「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

20.It is not the end.

 


 景色が物凄い速さで流れ去っていく。己が一度『分解』され、いずれ『再構築』される感覚は何度経験した

って慣れそうにないが、別に苦手と言う訳でもなかった。ただ、己と言う人間がバラバラにされている事実に

瞬間的に肝が冷えるだけだ。

 <ゲート>の転送技術は『分解』と『再構築』に基づいている。転送対象物を一度、素粒子レベルにまで分

解して光に乗せて運び、到着した先でまた組み合わせるのだ。ゆえに、技術が確立されるまでは時々一部を

「落っことした」り、あるいは部分的に「行方不明」になったり、異物が「紛れ込んだ」りしただろうことは想像

に難くない。

(それでも、意識は『分解』されずに残る―――魂と肉体は別物だっていういい証拠だな)

 と、自身を転送の波に乗せながら秀吉は思う。

 現在、彼の肉体は視認不可能なレベルにまで細分化されているのだが、それでも彼が『視』る世界に彼は

『存在』していて、何処から何処までが己の『領分』なのかも把握している。たとえ周囲が白一色の光に埋め

尽くされていようとも自身を構成している要素が何処に位置しているかは分かるのだ。

 そうだ、転送の原理を教授に教えておけばよかったかな………と今更ながらに考えたが後の祭りである。

 いまは事態がより切迫していた。

 遠方より飛来する圧倒的な『力』を感じる。

(―――来たか)

 意識のみの存在の秀吉は舌打ちした。このまま連中が<ゲート>転送を受け入れてくれるだろうなんて甘

い考えは抱いちゃいなかったが。




 転送中の敵を倒すための最も有効な手段。

 即ち、『再構築』の阻止。




 分解されきっている敵を構成している要素を空気中に全て『散らして』しまえばよい。

 それだけで敵は二度と元の姿を取り戻せなくなる。

(ちっ!!)

 意識を集中する。吹き付ける粒子の風がきつい。少しでも気を抜けばバラバラに飛び散ってしまいそうだ。

 拡散しそうになる精神を必死で繋ぎとめる。送り込まれてくるのは敵意であり、害意だ。到着させまいとする

敵の意志が光と共に打ち付けられ、激流に打たれているかのような激しい痛みを秀吉に知覚させる。

 連中が到着地点を壊す可能性は低いがゼロとは言い切れない。<ゲート>のゴールを破砕されてしまえ

ば再構築のしようもなくなって秀吉は一巻の終わりだ。と、同時に、終着点を破壊することは彼らにとっても

<外界>への道をひとつ閉ざすことにもなるから、まだ連中が悩んでいる内は付け入る隙がある。




(俺なら―――殿なら、迷いなく終着点を壊しただろうよ………!)




 思うのはいまは遠く離れた地上の元・上司。

 飛散しそうになる意識、痛みを訴える精神、何処かへ消えてしまいそうな肉体。頼むから俺にもあんたみた

いな揺ぎ無い自信と実力を―――そう、願ったとほぼ同時に。

 クン! と、急に『現実』の重力が彼を捕らえた。

 弱まっていく光と比例して肉体の輪郭がはっきりと形作られていく。足元に感じるのは鋼鉄の床、視界に捉

えるのは床を這い伝うコード類、感じるのは握り締めた右のてのひらから伝う血の熱さと左手に握り締めた

刀の確かな感触。

 転送完了を告げる甲高い音と共に転送されてきた地上の空気が巻き散らす光の粒子。

 幾度かてのひらを開閉し、己の存在を確かめる。




 ―――戻れた………!




