※リクエストのお題 : 恋人同士のジョミブルで、日常のふたり。

※「日常」にはなったと思うんですが、「恋人」の「こ」の字も出てこない状態に………(苦)。

※ブルーが天然に腹黒いです。ジョミーが天然にお子様でややお間抜けさんです。

※たぶん、一番可哀想なのはハーレイとヒルマン教授です。

※一応、アニメ設定です。

※その辺をご理解頂いた上でお読み頂ければ幸いです………。

 

 

 


「おはようございます、ソルジャー!」

「………おはよう、ジョミー」

 そう答えたっきり、ブルーは自らの上に覆いかぶさっているジョミーを見上げてしばし停止した。

 


― Crapula ! ―


 


 どうしてこういう状態になっているのかな? と、寝起きのあまりよく働かない頭でブルーはのんびりと考えを巡らせた。

 初めに思ったのは何か怒ってるのかなとか、起こそうとしてたのかな、ということ。
 だが、相手が満面の笑みを浮かべているところからしてその可能性は低そうだ。顔に落書きしたかったのかもしれないと考えるのは流石に彼に失礼だとちょっとだけ反省する。

「どうしたんだい?」

 たっぷり三分は見詰め合ってから、ようやく彼は問いを発した。
 未だ十四歳当時の外見からさほど成長していない少年は困ったように視線を彷徨わせてから、

「すいません。ちょっとだけお願いします」

 と、ブルーの頭の下―――より具体的に言うならば枕の下―――で、モゾモゾと手を動かした。

 ああ、そうか。
 だから先刻からちょっとばかり首元が痛い気がしたんだな、と。
 やっぱりズレた感想をブルーは抱く。

 つまるところジョミーはわざわざ青の間までやって来て何かを隠そうとしているようなのだが、さて、その何かが何なのかとなると現段階では硬いものであるとしか察しがつかない。
 丁度収まりがいい場所を発見したのかジョミーが満足そうに笑う。
 痛くありませんか? との問いに「大丈夫だよ」と微笑み返す。無駄に大きなこのベッドと枕の組み合わせであれば気にする程のものでもない。

 ほっとした表情で彼は身体を起こすと実に楽しそうに唇に人差し指を当てて見せた。
 後できちんと説明します、だからそれまでは誰が聞きに来ても。

「秘密ですよ」

 正面きって頼まれてしまえば、ブルーには頷くしか選択肢が存在しなかった。








 一体なにを隠したのか気になりもしたけれど、のそのそと枕の下を調べるのはルール違反の気がしたからサイオンを使うのもやめておいた。
 折角だ、僅かなりと伝わる感触から推測してみよう。
 能力を禁じての物理探査は久々で、再びジョミーが此処を訪れるまでに言い当てられるかは微妙だったものの、幸いにしてヒントは向こうからやって来た。

 ヒントは、『ひと』の形をしていた。

 まずやって来たのはヒルマンだ。
 彼はこれまでも何度かジョミーの教育の件で相談に訪れることがあったけれど、今日は違うようで。

「お久しぶりです、ソルジャー・ブルー。お身体に障りはございませんか」

「大丈夫だよ、ヒルマン。今日は気分がいいんだ。―――何かあったのかい?」

「いえ、その………」

 珍しくも言いよどむ。彼とて永年に渡り仲間を率いてきた面子のひとり、思考を読まれるようなヘマはしまない。
 が、ちらちらと辺りを窺う気配までは隠しようもなく。
 ひとを捜しているのか物を捜しているのか、ひとならばジョミーだろうし物ならば枕の下に眠っているそれに相違あるまい。
 無論、自ら申告するほどブルーがジョミーに対して薄情であるはずもなく。

 くすくすと笑みを零せば何処か困った表情を返された。

「何か面白いことでもございましたか」

「君があたふたしている様は珍しいから」

 意地の悪い言葉を告げれば、相手はいよいよとため息をついた。

「………ジョミーが此処に来ませんでしたか」

「どうだろう? 僕はほとんど眠っているから知らぬ間に来ていたら気付きようがない」

 日常についてであれば嘘ではないが、今日の出来事に対してであれば嘘となるセリフ。

 やれやれと首を振ったヒルマンは船内の状況を二、三、報告して場を辞した。

 最近どうもジョミーが反抗的で困りますと呟きはしっかと耳に残ったけれど、でも、彼は頑張ってるじゃないかとやっぱり聞き流すことにした。

 次いでやって来たのはハーレイだった。
 ブルーの意識がある限り彼は船の航路やら何やらを細かに伝えに来てくれるから、来訪自体は珍しいことじゃない。

 だが、少し。
 今日は態度がそわそわしていたようだけど。

「ソルジャー、率直にお伺いしてよろしいでしょうか」

「いいよ」

「ジョミーに何か頼まれませんでしたか」

「頼まれてるよ」

 にっこり笑って頷けば、船長は虚をつかれたような表情を浮かべた。
 続いて、場を紛らわすように咳払いをして。

「………本当ですか?」

「勿論。長生きしてほしいとか無理はしないでほしいとか、みんなの心配ばっかりしてないで偶には自分の身体を労わってくださいとか、目覚める度に彼の思念に頼まれてばかりだ」

