その夜は長谷川と飲んでいた。
快気祝いだの再就職祝いだのといったメデタイ飲みではなくて、これが何回目なんだかもはや思い返すことも出来ないぐらいの失職祝いの席だった。
銀時と知り合って以来。
否、知り合ってうっかりその考えに便乗して以来。
長谷川こと通称マダオ(※まるでだめな夫、まるでだめなオッサンetc)は人生の坂を超特急で転がり落ち続けている。「畜生、何でだよ、俺は何もしてないんだよ。なのにどうしてクビになるんだよ」
「そりゃあれだな、長谷川さん。全てはグラサンの所為なんだよ。よく言うだろ? グラサンとポイ捨ては地球に優しくないからやめなさいって、むかしおとーさんは川へ洗濯におかーさんは山へ芝刈りにグリとグラが焼いたホットケーキが」
「何だか既に慰めじゃねぇよ日本昔話と童話がカオスを生み出してるよ」
などと相手の愚痴を適当にあしらいながら飲み屋で杯を重ねる。
共に語り明かそうなんて殊勝な考えは当然なくて、仕事はなくしたけれどもパチンコで久方ぶりに儲けた長谷川のスネをかじってやろうと店から出てきた彼をとっ捕まえただけだったりする。
相手も最初は嫌がっていたが水を向けてやれば不平不満なんてそれこそ山のように出てくる。
基本的に、長谷川は苦労話を誰かに聞いてもらいたい。
銀時は、甘味を奢ってくれる誰かがほしい。
故に利害が一致したような一方的に長谷川が損しているような関係のままで大抵の夜は更けていく。
飲み屋の暖簾をちょいと押し上げて、しばし空を見つめていた銀時は、やがて仕方なさそうに席を立つ。未だうつ伏せてブツブツ言っていた相手は普段よりも随分と早い退散時刻に聊か驚いたように面を上げた。
「なんだ? 今日は随分お早いお帰りなんだな」
「んー? ま、ちょっとね」
一応、ほんの少しだけ、心なしか、最近は夜遊びを控えている。
「よい子はもう寝る時間でショ?」
「―――なるほど」
口の端に笑みを浮かべた長谷川はおそらく、彼が珍しくも早く帰ろうとする理由を察している。
………気にすることはない、と、思うのだ。
いままでだって別に気なんて使ってこなかった。だから、全然気にすることはないと思うのだ。
ただ、いまは。
あと少しだけ。もうちょっと、あの子供が落ち着くまで。
居たいなら居たっていいんだと、別に追い出そうとしてる訳じゃないんだと。
あの幼い夜兎族の少女が思えるようになるまで。
迎えに来た父親について帰れと珍しくも諭したのがマズかったらしい。
自覚なんざしてないだろう。
それでも、最近の子供は銀時の帰りが遅いと妙に不安がる。
自分が万事屋にいるから戻って来ないのではないかと―――引いては、自分が居ることを疎ましく思っているのではないかと、家族を優先しない自分を責めているのではないかと、こころの片隅にひっそりと不安を根付かせているようだから。
全く馬鹿げた考えである。
言葉で明言せずに、捻くれた行動でしか示してやらない己にも少々問題はあるのかもしれないが。
だからこのところ律儀にもほぼ定刻どおりに帰宅している。夜の歌舞伎町に知り合いが多い身としてはなかなかつらいことだったが、まぁこれもほんの少しの間の辛抱だ。
少女のくだらない考えが払拭されるなら。
そのためにならちょっとした「不自由」も我慢してやろうじゃないかと思うぐらいには、あの同居人のことを気にかけている。
はっきり言ってこれは身内の感情だ、俺は親父か年の離れた兄貴か? と乾いた笑みを浮かべもするけれど、もうひとりの連れには「家族と思っていいですからね」なんて言われてしまったし、しばらくは大人しくそんなフリでもしてみようかと、らしくもなく感傷的になっている。
家族ゴッコなんて似合わない。
でも、そんなゴッコ遊びも偶にはいいかと思うぐらいには、あのふたりのことを気に入っている。
「てゆーかオイ、その腕に抱え込んだの何よ?」
「え? ほら、お土産だよ、お土産。銀さんは家にカワイイななつの子があるからね」
「ななつの子が酒を飲むワケあるかぁぁ!! てゆーかアレって七匹の子って意味じゃね!?」