 は、と息をつく暇もなく。

 己を取り囲む明確な殺意に面を上げた。薄れゆく粒子の壁の向こう側に、幾重にも並んだ人垣が見える。

一様に黒い着物、面を覆う仮面、右手に念珠、額に開眼を意味する<第三の瞳>。

 数10人にも及ぶだろう僧兵たちの第一段が一斉に腕を掲げた。

「―――念!!」

 放たれるのは戒めと重力の捕縛術。

 後列の者たちが揃って銃を構える。

「―――撃て!!」

 それはマシンガンであり、ライフルであり、あるいは散弾銃であり。

 何処よりかかき集められた重火器類が牙を剥く。不動縛呪が襲い掛かり銃弾が到着の疲労により跪く秀

吉を穿つ。

 目標を外れた弾丸は床を砕き、コードを打ち抜き、機械に悲鳴を上げさせる。念が生じさせた重圧が周辺

の機器類まで軋ませて、一斉攻撃の轟音がさして広くもない転送室に反響して聴覚すら惑わせる。舞い散っ

た機器類の破片、粉砕された床や壁が塵となって舞い上がり、<ゲート>の終着点を白い幕で覆う。

 一斉射撃を終えた各々が攻撃の手を休める。ここまで粒子が拡散しては見るべきものもよく見えない。

 ―――が、やがて、視界が晴れるにつれ。

 彼らは驚愕と動揺に肩を揺らすこととなった。




「全く………何処を狙ってんだぁ? お前ら」




 待ち受けていたのは地に膝をつく少年の姿。刀を鞘から抜き放ち、床に突き立て、額に顕現させる<力>

の象徴。

 真紅の血で覆われるべき身体は多少汚れはしたものの未だ白さを保っている。かすり傷ひとつ負わずにこ

れだけの攻撃を防御しきれるのかと戦慄が辺りを駆け抜ける。

「全然きかねーって」

 そう言って秀吉は嘲るように頬を歪めた。

 到着と同時の攻撃を想定せずにいるものか。だからこそ咄嗟に力を発動して自身を防御していたのだ。連

中がどれだけの実力を持とうとも、覚悟を決めている己に敵うはずもない。

 刀を振り上げる。

「それじゃ今度は―――こっちから行くぜ?」

 ダン! と地を蹴り舞い上がる。敵兵たちが動揺も露に空を仰ぎ見る。

 出入り口に狙いを定め全力で振り下ろした。

「どりゃ―――っっ!!」

「………!」

 声なき悲鳴を上げて出入り口を詰めていた者たちがバラバラと逃げ惑う。

 直後。




 ドガァァァッッ!!




