―――神はいと高き処におわす。
 人々は盲目な羊の群れであり、導き手である優れた羊飼いを求めている。
 犠牲に捧げられた子羊は何よりも尊ぶべき存在である。
 ………等の幼い頃に聞かされた題目の数々を今更思い返したところで細部が当たっているのかさえ定かではない。つまるところそれは己が敬虔な神々の世界から離れ両手を血で穢してしまったがために声も言葉も届かなくなったということなのか。
 晴天。
 気持ちがいい。
 遥か遠くの『ヴェーダ』を見上げ、甲板で日の光を浴びながらそんなことをぼんやりと考えた。
「何をぼうっとしているのだ。見たまえ、姫! 船が到着したぞ!」
「ああ………」
 右肩を隣人に叩かれて。
 だから姫呼ばわりはよせってば、と。既に幾度行ったか分からない遣り取りを繰り返しながらニールはグラハムに倣って視線を下の艦橋へと投げ出した。
 地上から訪れる大き目の輸送船。いつもは食料や燃料や生活必需品を運んでくることが多いそれの役割も今日ばかりは少し違っている。
「報告によれば今回の訓練候補生は百余名。終わる頃に何名残っているのか実に楽しみだな!」
「教官の役割を忘れてんじゃないだろーな? 人員削減が目的じゃないぜ。可能な限り多くの訓練兵を優秀なパイロットに―――」
「無論、理解しているとも。空を飛ぶ貴重な時間を削ってまで直接に指導の任につくのだ。せめて優秀な面々に残ってもらわねば割りにあわん!」
 胸を張り、目を輝かせ、声を張り上げて宣言するグラハムの姿に行き交う人々が微苦笑を送っている。いつだって全力投球、無駄に元気で活発なこの上司兼同僚兼相方は、ふとした瞬間に妙に弱い面も覗かせてくれるからなかなか扱いが面倒だ。
 ジュニア・ハイやシニア・ハイの新入生を見守る心境で到着したばかりの船からゾロゾロと降りてくる候補生たちへ視線を転じる。入隊手続きを済ませた者たちは地上で体力テストや健康診断、適正などを判断された上でプトレマイオスへやって来る。彼らが将来的にパイロットになるにしろメカニックになるにしろ事務方につくにしろ、手始めに持久力と適応力をつけて、先ずはこの環境に慣れてもらわなければ話にならない。ここは空気が薄いから少し動いただけでひどく疲れるのだ。
 上官の指示に従って訓練兵たちが整列する姿に昔の自分を思い出す。
「あの頃はまさか自分が教官になるとは………」
「そうか、君は初めてだったのだな。私は二回目だ」
 さらりと答えるグラハムの視線は変わらず下方に注がれている。
 教官に任命される面子は大体決まってはいたが、時に、コミュニケーション能力をはかる目的もあって現段階で任務についていない者が選出されることもあった。グラハムはかつての経験を―――こいつはこれでも優秀な教官だったらしい―――買われたのだとしても、自分やアレルヤ、ハレルヤに至っては単にスメラギが面白がってメンバーに入れたとしか思えない。
「安心したまえ、君を推したのはスメラギ女史ではなく私だ」
「なんでだよ」
「私が教官でいる間、君がフリーになってしまう。君が他の誰かと任務を組むことを考えると非常に腹立たしかったから彼女に高級ワインを三本ほど貢がせていただいた」
「堂々と賄賂おくったこと白状してんじゃねえ!」
 バカかお前は! と軽く叱咤したところで相手が反省するはずもない。こいつ、いつか本気で殴ったろーかと思う程度には些細な苛立ちが積み重なりつつある昨今である。君の相棒の地位を譲る気はないと繰り返し宣言する相手に負けた形で、ニールは溜息と共に柵に顔を伏せた。
「おや」
 再び新人の観察に戻ったグラハムがちょっと驚いたような声を上げた。
「どうしたよ」
「随分と小柄な少年がいる。背も低いし、ガリガリとまでは行かないがかなり痩せているな。本当に十四を過ぎているのか聊か不安にならんでもない」
「あん? 流石にそりゃないだろ。規定年齢に達してなけりゃ登録時点で弾かれてるはずだ」
 データを改竄すれば別だけど、との思いは押し隠して面を上げる。何処にいるんだと促せば最前列の真ん中辺りだと指差された。目を凝らす。なるほど確かに、一際小さい影が見える。軍に入ろうなんて人間は十人十色なのでとやかく言うつもりはないが、明らかに浮いている、と思えるほどに小さかった。きっと身長や体重も制限スレスレだったに違いない。
 黒髪の、小柄な、首に赤いスカーフを巻いた、肌が濃い目の。
(中東の出か………? 珍しいな)
 あそこは『ヴェーダ』信仰が篤い地域だったよな、と思った。
 瞬間。

