「なんだと!?」
 城内に設けた臨時の幕内でお宝を品定めしていたグッドマンは拳をテーブルに叩き付けた。
 あまりの勢いに部下がびくりと肩を揺らす。
「ゲイリーが無線機を全て壊しただと………!? 青二才め、本性を現しおったな!」
 総督は苦虫を噛み潰したような顔になり、手元の宝石をギリギリと握り締めた。
 到着早々に本国に連絡いれておけばよかったものを宝に目が眩んで連絡を怠った。どれほどの財宝が眠っているかを確認し、可能な限り自らの取り分を多くしようと目論んでいた―――その隙を衝かれたのだ。自業自得ではあるが当然本人にその自覚はない。
 いずれにせよ、これではっきりした。
 前々から憎たらしい奴だと思っていたが―――ゲイリーは敵だ。
 特務メンバーだから今までは奴の命令に渋々従ってきたが、反逆者となればもはや容赦はしない。ここはいわば空の密室。後から本国の上層部がとやかく言ってこようとも「宝に目が眩んだ少佐が乱心したのです」と弁明すればどうにでもなる。
「奴を捜せ! 抵抗する場合は射殺しても構わん!!」
「はっ!!」
 総督の命令に部下達が敬礼を返した。

 


天の火


 

 スメラギは妙な気配に怪訝そうに眉を顰めた。
 先程から明らかに兵たちの動きがおかしい。財宝を目にして浮かれまくっていたはずなのに、突如として編隊を組んで号令をかけ、重火器類を用意して―――さては裏切り者でも出たか。統率がなっているようでなっていない軍隊のことだ、誰かがお宝をちょろまかそうとしたとて驚きはしない。自らの欲望に正直にお宝を追い求める海賊よりも、普段は理性を謳っている軍隊の方がこんな場面では呆気なく崩れ去る。清廉潔白な軍人なんてほんの一握りなのだ。
 しかし、まあ、それはそれとして。
 何だかふくらはぎの辺りがむず痒いような………。
「どうかしたのかい?」
「うん………ちょっと………」
 傍らのビリーが小声で呼びかけてくるのに小声で応じながら、見張りの兵たちに気付かれぬよう、そっと、体育座りをした自らの下半身を見て。
 驚いた。
 僅かに空いた隙間から見覚えある赤茶けた瞳が覗いていたのである。
(―――スメラギ)
(刹那、無事だったのね!)
 声は出せないから、あくまでも視線と唇の動きだけで言葉を交わす。
 スメラギ達が並んで座らされている丁度真下に排水溝が広がっていたのは僥倖だった。
(ロックオンが奴らに連れて行かれた。オレは助けに行く。ロープを切るから………)
(大丈夫、手足さえ動けばどうとでもなるわ。伊達に海賊やってないわよ)
 強く頷き返すと、少年もまた笑みを零したようだった。彼が薄暗がりにいるために貴重な笑顔をしっかりと見れなかったことを残念に思う。
 隙間から伸びてきた刹那が小さなナイフを使い、スメラギの手を縛っていたロープを切る。そのまま立ち去ろうとする少年を呼びとめて女海賊は素早くズボンの裾からバズーカと弾丸を落とす。
(持って行きなさい。使いどころは間違えないように)
(わかった)
 返される答えが心強い。
 隣のビリーにナイフを後ろ手に渡しながら彼女は、僅か数時間でやたら男前になった少年の姿に、まるで母親のような笑みを浮かべた。
 バズーカという心強い武器を手にした刹那は城の攻略ルートに悩んでいた。
 ロックオンは城の真下にある釜の底のような部分に飲み込まれた―――が、どうやって中に入る? 金属とも粘土ともつかぬ物質で作り上げられた壁は生半な攻撃では破れそうにない。事実、先程、兵たちが爆薬を仕掛けていたけれど掠り傷のひとつもついていなかった。
 ―――と、なれば。
 狙うは「最初から開いている」場所だ。
 風の流れを頼りに先へ。外を一望できる場所に出た少年は、『ガンダム』の下部に細かく張り巡らされた木の根を握り締め、強度を確認して。
 ―――待っていろ、ロックオン。
 決意も新たに呟いた。




