ほの白い光のもとに佇む少年はこちらの存在に全く気付いていないようだ。物凄い集中力と言うべきか、集中しすぎで周りが見えていないと言うべきか。
 扉を半開きにした状態でニールは黙って彼の作業を見つめる。
 今日の授業は簡単なようでいて難しい内容だった。ひとつの銃を分解し、再び組み立てて使えるようにする。ただ、それだけ。銃の基本構造を解説した後にあらためて作り直すよう指示をくだした。今日一日だけで既定時間をクリアした者はほとんどいない。
 少年は―――どうだろう。ギリギリで合格、だったと思うが。こればかりは慣れたものだと、目にも留まらぬ早業で銃の分解から組み立てを流れるように行う様をしっかと見詰められていた覚えだけは確かにあるのだけれど。
 小さなてのひらが銃を握り締める。
 その様に微妙な胸の痛みを感じながらも壁の時計を確認した。
 既に組み立てられた銃を順序良く解体していく。弾倉を外し引き金を外しネジを外しバラバラにする。分解し終えるや否や、今度はフィルムを巻き戻しするかの如く再び組み合わせていく。全ての部品を余りなく、緩みなく、しっかりと―――引鉄を引けるように。
 カタリ、と小さな音と共に銃を机の上に寝そべらせた少年がほっと息をついた。
 ジャスト、一分。
 大したものだ。
 思わず拍手すると弾かれたように少年が顔を上げた。
 いまのいままでこちらの存在に気付いていなかったらしい。戦場ではその油断が死に繋がるとしても、この場におけるそれはひどく可愛らしいものに感じられた。
「頑張ってるな。ちょっと見せてもらってもいいか?」
 答えがないのを肯定と看做し、歩み寄った足もそのままに卓上の銃を取り上げ、構える。
 照準にズレはない。振っても妙な音はしないし、部品も余っていないし、中でネジが外れているような音もない。これなら大丈夫だ。
 にっこりと微笑んだ。
「合格。よく頑張ったな!」
「………」
 ニールの言葉に少年がごくごく僅かに口角を上げた。あれ。もしかして笑ったのか。珍しい。
 自然と相手の頭を撫でようと手を伸ばして、触れる直前、「こいつはダメなんだ」と思い出して引っ込めた。刹那の赤い瞳だけが元の位置に戻っていく手の動きを追っていた。少しは年齢相応の表情も浮かべるじゃないかと内心で喜びながらも銃を机上に戻して宣言する。
「でも。減点1な」
「………」
「不思議そうな顔してんじゃない。いまが何時だと思ってるんだ? 疾うに就寝の準備についてなきゃならん時刻だぞ。大体、夕食はとったのか」
「食事なら―――」
「後から嘘だと分かった場合には更に減点だからな」
 減点「10」になれば罰として移動場所も制限されるし、他の候補生と共に訓練に参加することはできなくなる。誰よりも訓練熱心な彼にとってそれだけはどうしても避けたい事態であるはずだ。
 案の定、渋々といった感じではあるが刹那は素直に口を開いた。
「―――まだだ」
「了解」
 ならば話は簡単だと、銃を元通り機材置き場に戻して笑う。
「ちょっと付き合え」
 右手の指先で軽く手招くと実に仕方なさそうについてきた。無口で無表情ではあるが瞳の色は随分と雄弁である。特訓の結果として減点をくらうのが納得いかないのだろう。
「なあ、セイエイ。空いた時間に訓練するのはお前の自由だ。だが、こっちもそれなりにお前たちの体力を考慮しながらメニューを組んでる。休める時に休んどかないと後で困るのはお前かもしれないんだぞ」
「………わかっている」
 名前を、呼ばれた瞬間に。
 少年は何かひどく物言いたげにしたのだがすぐにそんな色を隠してしまった。その態度が聊か気になりはしたが、心配しすぎるのも逆効果だろう。
 とにかく付いて来いと先導して辿り着いた場所は食堂だった。無表情な中にも意外そうな色を浮かべているのがおかしくて、思わず笑う。
「夕食。ぶっ通しでやってたから食べてないんだろ? オレもまだだから付き合えよ」
