「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

18.orange

 


小さな肩に背負い込んだ 僕らの未来は

ちょうど今日の夕日のように 揺れてたのかなぁ




イタズラな天気雨がバスを追い越して

オレンジの粒が街に輝いている

遠回りをした自転車の帰り道 背中にあたたかな鼓動を感じてた








 本当は、泣いてしまいたかった。

 けれど、ここで泣くのは違うだろうと思った。ひとり何も知らされず、知ろうともせず、疑問も抱かずに守ら

れて、穏やかな生活を送っていたくせに更に泣こうだなんておこがましく感じられた。

 ぐっと零れ落ちそうになった涙を堪えてヒナタは正面に座ったヒカゲを見つめる。

 場所は防衛隊仮基地の一室、夜も更けたいまならば見回りの人間すらなかなか立ち寄りはしない。双子

の姉の静かな表情を窓から差し込む月明かりだけがおぼろげに浮かび上がらせている。




「それじゃあ………わたしたちも、日吉たちも、そうやって此処にやって来たの?」




 尋ねる声が震えていなければいいと思った。

 多分、無理だったろうけど。




「―――そうなるわ」




 ヒカゲの声は淡々としている。繰り返しになるけれど、と彼女は前置きした。

「10年前の三大悲劇に関わっているのがそもそもの証拠なのよ。琵琶湖では日吉と秀吉が、飛行機事故

ではわたしとあなたが、そして、蜂須賀村ではブラック・ボックスが不発だったため何も起きはしなかったけ

れど………そうね、もしかしたら、五右衛門が『そう』なっていたのかもしれない」

 あの時あの町にいた人間の中では一番オリハルコンとの同調値が高かったはずだから、と。

 蜂須賀村では何も起きず、故にブラック・ボックスは地中に放置されたまま眠っていた。それをわざわざ宇

宙人連中が掘り返しに来たのは単なる気紛れでも何でもなく、彼らの科学力では未だあれに準じた道具を

作り出すことが出来ないからこそ、先人の知恵を入手しようと企んだのだろう。

 彼らがブラック・ボックスを防衛隊に預けたままにしておくとはとても思えない。さいわいにして、研究機関

にて解析中のブラック・ボックスは無傷の状態で保管されているけれど、

「いつ狙ってくるか分からない」

 と、ヒカゲは語る。

 しばしの沈黙の後でヒナタは少し遠慮がちに問い掛ける。

「いま話してくれたことって―――他に、誰か、知ってるの?」

「敵は確実に知っているけれど」

 僅かに双子の姉は眉根を寄せた。

「きっと秀吉は知ってるわ。だから彼はあそこにいるの。それに―――多分いまは日吉と、あと、教授や総

兵衛も」

「教授も?」

「正確には総兵衛が察したんでしょうけど………仕方ないわ。マナ病の患者は時空波動の揺らぎに敏感

だもの。意識不明で入院していた時に何らかを察知したのかもしれないわ」

 あくまでも推論に過ぎないが、おそらくその上で彼らは誰にも真実を語らずに黙秘を続けている。

 その内にある思いは自分と同じなのだと願いたい。

「………どうすればいいのかな。やっぱ、何もしない訳にはいかないよね?」

 泣きそうな顔でヒナタは微笑んだ。何かしなければならない立場が怖いという想いも多少あるけれど、そ

れ以上に胸を焦がすのは何をなすべきなのか全く理解していない己の至らなさだ。

 どうして何も出来ないんだろう、どうして何もしてこなかったんだろう、半身であるヒカゲや秀吉は影で苦労

してきたというのにと、後悔や慙愧の念ばかりが身の内を掻き立てる。

 慰めるようにヒカゲは向かい合った妹のてのひらを両の手でそっと包み込んだ。

「焦る必要なんてない。わたしたちが呼ばれる<時>は必ず来るわ」

「本当?」

「ええ、本当よ。もし秀吉の考えが上手くいって―――彼がねじれた世界を以前と同レベルまで戻したいと

願うのであれば………」




