「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

11.lost child(1)

 


 パタンとノート型PCのふたを閉めて自らの腕と接続していたバイオPCの端子を外す。自身の脳と操作を直結

させるこの方法は有用ではあるが身体への負担はかなり大きい。お目付け役である実兄と知人の目をかすめ

て作業するのに難儀した。

 竹中重治は病院の患者服の上に白衣を羽織ったままの格好で深く息を吐く。好き好んでこんな服装をしてい

るのではあい。勢いで病院を飛び出した数日後に首都圏の大崩壊があって、指示系統や政治経済も混濁した

状況下にあっては衣服ひとつ整えるのも苦労がいったのだ。取り合えずそこらの雑貨店で服を仕入れ、家族や

友人知人の無事を確かめ、防衛隊も各地で活動し始めたのを確認して。

 ならば己も動かぬ訳には行くまいと兄と矢崎を引きずって東北くんだりまでやって来た。東北―――よりはや

や南よりと言い直すべきか、甲府に本社のある武田商事と、新潟辺りで根を張る宗教法人『極楽往生』に連絡

をつけに来たのであった。

 さいわいにしてふたりともすぐに所在は知れた。声をかければ向こうも防衛隊の状況に興味があったらしく気

軽に応じてくれた。さすがに患者服で出迎えた時には呆れられてしまったけれど。

 座り込んだ背後から声と足音が近づく。




「もう、行くつもりか」

「ええ―――お世話になりました」




 仮の施設とさせてもらった崩れかけの研究所。貸し出し許可を与えてくれた上杉謙信に向かって彼はにっこり

と笑いかけた。謙信は相も変わらず紫の法衣をまとい首もとに数珠をひっかけた胡散臭さだけは人一倍という

格好をしているが、世相が不安定な現在ではこれもなかなかに有り難く見えてくるものらしい。実際、道行く人々

の何人かは謙信を深々と拝んで行ったものだ。

 先ほどまで彼と共に回線前で掛け合い漫才をしていた武田信玄の姿は見えない。後ろを覗き込むようにすれ

ば微妙に口元を歪めながらの答えが返された。

「案ずるな、武田は己の会社に戻った。雑用があるらしいが………それさえ済めばすぐにでも首都へ駆けつけ

ると息巻いていた。今更約束を反故にするような男ではあるまいよ」

「はい。勿論、その点に関しては信頼しております」

「の、割りには浮かぬ顔をしているな」

「不安は―――此処ではなく、行き先に待ち構えていますから」

 そう、つい、先刻。

 司令が世界に向けて宣戦布告をした。おそらく彼は宇宙人との最終決戦も近いと覚悟を決めている。だからこ

そ彼の取るであろう行動も予測がつき、故に『総兵衛』も態と回線防備を甘くしたのだろうと思い至って聊か憂

鬱になるのである。




 未だ根拠のないに過ぎない理論、推論―――それを実行に移すとは。

 総兵衛が守護に入りはしても危険が伴うその手段を。




(過去への旅―――なんて。叶えられない方が幸福だろうに………)

