「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

38.The three major tragedies

 


 テーブルの上に資料を広げて遠くから眺めやる。必要最低限の情報は集めたけれど、さて、これをひと

つにまとめようとすると骨が折れる。大まかなジャンル分けしてはあるもののレポートに仕上げるのは大

変だ。

 ‘あの頃’に関する資料はあるようでない。10年前の自分は単なる5歳児で、周囲の大人たちがしょっち

ゅう空を見上げては怯えながら通りを小走りに遠ざかっていったことばかり覚えている。戦っている相手

の姿すらわからない、ただ、外宇宙の知的生命体らしいというだけで。正体も知れぬ敵に拳を振るうこと

に苦戦していた。誰が‘正義’で誰が‘悪’なのか、あの時ほど世界が明確に意識したことはなかっただろ

うに、成す術もなく都市を攻略されていったのだ。地球人同士で銃を撃ち合い、爆弾ひとつで何百何千、

何万の死傷者を出してニュースで淡々と報告しているような時代。宇宙人による被害は地球人同士の争

いに比べれば遥かに少なかったけれど、見えない恐怖が人類を瀬戸際まで追い詰めていた。暴動が多

発し経済は破綻し犯罪は残虐化した。あれこそ世紀末と旧時代の人間ならばしたり顔で述べたのかもし

れない。

 

 ―――でも俺は、経験したともいえないガキだったから。深々と関わりすぎてしまった友人がいるには

いるけれど。

 

 少年は眼前の紙束を前に深くため息をついた。リビングの戸を開けて遊びに来ている叔父が顔を覗か

せる。

「よう、ボウズ。何してんだテレビの前に陣取って。一緒に酒でも飲まねぇか?」

 ほんのり頬が赤いところを見ると既にかなりの酒を摂取しているに違いない。父の仕事仲間であるこの

叔父が嫌いではないけれど、だからといって自分から絡みに行く気にもなれなかった。

「遠慮しとくよ。レポート仕上げなきゃなんないんだ」

「なんだ、夏休みの宿題が残ってんのか? バカだなあ」

「そうじゃなくて………日本史の課題なんだって。クラスで発表もするらしいし」

 歴史は好きだ、が、幾ら何でもこのテーマにしなくても良かったのではと、今更のように後悔し始めてい

る。過去の傷を掘り返さずともよいのではないか。それは同級生や教師に対する負い目ではなく、とある

友人に対する引け目のようであった。

 テレビ見ながらじゃ捗らないぞ、と叔父が一言告げてドアの奥へと消える。いわれずともわかっているが

今日はどうしても見たい番組があるのだ。むしろ父や叔父こそが見るべきではないのか。この国の行く末

を占う大切な局面だというのに。

 リモコンを操作してデジタル波に合わせる。映し出されたのは国際会議場、まだ討論が始まっていない

そこは聊かざわめいているようであった。各国の答弁が開始されるのはしばらく先、日本代表が発言す

るのはもっと先だろう。今のうちにと少年は手元の資料に取り掛かった。

 ―――レポートの題材は『三大悲劇』。

 10年前、宇宙人連中が突如撤退する直前に日本で起きた悲劇の三連続。この事件はタブー視されて

いるらしくあまり話題にされることはない。ただ、その月がめぐり来る度にささやかな追悼式典が営まれて

いる。終戦記念日などと異なりテレビ中継もなく、当日の夕刊や翌日の朝刊にさり気なく掲載されるだけ

なのだ。この対応は冷たいのか飽きやすいのか奥ゆかしいのか適切な処置なのか………悩まずにはい

られない。

 まずは事件の起きた順番に並べ替えるかと少年は腕を伸ばした。

 

 

 