 ―――彼が振り向いた。

「っ!」
 揺らがない瞳は赤茶色。真っ直ぐ射抜いてくる視線に訳もなくうろたえた。
 やたら意識の何処かに訴えてくる雰囲気ではある、けれ、ど。
(な、なんだなんだ? オレか? オレを見てるのか!?)
 いやいやいやそんなはずはない只の勘違いだ偶々こっちに視線を流しただけとか空の上を何かが過ぎったとかあるいはオレの後ろの誰かを見てるとか。
 意味もなく狼狽している隣でエースパイロットが実に楽しそうに笑った。
「面白い。あの少年は我々を睨んでいるぞ!」
「や、やっぱりそう。か?」
「勿論だとも。うむ、心地いい敵意だ!!」
 これから味方になろうって人間に敵意を注いでどーするよ、と思えども。
 対応に困って顔を正面に戻せばまたしても少年と視線が克ち合って尚更に困り果てた。ここで目を逸らすのも微妙に失礼な気がする。
 チリチリと神経が焼け付く、焦燥感。もどかしい。喉に小骨が引っ掛かったような―――。
 なんだ?
 自分は―――何か、気付き損ねている?
「オ、オレたちの悪口が聴こえたのか」
「悪口? 何を言う。彼の背が低いのも小柄なのも単なる事実だ。そんなものは悪口とは言わないのだよ、姫。それに私の見立てでは、」
 さり気に酷なことを言いながらグラハムは目を爛々と輝かせる。
「彼は私には敵意を向けているが、君には純粋な興味を注いでいるようだな!」
「へ?」
 確かにイタイほどに強い視線ではあるけれど。敵意と興味の違いなど感じられないのは単純に自分が鈍いからなのかグラハムが動物並みに鋭いだけなのか。我が意を得たりとばかりに柵を掌でバシバシ叩いている彼に根拠を尋ねたところで答えは返らない。
「気に入ったぞ、少年! ここで会ったが百年目、まさしく運命! 彼は私が貰った!」
「別にお前のモンじゃねえし」
「直々に拳を交えて腹を据えて語り合いたいものだな! 仮想空間での斬り合いも実に楽しいだろう!」
「まだお前の班に配属されると決まった訳でもねえし」
「しかし、生憎と仮想空間においても現実世界においても勝つのは私だ。負けることは許されない。何故ならば私はフラッグ・ファイター! 例えあの少年が未だ調整中のガンダム・エクシアに―――」
「は・な・し・を・き・け!!」
 暴走し過ぎだ、エーカー中佐!!
 多少の嫌味を篭めながら相手の両頬を容赦ナシに引っ張った。いひゃいぞ、姫! と騒ぐ相方は放置して溜息と共に視線を下方へと戻す。
「あ………」
 残念なことに。
 既に候補生の列は基地内に移動してしまったらしく跡形もなかった。先刻の少年の行方が少しだけ気になった、が。
 ―――まあ、いい。
 いずれにせよ自分は教官として何十名かの候補生を受け持つことになる。少年がその中に含まれていなくとも何処かですれ違うことぐらいあるはずだ。そしたらその時に、「どうして初対面なのに睨んできたんだ」と、「どこかで会ったことがあるか」と尋ねてみればいい。
(単なる思い違いだろうけどな)
 既視感なんて大半が脳みその誤認識だ。
 あの瞳の色だけは気になるがなと反芻しながら、未だ頬を抑えたままのグラハムの腕を引いた。




