翌日、会談は予定通りに始まった。
 ハレルヤを含む数名がホールを見下ろす踊り場や扉の外などに陣取り、他数名の秘書兼護衛と似合わない眼鏡をかけたニールが国連大使の傍に付き添っている。護衛を称するには甚だ心許ない人数ではあったが、護るべき要人もひとりきりで、出迎える側も王族代表の皇女と議会の代表の数名だけという実にこじんまりとした集まりだ。
 議場である王宮に乾いた風が吹きこむ。容易に咳き込みそうな埃っぽい環境に、ハレルヤは首もとのマフラーをもう一巻きした。
 会議が始まって二時間ほど。既にして会議は終わりの兆候を見せている。 
 集まったところで内容は援助の嘆願に過ぎないのだから長々と話し込むことがあるはずもなく、つまるところは国をあげての接待だ。明日はアザディスタンの現状を把握すべく皇女が営んでいる孤児院を視察に訪れてみては如何ですかと議会の人間がアレハンドロ・コーナーに提案していたが、余計な任務を増やすなと言ってやりたい。
 もとより連中の狙いは痩せ衰えた子供の姿を見せて同情を惹くことにある。その程度の人情話に絆される奴だと思ってんのかとハレルヤは内心で辛辣に毒づいた。どうも昨晩以来、大使への評価は地べたへまっ逆さまである。
(優秀ではあるんだろうさ)
 あの若さであの地位まで上り詰めたのだから。
 しかし、それとこれとは別問題である。自分は割りと感情的な人間であるらしいと自己への認識を改めつつあるハレルヤだ。
 そろそろ連中がホールに出てくる頃だ、と、外部直通の吹き抜けの窓から中を覗き込んだ瞬間。
 ―――複数の殺気に取り囲まれていることに気が付いた。
「!」
 巡らせた視界の隅に銃を構えた人間が見える。銃口の先はホールから出てきたばかりの国連大使、皇女、国の重鎮たち。おかしい、銃を構えているのは、ボディチェックも済んでいると現地で雇った護衛が説明していた人間では―――。
「共犯かよぉっ!!」
 何処まで浸透してやがるんだ、『ヴェーダ』信仰は!
 一足飛びに駆け寄って驚いた男が振り返るより先に鳩尾に一撃お見舞いする。腹を抱えこんだところで顎先に蹴りを叩き込めば相手は軽々と壁に激突した。
 その間にもバラバラとホールに駆け込んで来る気配がある。SP連中も動き出すだろうが機関銃の一斉掃射なんぞされれば一溜まりもない。遠目の窓の縁には銃を構えた人影が幾つも見える。
 全ては庇い切れない。階段を駆け上がる傍ら大使を中心にSPたちが円陣を組んでいるのが確認できた。他の連中が未だ動きを決めかねている中、ただひとり躊躇いなく銃を抜き放つ姿があった。
 ニールだ。
 コンマ数秒の差で乱入者の手を、肩を、足を撃ち抜いて攻撃を封じる。左右の敵に違うことなく正確無比な一撃をお見舞いする。
 ―――ダブルハンドガン!?
「器用だよなあ、こういう時だけ!!」
 口角を引き上げたまま銃を構えた集団のど真ん中に突っ込んだ。動揺も露な素人の集団に負けるものか。耳元を掠める銃声は全て味方の、彼の放つものに限られている。攻撃の隙を窺っていただろう襲撃者の動きを先読みし、見える範囲の敵は全て攻撃する。何が半径50メートル以内はお前に任すだ。ほとんど全て彼が攻撃しているではないか。
 混乱のあまり銃を撃つのではなく銃で殴りかかってきた男の足を払い、仰け反った腕を引っ掴んで投げ飛ばす。弾みで脱臼ぐらいはしたか。見境なしに殴りかかってくる影を片っ端から殴り倒し、蹴り飛ばし、ついでに腕や足を折っておく。抵抗されたら面倒だ。
 敵が撃ってくる心配はなかった。
 敵が撃つよりも早く味方が撃つからだ。
 ハレルヤひとりが戦うことを阻止するように、ヒトを傷つける罪なら自分が背負うと言わんばかりに、彼が―――ニールが容赦なく攻撃を仕掛けている。