 どうにかして逃げ出せないだろうか。
 ケイリー達に囲まれたまま必死に隙を捜しても現実は厳しい。敵は三人、両腕は後ろ手に縛られ、何処をどう歩いてきたのかさえ定かではない。もともと飛行船から逃げ出せたのだって海賊の襲来という大規模、且つ、予期せぬ事態が起きたからだった。
 それでも挫けずにロックオンは辺りを注意深く観察する。
 刹那は無事か、スメラギ達はどうしたのか、心配でならない。
 現在地は、おそらく、『ガンダム』の底部に当たる部分だ。材質もよくわからない複雑な文様の施された立方体を延々と敷き詰めた無機質な空間。天井は遥かに遠い。時折り、ガラスの水が滴り落ちるような硬質な共鳴音が響く。周囲はぼんやりと青白い光で満たされている。
 ゲイリーが立方体のひとつに足を乗せるとまるで意志を持っているように床が動き出した。
 ―――『ガンダム』の科学はすべてここに結集している。城だの財宝だのはただの飾りだ。
 中に入った時のゲイリーの呟きは正しいのだろう。少なくとも、地上ではお目にかかれない科学力であることは確かだ。一度は幽閉されていた海岸線沿いの要塞やジンクスなどの現代においては最新鋭の設備よりも、はるかむかしに創られたであろうこの城の技術の方が遥かに抜きん出ているのだ。
 突き当たりまで来たところでゲイリーがロックオンの手を引き、部下達にさがれと命じた。
 こんなところに置いていかれるのかと部下二名が目に見えて動揺する。が、彼らに同情する男ではない。
 ゲイリーが軽く手を振ると呆気なく部下達と世界が断絶された。
「ここから先は王族しか入れない聖域なんでね」
 ―――だったらお前はなんなんだ。
 問い詰めてやりたい気持ちをロックオンはかろうじて抑え込んだ。未だに信じ難いことではあるが、どうやら自分は王族の血を引いているらしく、これまたゲイリーの言葉が正しいのであれば、聖域に入る資格があるのはロックオンひとりということになるのだが。
 突き当たりでゲイリーが太陽石を構えた手を翳すと、虚ろで真っ暗な空洞が道を開けた。
 だが、出入り口の半分は其処彼処から伸びてきた木の根で埋め尽くされていた。
「こんなところまで侵食してやがる………! 一段落したら全て焼き払わねえとな」
 大股で突き進む男の背中に黙って従う。
 敵はひとりに減った。三人に取り囲まれていた時よりも脱出できる可能性は高い。
 だが、通り抜けた扉はまたすぐにただの壁へと変化してしまう。自由に行き来するには太陽石が必要なようだ。柱の其処彼処に点在する石像は不気味な沈黙を湛えて侵入者達を見下ろし、壁には定期的に太陽石と同じ紋章が現れる。
 それらはいずれも苔と埃と木の根に覆われていた。足下にひたひたと滲む水は、上層部の、水没した街から流れ出てきたものだろうか。
 軍隊から逃げ、セルゲイと出会った、あの古い炭鉱を思い出す。
 僅か数日前の出来事であるはずなのにもう何年も前のことのように感じられた。
 一際大きな扉を潜り抜けると青白い光が辺りを満たした。城の中枢にこんな場所があったのかと青年は素直に驚く。
 延々と続く葦の原。
 天井が遥か高く、遠く、見通すことがことができない。
 ひたひたと足下を満たす水が草花をゆっくりと流して行く。
 中央には、木の根が凝り固まったような球形の不思議なオブジェがあった。植物が懸命に、中にある『何か』を護っているようにも見える。
 もれいずるのは深海のように清浄な蒼。

 フィ………ン………

 硬質な澄み切った音が鼓膜を揺らしている。
 ロックオンの前を進む男は静寂の中に無作法に入り込み、葦を両腕で薙ぎ払い、中央のオブジェに近付いた。
 力ずくで枝を取り去り、千切り取り、投げ捨てて。
 零れ落ちる光が強くなった。
 中を窺い見た男が感嘆の声を上げる。歪んだ声と共にこちらを振り向いて。

「見ろ。この巨大な太陽石を!」

 ―――それは。
 正八面体をした、中空に浮かぶ巨大な太陽石であった。

 回転に伴い定期的に投げ掛けられる光は波間に漂う如く強弱に揺れている。恍惚と見上げる男の顔も、呆然としたロックオンも、等しく澄んだ湖の色に染め上げて。
「大したもんだぜ、『ガンダム』の力の根源ってやつは―――700年も王の帰りを待っていたとはな」
「700年?」
「お前の一族はそんなことすら忘れちまったのか」
 嘲りのセリフを吐き捨てて男は辺りを見渡した。この辺にあるはずだとメモを片手に背の高い葦を薙ぎ払っていく。
 然程離れていない場所に、黒曜石で作られたような真っ黒い石碑があった。腰ほどの高さもあるそれの表面には細かな文字が刻まれている。内容までは定かではないが、上層部の墓守達の護っていた石碑と同じ文字であることだけは辛うじて判断できた。
 手中のメモと石碑の文字を見比べた男が乾いた笑い声を上げる。
「黒い石………伝承の通りだ………! ―――読める、読めるぞ!」
 ロックオンは、徐々にこの男に薄気味の悪いものを感じ始めていた。
 戦闘狂とか、財宝や力に興味があるとか、一般にも見受けられる特質とはまた異なる違和感。
 何かが―――何を―――ここまで―――奴を『ガンダム』に惹きつけるのか。
 ごくり、と唾を飲み込んだ。