 打ち落とされた刀が壁を破壊する。崩れ落ちる鋼鉄の壁と振り千切られたコード類に皆が慄く。鋭い刀身

を一振り、秀吉が周囲をねめつける。

「う、うわぁぁっ!」

 弾丸を込めることすら忘れて銃身で襲い掛かってきた敵に一閃。スッパリと半分のサイズに切り裂かれた

それに敵が青ざめた。

 せいぜいふてぶてしく見えるように笑いながら秀吉はより一層の力を額と手元の刀身に篭める。




「―――我は切り裂く! 我は斬り捨てる! 我が刃に斬れぬものなし!」




 張り上げて唱えるのは自己暗示でもあり、かつて教授に教えられた<言霊>の実践でもある。オリハルコ

ンで出来ているのはこの刀も同じこと、意志を篭めれば反応が返るのは言わずもがなだ。ぼんやりと刀身が

緑色の光を放つ。

 刀が唸りを上げて宙を過ぎる度に放たれた衝撃波が周囲をなぎ倒していく。統制がとれなくなった敵兵たち

が逃げ惑い、出入り口や、崩された壁の隙間から慌てて脱走を図る。そんな連中には頓着せずにひたすら

秀吉は刀を振り払った。

「刃は鋼、全てを切り裂く! 意志は鋼、全てを打ち砕く! この手この身が砕かれるとも我が意志を挫くこと

ならず!」

 更なる一撃。

 <ゲート>の終着駅が甲高い警告音と共に爆発した。爆風で吹き付ける飛礫を五月蝿そうに<念>で弾

き飛ばしながら苛立たしげに秀吉は叫んだ。

「天回! 何処に居る、出て来い! 用があんのはテメーだけだ!!」

 人影のなくなった転送室に見切りをつけて廊下に足を踏み出した。右、左と確認してから司令室に向けて

走り出す。どうせこの基地の何処かにはいる、行き当たればさいわい、例え見つけられずともそれまでに敵

の戦力を削いでいればいいだけの話だ。

 行く先々でぶち当たる敵兵をなぎ倒しつつ片っ端から部屋を開けていく。いないと見れば刀を一閃、内部機

器を完膚なきまでに叩き潰してから部屋を後にした。




 ズズズ………




「? 何の音だ?」

 響いてきた妙な震動にヒタリと秀吉は足を止める。

 周囲に敵の姿はないが攻撃の手を休めた訳ではないだろう。一時的に混乱したとて数の上では連中が圧

倒的に有利だ。やがて廊下の端に覗いた銀色の集団に思わず舌打ちする。

 ―――ロボット兵か。適当な鉄塊をより合わせ、一介の兵士に仕立て上げた痛みを知らない戦いの道具。

 かつて宙象が鉄くずたちを操ったのと同じ原理なのだろう。

 慌てることなく秀吉は笑みを深めると、刀を地に突き立てて固定し、両のてのひらを組み合わせた。

「ったく、たかだかひとりの侵入者相手に豪勢なもんだ。―――ま、いいさ。これで俺も気兼ねなくアイツを投

入できる」

 基地内に専用の武器が設置してあるのは何も連中に限った話ではない。

 瞳を閉じ、精神を集中する。意識の淵を辿る。自身と同調する確かな波動を感じる。




 ―――奴らは。

 この俺を<操縦者>に選んだことを後悔する羽目になる。




 ひとたび組み込まれた操縦記録を削除することは叶わない。よって、『アイツ』は他の誰が何を命じようと何

を企もうと、決して秀吉以外の命令を受け付けようとしないのだ。

 呼び声に応える確かないらえ。

 目を細め不敵な笑みを頬に刻み込んで、秀吉は高らかに宣言する。




「目覚めろ。―――ブラック」




 遠く離れた基地の反対側で、ブラック・コロクンガーの目に光がともった。








 ふ、と彼は空を見上げた。大崩壊の影響でこの研究室には屋根がない。今頃、織田や上杉といった主要メ

ンバーは仮基地にて業務に取り組んでいるのだろうなと思い、かじかんだ手を擦りながらひとりで機械を組

み上げる。

『―――データの解析終了。インストするぞ』

「ああ、頼む」

 相棒として連れてきたのはバイオPCに落とし込んできた擬似人格プログラムただひとり。夜間の外出許可

を兄から得るのは難しそうだったのでコッソリ自転車で抜け出してきた彼である。

 取りに来たのは旧基地に残されているデータや機材だ。大抵の情報は仮基地にも保管してあったが、それ

でも一部のデータは本来の基地にしか存在せず、最終決戦を挑むにはこれらの機材やシステムがどうしても

必要だったのだ。敵から得た主要データ、メモリ、機械類と自身を『接続』するための特殊コードなどが。

 もしかしたら単に気分転換がしたかったのかもな、と苦笑しながら、データ転送のほとんどを相方に任せて

自身はコード類の選別に専念する。




 そして、時々、空を見上げる。




「………気付いてるか」

『ああ、勿論』

「―――落ちると、思うか」

『どうだろうな………』




 視線が据えられたのは首都の衛星軌道上、かつての同士、現在の名目上の敵、仲間の身内たる者が決

戦を挑んでいる現場。

 彼が特攻を仕掛けるのは時間の問題だろうと思っていた。