傍らのツッコミを聞き流してとっとと人波に紛れ込んだ。
無論、酒代はマダオの奢りに決まっている。
歌舞伎町は夜でも賑やかさが衰えない。街灯が煌々と灯り、多くの人々が行き交う。流れに乗る人々のほとんどが駐留している天人だったり、イカガワシイ職業についている人間だったりするので、つくづく子育てには向かない環境だと思う。
胸に酒瓶かかえ込んで色とりどりのネオンを眺めていたら覚えのある声に呼び止められた。
「あら、銀さん。こんなところでどうしたの?」
「ん? なんだ、妙じゃねーか」
振り向いた先でお水の花道邁進中の妙がにこやかに微笑んでいた。黙っていれば「美人」の部類に入るだろう彼女は、男気に溢れる性格がかなり外見を裏切ってくれていた。その上で惚れる人間もいるんだからホント世の中ってわからない。
妙は目敏く銀時が抱え込んだ酒瓶に目をやる。
「あら、珍しい。パチンコの景品ででも当てたのかしら」
「景品じゃねーよ、俺の正当な報酬」
「報酬?」
「孤独なオトコのアフターケアってヤツさ」
あれをアフターケアと呼んでいいものか。
妙の働くスナック「すまいる」はここから少し歩いた場所にある。夜も更けようかという時間帯、これからが彼女らの仕事の本番だ。道行く人々も徐々に夜の気配を纏わせつつあり、若い女性が歩くに相応しい道とも思えなかった。もっとも、彼女はそんなの意に介しないぐらい強い女なのだが。
そりゃあ勿論、かなり強い。道場の娘+新八の姉+凶暴+男気の無敵コンボだ。「ゴリラに育てられたんじゃないの?」と言いたくなるぐらいである。
(………少し、遠回りんなるな)
わざわざ見送る必要もあるまい。迂闊に店に近付いたら引きずり込まれて骨の髄までしゃぶられそうだし、それじゃ帰宅の予定時刻は大幅オーバーである。しかしなんとなーく足が同じ方角に向いているのは夜遊びのクセか無意識に感じ取っている妙からの圧力ゆえか。
「そういえば銀さん、最近この辺りで妙な連中がうろついてるらしいわよ」
「妙な連中?」
「ええ、宇宙海賊だかギャングだか名乗ってるらしいけど色々騒ぎまくってるみたいで。いやあね、うちの店も注意しなくっちゃ」
「お前さえいれば船ごと突っ込んできても大丈夫で………いやいやいや寝言。うん。寝言だから」
「うふふ、銀さんったらお世辞がお上手ね?」
握り締められた拳を前に早々に自説を撤回する。
「そ、それで? そいつらなんて呼ばれてるの?」
「なんだったかしら………かなりマーボー的な名前だったんだけど」
「マーボー? パフェか?」
印象薄いんなら別に気にかけなくたっていいんじゃないの、と口を開こうとした時だった。
タ―――ン………
響き渡った銃声に道行く人々の脚が止まる。刹那の沈黙の後に、ざわめきと緊張が辺りに広がって。
妙が眉根を寄せて不安そうに闇の先を見据えた。
「やだ………銃声?」
「歌舞伎町も物騒になったもんだな」
銀時はつまらなそうに音がした方を眺めてみる。無論、ここからでは実際の現場など見えるはずもないけれど。
しかしそこは流石に喧騒の町、少々の惑いを残しただけで人々は通常の流れに戻っていく。肝が据わっているとも、無関心とも言える揃いの態度はいっそ天晴れだ。ちなみに銀時が動かないのはただ只管に面倒くさいからだけだったりする。
「これから仕事だってのに不吉だわ」
「怖がらなくたってお前なら向こうから逃げ」
またしても拳をくらいそうなセリフを吐きかけた瞬間、
「大丈夫ですよ、お妙さん! 俺がお店まで護衛いたしますからぁぁぁ!」
―――割り込んだ実にチャレンジャーな男がいた。
「こんな時間にこんな場所でナニしてんだテメーは………」
「い、いえその、僕は単純にお妙さんのお店に行こうかなーと」
ミシィィィと軋んだ音を立てながら男は妙の拳を受けて壁にめり込む。
何の因果か彼女に惚れこんでやまない言わずと知れた「自称」愛の狩人―――『これ』がトップで本当に大丈夫か真撰組と時々聞きたくてたまらなくなる―――近藤局長その人である。