 忘れ去ってしまった方がよいものとて多くある。

 いたずらに掘り返したところで、真実を探し出したところで、敵の目的を暴いたところで。

 何が変わるかも分からないというのに、それでも探り出さずにいられないのは人が「戦う」理由を求めずには

いられないからだろうか。大義名分でも建前の正義でも構わない。自身が命をかけるに充分な価値を常に捜し

たとえ、見つけ出された「目的」に遣る瀬無さや憤りしか覚えずとも。

 とかくヒトの心は厄介だ。

 重治にはため息をつくことしか出来ない。

 ―――でもまだ自分には出来ることも、やるべきこともある。しょげ返って項垂れているだけが術じゃない。

 PCを抱え上げて表で待っているだろう保護者たちにどこから説明しようかと考える。これからまた首都圏まで

ぶっ通しで運転してもらわねばならない矢崎に謝罪の念が沸いた。

「上杉会長、あなたは如何なさるのですか?」

「こちらも準備を整えたらすぐに貴公らの後を追おう。貴殿と織田が合流するまでには追いつけるであろうよ」

「そうですか………お待ちしております」

 差し出した右手を相手が握り返す。

 こんな時だからこそひととひとの繋がりがひどくあたたかい。

 裏切られるかもしれない、なんて。

 脳裏を掠めることすらなく生涯を終えられたなら、その人間の一生はおそらく「幸福」と呼ぶに相応しいものと

なるのだろう。








「さあ―――こっから先は、アンタ次第だ」




 そう言われて、示された先の扉を開くことに瞬時、躊躇う。

 今更迷ったところでどうしようもないと分かってはいるのだが―――。

(大丈夫………オレには、皆がついてる)

 ひとつ深呼吸して日吉は扉を強く押した。

 途端、向こう側から白く強い光が漏れ出てくる。目映さに目を瞑りそうになりながらも扉を押す力は緩めなかっ

た。少しずつ、少しずつ、勢いを増した光が漆黒であった仮想現実の世界を埋めていく。

 堪えきれずに目をつぶった直後、脳裏に誰かの声が響いた。




『知るべきことと、知るべきでないことが同一である場合―――アンタは、どっちを優先するのかな?』




(え………?)

 聞き覚えのある声に振り向くより世界が真白に統一されるのが早かった。

 完全な白に埋め尽くされた後で、ゆっくりと世界が明るさを失っていく。黒い薄ぼんやりとした影のようにそこか

しこに『何か』が形を成してくる。全てが古ぼけた写真のようにセピア色で表されていてすぐには判別がつかな

い。じんわりと水が紙に染み入るような穏やかさで出現した『それら』は、あるいは木に、あるいは岩に、あるい

は人に、あるいは街道沿いの店にと外観を整えていった。

 セピア色で統一された、かつての町並み。

(………っ)

 瞬きする間にそれらは己らの色を取り戻していた。

 空は青に、木々は緑に、水は透明に、道は茶色に。

 同時に戻ってくる風景に纏いつく音―――風の音、車のエンジン音、人々の呼び声、笑い声。辺りを見回すま

でもなく『記憶』の奥底に植えつけられた感覚が教えてくれる。ああ、そうだ、もう、『此処』は。




『此処』は、10年前の琵琶湖近辺なのだ、と。




「うへえ〜………」

 俺って何だかおのぼりさんみたいだぁ、と思いながら日吉はあちこちを見渡した。道路標識や電信柱に貼り付

けられた番地名、店先に置かれた看板の数々が現在地を教えてくれるのだが、あまり実感が湧いて来ないとい

うのが正直なところだ。

(ほんとーに俺、タイムトリップできたのか?)