 事態は風雲急を告げていた。そも今回の会議は日本支部の働きかけのもと、宇宙人側に一気に攻勢

をかけようというのが目的だったのだ―――当初は。ところがいつの間にやら事態は二転三転、本来な

ら結束を強める為の会議が逆効果になりかねない。しかもここ最近の日本支部は失態つづき、機体を敵

ロボットに倒され、つい先日はコンビナートまで爆破された。身内が裏切ったらしいと確かめようのない噂

まで出回る始末だ。

 地球連邦は一枚岩ではない。10年前の出来事による反省の念から作られた組織とはいえ、建前が正

義と自愛に満ちているとはいえ、性根から入れ替われるはずもない。理想も高く実力もある日本支部総

司令官・蜂須賀小六は諸外国中でもどちらかといえば発展途上国から支持され、先進国からは煙たがら

れている節がある。後者とて表向きは友好、事実、彼の資質を買っている外交官とて数多く存在する。だ

がそれだけでは‘排除’に向けて流れ出した動きは止めようがない。しかも近頃の先進国代表たちの様

子はおかしいと、これもまたまことしやかに囁かれている‘噂’であった。

 議長が壇上に上がり一気に緊張が増す。あからさまな視線を向ける者はおらずとも、会場内の意識は

全てとある島国の代表に集中していた。当の本人はどこ吹く風、静かに議長の第一声を待っている。赤

絨毯を上り詰めた代表が着席すると自動翻訳機に口を近づけた。

「これから、世界連邦・第百三十七回定例議会を始める―――」

 場内は水を打ったように静まり返っている。更に幾つか開会の言葉を述べた代表は差し障りのない出

来事から議論に乗せていった。

 それはやがて一個人に過ぎない代表への非難と糾弾の場と化すまでの単なる時間稼ぎのように思わ

れた。手薬煉引いて相手のミスを待ち構える、薄暗い世界に足を踏み込んだ清廉潔白な人物はいずれ

淘汰される運命にあるのか。悪意の巣窟と成り果てる議会で僅かばかりの‘まとも’な人間は同情の視

線を日本代表に投げかけるのだった。

 

 

 

 10年前の三大悲劇―――それがなぜここまで人々の意識に残るのか。おそらくは一連の戦いにおい

て珍しく死傷者が半端じゃない数にのぼり、しかも一月足らずの間に連続して起こったからではなかろう

か。少年は乱雑にまとめられた紙の一群を持ち上げる。

 

 第一の悲劇は<銀の流星群>、その頃流行り始めたバーチャル世界では『サウザンド・レイ』と呼ばれ

ていたようだ。そも<銀の流星群>とてネット上で出回り始めた‘呼び名’である。

 10年前の7月下旬、民間旅客機が宇宙人から攻撃を加えられた。何の装備もないジャンボジェットは爆

発、炎上。瞬く間に墜落した。東北の主要都市の上で崩壊し散乱した鉄の機材はビルを倒壊させ人々を

灼熱地獄に叩き落した。破損した機体の一部がガソリンスタンドに突っ込んで辺りは火の海と化す。乗員

乗客の生存はもとより絶望視されていたが奇跡的に5名ばかりが生き残った。両親の手によって救命胴

衣を咄嗟に被せられたらしい子供が2人と錯乱しきっているスチュワーデスに、老人と青年だけだった。

旅客機に突っ込まれた都市は数百名単位の被害者を出した。

 

 第二の悲劇は<劫火の町>、通称『インフェルノ』だ。三大悲劇の中では最も被害が甚大だったかもし

れない。

 事の起こりは8月上旬、愛知の県境の浄州町が突如攻撃を受けて燃え尽きた。真夏の盛り、当日は嫌

になるくらい澄んだ青空だったという。敵の攻撃は広範囲に渡ったが中でも山間の一角が手ひどくやら

れた。そこは町というよりも村に近いところで、かなりの人数が暮らしていたのだが生存者は10名足らず

だったという。生き残ったのはたまたま外出していたり早めに村外へ脱出していた人だけだったのだから

実質‘全滅’に近い。後に復興支援策がとられたものの、その村での作業途中に体調不良を訴える者が

続出して計画は頓挫した。宇宙人によって細菌兵器をばら撒かれた可能性もあるからと現在は第一級

警戒地域として閉鎖されてしまっている。この攻撃による死者及び行方不明者は数千を下らなかった。

 ああそういえば、と少年は引き寄せたコーヒーに口をつける。

 いつかのテレビ特集で「生きている内に故郷に帰りたい」と訴えた、この村の出身者がいたっけ。彼の

望みが遂げられるとは思えない―――未来永劫、こないかもしれない。原因不明の病で倒れる人々の群

れに政府調査団は恐怖して訴えから耳を塞いでしまっている。

 どうもこういった事を調べていると国策に苦言を呈したくてたまらなくなる。だから自分は「年齢の割りに

カタい」と同級生に余計なツッコミを入れられてしまうんだろうか。舌打ちしつつ最後の束を取り上げた。

 