「護衛なんかいらねーんだよ! むしろテメェからの護衛がほしいんだよ、このストーカーが!」
「違います! ヒトは誰しも愛を求め続ける孤独な夢旅人です!!」
バキィ! ボコォ! とゆー非人間的な音に混じって悲鳴が響き渡る。
銀時は冷や汗流しつつコソコソと形成されつつあった人垣から後退った。上手いこと隙を見て抜け出さないと何気に妙の傍からは逃げられないのである。
こういった人込みには何故か知り合いがいることが多いのでとっとと家に帰りたいというのが本音だ。無駄に友人知人が多いのも考え物で、実際、遠目の人波に見慣れた眼鏡くのいちがいたようで、関わる前にトンズラしようと決意する。
空を見上げてもネオンの光で星はよく見えない。
だが、体内時計は確かなタイムリミットを伝えていた。早く帰ろうかなと思っている時に限ってコレだ。
急ぎ酒を抱えて細い裏道に潜り込む。
「はいはい、ちょっとごめんよ。って、何だよ、何でこんなとこにリアカーがあるんだよ」
「リアカーじゃねぇぇ! マイホームじゃぁぁ!」
「あーそうかそうか。分かったよマイホームな」
「マイホームじゃねぇ! マイスイートホームゥゥゥ!!」
グルグル眼鏡の白髪の爺さんと激突したが適当に誤魔化した。
リアカーを乗り越え、家々の軒下を潜り抜け、積み上げられた古新聞類を踏みつけて漸う狭い裏道を終えた。道を塞ぐように立て掛けられたボロい戸板を飛び越し着地して。
―――した、先で。
「あれ?」
「………」
何故か。
避けてきたはずなのにまたもや見知った顔に出くわしてしまった。
嫌そうな表情を隠そうともせず銀時は気だるげに問い掛けた。
「大串くん、こんなところで何してんの?」
「誰が大串だ」
真撰組副隊長の土方は青筋たてながら煙草の端を噛み潰した。
彼にしてみれば「お前こそ何してんだ」と言ったところだろう。一応これでも信じ難いがやはり彼は警察の一員ではあるので、夜回りは正規の任務に含まれている。
「相変わらず瞳孔開いたままで練り歩いてんじゃねーよ。お前はネコか? 暗闇で目が利くのか?」
「テメーこそ酒瓶かかえてこれから宴会か? 歌舞伎町は盛り場じゃねーんだぞ、コラ」
「盛ってんのはそっちだろーがよぉ。市中見回りとか称してゾロゾロ住宅街を闊歩しやがって。テメーはマヨでも抱えてりゃいいんだよ」
「現在進行形で酒瓶抱き込んでる万年糖尿病男にゃ言われたかねぇな」
「訂正しろぉぉ! オレは糖尿病寸前であって糖尿病じゃない! 断じて!!」
似たよーなもんだろが、と鼻で笑われて一気に場の空気が緊張する。
共に笑顔を浮かべつつもしっかりこめかみに怒筋が浮いているので危険この上ない。比較的穏やかだった通行人の流れがそそくさと逃げ去るものに変わる。
銀時は木刀の柄に、土方は刀の柄に手をかけた。
が、そこで。
(―――っと………)
手にした酒の重みに我に返る。
そうだ、こんなところでこんなことしている暇はないのだった。つい先刻、帰ろうとこころに決めたばかりではないか。
不意に俯いた銀時はつまらなそうに柄尻から手を放すと、そのままクルリと背を向けた。
「オイっ!?」
「あー、オレ、見たい深夜番組があるんだったわ。じゃな」
「―――っ」
何か言おうと口を開きかけた土方は、舌打ちしただけですぐ反対方向へと踵を返した。
この辺りは物分りがよくてやりやすい奴だと思う。そーいや向こうの通りで局長さんがエラい目に遭ってたよ、と教えてやってもいい気がしたが、んな殊勝なことを考えついた時には既に相手は人込みの中に消え失せていた。
(早ぇな)
道路脇で歩を止めて。
あれ? そういえば、と、もうひとつ思い出した事実に微かに眉を動かす。
別に大したことじゃないのだが―――。
喜怒哀楽の一端も窺えない死んだ魚の目をしながら面倒くさそうに頭を掻いて。
「………」
彼はそのまま歩き始めた。
黒服の男の跡から明らかにカタギではない人影が続く。その数はひとつやふたつではなく、かなりのもので。
つけられている側はいつも通りに煙草をふかしながら夜道をふらふらと歩く。それは確実に人気のない方へ、暗い方へと、背後のモノたちを導いているかのようでもあり。