 確かに周囲の人々の服装は10年ぐらい前に流行していたものなのだけれど、踏みしめる大地の感覚もそよぐ

風の感触もそっくりそのままなので、単に場所を移動しただけにしか思えないのだ。




『いや―――、時間移動は成功してる』

「うえっ!?」




 突如として脳内に割り込んできた声に思い切りビビる。何だ何だ? と辺りを見回す日吉の脳内で再度、ため

息が響いた。

『あー………悪いけど、捜しても俺は見つからないよ。俺は10年前には存在しなかったから、アンタの記憶領域

に簡単に割り込むことは出来ないんだ』

 声を送ることは出来るけど、と返す相手の正体にようやく思い至った。どうも最近、思考の回転が遅い。

「もしかして、そ………総、兵衛?」

『ああ。他のメンバーの声まで送るのは無理なんだけど―――少なくとも、いまアンタの見てる景色は現実世界

に投影されてる。心配ない』

「じゃ、じゃあ、殿や五右衛門や司令もオレとおんなじ景色を見てるわけ?」

『そうなるな』

 またしても、うへぇ、と日吉は声を上げた。

 自分の視界は当然360度。それがそのまま他の場所に居る者たちにも伝わっているだなんて本当に不思議

な感じだ。

「あのさ、じゃあ、みんなの見立てではどうなのかな? ここって本当に10年前なのかな?」

『さっき信長がカレンダーを発見した。間違いなく日付は10年前の、<熱蒸気船の悪夢>が起きた当日のもの

だった。五右衛門と司令が、近くのテレビで流されてたのが10年前の事件報道だったことを突き止めたし』

「………そっか」

 息を詰め、胸元で拳を握り締める。自分の気付かない場所で、『自分』の視界を使って、皆は様々なものを発

見してくれているようだ。ならば、己もこんなところで右往左往している場合じゃない。

「俺は―――何をすればいい?」

『とりあえずは直進。まっすぐ行けば観光用の蒸気船乗り場がある。それに乗ってくれ』

「了解」

 方角を見定めると軽く走り出した。こころなしか身体が普段より身軽な気がしないでもない。これも仮想現実世

界ならではの特典なのだろうか。

 人々の行列に紛れながら妙なことに気付いた。日吉には当然のことながら周囲の人々が見えているので、ぶ

つからないように避けたり、信号の前で律儀に立ち止まったりしているのだが、周りは逆の反応を示しているの

だ。誰もこちらを見ないし注意も払わない、つまりは、こちらの『存在』を全く感じていないようなのだ。

「ねぇ、総兵衛、これって………」

『うん―――此処はあくまでアンタの記憶を投影した<風景>に過ぎないからナ。向こうからはアンタが見えな

いし、アンタの動きに注意を払うことも出来ないよ』

 映画やテレビの中の人間が視聴者に反応してくれないのと同じことである。幽霊のような立場になっているの

だ、と言い換えてもいいかもしれない。

『アンタは<不在>の存在なんだ。だから壁や人間のすり抜けだってやろうと思えば出来るぜ?』

「げ、マジ?」

『試す?』

「………いや………ちょっと―――遠慮しマス」

 からかうように言われて、少しばかり日吉は逃げ腰になった。『この世界』に己の存在が『ない』のなら、確か

に壁だって人間だってすり抜け放題だろう。いちいち十字路で立ち止まらないで信号無視の横断歩道したって

誰にも咎められないに違いない。きっと、車だって己の上を通り過ぎていく。

 それでもまぁ―――あんまり、試してみたくはなかった。

『お殿様が試してみんかい、馬鹿者ぉ! って怒鳴ってるけど?』

「う………す、すいません。船の中ではそうします………」

 冷や汗を流し、嗚呼、俺ってばほんとーに上と繋がってるんだなぁと感じながら乗り場へ到着した。待合室で

は多くの人が並んで乗船の順番を待っており、各旅行会社の観光ガイドが団体客を先導している。

(あ―――あのガイドさん、見覚えがある)

 彼女の右手に高々と掲げられた旅行会社の小旗。確か、幼い自分はあれを振ってみたいと母親に駄々をこ

ねたのだ。暑い夏の日差し、嫌になるくらい澄み切った青空、偶々同じ船に乗り合わせた人々の顔、顔、顔。

(そうだ………そうだよ)

 いまここに、『あの日』の当事者が全員集合しているというのなら。

 自分だっているはずだ、母親だっているはずだ、だから―――。




 秀吉、だって。

 此処にいなくちゃ………いけない。




 手の中の命綱を強く握り締めた。

「総兵衛、みんなに―――………」

 捜すよう頼んでくれ、と言おうとして。

 何故か急にその気がなくなって口を噤んでしまった。遠くから不思議そうに監視者の意識が問い掛ける。

『みんなに―――何だ?』

「あ、ううん、ごめん。何でもない」

 苦笑まじりに否定しながらも目は必死に幼き日の彼を捜している。風景にも、人々にも見覚えはあるというの

に、一番見慣れているはずの兄は影も形も見えないのだった。

 出向を控えて賑わっている波打ち際、観光客達はガイドに導かれて集合写真を撮るべくゾロゾロと移動してい

る。おそらくあの中に自分や母親もいるのだろうと思いながら人波を見つめていると、どこか記憶にかする薄淡

い桃色の服のワンピースが翻った。

(………そうだ、あの服―――)