 第三の悲劇は<熱蒸気船の悪夢>………『フィーバー・ドリーム』だ。こんなタイトルの本があった気も

するし、元来、『流行り病』という意味があったようにも思う。この辺りは後で詳しく調べねばなるまい。

 事件は8月の中旬に起こった。琵琶湖上の大型遊覧船が突然、迎撃されて10分ともたずに沈没した。さ

して波の高い日ではなかったものの救助しようとした船までが攻撃されて被害が拡大。更に奴らは何を

考えたのか湖近辺の町までついでのように攻撃していったのである。湖には正体不明の光に貫かれて

絶命した死骸がいつまでも漂っていた。当時そこをボランティアで訪れた画家はあまりの惨さに立ち尽く

したという。他の事件に比べると生存者は多かったが、代わりに行方不明者が山と出た。船の中には沈

没寸前の姿で波間を漂い、数日間も赤々とした炎を辺りに投げかけていたものもある。その炎で山々も

赤く染め上げられ、思わず

「織田信長が比叡山を焼き尽くしたときもこうだったんだろうか」

 と呟いた者までいたという。

 

 どの事件にしろ後味悪いことこの上ない。しかも知り合いは一連の事件に深く関わっているし……やは

りレポートの題材にしなければ良かったかと、また一頻り悔やんでしまう。

 落ち込みつつある彼の前、テレビの中では決して嫌いどころか好ましく思っている人物が矢面に立たさ

れていて尚更気が重くなるのだった。

 

 

 

 断罪者を自認しているらしい男は壇上で熱弁を振るう。そんなに息せき切って主張せずとも、最早知ら

れきった事実を吹聴するだけではないか。それほど焦らずとも逃げる真似はしない―――小六は腕を組

んだまま事の成り行きをじっと見つめていた。

「しかるに! 日本代表は!」

 と、人を指差す男はイタリア代表。傍ではアメリカ代表がしたり顔で頷いている。一応同盟国ではあるの

だが、もしかして夏頃に竹中教授を‘亡命’させたことを未だ根に持っているのだろうか。大国の誇りとや

らを持ち合わせる連中は実に理解しがたい。

 そう思う間にも名指しで己の業績は批判され続けている。

「日本だけではなく世界の貴重な戦力である機体を破壊されてしまったのです。これは国家的損失に留

まらない、世界的損失です!」

「しかしイタリア代表!」

 立ち上がったのはトルコ代表だ。議長が「発言する際には挙手を」と注意する。

「あの時点で誰が‘黒騎士’の登場を予測しえたでしょうか? むしろ日本の対応は見事なものだった、収

集された情報とて今後の戦いに役立つものばかりです」

「トルコ代表に賛成します。日本ばかりを責めるのは不当だ」

 次いでモロッコ代表が起立する。普段はもう少し落ち着いた雰囲気で進められる議題は白熱し、見よう

によっては小学生の討論会のような様相を呈し始めていた。当事者たる小六だけがどうしたもんかと暢

気に周囲を眺めている。

 議長! 議長! と挙手する人間が後を絶たない。各国に衛星中継されていることを忘れたのか誰も

が我先に意見を主張しようとする。常はお高く気取っているあの国やこの国の代表までが、珍しい‘一大

事’にどうにか口を挟めないものか虎視眈々と発言の機会を狙っている。

 

 ―――騒ぐほどでもなかろうよ。所詮世界の片隅、島国の一代表だ。

 