街灯の届かない薄暗い川辺にたどりつく。ジャリジャリと音を立てながらゴミと石ころで埋め尽くされた地面の上に煙草を捨てた。
靴先で火元を捻り消し。
スッと腰の刀に手を添えて。
「―――下手な尾行はやめろ。何の用だ」
口端を緩く吊り上げてからかうように問い掛ける。
「………!」
追跡していた者たちが即座に周りを取り囲んだ。侍くずれの着物に身を包んだ各々の手には黒光りする刀が握り締められている。
代表格らしき男が刀の切っ先を突きつけた。
「まさか仕留め損なったとはな―――今度こそ死んでもらおう!」
「今度は飛び道具はなしなのか?」
遠慮するこたぁない、使えよ。同じ組の部下なんてバズーカかましてくるんだぜ? と揶揄しつつ。
あからさまな挑発に周囲が気色ばむ。
「ざけんなぁ―――っ!!」
「!!」
近所迷惑な雄叫びをあげながら素浪人たちが斬りかかった。
受けた側は紙一重で刀を捌き、懐に飛び込んで敵を叩き伏せる。
一合、二合と、夜目にも鮮やかな火花を散らしながら打ち交わす剣戟。
鋭い太刀筋は全て峰打ちか、足元に積み上げられた浪人たちに目立った外傷は見当たらなかった。何処ぞの組織の下っ端か、はたまた侍くずれの民間人か、判別つけ難いから斬り捨てるのは堪えているのかもしれない。
フ、と急に黒服が足元をよろめかせる。上体が傾いだ。
「っ!」
微妙に顔を歪ませて片手でわき腹を抑え込む。膝が地についた。
見逃すことなく素浪人のひとりが刀を大上段に振り上げる。
「死にくされ! 真撰組!!」
「―――!」
黒服が急ぎ刀を構え直す。
直前。
ガッ!
何者かの手が素浪人の腕を捕まえた。
「なっ………!?」
振り返った浪人は顔へ拳をくらって吹っ飛んだ。
殴られた男の軌跡を眼で追っていた黒服は、だから瞬間、反応が遅れた。
首筋に鈍い衝撃。視界が明滅し意識が闇へと飲まれる。
チクショウ、何だ? 誰だ? オレに一撃くらわせたのは! と理性が憤慨したってもう遅い。本能が失神しろと告げている。
「テメーも寝てろ」
微かに届いた声が誰のものか確証が持てないままに彼は現世から意識を飛ばした。
―――何だってこんなコトやってるのか自分自身に聞いてみたい。
見捨てたところで誰からも文句は出やしないだろう。まあ、意外と人情派なダメガネはとやかく言うかもしれないが、ストーカー働いてるゴリラは叫ぶかもしれないが、少なくとも神楽や沖田は何も言わないだろう、とゆーのも、彼らはこのマヨラーが実は結構強いんだと知ってるからであって。
「な、何だ貴様は!?」
「どうも〜。通りすがりのライダーです〜」
「ライダーってテメェ何にも乗ってねぇじゃねぇかぁぁ!!」
「男はいつだって夢見るライダーなんだよ」
左手で素浪人を殴り飛ばし、右手で土方に手刀を食らわせた体勢で、しかし銀時の視線の八割は足元の男に向けられていた。
感想としては「バカみてぇ」と「アホか」の割合が7:3。「ザマーミロ」と「くだらねぇ」の割合で言えば8:2だ。普段のコイツならこの程度の一撃で昏倒してくれるはずもない。何故かと思えば、黒服のわき腹からは僅かずつ赤い液体が滲み始めていて、先ほど鼻を掠めた臭いはこれだったかと。
ため息と共に空を見上げて。
そういえば、つい先刻。
「銃声―――、ね」
加害者と被害者の再戦現場に殴りこんでしまったのだとしたらこれ以上あほらしいことはない。面倒は御免なのに。
今更無関係を装いたくとも割り込んだ時点で素浪人連中にとって自分とコイツは同類だ。お仲間だ。関係者だ。最悪だ。どーしてこうなっちゃうのよ、と嘆きながら顔を手で覆った。
「あ〜………やっちゃった………やっちゃったよな〜。何かやっちゃったよな〜、コレ〜」
「貴様ぁ! 何者だと先ほどから問うているであろうが!?」
周囲の叫びなんか聞いちゃいねー。
苛立ったひとりが斬りかかる。
「部外者は立ち去れ!」
「おっと!」
―――その、瞬間。
手が、滑って。
「あ゛」
バリーン………!
