「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

12.lost child(2)

 


 ―――この扉の向こうにブラック・ボックスがある。

 そう言われてもなかなか実感は湧かなかった。




(それに、結局あの箱って………)

 蜂須賀村を襲撃した秀吉が落としていったものだが、現在は防衛隊の研究施設に預けられて解析を待って

いる。中に何が入っているかも分からず、ただ、オリハルコンなどと共鳴する時空震動を放っていることだけ

は知られていた。材質も成立年代も不明、それってつまり『オーパーツ』の一種なんじゃないのとミステリ好き

の人間なら表現するだろう。

 蜂須賀村にあって、もしこの船内にもあるのならば―――もうひとつの悲劇の舞台、<銀の流星群>にも存

在していたかもしれないと想像するのは容易かった。

『と、なると………一応任務は完了かな。ブラック・ボックスがコトの中心にあるってんならあとは分析に力を注

ぐしかない』

「え? ちょ、ちょっと待ってよ。過去の目的イコールいまの目的とは限んないし、もう少し調べた方が………」

『<いまの敵>も<過去の敵>が求めていたブラック・ボックスに関心を持っている―――それだけ分かれば

充分だよ』

「でも」

『本音を言うとな、日吉。あんまりのんびりしてられないんだ』

 時間切れだよ、と総兵衛が宣言した。

 人間が仮想現実空間に居続けるとかなり身体に負担をかける。どんなに安全に気を配っても許せる時間は

せいぜい1時間程度。それ以上の連続稼動―――ましてや、<時間移動>なんて無茶な真似を仕出かしてい

る状態で―――は断じて認められないのだと語った。

 間もなくこの船が『史実』において攻撃を受けた時間になるのも理由のひとつだ。幾ら記憶の再現に過ぎな

いとは言え災害現場に居合わせるのは身体的にも精神的にも酷だろう。

『死んだら元も子もない。無事に戻れば他に幾らでも手の打ちようはあるさ』

「う―――うん………」

 それはそうだけど、と、頷きつつも躊躇って。

 手の中の赤い綱を強く握り締めた。

(このまま地上に戻って、このまま解析結果を待って、このまま、このまま………)