 食事の時間はある程度は定められているが、本当はそこまで厳しい訳でもない。訓練が厳しすぎて胃がものを受け付けなくなる新兵も多いが、本来、彼ぐらいの年代ならば食べても食べても足りないはずなのだ。この際だから付き合ってもらうことにしよう。
 食欲ないか? と問い掛けると無言で首を横に振られた。
 ならばよかろうと先んじて食堂に入る。辺りは任務を終えて帰還した者や残業の合間から抜け出してきた者で溢れている。新兵が中心の時間帯と比べて年齢層は上だ。並んでいる料理も残り少ない。選ぼうにも選ぶものがない状況のレーンを前に視線を迷わせていると、通りすがりに肩を叩かれた。
「よう。やっと夕食か?」
「ラッセ! そっちは、これから夜勤か?」
「当直前の腹ごなしってね」
 気のいい砲撃手はそう言いながら肩をグルグルと回す。もとの出身はマフィアとかヤクザとか訊いた覚えがあるが、とてもそうは思えないぐらい責任感があって頼りがいのある人物である。
 以前のプトレマイオスにはろくな重火器類も装備されていなかった。それを見直したのは、戦闘機がなくともある程度は戦えなければ話にならないという痛い教訓に基づいている。以来、パイロットの選に漏れた人物や、予備のパイロットとしてトレミーに詰めている人間の何名かは常に砲撃手として在籍するようになった。
 戦闘時の座席が近いリヒティとは仲がよく、しょっちゅう飲みに行っているらしい。話題と言えば仕事の愚痴と「如何にクリスを振り向かせるか」ばかりなんだけどなと以前同席した際に語っていた。
 自然、ふたり揃って思考がそこへ辿り着いたのかもしれない。
「そういや今日はリヒティを見かけないな」
「あいつなら管制室でクリスを口説いてるぜ」
「またかよ」
「いいじゃないか。健康的で」
 戦闘にばかり精を出す生粋の軍人よりも、よほど真面目に生きていると互いに苦笑を零しあった。
 頑張れよと互いに肩を叩きあって振り向くと―――疾うにメニューを選び終えた少年がじっとこちらを見上げていた。もしかして待っててくれたのか。
「悪い。すぐ選ぶ」
 相手の返事も待たずに目ぼしい料理をトレイに乗せて、更に相手のトレイにも目をやって、肉料理ばかりなのに眉を顰めた。他に料理がないなら仕方がないが、きちんとサラダだって野菜スープだって残っているではないか。
「ちゃんと野菜もとれよ」
 お節介な性質を遺憾なく発揮してニールは勝手にひょいひょいと少年のトレイにサラダとスープを乗せた。彼は顔色を変えるでもなく文句を零すでもなく彩られていく自らの狭い食卓を黙って見守っている。きっとこいつは渡された以上は残したりしない。そんな変な確信があったから青年も躊躇わなかった。
 遅れた立場でありながら「さあ行こうか」と先を促す。空いている場所に座って食べ始めててくれてもよかったのにと考えて、そもそも少年が新兵であることを思い出し、新人が先輩を差し置いて食べるのは流石に遠慮したのかもしれないと反省し、どうにも「教官」らしくないなと天を仰ぐ。
 窓際で誰かが手を挙げるのが見えた。モレノ医師だ。
「おお、久しぶりだな」
「久しぶりって、おいおい。先週あったばっかじゃねーか」
「そうだったか? ん? 隣にいるのは―――」
「今期の新人。そのうち世話になることもあるだろうし、よろしくな」
 ニールの言葉に合わせるように少年も小さく礼を返した。
 常に白衣に身を包んでいる医師は既に食事を終えたのか、目の前にはコーヒーカップだけが置かれていた。カップの中身も空に近いし、丁度、仕事に戻る直前だったのだろう。こちらが会釈をして彼の前に並んで腰掛けると同時に医師は席を立つ。
「終わらせなきゃならんことが山積みだから失礼するぞ」
「お構いなく」
「ああ、それとな。ニール」
「なんですか」
 首を傾げると、日中でも夜間でも室内でも室外でも関係なく黒眼鏡を着用している医師は何処か遠くを指差した。
 その先に誰がいる訳でもなかったのだが。
「ティエリアにあんま無茶すんなっつっとけ。オレが言ったところで無駄だ」