「からかわれては困ります」

 む、とハーレイが唇を噛み締める。

 そんなことぐらい先刻承知、ジョミーの強すぎる思念は時に船内に留まって多くのミュウの精神をかき乱す。最近では日常茶飯事になりすぎて話題にすらのぼらなくなったけれど、しかし、彼の一喜一憂が周囲に伝染するのだから困りものだとすぐに愚痴っぽい気遣いに切り替わる辺りは相変わらずの生真面目さだ。

「彼が今日、あなたの許を訪れたのは分かっているんです。ただ、その時に―――」

「何かを託されはしなかったかと訊きたいんだろう? なら、何を捜しているのか教えてくれないかな」

 先ずはそれからだと至極まともに言い返せば相手が答えに詰まる。
 別に、何を隠していたところで誰を責めるつもりもないのだけれど。

(………なるほど?)

 ヒルマンにもハーレイにも共通して感じるのは悪戯を見咎められた子供のような後ろめたさ。
 仕方あるまい。
 外見はともかく、自分は彼らより遥かに年上なのだから。

「安心したまえ。たぶん、そんなに悪い結果にはならないから」

 笑いながらハーレイを追い返す頃には、ブルーの頭にひとつの答えが導き出されていた。








 ジョミーがあらためて青の間を訪れたのは、先客二名が帰還してから然程経たない内だった。
 起きてたんですね、との声に今日は体調がいいんだよと答えれば掛け値なしの笑みを返された。ゆっくりと上体だけを起こして、首を傾げる。

「ジョミー。事情を説明してくれるかい?」

「………」

「ヒルマンとハーレイが物凄く控え目に何かを探しに来たよ。一体なにを隠したんだい?」

 それでも向こうは先の指導者たちと同じく、我侭を窘められる子供のように往生際悪く視線を彷徨わせるものだから苦笑を零すしかない。

「―――君が隠したのは」

 当ててみせようか、と両手を胸の前で組み合わせ、揃えた人差し指で相手を示す。

「ワインだ。違うかな」

『当たってる………!』

 言葉よりも早く漏れ出した思念に笑みを零した。

 あたふたとジョミーが駆け寄る。

「どうして分かったんです? 見て、ないですよね」

「あのふたりが共通して探すものなんて比較的限られているし、それに、彼らの表情には見覚えがあったからね」

「そうなんですか?」

 ほんの少しだけ頭を垂れて、やや恐れ入っている感じの子供を手招きする。
 しおしおと項垂れてはいたが、ブルーに呼ばれてあっさり機嫌をよくした彼は「参りました!」の宣言つきで枕の下からワインの瓶を取り出した。

 恭しくも手渡されたワイン瓶を見てブルーはちょっとだけハーレイたちに同情する。
 いまとなっては入手の難しい―――自分たちはとうとう宇宙に出てしまった―――透明感のある綺麗な深緑色のそれは間違いなくヴィンテージものだ。これを大した理由もなく奪われたとしたら彼らでなくとも泣きたくなるだろう。シャングリラ内でのワイン製造は未だ成果があがっていないのだし。

「どうして隠したりしたんだい?」

 答えを促してみれば。

「僕を子供扱いするからです!」

 ………実に子供らしい答えが返ってきた。

 再び受け取ったワイン瓶を片手で転がしながらジョミーは唇をとんがらせる。

「僕だってもう『目覚めの日』を迎えて随分経つんですよ? 一般的に考えれば成人扱いされていい年齢じゃないですか。なのに、事あるごとにやんちゃだとか落ち着きが足りないとか精神的に未熟だとか言いたい放題言ってくれちゃって!」

 だからこれは正当な反抗なんです!
 と胸を張る辺りが既にしてお子様―――いや、あまり深くは考えるまい。

 彼の主張は、こうだ。

 ある日、彼は特訓をしてもらおうと珍しくもハーレイの部屋を訪れた。
 するとそこにはヒルマンがいて、更には机の上にワインとグラスが置かれていて、思念を読むのが不得手である彼の目にもふたりが酒盛りをしていたことは明白だった。