 このまま。

 待つしか。




 ないのだろうか―――自分、は。




 キツく唇をかみ締めて、無駄なこととは知りながら顔を隠すように身体を壁側に寄せて。

「―――総兵衛。あのさ」

『ん?』

「俺が持ってるこれって………命綱、なんだよね?」

『そうだな。分かりやすいように視覚化した現実世界との接点だ。それを伝って帰ると楽だぞ』

「わかった、ありがとう」

 薄っすらと浮かべた笑みは多分かなりタチの悪いものだったろう。

 騙すようで気が引ける。でもこのまま素直に帰還したんじゃあ結局何も進展しない気がする。どうして敵がブ

ラック・ボックスを狙ったのかとか、どうして此処にそれがあるのかとか、どうして―――。




 どうして。

 彼は裏切らなければならなかったのか、とか。




 是が非でも知りたいなんて自分勝手なワガママで多大な迷惑と心配をかける。けれど謝罪や後悔の念より

先に立つのは探究心。天井を見上げたって皆の姿が見える訳じゃないけど、やっぱり習慣のように呟いた。

『―――日吉?』

 訝しげな声音をした擬似人格プログラムの問い掛けには答えず、ただ一言。




「―――ごめん」




 そして。

 現世への帰還方法を手放した。








 ブツリ。

 何かが切断されるような鈍い音が室内に響く。

 同時に画面が次々とブラックアウトしてエマージエンシーならぬプログラムの怒声が響き渡った。




『日吉!? 日吉! ―――くそっ、何てぇ無茶しやがる!』




「どうした、おい!」

『日吉が回線を切断した!』

 信長の問い掛けへの答えはかなり切羽詰っている。暗く沈黙を保つ画面の向こう側で何が起きているのか、

先ほどまでは過去の映像が映し出されていたのに、小さく誰かの謝罪が聞こえたと思った次の瞬間に全てが

消え失せた。

 中央の画面が白黒ノイズと共に復帰してやや乱れた総兵衛の外見を映し出す。

『五右衛門―――五右衛門、聞こえるか!』

「聞こえてる! 何があった?」

 大方の予測はつけながらも五右衛門は手近なマイクを手繰り寄せて叫んだ。突如<本体>との接続が切ら

れると音声が聞こえなくなることが多いのだ。しかめっ面をした小六が地上に連絡を取るために立ち上がり、

同じく渋面をつくった信長は腹立たしげに日吉の身体を睨みつけている。

「日吉からの情報送信が途絶えたな。お前の隣にいない、それが答えか?」

『ああ、アイツはまだ<過去>に潜ってる―――現世との接点はアイツ自身の意思で解除された。波動を追

跡、捕獲するがリバウンドが来る可能性が高い』

「分かった。<リバース>と<フラッシュバック>に配慮する」

 現実世界における身体と仮想空間における精神との繋がりが何らかの原因で断たれた場合、至急、仮想

空間を彷徨っている精神を探し出さなければならない。出来なければ被験者は本当にこのままお陀仏だ。

 しかし最善をつくしたところで肉体と精神の再接続時に障害が発生することだけは如何ともし難く、専門家は

それらの現象を総称して<リバウンド>と呼んだ。因みに<リバース>は身体的ダメージを、<フラッシュバッ

ク>は精神的ダメージを意味している。

『精神は俺が連れ戻す―――だから、頼む。身体の方はアンタらが守ってやってくれ………!』

 言われずとも! と五右衛門が深く頷く。それを見届けた総兵衛はあっという間にノイズの海に飲まれた。作

業に集中するためか、中央の画面ひとつを残して他のPC画面は沈黙を保ったまま起動する様子もない。

 耳障りなザーザーという音。

 黙って日吉を睨みつけていた信長は、ふと視線を緩めると何処か悔しそうに呟いた。




「―――バカザル」








 命綱を自ら手放した瞬間、僅かに周囲が揺らめいたようだった。しかしすぐに「日常」を取り戻した景色は変

わらぬ現実味を添えて其処に存在している。むしろ、足で踏みしめる床の感触や耳に届く人声やエンジンのモ

ーター音は明確になったかのようだった。

(やっぱ、地上との接続を断ったからかな?)

 仮想空間との繋がりが密接になったのかもしれない。

 壁にかけられた時計を見上げた。時計の針は発生の10分前を示している。残された僅かな時間の中で日

吉はできる限りのことをしなければならなかった。

(多分、俺自身の身体の限界もそれぐらいだろうし)

 己が危険な綱渡りをしていることは十二分に承知している。それでも尚、留まろうと決めたのは自分なのだ

から同程度のリスクは覚悟していた。実を言うと日吉はどうやれば地上に「帰還」できるのかもよく分かってい

ないのだが、あまり深く考えはしなかった。

 周囲を見渡し、まずは上に行くか此処に留まるかでしばし悩む。宇宙人の狙いはこの倉庫の中だろうと察し

がついている以上、留まるのが良策だろうか。しかし上にあがれば連中が「何処」から現れたのか知ることが

出来る。むかしと違い、いまの自分は敵がどの方角から攻撃を仕掛けてきたのかを知識として持っている。突

如天空を切り開いて出現した―――との人々の証言が真実であれば、連中が<ゲート>を用いて転移してい

たかの判別もつくと言うものだ。

 行くか残るかで止まった日吉の鼻先三寸を誰かの影が過ぎった。

(―――?)

 向こうからは当然、日吉は見えていない。幽霊に等しい己の前を通過した人影は例の倉庫の前でヒタリと立

ち止まる。眼鏡をかけた何処にでもいそうなサラリーマン風の男。しかし身ごなしは素早く、足音も小さく、よく

よく見れば只者ではないだろうことが感じられる。

 彼女は知らぬことだったが、彼は例の「運び屋」であった。男はさり気なく辺りに目を配り忘れ物を取りに来

た風情で佇んでいる。倉庫だけでなく、個人客の荷物も詰め込まれているので観光客が船員に頼んで物を出

してもらうことも時にあった。故に近くを通り過ぎる乗務員たちも然程気にせずに彼のことを見過ごしている。

日吉だけがじっと彼の行動を見詰めていた。

 やがて男はポケットからそっと鍵のようなものを取り出す。鍵―――と見えたものは単なる針金だった。器用

にも鍵穴に差し込んで動かすこと数回、カチリと音が鳴って扉が僅かに動いた。

(嘘―――っ、あんなんで開いちゃう訳っっ!?)

 幾ら10年前でセキュリティがなってないと言ったって、あまりにも見事すぎる鍵開けの技術だ。

 男はゆっくりと扉の中に消えていった。慌てて日吉も後を追う。いまなら入れるかもしれないと考え―――そ

の考えは正しかった。先刻までのような障害物を感じることもなく身体は戸の中へと飲み込まれる。

 同時に。




 足元をすり抜ける。

 小さくて可愛らしい、細かな鈴。




(………あれ………?)

