「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

45.long good-bye(3)

 


 闇に浮かび上がった地図の線をたどる。と同時に室内の他の機械にも当たりをつければ、案の定、

起動スイッチらしきものが見つかった。起動装置とか制御装置と言うよりはレバーと表現すべき物体

が。

「信長様、ありました!」

「よし、でかしたぞサル!」

 日吉の呼びかけに答えはするものの聊か信長の表情は苦しそうである。当然だ、左肩を撃たれて

痛くないはずがない。だのに早々に手当てすべきとの日吉の申し出を退けて粘っているのだから実

働部隊隊長の頑固さには呆れるばかりだ。

 おそらくはこの部屋全体が巨大なエレベーターなのだ。天回まで現場に連れて行って、直前で目を

覚まされたりしたらコトなので厳重に縛った上で部屋の外へ放り出しておく。向こうも怪我人と言えば

怪我人だが、奴のおかげで皆が辛酸を舐めたことを思えばこの程度の扱いは当然だ。

(外の機械、止められないのかな)

 辺りを一度だけ見回して日吉はため息をつく。

 駄目だ、全然分からない。船を沈めることで一部の敵機を落としたように、全ての制御がこの基地

に集められているのなら、敵兵の動きをまとめて止めることもできるはずなのに。




 ズシー………ン………




 突如として響いた轟音に慌てて身構える。

 が、次の瞬間。

 廊下の角に覗いた姿にほっと安堵の息を零した。

「秀吉! 五右衛門! ―――に、ヒナタとヒカゲとサスケェ!?」

「キキ―――っ!!」

 いの一番に駆けつけたのはコロクンガーの銀色の機体から飛び降りたサスケだった。飛び込んで

きた小動物を両腕で受け止めて、次いで降り立った面々に日吉は目を瞬かせる。

「みんな、無事だったんだね! よかった………って、どうしてヒナタたちまでいるの?」

「色々とあったのよ」

 にっこりとヒカゲが笑う。ヒヨシ、会えてよかった! と抱きついてきたヒナタをサスケと同じように受

け止めながら、それでもやっぱり日吉は首を傾げてみせる。

 合言葉のように互いの無事を喜びながらも秀吉と五右衛門は壁にもたれたままの隊長を眼前に、

あからさまなため息をついてみせた。

「やれやれ………これだから隊長様ってのはよー」

「また無茶したんですね? 特攻ですか突撃ですか玉砕ですか」

「貴様ら、あとで一発殴らせろ………!!」

 気侭なセリフの数々に信長がふるふると右手を震わせた。とは言え、周囲に心配させた事実を少し

は反省しているのだろう。それ以上の反論もなしに彼は素直に制御装置を顎でしゃくってみせる。

「先刻、サルに調べさせたばっかりだ。連中が『時空改変』を企んでた場所は此処の直下にある。す

ぐにでも移動できるが―――」

 と、珍しくも言葉を止めて。

 5人プラス1匹の視線を受け止めて、らしくない言葉を口にする。

「主犯格は捉えた。部屋の探索は後にする。小六たちと連絡とって外の敵を一掃するのが―――」

「それは駄目よ」

 撤退を指示する信長の声を、あっさりとヒカゲが断ち切った。

 ムッとした表情の隊長と相対する彼女はひどく落ち着き払った顔をしていた。

「んだとぉ? 外の敵をほっといていいってのか!?」

「そうではないわ。怪我をしているあなたを手当てするためにも早く戻るべきだとは思う。でも、『儀式』

は続けられるべきなの」

 僅かにヒカゲは瞳を閉じた。