 娯楽の類にはそこそこ興味がある。アルコールだってもう飲んでいいはずだ、成人したんだし! と強請ってみたものの、「とある国では飲酒は二十歳からなんだよ」とヒルマンのよく分からない理論でかわされて、祝い事があったら封を解くことにしようとハーレイがとっととワインを片付けて、ジョミーの機嫌は一気に悪化した。

「だから、ふたりがブリッジにいる隙にこっそりと―――」

「………ジョミー」

 がっくりとブルーは項垂れた。
 いつもいつも力の制御が大雑把な彼なのに、どうしてこんな時ばかり秘めた実力を遺憾なく発揮してくれるのだろう。ハーレイがしまったワインの所在を割り出すこと、施錠された部屋に入り込むこと、音を立てずに物を盗み出すこと、どれもが容易ではなかったろうに。

 それだけ腹に据えかねたってことなのかな、と思えば可愛くもあるのだが。

(………このままじゃふたりが可哀想すぎるか)

 持ち主に返すのが筋だが、意地だろうと根性だろうと頑張って奪ってきた彼の努力をあっさり水泡に帰すのも悪い気がしてしまう。

 それに―――ジョミーの役に立てば彼らとて文句は言わないだろう。

「ジョミー、貸してくれるかい?」

 受け取ったワイン瓶の中身を重さと感覚で推し量る。
 軽く指を鳴らして船内から丸テーブルとワイングラスを一個、調達。ベッドの横へと並べる。テーブルクロスと花瓶に活けた花も用意したかったが、これから行おうとしていることを考えれば余計なアクセサリーの類は排除すべきだろう。
 ベッドの脇に腰掛けて緩く足を組む。

「ワインは何を楽しむものだと思う?」

「え………? 味、ですよね?」

 戸惑ったような答えが返された。
 確かに、味を楽しむのも目的のひとつだと頷きながら右手で支えていた瓶を宙へと浮かす。クルクルと回転させて銘柄をさり気なく確認しながら器用にもサイオンの力だけでコルクを空けた。
 丸テーブルの上に鎮座しているグラスにトクトクと軽い音を立てて赤い液体が注がれる。

 ク、と右手の人差し指で手招けばまるで最初からそこにあったかのようにグラスはブルーの手に納まった。一番細い柄の部分を二本の指だけで恭しく摘む。

「味は一番のポイントだけど、ワインを飲むなら同時に色と香りも楽しまなければ勿体無い。日の光のもとの色、照明を弾き返す色、テーブルクロスの上に描かれた陰影、それぞれに異なりそれぞれに味わい深いものだ」

 ゆらゆらとグラスを揺らす度に地面に落ちた影が同じように揺れる。
 水を透過して投げ掛けられる影は独特の揺らめきと反射を宿す。この部屋全体の色彩が青で統一されているためか、少しくすんだ赤色はかなり映えるのだ。

 僅かな傾きをもたせたグラスを顔に近づけて目を閉じる。
 ほのかに漂ってくる香りを華や果物に喩える者も居れば、遠いむかしに失った夢のようだと懐かしむ者も、愛しい相手を思い起こさせると喩えた者もいる。

 こころゆくまでふくよかな香りを堪能した後に、ほんの少し、唇を湿らすようにして味を確かめる。
 僅かな苦味を残す喉ごしを苦手とするか好ましく思うかは人それぞれだ。
 個人的には、嫌いではないが進んで味わいたいとまでは思わない。飲めない訳ではないからハーレイやブラウの酒盛りに付き合ったこともある。不本意ながら「ザル」だと言われたこともある。本当に自分が「ザル」だとしたら、真実、酒盛りを愛する彼ら―――当人たちには反論されるかもしれない―――に悪い気がするので、以後、ブルーは酒を控えている。

 グラスの縁に唇をつけただけでそっと手を離せば、じっとこちらを食い入るように見詰めていたジョミーが何故かこくりと喉を鳴らした。

 ………そんなに飲みたいのだろうか。

 いつの間にか正座していたジョミーが「はいっ!」と学生の如く手を挙げる。

「あ、あのっ、僕も飲んでいいですか!?」

「いいよ」

 さらりと返してから、僕は飲まないけど、と付け足した。

「ええっ!?」

「ただ、」

 愕然としたジョミーが身を乗り出すのを手を出す仕草で押し留め。
 裏返したてのひらで指を鳴らせば、途端にテーブルの上に現れるのはいまひとつのワイングラス。今し方まで自身の手にあったグラスをサイオンで隣へと運ぶ。