 記憶にかかる。

 赤いリボンをつけて凛と鳴る。小柄なペットにつけたら丁度良さそうな小指の先ぐらいの大きさの鈴。

 鈴はコロコロと転がって部屋の隅の暗がりへと消える。それに手を伸ばして扉が閉まる直前に滑り込んだ小

さな影もまた、共に室内の闇へと消える。

 首尾よく室内へ入り込んだ日吉だがしばし当惑の色を濃くして佇んでいた。

 何か、がこころに掛かる。何か、までは分からなくとも。何か、いま目を引いたものが重要な鍵となるだろう、

という予感がして、予感は妙に不安な心持ちにさせた。

 眼鏡の男が室内の電気をつける。驚いたことに、既に先客がいた。学生服を着込んだり、よれよれのじいさ

んだったり、ふたりとも実に「個性」のない顔立ちをしていた。おそらくは無個性こそが彼らの売りなのだろう。

この場に漂う如何わしい雰囲気から彼らの正体を薄々ではあるが察することが出来た。

「遅かったな」

 老人が手を上げればすまん、と眼鏡の男が笑った。

「上の様子はどう?」

「ああ、みんな暢気に観光してるよ。これから何が起こるかも知らずに、な」

 学生服の問いにサラリーマンが低く応える。

 彼の答えはひどく不快だった。彼らはあの悲劇を全て察していたと言うのだろうか?

「これを無事に届けさえすれば………俺らの身の安全は保障される。ったく、クライアントも何だってこんな面

倒くさい真似するかねぇ」

「だよなー、自分で持ち運びすりゃあいいのによー」

「余計な口を挟むな。彼奴らの意向は我らが関知するところではないよ」

 若輩者ふたりの会話を老人がたしなめる。

 そっと室内の様子を窺う。電球が1個しかないために暗い部分はよく分からないが、乱雑に木箱やダンボー

ルが置かれていて、全ての中身を確認するのは難しそうだ。三人は奥の方でそれぞれ手近な木箱に座ったり

壁に寄りかかったりして寛いでいる。

(この部屋のどこかに―――ブラック・ボックスが………)




 ―――「無事に届ける」。

 ―――「持ち運び」。




 会話の中身から察するに、コイツらは映画や小説の中で見かけたことのある「運び屋」とやらの一種なのだ

ろうか。危険なものを依頼主のもとへ送り届け、見返りとして大金をせしめるらしい。果たして貨物の中のどれ

が彼らの扱う「商品」なのか、逐一確認している時間は残念ながらなさそうだ。

(いま、俺に思いつける「危険物」って言ったらブラック・ボックスぐらいなんだケド)

 眼鏡の男がゆっくりと煙草に火をつけた。

「しかし………俺らと同じ船に乗り合わせた客は不運ってものだな。あとでゆっくり連中の餌にされるとも知ら

ずに」

「でもぼくらはこの部屋に居れば大丈夫。対象からは外されているからね………でも、あいつら、これを運ん

で何をしたいのかなぁ」

「喧しいぞ、ふたりとも。所詮は異星人、我らとは考え方も感性も異なるのだろうよ」

 物陰に身を潜めていた日吉は僅かに目を見開いた。

 彼らの―――彼らの「依頼主」とは即ち、「異星人」のことなのか。

 かつての戦いにおいて地球人でありながら宇宙人に情報を進んで売り渡していた連中がいたとは聞いたこ

とがある。自らの身の安全を保障してもらう代わりに地球側の情報を逐一報告する内通者となるのだ。家族

や友人を盾に取られたり、必要に迫られて情報を手渡さざるを得なかった者たちもいたと聞く。しかし、ただ只

管に我が身かわいさゆえに仲間を売った人間だけは到底認めることが出来ない。敵側に情報が漏れてしまっ

た所為で多くの命が失われた………眼前の三人はとてもじゃないが「仕方なく」、「必要に迫られて」宇宙人に

取り入っているとは思えなかった。

 拳を強く握り締めれば仮想空間には存在しない筈の血が手を伝ったようだった。

 同時に首を傾げる。彼らの話は「史実」と一致しない。この船は敵の攻撃により沈没はしたが、客が「餌にさ

れ」たことはなかった。彼らの勘違いなのか、予想外のアクシデントが起こったのか、そもそも敵の言葉を信

用するのが間違いなのか。

 老人が腕時計を見て笑みを濃くした。




「時間だ」




 ―――直後。

 激しい揺れが船を襲った。




(………!!)