 そう考えるのは小六ひとりだけであるかのように議場は異様な熱気に包まれている。興奮を押し留める

ように手をのっそりとあげたのはドイツ代表だ。確かに、と彼は口火を切る。

「確かに、日本の失態とまではいえない。あのような機体が存在することを想像しえなかったのは我々の

責任でもある。予測しえなかった出来事に対して蜂須賀司令は打てるべき手を打ち、実に適切な処置を

とった。それは評価しよう。だが―――」

 ここで彼は議場全体を見回す。

「同時に彼が貴重な戦力を失い、全世界に深い失望を与え、また、国土に大いなる痛手を受けたのも事

実。彼の業績を評価するのは最もだが、だからといって失策を責めずにおける訳にもいくまい。わたしと

しては当事者の意見を聞きたいのだが?」

「―――確かに、事実は事実として受け止めよう」

 ここに来て初めて小六は発言した。自身は権力に執着するつもりもないし殊更愛着も抱いてはいない。

ただ、権利を失えば様々なことをやり辛くなるのは事実だ。そうなってもよいように夏頃から竹中教授と共

にとある作戦を練っているのだが、内容をこの壇上でぶちまけるほど愚かではない。若干名を覗いていま

や全てが彼の敵なのだ。

「機体を一度失ったのも事実なら多大な被害をこうむったのもまた事実。と、同時に敵を追い払い、戦況

を五分に戻したのも事実ではあるが」

 さり気なく付け加えればドイツ代表が僅かに顔をしかめたのが分かる。相手の出方がほとんど想像通り

なのに呆れるどころか笑ってしまう。この会議の前に教授や五右衛門を交えて話し合ったのだが、3人と

も同じ結論に達した。

 

 即ち、‘連中’はこの会議で己を追い落としにかかるだろうと。

 

 徒に議論を長引かせる必要はない。奴らの魂胆は見え透いているし、それに対してとれるこちら側の反

応も限られている。あくまで‘連中’が国際親善の面をさらして勇退を促すのであれば、反撃できる理由な

どありはしないのだ。先進7カ国が‘こちら’の敵に回った以上、どれだけ途上国側の支援があろうとも結

論が覆るはずもない。財力と権力による一極支配の体制は10年前からなんら変化を見せてはいない。

 更に白熱してくる討論の中で、やがてかような意見が出てくるのも至極当然と思われた。おもむろにロ

シア代表が起立する。

「―――予測しえなかった出来事だったことは確かである。また、日本支部の対応は見事だったことも確

かである。だが我々は日本支部の失態の責任をいずれかの人物が取るべきであると考える。やはり、世

界に衝撃を与え深い懸念を与えた罪は重い。そして、責任を取るべきであるのは現在のトップでしか有り

得ないのではあるまいか」

 彼は小六に視線を合わせる。瞳が優越感に染まっていた。

 

「我々は、日本支部総司令官の辞任を要求する」

 

 ザワリ………

 会場が揺れた。防衛隊の組織構造は複雑でそう簡単に‘辞任’などできる訳がない。誰かを退任させる

のであれば先に後任人事を定め、しかるべき後に退任要求がなされる。そして当事者が辞任を拒否した

場合は世界連邦の投票で3分の2の賛成が得られなければならない。後釜も決まらない内から退任を要

求するなど前代未聞だ。

「い………異議あり!」

 慌てて跳ね起きたのはどの国の代表だったか。

「先に退任要求など聞いたこともない。大体、彼が辞めた後は日本の防空を誰の指揮下で行うとおっしゃ

るのですか!?」

「蜂須賀司令が辞任した後は韓国と中国、そして我がロシアが日本エリアを担当しよう」

「それではロシア側の勢力が増すだけではないか!」

 パラグアイ代表、口を慎みなさい!