 中身が入ったグラスと、空のグラス。

 半ばまで注がれた真紅の液体が微かな振動を感知してゆらゆらと揺れている。

「これから出す課題を君がクリアできたら、一緒に飲もうかな、とは思うよ」

 成功報酬がこれなんて君には不服だろうけれど、と薄く笑うとそんなことありません! とやたら元気良く否定された。

「どんな課題ですか?」

「簡単だよ。グラスにワインを注いでくれたまえ」

 ただし。

 両手は使わずに、サイオンのみで。

 告げるや否やジョミーの眉が情けなさそうに下がった。
 追い討ちをかけるように「隣のグラスと寸分違わぬ量を注いでくれ」と注文をつければいよいよガックリと肩を落とす。

 言葉にすれば、サイオンでグラスが動かないよう支えつつ、瓶を傾けてワインを注ぐだけのこと。
 しかし、力の加減を誤ればグラスは割れて飛び散り、瓶は逆さまにひっくり返り、ワインはあっという間に規定量を超えて床に溢れ出すことになるだろう。

 隣のグラスと全く同じ量にしようと思うなら、予めサイオンでグラスに「これ以上は注がない」との意志を篭めた『ふた』をしておけばいい。
 そうすれば、ワインは過不足なく注がれる。

 だがそれは、繊細なコントロールを苦手とするジョミーにとっては至難の業で。

 例えばこれがグラスを割れとか瓶を粉微塵にしろとかだったら彼も肩を落としはしなかったろう。
 でも、仮にもハーレイとヒルマンの大切な嗜好品をちょろまかしてきたのだから、少しは訓練の側面を持たせなければ悪いではないか?

「多すぎたり少なすぎたりした場合は飲み干していいよ。………空にするのはまずいから、そうだね、チャンスは3回にしておこうか」

 ううう、とジョミーが下唇を噛み締める。

「挑戦しなかったらどうなるんですか」

「このままふたりにワインを返そう。勿論、君にも謝ってもらうけど―――」

「いまグラスに入ってる分はどうするんです?」

「君にあげる訳には行かないし、僕も進んで飲みたいとは思わないし………フィシスも嗜む程度だし。そうだね、どうせならハーレイにあげようか。ヒルマンでもいいけど」

 何に拘っているのかと首を傾げれば密やかな彼の思念が伝わってくる。
 感情の切れ端だけではやはり、何を気にしているのかよく分からなくて、もう一度ブルーは反対側に首を傾げた。
 どうやら彼はブルーが口―――唇―――をつけたグラスを、他の者が使うことを気にかけているようなのだが、流石の自分も伝染性の病は抱えてないと思う。それに、アルタミラ脱出当時は食料や食器にも事欠いていたから回し飲み・回し食いなどザラだった。今更ハーレイもヒルマンもそんなことに頓着しないだろう。

 流すなんて勿体無いし瓶に戻すのは認め難い。
 などと告げれば憮然としたジョミーが居住まいを正して宣言した。

「分かりました。この課題、絶対にクリアしてみせます!!」

 僕の意地と名誉と後継者の名に賭けて!! と力一杯、叫ばれて。

 そこまで意地を張るようなことだったかな? と、改めてブルーは首を傾げた。

 ジョミーがじっと目を閉じて、精神を集中する。
 カタカタと微かに丸テーブルが振動するのは『抑え』ようとしているからだ。床に置かれていた瓶がゆっくりと持ち上がり、危なっかしい軌跡を描きながらグラスの上へと到達する。
 丸テーブルの揺れはいよいよ顕著だ。

「………ブルーッ」

「なんだい?」

 ベットの端に腰掛けたブルーの態度は実に暢気なものだ。

「―――隣のグラス、どけるのって、ダメですかっ。もしくはグラスを床の上にっっ」

「隣のグラスをどけたら基準が分からなくなるだろう? ましてや、希少価値の高いワインを床に向けて注ぐなど論外だよ」

 さらりと言い返せばグッと相手が答えに詰まる。後者は難癖に思えないでもないが前者が正しければ反論は封じられる。
 ふるふると不安定に揺れる瓶の口から、恐る恐るとワインが注がれた。目測でおよそ半分。思ったよりも勢いよく零れ落ちることに制御の難しさを痛感したのか、ジョミーの表情が険しくなる。

(………肩に力が入りすぎてるな)

 傍から見ていると何処に無駄な力がかかっているか分かり易い。
 批判は容易くとも実践は困難だ。ジョミーは力を制御できていないと声高に糾弾する長老や他の仲間においてさえ、今回と同じ課題を出したなら果たしてどれほどの者がクリアできるだろう。