『あのひとが誰かを殺そうとした時に、その役目を横から奪い取れるのは素直に羨ましいと思うよ』

 片割れの言葉を思い出して僅かに臍を噛んだ。
 直後。
「―――っ!!」
 降りかかってきた鋭い切っ先を間一髪で避ける。前髪の数本が宙に舞う向こう、こちらに跳躍してくる影を捉えた。
「くっ!」
 逆手に構えた鞘つきの短剣とアーミーナイフが激突する。甲高い音と共に一旦離れたそいつは、更に一歩、深く踏み込んできた。
 一撃、一撃が酷く重い。
 先刻までの男たちとは明らかに違う動き、素早さ、咄嗟に相手の首を掴んで投げ飛ばそうにも逆に捻り返されそうになる。相当に体術の訓練を積んでいる。こちらが突き出した短剣を左手のナイフで受け止め、右手に握り締めたいまひとつのナイフで急所を狙ってくる。
「させるかよ!」
 左足で敵の右手を蹴り上げ、瞬間、自身の重心がずれかかったのをフェイントとして左回し蹴りをお見舞いする。が、常ならば的確に相手の身体を捉えたはずの一撃は服の切れ端を掠めるに留まり、軽く床を蹴ることで距離を稼いだ敵は余裕で両手にナイフを構え直す。
 深く被ったフードからパラパラと覗く髪は真紅。背を丸めているため身長までは分からないが雰囲気が若い。男。同年代か。
 顔が割れぬよう薄汚れた包帯で覆った面に浮かぶのは金色の眼。
 ざわり、と背中が粟立った。
「てめえ、まさかっ………!!」
 あの身のこなし、体術、瞳の色。
 そんなはずはない。あの時、あの『施設』に居た者は自分達が間違いなく殲滅したはずだ。
 いや、だが、もしかして。
 前提条件から間違えている可能性はないか。『施設』がひとつだなどと誰が決めた。セルゲイが発見できたのは自分たちだけだったとしても他にも同様の実験を行っている場所が―――。
 す、と正面に佇む少年が眼を細めた。
『………ハレルヤ・ハプティズム』
「!」
『同胞殺し―――………!!』
「っ、て、めえ!『研究所』の関係者かよ!!」
 脳内に木霊する声と、自分の名前と過去を知っているとなれば確定だ。どこかでこいつは自分達の過去を知ったのだ。あるいは最初から知っていたのか。
 劈くような音と共に窓の外が急に明るくなる。
 襲撃者への撤退信号だ。ハレルヤがほんの一瞬、光に眼を奪われた隙に少年は更に後ろに飛び退いて距離をとると、素早く姿を隠してしまった。
 舌打ちと共に外の気配を窺ったところで追えるはずもない。
 奴が真実『同類』であるかは判断を保留するにしても近い実力を有していることは明らかで、迂闊に追いかければ返り討ちにあうかもしれなかった。無茶はできない。
 だが、いまの遣り取りにしたって。
 ニールがしっかり補助を勤めていればどうにかなったのではないか。銃で動きを牽制してくれていればもう少し対処のしようがあったはずだ。自身の実力不足は認めるが―――そういや、いつの間にか銃声が途絶えていたなと我に返る。
 二階の踊り場からホールに視線を転じる。中央付近には腰を抜かした国の重鎮たちと悠然と佇むアレハンドロ・コーナー、彼らを取り囲むようにするSPたち。その中のひとりにニールもいる。全員無事なようだ。身軽に手摺りを乗り越えてホールに着地した。
 握り締めたままだった短剣を腰のベルトに挟みながら声をかける。
「おい! どうして途中で攻撃の手を緩めた。お蔭でひとり逃がしちまったじゃねーか」
「いや………」
 困りきった表情でニールが振り返る。彼の姿に、ハレルヤも動きを止めて戸惑いの色を濃くした。
 右手と左手に銃を握り締めた青年。
 その、右手に。
 この国の皇女が―――必死になってしがみ付いていたから。
 恐慌状態に陥ったのかと思ったが、そういう感じでもなさそうだ。なにせ、彼女の両手はしっかりと銃口を覆っている。青年が誰かを攻撃しようとしたならば、先ず始めに彼女の掌を撃ち砕かなければならないように。
 明らかに、動きを封じることを目的とした行動。
 青年には彼女の掌を撃ち抜くことは勿論、振り払うことも突き飛ばすこともできず、結果として行動も制限されて左手のみで戦わざるを得なかったのだろう。それこそがハレルヤのもとに援助の手が届かなかった理由である。
「………何やってんだ」
「見ての通りなんだが………」
 空いた左手の銃を元通りホルスターに収めて、青年は未だ硬く瞳を閉じて小刻みに肩を震わせている皇女の肩に触れる。
「皇女殿下。手を、離してくださいませんか。この場はもう安全ですから」
「あ………」
 閉ざしていた瞳を開き、皇女は縋るような揺れる青い瞳を青年へと向けた。硬く握り締めていた両のてのひらを開き、座り込んだままの体勢で自らの肩を抱く。
「申し訳………ありません。私、咄嗟とは言え―――」
 未だ周囲の重鎮たちが腰を抜かして惚けている中、言葉を話せる彼女はしっかりしている方だと言えよう。この国に住んでいれば、ましてや皇女として公式の場に顔を出すことも多いなら、この程度の襲撃など日常茶飯事なのかもしれない。
 戸惑いの色を滲ませたまま青年が言葉を告げる。
「お怪我がなくて何よりです。けれど、銃の前に飛び出すのは」