 わたしたちがいなければ始まらないから。

 ブラック・ボックスの影響を受けた双子が揃わなければいけないから。




 やっぱり泣き笑いのままヒナタは目元を少しこすった。

「ごめん―――ヒカゲちゃん。少しだけ、ほんと少しだけなんだけど」

「なぁに?」

「泣いても………いい、かな。おかしいよね、ヒカゲちゃんはずっとひとりで悩んでて、でも、泣いたりなんか

しなかったのに」

 あたしばっか弱くてイヤだなぁ。

 言う先から止まらない雫が瞳から溢れ出す。照れたように、鬱陶しそうに零れ落ちるそれらを荒っぽく掌

で拭いながらどうにか彼女は笑ってみせる。

 むしろその態度や表情こそが胸に痛くて、泣きたいと感じることもなく、たとえ感じていたとしても涙が枯

れ果ててしまったに違いない片割れは穏やかな笑みを頬に刻んだ。

「泣ける時に泣いておいて。………わたしの、分まで」




 そして、きっと。

 泣きたくても意地でも泣けない秀吉の涙は代わりに日吉が流すのだろう。








「さよなら。」と言えば君の傷も

少しは癒えるだろう?

「あいたいよ………。」と泣いた声が

今も胸に響いている








「………」

 何から話せばいいのか分からない。

 シールドの張られた屋上は外気温の割りに寒くないけれど、ひどく手持ち無沙汰で柵に両腕を預けたま

ま意味なくてのひらをこすり合わせた。視線の先では同じように秀吉が無言で夜空を見上げている。

 どうしてこんな処にいるのか、此処に何をしに来たのか、聞いてみたいのに言葉が出てこない。

(また無茶しようとしてるんだろうな)

 それだけは確実でそっと日吉はため息をついた。

 彼が此処に来た理由、会いに来た理由なんてちょっと考えれば分かる。分かるけど認めたくなかった。

 左手に佇む兄の横顔を見つめ、不意に逸らした視線の先、掠めた藤色の紐に気付く。知らず、頬が緩ん

だ。




「―――それ」

「ん?」

「使ってくれてるんだ………下げ緒」

「ああ」




 ようやっとこちらを振り向いた秀吉が微かに笑みを覗かせながら腰の刀に手をやる。去年の初夏、初め

て迎えたふたり揃っての誕生日に日吉からプレゼントした下げ緒はいまでも変わらず彼の刀に結び付けら

れている。

 あの時はこんなことになるなんて夢にも思わなかった。




「お前こそ。俺のやった首飾りつけてるだろ」

「うん」

「助かった。なかったら本当に―――危なかった」




 僅かに瞳を揺らして彼はまた視線を正面の夜景へ戻してしまう。勿体無いなぁと思った。こっちを見てくれ

ればいいのに。そうしたら、自分も飽くことなく彼を見つめることが出来るのに。

 いまでもくだんのペンダントは日吉の胸元に隠されている。

「俺がお前からのプレゼントを手放すはずないじゃん?」

「なら、俺だって手放す道理はないさ」

 共犯者の笑みを揃って閃かせた。

 視線が繋がって、途端にどちらも黙り込む。ややもして瞳を逸らしたのは秀吉が先で、僅かな落胆を覚え

ながら日吉も一緒に空を見上げる。大崩壊に伴い都市の明かりが減った所為で冬の星空はやたらと鮮明

だ。北天の星並びを数えてみたところで神経の大半は傍らの人物に注視している。

 ポツリ、と秀吉が問いを発した。




「………どこまで<視>えた?」




「たぶん―――秀吉が知られたくないなぁと思うぐらいには。総兵衛に捩れた世界の説明をされるぐらいに

は………ね」




 球形の世界を見せてもらったよ。いま『この世界』が歪み始めていることも知ったよ。

 何より、自分たちがとんでもないことを仕出かしてたらしいことも知ったよ。

 器用にも柵にひじをついて、あごの下に両腕を挟み込む。金属製の柵は冷たくて、上着を着てくるべきだ

ったかと日吉にため息をつかせた。

 そうか、と答えた秀吉は空を見つめたまま動こうとはしない。

 何かもっと話すべきことがあるだろう?