 視線の先ではジョミーが注ぐ量を調節しようと四苦八苦している。そーっと、そーっと、と無意識に呟きながら瓶の傾きを調節している。僅かに隙間から覗いた雫がぽとぽとと実にじれったい速度でグラスへと吸い込まれる。
 このまま待っていればいつかは目標の量に到達するかもしれない。
 が、そんな悠長に待っていられるほどジョミーは暢気じゃなかったし、力の制御も上手くはなかった。
 ジリジリと焦れた色が瞳の端に滲んだ瞬間、ワイン瓶はあっという間に宙返る。

「ああっっ!!」

 咄嗟にバランスを戻したから中身をぶちまけこそはしなかったものの。

「―――残念」

「う………」

 ブルーが告げるまでもなく、グラスには溢れんばかりにワインが注がれていた。表面張力でかろうじて器に留まっている赤い液体は確かめるでもなく規定を超えている。
 くすり、と笑いを乗せて彼を促した。

「得をしたじゃないか、ジョミー。さあ、飲みたまえ」

「………あの、ふと思ったんですけど」

「なんだい?」

「もしかして僕は、失敗し続ければ飲み放題なんじゃ………」

「三杯分だけだけどね。気にせず飲みたまえ。君が嬉しいなら僕も嬉しいよ」

 あなたには何の利点もないのに、との声を軽やかに無視してブルーは笑う。

 君が飲みたがっていたからこそ持ち出した策なのだと、失敗しても成功してもジョミーだけはワインを飲むことが出来る実に甘やかした課題なのだと、いい加減、彼も気付いたかもしれない。
 眉間に皺を寄せたジョミーはいまにも零れそうになっているグラスを手で引き寄せると、止める暇もないほど性急にワインを煽った。色や香りを楽しむも何もあったもんじゃない。
 大丈夫かな、とあごの下に手を当てたブルーの前で、案の定、全身を大きく震わせて。

「に、っが………っっ!!!」

「だろうね」

 苦味の底に流れる旨みを感じ取れるようになるまでは、多少、飲み慣れる必要がある。
 僅かな苦味を残す喉ごしを苦手とするか好ましく思うかは人それぞれだ、と先刻も考えたけれど。

 グラスを振り上げてジョミーが叫ぶ。

「物凄く苦いじゃないですか! ハーレイやヒルマンはどうしてこんなものを後生大事に飲むんです!? オレンジ・スカッシュの方が百倍も美味しい!!」

「うん、そうだね」

 ―――少なくとも現時点の後継者にとっては前者のようだ。
 想像通りの反応にいささか楽しさを禁じ得ない。

 そりゃあ、君にとってはオレンジ・スカッシュの分かりやすい甘さと柑橘系の香りの方が好ましいに決まっているとも。あれは『ママ』が君のために用意してくれたもので、飲み慣れたもので、過ぎ去った懐かしい日々を思い起こさせるもので、更に言うならば。




「お酒は、おとなの飲み物だからね」




 ゆっくり微笑むと、何故かとてつもなく不貞腐れた表情で睨み返された。

「………ずるい」

「じゃあ、やめるかい?」

「いえ、やります」

 再度の問いに返されたのは否定だった。彼がやりたいと言うならば止める理由もない。
 ただ、少し。
 彼の頬が赤らんできているのが気になるけれど―――。

「………ジョミー」

「なんれすかっ!!」

 グラスをすったーん! と勢いよく丸テーブルの上に戻したジョミーの目が据わっている。
 間違いなく据わっている。
 ついでに言葉遣いも怪しい。

 え? だって、先刻飲んだばかりだよ? 流石に早すぎるよね?

 と、誰に向けたともしれない呟きを内心で繰り返す。

「ソルジャーっ! いーたいことがあるならはっきりゆってくだすぁい!」

「………君の言葉遣いが幼児化してる気がするのは僕の耳が遠い所為かな?」

「失礼な! あなたはキレイです!」

「―――ありがとう」

 うん、ここは礼を言うべきところではない。話が噛み合ってない。
 そう思っても言ってしまったものは仕方がない。
 ブルーの言葉にぱあっ! と表情を輝かせたジョミーは鼻歌まじりで瓶を持ち上げる。サイオンを使っているから、一応課題は覚えているようだけれど、クルクルと無意味に回転を続けるワインの瓶は非常に危なっかしい。