 確か、母親が好んで着ていた服だ。さすがに若くないからと最近では落ち着いた色合いの服ばかり着ている

けれど、この頃はまだパステルカラーの服ばかり選んでいた。と、すれば先ほど過ぎった人影は十中八九、母の

ものであり、ならばその腕の中にいたよく分からない蠢く物体はもしかしなくても己自身ではなかろうか。




 ―――じゃあ、きっと。

 秀吉だって、あの近くに。




 駆け寄ろうとした日吉の足を鋭い叱責が止めた。

『駄目だ。近寄っちゃいけない』

「え? な、何でさっ、過去の自分を追いかけるのが真実を知る近道―――」

『そのとーり。でも必要以上に傍に寄らない方がいい………バグの原因になっちまう』

 此処は日吉の記憶を再構築した仮想空間ではあるが、その中にいる『当時の日吉』は少しだけ異質な存在な

のだという。難しい理屈は省くが触らぬ神に祟りなし、『いまの自分』と『かつての自分』を同一平面上の時空に

存在させないに越したことはないらしい。

『SFとかであるだろ? タイムスリップした人間が過去の自分自身にあって、触れ合った瞬間に互いの存在が

抹消されるってヤツ。時間の連続性の問題は結構ややこしーんだよ』

 仮想空間の理論を利用して無理矢理この「世界」を創り上げているような現状では、何が起きるかなんて俺に

も保障しかねるよ、とプログラム本体に語られてしまっては日吉も引き下がるしかなかった。

「じゃあ、あくまでも俺が<俺>に会わない範囲で捜すしかないってこと?」

『だな。まあ………そちらが及ばない分はこっちでどーにかサポートするよ』

 悪いな、と呟かれて日吉は笑った。

 彼が謝るべきことではないのだから。

 人波が揃って船へと乗り込んでいく。船員達が慌てて船へ乗り込み、最終搭乗者確認のアナウンスを流して

いる。気付けば先ほどまで追っていた母親らしき人影もとうに船内へとその姿を消してしまっていた。

「そろそろ船が出港するね。どうしよう、俺、チケット持ってないけど………」

『アホ、お前は<居ない>存在なんだから無銭乗船でも何でもしてみやがれ、………と、お殿様が仰ってるぞ』

「―――わかりました、と伝えておいて………」

 力の抜けた笑みを浮かべながら日吉は船と陸地を仕切る欄干を飛び越えた。








「ふーん、面白いもんだな」

 奥の椅子に深く腰掛けたまま小六は自らのあごを手で支えた。彼の片耳にはまったイヤホンには常に外界の

情報が送信されて来ているのだが、それでも彼の目は眼前に注がれたままだった。室内の大半を占めるパソコ

ンの画面にはいずれも過去の映像が投影されている。それぞれの画面を繋ぎ合わせていけば丁度360度の視

界に相当するだろう。

「暢気なこと言ってないでさー、きちっとチェックしてくれよー?」

「ああ、わかってる」

 五右衛門も笑いながら突っ込んではいるが瞳は真剣そのものである。日吉には決して見ることの出来ない背

中側の光景―――<過去の記憶>を見張るのが地上に残された者たちの役目だった。

「サルの奴、ようやく船に乗り込んだな。ここはどの辺りだ?」

『観光船は3階建て―――2階は吹き抜けのテラス、1階部分が船内客席とカウンター、それに運転席。地下は

救命道具と運搬貨物用の倉庫になってる』

「倉庫?」

 油断なく辺りに目を光らせながら信長が問いを発した。

「何だって観光船が貨物なんか運んでやがるんだ」

『この観光船は湖の東側から出向して西側が終着駅になってる。ついでに観光物資のやり取りを行うのは行商

人の常だろうなぁ』