 慌てて膝をつき壁に手をかける。男たちも同様に周りの機材にしがみ付いていた。

「おいおい、随分ハデじゃないか」

 茶化したような口調ではあるが眼鏡男の顔には冷や汗が流れている。上から逃げ惑う足音、観客を避難さ

せる船員の声、子供の泣き声などが聞こえてくる。流石にバツの悪い顔で三人は顔を見合わせると乾いた笑

いを浮かべた。

「はっ―――もう少し静かに食えないのかね、連中は」

「全くだ」

 対岸に着くまでに船内の人間は粗方亡くなっているだろう。自分たちはさいわいにして難を逃れた観光客を

装って雑踏に紛れ込む。依頼主からの商品はその時に持ち出して次の打ち合わせ場所まで運ぶ手はずを整

えてあるし、先方にもその旨を伝えてある。だから少なくとも自分たちは大丈夫。大丈夫なんだ。

 互いに確認しあう男達は嫌な予感にかられているようだった。

 鈍い衝撃が天井間近で響く。

 学生服の男が青ざめた顔で急に辺りを見渡した。

「どうした?」

「何だ………? 何か、変な音がする………!」

 彼の言葉に他のふたりも顔を見合わせると、しばし目を閉じて耳をすませた。日吉もそれに倣う。確かに、船

のエンジン音や外部からの攻撃とは異なる硬質な澄んだ音色が何処かから響いていた。

 ―――至近距離で。




 ィイ―――ン………




 鈴の音や鐘の音よりも尚高い、静かに打ち響いていたそれは徐々に強さを増してくる。

 辺りの木箱やら機材やらを手当たり次第ひっくり返し始めた三人は、やがて思い至ったかのように一番奥底

からこじんまりとした白木造りの箱を取り出した。緊張の面持ちで蓋を外す。

 そこには。




 紛れもないブラック・ボックスが静かな黒い輝きを増しながら仕舞われていた。

 先ほどから鳴り響く不可思議な甲高い音色を携えて。




 頭上から響く衝撃が回数を重ねる毎に黒い小さな結晶体も輝きを増していく。その明滅のテンポは間違いよ

うもなく外からの攻撃と連動していた。

「こっ………こいつ、シンクロしてやがる………!?」

 衝撃が船を揺らす度にブラック・ボックスは甲高い鳴き声を大きくしていく。




 ―――ああ、そうか。連中の真の狙いはこの箱を運ぶことなんかではなく。

 その場の誰もが同時に確信した。

 彼奴らの狙いは『これ』だったのだと。




「捨てっちまえ、こんなもの!!」

 男が叫ぶ。同時に、壁に叩きつけるべく腕が振り上げられた。

 しかし船を直撃した震動と、大きく明滅した耳を劈くブラック・ボックスからの悲鳴が辺りを切り裂いて彼の行

動を阻止した。腕をすり抜けた黒い立方体はコロコロと床の上を転がりながら絶えず鳴き声を上げ続ける。耳

障りなその音階は徐々に周囲の人間の平衡感覚を奪っていくかのようだった。

「くそ―――鳴り、や、め………!」

 三人が順に膝をつき、頭を抱えて蹲る。<現実>には存在しない筈の日吉ですら頭が痛くなってきたのだ。

実際に体感したらとてもじゃないが無事では済まないだろう。何処か遠くで船員たちの絶望的な叫びが聞こえ

る。ついに敵の攻撃によって船体に穴が開き、浸水が始まったのだ。間もなく多数の観光客を乗せたこの船

は湖へと沈むだろう。救命信号を受けて駆けつけた他の船の多くも巻き添えを食らって沈没するだろう。




 ―――<熱蒸気船の悪夢>の名に相応しく。




 男達は地に伏せて動く様子もない。衝撃に伴い世界が縦に、横に、激しくぶれる。ブラック・ボックスはいよい

よ輝きと唸り声を増して辺りに闇の光を投げかける。身体に感じる重圧や歪んだ視界がやたら不安を掻き立

てる。妙な感覚だ、まるで、この場所自体が歪まされてしまったかのような………。

(―――『空間』を?)