 カタカタと震えた丸テーブルがふわりとグラスごと宙に浮かび上がる。

「ジョ、ジョミー。なにもテーブルまで動かさなくても………」

「こっちの方が入りやすい気がしますっっ!!」

 たぶんそれ、君の思い込み。

 なんてことをジョミーに甘いブルーが口に出来るはずもなく。

 ゆらーりゆらーりと一定の高さで踏み止まりながらも丸テーブルとワイングラスと赤ワインの瓶は追いつ追われつを演じている。
 これではいつまで経っても注げない。

 いまや完全に瞳をふらつかせたジョミーが、正座していた己が膝をぽん、と叩く。

「ブルーっ! 僕、分かりました!」

「え?」

「瓶の中身を移動すればいいんれすねっっ! 移動対象がちっちゃいものなら僕でもできるんじゃないかってヒルマンがゆってました!!」

 そうだね、確かにそれも回答のひとつではあるね、でも物質移動にはより細やかな精神集中とサイオンの制御が必要―――なんて講釈をブルーが垂れるより早く。

「えいやっ!!」

 パチン! とジョミーが指を鳴らすと同時。

 ワイングラスは中身を溢れさせた。

 がっちゃん! と、いっそ割れないのが不思議なくらい盛大な音と共に丸テーブルとワイングラスとワインの瓶は床に落ちる。
 グラスから溢れ出た赤ワインがビタビタとテーブルを濡らした。

 ………まあ。
 当然の結果、―――だろう。

 遠心力の余韻を残して派手に波打つグラスを見ていたジョミーの瞳が、途端に涙で満たされる。
 ブルーは慌てた。
 何故泣くのだ、泣かせたくて課題を持ち出した訳ではない、真面目な思惑に加えて「飲みたいなら飲ませてあげようじゃないか」と考えただけだったので、まるっきり逆の結果が訪れたともなれば『長』の威厳も掻き消えてオタオタと慌てるしかない。

「ジョ、ジョミー? ジョミー?」

 一度はベットから腰を上げたものの、微妙に体力が足りなくて再び腰を落とす。

「僕はっ………僕はっ、ダメな奴らっ………!!」

 がっくりとジョミーが両手を床につく。
 未だ表面を波打たせていたグラスをガッ! と持ち上げて杯を呷った。
 そんな飲み方したらいままで以上に酔いが回るよ! なんてブルーの内心の叫びを知るはずもなく、ワイン瓶を抱きかかえながら床をてのひらで叩く。
 どこの親父だ、君は。

「僕なんて………っ! 力は制御できないしミュウの歴史は長すぎて覚えらんないしいつまでも人間との和解を考えてるしワインが美味しいって思えないしぃぃぃ―――!!」

「え、あの、ジョミー? 他はともかく人間との和解はいい考えだと思うよ? それにほら! おとなでも子供っぽい味覚のひとはいるんだから別に君の舌が三歳児なみに未発達でも何も恥じ入ることは」

 ブルーの言葉は。

 何気に容赦がなかった。

「三歳児って三百歳の百分のイチぃぃぃぃぃ!!!」

 ジョミーが床に崩れ落ちる。

 だって君はまだミュウになって間もないし、ミュウとしての経験値だけで言えば赤ん坊も同然なんだから気にしちゃいけないよ―――なんて続けては駄目なんだろうなと、落ち着いた顔の下で物凄く慌てながらもブルーはかろうじて冷静な判断を下した。

 にじにじとベットの端まで寄ってきたジョミーがすっかり涙ぐんでブルーを見上げる。
 片手で遠慮がちにブルーのマントの裾をそっと摘んだり、きちんと正座をしている辺りに彼らしさが窺えるが。
 小動物を構う気分でぽんぽんと軽く頭を撫ぜていると何とも言えないため息が零れた。
 まさかジョミーがここまで酒に弱いとは。いや、泣き上戸か。
 ハーレイやヒルマンがこの事態を見越してジョミーの飲酒を禁じたのであれば素晴らしき慧眼と讃える他ない。

「―――ワインぐらい。そのうち飲めるようになるよ」

 急いで成長する必要はないんじゃないかな。
 時が来れば嫌でも成長せざるを得ない。特に君の場合は。いまでも充分以上に周囲の期待に応えようと努力しているのだから、そんなに焦る必要はないよと思念で伝える。

「………っ、でも………!」

 肩を震わせた彼はやおら立ち上がりると、ブルーにしっかとしがみついた。

「うわっ!?」

 ただでさえ体力には難のある年長者が受け止めきれるはずもなく共倒れとなる。
 ベッドの上だからよかったものの、これが床だったならタンコブ程度じゃすまなかったに違いない。

 抱きつかれたままの姿勢で薄青い天井を見上げる。
 覆い被さってくる相手の身体は未だ幼く、この身にどれだけの負担を強いているのかと自省の念を抱かせる。ぎゅうっと力任せに抱きつかれるのは苦しかったが、子供特有―――と言ったらまた拗ねるのか―――のあたたかな体温は素直に心地よいと感じた。