 時間がない。

 だのに、自分たちは大切なことのひとつも言い出せないままでいるのだ。

(でも………言えやしない、よね)

 秀吉が来た理由を察している。それゆえにどちらも切り出せずにいる。




 これが最後だなんて。

 誰も、誰も、感じたくなんかないのだ。




 妙に切ない気分で日吉はそっと瞳を閉じた。








不器用すぎる二人も 季節を超えれば

まだ見ぬ幸せな日に 巡り逢うかなぁ

なんとなく距離を保てずに はにかんでは

歯がゆい旅路の途中で寝転んだね










 辺りに気を配りながら塀を乗り越える。仕込まれた電流も監視の目も回路に侵入して一時的にダウンさ

せた。起動していない微かな間を付いて突入するしかない………交渉は決裂したのだから。

 素早く庭を横切って邸内に侵入する。

 交渉が失敗した場合、手荒ではあるが首脳陣を捕獲させてもらうというのが司令からの通達だ。空とぼ

けた黒田が電話で敵の気を引いてくれている間にとっとと行動に移させてもらおうじゃないか。遠い異国の

空で並び立ったふたりは薄っすらと笑みを浮かべる。




「ご協力感謝するわ。日本からの直行便じゃ疲れてるんじゃない?」

「いんや? そーでもないよ。むかしからこういう任務には慣れっこなんでね」




 片手に銃を構えて廊下を窺っている加江に五右衛門は笑ってみせた。

 いきなり国際電話で師匠に呼びつけられた時はかなり面食らった。あの服部半蔵ともあろう者が大崩壊

に巻き込まれて死ぬとは露ほども考えていなかったので、生きていたこと自体は問題ない。ただ、それが

国際通信で、しかもいきなり「ヨーロッパに飛べ」といわれたから驚いたのだ。「明日の22時までには到着し

てろ」って、そりゃあ現地時間でかい? と思わず腕時計を確かめたものである。

 空港について出迎えてくれたのが加江様で、更には「これから首相官邸に突入よ」とあっさり宣言されて

時差ぼけなんかどこかへ吹き飛んでしまった。どうやら此処での交渉は決裂したらしい。軍部は協力を確

約してくれたのだが………。




「どこも同じね。やっぱりTOPは洗脳されたままでいるの。だから」

「悪役を演じてかっさらえって? ま、仕方ないかねー。歴史じゃクソミソに書かれそーだけど」

「歴史上の役割なんて生き残ってから考えればいいでしょ?」




 そう言って加江が笑みを閃かせたのが数時間前の出来事である。

 本来なら五右衛門は日本を離れる訳にはいかなかった。けれどコロクンガーは調整中だし、信長も日吉

も怪我をしているしで、実働部隊は開店休業中に等しかった。しばらく全体として身動きが取れないのなら

個別に出来ることをやるしかなくて、もしかしたら服部はそんな五右衛門の立場や心情も見越していたの

かもしれない。

「悪いけど数日後には帰らせてもらうぞ? そろそろ実働部隊に指令が来そうなんでね」