 閃きが生じた。幾つかの符号と情報。10年前の敵といまの敵との相違点。互いが求めるブラック・ボックス、

それに対する扱いの違い。何故に<かつての敵>はこの箱を持っていて<いまの敵>は持っていないのか。

以前から囁かれていた噂―――10年前に襲来した敵といまの敵は異なる勢力なのだと。

 もしも。

 もしもいま脳裏を掠めた考えが真実ならブラック・ボックスは―――いや、ブラック・ボックスと、そのために引

き起こされた10年前の三大悲劇は全て。




 ―――全てが壮大な『実験場』だ。




 リン………と。

 部屋を埋め尽くす甲高い音の嵐の中、全く異なる響きに我に返る。揺れる世界の中、金色の小さな鈴が揺

れに従って床を転がってゆく。

 日吉以外は気付いていない鈴は転がり続け、やがてブラック・ボックスの間近に来て静止した。それを追って

たどたどしい足取りで―――未だ幼い歩みで、フラフラと誰かが木箱の陰からまろび出る。ようやっとまともに

歩けるようになった年齢、少し伸びた髪の毛を襟足で結び、同年齢の子供と比べても大きな瞳と耳をした幼稚

園児くらいの―――………。




(オ、レ………?)




 ―――眩暈が、した。




 手を伸ばす。転がり落ちた鈴へ。未だ鳴り止まない黒い輝きへ。

 耳鳴りが酷い。辺りはもはや完全に『歪み』始めていた。直線で構成されるべき壁や扉、木箱などが歪曲し

て樽状に見える。倒れ伏した男たちの身体が魚眼レンズを覗いた時のように丸くひしゃげている。きちんと『現

実』の姿を保っているのは幼い子供しかいない。

 何も分からぬ風情で子供は小さな手をそっとブラック・ボックスに触れさせた。

 何の意図もなく、何の思惑もなく、ただ、ただ。

 黒い輝きに興味を持って、世界の理をやたらと知りたがる幼い子に特有の性癖の促すままに。

 ―――細かな指先が掠めた。

 次の瞬間にそれまでで最大の衝撃が船を揺るがす。一層輝きを増したブラック・ボックスは甲高い悲鳴と共

に内側から突如として純白の光を吐き出した。

 無機物が奏で出す金切り声。

 外部からの攻撃が世界を揺らす度に其れは輝きを強め、溢れ出した光の洪水は部屋を埋め尽くす。目を開

くことさえ覚束ない目映い世界の向こう側、白い光の中、確かに日吉は其処に佇む影を見た。

 鏡のように対称な別世界が覗いている。差し出した右手に返される鏡の中の左手。違う世界で同じ姿勢で、

違う瞳で同じ顔で、僅かに接したてのひらから互いの存在を知覚している。




 あどけなく微笑む幼い自分に―――鏡像は、『笑い返した』。




(………………!!)

 声にならない悲鳴。

 そうだ、自分は、この光景を―――覚えている。

 鏡に映った自分が自分とは異なる表情で笑う。幼い頃の夢想だと思い込んでいたのに。




(違う―――俺は………、俺は………!!)




 頭を抱えて蹲る。

 敵の攻撃が上階の床を打ち砕き衝撃が直に部屋を襲う。白い光が輝きを失ってゆく。砕かれた船底から雪

崩れ込んだ水が室内を浸して。

 飲み込まれる寸前、何者かの意識が突如として脳内に割り込んだ。




『しっかりしろ―――逃げるんだ!!』




 ………。

 逃げる………。




 逃げるって―――何処へ?