 傍らでヒナタが心配そうに眉を顰めている。

「………お願い。せめて此処に私とヒナタと、秀吉と日吉を置いていって。やるべきことがあるから」

「やるべきこと?」

 信長が鸚鵡返しするのを聞きながら、遅れて、日吉が彼女の意図に気付く。急ぎ秀吉を振り返れば

重々しい頷きを返された。彼もまた事態を察していたのだろう。




「―――『時空改変』」




 表面上は何の感慨も見せずに、ヒカゲがその言葉を呟いた。

 天回が目指していたもの、行おうとしていたこと、かつて『トキヨミ』と呼ばれる一族が行った実験と、

その結果引き起こされたこの世界における数々の『事象』。

「歪んでしまった世界は、戻さなければならないわ」

「………捩れ始めた世界はいつか焼き切れる。そーゆーことか」

 五右衛門がこっそりと舌打ちした。彼もまたブラック・ボックスが不発でさえなければ世界の『分岐』

足り得た人物だ。コトの展開を薄々察していたのかもしれない。

 ひとり取り残された感もある中、それでも信長は真っ直ぐに前を見据えていた。

「『いま』じゃなきゃ間に合わないってぇのか、オカルト女」

「既に世界は限界を迎えようとしている。『時震』が多発していることもそのひとつ。『グオ・ヴァディス』

が目覚めたこともその先触れ。天回が駆け足で『時空改変』を志したのだって、予期せぬ世界の崩壊

を受けて目的が阻まれるのを恐れたからではないの?」

 抑揚のないヒカゲの声には、しかし、幾許かの寂寥が滲み出ているようだった。

 しばしの沈黙と睨み合い。

 然程の時間をあけず舌打ちと共に答えを返したのは信長だった。壁に背を預けたままの体勢で器

用にもずるずると立ち上がると、先刻日吉が見つけたばかりのレバーを顎で示した。

「―――許す、行け!」

「あなたは此処に残った方がよいのでは?」

「そっ―――そうですよ、信長様! その怪我じゃ………!」

 ヒカゲの冷静な問い掛けに慌てて日吉が言葉を重ねた。

 が、心配された側は彼女らの態度を鼻先で一蹴すると実にふてぶてしい笑みを浮かべて。

「怪我がなんだ? お前らのやろうとしてる事が失敗すればどーせ歪んだ世界は歪んだまま終わりを

迎えるんだろーが。だったらテメェの居場所ぐらいテメェで決める!」

「殿………」

 困ったような納得したような複雑な表情を日吉が浮かべた。

 ヒカゲも、ヒナタも、秀吉も、おそらくはサスケも同じ心境なのか咄嗟に言い返すことさえ出来ずに黙

り込んでしまう。

 やれやれ、と。

 ため息と共に次の一手を打ったのは五右衛門だった。

 大雑把な足取りで隊長のもとに歩み寄り、右腕を引っ掴んだかと思うや否や実に適当な態度で肩

を貸した。ぱちくりと目を瞬かせた信長の表情は年齢よりもやや幼く見えた。

 更なる嘆息の後に彼は苦笑を滲ませる。

「置いてったら恨まれそうだしー? 放置してくのも寝覚めが悪いしな」

「………ふん」

 信長も薄く笑い返したようだった。

 握り締めていた刀を肩へと担ぎ直して、ツカツカと秀吉が日吉の隣へと歩み寄る。

「移動手段。どれだ?」

「え? っと―――たぶん、このレバーだと思う。上と下って書いてあるから」

「随分わかりやすい標識だな」

「コロクンガーは? どうするの?」

「………置いて行こう。下は足場が狭いとも限らないしな」

 最初から隠すつもりがなかったとしか思えないなと苦笑しながら秀吉はレバーに手をかけた。




 ガコン!!