「それまでに担当国は終わらせたいわね………!」

 廊下の角から角へと移動して見回りをやり過ごす。ターゲットの部屋に到着するまでは騒ぎを起こしたく

ない。邸内に内通者もいるから首相をかっさらい隠し通路から逃げるための手はずも整っている。国内TO

Pが行方を眩ますことについては副首相が適当に取り繕ってくれるはずである、が。

 並んで走る一時的な相棒を見て、さり気なく五右衛門は口火を切った。




「でもよ、焦って終わらせる必要………ないんじゃねぇ?」




 驚いたのか一瞬、加江の足が止まる。しかしすぐにまた変わらぬスピードで走り始めていた。ひっそりと

落とした声に疑念を滲ませて。

「―――どうして?」

「急ぐ任務だからって慌てる必要はないっしょ? 先進国のTOPが消える期間は出来るだけ短く、しかも、

同時にしとくべきだ。俺たちだけ先走ったって他六カ国の準備が整わないんじゃ意味はない」

「フライングは不要ってこと?」

「そう」

「でも、捕らえられる内に捕らえておくべきだわ」

「洗脳解除の方法も確立されてねぇし、危険を伴う時間は短けりゃ短いほどいいんだ。数日でカタがつかな

きゃ俺は帰還するし、そしたらさ」

 ―――珍しく突っ走ってるよなぁ、加江様。

 久しく見なかった好戦的な知り合いに対して言葉を重ねた。




「竹千代を呼んでまた最初っから交渉すりゃーいいんだ」

「!」




 今度こそ完全に加江の動きが止まった。

 シン、と廊下は不気味なほどに静まり返っている。

 しばしの沈黙の後にようやっと、という感じで加江は口を開いた。瞳は真っ直ぐに通路の先の暗闇を睨み

つけている。




「………あの子は呼ばない」




 別に何でもないことなのだ、と言うように。返答までの時間がもっと短ければあるいは「そんなもんかね」

と納得させられたかもしれないけれど、彼女の性格を思えばいまの科白が本心からではないことぐらい誰

だって簡単に見抜けてしまっただろう。

(素直じゃないねぇ)

 俺もヒトのこと言えないけど、と僅かに自嘲する彼の前で彼女は続ける。

「もともと小学生が口出しできるような世界じゃないのよ。いままでが特異すぎたんだわ。あの子は安全な

場所で将来の日本でも憂えていればいいの」

「あいつがいま一番憂えてるのは加江様の安否だと思うけど?」

「………行くわよ。無駄話はもうお終い」

 先だっての事件で生じたふたりの関係の微妙な変化、それが吉と出るか凶と出るか―――現時点では

予断を許さないけれど、変化しないよりは動きがあった方がいいんじゃないかと思う。

 だから、振り返りもせずに駆け出した加江の後ろに大人しく従いながら、

(―――いつ竹千代を呼び出すかな?)

 そんな不穏なことを五右衛門は密かに企んでは笑みを零すのだった。









「さよなら。」といえば君の傷も

少しは癒えるだろう?