儚いんだか喧しいんだか分からない音を高々と奏でながら。
―――酒瓶が、割れた。
しばし周囲が沈黙で満たされる。
「てっ―――」
ひくっ、と頬を引き攣らせ。
手近な浪人の胸倉を掴み上げる。
「てててテメー! ちょっ、何すんの! 何してくれんの!? あのお酒いくらしたと思ってんのちょっと! 銀さんの夜のお供になんてことしてくれんのちょっと!!」
「言いがかりつけるんじゃねー! テメェが手ぇ滑らせたから悪いんだろーが!?」
「バカっ! お前いいか、あれはなぁ、ええとアレだぞぉ! むかしむかしおじーさんとおばーさんが山へ芝刈りに行ってヒトとヒトとが支えあい救いあいながら酒と甘いモノはこの上もなく合うんだよ! それをテメェェェ!!」
「なんつー昔話だそれ!?」
辺りに高級な酒であることを示すほろ苦い香りが充満する。かなり激しく飛び散ったために銀時自身の服からもそれは漂っていた。
「飲んで漂わせるならともかく被って漂わせるなんて喜ぶのはペナント勝ち上がった野球チームぐらいだっつってんですよ! シャンパン欲しいかコラァァァ!!」
既にセリフの理屈が通らない。
それ以前に、酒はマダオからかっぱらったモノだ。
怒り心頭、「洞爺湖」名義の木刀を抜き放ち周囲に殴りこむ。
「そりゃ―――っ!!」
「どわ―――っ!?」
一気に三人が吹き飛ばされる。
瞬間的に腰が引けてしまった素浪人たちが慌てて体勢を立て直した。
「ひ、怯むな! 相手はひとりだ! 死ね―――っ!!」
「お前が死ねぇぇぇぇ!!」
派手な音をたてながらひとりふたりとぶちのめして行く。
最初のいきさつはどこへやら―――足元に転がる人物の手当てもどこへやら。
幸か不幸か、町外れの川辺の争いを他の誰が警察に垂れ込むこともなく、VS素浪人集団の原因不明な争いはかなりの長時間に渡って繰り広げられ。
―――かくして。
話は振り出しに戻る。
「なーんでこうなってるかなぁ………」
寝不足のため目元にクマをこさえたまま再度呟いてみる。何度呟いてみても原因と結果の因果関係が分からない。いや、何となくは分かるんだけども分からないでいたいと言うか、その。
銀時は手近な岩に腰掛けたままチラリと視線を左手後方へ逸らした。
そこには、昏倒したのかと思いきやすっかり眠りを貪っている真撰組副長の姿があった。素浪人どもを蹴散らかした後に嫌々ながら確認してみたが、腹部に銃創は見られるものの弾は貫通していた。出血はかなりのものだったので一応の手当てはしといたが―――無論、包帯代わりにしたのは真撰組の制服である。誰が自前の服を使ってやるかってんだコノヤロー。
医者か警察―――目の前のボケナスが警察だ―――に連絡するのが最善だったにしても、素浪人どもをぶちのめした段階で既にやる気が失せていた。後は白んでいく空を眺めながら薄れていく酒の香りに只管ため息を零しつつ。
どうして自分はあんなにアクセクしてたのかって感じである。
もはや何もかもが面倒くさい。チーズ蒸しパンになりたい。
「………」
とりあえず。
いま一番己が恐れるべきは神楽の反応だろう。アレが拗ねるととんでもなく面倒なのだ。
よっこらせ、と立ち上がり辺りを見渡す。
素浪人どもは起きる気配もなし、黒い物体も動く気配はなし。
そろそろ新聞配達のにーちゃんや牛乳配達のねーちゃんが動き出す時分だろう。彼らが此処を通りかかった際に己が残っていたら、関係者として事情聴取されること間違いナシだ。んな七面倒くさいことは御免である。
清浄に過ぎる朝の光を浴びながらぼやいた。
「………1/4日分ほどオーバー」
もう二度と気紛れなんか起こすもんか、と。
やたら酒臭い自分の衣服を嘆きながら銀時は改めて誓うのであった。
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