 空より注がれる<言霊>の波動、感じ取れるオリハルコンの動き、無謀極まりない能力の過剰使用。

 無理せず仲間に頼ればいいものを妙なところで責任感が強い人物は決して寄りかかろうとしない。それが

彼の妹や上司たちを苛立たせると知りながらも尚、引くことが出来ないのは単なる意地か性分か。自分が彼

の立場であったならやはり同じように行動したと思えるから簡単に責めることも出来ないけれど。

「―――戻ってくると、思うか」

『さあ、それは』

 最後のデータを転送し終えたプログラムが淡々とした機械音で紡ぐ。




『―――やってみなけりゃ分からない』








 火の手が上がる。逃げ惑う人々の悲鳴が耳にこだまする。それらがむかしの記憶を刺激して多少の罪悪

感を抱かせるけれど、一度始めてしまえば最早止めることも出来ず、良心の呵責から逃れるためか破壊行

為には一層の拍車が掛かる。

 正直に言えば。

 物が壊れる様はかなり愉快だ。

 築き上げてきたものがただのガラクタになる。永遠なんてない、絶対なんてない、所詮は壊れていずれ消え

行く宿命だ。そして、自身の命すら壊れ行くもののひとつなのだから―――失くしてもいいじゃないか、と、思

えてくる。

 誰のためかも分からない笑みを秀吉は浮かべた。

「ブラック! 貯蔵庫へ向かえ!」




 オオオォォォ―――………ン………




 低い唸り声を上げてブラック・コロクンガーが突進する。途中に道がなかろうか人がいようが知ったことでは

ない、壁も天井もぶち抜いて突き進むゴッド・オリハルコンの塊に敵陣は成す術もない。鋼鉄製の即席ロボッ

ット兵たちは踏み潰され、銃で攻撃しようと刀で斬り付けようと結局は跳ね除けられてしまう。ならば、と操縦

者たる秀吉に狙いを定めたところで彼は<言霊>で武装している。

 また、刀を一振り。

 緑色の光を湛えた刀身が鋼鉄製の壁をまるで豆腐かチーズのように容易く切り裂く。

「おのれぇ!」

 敵が銃を放つ。

 秀吉は笑って片手を眼前に掲げた。




「我は守護する! 我は拒否する! 拒否されし物は地に落ちよ!」




 彼を打ち抜くはずだった弾丸は急に勢いを弱め、ピタリと止まるとそのまま落下した。カラカラと硬質な音が

辺りに響き渡る。

 敵の動きが見えている限り、油断しない限り、銃弾なんぞにやられるつもりなどない。代わって<念>で持

ち上げた鉄板を思い切り投げつけてやる。先ほど秀吉を攻撃した面々は逃げ惑い、秀吉ほど綺麗に避ける

ことも叶わず鉄板の下敷きとなった。

 彼が発動させた力は<言霊>―――しかも、敵陣から授けられた<念>能力と併用したものだ。発現能

力も飛躍的にアップするが、その分肉体的疲労も激しかった。ズキズキと痛む額から血が流れ出すのがわ

かる。伝い落ちたそれをてのひらでぞんざいに拭って、これが最期ならどうなったってかまやしないさ、と先を

見据えた。

 傍らで彼を守護するように聳え立つ漆黒の機体を見て。

 お前もこんな主を持って苦労するよなぁ、と無機物に過ぎないはずの物体に笑いかけた。

「行くぞ、相棒」




 ゴォォォ………ン………




 ブラック・コロクンガーの瞳が赤く明滅する。

 大きく振り上げられた拳が遠慮なく壁に叩きつけられる。飛散する破片は例の如く<言霊>で防御して、さ

て此処はどの部屋だったかと中を覗き込んで驚愕した。

 数える気も起きないほどたくさんの棺、柩、ひつぎ………。青の棺、黒の柩、白のひつぎと、幾通りかの色

に塗り分けられたそれらが方眼紙に据え置いたように並んでいる様はかなり不気味だ。多少の引け目を感

じつつ柩の面を覗き込み、今度は侮蔑の色に頬を歪めた。手近なものを幾つか確認して、どれも間違いなさ

そうだと判断する。

 吐き気がした。

 これらは。




「ただの―――<コピー>かよ………!」




 地上を攻めに来ていた時からそうだった。幻夜も、宙象も、本体が攻撃に参加するなんて真似は絶対にし

なかった。いつも、いつも、己が姿を模った『ニセモノ』にばかり突撃させていた。内側に赤い宝珠を埋め込む

ことで操って、本人達は毛ほどの痛みも感じずに、多大なる被害を地上に齎した。

 痛みを伴わない戦争。

 きっと連中にとっては遊戯感覚でもあったのだろう。

 コピーがやられたところで痛くも痒くもない。ただひたすら便利な手駒としてこれらを用い、任務に成功すれ

ば喜んで、失敗しても同じ作業を繰り返させるだけ。

 柩のふちに手をかけて。

「随分たくさんあるんだな………無意味に」

 秀吉は、笑った。

「なら―――コイツがなければ『ホンモノ』が出てくるしかないよなぁ………!」

 次の瞬間。

 凄まじい速さで打ち落とされた刀と鉄の機体が放つ一撃が同時に室内を轟音で満たした。




 ―――ゴォッ!!