 鈍い音と共に床に正方形の溝が生じる。部屋の床全体が階下へ沈み始める。足を踏み外しては大

変と慌てて皆が中央に集合する。一応、部屋の外に放置した天回が溝に挟まれないよう注意を払い

つつ。

 自分の足場がきちんと枠線の内側にあることを確認してから秀吉が一気にレバーを倒した。

 床が軋み、徐々に視界が下へと移動していく。ゆるゆると足元から感じる風はやや斜め方向であり

ながらも確実に下から上へと吹き付けていた。遠のく天井やコード類を露にし始めた周囲に驚くまで

もない。

「やっぱり………エレベーターだったんだ」

 胸元にしっかりとブラック・ボックスを抱え込んだまま日吉が呟いた。

 肩の上のサスケがひくひくと辺りの匂いを嗅ぎ回る。風の中には潮の香りが混ざっていた。




 ゴォ………ン………




「う、わっ」

 動きが止まったと同時、足元の濡れた感触に驚いて飛び上がった。薄暗い室内は数センチほどの

塩水で溢れている。もともと成層圏上にあった基地が海に落下してきたのだ、その際の衝撃で底に

亀裂が生じ、幾つかの部屋が浸水していたのかもしれない。

 急ぎ信長に駆け寄ると、右腕を担ぐ五右衛門と対になるように傷ついた左腕をそっと持ち上げた。

「邪魔だ。サル。かえって歩きづれぇ」

「でもっ、信長様」

「大体てめーはブラック・ボックスを持ってるじゃねぇか。そっちに触れた方がオレはヤバイんだよ」

 ブラック・ボックスに触れた際の出来事を思い出したのか仏頂面で信長は語った。確かに、彼はこ

れに触れることすら出来ずに大きく弾き飛ばされていた気がする。

 それでも、と尚も日吉は粘ろうとしたが。

 五右衛門も控えめにやめておけと伝えてくるので渋々と引き下がった。理由はない。ただ何となく、

もう少しだけ信長の傍に居たかったから―――申し出てみたのだけれど。

「見ろよ、日吉」

 辺りを見回していた秀吉が忌々しげな舌打ちと共に天井の一角を指し示した。

 灯りの乏しい室内では奥にあるものは判別がつき難い。だが、基地を形作る骨組みの隙間から見

える黒い物体、覚えのある感覚。いつの間にかヒナタとヒカゲも揃って天を仰いでいた。閉じ込められ

ている間は気付かなかったが、おそらく、ずっと、地下で連携を取っていたのだろう。




 回り続ける黒い岩石。

 ブラック・ボックスと共に、計画の中枢を成すもの。




 そして、いまひとつ。

「―――あれが最後のキー・アイテムってか?」

 五右衛門が眉を顰めて示した先に佇むのは黒ずんだ巨大な銅鐸だった。だから『銅鐸の間』と呼ば

れていたのかと、これまた安直なネーミングセンスにいまばかりは笑う気分にもなれなかった。

 ブラック・ボックスと黒い岩石と黒い銅鐸。

 そして、『時空改変』に関わった双子が二組。

 すべてが揃った、とは誰に言われずとも分かることだった。

「儀式だか何だか知らねぇが―――この後、どうするつもりだ」

 信長の問い掛けに答えるように、最も詳しそうなヒカゲが銅鐸の前に立った。

「日吉、ブラック・ボックスを」

「う、うんっっ」

 受け取ったそれをヒカゲが軽く上へと押し上げれば、不意に浮力を得た物体はふわふわと漂いなが

ら銅鐸に吸い寄せられて、まるで最初から其処に収まっていた飾りの一部のように銅鐸の吊り輪部

分に引っ付いた。

 途端。




 ゴォ………ン………!!