 議長の鋭い叱責が飛ぶ。―――が、大半の思いはパラグアイ代表の言葉に集約されていたのではな

いか。日本の総司令官を追い払い、その後釜に先進国の中枢が着くなどと………対戦前の植民地政策

ではあるまいに。あるいは傀儡政権を設けるつもりなのか。

 たかが日本の制空権と侮るなかれ。かの島国の担当エリアは遠く太平洋の半ばまで達しているのだ。

(大体は想像の範囲内だな)

 あくまでも小六は鉄面皮を崩さない。議長が激しく机を叩く音が騒ぎの中でも大きくこだました。

「静粛に! 静粛に!」

 苛立ちも露に彼は周囲をねめつける。ようやっと静まりだした場内に深いため息をついて、まとめようが

なくなった議題に肩を落とす。

 ―――日本支部だけを責められたものなのか。同様、あるいはそれ以上の被害を宇宙人サイドから受

けている国もある。だのに何故さほど大きくもない島国に拘ったりするのだろう。

 個人的な疑問を抱いたとて彼は現場の責任者。退任要求がなされた以上、それを取り上げねばなるま

い。

 が、しかし。防衛隊の人事はややこしくすぐに結論が下せるものでもない。要求に従いまずは各国から

調査団が送られ、日本側の弁明がなされ、しかるべき手段の後に投票で辞任か在任かが決まる。なんに

せよ今会議内で決定できる事項ではないのだ。

 

 ………これは、名ばかりの『国際裁判』だ。

 被告側に釈明の機会はあれど聞き入れられる可能性はゼロに等しい。

 

 だからこそ議長がこの要求を取り上げた時点でほとんど運命は決定してしまう。個人的には好ましく思

っている相手の窮地に我知らず議長は言葉の端に苦渋の色を滲ませた。

「……1ヵ月後に臨時国会の開催を請求する。双方ともに証拠を期日までに提出するように。異論は?」

「ない」

 断罪される側の声だけがやけに潔く響いた。

 

 

 

 ― しばらくお待ちください ―

 なんて緊急テロップが流れそうな衛星中継を少年は呆気に取られて眺めていた。

 なんだ、この会議は。小学生のホームルームだってもっとマシな議論をしているだろうに。取っ組み合い

でも始めて互いの拳で語り合った方が余程マトモに思える下らないやり取りだ。

(辞任? 退任? バカいうな!)