 衝撃で舞い上がった破片がヒトガタを保持するための機器に反射して細かい火花を散らす。ひとつひとつ

を見れば些細なその光が強さを増し、やがて燃え盛る炎となって室内を覆いつくした。

 むせ返るような熱さ。防火用のスプリンクラーも衝撃と共に破壊され役には立たない。色とりどりの柩を取り

巻くのは共通の『赤い』炎だ。せめて最後ぐらいそれらしく『火葬』してみせろよ、と嘲った。

 パチパチと炎の爆ぜる音が響く中、冷静さを取り戻した秀吉は少しだけあごに手を当てて考え込んだ。

 ………ここに在ったのは全て『コピー』であって本体じゃない。それは確かだ。

 なら、『本体』はどこへ行った? これだけ暴れても出てこないのはおかしい。それに、幹部連中が出てくれ

ばいまほど楽は出来ないことも秀吉は分かっていた。何せ敵も<念>能力に関してはスペシャリストなのだ

から。

 ひとりかふたりは地上に降りたままだとしても―――。

「残るは天回の守護か………?」

 基地の<マスター>の周辺で守りを固めているに違いない。

 なら、こちらにとっても好都合だ。天回だけなんて言わない。幹部連中すべてを倒してみせる。目指すは基

地の中心部、司令室だ。出来ることなら例の岩石も壊しておきたかったが迂闊に近づけば己が取り込まれて

しまう。いまは天回の討伐を第一とすべきだった。

「ブラック。司令室まで突っ切って行け」

 漆黒の機体の瞳が頷くように明滅した。








 彼は、暗闇の中で目を開けた。

 次いで辺りを見回して、自分の居場所を確認する。固い天井と白一色の床、無機質に並べられたテーブル

や椅子といったものから此処は仮基地だったと思い出す。最近は自宅に帰らず泊り込んでいるのだった。

 ムクリと上体を起こす。

(………妙な予感がしやがる)

 知らず、舌打ちをした。

 実働部隊を率いる身の上ではあるが、部下たちが戦線離脱しているいま、出来ることは限られていた。ひ

とりは裏切り、ひとりは入院中、ひとりは海外へ出張中、ひとりはオペレーターズの手伝いに。ならば己も成

せることをと一般人の救助や食糧支援、医師の派遣などに手を貸せば「アンタも怪我人でしょうが!」と追い

返された。

 実にムカつくことこの上ない。俺はそんなにヤワじゃないってのに。

 だから不貞腐れて早々に現場を引き上げて来たのだが。

(―――何だ? この感じは)

 急げ、と。

 己の中で誰かが叫んでいる。

 しかし何をすればいいのか、どうして急がなければいけないのか、となるとトンと答えが分からなくて、彼の

気分を更に苛立たせた。

 無論、最近の己をムカつかせている原因のひとつは疾うに判明しているのだけれど。

 窓に近づいて暗いままの夜空を見上げた。




(………戦って―――いや。泣いてやがるのか)




