GE/BP(2)
一体なにを言い出すのかと笑い飛ばしてしまえば良かったのかもしれない。 しかし一瞬の沈黙は既にそれを許してくれる雰囲気ではなかった。 「殺した、とは。また穏やかじゃないね」 彼が彼自身の罪を問い始めることをこそ密やかに恐れながら。 幸いにして搾り出した声に動揺は見られなかった。表情だって変わっていない自信がある。伊達に永きに渡り長として身体を張ってきた訳ではない。 ゆっくりと微笑んで口を開く。 「強いて言うなれば僕を殺したのは僕自身だ。あのままおとなしくしていればいま少し永らえることはできただろうしね。ただ、仲間を護る道を捨ててまで僕に生きろと言うのなら」 「観念的な話を聞いてるんじゃありません」 「現実的な話だよ、ジョミー」 一定の間隔を空けて睨み合う彼の視線はひどく強かった。 気を抜いた瞬間に焦がされそうな錯覚を抱かせる程に。 「観念的に答えるならば僕を殺したのは『運命』と言うことになる。あの時、あの場面で目覚めた事実と、それを引き起こしたどうしようもない時間の流れだ」 「なら、あの事態を引き起こした僕が―――」 「僕が死んだのは僕自身の責任だ。他の誰の運命もそこに関わってはいないよ」 「そうでしょうか?」 落ち込むでも迷うでもなく只管に真っ直ぐな視線が少々堪える。 彼の考えも、彼の望んでいるものも分からない。何が彼の不安定な精神に一石を投じることになるのかが分からない。 行き場なく膝の上に落ちていた左薬指の、傷跡の名残を、撫でられる。 「僕が―――治せればよかった。そうすれば、こんな手当てなんて、」 「治癒の力に目覚めることはなかったね。僕も、君も、他の仲間たちも」 敵を攻撃する力、攻撃から身を護る力、空間を移動する力、こころを読む力。ミュウの数と同じだけ能力にも種類があったけれど、癒す力に秀でた者はついに出なかった気がする。 傷の手当てをしてもらうことは嫌いじゃないから構わないと告げれば。 珍しくも。 ジョミーが口元に冷笑じみたものを刻んだ。 「あなたは分かっているようで分かっていない………何故、僕が質問を変えたのかすら」 「知りたかったのだろう?」 「ええ。あなたが『誰』を庇っているのかを」 しばしの沈黙。 窓を叩く風の音がガタガタと耳障りだ。 「………僕が、庇うのは―――」 「君だけだよ、なんてまさか言いませんよね。あなたは全てを庇い、何もかもを護りたがる。僕を案じ、フィシスを気遣い、仲間たちの未来を願い―――けど、本当に僕を想ってくれるなら、あなたは早々に真実を告げるべきだった。隠し事などひとつもせずにありのままを伝えるべきだったんだ」 彼が、そんなに力を篭めているとは思えない。なのに掴まれた右手首はビクともしない。 胸中に妙な焦燥が広がりつつあった。 「あなたの中で僕は未だに子ども扱いだ。理解力の足らない、先を知らない、無謀で無垢で無知な存在であれと。叶う限り目も耳も塞いで穢さも醜さも何ひとつ知らずに済むようにと」 抑揚のない口調で告げられれば普段とのあまりの相違に唇を噛み締めたくなる。 弁解も反論も許さない瞳が真っ直ぐにこちらを見据えた。 落ち着かせるように彼は空いている右てのひらをきつく膝の上で握り締めて。 でも、いま確認したいのはそれではないと、自らに言い聞かせるかのように。 「悪気がないことぐらい分かっています。護りたかったことも、傷つけたくなかったことも認めます。ただ、『いま』においてすら過去を隠すことで―――より以上に僕から遠ざけたかったのは、護りたかったのは、『誰』なんです」 「護る?」 「その一念であなたは過去を『読まれる』ことを恐れている。あなたは僕以上に、僕に問い詰められるかもしれない誰かを案じている………!」 僅かに、ブルーは目を見開いて。 小さく彼の名を呟くと共に、弱々しい仕草で首を左右に振った。 何故、そんな風に考えるのだ。 確かに彼を真実から遠ざけようとしていた、知らなくて済むのならそれが一番いいと思った、取り戻せるはずもない過去と関わらずに済むのならと―――だがそれは、ジョミーよりも『彼』を優先するのと同義ではない。 言葉を返すより先に記憶の扉に手をかけられたのを感じてグッと黙り込む。 少しでも気を抜けばあっさりと読まれる、取り込まれる、知られてしまう。 ひたと見据えてくる新緑の瞳に深い怒りを感じ取った。 「………見せてください」 「駄目だ」 「認める訳ですね」 「違う。だが、駄目だ」 ゆるく首を振り、硬く記憶に封をする。 だが、それすらも彼が本気になったならすぐに壊されてしまう脆弱な防御に過ぎない。かつてを例にあげるまでもなく彼の実力は自分を遥かに上回っているのだから。 「開けてください」 「できない」 「遮蔽を」 「解けない」 「なら、―――失礼します」 ほんの僅か、ジョミーは躊躇いを滲ませたようだったが。 次の瞬間。 流されれば感じずに済むはずの苦痛。逆らうからだ。『教えろ』と囁く言葉に抵抗するからこそ突き落とされる。 覆い隠そうとした先から零れ落ちていくのは記憶と意識の欠片だ。 朱に染まった感覚、銃声、歪む視界、悲鳴、半分欠けた世界、嘲笑。 「―――静かにしてください。