静かな部屋の中でそっと両の手を握り締める。吹き抜ける風は僅かな生ぬるさを孕み、子供たちは既に寝入ったのか、遠くからその声が響いてくることもない。
 傍仕えとして手伝ってくれているシーリンも今日は帰ってしまった。てきぱきと医師を手配した彼女は呆れているようにも見えた。そこには意外にお人好しであった軍の青年に向けられた分も含まれていたとしても、大半はこちらに寄せられたものだったに違いない。一国の代表として責任を持って振る舞いなさい、己の思想や態度を優先するならば時と場合を選び毅然となさい、そして反省なさい、今日の自らの行動は本当に国家や国民のためになったのかと―――。
 室内灯を灯さずとも孤児院の窓から覗く月の光は充分やわらかい。
 本来なら今頃はこの家に国連大使を迎える準備で忙しかったろうにと、進んで掻き消した未来の予定を思い描き、彼女は椅子に腰掛けたまま俯いた。
 自分、が。
 間違っているのかもしれないとは………何度も思ったことがある。
 その度に「間違っているとしても」と迷いを振り切ってきたのは他でもない自分自身だ。けれども今日、面と向かって矛盾点を突かれて己の覚悟はまだまだ甘かったと痛感させられた。
 でも、どうすればいいのか分からない。
 誰もが争わずに済む世界。
 誰もが穏やかに過ごせる世界。
 誰もが本心ではそう願っているはずなのに。
 芯から戦いを望む人間なんていないはずなのに。

「―――マリナ・イスマイール」

 僅かに床が軋む音と共に小柄な少年が顔を覗かせた。電気をつけていない廊下から部屋を覗く背格好は、彼の年齢を考えればかなりこじんまりとしたものだ。いつまで経っても広間からひとの気配がなくならないことを訝しく感じたのだろう。
 赤茶色の瞳をじっとこちらに向けてくる相手に寂しげな微笑を返した。
「どうしたの………? 眠れないの?」
「眠れないのは、あんただ」
 遠慮もなしに言われて返す言葉をなくしてしまう。
 戦場に居た彼が孤児院に引き取られてからかなりの年数が経過している―――本来なら里親に引き取られていてよい年齢なのだが、何故か彼は此処へ戻って来てしまう。裕福な家庭に引き取ってもらえば衣食住に困ることはない、裕福ではなくとも愛情深い家庭に招かれれば幸福を得ることができる、そう、何度説得したところで頑として言うことを聞かない。
 けれど。
「何か、あったのか」
「………そうね」
 彼の言葉を、態度を、ある種の支えにしていることを自覚している。
 不甲斐ない話だ。おとなが子供に頼るなど褒められたものではないと自戒しつつも真っ直ぐな視線に見詰められると本音と言う名の弱音が零れてしまう。養うべき相手に愚痴を零すなど一国の皇女として許される行為ではないのに。
 それでも、こんな日ばかりは。
「明日―――国連の方がお見えになる予定だったのが取り止めになったと、夕食の場で皆に伝えたでしょう………?」