「なに言ってるんですか。いざとなったらドクターストップ持ち出してくださいよ。それに、あいつだって軍の上官や医師の命令には従うはず―――」
「あいつが言うこと聞く相手はお前とスメラギぐらいのもんだ」
 でもってスメラギは滅多に注意なんざしやしない。だからこれはお前の領分だ、と。
 断言されてしまえば反論する気も起きないのだった。
 じゃあなと手を振るモレノに挨拶してしばし考え込む。確かに最近は新兵の訓練にかかりきりでティエリアの様子を窺うことを失念していた。情報収集もクリスに頼んでしまったし、今度、何かにかこつけて無理矢理にでも会いに行かなければなるまい。用事もなしに会いに行けばそれはそれで怒るのだから困ったものだ。
「………ん? どうかしたか」
「―――いや」
 少年がじっとこちらを見上げていたのに気付いて声をかける。が、すぐに視線を逸らされてしまった。
 手持ち無沙汰なのか、手にしたフォークで無意味に肉をつついている。
「お前は、知り合いが多い」
「そりゃあな。軍に来てから随分経つし、オレにとってはみんな家族みたいなもんだよ」
 血は繋がっていないとしても、出身地も人種も年齢も何もかも違ったとしても、同じ目的のために進んでいける集合体。切っても切れない縁。帰るべき場所。
 脳裏にアイルランドの家を思い出し、手を振る家族を思い出し、やわらかくニールは微笑んだ。
「喧嘩したり罵ったりすんのもしょっちゅうだけどな。やっぱ―――仲間ってのはいいもんだぜ」
「………そうか」
 少年は一度だけ瞬きした後に、食事を再開した。
 ニールもまたフォークとナイフを手に肉や野菜を切り分けていく。同室の連中とは上手くやってるかとか、訓練は厳しくないかとか、艦内の構造は覚えたかとか、どれだけ呼びかけたところで少年は「ああ」とか「問題ない」とかろくな返事をくれはしなかったけれど、少なくとも無視されている訳ではなさそうだ。喋りたいのはこちらの勝手だ。ならば見返りなど求めるまい。
 一方的な会話が続いたところで、覚えのある気配に青年は顔を上げた。
 過たずその正体を察して微妙に頬を引き攣らせる。向こうは向こうでこちらに気付いていたのだろう。何の気負いもなく、むしろ満面の笑みを浮かべて大声を上げる。
「姫! 四時間と五十六分ぶりか、元気そうで何よりだ!!」
「姫じゃねえ!」
 食堂全体に響き渡る声に、傍に新兵がいるのに気付かねえのか! 等と叫び返しても手遅れだ。すれ違う仲間達が「ああまたやってるよ」な生暖かい視線を送ってくれるのが何とも居た堪れない。
 僅かに呻きながら頭を抱え込むと、正面に声の主―――グラハムがどっかと腰掛けた。
「失礼する!」
「席なら他にも空いてるだろ。どうして此処に来るんだよ」
「空いている以上は何処に座ろうが私の自由だ。君には私の座席を制限する権利はない」
 尤もである。
 やれやれと溜息つきながら伏せがちだった面を上げた。自身のトレイをどっかと置いて、食事に取り掛かろうとしたグラハムが、青年の傍らで黙々とナイフとフォークを動かしている少年に視線を転じ。
 途端、瞳を輝かせて。
「少年! 少年ではないか!」
「?」
 刹那が動きを止めてグラハムを見詰め返した。
「忘れもしない、その視線! 覚えているぞ、君はトレミーに来るや否や私と彼にガンつけたのだ!」
「グラハム。少し落ち着けって」
「とんでもない、私はこの上もなく喜んでいる!!」
 話が噛み合っているようで噛み合っていない。
 失敗した。新人であるはずの刹那が教官―――自分だ―――と来ただけでも妙な注目を集めかねないってのに、歩く広告塔の如き人物に「忘れもしない」だの「ガンつけた」だのと語られてしまうと、下手すれば妬みや嫉みの対象になりかねない。先日の投げ飛ばし事件の原因が脳裏にちらついた。
「少年、君は運命を信じるか? 私は信じている。そう、君と視線が合ったあの瞬間にも私は運命を感じたのだ! 君は私の好敵手であり、私は君の好敵手であると!!」
