窓の外は相変わらずの曇り空。こればかりは文句をつけても如何にもならない自然の摂理だ。
 暑い時期特有の陽射しが差し込んだかと思えば次の日にはこうして雨が降る。季節は徐々に移り変わっているのだと誰の目にも明らかになるように。
 むかしは四季の移り変わりなど感じるべくもなかったと聞いている。極端に汚染された大地、海、空、全てが人類に当然の如く牙を向けた。現世界政府が必要以上の開発は中止すべきとの策を打ち出したのはいつ頃だったろうか。おかげで確かに自然は守られ、四季が訪れ、動植物も人類から必要以上の迫害を受けることなく生き延びている。
 可能な限りこの星の運命に従うこと。それは悪いことではない。
 悪いことではないのだが―――例えば、太陽の黒点増加や彗星の接近など不測の事態が生じた時にさえ連中は「それも運命」と死を座して待つのだろうか。どうにもキースにはその辺りのことが不思議に思えてならなかった。
 この世界は、管理されていないようで管理されている。
 誰もが牙を抜かれて籠の中に保護されている。
 確かに安全は安全だ。他の生物にとっても、人類にとっても。己が愚かさのために限りある資源を食い潰すという真似を仕出かさずに済むのだから。機械に統治されていたなら反発も起ころうが、幸いにしてこれらは全て支配者階級の自発的な意志の発露によるものと聞く。