「ああ」
「大使様が来たら花を渡そうとか歌を歌おうとか色々と皆で考えていたのに。中止の理由が私の不用意な言動と行動の所為なのだと思うと―――申し訳なくて堪らなくなってしまったの」
 あの場で起きたことを逐一説明した訳ではない。けれども、マリナの語り口調から察する部分があったのだろう。子供たちは何も言わなかった。きっと、薄々であっても事の顛末を察しているから何も尋ねないでいてくれたのだ。残念だと感想を零しはしても、どうして取り止めになったのかと詳しい理由を問うことはなかった。
 彼らは幼いながらにさり気ない許しと優しさを示してくれた。目の前の少年だけではない。多くのものに守られて生きていると感じるからこそ、尚更に哀しみが募る。
 広間には踏み込まず、部屋と通路の境界線に佇んだ少年は淡々と言葉を紡ぐ。
「マリナ・イスマイール。それがあんたの落ち込んでいる理由か」
「………」
「ならば。いいことは何一つなかったのか」
「………え?」
「どれほどに悪いことが起きようとも、必ず、いいことが待っている。あんたがいつも言っていることだ」
 裏切りや憎しみ、哀しみ、数多のつらいことで世の中が溢れているとしても、同時に世界には喜びや楽しみや嬉しいことが多く潜んでいる。嘆く必要はない。いまが不幸に思えるとて、本当の不幸はこころの中にある。本当の幸せと神の国は、誰にも侵されることのない自らの心の内にある………。
 いいこと。
 容赦ない現実を突きつけられた一方で得たもの。見つけたもの。
 いいこと、―――は。
「そう、ね」
 ゆっくりと息を吐いて、握り締めていた両手の緊張を解く。
 俯きがちだった面をあげてゆっくりと微笑む。
「今日、大使様を護衛している軍の方と偶々話す機会を得て………私の所為で彼は任務を遂行できなかったのだから軽蔑されても仕方が無いと思っていたの。でも、そのひとは―――必要以上にヒトを殺したくはない、と」
「そうか」
「認めてくれたなんて思うのはおこがましいわ。軍人に対して銃を持つことの是非を問うなど呆れられて当然ですもの。でも。それでも………」
 否定ばかりが返される遣り取りの中、僅かであれ示された同意にこころが救われた。
 たとえそれが同情心や義務感や世辞の類から生じたものであれ、受け入れてくれた軍人がいたことを生涯忘れはしないだろう。
 ふ、とマリナは全身の緊張を解いた。緩く椅子に腰掛け直し、あらためて少年に視線を転じる。
「ありがとう。お蔭でかなり気が楽になったわ」
「―――そうか」
「もう随分と遅い時間だわ。さあ………おやすみなさい」
「おやすみ」
 あっさりと少年は踵を返す。このまま自室に戻って眠るのだろう。ぺたぺたと響く足音は彼の体重の通りに非常に軽く、けれど、言葉の数々だけはひどく重く、あたたかく。
「ありがとう………刹那」
 彼の背を見送ったマリナは、もう一度、小さく呟いた。