僕は思念の制御が上手くないんですから」 「き、み、は………っ!!」 悪いのはそっちだと突き放す口調に流石に悲しくなる。 だが、それすらも絶え間なく襲い来る心理的な苦痛に追いやられて。 力の入らない左拳で彼の胸元を叩く。 力なくはたはたと叩き続ける左手も結局は彼の手に絡め取られた。そして其処からでさえ彼は記憶を読み取ろうと意志を篭めてくる。 駄目だ、出来ない、知られたくはない。 我侭と誰に謗られてもいい。誰ひとり失いたくはない。 等しくこの星に生まれ落ちた命を、奇跡の如く巡り合った存在を、何故、こんな理由で失わなければならない! 「いやだ………!!」 硬く、強く、幾重にも封をしたはずの記憶はもはやこじ開けられる寸前だ。 壊れかけた扉の隙間から既に幾つかの鍵は零れ落ちている。 銃口、罵り、微かな冷笑、硝煙の匂い。 ひとり佇む冷徹な―――。 ぷつり、と。 映写機のフィルムを途中で断ち切ったかのように。 急激な静寂が辺りを支配した。 踏み込まれて悲鳴をあげていた精神がかろうじて戻ってくれば、遠のいていた音も、視界も、徐々に通常の色を取り戻していく。 初めに聴こえたのは自らの荒い息遣いと窓を叩く風の音、視界に映るのは両手首の赤い痣。 ぽつり、と。 室内にわだかまった闇の中で影が呟いた。 ほら、やっぱり。 ―――庇っている、と言われれば否定しきれない。 だが、それは『誰』を思っての行動か。目の前で俯いている少年のためでも、この場にいない上級生のためでもない、浅薄な事実がそこにある。曖昧な世界を望む己の愚がそこにある。 争わないでほしいのだ、誰とも。 彼は覚えていなくとも自分は覚えている。 安住の地を奪われた直後は恨みや憎しみや怒りを抱いたりもしただろう。それでも尚、最後に彼らがたどり着いた感情は決して負の側面を持つものではなかった。 だが、『いま』の彼にそれを理解しろと伝えるにはあまりにも時間と経験と記憶が不足していて。 シーツについていた左手をあらためて掬い上げられる。 「傍にいるのは―――何のためですか」 ひたひたとにじり寄って来る緊張に目を細めた。嵐の前の静けさという表現がこれほどに相応しい状況があるだろうか。どうにかして留めおきたいのに、防ぎたいのに、逃げることも止めることも出来ずにただ待ち構えるしかない。 「………僕が、誰の傍に?」 いつ、どこで、『誰』を見たのか。 検討はついても口にすることは躊躇われた。確かめたくなかったのかもしれない。 どれほどの歳月を重ねようとも、いつも、彼に対してだけは後悔と謝罪が沸き起こる。真実を告げるほどに偽りない感情を伝えるほどに想いが遠のいていく。 「あれだけ撃たれて。目も奪われて。―――それでも」 「僕が彼の立場でも同じことをした。船に入り込んだ侵入者なのだから」 「仲間を殺されて、居場所を奪われて、―――なのに」 「確証など、ないよ。でも、確かに彼も親しい誰かを失っていたのだ」 踏み込んだ彼の内面に悲しみが満ちていたことを覚えている。 「どうしてっ………」 掴まれた左手の骨が。 僅かに、軋んだ。 読み取れなかったはずの内面が細波の如く風に揺さぶられる木々の葉の如く伝わってくる。 どうして、どうして、どうして! あれだけ奪われながらあれだけ愚弄されながらあれだけ痛めつけられながら離れたくなかった失いたくなかった無くしたくなかったただ生きていて欲しかった願いすら叶えられず想いさえ届けられずひとり孤独な旅路を余儀なくされたのにその原因が元凶が理由が存在がなんでどうしてどうしてどうして、 な ん で 。 風が叩きつけ降り初めの雨が入り込む。 彼が、叫んだ瞬間。 全身を殴られたような衝撃に声もなく倒れ伏した。 激しい頭痛と軋む身体に低く呻いた。 「ジョ、ミー………っ」 彼が見えない。 部屋の薄暗さだけが理由ではなく、単純に視界が霞むが故に。 伸ばした腕が届かない。腕を伸ばせているのかすら分からない。ひどく遠くから彼の声が聞こえた。 「………あなたは此処に居てください」 僅かな呟きとも思念とも取れる言葉に焦慮が増す。 何処へ行く気だ、誰に会いに行くつもりだ、何を確かめに行くのだ。 止めなければ。 彼を、止めなければ。 思うのに身体は動かず震える指先で何を掴めるはずもない。惨めにも手は空をかき息が詰まり思念も紡げない。 頼むから、と、思念で呼びかける声は届かなかったのか。 一度だけこちらを振り向いたジョミーは、ほんの少しだけ表情を曇らせた後、眼差しを冷め切ったものへと切り換えて。 その身を窓の外へと躍らせた。 |
※WEB拍手再録
ジョミーがなかなかブチ切れてくれませんでした………の、代わりの如く
鬼畜要素(?)が入ってしまったかもしれない謎の一品。
つまるところブルーに「誰も僕に触れるな!」(byジョミー)っぽいセリフを
吐かせたかっただけかもしれません(あのなあ)
余談ですがこのシリーズは「女の子ブルー」でもOKなように書いています。
「フリフリワンピース」とか「不純異性交遊」とか「ふかふか」とかが一応の伏線だったのですが、
迷いながら書き始めてしまったために結局は曖昧なままで進行中。
えっと、まあ、―――お好きな性別でお読みください。
てへ♪(投げやがった!)