 答える総兵衛はこうして地上の面々と言葉を交わしながら、<ダイヴ>中の日吉にも指示を与えている。互い

に向けて別々の科白を同時に発信できるのだから、まことプログラムとは器用なものである。

「サルの体調はどうだ。いまんとこ異常はなさそうか?」

『現時点では。あ〜………っと、そうだな、精神的には先刻から随分そわそわしてるけど』

「ああ?」

『気にしてるんだ。この場に日野秀吉がいないのかどうかを―――すごく。見つけたいけど見つけたくない、そん

な感じだナ』

「何だそりゃ。見つかる時は見つかるんだよ、気にせずとっとと船内を探れってサルを殴り倒せ」

『善処する』

 いちいち真面目に応答する総兵衛がどの程度信長の要求に忠実に答えているかは謎である。なにせ、信長

の言葉を逐一実行していたら日吉がズタボロになってしまうので。

「―――あ」

 五右衛門がすっと人差し指をとある画面に向けて動きを止めた。信長と小六が訝しげに彼を振り返る。

「どうした、五右衛門」

「あ〜………気のせいならいいんだけど。悪ぃ、総兵衛。日吉に気付かれないように右から2番目の画面だけ

ちょっぴし巻き戻ししてくれる?」

『あっさり注文しないでほしいなぁ、いま見てるのはあくまでも個人の一瞬一瞬の記録だってのに………ええと、

こんな感じか?』

 文句を言いながらも総兵衛はモニタ上にほんの少しだけ巻き戻した記録映像を再生させる。もう少し前、ちょ

っと行きすぎ、などと注文つけていた五右衛門が「はい、ドンピシャリ」と画像を停止させた。画面内には眼鏡を

かけた平凡な男が映っている。中年の、どこにでもいそうなサラリーマンだ。

「こいつがどうしたってんだ、スッパ?」

「うーん、何処かで見たことがあるようなないような………何だったっけな〜」

 あーもーわかんねー、と五右衛門が頭をかきむしる。

 該当する人物を画面の端に表示させたままプログラムが情報検索を開始した。待つまでもなく検索結果が一

覧となって表示される。

 並んだ名前を見て一同の表情が硬化した。

『―――所謂、裏の交渉人みたいだな。丁度10年前を境に行方知れず………まさかこの船に乗り込んでたと

は思わなかったが―――』

 言いながら総兵衛が当時の乗客者名簿と照らし合わせていく。

『現時点で所在を確定できない乗客は10余名。その内のひとつがコイツの使ってる偽名だろう』

「コイツら何が目的だ? 貨物か?」

 小六が眉を潜める。この裏の交渉人たちは安いものは扱わない。一流のプロを自認するだけあって高額の報

奨金を要求し、だからこそ確実に仕事をやり遂げる。裏世界ではかなり名が売れた存在であったため五右衛門

の記憶に引っかかったのだろう。

『当時の貨物は菓子、衣料、生鮮食品―――書類上不審な点は見られないな』

「プロの運び屋とやらがまともな記録を残してくれるもんかよ」

 苛立った信長が舌打ちした。どうやら、かつて宇宙人どもの標的にされた観光用蒸気船はそれなりに疑わし

い事情を抱えていたらしい。もし連中が運んでいたものが原因で攻撃を受けたのだとしたら―――? 断ずる

には早すぎるがそう考えられないこともない。

「どうする、信長。日吉に何か忠告するか?」

「いや………何か言ったところで右往左往するだけだろ。アイツはアイツのしたいようにさせておけばいい」

 深く椅子に腰掛けたままの体勢で信長は憮然としている。

 いまんとこそれが有効かネ、と五右衛門が口内で呟いた。

(日吉に何か言っちゃうとなー、むしろ余計な正義感もやして余計なことに首つっこんで余計な騒ぎ起こしてくれ

そうだし?)