「所属は同じだ」
「所属の是非ではない。魂の問題を語っている! 目と目があった瞬間に運命を感じたならばそれが全てなのだ! おそらく我々は技術においても私生活においてもあらゆる場面において競い合う存在となるだろう! 早くのぼってきたまえ、君を打ち負かす日が待ち遠しい」
「………負けはしない」
「その旨をよしとする! 挫けない精神を宿す者を勇者と呼ぶ! ちなみに私は騎士だ!!」
「騎士?」
「西洋の物語を読んだことは? 騎士は尊敬すべき主君と美しき姫君に敬愛と剣を捧げ―――」
 ………なんだかよく分からないが。
 非常に絶妙な感じで会話が成り立っている気がするのは何故なのか。いずれにせよ食堂の注目を集めていることに違いは無いのでニールとしては微妙に居心地が悪い。
 ふたりで語るならどっか別の場所に移動してくれ。
 場所を移動しないならもう少し声を潜めてくれ。これじゃ筒抜けだ。
「お前の主君と姫は何処にいる」
「主君は軍隊! 剣はフラッグ! そして姫は目の前にいる、この!!」
「グラハム、口あけろ」
「なんだね、ひ―――モガッ」
 自前のじゃがいもをフォークで突き刺し、正面の人物の口に突っ込んだ。食事に来たんならとっとと喰ってとっとと去れとゆーのだ。グラハムの皿には茹でたじゃがいももマッシュポテトもフライドポテトも何もなかった。好物が残っていなかったことがハイテンションの一因ならこれで少しは落ち着くはず。
「黙って食事をしろ。周囲の皆様の迷惑だ」
「………」
 大きな目を更に大きく見開きながら、グラハムはもごもごと口を動かしている。かなりでかいじゃがいもを突っ込んでやったからこれでしばらくは身動きとれまい。
 ふふん、と鼻で笑ったニールは、ふと、只ならぬ気配を感じて振り返った。
 途端、ほとんどすべての人間が即座に視線を逸らす。
 なんなんだ一体。オレが何をしたと言うんだ。
 自らの行動の問題点を把握できずに首を傾げていると、今度は左手から突き刺さるような視線を感じた。感じた、どころか―――明らかに睨まれている上に凄まれている、ような。とにかく件の少年が大きな赤茶色の瞳をじっとこちらに向けていたものだから、何だか非常に困ってしまう。
 これは、あれですか。
 少年の意図を読み切れない自分が悪いのですか。
「その………セイエイ? どうした。何か質問でもあるのか」
「………」
「………え、っと………」
 黙って見詰め合っていても意味は無い。
 意味は無いのだがどうすればいいかも分からない。
 いずれにせよ、彼もまた周囲と同じく何かに引っ掛かったからこんなに熱心に見詰めてきているのに相違あるまい。直前に行ったことなんてグラハムの口にじゃがいも突っ込んだぐらいなのだが―――。
(―――ああ)
 そうか。もしかしたらそうかもしれない。
 幼い弟妹と共に食卓を囲んでいた時の遣り取りを思い出して、ニールは問いを発した。
「もしかして、お前もこれが欲しいのか?」
 グラハムだけ貰ってずるいとか、そういう主張の現われだったのかと皿を指差せば。
 少年は一度だけ瞬きをして、考え込む風情を見せた後に躊躇いがちに頷く。応えるまでの間が気になりはしたものの、なんだ、好物の取り合いだなんて歳相応の部分も持ち合わせてるじゃないかと素直に安心した。
「じゃあ、ちょっとごめんな」
 無意味な接触を嫌う少年のために、敢えて彼自身のナイフとフォークを借りて皿の上のじゃがいもを選り分ける。器用に掬い上げた大き目の欠片をひとつ、少年の方へ移した。勿論、自分の食器に必要以上に触れる真似はしない。ひょっとしたら食器だってナプキンで拭いて返すべきなのかもしれないがそこまで潔癖ではないことを期待しておこう。
「ほら!」
 どうだ、とばかりに笑顔で差し出したものの。
「………」
 相手の反応は物凄く芳しくなかった。皿を見詰めて静止している。あまりのことに硬直しているような、「違う!」と全身で訴えているような。