「でも………ひとを傷つけるのは、よくないことです」
 弱々しい主張にピクリとハレルヤは瞼を震わせた。
 なんだ、この女は。
 一体なにを言うつもりだ?
 この国においては女であるが故にさしたる権力を持たない、それでもこの国の象徴たる立場にある女は祈るように両手を組み合わせた。
「殺しあうのも、傷つけあうのも、もうたくさんです。私は―――目の前で誰かが傷つけられるのも、誰かを傷つけるのも、認めたくはないのです」
「皇女殿下―――」
 困り果てたニールが更に言葉を続けるよりも早く、辺り一帯に乾いた笑い声が響き渡った。
 アレハンドロ・コーナーだ。
 国連大使が、声を上げて笑っている。
 一頻り笑った後で彼は実ににこやかな笑みを皇女へと向けた。
「ああ―――失礼! ただ、あなたの主張があまりにも美しいので」
 座り込んだままの皇女が悲しげに眉を顰めた。
「どのような意味で仰られているのですか」
「そのままですよ、マリナ・イスマイール皇女殿下。こう申しては難ですが、彼らが銃を手にしていなければ我々は死んでいたかもしれない。けれどもあなたは殺し合うのはいけないことだと主張される。つまり、あなたは私を含めたこの場にいる全員に抵抗せずにテロリストたちに殺されろと」
「違います! 私は、ただ、」
 組み合わせた両手を強く握り締めて皇女は瞳を震わせる。
 国の重役どももとっくに立ち直っているだろうに誰ひとりとして彼女に加勢する様子を見せない。主義主張は一先ず置いておくとして、ハレルヤにはそれが少し気に掛かった。
「ただ、相手を殺してまで得る利益があるのかと………」
「戦いを厭うあなたの姿勢は素晴らしいものです。しかし、もし、襲撃者に私が殺されていたらどうします。この国と国連を繋ぐパイプ役は居なくなり、食料や補助金などの援助は途絶え、結果的にこの国の何万、何十万という無辜の民が餓えることになる。一方、逃げ果せたテロリスト達はまた別の場所で殺戮を繰り返すのでしょう」
「それ、は………」
「彼らを見逃した結果としてより多くの不幸が広がるかもしれない。広がらないかもしれませんが、そもそもそれは儚い性善説の上に成り立っている。それでも銃を取らず黙って殺されろと? ―――我々とて戦いたくて戦っている訳ではありませんし、殺すために銃を手にしている訳ではないのです」
 ―――どちらに利があるかと問われれば。
 確実に国連大使に分があるのだろう。
 自らの主義主張として無抵抗を貫いて殺されるのは個人の自由だ。だが、その『個人』の死が更なる大勢の死に繋がるとするならば、果たして黙って殺されるのは最大多数の最大幸福の理論に適っているのだろうか。
 押し負けたように俯いた皇女がか細い声を紡ぐ。
「でも………私は………銃を手にしては子供たちに顔向けができないと………」
「そうですか」
 呆れるでもなく、問い詰めるでもなく。
 ただ淡々と事実を受け入れる口調で国連大使は頷きを返した。
「ならば、あなたが運営する孤児院に訪れるのはやめておきましょう」
「え………?」
「あなたの論を借りれば、私を守るために銃を握っている彼らも、銃を握る彼らの行動を良しとしている私も、等しく子供たちの前に立つに相応しくない人物だということになる」
「………っ」
「孤児院の警備を固めるのも手間がかかります。私が子供たちに会うためには、それこそ周辺の道路をすべて封鎖し、銃を手にした大人たちで壁を作らなければならない。ですが、あなたはその光景を見て憂えるのでしょう。美人の憂い顔を見ることほど男にとって不幸な事はありませんからね」
 踵を返した国連大使に合わせて周囲の連中も移動する。重役たちは動揺も露に大使を追いかけて「そこを何とか」と頼み込んでいる。援助が途絶えるかもしれないと思えば当然の反応であり、仮にも自国の皇女が無礼な扱いを受けたのだと思えばあまりに冷淡な反応でもあった。
 打ちひしがれた皇女は立ち上がることすらできずに両手を胸元で組み合わせて蹲ったままでいる。
 ―――同情。
 する気にはならなかった。
 彼女の考えは個人としては素晴らしいものであったが軍人としては受け入れ難い考えでもあった。軍が銃を持つことを否定してしまったら、他の誰が銃を手にするのだ。
 辺りに倒れ付したテロリスト達もそのままにほとんどの人間がホールを出て行った。
 その、中で。
 何故かニールだけが動こうとはしなかった。
 先刻までの困り果てた表情をいつの間にか真面目なものに改めて取り出した端末を操作している。それが終わると今度は取り返した右手の銃をホルスターに仕舞い、幼子に語りかけるかの如く皇女の正面に屈みこんだ。
 ほぼ同時に奥から眼鏡をかけた茶色の髪の女性が歩いてくる。皇女の傍仕えだろうか。
 本来の任務を考えれば自分だけでも大使の後を追うべきではあったが、何となく、立ち去り難いものを感じてハレルヤもその場に踏み止まった。
「皇女殿下。申し訳ありませんが、ひとつ、頼みごとをしてもよろしいでしょうか」
 柔らかな呼びかけにゆっくりと皇女が顔を上げる。
「医者の手配をしました。医療班が到着するまでの間で構いませんので、彼らの手当てをしていただければありがたいのですが」