 遠く掠め見える黒い岩石が唸り声と共に回転速度を速めだした。此処と、この銅鐸と、あの場が連

動しているのは間違いない。

「ど、うすればいい? ごめん、オレ、何も分かってないっっ」

 おたおたと辺りを見回す日吉の肩にそっとヒカゲが手を置いた。

「―――私たちだって、何をどうすればいいのか本当のところはきっと分かってないの。分かってるの

は理論だけ。実際には験してみないと分からないわ」

 考えようによっては実に頼りないセリフなのに、彼女の淡々とした声で語られると妙に落ち着いた。

 秀吉と視線を交わし、ヒナタに頷き返してゆっくりと銅鐸の裏手に回りこむ。途中で、纏わりついてい

たサスケをそっと信長の肩に移らせると、出血の所為で青褪めてみえる上官はあからさまに眉を顰

めてみせた。

「おい?」

「しばらく、預かっててくれませんか。サスケは『時空改変』に関わってた訳じゃないですし」

 異物と判断されたらどうなるか分かりませんからと、一定距離以上は近付かないでくださいと、微か

に微笑みながら繰り返しふたりに念押しして。

 たぶんに信長も五右衛門も薄々何かを予感していた。が、敢えて問い詰めることはせずに更に数

歩、その場から下がった。天回たちが己が本体を手元に置きたがったように、これから先は何が起こ

るか分からない。

 分からなくとも、もしも『何か』が起きたならばその影響を真っ先に受けるのはこの場にいる面々な

のだとは誰にも察しがついた。

 秀吉がさり気なく一番奥へと回った。

「―――たぶん、力の廻りはひとりずつ順繰りだ。オレがアンカーを務める」

 腰に下げたままの刀に日吉が目を留めて、何処かに外しておけばいいのにと呟いた。それが聞こ

えたのか聞こえていないのか兄は目の前を素通りする。

 持ち場につきながらヒナタがやや首を傾げた。

「でも………本当にどうすればいいの?」

「たぶんもうすぐ『時震』が起きる。それにあわせて捻れを『反転』させる」

「都合よく『時震』が起きるかなー」

 秀吉の解説にまたしてもヒナタが首を捻った。彼女の疑問は尤もなのだが、同様に口元に手を当て

て考えていた日吉はハッと思いついた。何のために連中はブラック・ボックスを求めていたのか。無論

『時空改変』を引き起こす要だったのだとしても、黒い岩石を奴らは有していたのだから急ぐことはな

かったはずだ。

 誂えたようにブラック・ボックスの取り付けが完了した銅鐸。即ち。




「ブラック・ボックスの役割は―――任意で『時空改変』を起こすこと………?」




 必要とされたのは同調できる双子とある程度の衝撃とブラック・ボックス。

 ただの起爆剤と思われていた道具が、同時に、指標の役割も果たしていたとするならば。

「引き起こせるわ。個人の意志で。………始めれば後戻りなんて出来ないけど」

 ヒカゲが銅鐸に右手を寄せた。

 触れた先がぼんやりと光を放つ。この銅鐸は少しでもブラック・ボックスを制御しやすくするために開

発された道具なのだろう。

 4人が四方に散らばってそれぞれの位置から銅鐸へと手を翳す。ぼんやりと触れた先からともり始

めた光は銅鐸に掘り込まれた線を辿り、徐々に薄暗かった室内を光で満たして行く。天辺に取りつけ

られたブラック・ボックスはほの黒い光を放ち、遠かったはずの黒い岩石の回転音でさえ、いまは耳

元で鳴り響くかの如くしっかりと聴こえていた。

 床に亀裂が走る。

「もう少し下がるぞ、信長!」

「あ!? なに言ってんだ、いま此処で退く訳には………!!」

「進んで巻き込まれてどーすんだっっ!! お前が無事でなきゃ日吉も秀吉も迷いが生じてやってら

んねぇんだよっ!」

 舌打ちと共に信長の身体を引き摺り上げ、肩にサスケがいることを確認してから五右衛門は更に

後ろへ跳躍した。ひび割れた床の亀裂は確認するまでもなく銅鐸と彼ら4人を取り巻くように円を描い

ている。そして、漏れ出した光は確実に円の内側のみを侵蝕しているのだ。

 五右衛門とて下がりたくはない。

 下がりたくはないのだ。

 巻き込まれることを恐れての行動ではないし、信長だって、巻き込まれたところで如何とも思わない

に決まっている。

 それでも。

(日吉を泣かせるわけにゃいかねぇだろうがっ………!!)

 我侭通せばいいじゃないか、なんて気楽なことは口が裂けても言えない。

 だから身を退くのだ―――どれほどに自らの意志に反していようとも。

 室内に光が満ちると同時、黒い光を放っていたブラック・ボックスに動きがあった。銅鐸にぴったりと

引っ付いていたはずの身がユラユラと僅かに浮き上がり、表面に妙な細波を生じて。




 ………ォン!!