 敵方の目的を探るのが今回の目的ではあるけれど、ただでさえ『過去への時間旅行』なんてナンセンス&デ

ンジャラスな手法に彼女の身体を利用しているのだ。たとえ真実を探り出すことが出来なくとも日吉が無事帰還

することの方が万倍も重要だ、というのが五右衛門の偽らざる本音である。

(でも………何となくもう、手遅れっぽいかも?)

 奇妙な予感に彼はひどく重たいため息をついた。








 船は順調な航海を続けていた。プログラム曰く、自分はこの場に<いない>存在だから壁抜けも人抜けもでき

るらしいのだが、何故か甲板に揺られて上下動を感じているのだから不思議な話だ。

(壁抜けも出来るってんなら床だってすり抜けちゃんじゃないのかなぁ?)

 というのが日吉の感想である。尤も、その理論で行けば日吉は甲板どころか船底まで突き抜けて湖の奥底に

さようなら、となるのだが。

 グルグルと辺りを練り歩き、いつ『過去』の自分と遭遇するかとドキドキしながらも注意を払っているのはただ

一点。この事故で生き別れることになったはずの―――双子の、兄の存在のみ。本来の目的は他にあるという

のに、地上の面々も周囲に気を配ってくれているのに甘えてどうしても意識は彼の存在へと傾きがちだ。悪いと

は思えども気になってどうしようもないのだ。




 そして。

 これだけ捜しても彼の姿は見当たらない。

 そのことが酷く日吉のこころを落ち着かなくさせた。




(えーっと、上の甲板とラウンジはほとんど回ったし………後は地下かな)

 地下には倉庫があるのだと先ほど総兵衛から説明された。念のため積荷も確認しておいた方がよいだろう。

倉庫には鍵がかけられているだろうがこんな時こそ壁抜けの能力の出しどころである。閉ざされた客室を前に

緊張して息を止める。

「し………失礼しまーす………」

 えい! と自身に気合を入れて目を瞑り足を踏み出す。ゼラチンで全体を撫でられたような感触の後、日吉の

身体は客室の内側に居た。想像していたよりもすり抜けは簡単に出来たが、どうにもこうにもその瞬間の感触

が耐え難い。客室を見回し、取り立てて不審なものはないと確認した上で再度すり抜ける。地下へ降りる階段を

捜しながら日吉はため息をついた。

(何だかな〜………)