「お前は―――『誰』なんだ………?」

 小さな声が虚ろな空洞に響いた。
 メモに何やら書き込んでいる男は振り向かない。ただ、歪んだ笑みを頬に張り付かせて愉快そうに声を上げる。
「簡単な話さ」
 オレもまた秘密の名前を持っているんだよ。『ニール』。

「『アリー・パロ・ウル・シュヘンベルグ』っつう、ご大層な名前をな」

 さらりと。
 大した事実ではないように告げられたそれを。
 瞬間的にロックオンの耳は理解することを拒否した。
 だが、意志など関係なしに届いた音はいずれ言葉として処理される。強張った表情の青年を嘲笑うように大仰な素振りで男は漸く振り返った。
「お前の一族とオレの一族はもともとひとつの王家だったんだよ。地上に降りてからはふたつに分かれたみたいだがな」
 一方は地上に降りたのちもいつか天に帰ることを願い、一方はそのまま大地に同化することを願った。全ての鍵となる太陽石が後者の一族に預けられたのはただの偶然か必然か。
 目を覚ました『ガンダム』、シュヘンベルグの血、帰り来る王族。
 ロックオンの喉が震えた。

「―――嘘だ」




「………っ!」
 掴んだ木の根が大きく振り子のように揺らぎ、危うく振り落とされそうになった。身軽なのは利点だが、軽すぎるゆえにともすれば風に浚われそうになる。
 注意深く周囲を観察し、先を見通しながら手近な根を掴む。
 刹那はいま、『ガンダム』の底部をゆっくりと伝っていた。眼下に延々と広がる青い海。少しでも油断すればまっ逆さま、二度とこの世には戻れまい。高所恐怖症の人間なら貧血になりそうな無茶な経路を使い、僅かな隙間から内部に侵入できないかと必死に探る。こころが逸る。が、こんな時こそ落ち着かなくてどうするのだと繰り返し己に言い聞かせて。
 ―――と。

 ゴォンッ!!

 張り付いていた壁の一部が激しく鳴動し、慌てて太い根にしがみ付いた。ミシミシと音を立てて壁が移動し、植物の根と蔦が断たれ、刹那の身体を激しく揺さぶる。
 振動と共に釜の底に四本の『足』が生えた。
 底の中央に楕円形のものが迫り出す。展望室のようだ。透明な窓の向こうに人々が雪崩れ込む。
 見つかったらまずいと思うと同時に、こんなところに人が張り付いているなど誰も考えるまい、とも思う。いずれにせよ動きがあったのは確かだと刹那は木の根を手繰る速度を上げた。
 展望室に近付くほどに内部の様子が見て取れるようになる。
 雪崩れ込んできていたのは予想通り軍隊だった。先頭きって入ってきた金髪の小太りの男が司令官だろうか。その司令官の名はアーサー・グッドマンと言ったのだが、無論、刹那の知るところではなかった。
 兵の視線を避けて展望室のごくごく近くに張り付く。
 本来ならば防音になっているであろう場所にも植物の根が食い込んで小さな空洞ができていた。張り付いて耳を澄ます。風の流れに精神を集中するとかろうじて中の声が聞き取れた。
「ゲイリーめ………! こんなところに招くとはどういうつもりだ!?」
 小太りの男の叫び。
 次いで、兵達の驚愕の声。
 展望室の中空に、ゆらりと何かの影が映し出された。
 浮かび上がる。
(―――ロックオン!?)
 そして、ゲイリー。
 黒い石碑の前に陣取った男は冷酷な笑みを浮かべ、背後に佇む青年はじっと俯いている。
 身体が透けていて存在感が希薄だ。
「なっ………なんの真似だ、貴様!?」
 司令官の声と共に、未だざわめきの収まらぬ展望室を男が睥睨した。

『静かにしろ。言葉を慎め。あんたは王の前に立っているんだ』

 王。
 王、とは、なんの話だ。
 まさかあの男はこの城の王になったつもりでいるのか。
(そうなのか、ロックオン)
 問い掛けを篭めて青年を見詰めても、向こうからは刹那が見えていない。歯痒い思いに駆られながら只管に耳を澄ます。
 男が黒い石碑に右手を翳す。その掌には仄かな光を放つ太陽石が握られていた。