 お前も。

 そして。




 お前の双子の兄妹も。








 先の「大崩壊」を起こすのに使われたのは球形をした基地の下半分。降り注いだ鋼鉄の破片が首都圏に

甚大な被害を与えたが、しかし、当然の如く基地の運用に支障はなかった。中核を成す司令室は真実、球形

の中央部に位置しており、そこは無傷で残されていたからである。天回の野望に大きな関わりがある岩石も

その近くの部屋に大切に安置されていた。

 司令室を中心として調整室、保管庫、転送室、緊急脱出ルートなどが設置されている。それらを大雑把な

がらも一通り破壊しながら、秀吉は漸く中央司令室にたどりついた。流石にここまで来ると疲労の色も濃い。

防ぎきれなかった攻撃が大小様々な裂傷を彼の身に刻んでいた。

「あと………少しだ………!」

 ブラック・コロクンガーの手が鋼鉄の扉をひしゃげて開ける。

 そこで待ち受けていた面々に皮肉でもない笑みを彼は閃かせた。




「よう。皆さん、お揃いで―――ってトコだな」




「白々しい真似を………」

 憎々しげに吐き捨てたのは宙象。

 そもそもは彼が秀吉を『洗脳』したのが始まりだった。彼は自身で洗脳を施しておきながら、全く秀吉を信用

していなかった。いまにしてみればそれは正しい判断だったと言えよう。

「たったひとりでよくもここまで―――と、一応は褒めてあげなくちゃね?」

 にっこりと奥で微笑むのは幻夜だ。

 彼女の劣化コピーを地上で迎え撃ったのが遠い昔のように思える。まだ一年も経っちゃいないってのに。

 いまひとりの幹部、心眼の姿は見えなかった。あの「大崩壊」以来、他地域の宇宙人どもは指揮系統を失

って雨散霧消した。そういった連中を束ね、あるいは、取り残された基地の残骸を再利用しての命令系統作

成に余念がないのかもしれない。

 ひとりでも欠けてくれているのは好都合だ。

 刀を掲げる。

「―――退けよ。俺が用事あんのはそいつだけだって先刻から言ってるだろ」

 構えた切っ先の何メートルか先。

 取り付けられた階段の踊り場で漆黒の衣装に身を包んだ天回が忌々しげにこちらを眺めていた。

 手にした杖が震えている。彼にしてみればこの事態はある意味で想定内であり、ここまでの被害を受ける

のは想定外だったのだろう。秀吉の笑みは深くなる。

 天回が口を開いた。

「―――見事、と言っておこうか」

 苦りきった口調で語る。操縦者として招いたことを悔いているのか、裏切りを見抜けなかったのか、知って

て泳がせていたのに微妙に使いどころを間違えたのか、どれが原因であんな忌々しげにしてるんだろうな、と

秀吉は刀を正眼に構えたままで考えた。

「機体操縦も、<言霊>と組み合わせての独自の念の使い方も、<転送>を邪魔されながらも再構築に持

っていった精神力も賞賛に値する。………どうだ? 改めて我らに仕えるつもりはないか。このままではいず

れ倒されると賢いお前なら理解しているだろう」

「そりゃどうも。お褒めに預かって光栄だ」

 応えながらそっと右腕をブラックに触れさせる。漆黒の機体はいまは沈黙を守っているが―――いつでも

発動させられるように。おそらく宙象も、幻夜も、それを一番警戒している。少しずつ足場を移動させている

のがわかった。

「でも生憎と俺はアンタに見込んでもらえるほど賢かねーんだ。地上の馬鹿な連中と、馬鹿なことやって、馬

鹿騒ぎしてる方が楽しくて仕方ねぇんだ。今更聞くまでもないことだろ?」

「………そうか」

 強く、睨みつけた。




「―――時間稼ぎはやめろ。テメェが死ねばそれで俺の役目は終わりなんだ!」

「力の使い道を理解せぬ愚か者が! 打ち倒されて己が無力を知れ!」




 秀吉が<念>を乗せた刀を一閃させるのと、天回が杖を振り払ったのはほぼ同時。

 空中で激突した互いの一撃が周囲を揺るがす。

「宙象!」

「うむ!」

 右手から幻夜が、左手から宙象が、各々の武器を手に舞い上がった。すぐさま防御の<言霊>を唱え上

げて秀吉が相棒に命令を下す。

「振り払え! ブラック!」