 頭を撫ぜていた時と同じ感覚で背中を叩く。
 第三者が此処にいれば彼の行動は不敬に当たると声高に叫んだかもしれない。
 でも、誰も見ていないいまぐらい別にいいじゃないかと呟いて。

 至近距離からジョミーがじっと見詰めてくる。
 目が大きいな、可愛いな、そういやむかしアルテメシアを思念体で散策していた時やたらなつっこい子犬に見つかって、なんて記憶を思考の片隅で思い返していると。

「僕っ………ハーレイたちが、いっしょ、飲んだって………!」

「ジョミー?」

「って―――僕だ、って………っ!」

 もはや自分でも涙を抑えきれないのだろう。力任せに抱き締めてくる腕からかろうじて逃れた右の手で、しゃくりあげる彼の頬に流れる涙をたどたどしく拭う。
 そして伝わる、失礼だろうからと敢えて読まないようにしていた感情が。

 ―――嗚呼。
 そうか。

 悪いと思いつつも隠したのは子供扱いされたから、仲間に入れてもらえなかったから、意趣返ししてやろうという悪戯心から。
 けれどもそれ以上に。

 知らない過去の出来事を語る彼らが、おとなに成り切れない自身の曖昧さが。

 参ったなあ、と苦笑する。
 確かに、ブルーの過去に彼はいないだろう。けれど、この先の出来事なら。

 大切に、忘れずに、ひとつひとつを刻み込むように―――覚えていくのに。

「………ブルー」

 ジョミーが瞬きを繰り返す。
 酔いが眠気に変わってきたのだろう。これだけ近くにいるのに視線は覚束ない。

「お願い―――す、から………と、いっしょに―――」

 僕は。

 あなたを支えたい。
 あなたの理想を継ぎたい。
 あなたの悲しみを引き受けたい。
 あなたと共に居たい。
 これまででなくこれからの時間を過ごすために、たとえ分不相応と知っていても。

 僕は、―――『そう』なりたい。

「………」

「―――ジョ、」

 聴き取ろうとした言葉は耳元を掠めて消える。
 代わりに届いたのは強い思念と、あたたかな身体の重みと、それから。




 それから。




「………」

 ほんの僅か。
 睫毛を揺らめかせたこちらの態度に気付いただろうか。

 しばしの沈黙の後、こんな時ですら速まる素振りを見せない己が鼓動に聊かの落胆を覚えつつ、そこだけは若干の赤味を宿した頬の熱がバレなければいいと思いつつ、上から覆い被さったまま動かなくなってしまった彼の様子を窺う。
 抱き締めた腕は緩みもしない。
 迷子の子供がようやく母親を見つけ出した時と同じぐらい必死にしがみ付かれている。

「………ジョミー?」

「………」

「あの………ちょっと、重―――」

「………―――」

 やがて、高性能の補聴器が捉えたのは。




 ブルーの肩口に顔を埋めたジョミーの安らかな寝息だった。




 ………なんというか、もう。

 この子は。

 零れ落ちた溜息の大半は脱力で占められていたように思う。伝わった感情に想いを廻らせて。

 正直、―――彼の望みを叶えてやれる自信はない。
 その一方で、疾うに叶えていた気もする。
 おそらくは己とて自覚なしに幾許かの思念は溢れていたはずだから。

「お互い様、かな」

 苦笑した後にもう一度だけ強く彼を抱き締め返した。








「―――と、まあ、そんな訳だから。許してあげてくれるかな?」

「そんな訳って、ソルジャー………」

「説明になっていない気がするのですが」

 あんまりにもあんまりな長のご説明に、一生懸命に背筋を張って耳を傾けていたハーレイとヒルマンは揃って顔を覆った。
 業務中にいきなり思念で呼び出された上に「すまない、だいぶ減ってしまった」と大切なワインの成れの果てを前触れなく手渡されたのだから、彼らの胸中は察して余りある。
 ましてや、目の前の光景が仲良くベッドに並んで寝こけている新旧ソルジャーと来ては。

 楽しみながらチビチビ飲もうと思ってたのに、と常に無い愚痴をヒルマンが零したとしても一体誰が責められるだろう。

 咳払いをひとつ。
 気を取り直してハーレイが問い掛ける。

「ところで、ソルジャー・ブルー。ジョミーは起こさなくて宜しいのですか?」

「久しぶりに深く眠れているようだから起こすのも悪いよ」

 二日酔いにはならないだろうけど、あと数時間だけ眠らせてあげてくれないか、と重ねて頼まれれば前ソルジャーを敬愛しているふたりが断れるはずもない。

「ところで、ヒルマン。ジョミーの訓練はもう少し内容を変えた方がいいかもしれないね。防御を主体として教えているようだけど、それでは彼が苛つくばかりだ。時に攻撃をメインとしたメニューも組み込んでやりたまえ」