 聞き覚えのある声に強く身体が引きずられる。

 頭が痛い。何も考えたくない。誰かが自分の腕を掴んで<此処>とは違う<何処か>へ己を連れて行く。眼

下に広がるのは沈み行く船と逃げ惑う人々、助けに駆けつけた他の船が巻き添えを食らい沈没し、湖上が炎

で彩られる10年前の悪夢。

 あそこにいたのは自分だ。あそこには母もいた。多くの名もなき人々がいた。

 そして。




 ―――つい先刻。

 この世界での『存在』を認められたばかりのモノが己と同じように波に飲まれていた。




 泣きたかった。遠ざかる過去の<記録>を見ながら、思い切り泣いてしまいたかった。

 けれど、泣く訳にはいかなかった。何故なら、それは。




 あの日。

 あの悲劇が起きた日。

 乗り込んだ観光船で―――母親にもらったお気に入りの小さな鈴、ふとした瞬間に零れ落ちたそれを追い

かけてたどり着いた船室で、閉まる扉も、不審な男の姿も自身の立ち止まる要素には成り得ず、偶然か必然

か紛れ込んだ薄暗い室内で、かわされる言葉の意味も知らず木箱の影でぼうっとしていただけの自分が。

 攻撃が始まって再び転げ落ちた鈴を追いかけた幼い日の愚かな自分が。




 一体何を仕出かしたのか………漸く、わかったからだった。








「―――!!」

 背筋を駆け抜けた悪寒に寝入っていた身体が反応した。飛び起きて。薄暗い、ろくすっぽ明かりのない室内

で己の荒い呼吸音だけが響いている。背中を流れ落ちるのは冷や汗だ。

 ただの夢? ―――そうじゃない。




「………まさか」




 秀吉は呟いた。

 天回によって黒い岩石のある部屋に『その日』が来るまで同調率を上げておくがいいさと投げ込まれ、光も

なく、岩の旋回する音だけが不気味に木霊する中に取り残されて幾日経っただろう。逆らう気力も湧かず、珍

しくも途方に暮れていた。年の暮れの大崩壊は予想以上に己の精神に打撃を与えていた。

 上体を起こし、膝を抱えて座り込む。睨みつける先にあるのは此処と外界を隔つ<結果>だ。

 先ほどの感覚には覚えがある。あれはいつのことだったか、おそらくは自分がこの基地に来てしばらくして

から、誰の許可も取らずにこっそりとこの部屋に忍び込んだことがあった。新参者が立ち入りを禁じられてい

る場所に何があるのか単純に興味を抱いた。

 其処で見つけた、中空で回る黒い岩石に―――。

 思わず手を伸ばしたのは正解だったのか間違いだったのか、判ずることは難しい。

 そして秀吉は<過去>の記憶の数々、歴史の裏側の事実、<かつて>の敵の目的、<いま>の自分が存

在する理由―――原因、知らずにすめばしあわせだったろうものを一気に脳みそに叩き込まれた。混乱する

頭で導き出せる結論や決意や意志なんてあまり多くはなくて。




「―――まさか」




 もう一度呟いた。

 眠ってたってわかる。あれは<時間震動>だ。きっと何処かの馬鹿が慣れもせぬ時間転移を試みたに違い

ない。

 何処の誰が何を行おうと知ったことではないが、唯一気に掛かるのは、震動の中に僅かに感じた気配のこ

とだ。否定したいこころとは裏腹に頭が冷静に状況を判断している。よもや、間違えることはあるまいと。

 己が、『彼女』を取り違えるはずはあるまいと。




 ………チクショウ、と。

 もし彼女が過去を察してしまったならもうどうしようもない。隠してたって何にもならない。きっとすぐにでも動

き始めてしまうだろうから。

 呟きは外に漏れ出すことなくさして広くもない室内でもがいて消える。

 こんなところに蹲っている場合ではないと、閉じ込められてから初めて彼の瞳が輝きを強めた。




 そう―――黙って成り行きを見ているだけではいられない。

 奴らとの戦いは、もう、すぐなのだから。

 

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とりあえず駆け足で必要最低限の説明を終了〜。おかげで訳のわからない仕上がりになりましたv(爽やか)

↑ 全然ダメじゃん………(汗)。

 

ひよピンが過去の世界で見たのは、船に積み込まれていたBボックス(ブラック・ボックス)の存在と、Bボックスが

敵の攻撃に反応を返した現場に自分もいたという事実でした。

もともと過去世界における宇宙人連中の目的はBボックスの反応を引き出すことにあったらしく―――つまり、

運び屋の連中は宇宙人に騙されていたのですね。自分たちだけ攻撃されずに済むなんてぇうまい話が

転がってる訳もなく、沈み行く船に巻き込まれて以降、行方知れず。10年経っても所在不明。

まぁ、味方を売った人間の末路なんてこんなもんやネ☆ ← ひどくアッサリ。

Bボックスを使って敵方が何をしたかったのかは全て「壮大な実験場」という言葉で表すことが出来ます。

詳細は―――追い追いご紹介できればいいかなぁと………できないかもしれませんが………(待て)。

 

今後のポイントは何かを察したらしい秀吉がどう動くか、です。

けどその前に助けに来た総兵衛と助けられた日吉の決着をつけんとナー(笑)。一応『コロクンガー』界の

根本世界設定を語って頂く予定でやんす。そんなん話している間にも地上に残されたひよピンの身体は

ますますリバウンド受けてヤバイ状態になるかと思われますが、取り合えず無視して話を進めますんで

ひとつヨロシクお願いしますネv(笑) ← お願いされても………。

 

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