 どうしようもなくてやっぱりニールは首を傾げる。
「―――トマトの方がよかったのか?」
 直後。

「ぶほっ!!」

 頓狂な声を上げて正面席の男が咳き込んだ。喉にじゃがいもを詰まらせたらしい。
「おいおい、大丈夫かよ。ほら、水飲め、水!」
「………っ! っ!!」
 ヒクヒクと肩を震わせているグラハムに手を伸ばし、背中を撫でながら自らのグラスを差し出す。引っ手繰らんばかりの勢いでグラスを奪い、一気飲みした彼は深い溜息をつくと―――。
 思い切り。
「―――っ、は、はは! ははははははは!!」
 声を上げて笑った。
 訳がわからん。
 バシバシとグラハムはこちらの肩を叩き返しながら、刹那に満面の笑みを向ける。
「どうだ少年、手強いだろう? だからこそ価値がある!」
「………オレは負けない」
「やはり君は好敵手だな!」
 むっとした表情で相手を睨み返しながらじゃがいもを頬張る少年といい、上機嫌に笑い続ける同僚といい、本当にまったくもって意味が分からない。勝手に話を進められて自分ばかりが置いてけ堀を食らっている。
 一頻り笑い転げたグラハムがすっくと立ち上がった。
「どれ。飲み物でも持って来るとしよう。姫はコーヒーでいいかな?」
「だから、姫じゃねえって………っ!」
 相変わらずの遣り取りに頭を抱えながらも、「ミルクも頼む」と慌てて付け足した。
「意外だな。君はブラック派だと思っていた」
「違う違う。こいつにだよ」
 と、片手で臨席の少年を指差した。
 もしゃもしゃと口を動かしていた少年がほんの僅か、訝しげに眉を顰める。
「飲んどいた方がいい。でっかくなれねえぞ」
「………」
 かなり、瞳に不満の色は滲ませていたものの。
 渋々と頷き返したのを受けてグラハムが踵を返した。
「すぐに戻って来るから待っていたまえ!」
「急ぐ必要ねーからな」
 人込みに紛れ込んでいく背中を見送ってからやれやれと席に腰を落とした。
 少年がぽつりと呟く。
「あれが、グラハム・エーカーか」
「あ? ああ、そうだ。なんだ知らなかったのか?」
「見かけたことはあったが、話をしたのは初めてだ」
 の、割には随分と意気投合していたではないか。自分や同じ組の訓練兵と比較して。
 ―――等と突っ込み入れたくなったのはグッと堪えておく。
 だが、いままで話したことがないというのは意外だった。グラハムのことだからてっきり訓練の合間にでもちょっかいかけているかと思ったのに。
 実を言うと、やたら勘のいい少年がグラハムの接近を感じ取る度に逃げていただけなのだが、この時点のニールには知る由もない事実である。
「仲がいいのか」
「仲がいいっつーか………嫌いになる必要がないっつーか?」
 自分にも彼にも好悪の感情は当然あるし、互いに気に入らない部分だって山のようにあるし、不平不満ならばごまんと出てくる。例えば姫と呼ぶなとか姫と呼ぶなとか姫と呼ぶなとか、向こうは向こうで、いつまで経っても好きに呼ばせてくれないこちらに不満を抱いているに違いない。
 ならば戦場で背中を預けるに値しないかと問われれば、答えは真逆なのだからガックリ来てしまう。
「ああ見えても一応はエースだし、実力は折り紙つきだ。機体の特性上、しょっちゅう組むことが多いんだが―――少なくとも作戦を共にする上で不安を覚えたことはないな。性格や振る舞いに問題があったってしっかり働いてくれるんなら軍人として他に重要なことはない」
「軍人じゃなければ、仲良くはないのか」
「聞いてどうする」
 とは、言わなかった。
 答える必要があるのか? とも思ったが、珍しくも寡黙な少年が質問を口に上らせることが嬉しくて、知らず知らず青年は浮かれていた。
「難しい質問だな。オレもあいつも軍人になってなければまず出会わない。でも、まあ、たぶん」
 僅かに瞳を伏せて考えてみる。
 例えば自分の家族がテロに巻き込まれることなく、グラハムも孤児院で育つことなく、本当に『普通』の出会いをしていたならどうなっていたか。