 ―――えーっと。
 うん、まあ。その。
 なんだ。
(―――悪い、グラハム)
 部屋に入った次の瞬間、胸のうちでニールはこの場にいない人物に謝罪した。
 いや、だって、本当に予想外だったのだ。二十名あまりの新兵が押し込まれた部屋に教官として案内されていざ挨拶だ! という段になって初めて。
 あの、少年が。
 自分の班に振り分けられていたことに気付いたのだ。
 参ったとばかりに天を仰いだところで何が変わる訳でもない。ただ、グラハムはこういうことに異様なまでに悪運が強いと言うかカミサマに愛されてると言うか、とにかく彼が「運命だ!」と主張したからには現実もそれに引き摺られることが殆どだったから、まさか此処に来てそれが狂うだなんて思いもしなかったのだ。扉を開ける瞬間まで「きっとグラハムはあの子の担当官になって嬉々としてるんだろう」なんて笑ってたのに不意打ちもいいところだ。
 でもそんなの、当事者たる少年にとってはどーでもいい事実に過ぎないのであって。
 内心の動揺はおくびにも出さず笑って自己紹介。
「ソレスタルビーイングへようこそ。諸君の到着を歓迎する。オレはお前さん方の担当教官のニール・ディランディだ。階級は中尉。訓練期間はほんの数ヶ月に過ぎないが、よろしく頼むぜ」
 歳は十代前半から四十代後半まで。外見は小柄なものから大柄なものまで。出身地は中東から欧米から極東の島国まで千差万別。そんな彼らがハイスクールよろしく並んで机に腰掛けている様はなかなかに面白いようでもあり異様の極地と表現できるようでもあり。
 地上である程度の篩いにかけてはいるものの、やはり実戦ともなれば話は違ってくる。いきなり戦場に送り出すなんて無茶はしないが、可能な限り、近い状態で戦術シュミレーションをやらせるのがこの短期訓練の目的だ。各自の特性を見抜き、短所を補い、長所を伸ばす。数ヶ月の訓練の間に何回か組み分けを行い、担当教官もシャッフルする予定ではあるが、聊か先行きが不鮮明な点があるために当面そのことは彼らには秘密である。
 先ずは全員に「訓練兵」であることを示すための腕章をつけさせる。これをつけている限りは周囲の兵たちが多少なりとも気遣ってくれるが、無くしたら最後、親切の類は一切期待できなくなる。だからくれぐれも注意するようにと繰り返し言い聞かせ、次いで、艦内の基本的な構造や起床・食事・就寝に至るタイムスケジュールやら何やらをざっと説明した。
 仮支給の端末の操作方法を口頭で説明しながら机の間を縫って歩く。
(………前列の猫背のおっさん。唇が妙に荒れてんな。胃でも傷めてんのか? 健康診断クリアした割りには姿勢も悪いし顔色も悪い。後ろの三人組―――は、何か仕出かして軍に逃げて来たって感じか。後でクリスかティエリアに調べてもらう必要がありそうだな)
 グルグルと室内を回り、あの少年の列までやって来た。彼は端末の操作に忙しく幸いにしてこちらに視線は向けていない。
 手元の名簿と見比べた。