 正式なディナーに招かれることなどまずないから、こういう場所は非常に落ち着かない。
 貧困に喘いでいる中東の一国のホテル、にしては随分と豪華な内装と料理。太陽の暑さも風の激しさも関係なく、埃っぽくなることも水を求めて遠くまで足を運ぶ必要も飢えに喘ぐこともない。貧困層と富裕層の差は嫌になるぐらい明確だ。
 テーブルマナーぎりぎりの態度で肉料理を口に運びながらハレルヤはひたすらに沈黙を貫いていた。
 気紛れな国連大使は孤児院の代わりに建設中の太陽光受信施設を視察することに決めたらしい。予定が変われば護衛の都合も変わる。人員の確保や護衛時の配置を確認していたら太陽はあっという間に地平線の下へと去り、夜に入ったところでアレハンドロ・コーナーから食事に誘われた。青年はまたしても自分を夕食の席からそれとなく遠ざけようとしたようだったが、気にすることはないと自ら快諾の意を示した。
 ―――が。
(わざわざ話す必要はねえからな)
 ここばかりは子供の屁理屈をひねり出して先刻からハレルヤは黙りこくっている。畢竟、言葉を交わすのは同じテーブルについているアレハンドロ・コーナーとニールだけとなる訳で。
 各人が食器を動かす音が妙に響いて聞こえる。
「中東の再編は進んでいるよ。これについて君の意見を聞きたいね」
「一介の軍人の意見を尋ねたところでお役に立てるとは思えませんが………詳しく話をしたいと言うならば、ソレスタルビーイングの誇る戦術予報士に伺いを立ててみますが」
「スメラギ・李・ノリエガのことかね? 確かに彼女は優秀だ。先だっての補給基地攻撃の際の指揮も見事だった。カティ・マネキンやセルゲイ・スミルノフらと並ぶ頭脳の存在は我々人類にとっての切り札だとも。しかし、時には玄人ではなく素人の考えも知りたくなるのだよ」
「でしたら答えは簡単です。『再編することで中東に平和が齎されるならそれが一番いい』」
「理想的だね。喰えない答えだ」
 喰えないのはどっちだ。
 ハレルヤは内心で苦々しい思いに駆られた。
 ニールは当然、ハレルヤよりも年上ではあるがアレハンドロ・コーナーよりは年下で、更に言えば基本的にはお人好しであるためか腹の探り合いには向いていない。只管に当たり障りのない会話に終始しているのもボロが出るのを恐れてのことなのだろう。
 テーブルには白いテーブルクロス。造花の傍に置かれたキャンドルがゆらゆらと揺れて陰影を落とす。やや離れた場所に並ぶボディガードたちは一様に押し黙っていて、こちらの会話をどんな思いで聞いているのか知らないが、どれほど天井が高くとも物言わぬ視線に息が詰まりそうになる。
 僅かばかり視線を横に流せば平坦な道と平べったい町並みが続いている。月に照らし出された埃だらけの町並みは妙に現実味がない。
 目の前に並んだ食事を黙々と口に運んでいると突如として名を呼ばれた。
「ハプティズムくん。君は軍に来てどれぐらいになるのかね」
「―――もうすぐ二年です」
 この程度は答えねばまずいかと渋々声を発する。中東の和平の話がいつの間に個人単位の過去話へと移ったのか。ヒトの会話の流れとは本当に読みづらくてならない。アレルヤやソーマとは脳量子波のお蔭で言葉を交わさずともある程度の意思の疎通は可能である分、余計にそう感じる。
「その歳で実働部隊に加わる程の腕前とは大したものだ。君だけではない。君の兄弟も肉弾戦が得意と聞いたが」
「誰にでも得手不得手はあります」
「君の戦い方を見ていたよ。体術も剣の腕前も大したものだ」
 思いっきりツンケンした口調で返しているのに相手は全く堪えた風がない。上品とも高慢ともつかない笑みを見ていると手元のフォークを投げつけたくて溜まらなくなる。勿論、そんなことやったが最後とんでもない事態になると分かりきってはいる。何より、自分はもとより、同席中の青年までもが監督不行き届きの厳罰を食らうのだろうから。
 アレハンドロ・コーナーは優雅な手つきでワイングラスを口元に運ぶ。この国の一般階級の人間が数ヶ月働くことで漸く一口だけ喉を潤すことができる、高級な、血のように赤い水を。
「ところでハプティズムくん」
 失礼にも視線だけで応えた。咎められるかと思ったが相手はさらりと受け流す。
「君は、銃を使ったことはあるかね」
「軍にいますから」
「そうか。なら、初めてヒトを撃ったのはいつのことかな?」
 ―――それ、は。
 なかなかに不穏当な質問だと僅かにハレルヤは眉を顰めた。黙って様子を眺めていたニールがあからさまに眉間に皺を寄せる。
「大使。幾ら軍人とは言え彼は未だ子供です。そのようなことをお尋ねになるのは―――」
「軍にいる以上はおとなとして扱うのが礼儀だと私は考えてる。それに、護衛についている人間の腕前を確認したくなるのは依頼人として当然の希求だと思うがね」
 違ったかな? と笑いかけられれば所詮は『飼われる立場』の人間は黙らざるを得ない。
 だが、たぶん、この男の真意は自分にはない。
 薄々とそれを感じながらも、上手い逃げ道も思い浮かばずにかなりの不満を内包したままハレルヤは先を続けた。
 初めてヒトを撃ったのがいつか、なんて。忘れるはずもない。
 だが、それを馬鹿正直に教えてやるつもりもない。