 書き上げたレポートをテーブルに叩きつける。どこからどう見てもあれは策略だ。先進国側の薄汚い陰

謀だ。あれしきの犠牲で―――と、各国の被害状況を比べると思ってしまう―――すぐに退陣要求がなさ

れるのなら先進国側の代表など1ヶ月で10回は交代してしまう。

 何か裏があるに違いない、そう感じても探る術など一般市民にあろうはずもなかった。

 少年はテーブル上の資料を急いで抱え上げると自室へ駆け込んだ。勉強机に設置されたコンピュータ

の電源を入れて、搭載したカメラを調整しながら回線が開くのをジリジリと待つ。使おうとしているのは普

及しそうでなかなか普及しないテレビ電話だ。自分と相手、双方が同じ機材を揃えていなければ通信でき

ないのだから流行らないのもむべなるかな。彼も相互通話できる相手は1名に限られている。おまけにそ

の1名がやたら外出好きなのでほとんど使った試しがない。

 果たして今日はいるだろうか………自分は研究室の番号しか知らない。現地に出かけていたらもう連

絡する術はない訳だ。

 繋がらなかったらどうしようかと思案していたものの、さいわい回線が繋がった。どうやら知人は珍しく

研究室にいたらしい。声とズレる動画にあわせて相手が微笑んだ。

『やあ―――久しぶりじゃないか。どうしたんだ?』

「ああ、久しぶりだな。元気そうで安心した………って、どうしたもこうしたもないさ。お前、中継見てなかっ

たのか?」

『見てたよ』

「あのなー、暢気にいうなよ。司令が罷免されちまうかもしれないんだぞ」

 事の中枢に関わっている割りにのんびりとした態度だ。最も、ここで相手が右往左往していたら少年は

ますます困ってしまうのだけれど。コイツの慌てふためく様など見たくもないし考えたくもない。

『うん………でも、予測の範囲内だったから』

「そうなのか? じゃあ、わかってながら議会に臨んだのか? それで良かったのか?」

『逃げようとして逃げられる議論じゃないしね。仕方ないよ。小六さんも覚悟は決めてたみたいだ』

 少なくともあの展開を予測してはいたのだな、と少年は安堵のため息をついた。そしてもうひとつ、気に

なっていたことを口に出す。

「後任人事が決まったら―――ロシアだか中国だかの臨時の司令官が派遣されるんだろ? お前はどう

すんだ?」

『あの人のもと以外で働くつもりはない』

 はっきりと相手は断言した。

『そんなコトになったら先ず逃げる』

「逃げ切れるのかよ、おい。………まぁ、うちを避難所にしてもいいけどな」

 僅かながら救われた気持ちで少年は笑った。

 もし万が一、本当にそんなコトになったなら、絶対に自分が匿ってやろう。絶対だ。

『ありがとう。でも、あまり首を突っ込んでくれるなよ。頼むから』

「相変わらずだなぁ。悪いがこれからも口出しさせてもらうぞ。お前の自身に対する危機感がなってない

から俺や重行さんが過保護になるんだ」

 自然の摂理だ、諦めろと。笑う人物に相手も苦笑するのみだった。そしてとっときの秘密を打ち明けると

きの癖でそぅっと声を潜める。

『目処がついたら………あの人の狙いを少しは話してやるから。だから待ってろよ』

「なんで‘少し’なんだよ」

『企業秘密だからさ。悪い、わたしは口が堅いことになっている』

 無邪気に微笑まれては追求しようがない。それに、いつか話してくれるというのなら絶対に話してくれる

奴だから、いまは口を挟まないでおこうと思う。

「そっか………わかった。悪かったな重治、研究の邪魔して」

『いいや。こっちこそ気晴らしができて嬉しかったよ。―――またな、長政』

 互いに軽く手を振って回線が閉じる。ため息と共に椅子の背に寄りかかり、夜空に浮かぶ月を見てらし

くもなく深い息を吐く。

 これからどうなってしまうのか―――少なくとも状況はより厳しくなるのだろうと覚悟を決めて。

 中途半端に防衛隊の内情に足を踏み込んでしまった少年はコンピュータの電源を落とした。

 

 

 

 会議場から続く廊下は長く、広い。その真ん中を護衛のひとりもつけずに突っ切る様は異質といえば異

質だった。大抵の代表がSPで周囲を固めているというのに蜂須賀小六は堂々と単独で道を切り開いて

いく。無防備だと呆れる人物も大胆すぎると批判する者もやけくそかと揶揄する相手まで無視して彼は突

き進む。

 角を曲がったところで前方を塞がれてようやく歩みが止まった。訝しげに見やればそれはイギリス代表

―――の、護衛。

「これはこれは日本支部総司令官どの。いや、元・総司令官どのですか?」

 流暢なクイーンズ・イングリッシュで嘲られる。小六は英語が得意ではないので相手の悪意は半分ぐら

いしか伝っていないと思われる。だが、全てが解釈できたところで彼が意に介することはなかったに違い

ない。片手を挙げて制する。

「悪いが待ち合わせの時間に遅れそうなんでな。後にしてくれないか?」

「そうおっしゃらずに少しだけ付き合ってくださいよ。―――司令官」

 護衛が前髪をかきあげると隠されていた額が垣間見えて小六は少しだけ表情を険しくした。こりゃあ、あ

の話は本当かもな。と呟いて。

 棒のように突っ立ったまま動こうとしない相手に業を煮やしたのか護衛は脅しをこめてポケットから武器

を取り出した。

 ―――否、取り出そうと、した。

 

「はーい、お兄さん。そこまでにしといてね。俺も豪華な赤絨毯の上で物騒なコトしたくないからサ」

 

