううう。

 

今回はコトの展開が分かりにくかったかとちょっと反省。途中で出てくる小六の説得シーンは

相手が誰と考えても構いません。たぶん外国ですけど。

システム管理者たる『総兵衛』はこの修羅場に何してたんだって感じですが―――まぁ、それは追い追い☆

都心部には信長を含めた防衛隊メンバーがほとんどフル配置。自国政府が信用ならない以上、防御も何も

自分たちでやるしかありません。結果、見事に全員巻き込まれましたけどネv(ダメじゃん)

ラストのヒナタの「落ちてくる………!」は予告編からそのまま引用。予言の成就オメデトウ。

ちなみに今回の「基地落下」の元ネタは某ガ○ダムにおける「コロニー落とし」なのでした☆

え? だって、こういう作戦だったんでしょ??(たぶん「落とす」ところしか合ってない)

 

次回からはまた予告編でも挟んだ上で『終期シリーズ』へ突入しようかと考えています。

今度こそ短期決戦でいきたいな。無理そうだけど(苦笑)。

 

では、またv

 

BACK   TOP

 


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理