「覚えてません」

 気付いたら撃ってました、と。
 丸っきりの真実ではないが嘘でもない事実を告げた。
 気付けば撃っていた。施設を脱走する際に、兄弟を助ける折りに、道を塞がれた時に、邪魔をするんじゃないと目の前が真っ赤に染まった瞬間に。
 手にすべきは自由だった。
 青い空の下に出ることがすべてだった。
 だからきっと自分は、例えばもう一度あの時に戻って過去を遣り直せると告げられたとしても、同じように武器を手に取って『敵』を殺して無理矢理に奪い取った自由に高らかに笑うのだろう。
「なるほど。君の答えはそれか」
 クツクツとそれでも上品に笑う大使の隣で青年は苦虫を噛み潰したような表情をしている。無論、傍目には気付かれぬ程度にではあるが―――見る者が見れば分かる表情の変化に、本当に単純な奴だなと思った。ハレルヤの手にはワイングラスが握られていて、いつもなら「未成年が酒を嗜むな」と咎める彼も、この会話があったなら多少は大目に見てくれるに違いない。その一方で任務中の彼は自らの飲酒を禁じているのだから、本当に、判断基準がよく分からない。知人に甘いだけか。
 一頻り笑いを零したアレハンドロ・コーナーは次いで視線を青年へと流す。
「そうだな、では、軍曹」
「はい」
「君がヒトを撃ったのはいつになるのかな。やはり軍に入ってからだろうか」
(―――畜生)
 やはり、そっちが『本命』かと。
 自分が前振りに使われたことに、悟られない程度に臍を噛んだ。
「愉快な話ではありませんよ」
「楽しい話が聞きたいから尋ねている訳でもない」
「ならば、何故」
「興味を惹かれれば誰であれ問いかけるのが信条なのだよ」
 優雅な手つきでスプーンを持ち上げながら主賓は薄く笑う。
 血生臭い話だ、食事中に相応しい話題とも思われない、更に二言、三言、彼らは建前上の言葉を交わしていたが。
 やがて諦めたように青年が軽く息をつく。
 もとより軍人の立場は弱い。目の前の人物が属する国連は偉大なる財源なのだ、望まれれば出来る限りの好意を示さなければならない。
「………志願するまでは銃を手に取るような生活は幸いにして送っていませんでしたから。手解きを受けた後、地上に降りている時に密かに射撃の練習をしていて、その時ですね。初めてヒトを撃ったのは」
「当時の君の身分では、銃の持ち出しは禁止されていたのではないのかね」
「どうかご内密に」
 ニールが気安い笑みを見せる。口調にも、顔色にも、手にした食器の動きにも何ら動揺している素振りは見られない。彼が苦手とする分野の話題であるはずなのに。
 少しだけ面白そうに眉を動かした国連大使が問いを重ねる。
「密かに銃を持ち出してまで、誰を相手に練習したのかね。君のことだから犯罪者かな」
「いいえ」
 妙にきっぱりと青年は断言した。

「家族を」

 さすが、に。
 室内に不気味な沈黙が落ちた。
 アレハンドロ・コーナーもハレルヤも動きを止めている中で、ニールが動かすナイフとフォークが僅かに皿に触れ合う音だけが響いている。
 彼の笑顔は崩れない。
 珍しくも不思議そうに国連大使は瞬きをして、次いで、苦笑の形に頬を歪めた。
「………少しばかり意外な事実だ」
「最初に撃てるか撃てないかが肝心だと教官に言われたんですよ。確かに、ソレスタルビーイングの主たる敵は『ヴェーダ』の操る機械ではありますが、地上に降りれば<聖典の使徒>と対峙する局面もままあるでしょう」
 今回のように、と、言葉をひとつ区切って。
「ですから―――最初の課題は最も難しい相手がいいだろうと、家族を対象に定めたんです」
「撃ってみた感想は?」
「『これならば撃てる』」
 微笑んだままにニールが目を細める。
 控えめな室内灯の下で揺らめく翠の瞳は何かを射抜こうとするかの如く烈しく、鋭い。
 感嘆したような笑いがアレハンドロ・コーナーの口から零れた。
「大したものだよ! ………どちらにしろ、ね」
 彼の言葉の真意に掴み切れない部分があるとしても。
 なんだか非常に納得いかない気分を抱えて、ハレルヤは傍らのワインを一気に飲み干した。