 鉄の棒で思い切り銅鑼を叩いたかのような鈍い音。

 響き渡ると同時、ひび割れていた地面の亀裂に更なる亀裂が重なった。細かなひび割れは銅鐸の

中央から綺麗に四方へと伸び、佇む4名の足場を区切るように床に刻まれる。

 最初に強い光を放ち始めたのは日吉の居る一角だった。

「ちょっ………えええええ何これ―――っ!?」

「落ち着いて、日吉! ここで制御を失えば世界は流されるわ、力を受け入れて『反転』して!」

「は、『反転』―――って、言われて、も………!」

 銅鐸に片手だけが触れていたのを両手に変更して歯噛みする。混乱している場合じゃないとは思

えども、虚をつかれたのも確かだ。

 銅鐸に触れていたてのひらにかかる圧力に反射的に怯む。肩が震え、背中を冷たい汗が伝う。

 先刻のヒカゲの言葉通り。

 少しでも流されたならば―――。

 瞬間。脳天叩き割るような怒声が響いた。




「なに、チンタラしてやがんだサルっっ!!! とっととテメェの持ち分終了して早く次に回しちまえっ

!! オレが短気なのを忘れたのか!!?」




「のっ………!?」

 安全なとこに下がってたはずだよね、と慌てて背後を振り向けば。

 確かに下がることは下がっていたが、いまにもよじ登らんばかりの勢いで信長は直近の梯子に手

をかけていた。おそらくはエレベーターが動作しなくなった時のための非常口代わり。抑えていたはず

の五右衛門がため息と苦笑を綯い交ぜにした微妙な表情で信長のズボンを引っ張っている。

「お〜い、出来るだけおとなしくしててくんねぇとオレの立場がないんだけどー?」

「黙れスッパ!!」

 ヒトを踏み台にして梯子に登るのは隊長としてどうよ、あったから使っただけだ何が悪い、その人使

いの悪さが命取りだ、と。切羽詰ってるはずの状況下で繰り広げられる何とも暢気な遣り取りに、自

然、日吉の口元が緩む。

 強張っていた肩から不要な力が抜ける。

 零れ落ちた言葉は感謝の色を滲ませていた。

(………ありがとうございます)

 再び銅鐸に向き直った時には、もう、腕にどれだけの圧力がかかろうと気にならなくなっていた。

「オレ―――やっぱり、いまの状態が好きなんだ。誰かがいなくなるのはイヤだから、―――絶対」

 なくしたものは取り戻す、と。

 最後の一言をやたら明瞭に宣言して。

 勢い良く両手を『右』へと振った。

 途端。




 グォンッッ!!




 ブラック・ボックスが回転し、今度はヒナタのいる一角が光を強める。

 自らと同じ轍は踏ませまいと日吉は声を張り上げる。

「ヒナタ! あんまり緊張せずに自分の感じた通りに導けば問題ないと思う! オレたちは元々『この

世界』に居るんだから、どんな土壇場だって『別の世界』を選ぶはずないよ!!」

 やや離れたところから叫ぶ日吉の言葉もたぶんに混乱気味だった、が。

 最初はうろたえていたヒナタも幾度かの瞬きの後に歯を食い縛り、両足をしっかと地に据えた。

「よっ………く、分かんないケド! 無意味に世の中を変えられちゃうと困るし! なかったことにされ

るのも嫌だし! 皆との思い出が―――消えちゃったら、最悪だからっ!!」

 叫び様、思い切り両手を『右』へ振った。

 三度、回転したブラック・ボックスが光をヒカゲのもとへと運ぶ。床の亀裂が一段と深まった。

「世界に生じている綻び………わたし自身も綻びの象徴………でも」

 冷静に光を受け止めたヒカゲが、珍しくも薄っすらと穏やかなやわらかい笑みを浮かべる。

「でも、―――此処に居たいと思うのよ………!」

 光はすんなりと右手へと流れ出す。

 四つに区切られた仕切りの最後のひとつ、秀吉のもとへと辿り着く。




 ピキィィッ………!!