 我々は護衛の任務を続行しなければなりません。一国の皇女に頼むにはあまりにも差し出がましい願いですが、と彼は言葉を重ねる。
 僅かに目を見開いたまま身動きしない皇女に代わり、侍従らしき女性が眉を顰めた。
「テロリストを生かしておいたのですか。理由は?」
「必要以上にヒトを殺したくはない。それだけですよ。オレも、―――こいつも」
 ニールが僅かに視線でこちらを示した。苦虫を噛み潰したような顔になりながらもハレルヤもまた頷き返す。
 殺さなかった理由。
 そんなの、簡単だ。尋問するためだ。
 連中をふんじばって、脅して、仲間の居場所や今後の計画を吐かせるためだけに生かして捕らえたのだ。いまは生きていてもどうせ後で殺される。よほど優秀な腕の持ち主ならば司法取引がなされるだろうが結局はそれも『いま』いる自分の『死』に他ならない。
 だから、この場で一撃で殺してやらないことは、ある意味ではひどく冷酷だ。いつかは引かなければいけない引き金を他人に預けたままでいる。
 本当は―――殺すつもりでいた。
 殺すことにさして迷いを覚える性質でもない。もとより『研究所』を脱する時に数多の血で両手を染め上げた。今更ひとり、ふたりの命を奪ったところで何ほどのものか。
 そう考えているのは確かなのに、同時に、必要以上に殺したいと思えなかったのは同行している青年の存在故なのだろう。彼の自分勝手な後悔と自嘲の念に巻き込まれるのは真っ平御免だが、彼のそういった行動に対して沸き起こる感情のベクトルは、マイナスの方向だけではなかったから。
「ですが」
 そして、青年は言い募る。
 澄み切った緑の瞳を僅かに強めて。
「こんな真似ができるのはこちらと向こうの実力差がかなり開いている場合に限られます。実力が拮抗していて、数や武器で敵が勝るような状況に追い込まれたら情けをかけている暇はありません。我々には我々の果たすべき任務があり、使命があります」
 その点だけはご理解いただけますか、との問い掛けに。
 皇女は悲しげに一度だけ瞬きをした後に「………わかります」と呟いた。途端に表情を緩めて彼の青年はゆっくりと助け起こす。
 傍仕えの女性に後を託して遅ればせながら護衛対象の後を追った。
 扉を潜り、彼女たちの姿が見えなくなってから口を開く。
「甘いな」
「そうか?」
「理想論に過ぎないってのにフォローしてやる必要あんのかよ。現実見てねえだけじゃねーか」
「いうなって」
 苦笑しながら彼は太陽の光を避けるように眼鏡をかける。
 自分の言葉が理想論に過ぎないことぐらい彼女だってよく分かってるはずだ。確かに、実際に護られる身でありながら護ってくれる者たちの立場を考慮しないような言い方は周囲の反感と誤解を招くだろう。でもな、と。
 そこで一区切り。
「彼女は、あれでいいんだよ」
「あんな盲目的でか」
 手厳しいなと笑いながら、「彼女は孤児院を運営してるって言ってただろ」と付け足す。そして、一見して全くの無関係と思える言葉を更に続けるのだ。
「―――オレの地上での初任務、アザディスタンだったんだよな」
「『ヴェーダ』の侵攻か?」
「そ。ひどい有様だったぜ」
 約五年前、アザディスタンは不意に『ヴェーダ』から攻撃を仕掛けられた。あまりにも唐突だったために国連の対応も後手後手になり、更には日頃からアザディスタンが『ヴェーダ』寄りの発言をしていたことも相俟って救助が遅れた。
 しかし、ソレスタルビーイングは国連決議が遅れることを見越して先に地上部隊を投入。戦闘機の投入こそ大幅にズレこんだものの、お陰で多くの人民が助かったと言われている。これをきっかけとしてソレスタルビーイングに国連決議なしで派兵できる『特権』ができたのも組織として大きな飛躍と言えよう。
 その、血塗れの戦線に名を連ねていたのだと青年は語る。
「まだ新米だったから最前線への投入は見送られたんだが、それでも目を覆いたくなるような有様だったよ。こーんな背丈の、」
 と、右てのひらで自分の腰よりやや高いぐらいの位置を示して。
「………ガキまでが銃を握り締めなきゃ逃げ延びられない状況でさ。瞬間的に何やってるんだって叱り飛ばしちまったけど、よくよく考えたら理不尽なセリフだよな。多少の年齢差はあるとはいえ同じ『子供』であるオレが銃を握ってるってのに」
 どうしてお前はよくてオレは駄目なんだって訊かれたら反論できないだろ。説得力に欠けることこの上ない、と自嘲する。
「子供でさえ銃を握らざるを得ない戦場だった。だからこそ、そもそも子供に銃すら見せたくないって考え自体は尊ばれるべきだ」
 誰かを護るためだの命が危険に晒されたからだのと、銃を取る建前なら幾らでも述べられる。
 けれどもそれはともすれば単なる逃げ口上に過ぎず、言い訳に過ぎず、力に頼るしかないんだと他の道を模索することを諦めただけかも知れず。
 ―――だから。
「彼女は、あれでいいんだよ」
 どんな環境や状況に置かれようとも、自身どころか大切な誰かの命を護ることすらできないのだとしても、愚か者だと周囲から謗られようとも。