「しかしソルジャー。ジョミーの思念波に対抗できる者がおりませんので………」

「ならば僕が相手をしよう」

「ソルジャー!」

 ハーレイの声も何処吹く風。
 よっこらしょとベッドに横たわったままの体勢でブルーは素知らぬフリを決め込んでいる。

「いいじゃないか少しぐらい。それが駄目ならもう少しジョミーが肩の荷を降ろせるよう取り計らってやりたまえ。鬱屈した感情を抱え込んだままでは出来るものも出来ないし伝わるものも伝わらない」

「―――ソルジャー」

 流石に付き合いの長いハーレイは何かを察したらしく。

「何か、あったのですか………?」

 問い掛けてきたものの、ブルーが満面の笑みと共に「何も?」と返せば、僅かな沈黙ののち「もういいです」のぼやき声と共に素直に引き下がった。

 ヒルマンと並んで辞去の意を告げる。

 ふたりの背中が遠ざかったのを見届けてから、深い息と共に身体をベッドへと沈めた。こんなに長い時間、起きて喋っていたのは久しぶりだ。
 ちらりと隣を眺めれば相変わらず赤らんだ表情のままジョミーが枕を抱き締めて爆睡している。
 果たして、自身の抱き締めている対象がブルーから枕に換わったといつになったら気付くのか。

「………君の所為だぞ」

 ジョミーが感情を整理しきれないのはやるべきことが多すぎるからに違いないと、ハーレイに八つ当たりしてしまったではないか。
 しかも、告げるべきことをしっかりと最後まで告げてくれなかったなんて、実に個人的な理由で。
 これではジョミーを「子供」扱いできやしない。

 たぶん、二日酔いには至らずとも酩酊に等しかった彼は語った言葉も取った行動も朧気にしか覚えていないはずだ。百歩譲って課題を出されて杯を呷った時点までは記憶があったとしても、チャンスがあと一回残っていたと思い出したとしても、肝心要の出来事に関しては怪しいことこの上ない。

 隣で幸せそうに眠る少年はしばらく起きる様子もなくて。




『お願い―――す、から………と、いっしょに―――』




 あの言葉の続きを。
 思念という声にならない声だけでなく、きちんと起きている時に肉声で聞きたいと願っても。
 もう自分は一人前になったのだと当人が認めるまでは尋ねてはいけないのだろう。

 ただ。

(―――僕だけが覚えてるのは、不公平な気がする)

 だから、あの時。

 微かに唇が触れ合ってしまったなんてことは、絶対、絶対、絶対教えてやらないのだ。

 何かのきっかけで思い出したならその時初めて肯定してやろう。告白してきたら「実はね」と打ち明けてやろう。どちらにせよ彼は驚いて、どうして黙ってたんですか! と憤るに違いない。
 その様を思い描くことでちょっとだけ溜飲を下げたブルーは、疲労を訴える身体の求めに応じて瞳を閉じた。
 傍らに寄り添う熱に、気持ち良さそうに酔っ払ってしまった相手に、心持ち体重を預けながら。

 ―――人は、ワインなんてなくても酔うことが出来る。

 次の機会があったなら、他の手を借りること無く酔ってみたい。

 その言葉に、想いに、眼差しに、彼の全てに、頭の天辺から爪の先まで余すところ無く。

 ほんの一瞬の触れ合いだけで随分な手管を示したかと思えば、礼儀知らずにも先に寝てしまう。
 だから君は子供なんだよと繰り返し内心で苦笑しながらも。




 久しぶりにあたたかな気持ちと体温に包まれてブルーの精神は眠りに落ちた。








 


 

こい………びと………??(もはや疑問符しかつかない)

す、すいませんすいませんすいません、恋人同士っつーかむしろ自覚の前段階

みたいな話にっっ………!!(猛省)

つまるところブルーさんはジョミーが精神的に成長して告白しに来るのを待ってるってことなんすヨ!

相変わらず黒いネ! ← 必死に誤魔化そうとしている。

 

タイトルはラテン語で「酩酊」とか「酔っ払い」の意味になります(たぶん)。

翻訳サイトで翻訳しただけだから違ってても責任持たないヨ☆

ワインの飲み方の礼儀なんて知らないので細かいところはスルーします。

ハーレイの飲み友達はヒルマンじゃなかった気もしますがスルーします(調べろよ)。

 

こんな感じになってしまいましたが、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです〜っ。

リクエストありがとうございました♪

 

BACK    TOP

 

 


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理