 オオオオォォ―――ン………




 ゴゥン、と機体を軋ませたブラック・コロクンガーが両腕を突き出す。幻夜と宙象が器用にそれを潜り抜け、

対象を捉え切れなかった両腕が床に突っ込んで地響きを立てた。

「覚悟!」

「―――我は守護する!」

 幻夜の一撃を<言霊>で防ぎ、いまひとつの攻撃は刀で弾き返した。避けられた宙象が罵り声を上げる。

大きく腕を振り払うことで幻夜を遠くに投げ捨て、すぐさまそれを漆黒の機体が捕らえた。唸りを上げて飛来

した黒塊を避けきれず巨大なてのひらに幻夜が押し潰される。

「きゃぁっ!」

「幻夜! ―――おのれ貴様、女に手を上げるなど!」

「ざけんな! てめぇらこそ女こども関係なく手にかけてきたじゃねぇか!」

 宙象の罵りを遮って、向けた刃の動きに機体が連動する。片腕に幻夜を捕まえたまま宙象をも掌中に納め

ようとブラックが迫る。<念>で牽制する敵を他所に秀吉は正面に向き直った。もとより、狙うべきはただひと

り。杖を振りかざしたまま踊り場に陣取っていた総大将は真っ直ぐ突っ込んでくる秀吉にうろたえた。

 ひきつった表情で叫ぶ。




「わ―――わしに勝てると思っているのかぁ! 地球人風情が!」

「てめぇも―――そうと思い込んでるだけの、地球人だっ!!」




 両の腕に幻夜と、宙象を捕らえたブラック・コロクンガーの背中を駆け上がる。手前の通路も階段も、崩れ

落ちた天井の残骸も無視して飛び越える。刀に力を篭めた。

「死ねぇ! 天回!!」

「―――っ!」

 天回の表情を絶望が掠めた。

 直後。




 ゴドォォォッッ!!




『ヒヒッ―――天回様!』

 壁が崩れる音と何者かの絶叫。まさにいま刀が振り下ろされんとした処に『何か』が投げ込まれ、袋にギュ

ウギュウに詰め込まれたそれらが瞬間、秀吉の視界を席巻する。蠢く者たちが条件反射のように叫ぶ。




『ひっ………秀吉様ぁぁ!』

「―――っ!」




 ほんの。

 刹那の瞬間。




 動きが………止まった。




 そういえばコイツらを見かけていなかった。常ならば一番の下っ端として特攻に使われそうなのに。

 だが、コイツらは敵だ。ザコズだって敵だ。

 敵は斬るしかない。

 斬るしかない。




 ―――斬り捨てろ!




 秀吉が結論を出すのにかかった時間はコンマ1秒にも満たなかっただろう。

 ………だが。

 僅かに逸れていた意識を対象に据え直し刀身に篭めた力を解放しようとした瞬間。

 視界の隅を黒光りする銃身が掠めた。散弾銃を抱えた白い包帯ずくめの男が嘲る。




『ヒヒ………甘い………!』




 秀吉の一撃が天回に打ち下ろされるより先に。




 銃身、が。

 轟音と共に。








 火を―――噴いた。

 

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え? ここで切っちゃうんすか?(汗)

まあ、最後に秀吉を攻撃したのが誰かは皆さん分かってらっしゃると思うので―――あ、

一益さんじゃないですよ?(笑) ← ※前回の狙撃手

つまり、「せめて敵幹部がどこに潜伏してるのか調べてから突撃すべきだったな、秀吉」とゆーお話です。

もっとも前日まで監禁されてたんだから無理かもしれんケド。

 

予想外に秀吉が頑張っちゃって大変だった今回。<言霊>だなんてそんな後期シリーズの遺物まで

持ち出しちゃって、律儀だなコイツ(書いたのは自分だケド☆)しかし折角の彼の晴れ舞台も

戦闘シーンが苦手な管理人にかかるとイマイチかっこよくないのでした。ううう、ごめんなさい………(涙)。

 

中途で出てきた方々も敢えて名乗らせませんでしたが、悩むほど難しくはないはずです。

合間に挟んでおかんとこの人たちの扱い忘れそうだからネ!(待て)

 

以上、秀吉の最期の輝きをお届け致しました♪

(不吉な言葉で締めくくるなヨ………汗)

 

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