「あいたいよ………。」と泣いた声が

今も胸に響いている











「―――これから、どうするの?」

「………」

 日吉の問い掛けに秀吉は答えなかった。

 どこかから救急車のサイレンが聞こえてくる。半ば倒壊した町並みから覗く僅かな光の数々がささやかに

地上を照らし出している。相手の反応にもめげずに日吉が言葉を重ねる。

「此処に居なよ、秀吉。殿だって、五右衛門だって、司令だって、みんな話せばわかってくれるよ。お前ひと

りが無理する必要ないだろ?」

「ダメだ」

 間髪入れずの拒絶。

 ふっと面を上げ、身体を返して柵に上体を寄り掛からせたまま、静かに秀吉が日吉へと視線を流す。

「今更戻るつもりはない。防衛隊にも―――地上にも」

「どうして」

「どうしたって、ダメなもんはダメだ」

 口元を掠めたのは明らかな自嘲だ。




「此処は………俺の居場所じゃない」




 日吉の顔が悲しげに歪んだ。そんな表情をさせないよう行動してきたはずなのに、どうして俺はコイツを

悲しませてばかりいるんだろう、と秀吉は考える。泣き出す一歩手前の表情、きつく柵を握り締めて日吉が

声を落とす。

「そんなコト、言うんだ? 立場なら一緒だろ? なのに、片棒も担がせてくれないんだ………」

「協力なんて誰にも頼まない。全部、俺ひとりでやる」

 日吉相手なら尚更に頼れない。

 自分が上手く片付けたならこの半身にはこれまでと変わらぬ日常が約束されるはずだから。




「ウソつくなっ!」




 バン! と珍しくも振り上げられた日吉の腕が相手の肩を揺らす。

「少なくとも総兵衛は知ってたっ。教授だって知ってる! 影ながら協力してるんだ、知らないなんて言わせ

ない!」

「向こうが勝手に察したんだ。俺はバラしてない」

「でもっ………」

 強い瞳で睨み返されて日吉の言葉が喉に飲み込まれて消える。




「俺が、ひとりで、やるんだ」




 一言一言、かみ締めるような口調で語る。自分自身にも言い聞かせるかのように。

「間違えるな。俺とお前の立場は同じじゃない。ましてや、ヒナタやヒカゲと重なるハズもない。あいつらは

ひとつをふたつにしただけだが―――俺たちは独立していた『互い』を引き寄せて、関わるはずもなかった

世界を『交錯』させたんだ」

「………ちがう」

「そして、『この世界』での『異邦人』は―――俺だ」

「ちがうっ」

 お前じゃないんだと。

 繰り返し、説き伏せるように、理解してくれと頼み込むように。

 続く言葉を日吉は一生懸命に否定する。

「ちがうだろっ、お前はもう此処にいるじゃないか! だったらもう関係なくなんかないんだよ!」

「歪んだ世界は正さない限り壊れるしかねぇんだ! 総兵衛にも言われたんだろう!?」

 舌打ちして秀吉が声を荒げる。

 影で握り締めた拳が細かく震えていた。

 頼むから決心を揺るがしてくれるな、と相対する者に情けなくも懇願しながら。

「歪みはひとつでも正しておくべきだ。この世界にどれだけの異分子が紛れ込んでると思う? 天回も、マ

ナ病も、クオ・ヴァディスも、オリハルコンも本来なら無くていいものなのに―――俺がその最たるものだ。

いま直しておかないと際限なくなるんだよ!」

「秀吉がやる必要なんてないっ」

「適役は俺だ」

「そんなのヤだ!」

「俺が還れば流れは逆転する―――お前だって分かってるんだ………!」

「イヤだったら、イヤだ………っ!」

 とうとう堪えきれなくなった涙が日吉の目から零れ落ちた。

 一番見たくなかったものを、よりにもよってこんな時に見てしまったと、秀吉はまた舌打ちする。

 涙を流しながらも真っ直ぐこちらを睨みつけてくる相手に腕を伸ばし、そっと、できる限りの優しさで引き

寄せた。己の肩口に感じるあたたかな雫が遣る瀬無い。もう少しだけ勇気を出せと自らを叱咤して。




「―――すまない」




 搾り出した声はとても小さかった。それでも、抱きしめあったこの状態なら日吉にも聞こえるだろう。




「俺は………こんなことを言いに来たんじゃないんだ」




 自分の立場がどうとか、世界が危ないとか、今更そんなどうしようもないことを話しに来たんじゃない。

 ただ、心配だった。過去へ潜るなんて無茶をした彼女が入院したと知って肝が冷えた。不安になった。彼

女が生きてなければ自分の行いなんて何の意味もない。すべてを知られたならば彼女が次にとるだろう行

動も簡単に予想できて、巻き込まないためには急ぐしかないんだと焦った。だから、無事を確認できたなら

もう、それでいいからと後先考えないで基地を抜け出した。

 だから。




 ―――どうして気付かないんだ、日吉。

 本当に『世界を正す』なんて大それた計画を実行するのであれば、脱走なんかするべきじゃなかった。日

吉の生死なんて気にせずに大人しく捕まって機を窺っていればよかった。

 それをしなかったから、ほら。