 答えは簡単だ。
 どうもなりはしない。
 自分が自分であるように、彼も彼でしか有り得ないのだから。
「結局は似たよーな関係に落ち着いてるだろうよ。あいつの性根が生い立ち程度で変わるはずねえ」
 答えた青年は、ひどくしあわせそうに苦笑した。
 カシャリ、と。
 金属質な音と共に傍らの少年が食器を聊か乱暴な手付きでテーブルへ置く。
「お前が奴と組んでいるのは、奴がエースだからか」
「………まあ、それもあるか」
 機体性能やパイロットとしての相性―――後者は少々遠慮したくもあるのだが否定できない―――も然ることながら、グラハムがエースとして多少の任命権を得ている影響もあるだろう。同等の実力を有したパイロットの内どちらかひとりを同行させろとの命を受けた際に、どちらと組むかを決められる程度の権力はある。これでもしニールの方が上官だったりしたらまた話がややこしくなるのだが、幸か不幸か、騎士を自認する人物の方が階級が上である。
「わかった」
 正面の皿を睨みつけていた少年が、不意に、真っ直ぐな視線をこちらへ向ける。
「エースになるには、どうすればいい」
「そりゃ、何につけても先ずはパイロットになることだな。後は『名有り』の戦闘機をもらうこととか」
 赤茶色の瞳に浮かぶ真摯な色にやや気圧されそうになりながらも、少年が夢を語っているのだと察して丁寧に言葉を選ぶ。
「『名有り』?」
「そ。乗り手が制限されてる戦闘機。フラッグとかガンダムシリーズがその最たるものだな」
「エクシアか」
「………確かに、まだ乗り手が決まってないのはエクシアぐらいだが」
 他のガンダムシリーズには自分を含めて一応は専属パイロットが決まっている。エクシアは未だ安定稼動していない問題児ではあるが、起動したならばフラッグと並び立つ近接型戦闘機として活躍することが期待されていた。
「了解した」
 それだけ宣言すると、少年は再び視線を正面へ向けて食事を再開した。
 なんだったんだ一体。
 単なる「いつかエースになってやるぞ宣言」だったとの解釈でいいのだろうか。グラハムに会って対抗心を煽られたのか何らかの使命に駆られたのか、まあ、いずれにせよ志を高く持つのはいいことだ。
 本当によく分からん奴だなあとこっそり隣を盗み見るニールの前に、いつの間に帰ってきたのか、グラハムがあたたかなホットコーヒーを差し出した。
「どうかしたかね、姫」
「姫じゃねえって。や、まあ、その―――な」
 口元に手を当てて考え込む。
 少年は食事に熱中しており、何を説明する気配もない。軽く、てのひらで相手を示して苦笑した。
「こいつの目標はあんたらしいぜ。グラハム」
「ほう」
 自分のコーヒーを片手で掲げ持ちながらエースが不敵に笑う。
 気配を察した少年が面を上げて視線を交錯させる。不躾とも無礼とも取られかねない態度だが、グラハムは些細なことに拘る性質ではない。
「受けて立つぞ、少年!」
「………」
 グラハムが差し出したコーヒーに、少年がミルクの入ったコップを寄せて乾杯する。宣戦布告だか意気投合だか仲がいいんだか悪いんだか。
 なんにせよ楽しそうでよかったよ、と。
 もしかしたら自分の存在こそが彼らの闘争心を煽っているのかもしれない―――等と思いつくはずもなく、ふたりの宣誓を見てのんびりとニールはコーヒーを口に運んだ。

 

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ハムさんはせっちゃんがお気に入り。

せっちゃんが兄貴の一連の言葉にちょっとムッとしたのは「刹那」と呼んでくれなかったからです。

何故そこでムッとするのかって点については、

そのうち触れるよーな気がしないでもないでもないでもない(どっちだヨ)

 

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