 ―――何が起ころうとも銃を取る道を選ばずに居られるものは幸いだ。

 彼の言いたいことは分かる。
 分かるのだ、が。
「それを護るのは結局オレたちだろ。何か理不尽じゃね?」
「矛盾は百も承知、ってね」
 軽く視線を空へと流して静かに呟く。
 人類の中に眠る生き残ろうとする遺伝子が銃を握らせて、生き残らなくてもいいと身を引いた遺伝子の意地こそが銃を手に取らせないのなら、希少価値の高い方を護ってやりたくなるじゃないか、と。
 だが、それを受け入れてしまったら『いま』を生きるために戦っている人間のすべてを否定することになりはすまいか。
 それこそ『生き残りたくない』罪悪感の成せる技ではないのか。
「………生き残ろうとする本能の何が悪いんだよ」
 ハレルヤの呻くような呟きに、悪いなんて言わないさとやっぱり彼は笑うのだった。

「オレだって、いざとなったら自分の命を選ぶからな」

 

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※WEB拍手再録


 

兄貴とせっちゃん、密かにニアミス。

マリナさんに更なるフォローを入れるかは考え中です………あんまくどいのもなあ。

察しのいい方なら、兄貴とせっちゃんの「初対面」がいつ、どんなものだったのか

もはや想像がついてるかと(笑)

 

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