 とっくの疾うに計画は破綻している。




 ………だから。

 此処に来たのは単純に、彼女の無事の確認と、後は。




「―――天回は俺が倒す」




 動揺して面を上げようとした身体を無理矢理抑え付ける。いいから黙って最後まで聞いておけ、と。

「それぐらいはやっとかないとな。でもって、それが出来たら………後は信長様たちに任せるさ」

「秀吉………で、でも」

 慌てて日吉が顔を上げる。今度は秀吉も止めようとはしなかった。

「お前、地上にいるじゃないかっ。俺と会ってるし………! バレてる! 絶対バレてる!」

「まあ―――バレてるだろうな」

 流石に連中もそこまでバカじゃない。秀吉の裏切りなんてもう気付いているだろう。

 殺したハズの妹が生きていた上に、その妹の安否を気遣って脱走までしてしまったのだから。

 乾きかけていた涙を再び滲ませて日吉が必死に相手の上着を握り締める。

「ダメだ、秀吉! 此処に………いてくれよ………っ」

「ああ、そうだな」

「―――秀吉?」

 素直に頷き返されて逆に慌てる。先刻までの話の流れから言って絶対に拒否されると踏んでいた日吉は

思い切りうろたえていて、そんな彼女を秀吉は笑って見つめていた。

 驚きの消えない間にと、もう一度だけ強く抱きしめて静かに耳元に声を落としこんだ。




「戻ってくることが―――できたら、な」




「! ひでよ………っ」

 軽く、首筋に手刀を受けて日吉が昏倒する。倒れこむ身体を上手く両腕で支えながら、本当にこれが最

後だと囁いた。

「じゃあな………もう、さよならだ」

 果たして彼女の記憶に残るかどうかも怪しい科白だけれど。

 もしも天回を倒すことが出来たならば、その足で秀吉は現世から自己の消滅を図るつもりだった。本来

なら関わった四人を揃えなければならない作業をひとりでやるのはキツかろうが、どうにかしてみせる。

 寒さに凍えないように日吉の身体を屋上の出入り口間際にあったベンチに横たえて、巡回の医師が見つ

けてくれることを期待しつつ、自分の上着を脱いでかけてやる。気絶した頬に残る涙の跡にやはり良心は

痛んだ。

 結局最後まで泣かせっぱなしだったような気がする。やきもちをやいたり怒らせたり、ついには裏切りま

で仕出かして際限なく彼女を困らせてしまった。いつだって笑っていてほしかったはずなのに。

 五右衛門辺りに言わせれば「お前さえいれば日吉はいつだって笑顔だよ」となるのだろうか?

 久方ぶりに思い浮かんだ友の言葉に懐かしく目を細めながら、周囲を駆け抜ける風に合わせてもう一度

だけ後ろを振り返る。




 妙に清々しい気分で秀吉は笑った。

 大丈夫。もう、何も怖くない。

 ポケットに忍ばせてあった銀色のリングを取り出して天空高く掲げ持つ。




「―――開け、<ゲート>」




 鈍い銀色の光が辺りを包み込んで、儚い白い軌跡を天高く貫いたのちに




 ………消えて、いった。










人波の中でいつの日か

偶然に出会えることがあるのならその日まで………




「さよなら。」 僕を今日まで支え続けてくれたひと

「さよなら。」 今でも誰よりたいせつだと想えるひと




そして 何より二人がここで共に過ごしたこの日々を

となりに居てくれたことを

僕は忘れはしないだろう




「さよなら。」

消えないように………

ずっと色褪せぬように………








「ありがとう。」

 

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作中の歌詞(斜線の部分)はSM@Pの『オレンジ』からそっくりそのまま拝借しておりますv

―――著作権侵害もいいとこだよ、自分(汗)。

『らい○んハート』のカップリング曲だったのでご存知の方も多いかと思います。ワタクシは数年前、飛行機の中で

この曲に出会って以来ずっと「後期コロクンガーのテーマソングはこれしかないゼ!」と思い込んで来たのですよーv

だから場面とか展開とかに関係なくタイトルは『orange』。もっといいシーンにしたかったのになー。 ← 遠い目

お願いしますから、どこかに密告とかしないでくださいね………は、はは(滝汗)。

まぁツッコミ受けたら適当に改変しますので。 ← 適当かヨ☆

 

思ったよりもひよピンが駄々っ子になっちゃって書いててビックリ。かなりナイーヴになってるようです。

秀吉と日吉の間でだけ意味が通じる会話をしているのでよく考えないと全く意味がわかりません(苦笑)。

とりあえず、秀吉がひとりで無茶なことしてて、無事に戻ってこられるかも分からないことを仕出かそうと

してるんだとご理解頂ければ現時点では充分かと思います。

至らぬ点はいずれ執筆予定の「謎・解説編」をお待ちくださいませv(いつになるんだ??)

 

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