 しかし、これは。
 愚行を未然に防ぐと共に、「欲望」という名の進化まで否定しているかのような、これは。

 後ろでマツカがコーヒーを淹れている音だけが静かに響く。
 他の生徒会の面々は他クラブとの折衝に赴いている。いつでもどこでも予算の割り振りに関する揉め事は絶えないし教師連に報告すべき事柄も多いし他校との練習試合の日程の都合をつけたりと、とかく生徒会は忙しい。
 しかして率先して行動を起こすべき自分は生徒会室でのんびりと寛いでいるのだから微妙な心境だ。正確には、行動しようとしたら他の面子に邪魔されたのだが。セルジュやパスカルらにこぞって「疚しい点がないとは言え迂闊に動かないでください」、「部下が優秀であればあなたの評価も上がるはず。我々に任せてください」等と言い立てられては引っ込んでおくより他になかった。
 別段、キース自身は己がどうなろうと構わないのだが周囲はそうでもないらしい。生徒会長が交代すれば生徒規約も大幅に改編される可能性が高まるから、無関心よりは余程いいし、自分が代わることでより良い生徒会運営が行われるのであれば異議はない。
 そう考えているだけなのに、弁解も弁明も弁論もしない姿勢が傲慢だの自信過剰だの絶対的有利を確信しているに違いないだのと陰口叩かれるのだ。ここは憤慨すべきところなのだろうが、いきり立つのも馬鹿らしい気がして放置していると更に反対派の反感を買うという鼬ごっこになっている。
 そんなことをつらつらと考えながら生徒会室の雨に濡れた窓に指を触れた。
 視線の先には階下のテラスが広がっている。一見して吹き曝しだが透明なアクリルの天井が間を仕切っているため、テラスを歩く生徒たちは濡れていない。
 常ならば忙しく生徒が行き交うだけのその場所に妙な混雑が生じていて少々気を引かれた。これ以上の騒ぎになったなら出て行かなければならないなと思えるほどの黒山の人だかり。いや、教師が出て行く方が早いかもしれない。
 真ん中で対峙した数名の生徒を取り巻くようにして多くの者が見物に回っている。
 なにやら大声で言い争っているらしいうちのひとりはシロエだった。
 いつも通りの負けん気と意志の強さを秘めた瞳を真っ直ぐに相手に注ぎ込み、小気味よく何事かを言い返している。胸を張り、腕を組み、自分より背の高い相手まで見下ろさんばかりの勢いで捲くし立てる様は同級生連中から見ればうざったいと同時に頼もしく感じられるものだろう。
 見れば見るほど先日知り合ったばかりの少年に似ているなと考えて、でも、シロエの方がより尖がっているようだな、とも考える。
「マツカ」
「はい?」
「奴らは何を争っている」
 カップを手にしたマツカを招く。首を傾げつつ窓際に近付いた彼は、キースにコーヒーを手渡した後に、騒ぎの中核にいるらしいシロエを見て「ああ」、と頷いた。
 どんな理屈かは知らないがマツカは少し離れた場所の会話でも大体の流れを察することができる。当初、マツカはそれを隠していたが、読唇術と似たようなものだろうとキースが肯定して以来、他に聞かれる可能性のない場所で尋ねられた場合に限って答えるようになった。
「生徒会選挙のことについて話してますね」
「生徒会長になった暁の公約でも掲げているのか?」
「いえ、違います。―――彼としては、少し不満なのかもしれません。言い返しながら内心で確実に舌打ちしてます」
「何故だ」
 窓に触れたままの指先に水滴が溜まって湿る。熱を奪っていく感触が気になって窓から指を離した。
「あなたを、庇う言葉を口にする羽目になってるから」
「………」
「根も葉もない噂を立てるんじゃないと相手を攻撃してますよ。正々堂々戦えばいい、自らの理念と実力に自信があるのなら、と―――本当に彼は引くことを知りませんね。これでは相手の立場がない」
 マツカは決して負の要素を含んでいない苦笑をもらす。
「奴は退くことを知らず、突っ掛かってばかりだ。だが、だからこそ強い」
 例え相手がこちらをどう思っているとしても、少なくともその点においてキースはシロエを尊敬していた。おそらくシロエもこちらを嫌っているし反発もするが嫌いきれてはいないのだろうとも感じていた。マツカに言わせると彼がキースに対して抱く感情はもう少し複雑らしいのだが。
 流した視線がテラスの隅に来て止まる。
 さり気なく人込みに紛れ込んだぼさぼさの頭とグルグル眼鏡。外見だけでは、まさか奴がこの学校でも一、二を争う優秀な頭脳の持ち主―――ましてや彼は日頃のテストではかなり手を抜いている。おかげで点数を集計する側としては常に頭を抱える事態に追いやられるのだ―――とは思えまい。
 キースが見下ろすタイミングを察していたかのように、彼もこちらを見上げて薄っすらと微笑んだ。
 微笑んだ、とこの距離で判別ついたのは、ひとえに奴の性格に慣れてしまったからに相違あるまい。
 こういう展開を前にした時、必ずと言っていいほど奴は笑う。現役の生徒会長に絡んだ悲喜交々の出来事が起こる度に我関せずと言った風情で笑うのだ。その後にちょっかいを出す出さないは気紛れによるものだとしても、いずれにせよ奴は冷笑・微笑・苦笑・嘲笑のいずれかを浮かべるから。
 なんだつまりは笑ってばかりじゃないか、しかも大抵は負の要因で、などと呆れるのも今更か。
 あれが失笑の域まで達したところを幸か不幸か見たことがない。
 きっと、見る必要もない。
「………楽しそうだな」
 コーヒーを口に含んでぽつり、と呟けば。
「楽しいらしいですよ」
 同じく、彼の存在に気付いていたらしい部下が応えた。
 降り注ぐ雨の雫が視界を僅かに歪めている。電気をつけていなければすぐに、薄暗く青い世界に覆われるだろう。伝い落ちて行く雫を眺めるでもなく眺めながら揺れ動く波のような動きだけは確かに綺麗だと素直に感じた。
 雨は、血の色。
 水も、血の色。
 そう感じずに済むようになったのは確かに奴のおかげなのだろうと感じるのには未だ聊かの抵抗を覚えたとしても。
 事実は事実として認めるべきだ。
 血の色も、匂いも、感触も。
 留まりたいと願うひとの想いを余所に勝手に流れ、勝手に失われ、勝手に消えて行くのだと。
 だからこそ覚えていることに価値があるのだと。

 


ブルースカイ・クリムゾンレイン(1)


 

あの頃はまだ。
そうと知りたくはなかったのだ。

 

→ (2)

※WEB拍手再録


 

転生キースの将来は世界政府大統領になるか反政府主義者のリーダーになるか

ふたつにひとつって感じなのですが、どう考えても

そこまで描くことはないと思うので設定だけにとどめておきますv(だったら言うなや)

 

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