『王国の復活を祝してあんたらにイイモノを見せてやろうと思ってな。さあ、その目で確かめるがいい。メメント・モリの威力を!』

 ―――直後。
 四本の『足』が強く輝いた。
 底部を取り巻く光の環が出現し、展望室の真下で収束し、撃ち落とされた。

 一瞬の静寂。
 轟音。
 爆風。
 海の一部が盛り上がり、凄まじい火力が天を焦がす。

 刹那は呆然と目の前の光景を見詰めた。
 もし、あそこに島があったら―――国があったら―――間違いなく壊滅だ。跡形もない。

『旧約聖書にある天の火だ。ラーマヤーナではインドラの矢とも伝えられている………全世界は再び、ガンダムのもとに平伏すことになるだろう』

 淡々とした男の言葉と、彼の背後で青褪めたロックオンと。
 司令官は傍目にも明らかなほど引き攣った笑みを浮かべていた。
「す―――素晴らしいよ、ゲイリー少佐! キミは英雄だ! なんたる功績だ!!」
 抜き放った銃で男を撃つ。だが、何度撃っても相手が傷つくことはない。
 カチン、カチン、と、小銃が弾切れを告げる。
 司令官が動揺を露にするのと、ゲイリーが頬を歪めるのは同時だった。

『………あんたの阿呆面も見飽きたよ』

 手が、また、石碑に。

『―――みんな逃げろ!!』

 ロックオンが背後から体当たりをかました。石碑前でもみ合う。だが、後ろ手に縛られた者に勝ち目はない。
 青年の声に弾かれたように一部の兵たちは逃げ出したけれども、展望室にぎゅう詰めにされ、混乱の最中で、我先にと急ぐ中でどれほどのことが出来ようか。
 青年が殴り飛ばされる。
 狂喜の笑みを閃かせた男が石碑に掌を滑らせた。

『死ね!!』

 床が抜ける。
 司令官が、数多の兵たちが、青い海へ飲み込まれる。
 外壁にしがみ付いていた刹那は、それを見ていた。
 手を伸ばすこともできず―――落ちていく―――ぽかんと見開かれたどこかあどけない表情の兵士達を―――。
 成す術もなく。
 見送ることしかできなかった。




 辺りが騒がしい。空気が張り詰めている。
 詳細は不明ではあるものの、先程の謎の衝撃と関係があるのだろうとスメラギは考える。
 プトレマイオスの窓からでも確認できた。
 恐ろしい威力の攻撃。
 海を焼き、大地を焼き、天を焦がす。
 あれこそが『ガンダム』の力であるのなら、あんなものは永久に眠っていて然るべきだと強く思う。未だ人智はあれほどの力を真の意味で有効活用する術を見い出していない。
 拘束から逃れた海賊達はボロボロになったプトレマイオスにひっそりと身を潜める。
 グラハムが外の様子を窺い見た。
「ロボット兵が動き出しているな。要塞で見かけたものと同じタイプだ」
「軍隊もだよ。離れるんだね」
「そうね………とりあえず、いまは静かに」
 すべての兵を回収しきる前にジンクスが動き出す。
 城内から這い出てきたロボット兵が辺りを徘徊し、敵と認識したものを焼き払う。バラバラパラパラと何かが落ちる音が遠くから響き渡る。いつかの大戦で見た落下傘兵、を思い起こさせるようなそれ。
 スメラギは脳裏に『ガンダム』の外観を思い描く。
 城の底は大きな釜のようだった。中枢に何らかの秘密が眠っていることは明らかで、財宝がすべてカモフラージュでしかないとしたならば―――先刻の攻撃システムも内部に組み込まれているに違いなく、ロボット兵たちの大半もまた、底部に眠っていたのかもしれない。
 降り注ぐ無機質なロボット達の姿を脳裏から消し去るようにかぶりを振って、壊れた窓から冷や汗混じりに外の様子を窺った。
 ―――刹那。ロックオン。
 あなた達、いま何処にいるの。無事でいるの? 戻ってこれるの?
 絶対、絶対、これ以上は無理だというぐらいまでは待つつもりでいるけれど。
 スメラギは海賊の首領だ。多くの部下たちの命を預かっている。一緒に来たメンバー以外にも、仲間は各地に散らばっていて、自分達の帰りを待っているのだ。
 あのふたりをただ待つためだけに仲間の命を賭けることはできない。

「置いてっちゃうわよ………!?」

 なんだか泣きそうな声だ、と。
 自分でも思った。

 

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さすがにそろそろ終わりたいのですが(苦笑)次でまとめきれるかなあ。

 

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