 ―――刹那。
 刹那・F・セイエイ。

 変わった名前だ。外見だけなら中東の出と思われるが「刹那」は漢字圏の名前だし、ミドルネームはあるし、経歴も推測しようがない。これだけ印象的な名前なら一度聞けば覚えてそうだし、心当たりがあるような気がしても確信はない以上やはり自分と彼とは本当に初対面なのだろう。やたらガンつけられたとしても、だ。尤も、心的外傷を理由として手軽に名前を変更できるいまのご時世においては「個人名」など元より深い意味などないのかもしれないが。
(十四歳、ねえ)
 オレが入隊したのと同じ歳じゃねーかと思い出して、もうそんなに経っちまったのかと更に思い出して黄昏たくなる。思えば遠くへ来たものだ。
 間近に差し掛かったところで彼の髪に糸くずがついているのが見えた。
 無意識に、頭を撫でるようにして取り払う。
「―――っ!!」
「っ、と、」
 跳ね上げられた顔と僅かに震えた肩に驚いて、即座に手を離した。
 赤い。
 赤茶けた瞳が大きく見開かれている。
「………ゴミがついてたから取った。そんだけだ。―――驚かして悪かったな」
「………………いや」
 害意がないことを示すように黒い皮手袋で覆われた掌を振れば、幾度かの瞬きの後に少年はまた元の体勢に戻った。先刻まで端末を細かく操作していた指先は、しかし、いまはやたら緩慢な動きしか示さない。
 驚いただけなのか潔癖症なのか人肌が嫌いなのか。いずれにせよ、なんだか難しい奴だ。
 端末操作の概要を説明し終えたところで移動を開始した。行き先は艦内に設置されたメカニックルームである。彼らがパイロットになる可能性もある以上、戦闘機の管理現場を見ておくことは何よりも大切だ。
 ぞろぞろと廊下を移動する間にも行き交う面々が声をかけて行く。少なくともギスギスした職場―――と言うのも少々抵抗があるが―――ではないことを感じてもらえればいいんだがな、なんて。甘ったれたことを考えながら次なる部屋の扉を開けた。
「おやっさん、いま大丈夫か?」
「おお、次はお前らか」
 戦闘機のメンテナンスに余念がないメカニックたちの中から壮年の男性が面を上げた。仕事を度々中断させられるのは困りモンだなと呟きながらも本当に嫌がっている訳ではないのが口調からも窺い知れる。足元に無造作に置かれた工具を乗り越え、散らかった机の上の手拭いで乱雑に手を拭った彼が新兵たちの前に仁王立ちする。
 どん! と未だ油に汚れた手で彼は己の胸を叩いた。
「メカニックのチーフをやっとるイアン・ヴァスティだ。よろしく頼む!」
 押忍! とやたら気合の入った返事にイアンは嬉しそうに幾度も頷いた。
「此処で存分に戦闘機の凄さを実感して行くといい。ま、戦闘機は生半な実力じゃ乗りこなせねえがな。地上で教わってると思うが、浮遊センサーと互角に渡り合えるカスタムフラッグなんて身体にかかる負担がでかすぎて、今んとこエースのグラハム・エーカーしか乗り手がいないぐらいだ。今季は奴も教官になってるから興味があったら話を聞いてみるといい」
 聞きに行かずともトレミーで数日すごせば嫌でも噂が耳に入るだろう。高性能過ぎる機体も困ったもんだが、それの乗り手もやっぱり困った奴だと溜息ついて。
「一先ず、奴に確実に会いたかったらこいつに付き纏っておけ。向こうから寄って来るぞ」
「新人になに教えてんだよ、おやっさん!」
「事実だろうが」
 ニールが眉を吊り上げたところで軽く流される。非常に納得し難いが確かに事実は事実だと思われたので反論もできずに黙り込む。もしかして、これだから自分は周囲の人間にからかわれてばかりなのだろうか。
「でもって、だ。そのカスタムフラッグを上回る性能を有しているのが擬似GNドライヴ―――別名、擬似太陽炉だな―――を搭載した戦闘機『ガンダム』シリーズだ。奥の機体が見えるか? あれはよーやっと稼動にこぎつけたガンダム・エクシアだ。『ガンダム』シリーズもフラッグ以上に使用制限が多すぎて乗り手は数えられるほどしかいない。ちなみに、そこに突っ立ってる優男はガンダム・デュナメスの専属パイロットだ。一応は優秀なパイロットなのでそこそこ敬っておくよーに」
「フォローしたつもりかよ、おやっさん………」
 朗々と語るイアンから一歩後ろに下がった。壁に背を預けて、聴衆の様子を見守る。
 幸いにして訓練兵たちは真面目に耳を傾けているようだ。当たり前か。いずれは彼らが乗るかもしれない機体の整備を担う人物である。彼が整備の手を抜けば一瞬にして空中分解してもおかしくはない戦闘機。信頼できなければとてもじゃないが安心して空に飛び立てたものではない。
 イアンは流れてきた汗を首もとのタオルで拭いながら、少しだけ瞳の色と口調を変える。
「………いいか、お前ら。こっから先は老人の繰り言として聞いておいてくれ。確かにわしらは戦闘機なら直せる。壊れたところを修繕してより優れた機体に仕上げることもできる。だがな。―――人間は、直せん。命を戻すことは神にも仏にもできない諸行だ」
 ふ、と。
 微妙な空気の揺らぎを感じて素早く視線を周囲に走らせた。整備士長の言葉の何に反応したのか。本当に、微かな、動揺。
 気配を辿った先の人物に少しだけ驚いた。いまは動揺を収めて真っ直ぐ前を見てはいるけれど。
(………刹那?)