 甲高い、鳥の鳴き声のような音を立てて。

 床に走った亀裂が盛り上がり段差を生じる。ぐらつく足元に耐え切れずヒナタが、ヒカゲが、膝をつ

いた。信長は傷を抑えて僅かに唇を噛み締め、サスケは必死に五右衛門の腕にしがみ付いた。激し

い震動は実際の地面の揺れなのかあるいはこれこそが『時震』なのか咄嗟に判断することさえ叶わ

ずに。

 何度も蹈鞴を踏みながら日吉は双子の兄を振り仰ぐ。

「秀吉、早く………っっ!!」

 揺れる足元に伴い天井から砂埃が落ちてくる。視界を遮られそうになりながらも如何にか数メート

ル先の相手を確認した日吉は、直後、目を見開いた。

 秀吉は銅鐸に手など触れていなかった。

 引き抜いた日本刀を確と利き手に握り締めていた。

 明らかな動揺を浮かべた妹に、安心させるような笑みを一瞬だけ閃かせた後でぽつりと呟く。床が

崩れかける轟音の中でも何故か彼の声ばかりは鮮やかだった。




「―――捻れた世界を戻そうとしても。戻しすぎても毒になる」




「秀吉………?」

「4人全員が実行したなら、そりゃあ元に戻るだろうさ。だが」

 戻しすぎた時に始まるのは『反転』の世界だ。

 逆方向に捻れた、全てが『巻き戻る』世界だ。

 それは望むと望まざるとに関わらず明確な『改変』を世の中に齎す。現状維持を目的とし、この場に

留まることを至上とし、他への影響を最小限に抑えたいと願うなら―――。

「こうするしか、―――ねぇってな!!」




 ギン………ッッ!!




 振り下ろした刀の切っ先が。

 綺麗に、銅鐸の一面を切り落とした。




 空気を引き裂くような『何か』の悲鳴。

 吹き付ける突風に咄嗟に耳を塞ぎ、現実には聴こえないはずの音を防ごうとした。目には見えずと

も『音』にはならずとも世界が『収束』し始めたことが分かる。

 途中で分断された儀式の内容に則り、もとへ、もとへ、もとの姿へ。

 ―――断ち切られた一点を残して。

 秀吉の居る一角だけが周囲の轟音と突風から無縁の静寂に包まれて。

 日吉が悲鳴のような声を絞り出した。

「お前………っ、最初っからそのつもりで………!!」

 だから最後を引き受けたのか、だから其処に居たのか、だから刀を置かなかったのか。他の3人が

引き戻して取り戻して、かつてと『逆』方向へ回転し始めた世界を留め置くために。

 天井の一角が崩れて空から光が差し込む。

 同時に届いたのは戦闘機のジェット音と、負けじと鳴り響く慣れ親しんだ者たちの声。




『信長―――っ! 五右衛門! 日吉、秀吉、ヒナタ、ヒカゲ、それにサスケ! みんな無事か!!』

『みんなぁぁぁ! この基地、沈んでんだ! 早く上がって来いっ!!』




 小六が、犬千代が、掠め見る視界の先に煤だらけになった一益が。

 腕に包帯を巻いている勝三郎が、万千代が、満身創痍の服部半蔵が。

 誰かが遠隔操作しているコロクンガーの銀色の機体が、担ぎ上げられたザコズや天回たちが。




 ―――其処に、あって。

 なのに、―――ひとり、だけ。




「………っ!!」

 秀吉の姿だけぼんやりと薄く歪んでいる。

 彼だけが。

 彼だけが、『世界』から切り離されようとしている………!