「―――嘘だろ、あれ」
「何が」
 部屋に戻ったところで、日頃の仏頂面に輪をかけて問い掛ける。
 ワイングラスを掲げても結局、当初からの宣言通り一口も飲まなかった青年は勿論素面のままだ。むしろ己の方がやや酔い気味なのかもしれないとハレルヤは冷静に自己分析する。
 着込んでいた上着を脱いで、ネクタイを解いて。
 今日も疲れたなあと呟きながらニールは自分に割り当てられたベッドに転がる。投げ捨てられたままの上着は、たぶん、あのまま朝まで放置しておけば立派な皺がつくだろう。ほっぽり出しておくとは、この青年にしては珍しいことだ。
 ぼんやりと煙るような翠の瞳が天井の暗い灯りを見詰めている。
「………嘘じゃないさ」
 静かな声が落ちた。
 ハレルヤもまた、ベッドに寝転がると天井を意味もなく見上げた。染みひとつない天井は、この国の置かれた現状を鑑みると非常に薄ら寒い気持ちにさせてくれる。中東特有の湿りかけた夜の気配も酷く遠い。この国の主流層と比べれば遥かに豪華な天蓋。
「家族を撃ったのは本当だ」
「嘘だな」
「だからどうして―――」
 ほんの少しだけ視線を流して、また、すぐに天井へと戻す。
 理由を聞かれても何となくとしか答えようがないが、彼が家族を撃つ場面を想像するよりは、己が自殺を試みる場面を想像する方がまだ容易い気がした。どちらも有り得なさではタメを張るものの。
 しばしの、沈黙。
 のち。
 根負けした青年が声を絞り出した。
「まあ………より正確に言うなら家族の『写真』を、だがな」
 やっぱり嘘じゃないかと横を見れば、相手は軽い笑みを浮かべている。
 視線がこちらを向くことはない。ゆるゆると持ち上げた右手の人差し指が銃を形作る。いつも、いつも、ソレスタルビーイングの面々が『ヴェーダ』を示す時のように。
「家族と、家族の写真じゃ全然違うだろ」
「違わないさ」
「家族は血を流すが、写真は血を流さないんだぜ」
「同じさ。―――オレにとっては」
 開いていた瞳を閉じて、ゆっくりと言い聞かせるようにニールは呟く。
 同じことだ。
 そこに『家族』の姿があったなら、実体があろうとなかろうと、撃ってしまえば『同じ』ことだ。
 そして、彼は結局。
「………撃てなかったんだろ」
「どうしてそう思う?」
 少しだけ愉快そうに青年がこちらを見遣った。
 悔しさのような腹立たしさのような情けないような、なんとも言えないじれったい感情を抱えたままハレルヤは言葉を続ける。
「撃てるような人間じゃないとオレが思ってるからさ」
 一度でも『身内』と定めた存在を。
 喩え、実体が伴わなくとも。
 相手は器用にも寝転がったままの体勢で肩を竦める。
「ハレルヤ。オレだって結構卑怯な面は持ち合わせてるんだぜ?」
「だろーな」
「確かにオレは家族の写真ですら撃てなかったさ。―――けどな」
 実体じゃないただの写真だ、姿が刻まれているだけだ深い意味なんてない、繰り返し繰り返し言い聞かせても引鉄を引くことは出来ずに終わった。
 しかし、だからこそ。

「家族を撃つ苦しみに比べれば………赤の他人を撃つことぐらい何程のものかって思ったんだよ」

 紡がれた言葉は室内に反響することなく消えて行く。
 冴えた色を湛える翠の瞳は天井を睨みつけたまま逸らされることはない。こちらも敢えて、彼の表情を覗き込むような真似はしなかったけれど。
 軍に入った時点で相応の覚悟は固めている。
 ヒトを撃つ苦しみさえも、家族を撃つと想像した時の苦しみを思うことで半ば強引に乗り越えた。
 とはいえ、好き好んで殺生を重ねたい訳でもない。腕が上がれば殺さずに倒すこともできるはずだと只管に努力を重ね、いまでは、軍でも随一の射撃の腕を持つに至った。
 果たして現在はその能力ゆえに地上に呼び出され忌避していた『ヒトゴロシ』に加担し、任務をこなした結果として腕が上がり、またしても地上に召喚されるという悪循環。
 笑い出したくなるぐらい滑稽な事実だ。
 どうしようもないほどに。
「地上に降りれば自分の身は自分で守らなきゃならないし、<聖典の使徒>にむざむざと殺されてやるつもりも、仲間を殺させるつもりもない。だから銃を取ったことに後悔はない。―――とはいえソレスタルビーイングの目的はあくまでも『ヴェーダ』の討伐だからな。ヒトを撃つことに慣れる日が来ても………それだけは忘れたりしない。絶対にな」

 狙い撃つのはただひとつ。
 天に座す白き支配者。

 高く掲げた指先で、視界を塞ぐ天蓋を超え、雲を超え、空さえも突き抜けて。
 同じようにベッドに転がったまま彼の呟きに耳を傾けていたハレルヤは、そっと、隠し持っていた短剣に触れた。封じられたそれを解く言葉は未だ不鮮明なれど。
 何気ない部分にまで彼の意志が及んでいたならば、たぶん、それは。

 ―――『成層圏を狙い撃つ』。

 

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※WEB拍手再録


 

話が進んだよーな進んでないよーな。

個人的には、脳内お花畑といわれよーと現実を見てないといわれよーと理想論を

唱えられるヒトは貴重だよなあと思ってます。

どーしよーもない現実を理解した上で尚、理想論を唱えられるヒトこそが最強だよね、

とか思ってます。

 

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