 彼が。
 何を気にする必要があったと言うのだろう。

「わざわざ軍に入ろうって連中だ。『FALLEN ANGELS』っつー事件のあらましぐらいは聞いたことはあるだろう。聞いたことがない奴はいるか?」
 年長者の問いと鋭い眼差しに押されるように、ぱらぱらと何名かが手を上げた。
 仕方があるまい。もう何年も前の事件だ。軍にいる限りは忘れてはならないことだとしても、最近になって志願した者の中には知らない人間がいてもおかしくはない。たとえ、それこそがすべての始まりと思えるような出来事であったとしても。
(少なくとも―――オレは)
 七年前のあの事件がなければ、軍に入ることもなかった。
 恥じるように面を伏せた者達を責めるでもなくイアンは淡々と言葉を紡ぐ。
「知らない奴もいま聞いて覚えてくれれば問題ない。だが、流石に<聖典の使徒>ぐらいは知ってるな? 『ヴェーダ』を神と敬う連中の集まりだ。奴らの起こした抗議行動やテロに巻き込まれて亡くなった者は数知れない。実際、奴らのお蔭で家族や友人、恋人を失った連中も軍には多く所属している。個人の思想まで詮索するつもりはないが、少なくともトレミーでは迂闊に<聖典の使徒>を擁護するような発言はせんことだ。背中から銃をぶっ放されても文句は言えんぞ」
 ほんの少しだけニールは皮肉げに頬を歪めた。
「あの事件は、な。<聖典の使徒>にこっちの情報が筒抜けになってたから起きちまった悲劇だ。連中は常に『ヴェーダ』の指示を仰いでいた。それに対処し切れなかった結果が―――あの様だ」
 当時、ソレスタルビーイングはトレミーに代わる前進基地を建設していた。末端の兵士には知らされていなかったが高高度砲の土台となるべきものも備わっていた。地上の一箇所に固定して『ヴェーダ』に発見されたら元も子もないと、移動可能な空中要塞にこそ敵を倒す秘密兵器を隠しておこうと考えた、上層部の判断は間違いではない。
 ただ単純に、前進基地の位置も、ようやっと宙に浮かすことができたその基地に高高度砲の基盤があることも敵に知られていた。その時点で勝敗は決していた。

 そして、そこには。
 高高度砲の狙撃手である『ロックオン・ストラトス』―――ライル、も。
 当然のように配備されていた。
 それだけのことなのだ。

 クイ、とイアンが眼鏡の蔓を右手中指で押し上げる。
「………あそこにはオレの友人もいた。ルイード。マレーネ。シャル。ジャン。アニュー。エミリオ。みんな、いい奴だったよ。『ヴェーダ』の猛攻くらって落とされた基地は、そりゃあひどい有り様だった。個人の遺体を特定するのにどんだけ時間がかかったか分からねえ。おまけに間髪いれずに第二次『FALLEN ANGELS』が起きてトレミー自体も半壊だ。生き残った面子なんてほんの一握りさ」
 オレは無様に生き残った内のひとりだな、と。
 特に激するでもなく、言葉を詰まらせるでもなく続くセリフはそれだけに不気味な重さを湛えている。
 彼は、これまでもそうやって多くの戦友たちの死を看取ってきた。そして、いつかは自分も戦闘の中で死んでいくのだと疾うに覚悟を決めている。
「―――だが」
 グ、と拳を握り締めた後に。
「だからこそ今がある。『FALLEN ANGELS』の戦闘データは太陽炉の開発と戦闘機の改良に応用されている。ただではやられん。わしらはこれまで戦ってきた連中の遺志や命も背負って生きてんだ。戦うことを恐れはせん。だがな。誰かの遺志を背負うと決めたからには、必ず、生きて帰って来い! それだけがわしからの注文だ!」
 忘れるなよ! と、釘を刺す。
 イアンのその言葉と気持ちに、素直に頷き返す訓練兵たちの姿から目を逸らし。
 こっそり。
 すまない、と呟いた。
 何故か―――赤い瞳の少年に。睨まれたように感じた。

 

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基本はニール視点で。

ルイード、マレーネ、シャルはそれぞれ外伝に登場するキャラの名称です。

ルイードとマレーネがフェルトの両親だったかなー。

 

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