 所詮は記憶の残骸に過ぎないと分かってはいても個々人のプライベートを垣間見ているようで後ろめたい。ま

してこの後の悲劇を知っているだけに、穏やかに語らっている人々の笑顔が胸に苦しいのである。

『勘違いするなよ日吉。これはあくまでも記憶の再構築に過ぎない―――誰かを助けようとしたって何も変えら

れやしないんだ』

「わっ―――わかってるよ………」

 冷静な監視者の指摘を受けて少しだけ眉をしかめた。

 地下にもぐると流石に一般の観光客はほとんどいなかった。ほとんどが貨物で埋まっている場所にいる人間

なんて、点検で歩き回っている船員と遊びまわっている子供達ぐらいのものだ。

『手間だけど貨物のチェックを頼むな。資料上では右から順に野菜、菓子類、衣服………』

「りょーかい。確認するよー、野菜―――問題なし。菓子類―――美味しそうだね」

 細かく区切られた船内の保管倉庫にひとつひとつ顔を突っ込んで中身を確認していく。時々中だけ冷凍庫仕

立てになっていて凍りそうになったりしながら地道な作業を繰り返す。多くある倉庫の大半を確認し終えた時だ

った。

『次―――子供用玩具』

「わかった。―――っ痛っっ!!?」

 ガツン、と頭が何かに激突して悲鳴を上げた。

『どうした?』

「………扉にぶつかった〜」

『すり抜けられなかったのか? おかしいな』

 日吉がいるのは過去の領域。だからこそ本来は存在しないはずの彼女は物体をすり抜けることも出来る。だ

のに、通過できないものがあるなんて理屈に合わない。

 微妙な空気の振動から総兵衛が何かを探っているだろうことを日吉は察した。同時に、地上に向けて何らか

の返答をしているだろうことも。やがて躊躇いがちに彼の感覚が伝えてくる。

『すまない日吉、少しだけ手を貸してくれないか? 気持ち悪くなるかもしれないが………』

「手を貸すぐらい別にいいよ? どうすればいいの?」

『いや、本当に文字通り<手を貸して>ほしいだけなんだ。―――すまない』

 謝罪の直後、何かが右腕に纏わりついたような妙な感触を覚えた。次いで、意識した訳でもないのに勝手に

持ち上がる右のてのひらに仰天する。

「の―――っ!? オ、オオオオレの腕ぇぇぇっ!?」

『すまない、物質の構成を調べたいだけなんだ………すぐに終わるから。ほんと、ごめん』

 実際に対象に触れて確認がしたかったのだと擬似人格プログラムは謝罪の言葉を口にする。すぐに終わる、

との言葉どおり腕が乗っ取られた妙な感覚は間もなく消えたけれど、自分の腕が勝手に動く様というのはあまり

気持ちがよいものではなかった。

 右腕を左手でそっとさすりながら、内心の動揺を押し隠して問い掛ける。

「そっ………それで、何か、わかった?」

『そうだな………』

 少しの逡巡。

 <彼>が<言葉>を地上と仮想空間の両方に向けて同時に開いたのが感じられた。

『この扉は時空間的に遮断されている。だから、この記憶の構成者である日吉にも触れられないし、他の誰に

も中身を確認することは出来ない』

「だったら―――そんな怪しい物体なんて………もしかして」

『断言は出来ない。でも確率は高い。仮定の話ではあるが―――扉の向こうから発せられる時空間上の波動

は嫌ンなるくらいに蜂須賀村で検出されたものと酷似してる。その波動の源を手に入れるために連中は村を襲

ったんだろうといまなら分かる』

「総兵衛、じゃあ、もしかして」

 思い当たって日吉が息を詰める。

『予感が外れてほしいぐらいだけど』

 プログラムは珍しく苦味を交えた声で語った。確証はない、でも。




『この扉の向こうにも<ブラック・ボックス>があるかもしれない―――ってことさ』




 眼前に佇む変哲のない倉庫の扉が、妙に大きく感じられた。

 

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何だか長くなって来たのでここで一旦切ります〜。

あ、あれ………? おかしいな、今回も予定したところまで終わんなかったよ………??(滝汗)

本当はこの後にああなってこうなってそーゆーセリフがあるところまでは書き上げてあるハズ

だったのにっっ!! ヤバイ………ヤバイですよ。文章パートが長すぎですヨ!!

そろそろイラストで場を濁さないとネv ← 何か違う。

冗談でなくこのままだと小説3連続になっちゃいそうなんですが―――善処します。ガクリ。

 

過去における日吉は喩えて言うなら幽霊みたいな存在で、壁や人をすり抜けることが出来ます。でも

物質をすり抜ける時になまぬるーい水の中を泳がされてるような感覚がするので気は進まないみたいですね(笑)。

中途で総兵衛が行ったのは日吉の感覚神経の「乗っ取り」です。あくまで過去世界を構成しているのは日吉の

記憶なので、10年前に存在しなかった彼はそのままでは割り込むことが出来ません。けれども細かな調査をするには

やっぱり「直接操作」が必要な訳でして………今回のよーな策をとったのですね。身体の反射は脳が司っているので、

その脳の管理を任された状態にある総兵衛にとってはこの程度の作業、お茶の子さいさいなのです。

とはいえ多用してると現実世界にある身体に支障をきたしちゃうんであんましやりません。

それ以前に人道的に問題ある気もするしナ(苦笑)。

 

次回はもっと話を進めたいです。うう………ほんと、何でこんなのんびりペースに(涙)。

 

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