 当人は何ひとつ変わらぬ態度で刀を鞘に収めると、軽く左手に握って前へ掲げて見せた。

「―――離れるのなんて一時的だ。『世界』を断ち切ってもすぐに関係性が薄れる訳じゃねえ。記憶さ

えありゃいつだって辿り着ける」

 日吉はゆるゆると首を振った。

 駄目だ。

 こんなのは、駄目だ。

 またな、なんて気軽に答えて背中を向ける。

 その背中に、信長や五右衛門が怒声を上げているのを分かっているのか。自分やヒカゲやヒナタが

どれほどに嘆くか知っているのか。いや、すべて理解してるに決まっている。その上で尚、こんな真似

を仕出かすのだ。

 罪滅ぼしの如く贖罪の如く逃げ道を見つけたかの如く―――。




「………駄目だっっ!!」




 叫んだ、あとの。

 自分の行動を自分自身で日吉は正確には理解していなかった。

 ただ、思うままに足を踏み込んで。

 消えかかっていた兄の手にあった刀を引っ掴んで、思い切り。




 力任せに―――『入れ替えた』。




 頭の中を棒でかき回されたような痛み。歯を食い縛ってそれに耐え、幾度も蹈鞴を踏んで振り向け

ば先刻までと異なり、己以外の全てが歪んでいた。

 歪んだ視界の先、『弾かれた』秀吉が呆然とこちらを見上げている。

 ヒナタとヒカゲが何か叫んでいる。

 五右衛門が、上空の小六が、犬千代が、呼んでいるのに―――それすらもやたら遠くて。

 出来ると思った、その通りのことが実行できて喜ぶより先に驚いてしまう。双子だからこそ、別世界

の『同一存在』だから出来ること。

 いま正に切り離されようとしていた秀吉と―――『自分』を入れ替えること。

 ゆるゆると思考回路が復帰して、穏やかに日吉は微笑んだ。茫然自失の体の双子の兄に目を合わ

せると。

 刀を、手前に掲げ持ち。




「―――お前がひとりになる必要はないんだ、秀吉。オレが代わりに行くから………」




 ひとりで戦い、ひとりで悩み、ひとりで苦しんでいた兄に代わって。

 少しぐらい―――自分も、頑張らなくちゃいけないと。

 思った。

 周囲は磨りガラスを通したかの如く曖昧で、憶測で顔をそれと思しき方向へ向けたけれど確認しよ

うがないのが少しだけ残念だった。

 声を張り上げる。

「信長様………オレ、行きます………!」

 ―――でも。

「必ず、戻って来ます!! だから………っ、それまでに、怪我、治しておいてくださいね!!」

 でなきゃ本気で怒りますから! と続けるより先に、当たり前だ、好き勝手やってんじゃねえ、このバ

カザル! と。




『てめぇの人生だ、好きにしろ! だがな―――戻るって宣言したんなら、戻らねぇとブン殴る! 時

空改変も歴史の歪みも知ったことかっっ! 今日の分もこれから先の分も、きちっと利子つけて置い

といてやらぁ!! いいか? 他でもないオレが、お前を………、―――!!』




 紛れもない信長の罵詈雑言に堪えきれず笑みを零した。誰の姿も見えなくてとも周囲はあたたかな

乳白色の光に包まれている。行き着く先が暗闇の世界でも構わない。戻ろうという意志と、待ってい

てくれる仲間と、会いたくてならない人がいる限り。

(………だから)




 泣かないで。

 泣かないでほしいんだ。




(―――秀吉………)




 手にしていた刀をきつく胸に抱き締める。

 時間の渦に巻き込まれて一気に流される感覚に、日吉は強く瞳を閉じた。








 ―――この日。




 地球軍と宇宙人の戦いは一応の終わりを見せた。互いに被害は甚大ながらも戦闘の終結に各国

政府と国民は一様に胸を撫で下ろした。

 たとえその影で、戻らない仲間に涙する者たちがいようとも―――。




 残酷に、冷徹に、慈悲深く、穏やかに。




 ………時間は過ぎていくのだ。



 

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これにて最終回一歩手前のBパートも終了。

残すは異様に長い最終回だけですヨ!(異様に長い………??)

 

「このラストはないっしょ!!」って感想を抱く方も多いかと存じます………が。

もともと『コロクンガー』には「原作の踏襲」という基本的な考えがあったため、

本編ラストがあれである以上、『コロクンガー』も同じ運命を辿らざるを得ないと考えたのです。

即ち、日吉が『この世界』から一時的に消えること。

 

とはいえ若干のアレンジは加えてありますし、真の敵(?)は結局

登場しないまま終わってますし(笑)。

次回以降は、お約束的に「数年後の皆様」を描いて行きたいと思います〜。

よろしければもう少しだけお付き合いください♪

 

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