 踏み出そうとした一歩が静止する。

 軽く暢気で舌足らずなEnglish。口調や雰囲気とは裏腹に背中に押し当てられる尖った感触に肝が冷え

る。後ろを振り返ることもままならず、ただ耳元の囁きに神経を集中する。

「こんなトコでこんなコトしてていいのかなぁ、お兄さん? さっきどこぞのおエラいさんが怒りながら捜して

たゼ。早く行かないと大目玉食うんじゃなーい?」

 ―――ちょっかいかけていいと許可を貰ったわけでもあるまいに。功を焦って先走れば自分の首を絞め

るだけ。

 そんな薄ら笑いに背中を冷や汗が伝う。

「ほら………行きなよ」

 軽くトン、と肩を突付かれて、護衛は一目散に逃げ出した。己の背後に人知れず歩み寄り、刃物で脅し

てきた相手の顔を見ることも叶わなかった。

 一部始終を部外者の立場で眺めていた小六は呆れたようにため息をつく。

「趣味が悪いぞ―――五右衛門」

「そっかぁ? あれぐらい普通なんじゃねーの」

 いいながらクナイを懐に仕舞う。小六を迎えに来たのだが意外と手間取ってしまった。彼が帰国するま

での道のりにあった‘障害’を倒していたら時間を食ったのだ。本当はさっきの男だって小六に会うことも

なく廊下で干されていたはずなのに。

 思わずもれるのはため息ばかり。

「最新の情報を教えられてても事態に報告がおっつかねぇよ。先刻の奴もそうだったんだろ?」

「ああ。額に―――な。先進国すべてが乗っ取られたとあれば厄介だ」

 顔を見合わせて深刻な頷きを交わす。護衛の額にチラリと見えた………‘第三の眼’。側近があれでは

トップなどいうまでもない。

「データ収集したのが教授にしろ矢崎にしろあの時点じゃ最新だったんだろ? あんな護衛がリストに載

ってたかなー」

「加速度的に侵食してるんだろう。面倒だな」

「一月後にはどこまで乗っ取られてるかわかりゃしねぇ。司令、マヂで夜中の外出は控えた方がいーぜ」

 先日、資料と共に極秘裏に渡されたデータは乗っ取られたと思しき人物のリストだった。イヤなことに今

日の議会で退任要求をしてきたほとんどの国のトップがリストに加えられている。小六に手を出さぬよう会

議中に五右衛門がぶちのめしてきた護衛どもの額にも、やはり第三の眼が輝いていた。現時点でこれを

切り離す技術はない為に気絶させておくしか手の打ちようがない。

 組んでいた腕をほどく。

 

「―――まずは日本に帰るぞ」

 

「指揮権剥奪されてんのに?」

「後任が決まるまでは俺の支配下さ」

 だからやれることは今のうちにやっておくのだと、再び小六は足を速めて歩き出す。周囲に気を配りな

がら五右衛門も半歩後を付いてゆく。

 

 

 

 混沌とした情勢の行く先は誰にも読めなくなっていた。

 

37←    →39


と、ゆー訳で何だかわかりやすいようでわかりにくいこの展開………要は司令が危機的状態に立たされたのね、

とそれだけ理解してくださればもう書き手としては十分でございます(苦笑)。

第34話で五右衛門が矢崎さんから渡されたデータは「乗っ取られた思しき人物」のリストでした。でもって

彼は国際会議に密かに乗り込み、小六に手出しされないよー裏方として頑張ってたんですねー。

けど現時点じゃあ何故日本ばかりが付け狙われるのかが未だ不明。その辺りは追い追い明らかに

なっていく予定です。………多分。 ← ちょっと待て。

三大悲劇の叙述も鬱陶しいですが結構重要なので読んどいて(おそらく)損はなし。

ちなみに『フィーバー・ドリーム』という本は実際にあります。吸血鬼のお話です。

 

冒頭から出演しておきながら、なかなか明かされなかった少年の名前は「浅井長政」くんでした(笑)。

そして酒好きな叔父さんは「朝倉義景」だったりします。ケケケ! ← 謎

長政の父親と朝倉義景が共同経営しているのが「WA(ダブル・エー)製薬」という製薬会社。

医療関係ですね。なので長政くんは幼い頃から竹中教授と知り合いだったりします。

浅井・朝倉の名前は………まぁ、戦国時代に興味ある方なら大体知っているのではないかと。

信長の妹、お市の方の結婚相手が長政ですから。

 

ちなみに長政くんの通っている学校は県立菩提山中学校といって、同じ剣道部の後輩に教授の

弟である竹中重虎くんと、父親に「黒田官平」を持つ「松野寿」という‘女の子’がいたりします。

彼らのモデルもまた歴史好きなら言わずもがなですな♪

―――って、脇の設定にばっか凝ってどうするのアタシ………(汗)。

 

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